鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第八話 そして伝説の始まる地へ

 ハント家での婚約パーティーを無事に終えてしまって一年。

 カモ君は王都にあるリーラン魔法学園に行く準備をしていた。

 あのパーティー。正確にはあの時二人で話し合った後、コーテ嬢はカモ君の弟妹。クーとルーナにもそのクールな表情に少し笑みを浮かべながら挨拶して回った。それが兄であるカモ君に似ているという事もあってすぐに懐いた。

 その二人を育てたのは俺だぞ。その子達を取らないで。と言いたかったが不特定多数の人達がいる。なにより弟妹達がいる前でそんな情けない事は言えなかったカモ君。

それから婚約パーティーは滞りなく終えた。終えてしまった。婚約破棄の事を切り出せなかった。

 なぜならクーとルーナが滅茶苦茶コーテに懐いたから。出会ったのはあのパーティーの時だけ、それからすぐにコーテ嬢はリーラン魔法学園に入学した。

 その直後から月に一回のペースで手紙のやりとりをしていた。そのやりとりの中で婚約破棄を切り出したかったが、手紙の中にクーとルーナの事を気にかけていた内容が含まれていた為、ないがしろに出来ず、またクーとルーナもその手紙を楽しみにしていたので手紙のやりとりを終わらせるわけにもいかず、そのままずるずると婚約破棄を出来ずに今に至る。

 ブラコン・シスコンがばれたら婚約者(仮)に好意を持たれた。どうしてこうなった?と、自問するカモ君。お前の自業自得だよ。

 あのパーティーの後の生活は少しだけ変化があった生活だった。

 毎日、クーとの魔法訓練で兄の矜持を賭けた勝負で毎日辛勝(見栄を張っているのでクーに気取られていない)。ルーナに癒されて、昼に駐屯上で訓練、時々モンスターハント。夜、勉強。な生活リズムに週末はコーテ嬢との手紙のやりとりが加わった。これではまるで彼女とお付き合いをしているようではないか。

 婚約前提のお付き合いをしているんだよなぁ、これが。

 そしてその事に起因してハント領でダンジョンが発生した時に積極的に参加させてもらえるようになった。

 コーテ嬢は馬車で一週間はかかる王都にいるのでその場には居なかったが、手紙でカモ君の事を気遣ってくれていた。とある一回のダンジョン攻略の時を除いて。

両親からもそんな気配りを受けたことが無かったので気をよくしていたカモ君。そんなカモ君を見て気をよくしたハント伯爵。

 伯爵のグンキさんは私の事をお義父さんと呼んでくれていいんだよ。と、機嫌良く接してくれる。

 もともとダンジョンが発生しやすいハント領。領主であるグンキさんは勿論。その息子達も偶にダンジョン攻略に出ることもあるのだが、それでは冒険者達の稼ぎを奪ってしまう事に繋がるので本当に偶に、である。そこに一般冒険者扱いで参加させてもらっているカモ君は向上心のある青年と思われているようだ。

 実際は自分のレベル上げとこれから出会う主人公に貢ぐためのレアアイテム蒐集だと知ればどうなるだろうか。とりあえず泣くまで殴られる覚悟はしておいた方がいいだろう。

 そしてあの婚約パーティーから一年。その間にカモ君のレベルは少しだけ上がった。詳細を言うと水属性の魔法がレベル2になったのだ。

どうしてかって?弟のクーの火属性の魔法がレベル2になったからだよ。

 それに対抗するためにも有利を取れる水属性を上げざるを得なかったのだ。上げられなければ死んでいたかもしれなかったからだ。

 本当にクーは強くなった。本当に主人公じゃないのか?と思うくらいである。

最近はカモ君にならって勉強時間が空いた時には駐屯上に行って槍術を習っているらしく、文武両道。武道も魔法も極めると息巻いているらしい。

 ルーナはというとコーテ嬢との手紙のやりとりで、王都で流行りの服やアクセサリーに興味を引かれたのか自作で可愛らしいアクセサリーを作っている。

この子は将来国一番の美貌を持つアトリエマスターになるぞと感心して兄馬鹿を発動させるカモ君は通常運転である。

 そんなカモ君に同調するかのようにモカ領を巡回する時にルーナもたまに同行して領地を巡るが、その時にそのファッションセンスに同年代の領民の少女達は真似をする子が多くいる。ルーナはモカ領のファッションリーダーになりつつあるのも事実だ。

 ハント領でダンジョン攻略の際に入手したレアアイテムもグンキさんのお墨付きで自分の物だと保証してもらうことによりギネが手を出せなくなった。それを機に火のお守りをルーナの刺繍によって可愛らしく作り直してもらった。

 宝玉さえ無事なら効果は発動するので多少不恰好でも愛する妹の手で生まれ変わった火のお守りはカモ君にとって最高級の宝になった。

 そのお守りを荷造りしている鞄の中に大事に収める。

 これをいずれ主人公に渡すのか。嫌だなぁ。と、早くも後悔するカモ君。

 そして、火のお守りの他にも手に入れたレアイテムに目を向ける。

 水の軍杖。長さ一メートルはある螺旋を描きながら伸びる枝のような杖の先に青色の宝玉がついている。

 水属性の魔法の効果を上げてくれるというレアアイテムをハント領のダンジョン攻略で入手した。それも発見した時は二本同時である。しかし、カモ君は現在一本しか持っていない。

 入手した当時、アイテムはダブるけどこれで主人公にアイテムを渡す機会が増えたな。と気楽に考えていたのだが、魔法学園が長期休暇で領に戻ってきたコーテ嬢に知られてしまい、婚約指輪ならぬ婚約軍杖(?)として渡すことになった。

