鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第一話 あまり土下座を使うな。安く見られるぞ。

血の気の多いじゃれあいからミカエリの一服を盛られた後、カモ君達は屋敷の中にある応接間で顔を合わせていた。ちなみにカモ君達の受けたダメージはミカエリの自作ポーションと自前の回復魔法で回復していた。

そんなカモ君は現在ピンチだ。どれくらいピンチかというと、いつ首を落されてもおかしくないくらいにピンチだ。

 

「カヒー・ヌ・セーテだ。セーテ侯爵家当主と国境警邏隊隊長を務めている!」

 

「ビコー・ヌ・セーテだ。警邏隊副隊長兼魔法教導官をしている!」

 

ふはははは!と、ステレオを思わせる息ぴったりな高笑いをするセーテ兄弟。その二人に向かいあうようにカモ君は用意された椅子から立ち上がり、膝と手の平、おでこを地面に合わせた。

侯爵であり当主。しかも国の安全を守る警邏隊の隊長。そんなに人に挑発されたとはいえ手を上げてしまった事はあまりにも不敬過ぎる事をしでかしたカモ君はリーラン国で通じるはずがないが前世の中で最大級の謝罪の姿勢。土下座をしていた。

 

「先程の無礼をお許しください」

 

今自分に出来る最大級の謝罪にカヒーは顔を上げるように言いつけた。

 

「顔を上げるがよい。その姿勢がどういう物かは知らぬが貴様の謝意。確かに感じ取ったぞ」

 

「うむ。初見の我等でもその心遣い。伝わって来たぞ」

 

「「許しはせんがな!」」

 

まあ、そうなるわな。

格下の貴族が格上の貴族に無礼を働くなど会ってはならない大罪だ。これで武力・知力・財力などのどれかが一つでも勝っていればどうにかなっていたかもしれないが、生憎カモ君は無力に近い。比べる対象が強すぎるのだ。

 

「誠に申し訳ございません。弟妹達ばかりは勘弁してください」

 

カモ君のしでかした罪は一族郎党を巻き込む可能性を秘めた物だ。自分の命一つでクーとルーナを守れるなら安い物だ。

 

「ほう。自身の命より弟妹の事を案じるか。そこまでの覚悟があるか」

 

「ふむ。ミカエリの文通りの男のようだ。血の気は多いがリカバリー能力もそこそこあるようだ。見どころがある」

 

「「だが、それ相応の罰は受けてもらうがな」」

 

もう本当に勘弁してください。最上級の謝罪を見せますから。魔法で熱した鉄板の上で土下座をしますから。

そう言おうとしたカモ君だったが、ミカエリから救いの手が差し伸べられる。

 

「まあまあ、兄上。彼にはそれ相応の罰を受けてもらうのは構いませんが、私からの用件を済ませてからにしてくださいな」

 

執行猶予という救いにも似た物だが。

ミカエリの用件。それはセーテ侯爵家の従者の一人としてカモ君は三週間後の武闘大会。魔法有り。武器有り。自前で持ってきていいマジックアイテムは一つまでというルールもあるが、割と何でもありの大会でカモ君を優勝させたいという要件にカヒー達が出した答えは。

 

「うむ。無知な実父を諌める為の行動をした。そこは評価できる」

 

「確かに。我等も今の地位に就く前まではよく父上とやりあっていたからな」

 

「だが、我等と違うのはその引き際よ。往生際が悪い。いや性根が悪いな。ギネという男は」

 

「貴族として。否、父親として、人として駄目な奴の手から貴様を救うのもやぶさかではない」

 

「よって我等の名前で出場させることに関しては問題無い」

 

「然り。貴様を一時的に我等の従者として認めよう」

 

「「責任は取ってもらうがな!」」

 

お貴族様を殴りつけた罪は重いという事でしょうか。縛り首。張り付け。火あぶりといった死刑以外だったら何でもいいです。あ、鉱山送りもちょっと。衛生面で後々重病を患って死ぬ事なんかざらにある。しかし、

 

「弟妹達に何の咎が行かなければどんな事でも享受いたします」

 

とどのつまり、カモ君はブラコンなシスコンだ。二人に害がある者は排除する。それが自分自身であろう容赦はしない。自分がどれだけの罰を受けようと二人を守れるならどんな罰だって背負える。

 

「ふん。ならば貴様には武闘大会で必ず上位に食い込むことで罪は無かった事にしよう」

 

「出来なかった場合、この罪はお前だけではなく弟妹達にまで行くと思え」

 

その言葉を聞いてカモ君は感謝の念をカヒーとビコーに送った。

自分の特徴を良く知ったからこそ、このような言葉を投げかけてくれたのだ。二人の為なら何でもできる。強くならなければならないという使命感を更に強く持たせるために遭えてこのような言葉を投げかけてくれたのだ。

 

「負けた場合は貴様と弟は一生、傭兵奴隷だ」

 

「妹は娼館行きだ」

 

許されなかった場合の罰が重すぎやしませんかね?自分に発破をかける為の冗談ですよね?

