鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第八話 カモで超人を釣る

カモ君が虎になる訓練を受けている頃、ミカエリ数人の従者と共に王宮へと出向き、マーサ王女への謁見を求めた。そこにはカモ君達が持ってきた四天の鎧レプリカの残骸付きで。

残骸はミスリルと、宝玉の欠片をわかりやすい形で分けている。

そこには廊下で何組かの貴族達とも出会い、すれ違い様に声をかけられるがいつものように作り笑い。微笑を浮かべてやり過ごす。

待合室まで案内されたミカエリは、残骸のミスリルと宝玉の欠片を既に案内室にいた王族親衛隊の隊員に渡した。

それらを見て、すぐに話すかどうかを判断してほしい。出来ればすぐにでも話し合いたい。

するとすぐ三十分もしないうちに、親衛隊が戻ってきて、二人の姫と王がお見えになる事を知らせに来た。

ミカエリはそれを聞いて、待合室の椅子から立ち上がり、膝をついて頭を下げ、そのまま王族が来るのを待った。彼女の連れてきた従者達も同じ姿勢で王族が来る事を待つ。

それから数秒後。銀の髪を有した王族が現れる。

マーサ王女とマウラ王女の二名の他に、四十代後半で恰幅の良い、長く緩やかな髪を一つの三つ編みにしてまとめた男がやって来た。

彼こそがこの国の王。サーマ・ナ・リーランである。

彼等三人は王族であり、誰も強力な魔法を使う事が出来る魔法使い。その波動は王宮内という魔法が半ば封印される処置を施されている場所なのに肌でビリビリと感じていた。

自分の兄達程ではないが一般魔法使いと比べようがないほどの魔力。やはり、慣れない物がある。

 

「面をあげよ。ミカエリ・ヌ・セーテ侯爵令嬢」

 

王の威厳のある言葉を聞いてミカエリは顔だけを上げて王の御尊顔を見た。

前に彼の顔を見たのは一年前か。政治に興味はなく、実験ばかりしていた名ばかり侯爵令嬢。

社交界に出ても下種な欲望を抱いた貴族連中や男達。それを僻む女性陣に辟易していたミカエリは公なパーティーの参加は最低限にとどめていた。

そんな彼女が王の顔を見たのは一年ぶり。

優男とまでは言わないが柔和な表情で戦争とは無縁そうな無害な顔つきの王だが、彼の外交能力は高い。

一番近い戦争でも五十年前の事。彼の祖父が指揮を取り、以後、戦争は起こさない。起こさせない執政を取る為、平和主義の王の教育を受けてきたサーマ王。

だが、平和主義である為、平和を維持する為なら、その平和を乱す敵がいれば戦争を犯すこともできる。

彼が執政を取るようになってから、国の防衛のための軍事費は年々増えている。

もしくは、隣国のネーナ王国の異変に何かしら気がついての執政かもしれない。

 

「待たせてしまってごめんなさいね。ミカエリ」

 

王族三人が入室すると一緒に短く刈り上げた赤髪。筋肉質な体。一目見て体育系だと判断できる赤髪。イケメンゴリラが豪華な鎧を着ているように見える男。彼は親衛隊隊長コーホ・ナ・イズマ。

王の護衛を務める彼は、あのカヒーともなぐり合える武力を持っている。

平民の身でありながら、その背中に背負ったミスリルやダマスカス鋼で鍛造されたブロードソードで三代に渡ってサーマに仕えており、ダンジョン踏破。モンスター討伐。武闘大会優勝といった実力を示して、ついに彼の代で王の親衛隊隊長を担うまでの実力を認められた騎士。

 

そして、武闘大会でマーサの護衛を務めた大魔導師の称号を持つ。副隊長のティーダ・ナ・ホートー。

背中を隠すほど伸ばした栗色のロングストレートの髪できりりと吊り上った瞳を強調するような片メガネを装着した。この国では珍しいレベル4。特級の火と土の魔法が使える魔法使いであり、カヒーかビコーの嫁候補と噂される妙齢の女性だ。

彼女を表すのであれば厳しい女教官。文句や鈍い行動を取ればその腰に下げた抗魔の軍杖というあらゆる魔法の威力を激減させ、自分の魔法の威力だけを倍増させる魔法の杖から放たれる魔法で吹き飛ばされるだろう。

 

そんな二人がミカエリの持ってきた鎧の残骸が入った箱を持って入室してきた。

 

王とその親衛隊隊長。副隊長までやって来たのは少し意外だったが、鎧の残骸を見てこれはまずいと判断したのだろう。

一時間もかからないうちに自分に自ら会いに来たのだ。これは少しきつい。

飄々としているミカエリでも少なからずプレッシャーを感じる事はある。その一つが王族との謁見だ。マーサ王女とは顔見知り程度の頻度で顔を合わせるが内容がそれに見合わず重いものばかり。出来る事なら王族とは関わることなく研究に没頭したいのだが、そう言っていられない状況だ。

カモ君から聞いた話から推測すると公爵家の誰かが王国を裏切り、敵国に技術もしくはレア素材を横流しした可能性がある事を、カモ君が喋ったという事は伏せて王族に伝えた。

 

