鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第五話 セーテ兄妹はレベル1

ミカエリによって丸洗いされたカモ君は先に除染されたコーテと同様にミカエリが用意させた服を着せてもらったカモ君。

ミカエリによるマジカル丸洗いで王都の外で意識を失う寸前まで洗われた彼に自力で体を洗う体力は無かった。

まるで戦争から逃れてきた市民の様に武闘大会でもお世話になったミカエリ邸に連れてこられたカモ君達。

ミカエリ邸の中にあるミカエリの私室で、ミカエリと彼女の複数の従者の前で襲撃事件の事を話す。

 

「…ライム。う~ん。聞いたことが無いわね」

 

私室の中に用意された豪華なテーブル。これ一つだけで一般人の生涯収入分はありそうな豪勢な物に、同様に一般人なら腰が控えそうな椅子に座っているカモ君達。

カモ君の隣にはコーテが座り、向かいにはミカエリ。そして彼女の両脇にいかにも仕事が出来そうなメイドと執事が控えていた。

 

あの襲撃してきた二人組で分かっている事はカモ君の秘密を知っている事。その方我の一人がライムという女性だと言う事だ。

 

「名前だけしか思い出せないのがねぇ」

 

「すいません。どんなに思い出そうとしても容姿が思い出せないんです」

 

白いローブに。豪奢な首飾り。魔力を帯びた杖。

彼女の身に着けていた装備品は思い出せるのに、その顔。体型。声色を思い出せない。

女の名前だって、あれだけのショッキングな事が無ければすぐにでも忘れてしまいそうだ。

コーテにとってカモ君を傷つけた男は勿論、その相方である女も忘れられないほどの怨敵なのに、思い出せないでいた。

 

「男の方はしっかり覚えてはいるんですが…。正直女の方はあやふやなんです」

 

幻惑を見せる魔法はある。姿形を変化させる魔法もあるにはある。

しかし、まるで脳に直接作用しているかの現象にミカエリは頭を悩ませる。

 

「ずっと東方にある島国に忍者という特殊なジョブを持つ彼等の仕業かしら?」

 

もしくは陰陽師というこちらで言う魔法使いに近い彼等なら出来なくもないか?

確証は無い。

ミカエリ自身の事を、今も監視するように、しかし感づけない程気配を殺して見守っている従者ならあるいは。とも思ったが、その容姿を思い出せないということは無い。

彼。もしくは彼女の雰囲気は独特だ。

体型や表情は着ている物で何とでも隠し通せるが、問題の女はわかりやすい程高級な装備を身に纏っていたにも関わらず、思い出せない。

顔を隠す布もマスクもしていないのに顔が思い出せない。見たのに覚えていないとは。

念のためにカモ君とコーテを、身体や魔力を確認できる魔法のルーペで異常が無いか調べたが異常無し。彼等がひそかに催眠状態であるという事もない。

ミカエリはふぅと一息つくとメイドの一人に紅茶の追加を命じる。

色々と謎が残るがまずはわかる事からはっきりさせていこう。

 

「とりあえず、エミール君の秘密って何かしら?」

 

「それは…。すいません。人払いをお願いします。そうでもしないと喋れないので」

 

メイドがミカエリとカモ君達のカップに注ぎ終えると同時にミカエリは視線でメイドや執事達を部屋から出るように命じる。

従者達も武闘大会以来、カモ君達の事は知っている。

彼等がミカエリに危害を加えるとは思っていないので素直に部屋から出ていく。自分達がいなくても主人であるミカエリなら返り討ちに出来るだろう。

それに主人の護衛の中で一番の実力者である忍者がいる。逆にこの二人でどうにかできない相手だったら自分達ではどうにもならない相手だ。

 

「それで、秘密っていうのは?」

 

「…すいません。あのスパイみたいな人も遠ざけてくれないでしょうか?」

 

そんな忍者の事をカモ君も警戒したのか、更に願い出る。

これは本当に他人には知られたくないのだろう。

ミカエリは少し悩んだが、カモ君達の事を信頼して、部屋のどこかにいる忍者に声をかけるように命令を出す。

 