カモ君がそんな疑問を持ちながら対面の二人に視線を投げかけた。

 

「「………」」

 

あの眼はマジだ。ガチだ。本当に、真剣にやるおつもりだ。

・・・怖いわぁ。この世界の貴族、怖いわぁ。

いや、本当に後が無くなったんですけど?!後どころか禍根すら残しかねないんですけど?!ある意味、死ぬよりひどい状況に陥ったんですけど?!

嫌でござる!嫌でござる!拙者、弟妹達に迷惑を掛けたくないでござる!もしそうなったら…

 

はぁああああああああああああああああああ(ため息)、あのクズの所為でこんな目に遭うなんてなぁ。

ふぅうううううううううううううううううう(ため息)、あのカスの所為で私も随分と汚れちゃったなぁ。

あんな奴の弟(妹)に成りたくなかったよ。×2

 

嫌だぁあああああ!!嫌過ぎる!!ねちねち嫌味を言われ続けられるゴミ屑に成り下がりたくなぁあああああいっ!!

 

「お願いします!!それだけはご勘弁を!!」

 

カモ君、魂の咆哮!何度も何度も額を床に打ちつけながら二人に懇願した。だが、

 

「貴様の望みを叶えるために当たり前のことを言っただけだろう」

 

「左様。単に貴様の使命感が増しただけだ。ようは」

 

「「(武闘大会で)勝てばよかろうなのだぁああああっ!」」

 

それが出来れば苦労しないんだよ!こっちのデメリットが増えただけじゃないかぁあああっ!やる気が湧いて来ただろうと言いたいのか!精神論でどうにかできるほど武闘大会は甘くは無いんだよ!この世界はゲームの世界を元にしたかもしれないけどセーブもロードも出来ないんだよ!やり直しがきかねえんだよ!

 

じたばた。どたばた。ごろんごろんとのたうちまわっているカモ君を見たセーテ三兄妹は何がおかしいのか笑顔で声をかけてきた。

 

「大丈夫よ。言ったでしょ。貴方をサポートしてあげるって」

 

「案ずることは無い。貴様をきっちり武闘大会出場の補助はしてやる」

 

「我等は侯爵の人間。褒賞も罰も正しく与える」

 

確かにこの人達を頼らなければ自分に明るい未来は無い。だが、

 

侯爵家に頼らずに迎えた未来の場合。

「クー、ルーナ。さらば!」

「にー様ぁああ!」

「にぃにぃいい!」

カモ君、兄妹離別エンド。

 

侯爵家に頼って武闘大会に負けた未来の場合。

「…二人共、すまない。」

「本当だよっ!くそが!」

「こっちにまで迷惑かけんなっ!このカス!」

カモ君、軽蔑エンド。

 

カヒー侯爵に殴りかかった時点で武闘大会に出ないという事は出来ない。やれば確実にクーとルーナがとばっちりを受ける。

まさか自分の命よりも重いものまで賭けさせられるとは思わなかった。

愛する二人がそんなひどい事を言うはずがないと思っても、自分の軽率(カモ君にとっては重大)な行動で魂すら凌辱される可能性を産むとは思わなかった。

許さないから!ここで何もしないでいたら、俺は一生自分を許さないから!

いつだってそうだ。文字通り、後になって悔やむ。自分はそうやって生きてきた。でもそうやって生きていくことで前に進めている気が…、しないでもない。

 

自分の迂闊な行動が積りに積もって行きついたのが今の状況だ。もう少し慎重に生きていこうとカモ君は心に誓った。

そんな彼の心境を読み取ったのかカヒーとビコーはそれぞれ懐から取り出した羊皮紙の束をカモ君に見せつける。

 

「ここに現在我等が確認したダンジョンの所在が書かれている。ここに行ってダンジョンに挑み、レアアイテムを見つけ、大会に備える事が出来よう」

 

「我等警邏隊の特訓メニュー表がある。これを武闘大会の日まで毎日行えば少しは強くなるだろう」

 

「私の別荘も大会まで好きに使っていいわ。まあ、これからは私の実験に付き合ってくれればいいから」

 

「あ、ありがとうございます」

 

こうして絶望だけではない。希望に繋がる道筋を教えてくれるのもセーテ兄妹だ。

その希望にカモ君が手を伸ばしたその瞬間。

 

「「甘えるなぁああああああっ!!」」

 

