カモ君が操縦する空飛ぶベッドはたった半日で王都とモカ領の中間地点に位置する宿町に到着した。
この宿町による前にカモ君は宿町から離れた所に、ミカエリから持たせてもらったブルーシートを空飛ぶベッドにかけてから、魔法で開けた巨大な穴に埋めてから眠っているコーテを背負ってやって来た。
今のカモ君装備は背中に眠っているコーテと貴族の証であるマントに、修理から戻ってきた水の軍杖を二本両手に持って本日利用する宿に入る。
「いらっしゃいませ。うちはこの宿町では一番の宿泊所だよ」
そうでなくては困る。こちとら金貨五枚。日本円にすると五万円に匹敵するだけの代金を払うのだ。
銀貨一枚。約千円で泊まれる安宿は本当にセキュリティが低く、居心地も最低限度しか揃っていない。そこで泊まれば荷物を置き引きされることは勿論、そのまま攫われる。人買いに売られるなんてこともある。
逆に金貨一枚以上。貴族専用と言ってもいい宿屋ならばそのような事は殆どない。清潔だし、夕食・朝食はつくし、体を拭くためのお湯だって用意してくれる。この世界の文明レベルを考えれば破格と言ってもいい。
空いている部屋が一つしかないという事でコーテとは相部屋になるのだが、今更二人きりになったところでどうということは無い。ただ、媚薬が入るとわからない。
今は落ち着いているが、休憩所。そう言う事も考慮した宿だから同じことがあると落ち着いていられるだろうか。
マイサンを抑えることが出来るか心配なカモ君。ベッドに寝かせているコーテを見ていると抑えていられる自身が無くなってきた。
大丈夫だ。俺は出来るやつだ。俺は長男だ。我慢できる。今も。これからも押さえることが出来る。俺はこの荒ぶる感情を抑えることが出来る。俺が欲情に負けることは、無い!
カモ君がそんな馬鹿な事を思案しているとコーテが目を覚ました。
カモ君を見て、自分の寝かされているベッドを見る。そして自分の体を確かめるように触れると、自分の体を抱きしめてカモ君から顔を逸らした。
「…けだもの」
「まだ何もしてねえ」
どうして自分の周りにいる女性はこうもハラスメントを働くのだろうか。
そんな事を思わずにはいられないカモ君の言葉にコーテはこちらを試すように問いかけてくる。
「まだ。ってことはいずれするつもりだったんだ」
「そりゃあ、まあ…」
カモ君はブラコンでシスコンだ。だが、今まで尽くしてくれたコーテに何も感じないわけでもない。
恩義を感じるのは当然だが、一番身近な女性がコーテだ。幼女体型とはいえ、彼女の容姿は整っている。致したいという気持ちが無いわけでもない。
エロ猿だと思われたくはないが、ここまでアピールしてくる女の子を無下にするほど馬鹿でもない。
カモ君はコーテとなら人生を一緒に歩いてほしいと考えている。
しかし、世界と運命が立ちはだかる。
カモ君は主人公の障害となり、敗れ去らなければならない。
沢山負けて、主人公の糧になる。そうならなければ愛弟。愛妹のクーやルーナは勿論、このように接してくれるコーテに戦争という牙が突き刺さるリスクが高くなる。
主人公が戦争に勝つ。それが達成されたとしても。いや、達成されたら自分の地位は落ちぶれている。彼女達の傍に立つ事がおこがましい程に惨めなものになる。
彼女達が例えそれを許しても自分が許せない。きっと彼女達の足を引っ張る。きっと彼女達に負目を、負債を敷いてしまう。
自分が好きな相手だからこそそんな事には会って欲しくない。
逆に好きではない知人や親戚。友人が酷い目に遭っても何とも思わないが。
「…やっぱり私よりミカエリさんのほうが好みなの?」
「コーテのほうがいいに決まっているだろう」
どうしてコーテはミカエリをこうも引き出すのだろうか。
確かに外見は美女なミカエリだが、それは彼女が妙齢の女性であるからである。コーテもあと五年もすれば彼女に引けを取らないだろう。…たぶん。
そりゃあ、背はちっこいし、幼児体型に異は唱えられないが、彼女には大きくなれるかもしれないという未来がある。
カモ君自身、原作とは目を見張るほどの変化を見せたのだ。マトリョーシカから戦士の様な体つきになった。彼女にだってそれが起きてもおかしくは無い。
「でも」
視線を落とし、まだ言葉を続けようとしたコーテ。
カモ君はそんな彼女の傍に近寄って両手で彼女の顔を持ち上げて二人の影が重ねた。
「っ」
「…こんな事はお前にしかしない」
コーテから少し離れながらカモ君は背中を見せた。その耳は少し赤くなっているようにも見えた。
その様子からコーテは少し驚いたが、カモ君の言葉を信じることにした。
「…エミール。貴方が何を思って行動しているかはまだ聞かせてくれないの」
「輝かしい未来の為だ。俺の。いや、クーとルーナの未来の為だ」
ここで二人の名前が出てくると言う事は本当の事なのだろうとコーテは確信した。
だが、肝心な事は教えてくれない。
彼が何に対してここまで自分を鍛えるのか。何に怯えているのかを教えてはくれない。
「私は、貴方の傍にいたい。たとえ何があっても、何が相手でも」
「…すまない。もっと強ければ。…頼れたのにな」
コーテはそれが、自分に向けられたのか、それともカモ君自身に向けられたものなのか。それを理解することは出来なかった。ただ、カモ君が目指す強さはまだまだ遠い場所にある事だけはわかった。
これ以上、彼から聞き出す事は無理だと思ったコーテは会話の趣旨を変えた。
「…エミール」
「な、なんだ」
カモ君の様子が少しおかしい。こちらの言葉に少しばかり過敏になっているようだ。
これは…。効いてきたな。
「ムラムラしてきた?」
「いつ、盛った?」
今度はカモ君が自分の体を抱きしめるような体勢になりながらその場にうずくまる。
コーテは俯いた時に媚薬を自分の唇に塗布していたのだ。
これまでの会話でカモ君が自分を慰めると思ったので準備していたのだが、カモ君からやってきてくれたので手間は省けた。
「大丈夫だよ。エミール。女の子は怖くないよ」
「今は、こえぇよ」
まさか嵌められるとは思わなかったカモ君はコーテから離れようとしたが、今はコーテの動きの方が機敏だ。
「やだなぁ。…嵌めるのはエミールだよ」
「心の声を、読むな」
同じように媚薬の効果があるはずなのにどうして彼女の方が機敏なのだろうか。
「女の方が男よりも性欲に耐性があるからだよ」
「だから、読むな、と言うに」
落ち着いて魔法を唱えようとしたが体が敏感になり過ぎて詠唱が上手くいかない。その間にもコーテはカモ君を押し倒した。
「一緒に、気持ちよく、なろ」
「お、俺は、負けない。媚薬なんかに、負けたりなんかしない」
そう、力無く答えたカモ君にコーテはお構いなしに迫る。そして、再び二人の影が重なった。
「…キュー」
「寝技(正統派)を教わっていて助かった」
コーテの体温や質感を感じながらの絞め技を行い、彼女の意識を絞め落したカモ君は息を荒くしながらコーテを再びベッドの上に寝かせるのであった。
あの状況でダディが打ち勝つだと?!ええい、ダディの理性は化物か!