鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第五話 勝てない訴えと書いて勝訴

武闘大会当日。

カモ君はミカエリに夜なべをさせて調整し、フード付きになったウールジャケットを身に纏っていた。ゲリラ兵士のようなジャングル仕様の戦闘服の上にジャケットというミスマッチ感を思わせる服装の上に、先日の料理店から拝借したままのマスクをつけているカモ君は武闘大会参加者の中でもたいそう目立った。

大会出場者は参加登録の際に探査魔法で全身をくまなく調べ上げられた。ルールであるマジックアイテムの複数持ち込みが無いかのチェックである。これは試合前に行われるもので、予選から決勝戦まで戦う前に必ず行われるものだ。

そのようなチェックを受けている最中も変な物を見るような目から逃れるように、チェック早々、カモ君は武闘大会会場の端っこの方で目立たないように大人しくしながら、観戦会場のどこからでも見えるようにあちこちに張り出された予選表。本戦表を見比べていた。

試合の舞台となるのは直径三百メートル以上ある陸上競技場とコロッセウムを足したような舞台は舗装されているが、荒野のようなバトルフィールド。そのような会場を上から眺められるように囲むように観客席が設置されており、大会会場の四方には審判席兼、解説席が設けられていた。更に会場の最上部に位置する一角には貴族か王族専用なのか特別に設けられた観覧質のような物もあった。その中にいる数名の男女が選手たちを眺めていた。

カモ君が予選を勝ち抜いて、本戦に出た場合。最初に当たる選手が何とシュージになるかもしれなのだ。その次。準決勝でゴンメという冒険者と当たる可能性がある。

カモ君とコーテを襲った冒険者ゴンメは中級冒険者でかなり脳筋な戦い方をする輩だという情報をミカエリの従者達および忍者から知らされた情報だ。

その剛腕でなぎ倒してきたモンスターの数は天性の才能を持ったカズラや熟練の冒険者であるアイムと並ぶかそれ以上を屠って来たとの事。ただ、頭が野生に近いために協力や連携といった事が出来ない。簡単な罠にも引っかかる為、中級とされているが戦闘力だけを見ると上級冒険者に余裕で仲間入りする。

そんな輩をギネは何処に隠していたのか大金をはたいて、王都で行われる武闘大会に代理出場させた。その狙いはカモ君の指名手配をモカ領から王国全体に広げること。…暇か。

ダンジョンが二か所同時発生した後だと言うのに復興作業もせずに報復を優先して王都に来た。…暇なのか?いや、馬鹿なんだろうな。そんな事をすれば国王から領主としての責任能力無しと判断されるだろうに。

しかも警備隊の事情徴収を多額の保釈金を払ってすぐに出て来たらしい。

ギネにカモ君が武闘大会で恩赦を求めているだろうと察することはできないだろう。だが、あの料理店での後だ。ギネも今頃この会場のどこかでカモ君を探しているだろう。そして見つけ次第ゴンメをけしかけてくる事がありありと予想できてしまう。

ゴンメ程の冒険者を退けるにはカズラやアイムクラスの実力者。出来ればカヒー・ビコー兄弟に取り押さえて欲しいのだが、頼みこめばまた『甘えるなぁあああっ!』とぶっ飛ばされるだろう。しかも、それだけじゃない。

カモ君は大会参加者の中央部に目を移す。そこには魔法使いや冒険者がひしめいていたが、その中でもとりわけ目立つ白い鎧を装着した人物に目を向ける。

兜の部分はフルフェイスなので顔を見ることは出来ない。身長も一般女性並か少し低いくらいなので、男女の区別もつかないが、その腰にさげている剣。

皮の鞘におさめられているが柄。刃の根元に刻まれているドラゴンの顔にも似たその意匠。忘れられるはずがない。

 

シャイニング・サーガを代表する武器の一つ。過激派プリンセスと言われたヒロインの一人が持っている覇王の剣。シルヴァーナ。神秘的な白色を基調とした全長80センチほどの両刃の大剣。刀身に余計な紋様は不要と言わんばかりのまるで鍛造されたばかりの美しさも兼ね備えたマジックアイテム。

装備しているだけで状態異常を回復・無効化して、体力・魔力を徐々に回復させる。全ステータス及び全魔法属性への耐性がアップする。

はっきり言おうチートであると。ぶっ壊れアイテムであると。そしてそれの持ち主。

 

マウラ・ナ・リーラン。

 

王国の北の領地。ナの領地から嫁いできた伯爵令嬢。現在の王妃と王の間に生まれた第三王女。

ゲーム内では永遠の二番手とか、緑のアイツの女体化とか、シルヴァーナの添え物。エロゲーに片足踏み込んでいるとか、虐待姫とか、散々なあだ名で愛されたお姫様である。彼女の詳細はあまり覚えていないが、彼女の戦い方は魔法ゴリラ。

光属性の魔法。身体強化でその剣を振るい、敵を斬り伏せる。ただそれだけなのだが、それが強い。その実力はスピード狂のカズラと渡り合えるほどである。そんな彼女にチート武器シルヴァーナを装備すると永遠に敵を斬り伏せることが出来る人型兵器の出来上がりである。

敵が魔法使いなら、魔法を使う前に近寄られて斬り伏せられる。

敵が冒険者・モンスターなら、シルヴァーナの斬撃で防御ごと本体を斬り伏せられる。

 

勝てるかぁああああっ!!

