人間とは慣れる生き物だ。
そんな言葉を誰かが言った。その誰かはわからないがカモ君はその言葉に理解を示していた。
ミカエリから貰ったオークネックレスをつけた日は、その臭さで眠る事さえできなかったが、その翌日には鼻が麻痺したのか、臭さを克服したのか眠りに就くことが出来るようになり、二日後には普通に食事をとる事も可能になった。
それに合わせたように体の擦り傷や火傷。骨折や痛めた内臓なども癒されたことにより、その半日後にはネックレスを外し、日常生活を送れるくらいに回復した。
その効能はカモ君でも目を疑うほど。
コーテやルーナからも毎日回復魔法をかけてもらっているが、このネックレスの回復能力は素晴らしい。の一言に限る。デメリットは臭い。に限る。
これを作り出したミカエリだが、前世の世界で生まれていたらクローン療法とか生み出していそうな頭脳だ。
だが、逆にいつまでたっても慣れない事もある。
オークネックレスを外せるまでに回復した。よしっ。
ネックレスの悪臭がついた衣服・部屋の解体及び処分。よしっ。
クーとルーナとの抱擁を交わすために体にこびりついた悪臭のする粘液を落し、皮膚が痛くなるまで風呂で体を洗った。悪臭無し。抱擁成功。よしっ。
就寝前に貴族の贅沢。風呂に入る。よしっ。
寝巻を着たコーテとベッドの上で抱きあっている。よしっ。
・・・どうして。よしっ。なんですかね?
もしかして風呂に入れたのはこれから致す為だったんでしょうか?
「…エミール。離してほしい」
離したいところだが、そうすれば寝巻は剥ぎ取られ、確実に致すことになってしまう。
従者や弟妹達もなんとなく察したのか今日ばかりは自分の部屋にやって来ない。これはヤッテ来いと言う事なのだろうか。
「その前に話をさせて欲しい」
コーテを抱くか抱かれることに少し抵抗はあるが、嫌ではない。
だがその前に自分の抱えている問題を話してからの方がいい。
それによってコーテが愛想を尽かすかもしれないが、問題しかない自分に操を捧げる事もやめるかもしれない。自分から離れるかもしれない。
それでもいい。これから先の未来。リーラン王国は戦火に包まれる。そうならないために自分が犠牲になる。それに巻き込まない為にも彼女には真実を知ってほしい。危険を回避してほしい。
これまでの支援から王家からの依頼の協力もしてもらって今更感があるが、それでもコーテが不幸にならなければそれでいい。
「コーテ。実は俺、転生者なんだ」
「…転生。生まれる前の記憶を持っていたというの」
「そうだ。それには今の俺とは少し違うが大筋合っている世界の記憶もある」
カモ君はそこから一つ一つ話した。
自分が転生者である事。この国が戦火に包まれる事。自分は倒されるべきキャラ『踏み台』だという事。その主人公がシュージである事。彼に倒されなければならない事。そうしなければこの国が亡びること。全てを話した。
「これが俺の知っている事の全てで、俺がやろうと思っている事の全てだ」
こんな馬鹿げた話をコーテは黙って聞いていた。
その証拠にカモ君は魔法使いとしては強かった。賢かった。
戦い方は魔法使いにあるまじき戦法。モンスターやダンジョンの知識。アイテムの効果とその対策方法を熟知していた事。
襲ってきた二人組を撃退できたのもその前世の知識があったからできたものだ。
なにより、クーの異常な強さとシュージの成長性は確かに踏み台であるカモ君がいなければありえない話でもあった。
「いくつか質問がある。…エミール。貴方は本当にカモ君。『踏み台』なの」
「そうだな。認めたくはないが、そうだ。だからこそシュージには強くなってもらわなければならない」
これから起こる戦争で対峙する敵キャラ。主要人物にはいくら頑張ってもカモ君では勝てない。
「そこから逃げようとは思わなかったの」
「何度だって思った。だけど出来なかった。クーとルーナを。そしてコーテが戦火に巻き込まれて欲しくなかったから」
出来る事なら今すぐ逃げたい。だけど、今のカモ君には出来ない理由が。しがらみが出来た。
愛する人を守りたい。その人の周りも守りたい。だから、『踏み台』という運命も受け入れて困難に立ち向かうと決心した。
「貴方は私やミカエリさんの事を会う前から知っていた?」
「…いや、知らなかった。何せ、俺は『踏み台』。脇役だからな。その人間関係までは把握できなかった」
なにより、内面はともかく外面は大きく変わったカモ君にあてつけでギネがコーテとの縁談を持ちかけたのだ。それを自分が知る術はなかったうえに、知ろうともしなかった。
クーとルーナで運命に抗おうと決め、その結果コーテと知り合えた。
コーテと知り合えたからシュージへのサポートも充実させることが出来た。そこからの縁でミカエリと友人になれた。
弟妹達の危機を救う為にコーテとミカエリとは深く通じ合えた。