王族の三人や親衛隊隊長と副隊長もまさかと思っていたが、鎧の残骸。宝玉の欠片を見て疑わざるを得なかった。

この宝玉はリーラン建国時に初代国王が持っていたと言われる『王の剣』と呼ばれる杖に付属していた物だとされ、それ一つでその属性の魔法を極限に強化して放てるという代物。

王族には国宝のシルヴァーナと玉座を。そしてその血筋の公爵家には四つの宝玉をそれぞれ与えられ、代々それを受け継いでいる。

剣という名前なのに杖の形をしていたとはおかしな話だが、何かわけがあるのだろう。

しかし、今はそれを話し合う時ではない。

王はしばらく目を瞑り、情報を精査していた。

自分の親族が国を裏切ったとは考えたくはないが、不穏な噂や情報は何処にでもあるもので、一度疑えば本気で怪しく見えてくるものだ。

特に風と水の宝玉を有しているそれぞれの公爵家。彼等の財政は長年悪かったが、ここ最近になって持ち直していると聞く。

これが宝玉をネーナ王国への寝返りの品。その報酬だと考えると合点が行く。

この一族、特に風の公爵家はミカエリと言ったセーテ侯爵が伸び始めてくると同時に落ち目になって行った一族だ。

 

(新たな風が古い風を押し出す。それに逆上した古い風はリーランに厄を噴きつけるようになる。か)

 

勿論この話が、セーテ侯爵が風の公爵家を陥れる策略の可能性もあるが、ほぼそれは無いと判断できる。

なにせ、当代のセーテ侯爵家の人間は皆、政治には興味はない上に。ほぼ趣味人。自分の好きな事しかやりたがらない。

王族や政治と深く関わっても彼等にはまるっきりメリットはない。むしろ自分の時間を潰される厄介事だ。それどころかそんな厄介な事はしたくないがために風の公爵家を立たせる協力を嬉々としてやる。

 

そんな彼等のスペックは超人レベルだと言うから対処に困る。今はリーラン王国に仕えてくれているが、今後はどうなるか分からない。

 

(そんな彼等だからこそ、王族や公爵と婚姻を結んで、当代だけでも確実に仕えてほしいのだけれど…。興味ないのよね。本当に)

 

婚姻を結ぶことで得られる資金。

今ある資産で十分満足している。むしろ人工マジックアイテムやモンスター討伐やダンジョン踏破で得られる報酬で財産を増やしていく一方である。

 

王族や公爵家の人間に成る事で側室と言った重婚も認められる。

そもそも異性にあまり関心を持たない。ある意味お子様脳であるため、魅力を感じない。

 

外交や知性によって得られる栄光や歴史に名を刻むチャンス。

既に公爵家や下手すれば王族よりも名声を上げているセーテ侯爵家。

 

(もういっそ、こいつ等にこの国を任せた方がいいんじゃないかな?)

 

自分が壊してしまった国宝のシルヴァーナの修復を任せている上に、王族の責任を放棄した投げ槍思考に陥っていたマウラまでも、この公爵家裏切り論に疲れた様子で聞いていた。

 

「…わかった。こちらが極秘で全公爵家の裏を探ろう。この宝玉の欠片の色も波動も覚えがある。君の言う危険性が完全に無いともいえないからな」

 

「ありがとうございます」

 

これがただの侯爵家だったら聞く耳を持たなかった。

なにせ、状況証拠にも劣る推論でしかないこの裏切り論は下手すれば国家転覆を狙った陰謀論でしかない。

だが、武闘大会に使われる護身の札。城壁などに組み込まれた魔法障壁を展開する仕組み。ポーションの改良といった新しい技術を産み続けているミカエリの言葉なら信用できる。

そんな英知を宿した彼女が言うのなら確認する必要があった。

宝玉の欠片は寝返った証拠になるのでサーマが預かる事になった。そしてミスリルの方だが、シルヴァーナの代わりの剣。現在考案中のマジックアイテムに使えそうだからミカエリが受け取る事にした。

国宝の大剣。シルヴァーナの代わりになる剣など早々お目にかかれないがミカエリが言うのなら安心できる。

なお、王族の皆さんはオークネックレス等という粗悪品の情報をまだ知らない。

 

「ありがとう。ミカエリさん。これで私も戦えるんですね」

 

「一国の姫が戦地に立つというのも外聞が悪いと思いますが、それを覆せるような物を作り上げてみせますね」

 

マウラは嬉しそうにミカエリにお礼を言った。

シルヴァーナが壊れて以来。刀身が半ば折れたままの剣では格好がつかない。そのため、急ぎで代わりの剣をこのミスリルで作り上げねばならない。

国宝と並ぶようなアイテムをミカエリはそう簡単には作れないが、逆を言えば条件が揃っていれば作れる。

ミスリルは魔力を増幅させる金属だ。大抵はローブや鎧に縫込み、魔法による攻撃を緩和させる機能を持つ。だが、剣や杖に混ぜ込めば魔法の威力を高める効果もある。

オリハルコンはそれの上位存在であるが、今のマウラのレベルに合わせた装備品なら目の前にあるミスリルと自前で持っているマジックアイテムだけで何とかなるだろう。

 

