鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第八話 チートにだって弱点はある。

ああ、幸せだ。なんて幸せなんだ。

 

愛する弟妹達と、婚約者。信頼できる従者を連れてのお散歩。

弟妹達と手を繋ぎ、何もない牧草地への道のりは夏の日差しが少しきついけど、そこは水と風と闇の魔法で緩和していた。

ああ、こんなにも胸が弾むのはいつ振りだろうか。しかもギネという厄ネタもない分、心残りもない。

後ろからついてくる従者たちの手にはルーナやコーテといった女性陣が総出で作ったお弁当があった。

カモ君が寝ている間に作られたそのお弁当にはカモ君が好きなチーズと鶏肉のサンドウィッチも入っているそうだ。

牧草地帯に行くまでずっと笑顔の弟妹達のおかげか、途中で見かける領民達への挨拶も極上の笑顔を送る事が出来たカモ君。

三つの魔法と、笑顔で返事をする、しあわせ思考のアホな事を考えると言う五つ以上の並列思考をさらりと行っていた。高ランクの魔法使いでも難しい。普段のカモ君でも難しいそれは幸福の昂揚感でカモ君の脳の演算能力が上がったおかげなのかもしれない。

そして、カモ君達は丁度お昼時の牧草地帯についた。

ここに来るまでの魔法学園での出来事やモカ領の状況を話していた彼等は持ってきたシートを広げ、その上にお弁当を広げた。魔法で作り出した水で手を洗い、各々に用意された皿の上に料理を並べようとした。

これから始まるのはカモ君にとって最高の饗宴。大切な人達と大層な御馳走。

それらが並べられる途中で、悲劇は起きた。

 

人の頭ほどの大きさの岩が、カモ君達めがけて幾つも飛び込んできたのであった。

 

 

 

カモ君達が暢気に食事をしようとしている光景を見つけたローブの二人組。正しくは男の方が覚えたての魔法で昼食を広げていたカモ君達を攻撃。

カモ君達が来る前からこの牧草地帯にいた彼等は、少し遅れてきた彼達からだと見えない位置におり、不意打ちをすることに成功した。

だが、女の方はそれが気に入らなかった。

不意打ち自体に文句は無い。むしろ喜ばしい事だ。問題はその不意打ちがわざと外されたことだ。

 

「どういうつもり」

 

「挨拶だよ、挨拶。いきなり殺しちまったらこっちも楽しめねえだろ」

 

女はカモ君の抹殺を目的としているが、男はカモ君をいたぶる事しか考えていなかった。

結果が同じなら経過は楽しむつもりだろう男は、声を荒げながらカモ君達を挑発する。

 

「おいっ、お前達を殺しに来たぜ!かぁもくぅん!精々抵抗してみぶぶぅあっ?!」

 

が、男が言いきる前にカモ君は男に向かって急接近し、その顔面を右ストレートで打ちぬいたのだ。

 

その時のカモ君の心情はというと、

 

「おいっ」の時点で何が起こったのか判断つかずに混乱していた。わかったのはカモ君にとっての御馳走が台無しにされた悲しみ。

「お前達を殺しに来たぜ!」の時点でクーやルーナ。コーテに被害が及ぶという危機感を抱く。

「かぁもくぅん」で、明らかに自分達を狙った犯行だという確信を得た。いくらでも逃げる手段を得ている自分はともかくクーとルーナやコーテ、従者達を狙った犯行に対する怒り。

「精々抵抗」の時点でカモ君はクイックキャスト。風の魔法で自分自身を魔法で声のした方向に撃ちだした。そして、挑発しているだろう輩の顔面に拳を叩きこんだ。

 

拳を打ちこんだ相手が例え自国の王族だろうと、ドラゴンやラスボスだろうと敵意や殺意を持って愛する者に接触してきたのなら、カモ君は拳を迷わず振るえる。

しかも、殴られた衝撃で背中から倒れふした男に馬乗りになると、誰にも聞こえないくらいの小さな声で「殺す」と言い放ち、そのまま無表情な顔つきのままカモ君は殴り続けた。

そこまでやってようやく、クーやルーナ達は自分達が攻撃されたのだと理解したが、どう見ても攻撃しているのはカモ君のほうだ。

カモ君が殴り続けたせいで男が羽織っていたローブが取れ、男の素顔が明らかになる。

油で固めたのかオール―バックの黒い髪に、いかつい造形の顔。二十代前半か十代後半の生意気そうな青年。平常時であればヤンキーか若いマフィアじみた風貌だったのだろうが、今はカモ君に殴られた所為で顔の一部が腫れていた。その腫れた顔でも男の目から戦意は欠片も失われてはいなかった。