「そう言う事だから出て行ってもらえるかしら?」

 

「それは出来かねます」

 

そう答えた声はカモ君のすぐ後ろから聞こえてきた事に驚き、思わず振り返るカモ君とコーテ。

そこには以前見た風貌と変わらない忍者が佇んでいた。

 

「そうは言ってもねえ。それだとエミール君が話してくれないのよ」

 

「貴方に危害を加える存在を排除するのが私の役目です」

 

目の前の人物は頑なに自分から離れないだろう。

だが、ミカエリはカモ君の話を聞きたい。ここまでして隠しておきたい彼の秘密とやらに興味がある。

それらの思惑が交差する。

 

「私は彼の秘密が知りたいんだけどなぁ」

 

「それならば無理矢理にでも話させるべきです。力づくでも。権威や薬物で喋らせることも可能です」

 

「それは嫌なの。私は二人の信頼を裏切りたくないの」

 

忍者が恐ろしい事をさらりと言う。

確かにミカエリならそれが可能だ。だが、そんな事はしたくない。それだけカモ君とコーテはミカエリにとって大事な人である。だが、忍者の今までの忠義を無視していいわけでもない。

 

「ごめんなさい。でも、私は知りたいの」

 

「…わかりました。エミール様の秘密を私が知らなければよろしいのですね」

 

そう言った次の瞬間。カモ君の後ろにいたはずの忍者の姿が消え、数瞬遅れてミカエリの傍に立っていた。

その事にミカエリは驚かず、紅茶を飲んでいた。

コーテは少しばかり驚いていた。カモ君は出来るだけノーリアクションを貫いていた、が紅茶を口に含んでいたら絶対にむせていたくらいに驚いていた。

しかし、彼が本当に驚くのはすぐの事だった。

 

「エミール様。秘密とやらは口頭になりますか?」

 

「そうなります」

 

「では」

 

忍者は懐から何やら鉄串のような物を二本取り出すと、それを両手に持ち、ためらうことなく耳の部分に差し込んだ。そして、そこからしばらしてからその串を引き抜く。

その先端には赤黒い液体が付着していたことをカモ君が鑑みるに目の前の忍者は水から鼓膜を破いたのだ。

 

「これで私の耳は聞こえません」

 

コーテとカモ君は目の前で起きたことに思わず息が止まる。

ミカエリはそんな忍者の行動に申し訳ない気持ちでいっぱいになった。彼、もしくは彼女には最高級のポーションと回復魔法を施す事を誓った。

 

「…ありがとうございます。お話します。念のために防音の結界を」

 

カモ君は密談などで使われる風の魔法を駆使した直径五メートルほどの風のドームを展開した。この中で話す言葉はよほど大声でない限り、外には聞こえない。

カモ君より上位の魔法が使えるミカエリが展開してくれれば機密性は上がるのだが、それは忍者の信頼を裏切る行為の気がしたのでカモ君が自前で展開した。

 

そして語られるのはコーテに話した事と同様の事。

そこから追加するのは四天の鎧についてだ。

あれはこの国の重鎮達が所有するレアアイテムを総動員して作られる物だとカモ君は語る。

特にその象徴ともいえる宝玉はこの国の公爵家が代々受け継ぐ家宝。それが無いとこの鎧が作られない事を話した。

 

ミカエリはしばらく熟考する。

カモ君の話しは荒唐無稽すぎるが、実例はある。

彼の同世代では異常だと言える魔力や体力。これらは前世の知識。この世界の成り立ちを理解しているから。

そんな彼を圧倒的に凌駕する実力持った彼の弟クー。

改めて入学時の力量と現在を比べてみないと判断できないが、それ以上の成長性・可能性を持つ主人公のシュージ。

 

更には四天の鎧レプリカの残骸である。

カモ君達が持ってきたそれは確かにミスリルといった鎧の大部分を占める希少金属の他に、砕けた宝玉の欠片を、ミカエリは既に実際に手に取り、調べたから分かるがあまりにもそれらの持つ力が強すぎる。

