カモ君がミカエリ邸でお世話になること六日目。
ミカエリは先日作成した、王族マウラへのマジックアイテムを渡すため朝日が昇る前に屋敷から護衛を数人連れて出かけて行った。
同時刻、カモ君とコーテも起床して、ミカエリの従者達と共にセクハラまじりの鍛錬に明け暮れていた(明け暮れるだと朝から晩までになるので、励んでいた等の表現の方がよいと思います)。いつもなら就寝するまで行われる鍛錬だが、二人は明日からは魔法学園に復学することになっている。
そのための準備は既に終えているが、これまでの疲れをとるためにも、正午で鍛錬を打ち切り、二人を労うことになっていた。
その内容は従者達による打ち上げ。
新人研修の終わりや長期休暇前の労働明け。
主人と共にモンスター殲滅を目標に掲げた遠征。
人工マジックアイテムの実験。
ミカエリの兄。カヒーとビコーの部隊の軍人達との戦闘訓練。
などの一つのイベントを終えた後に行われる打ち上げ。
もちろんすべての従者達が一斉にやるのではない。これもローテーションで行われるが、それでも従者達全員を労えるようにシフトはきちんと組まれていた。
ミカエリの従者達は、あの超人兄妹が直接雇ったことだけあり、皆が皆この国の一兵卒以上の実力を持つ。今のコーテはもちろんカモ君でも彼らと敵対することは避けたい。
正午きっかりに鍛錬が終わると急に他人行儀というかこちらに優しく接してくるのだから思わず疑ってしまうカモ君とコーテ。
またなにかやらかすのではないかと警戒しながらも、彼らのおもてなしを受け続けることでようやくその労いが本物だと理解した。
なにせ、食事と飲み物には媚薬を盛り、着替えにはエロい機能を混ぜ、戦闘訓練では無茶難題を課してくる。
・・・いや、まだ警戒は解かんほうがいいな。
その労いが理解できても、素直には受け入れられない。
なぜなら目の前の彼らは超人奇人のセーテ侯爵の従者なのだから。
正午にもてなされたのは高級食材を取り繕ったバーベキュー。
素材から調味料。果てはその受け皿まで高級な品でそろえられた昼食。
そこから入浴を進められると、全身マッサージといったエステを受けて全身をもみほぐされた。
この間にも、まるで劇場を思い出させるような様々な楽器の音色が流され、身も心もほぐされかけていたカモ君とコーテ。
油断するな、これは罠だ。
こちらが油断する瞬間を彼らは狙っているのだ。
そう自分に言い聞かせて自制を促していた。
しかし、人間というのは苦痛を堪えるよりも快楽を堪えることのほうが難しい。
エステを受けているコーテは既に夢の世界へと旅立っていた。
カモ君は堪えた。しかし、この気持ちよさはたまらない。
なんで堪えているのかもわからなくなる。彼は懸命に抗った。
しかし、夢の中へ行ってみたいと思わざるを得ない。このまま眠れたらどれだけ幸せになるだろうか。
俺は、快楽なんかに負けない。
負けないん、だ。
「あ~…」
ごめんよ、コーテ。
なんだかとってもねむいんだ。
おなかがいっぱいで、からだはほぐれて、めもみみもしあわせなんだ。
こうしてカモ君はおやつの時間になるまで深い眠りにつきましたとさ。
カモ君が快楽に屈していたころ王族の住まう王城でミカエリは護衛の従者達を連れて、先日の待合室で受取人の姫マウラとこの国の王サーマが来るのを待っていた。
待合室に待たされること一時間。
ようやくマウラとサーマがやってきた。マーサ姫は仕事が立て込んでおり、今回は出席していない。しかし、王と姫の護衛を怠るわけにはいかないので親衛隊隊長とその部下である隊員の数名が部屋にやってきた。
かなり広い待合室ではあるが、「密です」と世界が違えばそういわれても仕方ないほどの威圧感を放つ親衛隊に気が滅入るミカエリ。
決してそんなことは顔には出さず、自身の従者に持ってこさせた木箱を二つ、王族へと献上する。
子供が入れそうな細長い木箱の一つを親衛隊の一人が丁寧に開封していく。その間も彼らは警戒を怠らない。
さんざん身辺チェックもされて、魔法でも確認をしたうえでの開封。確かに自分ならそのチェックを潜り抜けるアイテムは作れるかもしれない。材料はないが…。
かといって、現王家に弓を引くつもりはない。
木箱が開封されるとそこには鈍い光を放つ白の大剣。
国宝のシルヴァーナと瓜二つ大剣がしまわれていた。
その出来に王は息をこぼし、マウラは目を輝かせた。
「シルヴァーナ・ニア。どうぞお納めください」
本物のシルヴァーナの効果に比べると強度・効果はだいぶ格落ちになるが、それでもダンジョンの中層。深層で出現するアイテムでもお目にかかれない品に出来上がった。
身体能力の向上。自然治癒力を高める効果もあるが欠点はもちろんあった。
「こちらの大剣ですが、魔力の回復ではなく消費をしてしまうのです」
危険がないことを確認した親衛隊隊員がマウラにそれを手渡すと、若干シルヴァーナよりも重く感じた。
しかし、それよりも自身の力が僅かながら吸い取られる感触がした。
この大剣を握っているだけで身体能力が上がり、治癒力も上昇する。しかし、この大剣は常に装備した者の魔力を吸い上げる。
魔法を唱えずにその効果を発揮できるのなら素晴らしいものだが、本家のシルヴァーナは消費するどころか回復させるという機能を持っている。まさにチート武器ともいえるだろう。
