鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第三話 飛べない豚と雄牛の人

ミカエリからジャケットを受け取り、それを着込んだカモ君は夕暮れ時に差し掛かった王都の商店街をコーテと手を繋ぎながら歩いていた。一応、モカ領。ギネから追われる身となったカモ君なのでジャケットの上から更にフードつきのマントを重ね着して、簡単な変装をして歩いていた。

ミカエリの作ったウールジャケットはマジックアイテム。下手にいじればその効果を失う事になる。微調整しながら寸法を合わせるには時間が足りないので今の状態でジャケットを着こみ、日常生活を行う事で少しでもその動きに慣れることにした。

二日後の武闘大会へのエントリーは既にセーテ侯爵の人間が行っており、選手名はカモ君。皮肉にもゲームでのあだ名がそれになった時、何か運命じみた物を感じた。

そんなカモ君に付き合うコーテも、カモ君の関係者の一人だ。三週間ほどのダンジョン攻略のサポートで自分がカモ君の傍にいるという情報は王都だけではなく、あちこちに出回っている。

人相書きこそないがコーテは目立つ。貴族令嬢で空色の髪と瞳という容姿に小さい身長。

そんな彼女の傍にいるのは大体カモ君なので、彼女を起点にカモ君が捕まる可能性があったが、コーテはカモ君から離れることを拒んだ。

この我儘でカモ君が捕まるかもという危険性は重々承知だ。だが、だからこそ余計に離れたくなかった。

モカ領のダンジョン攻略にはついて行けなかった。だが、ミカエリはついて行けた。彼女は戦力的、その補助的にもカモ君の傍にいられた。あんな美女が、である。

コーテは焦っていた。同性から見てもミカエリという女性は魅力的だった。彼女はセーテ三兄妹の奇行を見ていないから余計にだ。

今は大丈夫そうだが、いつかカモ君がミカエリに靡くのではないかと不安で仕方なかった。

カモ君にその気が無くてもミカエリにはありそうな気がした。ありえない話ではない。カモ君は婿養子とはいえ爵位こそ子爵の長男。階級的には侯爵の元に行けない事もない。その上、エレメンタルマスターという稀有な魔法使いだ。養子にしたい。もしくはその血筋の者を取り込みたいと思うのはこの国の貴族なら誰しもが思う事だ。

 

「なあ、コー…。ハニー。今日はこの店で夕食にしないか?」

 

「そうだね、ダーリン。いいんじゃないかな」

 

少しお洒落な食事を提供してくれそうなレストランを見つけたカモ君は身長差から腕を組むことは出来ないが、手を繋いでいるコーテの手を引いて今晩の夕食をここで済ませようとしていた。

コーテもそれに賛同してカモ君と並んでそのレストランに入る。幸いな事にダンジョン攻略で得た報奨金があるので懐事情は暖かかった。カモ君の債権は減らないが。

入ったレストランはどうやら王都の貴族と冒険者が出入りするレストランらしく、身分を隠して入ってくるお貴族様用に目元を隠すマスクも提供している。これは都合がいいとカモ君とコーテはフード付きのマントを外してマスクを着用する。

そして通された席に座ってメニューの掛かれたお品書きを見て何を注文するか探していると、二人の側を大量の料理を乗せたカートを引いたウエイターやウェイトレスの数人が通り過ぎていき、奥の別室に運ばれていった。

どうやらそこはVIPルームに運ばれていく。大飯ぐらいというか丸い体型をした燕尾服を着た中年男性と、動物の毛皮を腰と脛に巻いた原始人のような恰好をしている身長が三メートルはある冒険者だと思われる大男がその料理を平らげている。

ガチャガチャと乱暴に食器を鳴らしながらクチャクチャと汚い音を立てて食事をしている。VIPルームという音と光景が遮断されていなかったら他の客はこの店を退散していただろう。

しかし、ギネのようにマナーのなっていない客だ。というか、ギネだった。カモ君達同様に目元をマスクで隠していたが、実の息子であるカモ君が見間違うはずもない。

大男には見覚えが無いが、あの風船のように肥大している筋肉と、その傍らに置かれた魔物かそれとも人の血を吸ったのか所々赤黒い巨大な棍棒のような二メートル以上のハンマーを見るからに撲殺を主にしている輩だと簡単に想像がついた。

それに気が付いたカモ君とコーテは早々にこの場を去ろうと席を立つ。

 

「…コーテ。ここは駄目だ。場所を移そう」

 

「そうだね。なんでいるのか分からないけど下手に知られるとまずい」

 

二人はお互いにしか聞こえない程の音量で席を立ったが、それと同時に巨漢の男が不意に振り向いて傍らに置いていたハンマーを持って立ち上がりこちらに向かって歩いてきた。

三メートルはある身長の為、歩幅も大きく、カモ君とコーテがこの場を立ち去るよりも速くすぐ近くにまで近寄ってきた。

縦長の顔に耳寄りによった目。顎が妙に長く、苔のように生い茂っている頭髪。一見するとミノタウロスという首から上が牛である人型モンスターかと見間違うほどの風体だ。そのモンスターの証である牛角が生えていたら確実にモンスターだと勘違いしそうな男がカモ君を指さして人の言葉を話した。

 

「お、お前。今、コーテって、言ったな?」

 

「いいえ。言っていません」

 

「気のせいです」

 

人らしからぬ人からの質問にノータイムで受け答えしたカモ君とコーテ。

 

「そ、そうか。ならいい」

 

「いえいえ」

 

「失礼しました」

 

