鴨が鍋に入ってやって来た   作:さわZ

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第九話 狩人とオネエ戦士とロリメイド

ミカエリ邸に身を寄せて五日が過ぎようとしていた。

助力を請い、体力・魔力の強化に加え、政治的にも裏で協力してもらっているカモ君がツッコミはするもののミカエリの無茶ぶりに応えるほかなかった。

 

例えば、隙あらば媚薬を混入した飲み物や食べ物を与えてくる彼女のアプローチを躱す。

例えば、エロ本の一文を引用した魔法の詠唱をさせられる特訓を課せられた

例えば、昭和の漫画のような特訓で鉄下駄をはかされ、体の組織を破壊どころか殺しに来ているトレーニングを何とかこなした、

例えばミカエリ特製のマジックアイテムの実験台になり、あわやミカエリ邸の一部を吹き飛ばしかけたりもした。

 

一般市民ならこれらを成し遂げた。もしくは取り組んでいる途中で色々と下手を打って自滅していただろうが、この世界には回復魔法という便利な物がある。

 

理性を引きちぎりかける度に回復魔法。

精神が乱されそうになったら回復魔法。

体が壊れるギリギリを見極めて回復魔法。

爆発物に吹き飛ばされて体の一部を痛めた回復魔法。

 

カモ君自身とコーテが回復魔法を使えなかったら自分は二回も死んでいたかもしれない。

というか、こちとら右腕を失ったばかりだと言うのに無茶な特訓を敷いてくるとはどういうこと。

いや、まあ、自分でも説明した通り、前世の記憶から近い将来この国が戦争に巻き込まれるのは知っていますよ。それに対応するために鍛え抜かないといけないのも理解していますよ。これくらいしないと自分ではあっさり死んでしまうかもしれないんですから。

でもさぁ。きついんだよなぁ。

 

隻腕になった?それと訓練に何か関係あるの?

 

そう言わんばかりのミカエリの課していく特訓はある意味想像の斜め上を行く。

物理的・体力的な事できついのは当たり前。だが、一番厄介なのは意識外からの対応性を鍛える事だ。

ゲームでもそうだが、貴族の行うモンスター討伐。国が行うダンジョン攻略などは、『敵の情報を把握している状態』での戦いが多い。

敵のステータスや属性。特性。種類に数と言った物は予め知らされたまたは想定された物となっている。

だが、戦争ではそんなことは稀だ。不意打ちは勿論、裏切り、根回し、諜報といったただ戦うだけでは収まらないのが戦争だ。

ミカエリが特訓させているのはそんな付随的な、もしくは裏側からくるものに対しての戦いの心構えだろう。

おはようからお休みまで油断することは許さない。油断すれば手痛い一撃や主にエロスな方向で社会的に殺しに来るものまで多種多様な嫌がらせという特訓を受けているカモ君は今日も今日とてそれらを必死にこなしていた。

 

そんなカモ君に朝食時にミカエリからマジックアイテム作成の手伝いをするように言われた。

これはセーテ侯爵家の秘伝とも言っていい技術だ。

なにせ、マジックアイテムはダンジョンからしか手に入らない代物であり、全てが天然もの。ただし、ミカエリが作り出した物は除く。

魔法学園の決闘や武闘大会でも使われる護身の札が彼女の作り出した一番の発明品。それらを用いる事で死ぬ恐れが無い無理な戦いも出来て自国の兵の強化にもつながる。

護身の札が出来てからリーラン王国の軍事力は三割増しになったと言ってもいい。それ以外にも王都を囲う城壁にも結界を張るなど国防面でもその威力を発揮しているミカエリの技術は門外不出と言ってもいい。

手伝わせるという事はカモ君経由でその技術が他国に流れる恐れにもつながるのだ。

それなのに自分に手伝わせるとは一体、何を作ろうとしているのだろうか。

 

「…本気か」

 

「本気も本気よ。魔力量だけならエミール君はお兄様たちの足元に及ぶくらいの量よ。それにエレメンタルマスターだから微調整も出来るでしょ。今までは一人でそれをやって来たけど今の貴方なら私の補助の全てを任せられるわ」

 

つまり、人工マジックアイテムの作成には数種類の属性の魔力が必要になるのか。

…じゃあ、これまでのアイテムはどうやって作って来たんだ?