「…そうか、やはり其方でも完全な復元はできぬか」
「はい。その上、こちらの剣は魔力があれば誰にでも扱えます」
マウラだけが使えるといういわば特権。もしくはセキュリティーが施されていないこのシルヴァーナ・ニアは敵に奪われればそのまま使われるという危険性も含んでいた。
「…量産は可能か?」
「残念ながら。素材も、技術も、人も足りません」
これはカモ君みたいな馬鹿みたいにある魔力総量とその柔軟性を併せ持つ魔力がないと作れない。そして、自分の持つ技術・設備も早々に揃えられない。
ミカエリが使いやすいように、ミカエリにしか使えない上に、ミカエリしかわからないような技法で作り出した物。
たとえ、十全に伝えたとしても作れる可能性は極めて低い。
そのことを伝えると親衛隊隊長のコーホは残念そうに眼を閉じた。
これが量産。この国の兵達に。せめて部隊長達にでも渡ればそれだけで軍事力は大きくなる。
しかし、これは一品もの。しかも魔力を吸い上げるスピードが意外と速い。
一般の魔法使いや軍人に比べて魔力が強いとされる王族であるマウラでもこの剣を握り続けるのは辛いだろう。
さっきまで嬉しそうにしていた目から少しずつ光が失われているようにも見えた。
「魔力の消費を抑えるのがもう一つの箱にございます」
開けられなかった木箱を同じように調べながら開封した親衛隊が見たものは、シルヴァーナ・ニアに近い色合いをしたVの字の鞘だった。剣を収めれば二回り大きい剣にも見える。武器として使うのは厳禁。この鞘はある意味大本の剣よりも繊細な造りをしている。
その鞘の縁取りはまるで虹のように見る場所を変えると色が変化する装飾になっていた。
「こちらにあらかじめ、火・水・風・土・光・闇と全属性の魔力を込めています。この鞘に納刀している間、魔力は消費しません」
ミカエリの言葉を聞いたマウラはすぐさま、親衛隊からその鞘を受け取り、カチンと音を立てながら納刀する。
「本当だ。魔力を消費しないっ。でも力も強化されていないような」
「封印状態ですからね。もちろん効果もありません」
いくらミスリルとはいえ、20キログラムはあるんだけどね、そのセット。
やっぱり鍛えられた王族なのね、彼女も。
まだ十一歳。もうすぐ十二歳になるマウラだが、まだ女の子だ。そんな彼女が軽々とシルヴァーナ・ニアを持ち上げている光景にミカエリは感心した。
もちろん、この鞘にも欠点はある。三日に一回は全属性の魔力の充電をしなければならない。
この鞘に必要とされる一つの属性につき、一般魔法使い一人分の全魔力。それが六つ。少なくても六人分の魔力が必要になる。
とはいえ、姫であるマウラの周り。正確には王族を守る魔法使いは精鋭ぞろい。全属性をカバーするなど造作もないだろう。何より、
「あのエレメンタルマスターの少年が近くにいればそれも容易いか」
「そうなります。ですが、彼と合流するまではそちらのほうで賄ってください」
鞘の説明をするとサーマ王はミカエリの考えを掬うように感じ取った。
カモ君の魔力量ならこの鞘の充電も可能となる。
そもそもシルヴァーナの修繕のためにカモ君とマウラは近い将来、同じ部隊に組み込まれる予定だ。そして修繕が終わればシルヴァーナ・ニアもお役御免となる。
カモ君とこの剣はいわば中継ぎとしての役目である、それさえ達成できればそれでいい。
まあ、王族はもちろんミカエリすらもカモ君と何かと縁を作っておきたいと考えているので中継ぎで終わらせるつもりはないが。
「ありがとうミカエリさん。この剣使いこなしてみせます」
そんな後ろめたいことなど感じもしなければ、考えてもいないマウラの笑顔にミカエリは優しく微笑み返した。
細かい説明や注意点を伝え、そのあと王城の一角に設けられた鍛錬場で、親衛隊とマウラの模擬稽古が行われた。
シルヴァーナ・ニアはマウラからしてみれば少し重くなったシルヴァーナと感じ取った。
稽古でできたかすり傷。その治り具合からも自然治癒能力も半分といった具合だ。
まあ、それでも装備品としては破格の一言。ただシルヴァーナが強力すぎるのだ。
そしてこれまでシルヴァーナの効力を感じ取れたのはマウラと彼女と戦ったことがあるごく一部の人間のみ。
シルヴァーナとニアの違いを読み取るのは至難の業だろう。
無事にアイテムの献上を終えたミカエリがその性能を見届けていると、そこに仕事を終えたマーサが合流してきた。
愛する姉が来たことによりシルヴァーナ・ニアをぶんぶんと振り回して喜ぶマウラ。
それを見てマーサはミカエリにお礼を言いながら、サーマ王も交えて昼食とお茶をもてなすことにした。
王族からのお誘いとあれば断ることはできない。自分はこの国に仕えている侯爵なのだから。
ミカエリを取り込みたい王とその姫はお茶を飲みながらも何かと縁談やそれらしいことを混ぜてくる。ここで一つでも肯定の意思を示せばあれよ、あれよと式を組まれることになるが、そこは自由人ミカエリ。しっかりと感じ取り優雅にスルーを決めた。
そして、ようやく王族のお茶会から逃れることができたミカエリは帰りの馬車の中で盛大に息を吐き切った。
「あ“あ”あ“あ”あ“あ”っ、つっかれたっ」
貴族令嬢として、いや、女性として出してはいけない声に彼女の従者達は聞かなかったことにしてもくもくと馬車をミカエリ邸へと進めるのであった。