鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第一話 カモ兄貴、瀕死な日々

カモ君が謎の二人組に襲われ、大火傷と複雑骨折という重体になって二週間が経過した頃。

代理領主のローアが王国に救援に応じてやって来た三十名ほどのリーラン王国の兵。そして、コーテの手紙を受けてやって来たミカエリの使いを名乗る人間がカモ君達の前にやって来た。

 

王国兵達はモカ領の警邏を領内の衛兵達と共に行い、次期領主であるクーが正当な領主になるまで護衛を務める。これはローアからの報告の確証を得るために送られた兵でもある。

これは王族の指示であり、既にレベル4。常人の壁を打ち破った。特級魔法使いとなったクーの確保の為である。

彼が何らかの理由で誘拐や死亡したり、他国に亡命したりしない為の監視の役割もある。

 

カモ君の意識が戻って一週間が過ぎようとした頃に彼等はやって来た時、クーは彼等を罵倒した。

 

どうして、ギネがいなくなった時は来てくれなかった。

どうして、ローアが最初に支援を出した時に来てくれなかった。

どうして、もっと早く来てくれなかった。

来てくれれば、いてくれれば。自分の兄はこんな風にならなかった。

 

子どもらしい。筋が通らない。感情に任せて癇癪。それを諌めたのは車椅子に乗せられたカモ君だった。

 

王国はお家騒動に直接乗り込む事は滅多にない。

兵達もすぐに動けない理由がった。

王国からモカ領までは距離があり過ぎる。

自分が強ければこんな事にはならなかった。

何より。襲ってきたあの二人組が一番悪い。

 

そう言って、わかりやすく、出来るだけ優しい声で諌めるカモ君。

そう言われてしまえばクーは押し黙るしかない。

誰よりも損をして、誰よりも信頼する兄から言われてしまっては何も言い返せないから。

 

王国からの兵。彼等への給金は王国から出るのでモカ領を圧迫することは無い。

既にいるモカ領の衛兵との訓練内容や勤務内容の摺合せといった大人の話し合いをローアとの話し合いを始めた兵長達。

そんな彼等の隣でカモ君達子ども勢の所に、一緒にやって来たミカエリの従者が厳重に封をされている箱を差し出していた。

 

「こちら、ミカエリ様からのお見舞い品です」

 

「あ、これはどうも」

 

だが、カモ君はそれを素直には受け取れなかった。

なにせ、変なオーラが零れだしているから。箱の包み紙が上質なのに、所々が焦げたように黒くなっており、まるで蝋燭の蝋を零したかのように穴が開いている。何故か汚いものを目の前にしたような忌避感を感じさせた。

 

「…どうぞ。鼻を摘まむ物ですが」

 

「…其処はつまらないものですがという物じゃないの?」

 

ルーナが差し出された箱から一歩遠ざかりながら言葉を漏らす。

 

「お受け取りください。最新の治療キットですよ。たぶん。メイビー」

 

「不穏」

 

コーテが目を細めながら差し出された箱を睨む。

従者が差し出してきた箱はカボチャサイズの箱だったが、その存在感で見た目以上の威圧感を感じさせるものだった。

 

「ご安心ください。実験ではうまくいきましたから。一回で」

 

「実験って、もっと数を重ねる物じゃないの?」

 

クーの言う事も最もである。

これにはカモ君も文句は無い。二回目はどうなるかどうか分からない物を試すのには勇気がいる。せめて、十回。いや、五回でいいからサンプルをもっと取ってほしい。

 

「実験体となった囚人もこの効果に泣いておりました。ミカエリ様もたまらず泣いてしまいましたけど」

 

「その涙はどんな感情から来た物なんだ?」

 

治療が上手くいって泣いていたらいいけど、あのミカエリだ。ただ泣いて喜ぶわけじゃない。絶対に裏がある。

 

「治療効果は抜群です。それは確かです」

 

治療以外の効果もあるのか?