それこそ、オリハルコンが取れる深層レベルのダンジョンで手に入れられるレアアイテムに匹敵する物だ。

 

カモ君の話を疑うのは当然だが、信じきれる可能性もある。

なにより、彼がここまで強さにどん欲なのもわかった気がする。

 

自分では世界は救えない。だが、救世主を育てる事は出来る。いやそれしか出来ない彼はだからこそ必死なのだ。

 

だから自分が取る選択は、彼を信じる事だ。

 

「…分かったわ。とりあえず、私の方で公爵家の事を調べてあげる。勿論貴方の事は秘匿のままでね」

 

そして、カモ君を守る事。

はっきり言って、オリハルコンや国宝シルヴァーナ。四天の鎧。未来という情報よりも貴重な存在。

彼を倒せば大きくレベルアップできるという可哀そうすぎる能力。

その事を国の重鎮達や王族が知れば、彼をサンドバックにするのは目に見えていた。

彼を犠牲にすればこの国の兵達の強化。国力の増強につながる。

 

戦いは数だよ、兄貴。

 

と、数より質を具現化した超人。ミカエリの兄ビコーが、同じく兄のカヒーに言った言葉だ。

ビコーが初めての魔物狩り。増えすぎたゴブリンを掃討する時にビコーはかなり手間取った。

魔法一つで十数体。拳一つで確殺できる。

そんな力を持ったビコーでも百体を越えるゴブリンを相手するには手間がかかった。

統率されたゴブリンならワンパターンだが、相手は群れ。

 

突撃してくる。石を投げる。回り込むといった単純な動作だけではなく、

時間差で逃げる。仲間の死体の陰に隠れる。死んだふりをして奇襲する。といった少し考えられた攻撃までしてくる始末。

一ヵ所に固まることなく、分散して色んな行動をするから掃討には手間取ったとビコーは言っていた。

 

弱小のゴブリンでそうなのだ。それが人間の兵隊に置き換えられたらそれはもうドラゴンを相手するような事だ。

しかもその一体一体がドラゴン以上に強くなる可能性もある。

はっきり言って悪夢だ。

味方である内は良い。しかし、そこから増長する者は必ず出てくる。強盗や盗賊に落ちぶれるだけならまだ対処できるかもしれないが、そんな彼等を指揮する馬鹿な貴族が現れたとしたら、きっとどこぞの国に宣戦布告したりするに違いない。

下手すれば自分こそが王だと名乗り、革命や暴動を起こすことになるだろう。

 

だからこそカモ君の事は秘匿しておかなければならない。彼もまたそんな未来を想像したのだろう。だからこそここまで秘密にしてきたのだ。

だが、事態はそこまで暢気ではいられない。

四天の鎧というカモ君が言うチート武装が襲撃という狼藉を働く輩の手にあった。それだけでカモ君は最悪の事を想定したのだろう。

四天の鎧のデータが隣国。明確な敵対こそしてはいないが、未来では戦争を起こす。国交が険悪なネーナ王国にあるかもしれないと言う事に。

 

以前、マーサ王女と話した時にそれとなく感じ取った危機感。

ネーナ王国。そして自国の不穏な動きを話していた王女の話とカモ君の話からそこから結びついたのは公爵家の誰かが裏切った。

王族の親族でもある彼等が裏切ったということが知られると、他の貴族間で確実に騒動になり、平民にまで知れ渡れば国が割れる。

 

ミカエリにはシルヴァーナの修復という任務が下されていたが、それは材料が集まってからだと考えていた。

しかしそこにカモ君の持ってきたあまりにも大きな情報。そして裏切りの可能性に頭を痛めた。

 

これからはアイテム集めだけではなく、情報集めも必要だ。しかも経験値タンクというカモ君という秘匿情報を抱えた上で。

 

