鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第十三話 あふれ出るモノ

泥臭く、美しかった試合に突如乱入したゴンメに誰もが唖然とした。普通なら誰もが何が起こったのか分からずに数秒は呆然としていただろう。その間にゴンメは再びハンマーを振るおうとしていた。

 

「「何のつもりだ!貴様ぁあああああっ!!」」

 

一秒。

ゴンメが乱入して突如の事態に陥るまで、たった一秒でそれを理解し、それを収めようと動いたカヒーとビコーの動きは常人では考えられないほどの切り替えの早さだった。

しかし、その一秒が致命的だった。

カモ君とマウラはゴンメの一撃を受け、両者ともに致命傷を受けた。即死ともいえるその一撃は護身の札が無ければ大惨事となっていた。

 

観客席から一瞬でゴンメの傍まで移動したカヒーは彼を殴り飛ばし、カモ君とマウラの状態を確認した。

カモ君は致命傷を受けたと同時に転送が既に始まっており、カヒーが確認した時には既に転送された後だった。

カモ君の下にいたマウラの着込んでいた鎧も砕け散り、中に隠していたマウラの素顔が露わになっていた。姉のマーサと同じ銀色の髪をベリーショートに切りそろえた髪はネコ目のようにつり上がった翠の瞳を隠すように弱々しく垂れ下がっていた。彼女の瞼は閉じてはおらず、開かれたまま。まるで死んでしまったのでは無いかと焦るカヒーだが、彼女も先程のゴンメの一撃を受けて転送されていくのを見てその不安を払しょくする。

転送されるのは生き物とその生き物の装備品だ。持ち主から切り離された装備品や物として扱われる死体までは転送されない。

この二人は転送先で待機している医師の手により適切な処置を受ければ何とかなるだろうと判断した。

 

カヒーと同じく移動したビコーは風の。いや、嵐とも思える風の檻を作り上げてゴンメを空中に縫いとめた。

ゴンメは縫いとめられているのに無理矢理動こうとして暴れる。その結果、両腕両足から血が噴き出しているがお構いなし。更にはゴキリという鈍い音を立て始める始末。まるで

体を壊しながら暴れているようでもあった。このままではゴンメは自分の体を壊し尽くして死んでしまう。

別に死んでも構わないのだが、どうしてこのような暴挙に出たかを取り調べなければならないのも重要だ。どう見ても彼の様子はおかしい。まるで何者かに無理矢理突き動かされているようにも思えた違和感がビコーを躊躇わせた。

そんな激しく暴れるゴンメだったが、カモ君とマウラが転送されるのを見たあと、急に大人しくなった。まるで電池のきれた玩具のように動かなくなったゴンメだが、口元がかすかに動いていた。

 

「…剣、壊す。…マスク、潰す」

 

その言葉を何度もぶつぶつと繰り返すゴンメ。そんな彼を不審に思っていたビコーの後ろから一人の女性が観客席から飛び降りて声をかける。

 

「ビコーお兄様!ゴンメ選手は呪われています!」

 

「『呪い』だと?!洗脳や凶暴化ではなくか!」

 

声をかけてきたのは彼の妹であるミカエリ。彼女は魔法のルーペという魔導具を片メガネのようにかけながらゴンメの様子を見たのだ。

 

『呪い』状態は全ての行動が著しく低下するバッドステータス状態の事だ。

決してゴンメのように暴れさせるような物ではない。

だが、大人しくなっている状態は確かに精神的に弱っている。これも『呪い』の状態に出てくる症状だ。

しかし、そのバッドステータスを作り出すのはレベル3以上の闇の魔法使いかリッチといった死霊系の高レベルモンスターだけだ。しかも『呪い』の状態で自分の体を傷つけるほどの強化をするなど聴いたことが無い。

この武闘大会に入場する人間は予め、ミカエリが持っている魔法のルーペでそのステータスを調べ上げられる。簡単な事しかわからないが、使える魔法と人間かモンスターかぐらいの区別はつく。

その上、王族が観戦に来るのだ。その辺の警備はしっかりしているはずなのに高レベルのゴンメを『呪い』の状態にして襲わせた。この手際の良さ。潜伏能力を鑑みて異常事態だという事はわかった。

そんな事を考えている間もゴンメは廃人のようにぶつぶつと呟いていた。

 

「…エリアサーチ。ターゲット・ハイレベル・ダークタイプ」

 