しかし、ここで受け取らなければミカエリ。セーテ侯爵家の顔に泥を塗る事になる。それは避けなければならないので諦めたカモ君は従者のプッチスにその箱を受け取るように目で合図した。

プッチスは出来るだけ笑顔を崩さないようにお見舞い品を受け取った。それと一緒にその取扱いについて説明を受けた。

 

換気は必ずする事。

食前・食間・食後の一時間前後は使わない事。

替えの着替えを必ず用意する事。

汗がはねた所は水拭き・乾拭きした後、洗剤などを使って二回は洗浄する事。それらに使った雑巾は燃やして捨てる事。

 

え、なにそれ?バイオでハザート的な何か?

それ使ったら怪我は無くなるけど人間辞めます。なんて、俺は嫌だぞ。

 

カモ君は説明を聞いた時に感じていた不安がさらに増した。

箱を開ける事に躊躇いはあるが、今すぐに確認したい。

幸いな事に今、カモ君達がいる所はモカ邸の玄関の正面であり、屋外である。

更に戦闘が出来る人間が大人数いるからこの箱の中身が万が一に災害(ハザード)を起こすものでも対処できる。カモ君が更に指示をだしてプッチスに中身を確かめるように言い渡す。

恐る恐る包み紙を広げると中にあったのは皮に包まれた箱。更にそれを開けるとガラスの箱に詰められた緑色のネックレスが入っていた。

あしらわれた宝石も緑色。それを繋ぐチェーンも緑色といった配色が馬鹿みたいなネックレス。

カモ君はこれを一度、ミカエリの屋敷で見たことがある。

確か、オークネックレス。

装備すると動きが鈍重になる代わりに巨大な膂力を得る。そして、悪臭が漂う汗をかくと言う人工マジックアイテムのネックレスだ。

ガラスの箱で密封されているはずなのにネックレスは何やら透明で粘着質な液体で満たされていた。しかも満たすだけではなく、今にもあふれ出ようとしているのか、箱のあちこちに亀裂が生じていた。

 

「…くっ。もうこんなにも増えているなんて。これはミカエリ様が改良した物です。多大に問題はありますが治療効果はあります」

 

多大に問題があるのか。そうか~。問題がいっぱいかぁ。

うん。デメリットの効果も教えて欲しいなぁ。いや、教えろ。今すぐに!

 

「良薬は臭う物ですっ。それだけの効果が見込めるので我慢して首からおさげくださいっ。では、私はこれで」

 

失礼します。と、ミカエリの従者が最後の一文を言おうとした時にガラスの箱は決壊した。

この改良を加えたオークネックレスはカモ君が最初に見た時の機能の他に身体の治癒機能が向上すると言う効果が出たのだ。

カモ君同様に大怪我をした囚人でその効果を試したところ、全治三ヶ月はかかると言われた怪我が三日で治ったのだ。

と、ここまでならよかったのだが、問題はここから。

何故かこのネックレス。何も吸収していないにもかかわらず鼻が曲がる程のねばっとした液体を常に分泌するようになったのだ。それに毒性はない。むしろ良薬。高級の回復ポーションの効果をもたらす代物だ。

ただ、臭いから物凄く臭いになっただけ。

四肢を拘束された状態で装着させられた実験囚人はあまりの臭さに涙を零し、嘔吐をしながらフゴフゴと悲痛な声を上げながら体を癒したのだ。

その惨状は隣の檻に入れられた他の囚人達にも伝播し、阿鼻叫喚の地獄絵図が繰り広げられたのだ。

具体的に言うなら、カモ君達のように。

 

「臭いっ!?」

 

「プッチスっ。しっかりし、くさ!?」

 

「なにこれ!くっさぁあああい!」

 

あまりの悪臭で嘔吐してしまうほどに臭い液体がモカ邸の玄関先にぶちまけられる。

その爆心地にいたプッチスは嘔吐。モークス。ルーシーといったモカ家に仕えてくれている従者達は昼食に食べた物を口から吐き出していた。

 

「くさっ?!う、うぷっ、ううう」

 

「なんだ?!一体どうした?!て、くさぁああああいっ!」

 

プッチスのすぐ近くにいたクーも最初は堪えていたがあまりの臭さにたまらず嘔吐。さらに少し離れた所で異変に気が付いたローアがこちらを見たが、運悪く風下にいたのでその悪臭に涙を流し、悲鳴を上げながらゲロ。

それらを見ていた王国兵やモカ領の衛兵達も、その悪臭と光景により、もらいゲロをしてしまう。

モカ邸の玄関先はゲロまみれとなり、ゲロを吐いていないのは乙女の矜持を何とか持ちこたえさせているルーナとコーテ。同じくクールな兄貴を自称し、持ちこたえようとしているカモ君の三名だけだった。

この元凶となったネックレスを持ってきたミカエリの従者も容赦なくやられた。

悪臭が漂うだけ。されど酸っぱい惨状になったそれは正しく地獄と言える物だった。

 

おい、ミカエリさんよ。もしかしてこの地獄の創造主となったこのネックレスをつけろって事か?

