武闘大会決勝戦。正午に行われることになったそれを見る為に多くの観客達が詰め寄っていた。
平民。商人。冒険者。貴族。そして王族。
様々な人種の人達が所狭しに観客席に押し寄せていた。大会出場者の関係者は無料で観戦できるが、それ以外の者は観戦するためにはお金を支払わなければならない。それも安くは無い額だ。それでも満員になるのはやはり王族が観戦すると言う文字通りのロイヤルブランドがついた試合だろう。
バトルフィールドは予選から変わらずの荒野を模したフィールドだが、そこには小石一つ落ちていない。
今回の決勝戦という事もあって念入りに大会スポンサーの企業や組織が丁寧に整地したのだ。この栄えある決勝は誰が見ても恥じることないように入念にチェックをしたフィールドだ。そして今、そこに立つのはここまで勝ちあげって来た強者。
白騎士として大会出場してきた謎の戦士。その正体はこの国の第三王女マウラ。
その圧倒的な膂力を見せつけ、冒険者・魔法使いを叩きのめした彼女の剣術と補助魔法は彼女の今まで積み重ねてきた努力の成果と腰に携えた覇王の剣シルヴァーナの効果だろう。
それらが組み合わされることで彼女はここまで上り詰めた。
そんな彼女に対するのは薄緑と茶色の斑模様の服の上に、灰色のジャケットをつけ、目元をマスクで隠した一般冒険者然とした格好の魔法使い。この世界の踏み台キャラ、カモ君である。
地味に潜伏して、しょぼい魔法で不意打ち。地味な速攻にしょぼい魔法。地味に見えるが高等な技術を使ったしょぼい魔法で勝ち残って来た。地味すぎて逆に印象をつけてしまった悲しき実績(借金)を背負った戦士(笑)である。
エレメンタルマスターという広く浅い魔法の種類と威力。そして幸運でどうにかここまで勝ち上がった戦士である。
そんな二人が対面してお互いに身構える。
審判の開始という言葉を今か今かと待ちわびているかのような構図に観客席からは歓声が絶えない。この歓声はまるで二人の心境を表しているように盛り上がっていた。
白騎士は思う。
この大会に優勝する。そして、お姉様に。そしてお父様たちにもこの気持ちを伝えるんだ。その為にも絶対に勝つ!
姉、マーサは結論を急ぎ過ぎている。ドラゴンの脅威は確かに大きい。被害も馬鹿にはならない。隣国との協力は必要だ。だが、怨敵が渦巻く敵国に姉を送り出したくはない。姉には拒否されたが、あれから一生懸命考えてもう一つの案を絞り出した。
きっと優勝すれば姉はもちろん王や妃である父母。兄達も賛同してくれるだろう。
そんな希望を胸に白騎士は剣を構えた。
踏み台は思う。
無理ぽ。
でも優勝しないと傭兵奴隷。娼婦堕ち。借金まみれ。軽蔑される未来が待っている。かといってお前、白騎士相手に。この世界のヒロインとチートアイテムに勝てるの?無理だろ。
まず戦闘ステータスが違いすぎる。素のステータスならまだカモ君に分があるかもしれないが、それでもシルヴァーナの効果でステータスに大幅補正されている時点で負けるのに、マウラが補助魔法を展開したらその効果で確実に負けるだろう。
発揮する前に仕留められたらいいだろうって?
いや無理やもん。だってもう唱え終わっているだろうし。魔法は発動させなければ試合前に準備していい。つまり詠唱はしていいことになる。これは冒険者なら剣を鞘から抜く事に等しいものとして扱っている。後は彼女が魔法名を叫ぶだけでいい。身体強化魔法、ブーストと。もしかしたらこちらの攻撃魔法を警戒して魔法威力軽減魔法のレジストかもしれないけど。
そんなやりとりを昨晩、ミカエリの別荘でやっていたカモ君は、ギネを諌めたカヒーと先に戻っていたビコーに『諦めんなよ!』×2と熱血な説教を受けた。
ゴンメという格上に勝った事による昂揚感と、その詳細を詳しく説明してくれた二人の言葉だからこそカモ君は説得されかけていた。
勝てるかなぁ。俺って勝てるかなぁ。
勝てるじゃなくて勝つんだよ!×2
…分かった。俺頑張って勝ってくる!
は?無理じゃね。×2
みたいなやりとりが別荘内で行われていた。
コーテとミカエリが止めていなければまたカモ君はカヒーとビコーに殴りかかっていた。
外見だけはクールを装っているが、内心では昨晩の事を思い出してかなり戦意が削れていた。
そして、今、そこで余計な事に気が付いた。
あ、俺、白騎士がマウラ王女って分かっているじゃん。それなのに試合とはいえ彼女に戦いを挑むのって不敬なんじゃないの?しかも彼女が事情持ちってことも知らされているから尚更不敬罪が適用されるんじゃないの?
そう思い立ったカモ君はカヒーに視線を向けると、マウラと自分の分析データを評価しているカヒーが視線に気が付いたのかいい笑顔で言った。
「両選手には頑張ってもらいたいですね」
ヴァカめ!ようやく気が付いたか!
と変顔しながら言っているカヒー自身に似た背後霊が見えた気がした。
次にビコーの方を見る。彼もまたいい笑顔でこう言った。
「いい試合を期待しています」
嵌められたと思ったその時は既に罠は発動しているんだ!
と妙なキメ顔をしたビコーの背後霊が見えた。気がしたじゃない。確実に見えた。
あ、あいつ等っ。嵌めやがった!俺をどうしようもない状況に陥れやがった!
ていうか初めて見るわ、その満面の笑み!絶対分かって言っている!間違いない!
カモ君は改めて構え直しながら、前もって考えていた作戦を開始する。もはや、自分のステータスを引き上げて勝つことは無理。となればやる事は一つ。こっちも白騎士を罠にはめて無理矢理ステータスの差を埋める。そしてスタミナ勝負の泥仕合を仕掛ける。これしか勝つ手段がなかった。
しかし、負けることは許されず、勝つことも許されない。ならばやるべきことは。引き分けに持ち込む事。
とりあえずどうにかしてマウラに勝たなければならない。そして、こちらの勝利宣言と一緒に自分から負けを宣言すれば引き分けだ。
これでどうにかなる!と、思ったがカモ君は目の前で煌めいている剣。持ち主のデバフ効果打ち消すチートアイテム。シルヴァーナの事を忘れていた。
あ、やばい。今詠唱した魔法をキャンセルしても、無効化されても負ける。どうにか別の詠唱を!
「決勝戦!試合開始!」
審判てめぇえええっ!
カモ君は審判を怒鳴りつけたかったが、審判は定刻通りに開始しただけに過ぎない。
こうしてカモ君の方だけ心理状態が乱れっぱなしのまま決勝戦は始まるのであった。