鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第九話 必死

カモ君とクーが煌びやかな鎧を着こんだ男と戦っている間、コーテはルーナをプッチス達に預けて、襲ってきた男の隣にいた女に水の軍杖の先を突きつけていた。

女が動けばすぐにでも魔法を撃ちこむつもりだった。

だが、女はカモ君達が戦っている場面を見ているだけで何もしてこなかった。だからという訳ではないが、先手必勝で女を水の魔法で作り上げた直径三メートルの球状の水牢に閉じ込めた。息が出来るように首から上は沈めていないが、詠唱でもしようものならすぐにでも防げるように水牢は大人が五人は閉じ込められそうな物にしている。

 

「あら?貴方は逃げないのね」

 

其処までされて、女はコーテに気が付いた。

女が装備している物はローブの下からでも分かるくらいにどれも派手なのに少しでも目を離したら忘れてしまうような儚さがあった。女の容姿も黒髪というリーラン国では珍しいものなのにまるでメガネのについた靄のようにコーテにはよく見ることが出来ない。

 

「…すぐにアレを止めて」

 

アレとは男の蛮行だろう。しかし、止めるつもりはさらさらない女は無理と唇を動かした瞬間に首から上も水牢の中に沈められた。

止めることが出来ないのなら有無を言わさず黙らせる。魔法使いか戦士かなんてどうでもいい。このように水牢の中に閉じ込めてしまえば魔法を唱える事は出来ない上、戦士のように移動しきる事も出来ない。

女が溺れて気絶したらカモ君達の援護に入るつもりコーテはカモ君の言葉を拒んで、この戦いの場に残る事を選んだ。

現にカモ君とクーの二人掛かりで鎧の男を相手取らなければならなかった。今もコーテがこの場に残っている事に気が付いていない。

その上、再度攻撃に転じようとしているカモ君の左腕上がっていない事に気が付いたコーテは彼に声をかけようとした時、不意に隣から声をかけられた。

 

「酷いわね。理由も聞かずに水に沈めるなんて」

 

その声に驚き、その場から転がりながら距離を取った。

自分の側から声をかけてきたのは水牢に閉じ込めていた女だった。ローブとその下にある体はびしょぬれでさっきまで水牢にいたことを信じさせるには十分な状態だった。

どうやってあの水牢から脱出したかは分からない。だけど、放っておくわけにもいかない。

コーテは再び水牢の詠唱しようとしたがそれよりも早く、女が持っていた赤い杖でそれを弾き飛ばされ、逆にその杖の先を首元に突き付けられた。

 

「黙って、見守りましょうね。出ないとその細い首が千切れちゃうわよ」

 

コーテからは見えないが首元に突き付けられた杖の先についた土色の宝石が魔力を帯びていることはわかる。岩を放出する気か、それとも物理攻撃を高める物かは分からないが、確実に言えることは一つ。言う事を聞かなければ殺される。

 

「…」

 

「ふふ、素直な子は好きよ。ああ、それでも一つ応えて欲しい事があるんだけれど、『シャイニング・サーガ』という言葉に聞き覚えはあって?」

 

女は静かに微笑みながら言葉を投げかける。しかし、その単語に聞き覚えはない。

輝く伝説など小さな子どもに読み聞かせる物語はまだ聞いたことが無かった。

 

「…ない」

 

「そう。残念ね。貴女はまだ彼から何も聞かされていないのね」

 

その言葉に鳥肌が立った。疑問もある。疑惑もある。

しかし、それよりもエミールの婚約者である自分が知らないのに、目の前の女はカモ君としての内情を知りえている気がした。

それに怒りにも似た感情が溢れた。

 

「…彼の、エミールの何を知っているの」

 

「貴女よりは知らない事は多いわ。でも貴方より大事な事は知っている」

 

コーテの反応が面白いのかクスクスと笑う女に、更に苛立ちを覚えたが、再度首筋に押し付けられた杖の感触が思いとどまらせた。

 

「私達はそれを潰しにやって来たの。答えが知りたいのなら、アレと生き残れた後。カモ君に訊くといいわ」

 