いくら効果があってもこれはつけたくない。

 

オークネックレスというがこんなに悪臭漂う物、オークを含めたゴブリンやゾンビといった不衛生なモンスターだって近寄らないほどの臭さを放つネックレスだ。

ミカエリ曰く、回復機能をつけたら何故か悪臭の効果が強化されたらしい。そしてこの機能を帳消ししようとするとこのネックレスの効果の全てが無くなるとの事。

 

カモ君はあまりの臭さに涙を浮かべた。これから自分がこれを身につけなければならないのかと悲観した。そのストレスにより、せめてルーナやコーテ。クーに見られない方向を向いて静かに嘔吐した。コーテとルーナも同じように誰にも見られないように背を向けて嘔吐した。

その惨状を片付けるのが王国兵達の初仕事になった。酷い仕打ちである。

 

それからは地獄の日々だった。

 

野戦病棟のようにもモカ邸の隅っこに急遽建設された掘っ建て小屋にカモ君はオークネックレスを装備して隔離された。

掘っ建て小屋が作られた日は悲しい事にクーとルーナの誕生日でもあった。

本来なら御馳走を用意した広間で愛する弟妹達の誕生を祝いながら、幸せ空間を作る予定だった。

が、謎の二人組の所為でカモ君は重体。

その療養の一環でオークネックレスという悪臭漂う両方の所為で隔離される。

そんな寂しい想いをしているカモ君の元に甲斐甲斐しくお世話に来たコーテが、カモ君からオークネックレスを外して声をかけてきた。

 

「今日はあの二人の誕生日だけど何か言いたいことはある?」

 

「その前に悪臭対策が完璧すぎるぞ。コーテ。…泣くぞ」

 

全身を布製の宇宙服のような防護服で固めた出で立ちのコーテ。

これでもかなり対応が軟化したほうだ。

なにせ、その悪臭で涙が出るくらいの代物で、なんとか我慢してカモ君に接触しようとしてきたルーナが、

 

「…にぃに。…(匂いがきつすぎて)気持ち悪い」

 

と、表情を曇らせて、言葉を零した時。あまりのショックにカモ君の鼓動は確実に停止した。ついでに思考も停止した。

しかし、身に着けているネックレスの効果なのか強制的に鼓動と思考が再起動する。

停止前に聞いた、気持ち悪いと言う保護者の中で言われたくない言葉ベスト5にランクインする言葉がカモ君の脳内でリフレインする。

体のダメージと同じくらいの致死性を持つ言葉にカモ君は思わず言葉を失った。

何を言われたか、理解したくないのにネックレスで回復していく体が無理矢理理解させていく。

 

お前は気持ち悪いと言われたんだ。愛する者からそう言われたんだ。認めろよ、お前もわかっているんだろう。そんな薬代わりのネックレスがないといけない体になったんだ。卑しい体になったんだ。

 

そう分からされたカモ君は思わず俯き、(匂いを)嫌がっているルーナを視界から外した。

そんなカモ君とルーナを不憫に思った従者。ルーナと一緒にやって来たプッチスに手を引かれながら、小屋から出て行く姿も見送れなかったカモ君は誰もいない時さめざめと泣いた。

 

ちなみにコーテとクーも見舞いとしてやって来たが、思わず顔を歪め、距離を取る程臭かったカモ君。それもあってか、誰もいなくなると声を押し殺すように彼はまた泣いた。

カモ君がいると祝いの席まで臭くなる。そう自分自身で思った彼は自分の事は放っておいて誕生日を祝っていてほしかった。

今頃、愛する弟妹達は財政難のモカ領とはいえ、いつもより豪華な御馳走を食べているに違いない。自分の事は気にかけているとは思うが、ローアがハント領から送られてきた調味料や珍味として食べられるモンスター肉を用意していると言っていた。

 

自分の事は気にせず楽しんで、ふぐぅ。やっぱ、つれぇわ。

 

「言えたじゃないか」

 

あれ?弱音を知らず知らずに零していた?