 

その疑問を投げかけると帰ってきた答えは「企業秘密よ」とウインクで返された。

つまり答える気はないと言う事か。

まあ、これから自分も手伝うんだからそのヒントが見つかるだろう。

 

 

 

そう思っていた頃もありました。

ミカエリ邸。地下にある彼女以外は入れたことが無い工房。

そこに初めて通された人間のカモ君の目の前にいたのはギリースーツ。地球外狩人的生命体の風貌をしたミカエリだった。

首から下の鎧に当たる部分は全身が薄茶色じみたラバースーツの上に胸当てや股間などを覆うカモ君が見知らぬ金属プレートが体の関節部分や急所を守るように着込まれている。

首から上は、玉ねぎの形に近いフルフェイスの兜。口の部分に細かな空気穴が細工されており、視界を確保する目差し部分からは怪しい光が零れていた。更には頭頂部からは触手の様に伸ばされた数本の金属のチューブが繋がれていた。

その格好はアイテム作成というよりも戦闘開始といった装備だった。

 

「…ふざけている?」

 

「極めて正気よ」

 

危ない薬をキめて正気でない事を必死に祈った甲斐があるという物だ。

なんでも格好は自分の膂力を上げる効果と、自分の魔法属性を好きな属性に変化させるという物。

格好こそ奇天烈なそれの効果は間違いなく国宝ものだ。

シャイニング・サーガでも魔法の属性を変えるなどラスボスでも出来なかった仕様に驚いたカモ君。

欠点はもちろんあるようで、一度装着すると装着者の魔力を使い切るまで外せない事。装備後、二日は魔法が使えなくなる事が付随していた。

魔法が使えない魔法使いほど使えない戦力は無いが、今はまだ戦時ではない。とはいえ、何があるか分からない為、ミカエリがアイテムを作る際には最大警戒レベルで従者達がミカエリ邸を警備する。

カモ君が初めて見る魔法使いの工房の中はまるで刀鍛冶の工房を思わせる代物だった。

既に火の入った炉に、澄み切った水の入った瓶。大小様兵器々なハンマーに、ペンチやバールに似た工具。随分と使い込まれた跡がある金床などがそこにはあった。

そして、素材となる希少金属やレアアイテムが整頓されて陳列されている。

 

「はい、これはエミール君の分」

 

どう見てもどう見ても分厚いプレートアーマー一式(フルフェイス型の兜付き)です。

まあ、素敵な作業服(戦闘服)。アイテム制作作業にとっても不釣り合い。

 

カモ君はそれを不思議に思いながらも着込む。

しばらくして、ミカエリの瞳に重装備をした男が一人写りこむ。

 

「創作活動しようとする格好には見えないわね」

 

こんな格好をして戦闘に行かずに生産活動をする間抜けがいるらしいですわよ。

アンタの目の前に居やがりますわよ。ついでに貴女様も同類でしてよ。

 

「工房に戦闘服を着た男女が二人。何も起きない筈もなく」

 

「アイテム作りをするに決まっていますわよ。…これはどういうことでして?」

 

というか、先程からお嬢様語りが止まらなくてよ。

思考回路は私(カモ君)のままなのに表現の仕方がお嬢様口調はどういうことですの?

 

「その鎧は魔力を通しやすいミスリルで出来たバトルドレスよ。見た目に反してとても軽いでしょ。でも見た目通り頑丈でもあるのよ」

 

確かにミスリルは軽くて丈夫がウリですわよ。それとこの現象は結び付かないのではなくて?

 

「最初はとある貴族の人に娘の粗忽さを矯正するアイテムは作れないのかと、…煽られて」

 

頼まれてでは無くて?

 

「やってやんよ。て、売り言葉に買い言葉で作り上げた物がそれなの。これを装備すると思考や所作がお嬢様になるように作ったから大成功よ」

 

それがどうしてプレートメイル一式に?

 

「あいつら泥臭さとか油の匂いとか無縁そうだから嫌がらせ九割五分、構造上の都合の五分でそうせざるを得なかったの」

 

ほぼ嫌がらせじゃありませんか。

デザインの方はどうにかできそうですわよ。それこそ鎧からドレスに変更できそうですわ。

 

確かにカモ君が歩こうとするとどこかお上品にしゃなりしゃなりと静かに足を動かす。

注文通り問題のお嬢様の矯正を成し遂げた鎧だったが、見た目が悪いと鎧を叩き返された。

その時のアイテム制作料・依頼料はぶんどった。ミスリルで出来ている事は隠したのでそのまま取られるということは無かったらしい。

しかし、それを今のカモ君が着込む理由にはならない。

 

「これからこの抗魔の短剣を強化して、マジックアイテムの大剣作りあげるの。その際中、エミール君には光属性の魔力を絶え間なく流し続けて欲しいの。時々、他の属性も同時に使ってもらう。その時、魔力が反発して爆発しても怪我をしないようにそれを着込んでもらったの」