「それはいつごろ出来そうですか?」

 

「早ければ一週間。遅くても一月もあれば」

 

この世界での王族の装備品。マジックアイテムは戦車や戦闘機並の性能が無ければならない。

それを一週間で作り上げると豪語したミカエリはやはり手放したくないと考えたサーマ王。

 

「ところで、話は変わるんだがミカエリ君。うちの息子との縁談は考えてくれないかな」

 

サーマ王には正室一人。側室が三人。

その間に出来た息子が六人。娘が四人と結構な数の王子と姫がいる。

そして彼等は総じて美形であり、強力な魔法使いでもある。

王族としての教養も積んでいる人格にも問題は無いと思っているサーマ王はミカエリを王族に迎え入れる準備は出来ている。

 

「申し訳ございません。私が王族に加わると余計な諍いが生まれかねません。ですので、お断り申し上げます」

 

「ふむ。では、そこにいるコーホはどうかね」

 

「彼には既に愛する奥様がおられます。それにまだ新婚。そんな二人の仲を悪く真似はしたくはありませんわ」

 

ミカエリの心情としては、面倒事を持って来ようとするなボケ!

と言いたいのをぐっとこらえる。それに、

 

「最近、私にも気になる異性(実験台)を出来ましたので」

 

言わずもがな、カモ君の事である。

親と子とまでは言わないが年が離れている二人が結ばれるのは難しい。だが、不可能ではない。

まずは出来るだけ恩を売って、断りづらい状況を作りだし、彼と結ばれ、その子をなした時、ミカエリは趣味の研究に更なる情熱を燃やして取り込むつもりだ。

 

「もしや、襲われたエレメンタルマスターの少年か」

 

「ご想像にお任せします」

 

王はその言葉を聞いて、今度はミカエリを直接狙うのではなく、エレメンタルマスターの報告が上がっているカモ君に狙いを絞った。

彼の情報を前々から聞いている。幼少のころから魔法に通じており、体術もそこらの冒険者にも劣らない。

そして、シルヴァーナの恩恵で強化されたマウラとも互角に立ち回ったという少年。彼には既に婚約者がいると聞くが、関係ない。

 

まずはシルヴァーナの修復の為の任務で、武闘大会で戦った事のあるマウラと接点を持たせる。

次にその修復の功績を認め、爵位を渡す。

その実力と稀有な能力を周りの人間達に知らしめて、四人の姫のうちの誰かと婚約を結ばせる。

 

王族と婚約するとなれば、彼の婚約者も文句はあっても黙る他ないだろう。婚約者殿には悪いが側室となってもらい、そこに追随する形でミカエリと結ばれてもらえば、一石二鳥となる。

となると一番近い年頃のマウラか少し離れているマーサが適任だろう。

武闘大会の時点でカモ君の実力は知れている。

凡人は超えているものの超人ほどではない。しかし、エレメンタルマスターという稀有な能力は一国の姫を当ててでも欲しい人材である。

 

ただ、問題はその人格である。

セーテ侯爵家の様に趣味人だったら手間がかかると考えた。

ただ、彼等の様に恵まれた状況ではない事から付け込む余地はあると判断した。

 

「そうか。今回も諦めておくよ」

 

(次回は諦めない。そう言っているようなものですよお父様)

 

第二王女のマーサはそんな父であり、王であるサーマの考えを見透かしていた。

何せ、あの武闘大会自体が婿・嫁さがしの一環だった。その一環でカモ君がマーサの婿候補となり、彼女が他国に嫁ぐと言う案件は見送りになった。

シルヴァーナが壊れたのは痛すぎる出費だが、カモ君の実力も知れた。なにより、カモ君から芋ずる式でたった八歳であるにもかかわらず、レベル4。特級の火の魔法が使えるクーまでこちらに引き込めるかもしれない。むしろ引き込む。彼はカヒーやビコーを越える超人に成りえる人材だ。

公爵家の裏切りがあったとしてもカモ君を取り込み、セーテ侯爵。クーを取り込めたらおつりが出る。

第三王女のマウラはシルヴァーナの事。そして姉であるマーサの事しか考えきれていない。まさか、自分の将来のお婿さん候補と対決し、任務にあたるなどと思いもしなかった。

まあまだ十一歳だ。仕方ない事なのだろう。それに第三王女とはいっても兄四人。姉二人がいるので彼等が国政に携わる事はあっても、自分が携わる可能性は限りなく少ない。

精々、今みたいに有力者を取り込む為にあてがわれる娘になる事だろう。

 

問題はカモ君が婚約者であるコーテにぞっこんだと言う事。

ミカエリは二人の事が好きなので、どうにかして二人の間に挟まりたいと考えている。

 

が、ガイア!

 

同時刻、ミカエリに言い渡された無茶苦茶な特訓でカモ君が珍しく奇妙な悲鳴を上げた。

本人があずかり知らぬところで様々な縁談が組まれている事に気づけるはずがなかった。

 


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