そんなカモ君の表情を読み取ったのか目の前の防護服。もとい、コーテはカモ君に言葉をかけながら部屋の換気を行った後、ネックレスから零れ出た軟膏で全身がべたべたしているカモ君の体を持ってきたタオルと自身の魔法で作り出した水で丁寧に拭き取っていく。

 

失った右腕と顔の左側の火傷以外にもカモ君の体のあちこちは火傷や切り傷、打撲の跡があった。

あの死闘の代償は、ネックレスの効果で消えつつある。おそらく一週間もしないうちに失った右腕と顔の左側の火傷以外は癒され、消えるだろう。

それらが消えた時、コーテはカモ君に前々から思っていた事を問うつもりである。

 

「…エミール。傷が治ったら聞きたいことが山ほどある」

 

「ここまでしてもらったんだ。俺で出来る事なら何でもするさ」

 

魔法使いとしての価値はあるが、戦士としての将来性を失い、容姿を半分火傷で失い、謎の二人組に襲われると言った安心性も失ったカモ君。

コーテに何かしてあげられるのなら何でも出来る。

今回の事で、王家からの依頼をキャンセル。その恋慕を失い自分から離れ、これまで補佐してもらったことに対しての賠償金を要求されても応えるつもりだ。

 

「分かった。貴方が隠している事全てを教えて」

 

「…分かった」

 

カモ君は自分が転生した事。この世界がゲームに良く酷似している事。そして、近い将来戦争がある事などを全て話す所存だ。

 

「あと、私を抱くか、私に抱かれるかを選んで」

 

「―――っ。コーテさんって、最近いつもそうですよねっ。一体、俺の事を何だと思っているんですかっ」

 

「未来の種馬」

 

「たっ?!」

 

「種馬は冗談」

 

抱くか抱かれるかは本気という事なんですね。

確かに出来る事なら何でもするとは決心しましたけどね。

この世界観でなら自分達のような年頃で致してもおかしくないですけれど、こういう時にそういう事を要求しますかね、普通?どう答えるのが正解だ?緊急脳内会議だ俺。

 

 

 

脳内カモ君1

『ヤッてみせろよ。カモ君』

 

ヤッたら何かが終わるような気がするんですが…。

 

脳内カモ君2

『なんとでもなるはずだっ』

 

ならない気がするから躊躇っているんだが…。

 

脳内カモ君3

『G案(事案)だと?!』

 

そーだよ。

 

脳内会議終了。

 

 

 

・・・終わりかよっ。脳内の発案、これで終わりかよっ!使えないな、俺!

何の為に命を捨てる覚悟で重体になった!何の為に泣いてきたんだ!

自分に問いかけ続けろ!最終回答者は俺なんだからっ!

 

「や」

 

「や?」

 

「優しくしてください」

 

情けなっ!自分情けなっ!『それでもっ!』とか脳内でだけでも叫ばないんかいっ!さっきの脳内会議の意味ってなんですかっ!

でもしゃーないやんっ。そんな事言われてもまだ体のあちこちが悲鳴あげている真っ最中やもんっ!

コーテに押し倒されてもNOとは言えない間柄だし、関係だし、状況だ。

こ、コーテさん。判定はいかに・・・?

 

「…臭くなかったら押し倒していた」

 

臭くてよかった。

防護服を着ることなく、臭くなかったらズキュゥウウウン!とDQNばりに、誅。もといチュウされていた。

こんな気持ちは初めて。

 

「…建前の質問を忘れていた。クーとルーナになんて伝える?」

 

「本音の質問が濃すぎて忘れる所だった」

 

なんかクールな表情で性にアグレッシブな婚約者に気圧され続けているカモ君。

月並みだが、二人には誕生日おめでとうと伝えて欲しいとコーテに伝言を任せた。

その頃にはカモ君の世話も終わり、コーテは何事もなかったかのようにそのまま小屋から出て行った。

 

本当に何も無かったら気楽だったのになぁ。

 

 

 

カモ君の童貞が死ぬまであと三日。

 


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