「…」

 

コーテは何も言えなかった。だから悔しそうに睨む事しか出来なかった。女の事を。そして今も戦っているカモ君達の事。ちょうどその時だった。彼等の戦いに決着が動いた瞬間でもあった。

 

 

 

クーが風属性の魔法。巨人の剣で斬りつけたかのような威力を持つ魔法を放とうする直前にカモ君はコンマ数秒の辺りで自分が使える水属性の魔法を放った。

 

「アクアランス!」

 

二メートルの矛がある水で出来た両手持ちの槍を魔法で生みだし、相手に投げつけた。まともに当たれば肉をえぐり、骨をも貫くそれは自分達を襲っていた男の胸にめがけて飛んでいく。

男は丁度、鎧の自働防御機能で生み出されていた土くれの障壁を殴り壊したばかりだった。その所為で自分に迫ってくる水の槍に気が付かない。だが、それでも問題無い。

四天の鎧レプリカは水の槍に反応してまた新たに障壁となる土壁を作り出す。この時を持って男の属性は土属性になったはずだ。

水の槍が土壁に接触した瞬間にクーが風の魔法を放つ。

 

「クー、全力で放て!」

 

「ウィンドブレード!」

 

クーはカモ君の言葉に続くように腕を勢いよく右から左に振るった。すると、クーの視界の下半分が見えない剣で斬り離されたように裂断される。男の後ろに生えて牧草地帯も下り坂を形成すように裂かれた。

自動展開された土壁も数瞬遅れて横にずれながら落ちていく。そして、その向こう側に会った男の顔全体に一文字の傷が出来、そこから血が噴き出した。

カモ君の読み通り、攻撃が男に通じたのだ。

 

やったか。

 

そう思ったクーだが、男の表情は苛立ちを抑えきれないように怒り狂い続けていた。

 

「ふざけんじゃねぇぞぉおおっ!!雑魚共がぁああああっ!!」

 

男は叫んだ。何よりうまくいかない今の状況に苛立ちが収まらない。

カモ君達は自分に手も足も出ないままぶちのめして、相手が苦しがる顔を見て嘲笑うつもりだった。

だが、現実はどうだ。

生意気にも顔を何度も殴られ、魔法は防がれ、そして最高の鎧とまで言われた四天の鎧を装備したにもかかわらず、顔に傷を負わされた。

 

「ふざけるな!ふざけるな!くそ野郎がぁああああっ!何が最強の鎧だ!ボケが!ライム!どうなってんだ、ああっ!」

 

男が怒鳴り声を上げたと、同時にカモ君は水属性の初級魔法のアクアショット打ちこみながら男に向かって駆け出す。

男は迎え撃つつもりだったが、またしても自働防御機能が発動し、土壁がせり上がると同時にカモ君を目視することが出来なくなった。

そこへクーの風の魔法が突き刺さる。今度はタイミング少しずれたのか、土壁の障壁が瞬時に炎の壁とクーの魔法をかき消しながら、カモ君の行く手を阻む。

 

「うざってぇんだよぉおおっ!」

 

男がその炎の障壁を散らすように腕を振るい、炎の壁を取り払う。

そしてそのままカモ君に向かって殴りかかる。が、カウンターで合わせるようにカモ君の右ストレートが男の顔面に突き刺さる。男の拳もカモ君の頬の皮一枚を裂くように通過した。

男も強兵と言えど、所詮は暴れん坊。喧嘩殺法よりも日頃から戦闘訓練を真面目に繰り返してきた衛兵に混ざり訓練を行い、魔法学園では実戦稽古を表してアイムとの訓練を日頃からしてきたカモ君の戦闘技術には及ばなかった。

 

「ぶげぇええっ!」

 