ビコーはその強大な魔力を持ってこの武闘大会場だけではなくそこから百メートル先の範囲まで対象を探す探索魔法を使う。

対象は高度の闇の魔力を持つ存在。だが、その対象に存在は無かった。少なくてもそのような高レベルモンスターや魔法使いがいない事はわかった。

その頃には突如起こった乱入にざわつく観客席。さすがにこの異常事態に観客達も感づいて来たのだろう。大会に出場した冒険者の中には剣を抜くものまで現れる始末だ。

 

「突然の乱入者に驚きを隠せないのはわかる!場を乱されたことも重々承知だ!よって、この決勝戦は無効試合とさせてもらう!」

 

カヒーの超人的な肺活量からくる大きな声はざわついている観客を一気に鎮めた。

魔法も使っていないのに会場のどこにいても響き渡った声は何処までも力強いものだった。

 

「今この時を持ってこのような事を起こした原因を見つけ出す!真相が解明されるまで皆様にはこの会場を出ることを禁じる!だが安心してほしい!カヒー・ヌ・セーテの名に懸けて、必ずや捕まえてみせよう!」

 

その宣言を聞いてざわつきは収まった。代わりに響いてくるのは怒号だ。

あのように美しかった決闘が邪魔されたことに対する怒りが会場中から響き渡る。しかし、その中に大会会場を出ることを禁じられたことに文句を言う輩はいなかった。

決闘を邪魔されたという事もあるが、あの超人のカヒーに協力できるという昂揚感も手伝い、暴動などは起きなかった。これもカヒーのカリスマが成せる技だろう。

そのように宣言したカヒーにビコーとミカエリが声をかける。

 

「兄貴。そうは言うが反応は無い。ここら周辺にそれらしき輩。少なくてもこんな狂った『呪い』の魔法を使えるやつはいないぜ」

 

「モンスターも同様よ。そもそもこの会場は勿論、王都周辺にはモンスターが寄り付かないように結界を張っているのに。そんな高度なモンスターが王都に入れば間違いなく騒いでいるわよ」

 

二人に言葉に特に慌てる様子も見せないカヒー。彼には何か当てがあるようにも見えた。

 

「慌てることは無い。だが、急がねばならない。まだ犯人はまだ目的の半分を達成していないからな」

 

カヒーは未だにぶつぶつ言葉を繰り返すゴンメを見てそう言った。

その様子からこのような事態を起こした犯人の狙いが掴めたミカエリは慌てだした。

 

「…まさか。エミール君が狙われているのっ!」

 

マスクを潰す。

それはマスクを着けている人間を潰すという事だろう。観客の中には身分を隠す為にマスクを着けている貴族もいるが、彼等を狙う理由がすぐに思いつかない。

この大会出場者でマスクを着けているのはカモ君だけだった。

ゴンメをけしかけてカモ君を退場させることは出来たが、潰せたわけではない。今頃は動けない状態で医師達の手当てを受けているはずだ。

カモ君を狙っているのならこれ以上狙いやすい状況は無い。

ミカエリは慌てて医務室に向かおうとしたが、それをカヒーに止められた。

 

「駄目だミカエリ。今はそう急ぐ状況ではない」

 

「我等が慌てる様子を見られてはこの場は更に混乱するだろう」

 

「今、急がないでいつ急げばいいのですか!」

 

ミカエリはカヒーを振り払ってカモ君の元へ行こうとするがカヒーの超人的な膂力で押さえられた。

彼女にとってカモ君は兄達を除けば初めてできた異性の友人のような存在だった。カモ君の危機にどうしても駆けつけたい衝動を抑えるなどそれ相応の事柄が起きなければ抑えきれない。

 

「いまはゆっくりと動く時だ」

 

「…なるほど。してやられた。確かに犯人は目的の半分を達成している」

 

カヒーは視線をとある場所に向けてミカエリを注意する。その視線の先にあった物を見てビコーは舌打ちをして怒りを必死に抑えていた。

ミカエリも見てしまった。その視線にあった物を。犯人の目的の半分。それは、

 

「…シルヴァーナがっ」

 

この国の国宝。チート武器であるはずの覇王の剣。シルヴァーナの刀身の上半分が砕け散り、破片がその場に晒されていた事だった。

 

「それ以上声を上げるなよ。あれが国宝と知っている者は少ない。だが、その者から国宝を破壊されたことを国民に知られてはそれこそ暴動が起きかねんからな」

 

ビコーはその事に頷き、ノーキャストを用いて小さな砂煙を起こし、その砂をもってシルヴァーナの欠片を覆い隠す。

 