 

「く、そがっ、調子に乗るな!」

 

男が身に着けていた鎧の膂力をもってすればカモ君程の体重や押さえつけなどないような物だ。

その力を直で押さえているからこそ実感したカモ君はすぐさま男から離れるが、そうしながらも土魔法で作り出した小さくも尖った石ころを男の目にめがけて撃ち出した。

男が放った敵意は本物。だからこそ、たとえ相手が失明しようともカモ君には全く構わない事だったが、それが裏目に出る。

カモ君と男の間合いは一メートルも開いていない近距離だったが、そこに突如暴雨風の壁が現れると、カモ君はその猛威を受けて弾き飛ばされ、大きく間合いを取る事になった。

その暴風は男とカモ君の間にだけ生まれた、男の装備している鎧が生み出した障壁。カモ君の魔法に反応して土に強い風魔法の障壁を自動展開した物だ。

 

今のカモ君は剣を持っていない。得意とする間合いは魔法による属性攻撃か、格闘戦による超近接戦闘。

相手は自分の事をカモ君と言ったからこそ自分対策で魔法対策は当然しているから遠距離戦は出来ない。

 

そう考えていたのに間合いを取ってしまったカモ君は内心舌打ちをしながらも、クーやコーテ達の事は片時も忘れていなかった。

 

「ルーナ!コーテ!急いでここから逃げろ!ルーシー!プッチス!衛兵を今すぐここに呼び集めろ!冒険者でも構わん!」

 

愛する妹と婚約者にはここからの避難を。従者達には援軍を呼ぶように叫ぶ。

自分の目の前にいる男は自分よりも強い魔力を放っている。それは男が身に着けている鎧から発せられるものなのかはまだカモ君には理解出来ない。だが、それでも自分の弟よりは強くない。

 

「クー!撃て!」

 

カモ君が大きく右に移動すると同時に彼のいた場所に炎の旋風が牧草地をえぐりながら男に直撃した。

 

カモ君が男を殴りつけている間、クーは魔法の詠唱をしていた。

自分達に向けられた敵意を受けたクーは、兄より少し遅れて戦闘態勢に移行した。ピクニックに来ているから護身用の剣や槍は持ってきていていない。だから魔法の詠唱に入っていた。

カモ君がこのまま取り押さえられるならよし。それが出来ない場合は自分が追い打ちすると言う考えに至っていたクーの思惑を読んでいた兄馬鹿はそれに期待して、トドメを弟に任せた。

決定力に長けた魔法を使えるのは自分ではなくクーだと情けないながらも理解していたカモ君。

弟に人殺しの十字架を乗せてしまうのは躊躇いがあったが、殺されるよりはましだと思っての援護要請だった。

 

男に着弾した炎の旋風はそこから天高く伸びる竜巻にとなる。直に男の姿は影も形も無く燃え尽きるだろうと思っていたが、炎の竜巻の中から男の怒鳴り声が出ると同時に炎の竜巻も掻き消えた。

 

「俺様にしょぼい魔法が効くわけないだろうがぁっ!」

 

そこには水球の中で立っている男の姿があった。

その水球は竜巻が消えてしばらくすると役目を終えたかのように、球の形を崩し、消えていった。

その際に着込んでいたローブは取れてしまい、その白いフルプレートに身を包んだ姿をさらす。

 

「…嘘だろ」

 

クーの魔法に耐えたことも驚いていたが、男が身に着けている鎧に驚きを隠せないカモ君。

細部は違うが、あれは四天の鎧。

この世界の主人公が戦争での最終局面でリーラン王国の重鎮達と協力して出来上がるチート武装。

主人公にしか装備できないそれを何故目の前の男が装備しているのか分からなかった。

 

驚きで動きが止まったカモ君に男が仕掛ける。

そこに魔法を使った様子は見られない。それでも男の膂力はカモ君を余裕で超えるものだった。

 

「おらぁっ!」

 

迫ってくる甲冑で包まれた右の拳をカモ君は左腕で受ける。が、いともたやすくそのガードの上からぶっ飛ばされるカモ君。明らかに質量以上の攻撃を受けたカモ君は苦しそうな表情を隠せずに地面を転がされる。

 

(ゲームでは攻撃力の補正は無かったはずだぞ?!)