これらは、ただの『カモ君』では辿りつけなった未来だと言える。
そう伝えるとコーテは何やら覚悟を決めたかのようにカモ君の瞳を見つめる。
その瞳には、カモ君が知っているただの踏み台『カモ君』ではなく、傷つきながら立ち上がり、挫けても諦めない。怠惰を捨て強欲により良い未来を欲したエミールという少年の姿があった。
「…これが最後。…私の事をどう思っている」
そこにいるのは一人の少女。
どう答えるか。なんて思案する必要はない。自分が感じるままに答える。
「好きだよ。こんな事をクーとルーナ以外に言うとは思えなかったくらいだ」
親愛や友愛。といった綺麗な愛情ではない。
自分だけのものにしたい。自分だけを見て欲しい。我儘で倒錯的な愛とは少し違う。独占欲。恋に近い愛情をコーテに向けて持っていた。
戦力的に必要な人だと伝えた。
サポートに必要だと伝えた。
これからの学園生活になくてはならない人だと伝えた。
その全てを隠さずにそのまま伝えた。
自分は幼女趣味じゃないのにな。と、これだけは伝えなかったのはカモ君最後の見栄っ張りだろう。
コーテにはこれまで本当に世話になった。そのお礼の一部として嘘偽りなく答えたつもりのカモ君にコーテは満足したかのようにこれまでに見た事のない満面の笑みを浮かべた。
その笑みにカモ君は面を喰らうと同時に頬を赤らめた。
罵倒されると思った。軽蔑されると思った。だが、目の前の少女は笑みを浮かべている。
その笑顔を見れば誰もが見惚れるその満面の笑みの意味。
…いいのか?こんな俺で?
カモ君は目でそう訴える。
コーテの笑みは崩れない。
そしてそのままの笑顔でこう言った。
「じゃあ、服を脱ごうか」
「情緒」
やっぱり、どこかずれているんだよな。俺達。
わかるよ?そういう流れだっていうのは俺にだって分かるよ?
だけど言い方っていう物あると思うんだ。
「エミールの決心はわかった。その心情も、生き方も。だけど私の中で一番重要なのは私の事をどう思っているか」
ただ大切な人だと言ったら、愛想を尽かして婚約破棄を申し出た。
守りたいだけの存在という言葉も同様だ。
コーテは不安だった。
彼は自分を必要としていないのではないか。ただの庇護の対象ではないのか。彼の足手まといなのではないか。
綺麗な感情だけだったら、その感情のまま自分は彼から離れるつもりだった。だが、実際は違う。
庇護ではなく、サポート役として。
論理に反して、感情的に。
彼は自分を欲している。
それが嬉しかった。
高潔な騎士よりも野蛮な戦士のように自分を欲してほしい。
お姫様のように崇敬の対象ではなく、相棒としての信頼の対象であった自分。
ああ、これほどまでに自分を必要としてくれている。それが嬉しい。
「貴方が欲しい。だから抱く」
「山があるから登るみたいに言わんでくれ」
コーテは言葉が足りない節がある。
いや、恥ずかしいからわざと言わないだけかもしれないが。
まあ、自分みたいに内心アホな事を考えるやつとは丁度いいのかもしれない。
どこか納得がいったカモ君は左手だけで器用に上着を脱いだ。
覚悟完了!準備万端!やる気MAX!ヤーってやるぜ!
ここまでお膳立てされたのだ。
ここで喰わぬは男の恥。
そんなカモ君を見てコーテも服を脱ぎ始めたが、ぴたりと動きが止まった。
カモ君を見て硬直していた。
正しくはカモ君ではない。カモ君の股間部分を見て硬直したのだ。
生物には危機的状況に陥ると、子孫を残そうとして反応する現象が起こる。
特にカモ君にはそれが顕著に表れていた。
魔法学園に通う前からクーとの魔法訓練で毎回死ぬような目に遭う。
魔法学園に通うようになってからはシュージと共にダンジョンで死にそうになった。
武闘大会では常に格上との死闘を演じる。
そして半月前に本当に死に掛けた。
そんな事もあってか、カモ君の体の一部にある現象が現れた。
それは男性性器というにはあまりにも巨大すぎた。
太く、
大きく、
厚く、
そして膨張率が半端なかった。
それはまさしく肉塊だった。
え?これ入れるの?こんなに大きくなるの?
私に?マジで?
いや、無理ですやん。こんなの。拳をねじ込むような物じゃないか?
コーテはやる気満々だったが、今更怖気づいた。
カモ君のカモ君がやる気モードになったらこんなにも大きくなるとは思わなかったから。
精々アオダイショウくらいのものかと思っていたら人食いアナコンダだった。それくらいに反応に困った。
しかし、仕掛けたのは自分だ。知識だけなら実家での教養。ミカエリから教えてもらった知識。自分はベテランハンター(初任務)だ!
ヤッてやんよ!
私が上ぇ!お前が下ぁ!
オネショタの主導権をショタに握らせるな!
見かけはオニロリではあるが、コーテさんは気にしない。
そして、いざ、尋常に勝負!
「…エミール。今の半分くらいにして」
「無茶な」
カモ君達の長い夜は始まったばかりだ。