「ミカエリ。あれを直せる人間はお前を置いて、俺は他を知らん。犯人の狙いがエミール少年であったとしても、シルヴァーナは彼よりも重要だ。あれ一つで彼の十人分以上の国力を発揮できる。今は押さえろ」

 

「…しかし、お兄様」

 

ミカエリも重々承知している。カモ君とシルヴァーナ。王国にとってどちらの優先度が高いかは考えなくてもわかる。

 

「兄貴も俺も行くなとは言わん。だが、少なくとも堂々とこの場を退場しろ。決して慌てている様子を見せるな」

 

そうビコーもミカエリを説得した。少なくてもこの兄弟だけはこの場が落ち着くまでは会場から姿を消すわけにはいかない。

王室専用の観戦室にはまだマーサ王女がいる。彼女達も自分達同様にすぐに動けないのだろう。王女の護衛の力も信じている。何かあったらビコーとカヒーもその場に駆け付けることが出来る。

今、自由に動けるのはミカエリだけだ。そんな彼女も今はゆっくりとしか動けない。

 

「マウラ王女が転送される様を見て、護衛の人間の一人が駆けていったが、もしかしたら奴が犯人かもしれん。だから、ミカエリ。ゆっくりと。だが、急いでいけ」

 

国宝の確保。観客達の安全確保。カモ君の安全の確保。

この国の貴族として優先すべき順番は分かっている。しかしミカエリ個人としては違う。

だからこそ、急がずゆっくりと。優しく微笑みながら、自分達を見ている観客を不安にさせないようにミカエリは会場を後にする。

そして観客の目から完全に隠れた所まで行くと駆け出した。

 

「影っ。いるんでしょう!」

 

駆けだすミカエリに並走するように急に現れたのは彼女の従者である忍者。この人物はずっとミカエリの傍にいた。隠密行動で一般観客として彼女のすぐ傍で彼女を見守り続けていた。

 

「貴方だけでもエミール君の元へ」

 

「出来ませぬ。私の使命は貴女様の護衛。それは王族でも、当主でも、貴方自身の命令でも変える事が出来ない事でございます」

 

ミカエリが言う事は予め予測していたのか忍者は眉一つ動かさず冷たく言い放つ。が、彼女の知りたい情報は掴んでいた。

 

「あの乱入後、席を立ったのは二名。一人はコーテ嬢。もう一人はギネ子爵です」

 

「コーテちゃんはいいとして、あの豚が?!」

 

カモ君と事実上婚約破棄の状態のコーテは彼に尽くしている。きっと転送されたカモ君を心配して席を立ったのは分かる。しかし、ギネは違う。

あいつはカモ君に不幸があれば笑い転げるような奴だ。彼を心配して席を立つという事はしないだろう。と考えれば自然と奴の行動が読めてしまう。

 

「奴の懐から鈍い光を放つ物を確認しました」

 

「当たりじゃないの!」

 

嫌な考え程当たる物だ。ミカエリは風の魔法を用いて飛翔する。こうする事で走るよりも何倍も早く医務室に駆け込むことが出来る。

だが、カモ君が転送されてもう三分も時間がかかっている。それはギネが医務室に足を運び何か事を起こすには十分すぎる時間だ。

ギネがこの騒動に関係しているのならカモ君の身に既に何か起こってもおかしくない。

 

ミカエリの目に医務室が見えてきた。

だが、そこから何人ものの医師や看護師たちが悲鳴を上げながらそこから飛び出していた。

嫌な予感は晴れないまま、ミカエリは彼等の合間を縫うようにして医務室の入り口に立った。

そこから見えた光景は白を基調としている医務室。それを際立たされるように床に飛び散った赤黒い液体。血だまりが部屋の中央に出来ていた。

三つ並べられたベッドの一番奥にはマウラ王女が寝かされていたが、その隣に配置された中央のベッド。そこから剥ぎ取られたシーツから辿る血が飛び散っていた。

血だまりの中にはうつぶせに倒れ、大量の出血を見せていたカモ君。その血を泣きながら必死に回復魔法をかけて止めようとしているコーテの姿があった。

 

 

 

ミカエリが医務室に来る一分前。

ギネはようやくこの時が来たかとカモ君が多大なダメージを負って転送されたことを確認した後、すぐに選手が手当てを受ける医務室を目指した。

 

ゴンメはようやく仕事を果たしたと言っていい。全く手間がかかる奴だ。

 