彼等が秘密を開示したのは自分なら何とかしてくれるだろうと言う表れだろう。

頼られて嬉しいが、期待するレベルがでかすぎる。

国の存亡がかかった事柄にミカエリだけで対処するのは無理だ。

少なくても王族か彼等に縁がある人間の協力が必要であり、自分の兄達。ビコーとカヒーの協力も必須であり、魔法学園学園長のシバとも協力しなければならない。

リーラン王国に忠誠は誓っているが、自分にも何か報酬が欲しい。でなければやっていられない。

 

王国からの報酬。駄目だ、報酬という名目で王子殿下を婿にと言ってくるかもしれない。王族に忌避感があるわけではないが、そうなった場合に発生する義務が面倒だ。

公爵家からの報酬。王族と同様の事をされる。それどころか裏切り者がいるかもしれない輩と縁を結べば後ろから刺されるかもしれない。

マーサ王女から報酬。…駄目ではないが、何か裏がありそうだ。実質、研究者・趣味人である自分では何かと丸め込まれるかもしれない。

という理由で、権力者からの報酬は駄目だ。何より、カモ君を悪用する可能性もあるから彼等からの報酬は受け取れない。

 

では、誰から報酬を得るか?報酬をねだる権利が履行できる相手は?

もう、問題の種。カモ君達しかいないのである。

しかし、彼等が出せるものは情報以外にあるか?

 

カモ君。情報。問題の種。…種?

 

カモ君は『踏み台』であると同時にエレメンタルマスターという稀有な存在だ。

エレメンタルマスターとの間に子どもを作った場合、ほぼ100%魔法使いとして生まれてくる。相手が魔法使いであろうと魔法の使えない一般人と結ばれても生まれてくる人間は魔法使いの資質を持っている。

魔法使い同士の婚姻でも、出来る子供の確率は8割程度だが、100%ではない。

魔法使いとして生まれなかった人間はメイドや執事。魔法使いの従者として連れ添うのが一般的だ。

 

超人で名の知れている兄達は戦闘面や政治的な面でもその力を発揮しているが、実は恋愛面ではとても奥手だ。

彼等から発せられる雰囲気で、社交界など胸の開いたドレスを着た女性や、美少女の令嬢たちに迫れるという事が滅多にない。迫られたところでそこに邪念があれば簡単にあしらう事が出来ても、純粋な好意で近寄られるとその時はやり過ごせる。が、後になってドキドキしてその日の夜はなかなか寝付けない程、純粋なのだ。

その事を知っているのは自分達兄妹だけだろう。その為、セーテ侯爵には未だに後継者がいない。

セーテ侯爵の威光や名声が欲しくて、彼等との子どもだと名乗る輩が出てきても、「ふざけるな!俺等は童貞(処女)だ!」で追い返せる。

この国の貴族で、二十歳を超えているのに婚約者がおらず、異性経験もないのはセーテ侯爵ぐらいだろう。

そして問題なのはそれでも暢気に独身と貞操を貫いていても別にいいかと考えている三兄妹である。

 

話を戻す。

ミカエリの望む報酬はズバリ、カモ君の子ども。出来る事なら自分との間に出来た子どもが欲しい。

兄達もカモ君の事は認めているし、自分も彼の事を好ましく思っている。

別に婚姻は結ばなくてもいいから彼の素質を持った子どもが欲しくなるのは研究者の気質だからだろうか。

ミカエリがその結論にたどり着いた時、カモ君は服の中に氷柱を差し込まれたかのような寒気を感じた。

 

「…国存亡の危機だからね。協力してあげる。その代わり、そっちも協力してもらうわよ」

 

「俺に出来る事なら。何でもやります、よ」

 

カモ君は悪寒の正体が知らされることになる。

彼の言葉を聞いたミカエリは深刻そうな顔で言った。

 

「なら、抱かせろ」

 

「―――っ!またかよ!最近の女性陣ではこれが流行っているのか?!俺の事を何だと思っているんだ!」

 

「経験値タンク?」

 

「うぐはっ」

 