 

ミスリルの鎧を着こむほどの爆発が起こるんですのね。恐ろしいですわ。

 

「ちなみにあの四天の鎧の残骸をインゴットに作り直す時に爆発したんだから。マジックアイテムはそれだけ繊細なの」

 

そう言えば少し前にありましたね。新作の人工マジックアイテムの実験で爆発事件。

大剣のマジックアイテム。何でも魔力を流せばその刀身が炎で包まれる男の子の夢だったはずなのに、爆発してしまった。思えばあの爆発、刀身からじゃなくて足元から爆発したような…。

 

「…ごめんなさいね」

 

「ぶちのめしますわよっ」

 

あの爆発事故で両足の骨にひびが入ったのですわよ!回復魔法で今は平気ですけどっ!

メイドや執事達はよくある事だと言ってあの時は流してはいたけれどあの時、地下にいたのはインゴット制作中のミカエリ様がおられたという事。

というかそんな爆発の恐れがあるのに地下でそのような真似をして生き埋めになったらどうするつもりでしてっ!あと、地上側への迷惑も考えて欲しいですわ!

というか、ここも地下ですわ!表に出やがれですわ!

 

「いや、このギリースーツ、結構頑丈で生き埋めくらいなら三日は持つわよ。その鎧も三時間は持つだろうし」

 

驚愕、目の前のギリースーツ。ミスリルよりも高性能だった件。

 

「じゃあ、時間もないし早速作るわよ。このインゴットに全力で光の魔力を注ぎ込んで」

 

ミカエリはそう言うとミスリルのインゴットを炉に十秒ほどくべるとすぐに取り出して、金床にインゴットを置く。

 

繊細な作業とは?

 

いきなり全力で良いのかと思いながらもミカエリな何か考えのあっての事だろうと思い、カモ君は言われるがまま、魔力を注ぎ込んだ。

 

 

 

「…地震?」

 

例のいやらしいメイド服を着ながらベッドメイクや屋敷の掃除をしていたコーテ。

あの微振動には魔法で作り出した水の障壁を挟むことで無力化することに成功していた彼女は、魔法の維持とメイドのお仕事というマルチタスクの訓練をしていたところで地面がかすかに揺れたことを感じた。

そこに一緒に作業していたメイドがいつもの事ですから気にしないでと言っていたので気にしないでいたが、断続的に揺れを感じた。

 

「今日は一段と激しいですね」

 

「ミカエリ様もお盛んですからね。お気に入りの少年が来てから尚更」

 

コーテはその一連の言葉を聞いてミカエリとカモ君が事に及んでいるのではと感づいた。だが、ここは狂っても伯爵家の家。しかも王都の一等地に当たる地域の建物であるから耐震構造などはしっかりしているはず。なによりミカエリ程の技術者がそこを怠るとは思わない。

事を致してこんな揺れを起こしているとしたらどれだけ激しいのだと思う。そうだった場合、普通の人間なら体がバラバラになっているだろう。

 

…カモ君のカモ君は普通だったか?

 

コーテは即座にNOと言える。

他の人のムスコを見たことが無いが、本や知識とは違った大きさであったのは確かだ。

自分は他の人に比べて小柄だが、それでもあれは別格だと言える。

 

ミカエリならアレに対応できるのではないか?

 

有りえそうである。あのミカエリなら。

ネタとしてアレに対抗できそうな知識と技術。アイテムも持っていそうだ。

 

あの二人が事を致している時の衝撃がこの揺れではないか?

 

カモ君の異様さとミカエリの異常さならあり得る。

 

コーテはいろいろと不安になって来たのでカモ君とミカエリを探しだす事にした。

一緒にいたメイドさんに二人の居場所は何処かと尋ねても教えられないと返されたので自分で探すことにした。

三十分ほどミカエリ邸の中を探して中庭の一角に出ると複数の執事とメイドが武装してそこから地下に繋がる入り口を封鎖していた。コーテが探している間も屋敷中に揺れが発生していた。そして、揺れの震源地が其処だと言う事も肌で感じ取ったコーテはそちらへと向かう。

 

「すいません。ただいまアイテム作成中の為こちらに立ち寄る事は出来ません」

 

「発掘とかじゃなくて?」

 