カモ君に殴り飛ばされて後退する男だったが、すぐに切り替える。魔法とは目標の近くに味方や自身がいる場合はその魔法に巻き込まれる可能性がある。

魔法使いの弱点は近接戦闘。そこに切り替えた男はカモ君に殴りかかる。

その目論見は正解だった。

カモ君の動かせずにいた左腕。そこにめがけて打ちこまれた拳でゴキリという音が聞こえた。カモ君の表情に苦痛がにじみ出る。

彼の表情は殆ど感情を表さない。それなのに苦痛の表情を作るという事は常人には耐えがたいほどの激痛が襲っている事だ。

 

「おらぁっ!とったぁ!」

 

動きが鈍ったカモ君の右足にローキックを浴びせる男は嗜虐的な笑みを浮かべた。

べきりっ。と鈍い音を立ててその場にうつぶせで崩れ落ちるカモ君の背中を押しつぶすように踏みつける。そこからも何かがへし折れる音が響くと同時に彼は血を吐き出した。

 

「がっ!はぁっ!?」

 

一息の油断。数秒で叩きのめされたカモ君は脳を焼くほどの激痛よりも己の油断を恨んだ。

ここで自分が倒れればクーやコーテに危害が及ぶ。自分を抑え込んでいる男は絶対に牙をむく。

だが立てない。尋常じゃない力で押さえつけられていることから立つ事が出来ない。

鎧の恩恵での殴り合いは圧倒された。

カモ君程の技量ではこの男。鎧の力を制することが出来なかった。

 

「にー様から離れろ!」

 

「はぁっ?嫌ならどかしてみろよぉっ」

 

クーの言葉を聞いて男はカモ君をいたぶるように何度も踏みつける。その度にカモ君からは細かい咳と共に血が吐き出される。

 

男はやっと、自分が望んでいた光景が目に映った、

カモ君を何度も踏みつけて己の優位性を確かめる。

鎧の力もあってか、カモ君を踏みつければ踏みつけるほど彼の口から血が噴き出る。まるでおもちゃで遊ぶ子供のようにそれが面白かった。

最初は鎧の恩恵などありもしないものだと思っていたが、今はどうだ。

たった数発で立場は逆転。先程まで調子に乗っていた奴等が劣勢に追い込まれる。それが愉快でたまらない。

 

そんな嗜虐心に満たされている男。彼の目に、クーの後ろでライムと呼んだ女がコーテを抑え込んでいる場面が写りこんだ。カモ君の婚約者と認識している男は舌なめずりをした。

 

見た目は幼いが手入れの入った髪と瞳。顔の造形。この少女をカモ君の目の前で汚したらどんな反応をするか。楽しみである。

 

「よう、いまからあの女を抱く。有無を言わさず、力尽くで、泣こうが叫ぼうが、凌辱する」

 

動けなくなったカモ君にコーテを見せつけるように足の甲で彼の顎を持ち上げ、コーテのいる方向に向けて、男は言った。

 

「その時、お前がどんな顔をするか楽しみだぜ」

 

下種な笑みを浮かべながら男はカモ君から離れ、コーテのいる方へと歩みを進める。

クーは男に対して火や風の魔法を撃ちこむが、水と土の障壁が展開され、その歩みは止まらない。

格闘も駄目だ。まだ子どものクーの体格でカモ君並の格闘戦は出来ない。そもそも身体能力に差があり過ぎる。

日ごろ鍛えているカモ君だからこそ何とか打ち合えたのだ。まだ成長らしい成長もしていないクーの格闘では止められない。逆に鎧の力の一撃で首の骨を折られるか、胴体を突き破られる一撃を加えられ、殺されかねない。

それを理解したクーには何もすることが出来ない。ただ近づいてくる男の前に立つ事しか出来なかった。

 

「どうした?魔法でも何でも撃って来いよ」

 

男もそれが分かっているから両腕を広げながら悠々と歩いていく。

もう、カモ君達に出来ることは無い。この後は一方的に蹂躙されるだけだ。

そう、思っていた。

 

血を吐き、涙を零し、血の混ざった鼻水をすすり、ぐしゃぐしゃになった汚い顔。

砕かれた左腕を情けなくぶら下げながらも、希望を手放さないと振るわれる右腕。

へし折られた右足引きずりながらも、悪逆にしがみつくように飛び出した左足。

恐らく折れている背骨。痛んでいる内臓から絶え間なく零れる血を吐きながらも、己の歯が欠けることもいとわず鎧の襟首に噛みついた男がそこにいた。

 

