カモ君が決勝戦進出を決めたことをコーテ達に喜ばれている時、ギネは怒り心頭でゴンメが運ばれた医務室でまだ意識の戻らない彼を怒鳴り散らしていた。
「この、このっ、役立たずが!酸欠などという子供だましに騙されおって!」
自身もカモ君のしでかしたことに気づかなかったのに文句を言うギネ。しでかしたカモ君ですらも気付けなかったのだ。魔法使いでもないゴンメにそれを言う事は酷である。
それが分からないギネはその太りきった拳で動かないゴンメの体を何度もたたいていた。
「困ります子爵様。命に別状はないとはいえ意識の戻らない選手にあまり乱暴をしないでください」
ゴンメの手当てをした担当医や看護師たちがギネをゴンメから遠ざける為に羽交い絞めにするが、太っているだけあって重たいその体はブルブル揺らしながらギネは医師たちにも当たり散らす。
「黙れ!平民共が!子爵である儂に触れでないわ!こいつは儂が雇った!儂の所有物だ!どう扱おうと儂の勝手だ!」
貴族と平民。その隔たりは大きい。魔法使いである貴族が何かと優遇されるこの国で貴族に逆らえばどうなるか分からない。
例え、辺境の領を収める貴族でも平民が貴族に口出しできることはあまりない。
貴族に文句が言えるのは王族かそれ以上の貴族だけ。
だからこそ、この男が出てきた時点でギネの醜聞は打ち切られた。
「困るな、子爵。この武闘大会は国が、王族が取り仕切っている。更にマーサ姫がご覧になっている。つまり、大会出場者は皆、姫様の客人という事にもなるのだ」
医務室の前にはそのゴンメに引けを取らない体つきをしたこの国の超人の一人。カヒーがいた。
ギネも名前ぐらいは知っていたが、本人の顔を知ったのはこの大会が始まってからになる。
地位・魔法・功績・財力。その全てにおいて自分を凌駕する男の登場にギネはすくみ上った。
「医務室で騒がしくしている厄介な輩がいると聞いたので、暇つぶしがてら見に来てみたら豚。いや、酷い雇い主が暴れているな」
ギネはこめかみに青筋を立てた。
豚と言われたことをしっかり聞き止めて怒ったからだ。しかし、それを伝えるという真似はしない。そうすれば間違いなく自分の方がやられるから。しかも目の前の男は王族でもないのに王国最強の人間と言われていることから絶対に逆らえないのだ。
「な、なに。この冒険者が大口をたたいた割には大した働きをしなかったので愚痴っていただけですよカヒー様」
この力だけの馬鹿貴族が、こんなところにまで出しゃばって来るな!
そう言えたら良かったがギネは保身に関してはカモ君よりも詳しく徹底していた。その上で失礼にならないように自分の息子。カモ君の事をそれとなく質問した。
「それよりカヒー様。私の愚息の事を御存じありませんかな。奴は愚かな事をしでかして、ただいま私個人で追跡しているのですが何か知っておりましたら」
「知らんな」
お教えくださいますか。と、言葉をつづける前にカヒーはギネの言葉を遮った。
「い、いえ、どうやらセーテ侯爵の人間と逃げていたという情報もありまして」
「知らんと言っている。特に愚かな事をした貴様の息子は知らん。同時に発生した二つのダンジョンを攻略した貢献した。大した事をした兄妹の事しか知らん」
それは知っているという事だろう!そのダンジョン情報を知っているという事はあのクソガキが儂にしたことを把握しているという事だろうが!
「お、おかしいですな。情報の食い違いという物でしょうね。正しい情報は」
「貴様は何を言っている」
カヒーの言葉にギネは疑問を持ったがすぐにその意味を伝えられる。
「貴様の情報と私の手にした情報。それのどちらが正しいかは私が決める。ギネ子爵。貴様はそれまでの男か」
暗にギネ程度の情報など握りつぶせる。塗り替えると言っている。
お気楽な妹だが、貴族として国にも家にも貢献しているミカエリの情報。
カモ君やミカエリから聞いた通り自分勝手な人間だとこの眼で確認したギネ。
どちらを信じるかはすぐに分かる。
明らかに私情が入っている。しかし、ギネもまた私情でカモ君を罪人に仕立て上げようとしている。お互い様だ。それを理解していないのはギネだけだった。
「し、失礼します」
ふざけるな!愚鈍な化物が!
そう叫びたい気持ちを必死に抑えながらギネは医務室を走り出すように去って行った。
その様子を見てカヒーは軽く鼻でため息をついた。
「あ、ありがとうございますカヒー様。あの方には本当に困っていた者で」
「これからは人の寝ている所に豚を入れないようにすればよい。あの手の豚は一度上から殴られない限り理解しないからな」
医師たちから感謝を述べられたカヒーもまた医務室から出ていく。その途中で今後の予定を決めておく。
カモ君が優勝してもしなくてもギネの出している陳情は握りつぶすつもりである。
自分も我儘な部類の人間だと思っていたが、ギネがあそこまで腐った性格をしていたとは思わなかった。彼の情報は碌に信用できるものではない。逆にカモ君もそこまで信用は出来ないが、面白い。
特にミカエリの作り出したアイテムを自分から見たら面白おかしく使って悪戦苦闘する様は見ていて飽きない。なにより同好の氏でもある。シスコンという同類である。
弟妹達の為に自分に歯向かう。それは決して褒められることではないが個人的には好ましい。ああやって信念を貫き通す輩がめっきり少なくなってきたからだ。
社交界の場に珍しく出てきても保身や賄賂と言ったものをちらつかせる輩に少しだけにらみを利かせると奴等はすぐに散っていく。
つまらない。そう、つまらないのだ。
自分となぐり合える相手など弟のビコーかこの国の王と王妃の親衛隊隊長くらいだが、彼等とそんな事をしている暇などない。そうして自分達の誰かが任務を果たせない程傷ついては任務どころではない。かといって彼等以外となると自分達に怖気づいてあまり戦えない。そんな中、現れたのがカモ君だ。
礼儀をわきまえており、性格も好青年、少し弟妹達の愛が過ぎるがそこも好感を持てる。出来る事ならミカエリの婿にでもなってくれればと思うが、彼は子爵の者だ。しかもすでに婚約者持ち。
どうにかならんかぁ。
と、考えていると、廊下の途中にある一角が気になった。それを確かめるためにカヒーはその超人的な身体能力ですぐさま近づき確認したがそこに合ったのはただのゴミ箱とベンチ。
どうやら気のせいだった。わけでもなさそうだ。
微弱な風の流れから誰かがここに居たのは確かだ。だが、それを追うのは難しい。それとなくこの大会の警備をやっている者にそれとなく警備には気を付けてくれと言葉をかけて、カモ君達が待っている別荘へと赴くのであった。