「師匠!」
「師匠、少しは加減してくださいよぉ」
「師匠痛いです!?」
八雲に頼まれて引き受けたが、人を育てるというのは存外に楽しいものと知れた。私がしてきた鍛錬をそのまま課せば壊れるのは分かっていたから、適度に加減してやらせていたがそれでもただの人間にはキツイと思っていました。
しかし、叩けば叩くほど意地なのか踏破してくる巫女に対して人間の底力を感じた。少なくとも、彼岸の霊魂達に同じ事をやらせれば即座に存在が消えるんじゃないでしょうか。
「師匠〜これ、辛いですぅ〜」
「我慢してください。霊力を用いた格闘戦というのは慣れがものを言います」
泣き言は沢山言う。飲み込みはそれなりに早いが決して一度で全てを理解することはない。不得意な分野ならさらに時間がかかる。何度、私に叩かれたか分からない。それでもなお、土に塗れ立ち上がり私を強く見てくる。
「きゃっ!?……まだまだぁ!」
立ち上がった瞬間に倒しても、即座に立ち上がる。
あぁ、これが人の強さかと私は彼女を通して知った。どれだけ困難でも辛くてもその場で立ち止まらず向かってくる。短い時間を燃やし駆ける姿に私は魅入られる。
思えば私が知るのは、死者か。既に発展しきり未来が乏しい仙人のみ。こうして、未完の人と接した事はなかった。私を師匠と慕い向かってくる巫女の在り方を私は好ましいと思う。
「攻めが甘いですよ。ただの突撃は力量差があって初めて成立するんですから」
まぁ、未だに愚直に突撃してくるのは残念ですが。巫女の頭を押さえながら溜息を吐く。
性格なのか分からないが、この巫女はやたらと正面突破をしようとする。何度も注意をしたがそこだけは変わる気配がない。大人しめな雰囲気を出しておきながら、基本的に脳筋なのだこの巫女は。
「うぐぐっ……なんちゃって!」
ふっと押さえていたものがなくなりバランスを崩す。なるほど、受け止められるのが分かりきった上での突撃でしたか。
重心を戻しながら正面を見る。パンっという音と出しながら巫女は両手を合わせ、離す。十分な霊力が掌に宿り淡く光を放つ。格闘戦を行なっていくうちに彼女が自分を見直し辿り着いた戦い方。
「せいやぁぁ!」
掛け声と共に掌打が飛んでくる。殴るより彼女の性に合い霊力の把握が簡単だと言って身に付けた掌打中心の戦い方。
握り拳より直撃した際、相手の内部を巡るダメージは上回る。だが、相手に外傷を与える事は中々ないので痛みで動きを怯ますという事は難しい。だが、純粋に力が劣る人間が対妖怪に用いるのには適しているだろう。
向かってくる掌打をはたき落とす。巫女の顔が驚きに染まるのを見ながら、はたき落とした手を掴みぶん投げる。
「きゃぁぁぁ…」
博麗神社の長い階段から落下していく巫女。徐々に遠くなっていく悲鳴を聞きながらその場に座る。
手が届く範囲の石を拾いながら巫女が上がってくるのを待つ。あの程度の高さで死ぬぐらいの鍛え方はしてませんしね。
「…ぉぉ…しぃぃしょょおおおお!!!」
ん?どうやら来たようですね。拾っておいた石を手の上で広げ、一個指で弾く。空気を切りながら飛んでいく石は私の予想通り階段を飛んで登ってきた彼女の頭部ピッタリに向かっていく。
「師匠!…って、あぶなぁ!?」
おぉ、良い反りです。
しかし、視線を反らしたのは頂けないですね。弾き飛ばす石をどんどん追加する。さぁ、身体を戻してから見ては反応が遅れますよ?
