鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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断章 代償と対価

カモ君達を襲撃したその日のうちにライムはネーナ王国。王への謁見の間で、王とその重鎮達が集まる報告を行った。

 

カモ君の踏み台の効果。『自分を倒した者のレベルを上げる』という特性を確認したという事。

 

良い報告はここまで。

次に悪い報告をする。

 

カモ君の右腕を焼き切ると言った重体に追い込みはしたものの生死までは確認できていない。

彼の弟。幼少とはいえ、既に特級レベルの火の魔法が扱えるようになった。このまま成長していけば最大レベル5の王級の魔法使いが生まれるかもしれない。

次に四天の鎧レプリカが壊されたこと。これを作るには莫大な資金と資材。そして人脈を使ってきた。それを破壊した事は痛手だ。

その残骸をリーラン王国が利用しないはずがない。鎧の大部分であるミスリルを失う事よりもその主性能である魔法に対して障壁を貼る四つの宝玉のレプリカ。

このレプリカを作る事にも莫大な資産などが投じられたが、このレプリカとなる元来の宝玉が無ければ作れない。そして、宝玉の持ち主はリーラン王国の一公爵家が持っていた。

それが敵国の元にある。つまり、こちらに寝返ったスパイという事だ。それが今回の一件で露見するかもしれない。

特にセーテ侯爵家の人間にばれる可能性が高い。

戦闘力だけでなく、技術力も飛びぬけている。こちらが回収し損ねた残骸から宝玉の一件を見抜く可能性が高い。

それらを周りの重鎮達が非難してくる。

 

リーラン王国からネーナ王国側に寝返らせたこと。宝玉のレプリカを作り上げた事。四天の鎧レプリカを作り上げた功績を上げた時は、小娘が。と、ねちねちと小言を言い、今回のように明らかな失態をすれば声を荒げて、鬼の首を取ったかのように騒ぐ輩達。

長年。何世代も仕えてきた自分達こそがこの国の王を守る剣であり、盾であると。礎だと。

騒ぎ立てる様を冷たい視線で玉座から見下げるネーナ国王。

 

「控えろ。王の御前である」

 

 

王の隣に控えていたネーナ王国の将軍が重鎮達を黙らせる。

 

建国時代からネーナ王国に仕えてきたこの国の将軍であり、公爵家。なにより、この国で王の次に強い戦士であり、魔法使い。

シャイニング・サーガというゲームではラスボスの次に強いと言う設定だった将軍は、目の前で報告をしている女。ライムの助言をこの国全員の兵達に通達。この数年で彼等のレベルは数段上がった。

新兵が小隊長レベルに。小隊長は将軍レベルに。そして、将軍は国を滅ぼすドラゴンレベルへと強化された。

そして、装備品も強化された。もはや、この国の軍隊を止めるのはドラゴンの群れくらいだろう。だが、それでも。

 

この世界の主人公には勝てない。

 

主人公は一人で、この国の軍隊を。将軍を。王を。ドラゴンを淘汰することが出来る可能性を秘めている。だが、その一因を要しているカモ君を叩きのめした。たとえ、生きていてもすぐには主人公を鍛えることはできないだろう。

 

そんな主人公らしき人間が二人いる。

シュージとキィ。この二人のうちの誰かがネーナ王国最大の敵。その対策として王が出した次の策。

 

「王子と姫のリーラン魔法学園の編入は完了しています」

 

先程まで騒いでいた重鎮の一人が誇るように報告をした。

最大の敵。リーラン王国の『担い手』。しかし、味方に引き込めばこれほど心強い存在はない。

最初、王もライムの言う世迷言を信じたわけではない。

しかし、密偵を放ち、彼の国の魔法学園に入学した庶民の事を調べさせて確信した。

 

この世界には主人公という物が存在していると。

 

しかし、この事は王とライムしか知らない事だ。他の重鎮にばれれば反逆や謀反の旗頭にされかねない。彼等には将来、有望な庶民を引き入れると言う青田買いと言っている。

はっきり言って、この国の王子・姫は十人以上いる。その中の一人や二人失ってもこの国には余り痛手ではない。

王子・姫とだけあって、容姿も整っており、教育も進んでいる。

王位継承権も低いが、引き込めたらそれも上位へと押し上げると伝え、やる気も起こしている。

 

リーラン王国の『剣』を折り、『鎧』を奪い、『踏み台』を叩きのめした。

そして『担い手』を引き抜く。

 

打てる手は打つ。

ライムの助言のおかげで、王は二年半後に起こすつもりだった戦争は最短で半年後になった。『担い手』を引き抜けばリーラン王国に勝ち目はない。

 

報告を終えたライムは王に一礼して、謁見の間を出ていく。

彼女にはまだやるべきことがある。

リーラン王国。シャイニング・サーガの主人公専用の強アイテム。常夜の外套。

見た目は黒いトレンチコートだが、これを装備しているだけで闇魔法への耐性が上がり、体力と魔力を常時回復の効果を持つ。

 

シルヴァーナ。四天の鎧。常夜の外套。

 

この三つを装備した主人公は全ての魔法に対して耐性を持つ上に、殆どの状態異常を無効化。全ステータスの上昇補正・回復効果があり、人の形をした上位ドラゴンになる。

その常夜の外套は上手くいけば魔法学園へ編入できた王子・姫が入手できるだろう。

 

「あとは、…まあ、どうでもいいか」

 

ダサい。格好悪いと言って四天の鎧レプリカの上にミスリルで出来たフルフェイスの兜をつけなかったあの男。あれさえつけていれば、カモ君に無駄に抵抗される事も無く、完璧に叩きのめせたのに。

こちらの実験でエレメンタルマスターになったあの馬鹿な男。

国を揺るがすかもしれない失態をした罰として課せられたのはこの国の兵達のサンドバック。

男がレベルアップやエレメンタルマスターになる為に犠牲にしてきたこの国の兵達の怨恨を晴らすには丁度いい罰だろう。

今頃、この軍隊の修練所の奥で、剣で斬られ、魔法で穿たれ、今頃肉のサンドバックになっているだろう。

エレメンタルマスターはカモ君のように高級な経験値タンクかと思いきや、得られる経験値は思ったより少ない。

 

あの時、カモ君を倒してしまったクーが急激なレベルアップした。元の土台がよかったのか、それともカモ君が上質な経験値タンクだったのか。

 

「カモ君もゲームとは全然違う体型だった。ということは彼も転生者?」

 

ライムは原作とは違いすぎるカモ君を思い出していた。

彼の実父は鉱山送り。母親は引きこもりと原作通り落ちぶれている。だが、彼の周りの人間は強キャラばかり。

クーは特級魔法使い。コーテというスポンサー。セーテ侯爵というチート人間の巣窟。

主人公張りに人脈だけはあるカモ君。

もし彼を引き込めたら、この国の未来は盤石だったろう。

 

「生きていたら、あの男の代わりになったのに」

 

もう物言わぬ肉袋になっているだろう男の名前どころか、顔すらも忘れた彼女はため息交じりに自分の研究所に戻って行った。

 


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