やっと、一段落ですかね!
ヒュンッ!
風とは違う空気を裂く鋭い音。
これは、武器の中では特に薄刃の得物、太刀が振るわれたためである。
男が振ったのは、黒刀【参ノ型】鍔の部分から角のようなパーツが伸び、十手のような独特の形状をした片刃剣で、主にカンタロスなどの虫を素材とした、切れ味重視の太刀だ。
この太刀を振るったのはレダン・エスカノーラ、上位と呼ばれる一握りの人間にしか与えられない称号を持つ凄腕ハンターである。
「やっぱり居やがらねぇ」
レダンが来たのはエリア10、森の中では開けた場所で小さな水場が存在する。
彼は成り行きで一緒に狩場に来た少年ハンター、ティオを探している。
「さっきの咆哮、予測が正しければ……」
レダンはさきほど鳴り響いたモンスターの鳴き声から大体の予測を立てる、その上で考えうる限りの最悪の事態を想定する。
ヒュンッ!っと太刀を横に払う。
払われた太刀のライン上に置かれた青い鳥竜種の首、それが音もなく綺麗に飛ぶ。
ランポス達とて野生の生物、目の前の人間にはどうあがいても勝てないと見るや蜘蛛の子を散らすように森の中に消えていく。
「これは?」
レダンは、倒したランポスの鱗などを丁寧にはぎ取っていると、あるものを発見する。
何の変哲もないアプトノスの死骸。
しかし、それにはおかしな点が幾つか散見される。
例えばこの場所、ここは森丘と呼ばれる狩場の森の部分、見晴らしのいい丘とは対極の場所。
こんな場所にはアプトノスは好んで立ち入らなし、ランポス達が運んできたにしては少々不自然だ。
「それにこのアプトノス、背中に竜車の装備を着けてた形跡があるな」
竜車の役割を持つアプトノスなんて言うのは今どき珍しくはないが、そんなアプトノスが狩場で死んでいるというのは些か妙な話だ。
それもそのはず、レダンたちが乗ってきた竜車はとうに狩場から離れていて、間違ってもこんな森深くを通ることはないし、商人が使うアプトノスも狩場から遠く離れた舗装された道を使うので、これもまた選択肢としては無い。
そうなってくると可能性は絞られていく、それもあまり良くない方に。
「厄介だな……」
レダンは少し足を速めた、この先のことに頭を悩ませながら。
◇ ◇ ◇
「ん~、ランポスの数が妙に多いなぁ」
「ですね」
一方、エリア9を抜け丘の方面エリア3にティオ達は居た。
ティオは太刀に付いた血を掃いながらもう一人の人物に話しかける。
片手剣を操る女ハンター、名前をライラといい、彼女もまた相槌を打ちながら剣を振った。
「でも、新鮮だな自分以外と狩りするのは」
「え?あのクック装備の人は師匠ではないんですか?」
「あーちがうちがう、あれは勝手に絡んできたんだ今日初めて会話したぐらいだぜ?」
そう、いろいろ言い合ったがティオとレダンは出会ってからとても日が浅いのだ。
それにしてはだいぶ濃い時間を過ごしてはいるが。
「キミの師匠ってどんな人なんだ?」
「師匠はですね~、すっごく厳しい人なんですけど、それもきっと私たちが狩場で命を落とさないように、という愛ゆえにだと思うんです」
(師匠か~俺もそういうの居た方がいいのかな?)