「ぐわああああああっ!?」

 

カヒーの拳とビコーの無詠唱魔法を受けてカモ君は多大なダメージを負いながら吹っ飛んで部屋の壁に叩き付けられた。

ダンジョンの所在を知る。それは冒険者にとっては金のなる木の存在を知る事と同意義だ。非常に価値のある事だ。少し冷静になれば分かる事だが、テンションがあっぱーな状態だったカモ君にそれを理解することは難しい事だった。

 

「何故ただでこの情報を手に入れられると思っているのだ!欲しければこの俺から奪い取る勢いで来い!そんな腑抜けた姿勢では武闘大会で勝てるはずがなかろう!」

 

「我等に頼るのは構わない!しかし、甘えることは許さん!」

 

セーテ侯爵の人間は優しくはあるが甘くは無い。

ただその境界が判断しづらいだけの事だ。

 

「我等のどちらかにに一撃を与えられたらこの情報を教えてやろう」

 

「もしくは我等の一撃に耐えることが出来たら見せてやろう」

 

そう強く言い放つ二人だが、カモ君は壁に背中を預けるようにして項垂れているだけだった。

その様子にミカエリがカモ君の容態を確認する。どうやら気絶しているようだ。

 

「…お兄様方。エミール君に聞こえていないようです」

 

その言葉に居た堪れなくなったのか。カヒーとビコーはそっとカモ君の足元に資料を置いた。

 

「では、俺は警邏隊の仕事があるのでこれで失礼する。しっかり吟味するように言っておくのだぞ。ミカエリ」

 

「俺も教導隊の仕事があるので失礼する。今度会う時は大会を見物する時になるだろう。我等の一撃に耐えた褒美としてこれを授けよう」

 

致死性を秘めた攻撃をしたんかこの兄達は。と、ミカエリはやり過ぎてしまう自分達の血筋を振り返りながらも足早に去っていく兄達を見送った。

その後、彼女の介抱が始まった。その様子は傷ついた戦士を甲斐甲斐しく世話する美女の絵画の様だったが、そんな状況になったのもこの美女とその関係者だから感動しようがない。

そんな介抱の甲斐あって復活したカモ君は、ハチャメチャなセーテ兄妹の行動で疲れ切った心身を癒すためにこの日はミカエリの別荘で一夜を明かし、その翌朝。

カヒーから受け取った近場のダンジョン情報を吟味して、ミカエリから借り受けた空飛ぶベッドと食料を含めた生活用品に持って移動しながら、移動休憩の合間にビコーの魔力の特訓メニューである瞑想をすることにしたカモ君。

王都を出る際に前もって出していたミカエリの従者からの報せで、王都にやって来たコーテはカモ君を支える為にサポーターとして連れて行くことになった。

コーテはモカ領で起こったダンジョンで力になれなかった分、今回は付きっきりでカモ君を支えようと王都を守る城門の前で待っていたのだ。

この先、カモ君は忙しくなる。ダンジョンに挑み、特訓メニューをこなさなければならない。そんな彼に衣食住を世話する人間がいなければ彼の特訓は結果を残すことはできないだろう。

カモ君とコーテ。二人の少年少女を見送った忍者は感慨にふけった。

きっとカモ君は大きく成長してこの王都に帰ってくるだろうと。

 

ダンジョンで素晴らしいアイテムを二人で発見する為に様々な試練を乗り越えていく。

地道なトレーニングでその魔力の操作性を磨く。

そして強くなって帰ってきたカモ君は愛する弟妹達の為。自分を支えてくれた少女に応えるためにこの王都に足を踏み入れるだろうと。

 

それは忍者だけではなく、ミカエリや学園長のシバ。カモ君の現状を知り、どうにかしたいと思った人間達の想いでもあった。

そして武闘大会が始まる二日前にカモ君はコーテを連れて王都にあるミカエリ邸に戻ってきた。

 

「何の成果も、あげられませんでしたぁあああ!」

 

カヒーの紹介してくれたダンジョンに挑むも得たものは攻略した時の報奨金のみ。

ダンジョン攻略をする物のレアなマジックアイテムを目にする機会が無かった。なにせ、レア(希少)だからね。そう、ぽんぽんお目にする機会なんてある筈もない。だからこそのレアなマジックイテム。

あれは主人公のシュージがダンジョン攻略をするから得られやすい物だから。

 

ビコーの渡してくれた特訓メニューも原作知識を持っていたカモ君からしてみたら既知のトレーニング方法だった。既に修得済みのトレーニングだから強くなったという実感が湧かなかった。

 

そしてミカエリに土下座をした。

なにか、武闘大会で使えそうなアイテムを貸してくださいと泣きつくカモ君であった。

 


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