 

男の技量とは考えづらい。魔法学園にいたアイムの方が格闘センスは上。タイミングもカモ君にわかる程単調。なのに、単純に力と速さが上だった。

防御機構はそのままで移動補正と攻撃補正が加わっているチートにチートが加わっている。

 

「まだ終わってねえぞ!ロックレイン!」

 

男が詠唱無しの魔法名を唱えただけで、カモ君が転がされた頭上に幾つもの岩がどこからともなく召喚された。カモ君は男に対抗してクイックキャストで温存していたプチクイックという魔法を完成させ、自分の素早さを上げると同時に岩の雨をかいくぐりながら男に再度接近する。

 

魔法は駄目。だが先程やった打撃は有効。

相手の方が膂力は上でも技術は伴っていない。度胸はあるが純粋な格闘戦ならこちらに分があると思ったカモ君だったが、男は詠唱した様子もなく睨みつけながらカモ君に火の魔法を放った。

 

「ボム!」

 

またしてもノーキャスト。しかも特定の場所を爆発させる魔法はカモ君のすぐ目の前で発動した。魔力の波動を感じ取ったカモ君は回避することは不可能だとあきらめて両腕を合わせ、上半身を守るようにして体を丸め、その魔法を直で受けたカモ君は両腕に大きな裂傷と火傷を負わされながらクーの近くに吹き飛ばされた。

しかし、それでもカモ君は男から目を離さない。その目付きが気に喰わなかったのか、男は次の魔法を発動させた。

 

「むかつくんだよぉっ!その目はなぁ!ハイクイック!」

 

十数メートルはあった距離を一秒足らずで詰めてきた男の魔法で強化されたスピードに今度こそ追いつけずに、カモ君は男の拳を顔面でまともに受けた。

 

「にー様?!ウインドカッター!」

 

クーもそれを黙って見ていたわけではない。カモ君を殴り飛ばした男の背中に詠唱していた風の刃を放つ魔法を放つ。男はカモ君に完全に意識が向いていたので気が付いていない。直撃したかと思われたその魔法は、四天の鎧の効果で発生した炎で阻まれた。

 

「そんなっ」

 

「ちっ、ガキは引っ込んで」

 

「ウォーターボール!」

 

自分の体を守るように生じた炎でクーの事を思い出したかのように男が視線をカモ君から外した瞬間、カモ君がクイックキャスト用いた水球を撃ち出す魔法を放つ。

男を守るように展開された炎の檻に着弾すると同時に、今度は男の足元から土が盛り上がり炎に代わって土壁が男を水球から守った。

 

それを見てカモ君はようやくこの化物の攻略方法が見つけた気がした。

 

ゲーム通りの自動防御に攻撃ステータスアップ機能。

自分より巧みに使える魔法の術と属性。

つまり、こいつはチート武装した自分だ。

一撃でもまともに攻撃を受ければ、自分の左腕のように使いものにならなくなる。

 

勝つための必勝法。それはいつもの通り、自分の身を張って、クーとタイミングを合わせて攻撃してもらう事。

その確証を得る為にもあともう一度攻撃しなければならない。

 

「クー!風を力いっぱい撃て!」

 

カモ君の声を聴いてクーは再度魔法を唱える。

魔法が通用しなかったにも関わらず、それでも兄の言葉を信じてクーは詠唱する。それに追随するようにカモ君は小声で水魔法の詠唱を開始する。

 

「邪魔すんじゃねぇ、クソ壁がぁ!」

 

自動展開された土の障壁を叩き壊して出てくる男の姿を見て確信する。

 

四天の鎧の機能は追加できても削除することは出来ない。

 

そして障壁を展開している時、そいつ自身はその属性になっている。

ウォーターボールを炎の障壁で阻まれた時、水球からでた湯気が男の顔に触れた事をカモ君は見た。

 

シャイニング・サーガというゲームでも同じことが起こった。

火を防御する時、主人公はどんな属性だろうと水の属性になり、攻撃を防いでいた。しかし、その次の瞬間に土属性の攻撃を受けると大ダメージを負っていた。

それこそ間髪入れずの同時攻撃に近い連続攻撃にこの鎧は弱い。

ゲームでは同時攻撃を受ける時は自動で攻撃力の高い攻撃に対してメタを張る設定になっていた。

だが、魔法使いで同時に別の属性の魔法をぶつけると言うのは難しい。同じ方向から放てばお互いの威力を殺しながらが殆どで、相手に命中するころには一つの魔法は消滅しているか、吸収されているかで、結局一つの魔法しか残らない。

 

という、ゲームの設定を信じて攻撃するしかカモ君には勝機が見いだせなかったのであった。

 


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