あの女から貰った小瓶を開けるとそこから黒い靄が溢れてきたがそれを奴の体に引っかけると彼は膝を地面につけてギネにこうべを垂れて、こういった。何をすればいいと。

ゴンメはギネがやって来たことには気が付いた。彼が何かよからぬことを考えていることも察した。なにか持っているようだがあの少ない量ではどんな毒でも薬でも自分には効果が無いと慢心していた。だが、実際掛けられたものは魔法の類のものであっさりと意識を手放し、ギネの傀儡となってしまった。

ギネの命令は決まっている。エミールを。あのいけ好かないマスクを着けている奴を叩き潰せと言いつけると、ゴンメは誰からも見られない位置でハンマーを手にいつでも飛び出せるように体勢を整えた。

ゴンメはずっと機会をうかがっていた。カモ君が油断する瞬間を今か今かと。

彼は自分より弱いが頭は回る。彼を狙うのなら確実に仕留められる時を狙う。魔力かスタミナ切れ。最後もしくは決着の一撃を加える瞬間だ。

そして、カモ君はそれを見せた。

常に体を包んでいた白い光も無くなり、体力を削ったような掛け声も上げた。白騎士の胸に手を当てた時、カモ君は肩で息をしていた。狙うのならここだ。

傀儡とかしたゴンメはカモ君が見せた最大の隙を狙って観客席を飛び出し、彼を叩きのめした。

その時のギネの心境はまさしく爽快だった。

先程まで初めは貶されていたが、次第に称賛されていったカモ君がこんなあっけない事で勝利を不意にしたのかと思うと心にしまっていた蟠りが無くなっていくようだった。

だが、これは護身の札というある意味安全が保障されている物だ。今頃、奴はすやすやと寝ていると思うと再びイラつき始めた。

護身の札の事はギネも前もって知っていた。だからカモ君が転送された後、ギネは直接自分の手で奴を仕留めたいと気を大きくしていた。

医務室は選手専用の観客席から意外と近い所に配置されていた為、すぐにたどり着くことが出来た。

医務室に入るとまたもや医師達がギネを追い出そうとした。医師達もまたギネが来たのかと辟易しながら彼を追い出そうとしたが、ギネが魔法を詠唱している事に気が付いた。

 

ストーンエッジ。

 

魔法で作り出した石で出来た長さ20センチはあるサバイバルナイフのような石の刃を作り出したギネを見て医師達は悲鳴を上げた。

本来、それは土の魔法使いが近接戦闘用に作り出す自衛。ダーツのように投げてモンスターを攻撃するための魔法だが、ギネはそれを振り回して医師達をベッドの上で寝かされているカモ君から遠ざけた。

この時のカモ君はゴンメから奇襲でうけたダメージで意識はあるものの体。声すらも満足に出せるものではなかった。護身の札は致命傷や戦闘不能のダメージを肩代わりするが、その衝撃や感覚を失くすものではない。ゴンメに奇襲されたダメージは大なり小なり体に残っていた。

そんな状況を見てギネは加虐的な笑みを浮かべた。

自分が今から行う事をカモ君が理解した事に嗜虐心を高めたのだ。

 

これでお前を突き刺す。

 

息も荒げながら、血走った目でカモ君に近付いてくるギネ。それを見て何とか立ち上がろうとしたカモ君だが、体が言う事をきかない。上体を起こすのがやっとだ。

ギネが石のナイフを持った手を振り上げた。このまま振り降ろせばカモ君の胸をこのナイフが食い込むだった。ギネの腰にタックルしてくる陰の存在が無ければ。

医師や看護達の逃げる悲鳴でカモ君もギネも入り口から飛び出すように現れた陰に気づかなかった。

影の正体はコーテだった。

選手専用の観客席からではなく、一般観客席からこの医務室に来るまでには時間がかかった。その為、ギネよりも遅くにこの場に到着した。このような場面に遭遇してしまった。

普通の人間ならあまりの異常事態に思考が止まり、立ち止まってしまう。だが、コーテは違った。

モカ領で起きたダンジョンの同時発生に何も出来なかった力の無さを悔いて、自分を鍛え上げていた。そして武闘大会が始まる前にアイテム調達として出向いたダンジョン攻略でもカモ君の力になり続けようという強い意思があった。

その意志は今なおコーテを突き動かした。

カモ君が襲われている。それが誰であろうと構わない。例え、自身の親だろうと自分よりも上位の貴族だろうと王族だって体を張って止める。

そんな想いでギネに飛び掛かった。その衝撃でギネは体勢を崩し、自分の腰に飛びついた人間がコーテだと分かるとナイフを持っていない手で引きはがそうとしたが、コーテは魔法よりではあるが体も鍛えていた為、なかなか離れない。それに腹を立てたギネは石のナイフをカモ君ではなくコーテに向かって振り下ろす。

