鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第三話 カモ君の残り香(酷)

カモ君の童貞が殺された翌日。

いつもより遅めの起床をしたカモ君とコーテ。

気恥ずかしいのか視線を合わせなかったが、コーテさんの方は恨みのこもった視線を送っていた。

昨晩。コーテは何度も何度も攻撃してようやく仕留めたカモ君だが、こちらの疲労が大きい。一度でもカモ君が攻勢に出ていたらやられていた。時折、反撃には出られたがこちらを気遣って攻勢に出ることは無かった。

 

「…もう週一しかやらない」

 

「週一やるつもりなのか」

 

カモ君からすればあれほどの攻防。一週間どころか一ヶ月に一回でも多いくらいに激しいものだった。カモ君は体力的・体格的にまだ余裕があったが、まだ成長しきっていないように見えるコーテの体ではもちそうにない。

 

「…エミールはやりたくないの?」

 

「これ以上の事をやったらお前が死にそうだからだ。これからもお前といたいからな」

 

何か不服か。と、視線で訴えてくるがカモ君はコーテが心配である。

此方の自制が効かなくなった場合、最悪コーテが腹上死するのではないかと思う。

あの時、媚薬が無くて本当に良かった。

 

「…なら、いい」

 

コーテはカモ君の視線から逃げるように布団の中にもぐりこむ。が、すぐに顔を出した。

 

「…エミールの匂い。凄い臭う」

 

「俺が臭いみたいに言わないで貰えますかねっ」

 

そりゃあ、事後のベッドだもの。その匂いは凄いよ?

でもその言い方だと俺が臭いみたいじゃんっ。辞めてよね。匂いに関しては軽くトラウマになっているんだから。

 

カモ君は少し涙目になりながらも、コーテに用意された服に着替えて、湯浴みに行くように進めると、彼女はそれに従って服を着てヨロヨロと部屋を出て行く。部屋の外で待機していたルーシーに手を引かれて浴室まで連れて行かれた。

それを見送った後。しばらくしてお湯の入った桶とタオルを持ったモークスがやってきて、

 

「ヤッタのですね、エミール様」

 

やったよ。

てか、お前等がそう狙ってセッティングしたんだろう。

カモ君の右腕が無い事で不自由しているのだと思い、カモ君の体をお湯とそれに浸したタオルで彼の背中を綺麗に拭ったモークスは、部屋の換気をするために、閉めていた窓をカーテン事開く。

 

「匂いがこもっていましたからね。換気しないと」

 

「…そうしてくれると助かる」

 

ツッコまないぞ。自分の地の性格を知っているのはコーテだけでいい。

例外的にミカエリという輩もいるが、こっちはカッコいいクールな兄貴を貫いているんだ。ミカエリはベラベラと喋りそうだが、コーテなら自分の秘密をばらすような真似はしないだろう。

モークスが部屋の片づけをしている間にカモ君は器用に着替えると、部屋を彼女に任せていつも食事をとっている広間に向かう。

そこには食後のコーヒーを飲んでいるローアとコーヒーのお替りを注いでいるプッチスがいた。そして、

 

「「ヤッタのか(ですね)、エミール君(様)」」

 

なにそれ、モカ領で流行っているのか?お赤飯的な?

 

ローアはともかく、従者のプッチスまでそれに乗っかって主人をからかうのか?

いや、まあ、自分は主人じゃないし、今のモカ領はローアさんが最高責任者だから分かるけど。

まあ、そんな感情を顔には出さず、プッチスに食事の用意をお願いした。

予め用意されたパンと温め直されたスープにサラダといった軽めの朝食を食べたカモ君はローアとの話し合いになった。

これからのモカ領の事。クーとルーナの事をローアは快く引き受けてくれた。きっとギネよりも良い方向でモカ領を導いてくれるだろう。そして、

 

「そうか。すぐにモカ領を出るのか」

 

「はい。コーテと話し合ったのですがそれが一番だと思ったので」

 

コーテの身支度が終わり次第、すぐにでもモカ領を出て、セーテ侯爵。ミカエリの協力を仰ぐ。それがカモ君の出した答えだ。

主人公にしか使えない四天の鎧。

それがレプリカだとは知らないが、カモ君はそれが第三者。下手したらネーナ王国に渡っているかもしれないという恐れがある以上、早急に対策を講じなければならない。

時系列的にも作られていないはずのチート鎧をつけた輩に攻撃される。

はっきり言って、異常事態である。

それに対処できる人間。思い当たるのはセーテ侯爵だけ。

人格に問題はあるが、その技能と技術。戦力で彼等よりも頼れる人間を知らないカモ君は、自分が前世の記憶持ちで、この国が近い将来戦火に包まれることも含めて相談し、何とかしてもらおうと考えたのだ。