ミノタウロスらしき人は再び食事の席に戻ろうとカモ君達に背を向ける。その間にカモ君達はこの店から出ようとしたが、口にまだ食べ物が残っているギネが大声を上げて呼び止めた。

 

「き、貴様!エミール!こんなところに隠れておったか!」

 

「エミール?誰ですかそれ?馴れ馴れしい他人だな」

 

「というか誰ですか貴方?汚らしい。マナーのなっていない人」

 

カモ君同様にギネもこちらに気が付いたようだ。カモ君に殴られた恨みを覚えているのかこちらを睨みつけながら大声を上げたギネだが、その様子にカモ君達はしれっと嘘をつく。

何処から聞いたのかは知らないが、カモ君とコーテがここ最近、共に行動を取っていることを知っているギネは更に声を荒げた。

 

「こ、こんの小娘。コーテといったな!貴様が隣にいる時点でそこのそいつはエミールだろう!」

 

「コーテ?誰の事ですか?」

 

「そうです。私は通りすがりの一般美少女です」

 

いや、そうはならんやろ。

この問答を見ていた周りの客達は迷惑そうにカモ君達を見て思った。しかし、ここは食事をするところだ。しかも貴族の出入りする店だ。このようなマナー違反は見ていられなかったのか、ウエイターとウェイトレスのそれぞれがカモ君達にお静かにするようにお願いする。

五月蠅くしているのはギネだけであり、カモ君達は逃げ出したいこともあるので、他の人の迷惑にもなるという建前を持ってこの店を立ち去ろうとするが、ギネがミノタウロスさんをけしかける。

 

「ゴンメ!奴がエミールだ!今すぐ叩き潰せ!」

 

ここが一般高級料理店だという事も忘れてけしかけるギネ。はっきり言ってこのような蛮行を許すような客は店の害でしかない。

 

「ちっ。やっぱり豚に人の言葉は通じないか」

 

「ちぇ、豚のくせに人の顔は判別できるのか」

 

カモ君達は二人揃って悪態をつきながら駆け出そうとした数瞬後、ゴンメと呼ばれた男のハンマーが二人にめがけて薙ぎ払われようとしていた。

 

「っ、壁よ!」

 

カモ君はそれを見てコーテを抱きよせながら後ろに跳び、更に魔法で作り上げた即興の土壁を形成する。

水気を多く含んだ粘土状2立方メートルはある土壁は豆腐の様に砕け散り、その破片はコーテに覆いかぶさるように庇ったカモ君の腰に命中した。しかもその威力は凄まじくそのまま二人を入って来た店の扉をぶち抜いて表の通りに吹っ飛ばしてしまうほどの威力を持っていた。

ゴロゴロと勢いよく転がされながらもコーテを離さないカモ君をしり目にゴンメはその巨体から見合わぬほどスピードで追い打ちをかけるが、カモ君の行動の方が一歩早い。

ウールジャケットに魔力を流し込んで自身の体重をほぼゼロにする。その上で身体強化の魔法で恐ろしいまでの跳躍力を発揮する。カモ君の膂力でコーテのような小柄な女子が跳躍しているに等しい状況で近くの家の屋根まで飛び移るまでは良かったが数秒を置いてゴンズがその後を追うようにハンマーを振り回しながら迫って来た。

巨体に似合わず。いや、合っているからか素早くしかも五メートルはありそうな民家の屋根まで跳躍してきたゴンメから素早く逃げるようにカモ君は光の魔法を使って、遠くから見ていた人達でも目が眩むほどの光を放つ。

ゴンメはその光に目が眩みながらもハンマーを振り回しカモ君がいた屋根のあちこちを壊していた。やがて視界が戻る頃にはカモ君達は何処にもおらず、ようやく料理店から出てきたギネが怒鳴るも、その巨大な体から醸し出されるオーラに怖気づいて今度こそ仕留めろと命令した所で王都の警備隊に取り押さえられた。王都の人間からすればいきなり大所を暴れさせて料理店だけでなく、民家まで破壊した犯罪者であるギネは大声を上げながらも警備隊にしょっ引かれることになった。

 

 

 

セーテ伯爵。ミカエリの別荘にまで逃げ帰れたのはカモ君達。

料理店での騒動。じつはすぐ近くでそれらの行動を見守っていた忍者に裏道まで誘導してもらったおかげである。

忍者含めてミカエリもギネがこの王都にきていることは把握していたらしい。どうして知らせてくれなかったのかと尋ねれば、ギネの方から失態してくれることを期待してとの事。

ギネはあの通り、頭に血が上れば何をしてもおかしくないほどの短気だ。現に雇っていた冒険者をけしかけて、暴れさせた結果警備隊にしょっ引かれた。これでギネの王都での発言力はだいぶ弱まる。世論は犯罪者の戯言など聞く耳を持つはずがない。カモ君達に知らせなかったのは知らない方が自然体を装う事が出来る。その上、危なくなれば忍者が持っていた痺れ薬を塗布した針をゴンメに撃ちつけて援護する予定でもあったと知らされた。

 

「撃ちつけたけど効果はありませんでした。威力も高く即効性もある代物でしたが」

 

と結果を話す忍者の言葉にどうやらあのゴンズという冒険者はかなりの手練れの様ね。と、締めるミカエリの頭をはたき倒したいカモ君だが、強く打ちつけた腰の痛みもあって手のスナップをきかせただけのツッコミをするのであった。

腰の痛みはミカエリのポーション、自身とコーテの回復魔法で癒しました。

ミカエリが年頃の男女が出かけて腰を痛めるってなんだかHね。と、カモ君の耳元でぼそっと呟き尚更カモ君にツッコミをさせるのであった。

 


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