近寄ってきたコーテを押し留めるように執事の一人が彼女を呼び止めた。

今も断続的に揺れが続いている。まるで鉱石を取り出すために爆薬や魔法を使っている坑道の様に揺れが続いている。

まあ、コーテが知りたいのはカモ君の所在だ。それを立ずれようとした時、ズドン!と、派手な爆発音とこれまでの揺れとは一段と大きい揺れが発生した。

地下へと繋がる入り口からは黙々と粉塵が巻き上がり、時折落石のような現象も起きている。この先にカモ君がいたら大変だと考えた瞬間に地下から聞きなれた声が聞こえた。

 

「少し休憩しましょうか。あとはコーテちゃんの杖を強化するだけだし」

 

「あれをアイテム作成とは認めたくはないですわ」

 

地下から聞こえた声は聞きなれた声。しかし、その姿は異形の戦士の出で立ち。

地球外狩人と重戦士オネエの二人組の姿を見て、唖然としていたコーテを放っておいてミカエリの従者達は二人に駆け寄り状況を確認する。

二人の戦士の装備品はあちこちが凹んでいたり、黒くすす焦げていたがちゃんと二本の足で立っている上にまだ余裕がありそうな声だった。

 

「あら?コーテちゃん。メイド修業はもう終わったの?」

 

その風貌から出てはいけない程ふんわりした口調で声をかけられたコーテは狩人から一歩も引かずにそれを着込んでいるのがミカエリだと判断した。そして、オネエ口調の重戦士はカモ君だと気が付けた。

 

「メイド修業はまだ…。それよりも二人して何していたんですか」

 

そう訊ねられるとミカエリはクネクネトと体を揺らしながら自分のお腹を抱きかかえるように言った。

 

「出来ちゃった」

 

「…エミール?」

 

「アイテム作成でしてよ」

 

地球外狩人がまるで身籠ったかのような仕草をしたのですぐさま冷たい視線をカモ君にぶつけるコーテ。

そうなる事は予想していたカモ君はすぐさま切り返した。ここで言いよどむと誤解が生まれる。

 

「エミール君ってば、やる気になるとあそこまで(魔力)が大きくなるのね。彼の全力のあれ(魔力)があんなにも膨れ上がるなんて…」

 

「確かにエミールのアレは異常」

 

「コーテさん。マジックアイテム制作に使う魔力の事でしてよ」

 

その都度カモ君は訂正をしていく。分かっているだろうけど言わずにはいられない。

 

「あんなにも(魔力)注ぎ込めるなんて思ってもいなかったわ。おかげで何度も溢れちゃった」

 

「わかる。あれはきっと五人分はある」

 

「何度も言いますけどアイテム作成ですわよ」

 

アイテム作成中にカモ君はミスリルのインゴットに魔力を込めたがミカエリの想定していた量より少し多めだったため、何度も魔力が溢れ爆発を起こした。その為に揺れた。

その魔力量は一般魔法使い五人分の魔力に匹敵する。これもカモ君の日々の努力の賜物である。

 

「それなのに彼にはまだ余力があるし、まだまだいけそうなの。こんなに(アイテム作成が)続くのは初めて」

 

「…確かに、エミールはまだまだ余力を残していた。私が未熟じゃなかったら、エミールはもっとやれていた」

 

「コーテさん?分かっておられますわよね?」

 

だんだん話がずれてきているように思えてならないカモ君はコーテにしっかりと話しかけたが、コーテの視線は冷たいまま。

 

「つぎはコーテちゃんの分も作ろうと思うんだけど…。ご一緒しちゃう?」

 

「する」

 

「うふふ。3Pね」

 

「どっちがエミールを使いこなせるか見せつけてやる」

 

「使われる側なのですね、私。まあ、元からそのつもりでしたけど」

 

外見は地球外狩人とオネエ重戦士とメイドのコントのようだ。

従者達もそれが分かっているのか微笑ましそうにそれを見ていた。笑いをこらえているともいうが。

 

「うふふ、それじゃあ、お姉さんとイイ事(アイテム作成)しましょ」

 

「先に生み出すのは私」

 

「しつこいようですけどアイテム作成ですからね?」

 

いまだ粉塵が巻き起こっている地下に進んでいく三人の背を見送った従者達。

本来ならミカエリとカモ君以外通すつもりは無かったが主人が通る事を認めたので見送る事にした。

これからまたアイテム作成の経過で起きる地震に備える彼等が耳にした言葉が。

 

「エミール」

 

「なんでして?」

 

「キモいよ、その喋り方」

 

「やっとそこにツッコんでくれましたわっ」

 

「やあねぇ、(魔力を)ツッコむのはお互いさまじゃない」

 

地球外狩人とオネエ重戦士とロリメイドが絡む風景を想像させるものだった。

 


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