前世関連は、ミカエリだけに話すつもりだ。この情報が余所に漏れるときっとパニックになる。王族・貴族は平民にすらその不安と恐怖は伝播し、暴動が起こり、下手すれば戦争の前にこの国が滅ぶかもしれない。

目の前で話しているローアにすらそれを伝えきれないが、カモ君が抱えている問題の深刻さが伝わったのか、コーヒーの入ったカップを置き、プッチスにカモ君の荷物の準備をするように伝えた。

カモ君達の荷物は二日分の着替えと非常食。魔力を微妙に回復させるハーブに回復ポーション。四天の鎧レプリカの残骸。

特にレプリカの残骸は希少金属の山であり、マジックアイテムであることからミカエリなら有効利用してくれるだろう。

そう話を終えたカモ君達の元に衛兵達との朝練を終えたクーがやってきた。

 

「…にー様。もう行ってしまうんですか」

 

クーは不安なのだろう。

これまで何度もカモ君が目の前で死にかけている場面を何度も見て来た。

この世界ではよくある事だが、カモ君の場合はその比ではない。

まるで世界から嫌われているかのごとく、災難が彼に降り注いでいる。それに恐怖を感じたクーは思わずカモ君に抱き付いた。

しばらくそうしていると、ルーシーに連れられてやって来たコーテとルーナ。

ルーナはコーテからすぐにでもモカ領を出ることを伝えられたのだろう。カモ君を見つけるなり、抱き付いた。

 

「…行かないで」

 

顔を合わせる度に。いや、合わせていなくても命の危険に晒されている兄に対して精一杯の我が儘を言うルーナ。

分かってはいる。ここに留まっても問題は解決しない事。なにも改善されない事。

それでもどうにかするには王都に向かわないといけないのだ。

カモ君はそんなに強くない。賢くない。それはここに居る誰もが同じ。

カモ君より強いクーもモカ領を離れるわけにはいかない。彼までここから離れてしまえばモカ領の領民達は不安に包まれる。なにより、妹のルーナを残してはいけない。

頼りになったかもしれない実の母親であるレナはまだ引きこもっている。もしかしたらカモ君が死んだとしても部屋から出てこなかったかもしれない。

そんな二人を残してカモ君について行くことが出来ないクー。まだ八歳になったばかりなのに自分よりもしっかりしていると思ったカモ君はクーの頭に左手を置き、ルーナの頭に自身の顎を置いて抱きしめた。

 

「二人が大事だから、王都に向かうんだ。二人とまだ笑いあいたいから今は行くんだ」

 

分かってくれとは言えない。ただ我慢してほしい。

カモ君だって弟妹を置いていくのは本当につらい。だが、そうしないといけない。

いつまでも続くと思っていたい、兄妹の抱擁。

それは一時間後。愛する弟妹達が自発的に離れることで終わりを告げた。

 

 

 

 

「…にー様。いってらっしゃ…。うっぷ」

 

「にぃに…。もうちょっと、離れ、うぇえええっ」

 

モカ領に戻って空飛ぶベッドに乗って、移動している間にモンスターや盗賊に襲われないようにカモ君は再びオークネックレスを装着した。

 

…仕方ないよ?わかるよ?

異常事態が続いているからきっと襲われる可能性があると言っても仕方ないよ。

それに見えない傷やダメージがあるかもしれないからそれを癒す事も出来るこのネックレスは重要だよ。

だけど、さあ。あれだよ。

一時間前まではあんなに離れたくなかったのに、顔を歪めて距離を取る二人を前にしたこっちの心情もわかるだろ?わからんやつはきっと悪魔か人でなしだ。

 

「…こーほー。行くよ、エミール」

 

「前より重武装じゃないですかコーテ」

 

布製の防護服からいつの間にゴムのような革製の防護服を用意したんだよ。

 

その滑らかな防護服に悪態をつくもカモ君はモカ邸に保管していた空飛ぶベッドを起動させる。

それを見送るのはローア。クー。ルーナに従者達といった少ない見送り。

 

「エミール様、がんば、ぅぇ、がんばってくだざい」

 

「ぅプ…。無理しないでくださいね。えみぃう、エミール様」

 

「エミール様。お早く出立。ではなく、お帰りを待っています」

 

プッチス、ルーシーは匂いにやられて息を詰まらせ、モークスは何とか耐えるが本音を隠せずにいた。

 

「コーテ。本当に頼むぞ」

 

風の魔法で薄い空気の層を作り、一人だけ匂いの被害から逃れたローアだが鼻のしわは消せないでいた。

そんな彼等をこれ以上苦しめない為にもカモ君は早急にベッドを操作して彼等を悪臭から脱出させるのだった、

その時、カモ君は誰にも見られないように涙を零したが、その辺り一帯にオークネックレスの悪臭がしばらく漂い、一部の領民達を苦しめる事になるが、それはまだ彼が知る由もなかった。

 


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