「師匠の鬼畜!鬼!死神!」
「私の種族名を悪口の様に使うのはやめてくれません?」
私の石が彼女に当たる前より早く回避行動を取り、避ける巫女。霊力探知を叩き込んだ成果ですね。
視線は私が飛ばした石に向いていない。意識しなければ漂うだけの霊力を自身の周囲に放出し固定する事でその領域に触れたものを探知できるのが霊力探知。本人の霊力量に探知できる範囲は依存する。
「散々タンコブ作ったんですから、当たりませんよ!」
最短の道のりで避けながら向かってくる巫女。それに対して私の石はもうない。さらに立ち上がってもいないから、このまま避けることは出来ない。恐らく彼女もそう思っているのでしょうね。
勝利を確信しニヤついた笑みを全く隠せていない。全く、勝つまで気を緩めるなと言ったはずですがね。
「師匠捕まえぶべら!?」
「捕まえ…何ですって?」
真っ直ぐ飛んでくる彼女の顔面を真っ直ぐ正面から鷲掴みにする。
暖かく柔らかい彼女の顔を掴みながら立ち上がる。…ちょっと暴れすぎて立ち辛いですね力を込めますか。
「いふぁい!?いふぁいでふ!?」
巫女の必死の言葉を無視しし完全にた立ち上がる。
「途中までは良かったのに最後の最後で油断しましたね?」
「ぶぁってししょ、すふぁってるから」
……調子に乗ってましたねこの巫女。頭を鷲掴みにしたまま、右に左にと軽く振り回す。
「うわぁー!?」
「自分の勝ち筋が見えてるからと素直に突撃しない。必ず第二、第三の手ぐらい用意してください。どんな状態だろうと突破出来ると言うなら話は別ですが……この様に捕まっていてはダメですね。折角、初回の突撃に見せかけた不意打ちは褒めてあげようと思っていたのですが……」
「ほんひょ!?褒めて!褒めてください!」
「だから……はぁ、ではこれを受け止めきれたら褒めてあげますよ!」
自分の頭上へと巫女を投げ飛ばす。さぁ、受け止めてみせろ博麗の巫女。
ヤバイ!?ヤバイ!?下から感じる霊力の高まりに冷や汗が止まる事を知らない。
チラッと下を見れば腰を落とし、右手を腰の辺りで引き絞り、左手で右手を包む様に構えている師匠がいる。高まっていく霊力に空気が震える。師匠の顔を見れば僅かに口角が上がっている。あわわ…あの顔をしてる時は遠慮がないです。
「…でも、師匠は越えられない壁は用意しない…!」
めちゃくちゃ全身が痛くなるし、死ぬー!?って思う事が大半だけど、私の工夫次第で超えられる壁を師匠は用意する。越えられなきゃ後ですっごい長時間反省会をする事になるけど、踏破したときにいつも嬉しそうに笑みを浮かべるのだ。
「今回も乗り越えて…いっぱい褒めてもらうんだーー!」
姿勢制御に霊力は使えない。そんな事したら師匠の一撃を防ぎ切る分が無くなる。それなら、純粋な身体能力で体勢を直すだけ。
ぐるっと身体を捻り、身体にかかる風の力を上手く利用して師匠を見る。完全に下を見ることに成功。霊力の大半を右手だけに固め、全身には僅かに霊力を回す。予想が外れた時の予備として。師匠なら失敗しても死なない様にしてくれるけどそのつもりで対策しないと怒られる…
「ふん!」
「ここだぁぁ!」
師匠の動きから予想した場所に霊力を込めた手を真っ直ぐ突き出す。霊力を捉える事が出来ない人から見れば、拳を突き上げている師匠の手の上に私が右手一本で直立してる様に見える絵面になる。……参拝者が来たら確実に変な光景ですよねこれ。お互いの霊力が干渉し続ける。どうしよう…私が込めた霊力の方が師匠のより負けている…!
「もっと意識を集中させろ!!お前に敗北は許されない。お前の敗北は人の敗北だ。
敗北の景色を見るな!勝て、勝ち続けろ、博麗の巫女とはそういうものだろう!!」
師匠……そうだ、私は博麗の巫女。幻想郷において大結界の守護と人の守りを任された者。
勝つしかないんだ。私が負ければ幻想郷の人々は妖怪に命を奪われる!
「私は…私は負けない!」
もし極限に集中した状態があるとするなら、きっとこの状態だ。今まで以上にはっきりと自分に流れる霊力が分かる。
師匠が身に纏っている霊力の流れが分かる。それどころか視界に映る全ての生き物、物体に宿る霊力や妖力が見える。普段の私なら目を回して師匠に助けを求めるほどの情報量。その全てが理解できた。
「はぁぁぁぁぁ!!」
霊力を動かし、先ほど以上に掌への集める。ただ集めるのではなく密度を高めるように素早く確実に集める。
そして、その成果はすぐに現れる。
「ぐっ…」
師匠が呻き声を出し、膝を曲げる。私が放出する圧力に耐えきれなくなりつつある様だ。
油断はしない。師匠の演技の可能性がある。霊力を集め、集め、集めていく。もっともっとーー!
「……これ以上は呑まれますね」
「え?ーーきゃぁぁぁぁぁ!?!?」
師匠が視界から消える。いや、正確には霊力の動きをは捉えていた。しかし、師匠そのものの動きが分からなかった。
ゆっくり落下していく私を師匠は、一切の遠慮なく横腹を蹴り飛ばした。空中で光り輝きながら横回転していく私はとても面白かったと思う。って、そうじゃないですよ!?何するんですかー師匠ーー!!
