日が沈み、月や星が静かに照らす平原。
王都を囲う塀の南門の外でミカエリは自分の従者達を引き連れて幾つものアイテムを駆使して目の前の物体に風の魔法を叩きつけていた。
直径五メートルの暴風の檻。その風はまるで一つの惑星を思わせる球体を思わせるその風の中に彼女はもう何度目になるか分からない自作アイテムを放り込んだ。
その風の中には、アイテムの他にも、彼女の従者達が放った魔法が幾つも水や炎がくべるように撃ちこまれていく。
「くっ、これだけやっても駄目だなんて」
「ぐぼぼぼっ。や、やめ」
ミカエリは風の檻の向こうから滲み出てくる気配を感じ取った。
この風の檻を解除してはいけない。解除してしまえばその脅威は自分達だけではなく、その後ろにある巨大な塀や門を越えて王都にまで浸食してしまう。
今は夕暮れを過ぎた時間帯。
王都の中の人達は今夕飯を楽しんでいる所だろう。
その殆ど人達は一日の仕事を終え、家族団らんで過ごしている憩いの時間。
そんな当たり前で、大切な空間を目の前の存在は乱そうとしている。
それは見過ごせない。自分はリーラン王国の貴族。そんな人達を守る義務がある。
「ミカエリ様っ。要救助者一名の安全が確保できました!」
「よろしいっ!このまま続けて!」
「がぼっ、ごぼぼっ、どべ、どべで!」
風の檻を展開する前。
今対峙している驚異の近くにミカエリの知人もいた。
その知人は目の前の脅威の近くにいたため、先程まで危険な状態にあった。
彼女は身を守る為に着込んでいた防具があったが、その防具はミカエリが発見した時には半壊しつつあり、その持ち主も少し感染していた。
ミカエリはその脅威を目にした瞬間に大声を上げて足を止めさせることに成功。
更には驚異の根源たる物の封印も成功させたが、その被害は既に甚大であり、彼女が予め展開していた風の防護壁が無ければ、彼女はもちろん従者達もやられていただろう。
「・・・」
助けられた知人。それはコーテだった。彼女はまるで腐った魚の目のような視線でミカエリを見ていた。
彼女は脅威に少しだけ晒されていたが、ミカエリとその従者達の助力もあって脅威から脱した。
一月振りに出会ったコーテに振りかかった脅威は甚大であり、彼女が防護服の下から着込んでいた服もさらされ、二度と着込めない程に浸食され、彼女の体自身も浸食されかけていた。
目の前の脅威から距離を取る事に成功させると、ミカエリは魔法が使えるメイド達に命令をしてコーテを取り囲むと、持ってきたカーテンを彼女に被せ、自分達もその中に入り込み、まず浸食された部分を綺麗に拭い取り、魔法で作り出したお湯と香水を用いて彼女の使えなくなった防護服と服を着替えさせることにした。
メイド達の協力でようやくコーテをミカエリの前に連れてこられるようになった。
彼女の汚染された部分を取り除くのに使った時間は一時間。セーテ侯爵のメイドという高レベルの技能を持ったメイド達ですら除染に一時間かかった。
今、自分の目の前にいる脅威を取り除くには後どれだけかかる?
ミカエリは己の頬を伝う汗をぬぐう。
「どれだけ…。どれだけ強力なのっ。でも必ず助けるから!」
「だ、だずべ、だずべべ」
ここに自分の兄達がいればどうなっていただろう。いや、いなくてよかった。
彼等は自分以上の魔法使いではあるが、それ故に手加減が難しい。
要救助者はもう一人、風の檻の中に脅威と共にあるのだ。兄達では脅威諸共救助者を粉微塵にしてしまう。
ミカエリは、王都の人々を。自分の従者を。コーテを。自分の友人を助けたかった。
しかし、すでに風の檻を展開して一時間以上が経過した。
魔法を使い続けるには魔力はもちろん、体力、集中力が必要になる。
威力・時間に比例してその消費量も増えるのだ。
ミカエリは長時間の魔法展開という疲労から息を切らしてしまい、風の檻を一時解除してしまう。
解除してしまった。
その数秒後。脅威がまだ去っていない事を鼻で感じ取った彼女は再度、風の檻を展開するための詠唱を行い。魔法を発動させる。
「私は、諦めないっ!」
「もう諦めろよ!このままじゃ洗剤とお湯で溺死しちゃうよ!」
ミカエリは目の前の脅威。オークネックレスで臭くなったカモ君を再び風の檻に閉じ込めて、従者達に再び魔法で作り出したお湯と自作の消臭剤や洗剤を投げ込むように指示した。
オークネックレスを装備中に魔法を使うと、ネックレスの効果が倍増するとはカモ君も製作者の想定外だった。
実験はたったの一回。しかも魔法が使えない囚人で試したのでこのような効果が出るとは思いもしなかったミカエリ。
本日、昼ごろ。
彼女宛てにモカ領から飛んできた伝書鳩に本日急いで王都に戻ります。という報せを受けたミカエリ。
カモ君の力量と空飛ぶベッドの性能を考えれば、全力で疾走させれば夕暮れ時に到着すると踏んでいた。
内容からカモ君の傷がまだ癒えていない状態でこっちに来るかもしれない。オークネックレスをつけてやってくるかもしれないと思った彼女は念の為にと洗剤と着替えを自分の従者達に持たせて王都の南門前で彼等を待つことにした。
彼等を目視できる距離で確認した時にミカエリ達に戦慄が走った。
臭かったのだ。
物凄く臭い何かが転がってくるような気配というか匂いがやって来たのだ。
まるで肥溜めを煮込んで、固めた物が風上から転がってくるような様子に思わずミカエリは風の防御壁を展開。
見えてきたのがカモ君であることを確認するとそこで足を止めるように言い放ち、彼等を風の檻に閉じ込めながら事情を聴いて、彼等をその場で丸洗いすることにした。
騒ぎの元になったオークネックレスは準備していた頑丈なガラスケースに入れて、コーテをカモ君から離した。空飛ぶベッドは惜しいが、悪臭をばら撒くものになった以上。燃やして灰にして、カモ君達が持ってきた物。マジックアイテムである水の軍杖二本と荷物として持ってきたウールジャケット。四天の鎧レプリカの残骸が入った箱以外全て焼却処分した。
そして、今のような状態になる。
南門にいた門番達にはあれが自分達の知人であり、どうにか対処すると言ってまってもらっている状態だが、もしミカエリが止めていなかったらあまりの臭さで王都の兵隊を呼ぶことになっていたかもしれない。
それだけ、カモ君の臭さは驚異的だった。
そして再び始まる風の檻によるカモ君の丸洗い。
カモ君のつけていた衣類はこれまでの丸洗い作業で全て剥ぎ取られた。
そして再び、全裸で再びお湯と洗剤の混ざった暴風に包み込まれる。
それはまるで洗濯機の様にグルングルンとかき回されるカモ君の悲鳴は、完全に匂いが取れる三十分後まで続くのであった。
安心してください。カモ君はこれくらいでは死にませんよ。