カモ君は即座に返された言葉に血を吐きそうになった。

自分で説明したからこそ反論できない上に、協力を求めている以上ミカエリにも何らかの形でお礼をしないといけない。

そして、自分に出来るお礼という物は先程出した情報以外で出来る事は自分の遺伝子を提供する事だ。

はっきり言って、ミカエリには返しきれないほどの恩がある。そんな彼女が求めているのならやぶさかではない。のだが、

 

「いい加減うちにも後継者が欲しかったところなの。貴方との子どもなら何の問題もないわ。きっと面白い。じゃなかった、強力な魔法使いが出来ると思うの」

 

ミカエリとの間に出来た自分の子どもが何故か彼女の実験体。モルモットにされるのではないかと一抹の不安を覚えた。

 

「それは駄目」

 

そんなカモ君の不安はよそに今まで黙っていたコーテが椅子から立ち、カモ君をミカエリから遠ざけるように抱きしめながら言いきった。

何せ、自分は色々頑張ってようやく彼と結ばれたのに、それをあっさりと取られるのは面白くないコーテ。

 

「認知はしないでいいわよ?私は彼との子どもが欲しいだけ。そう、体目当ての関係でいいわっ」

 

何故だろう。絶世の美女とも言ってもいいミカエリに迫られているのに全然嬉しくない。

 

「エミールは私の。私より先に子どもを作るのは許さない」

 

「良いじゃないの、あれが減っても増やす薬を上げるから。ほんのこれだけの子どもを作れればいいから」

 

コーテの主張に対して、ミカエリは開いた右手に三本の指を立てた左手を合わせてみせる。

 

…八人もか。そうか~。子だくさんだなー。

何でだろう、出産とは大変事のはずなのにミカエリならポコポコ産んでいそうなイメージがある。

 

「それに。それ以上に貴方達が出せる物とかあるの」

 

「それはっ…」

 

確かに言われてしまえば無い。

他に自分達が持っている物。差し出せる物は全部セーテ侯爵家には揃っているし、ワンランクどころか最上級の物が揃っている。

そんな人達に出せる者は将来性のあるカモ君との子どもくらいなのだ。

 

「あとは、エミール君の言っていた事象を試しても見たいの。…コーテちゃん。凄く綺麗になったじゃない」

 

王都の外でカミカエリと合流した時は、オークネックレスで雰囲気が死んだ魚の様に暗かったコーテだが、こうやって面と向かって話せるくらいに元気になった彼女を見ればわかる。

 

カモ君をある意味倒したコーテの肌や髪の質が上がったようにミカエリは思った。

幼女体型であった彼女だが、少し背が伸びたようにも見える上、女性的に何かしら成長したかのようにも見えた。

研究者の目から見てもコーテの『魅力』がレベルアップしたかのようにも見えるのだ。

 

だからこそ試してみたい。

自分も彼を倒したら上がるのではないかと。

行為前の自分の髪や肌の質のデータを取り、行為後のデータと見比べたい。

研究者としての血が騒いでいた。

 

その事を彼等に話すと、コーテはだったら自分がもう一回カモ君を倒すと言い出したが、ミカエリはデータが沢山欲しいと言い、ついでに後継者不足も解消できるからと譲ることは無かった。

結局、カモ君の情報が正しいかどうかの判断がついてからミカエリ『そうする』の方向で決まった。

 

ここに爵位の高い貴族が、爵位の低い貴族から財産(種)を巻き上げる構図が描かれた。

 

「じゃあ、話がまとまったところで、今後の方針だけど。あと一週間は学校を休みなさい。その間、うちで鍛えてあげる」

 