集中力が完全にきれ、集めていた霊力が霧散していく。
「ぎゃっ!?」
それを残念そうに見てたら木に衝突した。痛いです。痛すぎます。
背中を摩っていると師匠が歩いてやってくる。よく見ると分かる程度の笑みを浮かべながら私の頭の上に手を置きそっと撫でてくる。
「よく先ほどの拮抗を崩しましたね。霊力制御、大変上手でしたよ」
師匠が褒めてくれてる!身体を揺らしながら自ら頭を押し付けていく。
「えへへ」
「……まったく。しかし、人間の成長は速いですね。簡単な鍛錬では無かった筈なんですが。
必ず今の感覚は覚える様に。今回の様に都合よく、危機に瀕して発動するなんて、現実は甘くありませんからね」
「はい!」
手を挙げて師匠の目を見ながら元気に返事する。
「分かってます?まぁ、良いです。明日からは精神の方も鍛えないといけませんね。
お昼にしましょう。今日はゆっくり過ごして良いですよ」
スッと手を離して神社の方へ歩いていく師匠。置いていかれたくないから立ち上がり走ってすぐ隣に立つ。
「待ってくださいよ〜師匠」
「元気ですね貴女は」
「師匠に褒めて貰いましたからね。元気はすぐに充填されたです」
「ほぅ?じゃあ、お昼を食べたら修行を」
「あー!あー!疲れてます。あー、身体を動かすのが辛い〜」
呆れた様な顔をしながらため息を吐く師匠。僅かな表情変化でも隣で見れる優越感を楽しむ。
私は人間で師匠は死神。時間の流れが違うから、ずっと隣にはいられない。だから、隣に居られる間くらいは居させて下さい師匠。
「……暇です」
人里をぐるっと見回っても彼は見つからない。彼の仕事を詳しくは把握してないけれど、100年に1度以外で彼に会いたい。
今までも偶に出会える事があった。だから、暇があれば人里を出歩いたり初めて出会った甘味処で時間を潰したりしてみた。でも、出会えない。日に日に自分の中で大きくなる欲に私は抗えない。
「会いたい…雫、貴方はどうなんですか…?」
ふらふらと当てもなく歩いていると凄まじい霊力を感じた。意識を切り替え、そちらへと向かっていく。
もし、人間が妖怪と戦っているのなら助けなければ。それが仙人である私の役目なんですから。しかし、間に合う事なく霊力が小さくなっていく。それでも僅かでも生きてる可能性に賭け走っていく。たどり着いた先は博麗神社。
博麗の巫女?……いや、結界に乱れは無い。なら、先ほどの霊力は一体?
警戒しつつ、身を隠しながらゆっくりと境内へと向かう。
「師匠!今日は何を作ってくれるんです?」
誰かに向かって話しかける様な声が聞こえてくる。師匠?いつの間に博麗の巫女にそんな相手が出来たんだろう。
「良い鮭が手に入ったので塩焼きに。漬物もそろそろいい感じでしょう、米を炊くのを任せても良いですか?」
え?
「了解です師匠!」
パタパタと走りながら水を汲みにいく博麗の巫女。彼女が出てきた場所に視線が向かう。
嫌だ、嫌だ。やめて動かないで。見たくない声だけなら聞き間違いかもしれない……でも、見たら見てしまったら……
「……途中で転ばないと良いんですが。完全に気力だけで身体動かしてますし彼女」
あぁ……
見慣れた手入れのされてない銀髪
目つきさえ良ければ人気が出るであろう整った顔立ち。
私との殺し合いを得てさらに引き締り傷の増えた身体。
私がずっと探していた雫の姿がそこにあった。
なんで
なんでなんで
なんでなんでなんで
なんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんでなんで………
なんで?私と会ってくれないの?
「ッッ!?」
今、私は何を考えた?
彼にだって事情がある筈だ。そもそも私達は別に男女の関係でもなんでもない。殺し殺される関係だ。束縛する理由なんてない。
手元に置いてしまえばいい
「ん?華扇さん。そこで何を?」
「ッッ!!」
「ちょ、華扇さん!?」
走って逃げた。自分でもよく分からない醜いとしか言えない感情から逃げる様に。
そんな事をしたってこの感情は私から出ているのだから逃げられる訳がない。でも、今、雫を見たら何か何かしてはいけない事をしてしまう気がする。
感情の処理が一切、追いつかないまま私は博麗神社から逃げ出した。
一体、私は、どうしてしまったんだろう?
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