「クー!撃て!お前の全力を!」

 

カモ君である。

振るえば折られるその腕で。蹴り出せばひしゃげるその足で。叫べば潰れるその口で。

必死に男の足止めをしていた。

 

「男に抱きつかれる趣味はねぇっ!」

 

背中にへばりつくカモ君を振るい落とそうと男が体を大きく揺らす。それだけでしがみついているカモ君には激痛が走る。意識が飛ぶ激痛が奔る。それでも魔法の詠唱を完成させる。

 

「サンドアーム!」

 

密着している状態でのカモ君は自身の腕に一袋分の砂を纏わせる。防御というには稚拙。攻撃に使うにしては惰弱過ぎる土の魔法だ。だが、それでも男の鎧の自働防御が発動する。

密着しているカモ君を引きちぎらんとする暴風が男を中心に吹き荒れる。

 

「離しやがれ!」

 

「死んでも離さん!」

 

後ろから首の間で押さえつけている砂で覆われた腕を振りほどこうとするが、カモ君はまるで自分の命を燃やして男を押さえつけているようだった。

そして、その言葉に嘘は無い。

自分はここで死ぬ。未来で起きる戦争も。後を残して苦難するだろうクーやコーテを残すことにも心残りがある。

しかし、今、ここでこの男を倒さない限り、自分達に未来は無い。

 

「にー様!離れて!」

 

男とカモ君が悶着している間にクーの魔法の詠唱は完成していた。

クーが天に向かって掲げた手の先には炎の大剣が出現していた。以前、カモ君に向かって放たれた火の魔法。レベル3。上級魔法であり、カモ君達が持ち得る最大威力を持つ炎の大剣。

いくら、チート武装の四天の鎧でも、今は弱点の風属性。攻撃は必ず通る。

カモ君は相手が四天の鎧を纏っている事を知ってからずっとこの状況を狙っていた。

 

「構うな!俺ごと撃て!」

 

「し、死ぬ気か。てめぇっ!」

 

男も今の状況で焦り始めた。女に言われていた事態になっていたからだ。

 

『少ない可能性だけど先に言っておくわ。障壁を展開している間。特に風を纏っている時に火の魔法は受けない事。火は全魔法の中で攻撃力は高い上に、風の障壁はそれを増幅させる』

 

水の障壁なら、弱点の土の魔法の緩衝材くらいにはなる。土の壁は文字通り風の刃の壁になる。火の障壁なら風の攻撃を巻き上げる事が出来る。

だが、風だけは駄目だ。風は火のエサにしかならない。

今の状況で火の魔法。しかも高威力の魔法を受ければただでは済まない。勿論防具を何一つつけていないカモ君もただでは済まない。それこそ死ぬ恐れがある。

それをなんとなく感じ取ったからこそクーに躊躇いが生まれる。カモ君がしがみついている間に撃てないでいた。

 

「今しかないんだ!撃つんだ!クー!」

 

文字通り血を吐きながら叫ぶカモ君を引きはがそうと暴れる男。彼も必死だ。今、自分と心中しようとしている。初めて感じる自分の死の危険を引きはがそうとしていた。

 

「やめろ!撃てばお前も死ぬんだぞ!」

 

カモ君を引きはがそうと男は暴れる。その効果はあり、徐々に自分にしがみつく力が弱まっている。だが、離れない。カモ君は離さなかった。

 

「撃てぇええっ!クゥウウウウッ!!」

 

「あ、ああああっ。フレイム・カリバァアアアアアッ!!」

 

「ち、ちくしょうがぁああああああっ!!」

 

カモ君の必死の思いを受けたクーは躊躇いながらも魔法を放った。

暴風の障壁の奥から迫ってくる炎の大剣は、その障壁に突き刺さると、その刀身の大きさを増して男の身に着けている鎧に突き刺さった。

 


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