 

いや、今なら魔法殺しを装備しているだろうカズラの方が勝てる気がしないが、所詮は踏み台な自分。素のステータス的にもたぶん負けているのに所持アイテムでも負けている。

というか、ゲームではマウラが登場してくるのは少なくても主人公が魔法学生二年生。彼女は主人公や自分の後輩として魔法学園のキャラとして登場する。一年早い。今大会に年齢制限はない。実力があればそれこそ幼児から老人。浮浪者から王族まで参加は可能だが、なにもこんな時に参加しなくてもいいじゃないか。

 

シュージ(主人公)。まあ、今のレベルなら勝てるはず。

ゴンメ。純粋な殴り合いでは負ける。魔法での不意打ちやデバフなら勝てるかも?

マウラ接近闘戦。素手対武器になる。もちろんこちらが負ける。魔法。切り捨てられて負ける。魔法やアイテムによるデバフ、搦め手。シルヴァーナの効果で無効化、負ける。

 

勝てるかぁああああっ!!(二回目)

 

マウラに勝つにはもう、実際戦う事ではなく人質とか弱みを握って負けてもらうしかない。だが、そんな彼女の弱みを自分が握れるか?

 

作戦一。人質。王族関係者を誘拐・拉致すれば勿論重罪。極刑を受けること間違いなし。

作戦二。弱みを握る。今知った人物の弱みをどう知れと?

作戦三。土下座でもなんでもして勝負を譲ってもらう。相手は過激派プリンセスと言われるほどの好戦家やぞ?

 

勝てるかぁああああっ!!(三回目)

 

どう足掻いても今の自分のスペックでは勝ち目がない。これが踏み台とヒロインの差か。

こうなっては他のモブ参加者達の誰かが彼女を蹴落としてくれる事を願う。出来ればこの予選で何かしらのアクシデントが起こってくれれば。と、一縷の期待をしていたが第一予選が開始されると好戦的な性格も相まって面白いくらいに相手が斬り伏せられる。

カズラと違ってその動きはカモ君の目でも追える物だが、だからこそ恐怖を感じる。大人と子供を思わせる体格差をものともせず力尽くでねじ伏せた。飛んできた魔法はシルヴァーナを振るうだけで霧散させた。

対戦相手達もそんな白い鎧騎士。姫騎士の素性は知らないが脅威に感じたのだろう。魔法による飽和攻撃。その合間を縫って冒険者達が斬りこんでいくが、シルヴァーナの威力は凄まじい。

彼女の魔法の技術もあるのだろう。光魔法レベル2から修得できる魔法の効果を緩和させるレジストを発動させたのだろう。それにシルヴァーナの加護もあって魔法の雨を突っ切るように飛び出した彼女を止める者はいなかった。

また一人。また一人と、予選会場となった試合の舞台から消えていった。

事前に持たされた護身の札が発動。彼女の放った一撃により、戦闘不能と判断したのか彼女の対戦相手は転送され、数を減らしていき、舞台の上に最後まで残ったのは彼女だった。

 

「勝者、白騎士!圧倒的な力を見せつけて予選突破ぁ!」

 

観客。他の大会出場者たちからの歓声を浴びながら白騎士の名で大会に参加したマウラは何も語らず選手控室に繋がる花道を歩いて去って行った。

何も語らず、無言で対戦相手を斬り伏せていった選手にミステリアスな魅力を感じたのか、同性であることが分からない女性の観客からは黄色い声援が絶えず響いていた。が、カモ君はその様子に疑問を覚えた。

 

はて?マウラって、無口キャラだったか?

好戦的で過激派プリンセスと呼ばれた彼女がここまで大人しいのはどうした事か?