今のままではよくないことは、ティオもわかる。
しかし、自分は村のハンター仲間から嫌われ気味で、とても教えを享受できるいい人間関係が一つも思い浮かばない。
自らの行動を鑑みればそれも当然かもしれない。
ティオが心の中で毒づいていると、微かな異臭を察知する。
「なぁ、何か匂わないか?」
「え?そうですか?」
この匂い、確かペイントボールという大型モンスターを見失わないようにするためのにおい玉だった気がする。
ティオは鼻に意識を集中しにおいの出所を探る。
「多分この感じ、エリア4か?……ライラ行こう、キミの師匠や仲間が戦ってるのかも」
「あ、はい!」
エリア4は隣接した場所にある。
鼻を頼りに進み、エリアに足を踏み入れると、感知した臭いはより一層濃くなってくる、それは若干、嗅覚を乱すほどに濃厚だった。
しかし、それよりも面倒な事態が二人を待ち構えていた。
「あ、ここなんでかランポスがいっぱいいますよ」
「しょうがない、倒すか」
いうや否や、ティオは太刀を抜き放ち、抜刀の勢いに任せてランポスを袈裟切りにする。
それに続くように、ライラも片手剣を抜く。
彼女の役目は、一撃の大きいティオを狙うランポス達を牽制すること。
その隙に体勢を立て直したティオが再び太刀を振るう、即席にしては中々に連携が取れた動きだ。
「っと、こんなもんかな……なんかやたら早く撤退したな」
分が悪いと踏んだのかランポス達はその場からサッサと姿を消していった。
「いや~、やっぱりティオさんすごいですよね!」
「お、俺が??」
なにかの冗談だろうか?今まで馬鹿にされこそすれ、狩猟の実力を褒められたことは一度たりとも無い。
そんな自分に対してライラは目を輝かせながら称賛してくれている、何とも奇妙な光景だ。
「そうですよ!師曰く、ハンターにとって大事なことのうちの一つに適応能力が上げられるそうですよ」
「テキオウノウリョク?」
何やら聞きなれない言葉にティオは少し面食らう。
「はい!フィールドの地形や変化にいち早く気づき判断する、ティオさんが気が付いた臭いの件とかです」
「そうなのか?」
「そして、周りとの距離感を図りつつ武器を使える、これはさっきの戦闘のことですね、仲間の武器で恐怖を感じたことは何回かありますけど、さっきランポス達と戦ってるときは何も感じませんでした」
「たまたまじゃないかなぁ?」
さっきのランポス戦、いつも以上に戦いやすさを感じたのはティオも一緒だった。
それは偏に、ライラの補助がうまいのだとばかり思っていたものだから、自分が褒められるのはどうもムズ痒い。
「そんなことありませんって!……あとは、防具とかそろえると完璧ですね、もうほとんど師匠並みです!」
「そうなの?」
「そうです!師匠は討伐するモンスターによって防具をこまめに変えるタイプなんですよ」
ハンターの防具や武具選びには2パターンほどにタイプが分かれる。
一つは、気に入ったもしくは自分にピッタリとハマった防具を見つけ、それを使いつぶすタイプ。
これは、金がないのかその人の実力がずば抜けているのかは狩りが始まらないと分からないので、即席のパーティーには入れてもらいにくい。
二つ目は、モンスターや降り立つ狩場によって器用に防具を変えるタイプ。
ライラの師匠がこれにあたり、先ほどのタイプと違い、資金に余裕が見られ実力も簡単に推し量れるので、あまり煙たがられたりしない。
しかし、装備を逐一変えるというのは、一つ一つの練度もまちまちなので、器用貧乏になってしまったり、手入れが行き届かず本番でやらかすこともままあったりする。
どちらが優れているかというのは、ハンターたちの間でよく話題になるが、結局その人の素質である、という結論に着地する。
「この前、ガレオスの狩猟に連れて行ってもらったんです」
ガレオス、砂漠地帯に群れで生息し、その砂の中を縦横無尽に泳ぎ回る魚竜種のことだ。
「その時私たちの装備は今と変わらないんですけど、師匠はギザミシリーズっていう防具を着てきたんです」
ライラの師匠は、クエストごとに装備を変えるタイプであり、その時もまたギザミシリーズという新しい防具を着てきたようだ。
「私たちは案の定、苦戦したんですけど……中でも一番厄介だったのがガレオスの吐くブレスで、なんとそれに当たると持久力の回復が遅れてくるんですよ!」
「こわ、なんだそりゃ」
スタミナの回復が著しく低下するこの状態を、通称『水やられ』とハンターたちは呼んでいる。
仮説はいろいろあるが、モンスターの吐く水属性のブレスの中に、彼らの分泌する体液が混ざっており、その液体と水分が体に膜を作り、ハンターの発汗作用を妨害し、結果体内の排熱が不十分になり体力が奪われていくのだとか。
「それって水やられっていう状態なんですって、砂漠で水ですよ」
「確かに変な感じだなー」
「でも、師匠はそれも見越して水耐性の高い装備に変えてきたんですよ、すごくないですか!」
「たいしたもんだなぁ~……」
---ガチャ
それは、金属が固い地面とぶつかった音だった。
だが、自分たちは何も落としてはいない、ならば目の前のコレはなにか?