 仕方ないだろう。二本の杖を持って喜んでダンジョンから出たらカモ君の事を心配してきてくれたコーテ嬢。そんな彼女は水属性の魔法使い。ここで渡さなかったら両人に気まずい雰囲気が発生して婚約破棄。ダンジョン出禁になれば自身のレベル上げの機会もダンジョン攻略でのレアアイテム入手の機会も失ってしまう。

 外観はクールに爽やかに。コーテ嬢に水の軍杖一本を渡したが内心では未練たらたらのカモ君だった。

 

 「それなのにこの杖を渡すことになったら、俺グンキさんに殺されるんじゃないか?」

 

 火のお守りも水の軍杖も主人公に渡すつもりで集めていた。例え主人公にその適性が無くてもその仲間達にきっと適性がある者がいるだろう。しかし、それを決闘で失ったと知られれば、魔法も使えるがどちらかというと武闘派のグンキ・ノ・ハントが使う強弓と放たれる矢で自分はハリネズミみたいになるのではなかろうか?

 そもそも渡すべきアイテムがまだこの二つのみ。主人公に渡せそうなアイテムはお守りと軍杖だけで。残りは王都に行けばすぐに見つかりそうな皮鎧シリーズ。ちょっとお金を出せば鉄製の装備を揃えられるだろうが魔法使いの決闘で渡せそうなアイテムには成りそうにない。

 それにゲームのシステム上主人公には少なくても五回は決闘してもらわなければレベル的にも装備的にもラスボスには勝つことが出来ない。

 でもこの二つ。絶対に渡したくない。この二つはクーとの訓練で大いに役立つからである。火のお守りが無ければ全身火傷していたかもしれないし、水の軍杖が無ければモカ領の一部の土地を大火事にしていたかもしれないのだ。

 改めて嫌だなぁ。と思うカモ君。今持っているレアアイテムのどれか一つでも失えばクーに対抗出来なくなる。主人公よりもクーの方がチートなのかもしれない。

 そして何より嫌なのは明日からこの屋敷を離れて魔法学園で過ごす。つまり毎日触れ合っていたクーとルーナとのお別れだ。いや、別に永遠に別れるわけではない。半年もすれば長期休暇で戻ってくることもできるのだが、問題は自分がいない間にギネがクーとルーナにひどい事をしないかと心配だ。モークスに頼り切りはいけないと思い、グンキさんにもそれとなく目を光らせてもらうように頼んだ。

 あの人、武闘派な人だから自分やクーには目をかけてくれるがルーナにはあまり目を配ってくれないかも。そこはモークスに頼るしかない。ルーナに何かあったら俺は死ぬ。

 クーは自分に似て、いざとなったらギネに殴りかかるかもしれん。火と風のレベル2の魔法使い。あれ?以外と圧倒できるやもしれん。風は地に強いし、火は全属性の中で一番攻撃的なものだ。…とりあえず父親殺しはまだするなと言っておこう。やるのなら俺がやる。

 色々と心配事は残るがやれるべきことはやった。駐屯所の人達と領民の皆さんとの繋がりも従者の三人を通して太くしているし、いざとなればクーとルーナをハント領に逃がしてもらうようにも頼んだから大丈夫だと思いたい。

 母のレナは相変わらずギネのイエスマンだからほっといている。事なかれで済まそうとする母は弟妹達の事はほぼ自分と従者たちに任せきり。いざとなったら故郷に戻ってもらおう。残念だがそこまで面倒見きれない。

 まあそれでも自分達の母親だ。ギネじゃなければ普通の主婦だったかもしれないのだからそれとなく従者達にフォローをお願いしてもらうようにお願いした。勿論クーとルーナを優先してだが。

 自分が準備した鞄を見る。アタッシュケースに入れきれるだけの貴重品。とは言ってもモカ家の家紋が刻まれたローブが二枚。レザーアーマー一式。火のお守り。何かあった時の為に非常食と水。そしてルーナお手製の火のお守りが入っている。

水の軍杖を手に持って自分は明日、この屋敷を出ていく。そう思うと感慨深いものだ。

 その日の夜。クーとルーナが自分の部屋に来て一緒に寝て欲しいというお願いに心の中で悶えながらも了承して兄、弟妹揃って夜を過ごした。

 そして翌朝。この日の為に頼んだ業者が持ってきた馬車に乗って家族や従者達に見送られながら屋敷を出ようとした時だった。

 

 「エミール様―、いってらしゃーい」

 

 「立派な魔法使いになって戻ってきてくださいー」

 

 「向こうに行っても体は鍛えるんだぞー」

 

 「お前がいなくてもしっかり俺達がこの領を守ってやるかなー」

 

 領民や衛兵達が見送りに来てくれた。

 最初から最後まで自分の為。自分の愛する弟妹達の為に彼等との親交を深めてきたというのに。彼等はカモ君/エミールを見送る為に朝も早いのにわざわざ出向いて見送りに来てくれたことに感動する。

 衛兵だから当たり前だろと無粋な事を言うギネには見えないように馬車の中で中指を立てた。レナはいつものようにやつれた顔で自分を見送った。

 

 「にー様っ、いってらっしゃい!にー様に負けないように僕も頑張ります」

 

 正直これ以上クーに強くなられると困るのだが、それでも逞しくなっていくクーの言葉に一層自己鍛錬に励むことを誓い、

 

 「にぃにっ!コーテ姉様にルーナは元気ですと伝えてください!立派な淑女になりますと!」

 

 普段は大人しいルーナの声が胸に響く。

 ああ、分かっているさ。

 お前達の為にも俺は。

 

 「皆、行ってきます!」

 

 俺は主人公に殴られてきます!

 

 

 

 やっぱり学園なんかに行きたくないよーっ。

 


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