石のナイフが迫ってくるのを見たコーテは思わず目を閉じてしまう。と同時にドカッという音共に自分の体を覆う熱を感じた。

しばらく恐怖で目を開けきれなかったコーテだったが、ギネの不快な高笑いが聞こえた。その後に恐る恐る目を開けるとそこには自分を抱き止めるカモ君の顔が目の前にあった。

 

「ごは」

 

コーテの目の前でカモ君は血の混じった咳をすると、その場に崩れ落ちる。その背中にはギネの持っていた石のナイフが深々と突き刺さっていた。

 

「ふはははっ!馬鹿が!自分から突き刺さりにきやがった!」

 

倒れ伏したカモ君はピクリとも動かない。代わりにその刺された背中の傷から大量の血がまるで噴水のように噴き出した。

 

「エ、ミール」

 

コーテは震えながらカモ君に声をかけるが返事は無い。体も動かない。

それを見たコーテは回復魔法を使う。使い続ける。それでも体から血が噴き出ていた。

あふれ出てくる血をその小さな手で押さえながら、魔法を使いながら必死に抑えようとする。

 

「止まって。止まってぇえええええ」

 

そこにようやくミカエリがやってきた。

その惨状を見てすぐに推測できた。

ギネがカモ君を襲ったのだと。

高笑いするギネに向かってミカエリはクイックキャストを用いた風の刃の魔法を放ち、カモ君の血にまみれた右腕を斬り飛ばす。

ギネはその痛みに悲鳴を上げながらのたうちまわるが、そこにミカエリに随伴していた忍者がトドメの一撃言わんばかりに鳩尾に鋭いエルボーを喰らわせ、意識を奪い取る。

 

「止まれ、止まれ、止まれぇええええ」

 

ミカエリはカモ君の状態を見てどうやら重要な血管を傷つけたと判断した。致命傷だ。すぐに処置をしないと本当に死んでしまう。

幸いな事にここは医務室。機材と薬は十分にそろっていた。

厳重に薬棚にしまってあったハイポーション。回復の効果をもたらすポーションの中では上位に値するポーション全ての蓋を開けてカモ君の体にぶちまける。

すると、先程よりもカモ君の体から噴き出る血は止まったかのように見えた。だが、それはもう吹き出る血が無いのではないかとも考えてしまう。

 

「誰か!誰か近くに医者はいないの!このままでは彼が死んでしまうわ!」

 

ミカエリが声を大にして叫ぶ。

しばらくするとその叫びに引っ張り出されたかのように部屋の奥から数名の医師が出てきた。彼等はギネから逃げ遅れた者達で部屋の奥に隠れていた者達だった。

 

「…は、はい。ここに居ます」

 

「今すぐ彼を治療して!」

 

おっかなびっくりで出てきた彼等はミカエリに促されるままカモ君の状態を見る。

コーテとミカエリのおかげでまだ死んではいない。しかし危篤状態だ。今も少しずつだがカモ君の体から血は零れている。

彼女達が無暗に石のナイフを抜かないで正解だった。抜いたら最後。失血量が増えてカモ君は即死だったからだ。

コーテと医師の回復魔法とポーション。これを用いて何とか繋いでいるカモ君の命だが、あと一人。回復魔法を使える人間が欲しい。

 

「あと一人。レベル1でもいい。回復魔法を使える者がいれば」

 

そんな泣き言を言う意思にミカエリは先程逃げて行った医師達を呼び戻すために医務室を飛び出した。彼女に出来るのはそれくらいの事しか残っていなかった。

医務室にコーテがすすり泣く声が響き渡る。カモ君の損傷がひどい。このままかと思われた時、カモ君の手に刀身が折れた大剣。砕けた秘宝。シルヴァーナを握らせた人物が現れた。

 

「何が起こったのか分かりませんが、これで手は足りるのでしょう」

 

医師達の横に立っていたのは、この騒ぎで目を覚ましたこの国の第三王女マウラ・ナ・リーラン。

そこにいた彼女は王族しく堂々と国宝をカモ君に握らせ、医師に命じた。

 

「私をあそこまで追い込んだ戦士です。ここで失うのは惜しい。必ず助け出しなさい」

 

それは刀身が半分失われているシルヴァーナにも命じていた。そしてそれに呼応するかのようにシルヴァーナも淡く白い光を放ち始めた。

 


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