それは、筋肉質な腕だった。
熱で溶けてしまっているので、詳しくはわからないが間違いなくハンターが身に着ける防具の類である。
ではいったいどこから落ちたのか?
「ヒッ……」
答えはエリアにある小岩の上にあった。
そのハンターの装備は毒怪鳥ゲリョスから作られる防具を身にまとっていた。
「し、師匠……?」
「!」
「ま、丸焦げで……詳しくはわかりませんけど……この防具の形は……し、師匠の……ものです」
ティオは絶句してしまう。
人の死体を見たからではない、話を聞く限り彼女の師匠というのは優秀なハンターだ、そんな腕利きが勝てなかった相手が自分たちと同じフィールドにいるという事実に。
「師匠……」
せめて亡骸だけでも、そう思ったのかライラは炭になってしまった恩師を岩の上から持ってこようと手を伸ばしていた。
「おい、ライラ!一旦ベースキャンプに戻ろう!ペイントボールの臭いが残ってるうちに……!?」
ピリリッと脳裏に疑問が浮かぶ。
(臭い?)
そもそもなぜ、ペイントボールの臭気がここまで広がっているのか?
(ライラの師匠のが壊れたのか?)
ティオはそれは否定する。
あそこまで丸焦げになっているのならば、まずは灰の臭いが立ち込めるはずである。
「じゃあこの臭いはなんだ?」
ペイントボールの役目。
それは、大型モンスターを見失わないようにするため、その判別方法は何か?それは臭いの濃淡。
では、いまこのエリアに充満する臭いの濃度は、どれだけ近づいていればここまで濃くなるのだろう?
それは、終盤に差し掛かったパズルのように簡単にはまっていく。
ランポス達の撤退の早さ、ペイントボールの臭いの新鮮さ、ライラの師匠の不自然な死に場所、それはたった一つの簡単な答えですべてつながる。
---そう、モンスターがもしランポスだけではなかったら?
ティオ達よりも強い存在がそこにいたのなら、彼らは危機を察して逃げるだろう、そのモンスターがジッと息をひそめてこのエリアに潜んでいたのなら、ペイントボールの臭いがこのエリアに充満していてもおかしくない。
そして、なぜライラの師匠は爆風で押し上げられたわけでも無いのに、岩の上で死んでいたのか?
置かれていたのだろう
いったい誰に?
モンスターに
何のために?
臭いにつられてのこのこやってきた哀れな二人組のハンターを狩るために。
----ドゴォオン!!!
高度から飛来した紫色の質量が二人を押しつぶさんと舞い降りた。
「え?え?」
「疑問は後だ!走れるか!?」
間一髪、あと数秒気が付くのが遅れていれば、ティオとライラはぺしゃんこになっていただろう。
「なんだこいつ、イャンクックかっ!?」
「これ!師匠が一度だけ教えてくれたことあります、見た目こそイャンクックと類似してるけど、見つけたら絶対手は出すなっていわれてたモンスターです!!」
尾の先っぽは不自然な膨らみと刺さるとただでは済まなそうな3本の針、全身を覆う紫色の刺々しい甲殻、クックよりやや顎の部分が突き出たクチバシ。
「狂暴かつ狡猾な性格からつけられた二つ名は黒狼鳥……正式名称はイャンガルルガ……」
キィョヨヨヨォォッッ!!
二人の新米ハンターにとってはあまりにも絶望的な咆哮が響き渡る。
次回は用事終わらせてからすぐ行きます!