ミカエリ邸の従者達は皆が皆、戦闘経験が豊富で下手すればこの国の一般兵よりも強いかもしれない。

魔法も体術もここでなら鍛える事が出来る。

魔法学園では座学がある為、その分実践的な経験は積めない。

それに一週間もあれば、彼等の力になるアイテムを作れる自信がミカエリにあった。

彼女のアイテムに思わず嫌な顔をしたコーテと身構えたカモ君だったが、正確には制作ではなく、強化だと説明。

二人が持っていた水の軍杖を、四天の鎧レプリカに使われていたミスリルで強化する事。

敵に成るかもしれないと言う証拠を使っても大丈夫かと疑問があるが、量が結構あるので一本ぐらいの強化はばれたりしないと言うミカエリ。

そろそろ何かを作らないと腕が鈍るという事も言って、二人を無理矢理納得させたミカエリは二人を休ませるために用意した客室に行くように促した。

気付けば深夜に当たる時間にカモ君とコーテはあくびを噛み殺しながら彼女の言葉に従う事にした。

風の結界を解いて、部屋を出ていく二人の背中に向かって、「クラフトするなら見学させてね」と、言葉を投げかけたミカエリに「しませんよ」と、返すカモ君に、「しないの?」と言うコーテ。

これまでの話し合いで精神的に疲れているカモ君は休ませてくれと言った。その日はコーテとは別々の客室で寝る事にした二人。

そんな二人を見送ったミカエリはため息をつきながら、すっかりぬるくなった紅茶を一口で飲みきった。

そんな行儀の悪い作法に文句を言う従者はおらずミカエリは大きな息を零す。

 

あまりにも責任重大だ。

後半ではおふざけもあったが、そうでもしないと息が詰まる状況にため息の一つくらい許されるだろう。

 

そんな彼女の心労をおもってか、ずっと黙って彼女の傍に立っていた忍者が口を開いた。

 

「お疲れ様です。ミカエリ様」

 

「ありがとう。貴方達がいるからここまで話しがつけられたわ」

 

ミカエリはこう見えても慎重派だ。

ありえないとは思うが、カモ君達が襲い掛かってきても対処できるように実は身構えており、ひそかに装備していた自作のアイテムを常に意識していた。

それらが通用しなくても隣にいる忍者という従者がいるからこそあそこまで腹を割って話せた。忍者がいなければあそこまで話せなかっただろう。

そんな彼等のお話はあまりにも壮大過ぎて、自分には荷が重い。あれが真実なら国が背負う物だ。しかし、それを自分達は良しとしなかった。

 

「…『カモ君』か。エミール君が一番大変よねぇ」

 

なにより、カモ君の今後が大変だ。

それを彼等は望まないし、自分も望まない。

 

「…経験値の塊ですか。彼を手に入れた国は覇を唱える事も出来ますね」

 

「そうなのよ。彼の周りがそれを知ったら彼を巡って戦争が起きても…。耳は聞こえていないのではなかったのかしら」

 

忍者が自分との会話に何不自由なくできている事に違和感を覚えたミカエリは、目の前の最強の従者を睨みつけるように見ると、忍者は耳に刺しただろう鉄串を再度取り出す。そして、針の先軽く押して見せると、先から三センチずれた所から血糊が少量噴き出た。

つまり、あの耳の鼓膜を破って見せたのはフェイクであり、カモ君達の会話は丸聞こえだった。

考えてみればそうだ。魔法使いなんだから一番警戒するのは魔法。それを行使するための詠唱に気を付けていなければミカエリの護衛の意味が無い。

 

「では、私はこれまでの事をカヒー様に報せに行きます」

 

「ちょっ?!」

 

「御免」

 

忍者がミカエリの前から姿を消すと同時にメイドや執事がミカエリを休ませるために部屋に入って来た。

忍者はミカエリの護衛であり、従者でもあるが、主はその当主カヒーだ。

そして、彼の命令なら忍者はミカエリをも害するだろう。だが、逆に彼女を守るように言い渡されている間は何が何でも守り通す。

それが彼女の意向を裏切るとしても。

これまでの話を主のカヒーに伝えるべきだと判断した場合だったとしても。

 

…ごめんなさい、エミール君。全部知られちゃった。

 

それが眠気から来るものか、裏切られたというショックから来るものかは本人でも分からないが目尻に涙を浮かべるミカエリなのであった。

 


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