前世の記憶はもうおぼろげになりつつあるカモ君だけが知っている白騎士マウラに疑問に覚えながらもカモ君は残りの予選も注意深く観察することにした。彼等は皆、自分と戦うかもしれないからだ。

 

予選第二試合。なんかモブな魔法使が勝ち残った。これといった戦闘は見られなかった。

 

予選第三試合。なんかモブな冒険者のが勝ち残った。これといった戦闘は見られなかった。

 

予選第四試合。なんかモブな冒険者が勝ち残った。これといった戦闘は見られなかった。

 

予選第五試合。なんかモブな魔法使いが勝ち残った。これといった戦闘は見られなかった。

 

予選第六試合。ゴンメが参加者をミンチのように他の参加者を叩き潰していき、予選突破。護身の札の機能が無ければ大会自体がR指定されてもおかしくなかった。

 

予選第七試合。シュージの圧倒的な魔法の火力に成す術無く他の参加者は焼かれ退場。シュージ、予選突破。

 

予選第八試合。自分の番がやって来た。やったことは魔法による自爆。に見せかけた隠密行動だった。

とは言ってもやったのは光と風と地属性の魔法を時間差で発動させて、強烈な光。フラッシュを焚いた後に砂煙を発生させて試合相手。観客の目からも自分の姿を隠して地面に這いつくばりながら自分の体の上に舞台の色と同じ色の土をかぶせて試合舞台の一部に擬態。

他の選手たちはカモ君が自爆したと判断したのかカモ君の事を探そうともせずに試合を続行。というか探している間に自分達が攻撃されているので探している暇もない。カモ君以外の選手たちが脱落していき、最後の一人になったところでカモ君は地属性レベル1の岩を撃ち出す魔法でその一人の後頭部を強襲。奇襲することに成功。予選を突破することになった。

 

「しょ、勝者。えーと、カモ君?予選突破!」

 

審判の一人が出場ネームでもあるカモ君の勝利を宣言すると観客席からは多くのブーイング響いた。

何せ、マウラ・ゴンメ・シュージの三名の試合は豪快さ、派手さがあったのにカモ君の試合は地味だ。しかも予選とはいえ、これが本日のラストバトルでもあるにも関わらず味気ない戦い方に観客達は不満だった。

その観客席の中で、ブーイングを上げていない人間が二人いた。

一人はカモ君の応援に来ていたコーテ。ブーイングを上げている観客に恨みがましい視線を送っていたが所詮個人と大衆。誰もその事に気が付かずブーイングが止むことは無かった。

もう一人はギネ。こちらはブーイングではなく爆笑していた。

自分の息子なのに怨敵扱いしている彼は、カモ君がブーイング。非難を受けていることに大層気を良くしていた。まるでこの大衆が今の自分に同調してくれているかのようにカモ君を責めていることがとても愉快だった。本当は見つけた時点でゴンメをけしかけたかったが、さすがに王族がいるだろう展覧室を見てけしかけることは諦めたようだ。

そんなブーイングを受けてもカモ君は別に屁とも思っていない。地味だろうが、非難を受けようが勝ちは勝ち。勝者が正義で敗者が悪なのだ。今のままではマウラには負けるので最終的には悪なのでは?とか言ってはいけない。

カモ君がそんな事を考えていると聞き覚えのある声が響いた。

 

「これは一見地味だがとても高等的な戦術が組み込まれた作戦である!」

 

カヒー・ヌ・セーテである。

王族がいるだろう展覧室の真下にある解説席から発せられる声の主は、警邏隊隊長としてだけではなく、その実力・功績から王都に住んでいる住民の殆どに最強の軍人と認知されている彼の言葉にブーイングは一斉に鳴りを潜めた。

 

「あの自爆に見えたあの魔法は敵から身を隠すことを主にしている事は誰もが想像つくだろう。しかし、魔法や武器が行きかう舞台の上で気配をずっと押し殺している間、彼は防御魔法を使う事が出来なかった。魔法使いには魔力を感知することが出来る者が多くいる。つまり彼は身を隠している間無防備だったという事だ。あの魔法が荒れ狂う中で、だ。この大会では隠密行動にたけた冒険者もいるだろう。魔力に敏感な魔法使いもいただろう。だが、そんな人物達がいる中で彼は見事に潜伏しきった。これは大変な技術がいる。魔法使いとして、冒険者としての技術が。それらを駆使して彼は勝利したのだ。彼を侮辱すると言う事はそれらを否定するという悲しい事だ。非難ではなく拍手で彼を送っていただきたい」

 

え、だれ?

長々と説明してくれている綺麗な軍服を着ているカヒーのような人は誰ですか?

 

カモ君は自分を擁護してくれているカヒーに失礼な事を考えていた。

セーテの人間は私的にはハジケるが、公的に働いている時はこうして立派な人格者になる。その事を知っているのは彼等と個人的に仲がいいごく僅かの人間だけだ。

カヒーに続き、ビコーも会場の反対側の解説席から端的に説明した。少ない労力と大胆な胆力でこの予選を勝ち残った強者なのだと。

この兄弟の事を知らない者はギネを除いていなかった。まばらな拍手から始まり、数秒後には大きな歓声と拍手の音に包まれながらカモ君はフィールドから去ることにした。

本当にあの人達はあの兄弟なのかという失礼な疑問を残しながら。

 


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