オリジナル設定や解釈がありますがご容赦ください。
天災。
そう表現するのが正しい鬼化しかけている華扇の攻撃を避ける。直撃することのなかった拳はその風圧のみで、地面を抉り傷付いた俺の身体を容易く吹き飛ばす暴風を生み出す。受け身を取り、地面を転がりながら華扇との距離を取る。取ったはずだった。気がつけば、目の前に華扇は立っており、振り上げた脚を振り下ろす。
「…これが、鬼か」
振り下ろされた脚を両手をクロスし受け止める。霊力で防御力を底上げしていても、全身の骨が軋み悲鳴をあげる。俺の身体から血が噴き出す。無理やり突破してきたツケをここで支払わされるとはな。
「だが、こんな傷がなんだ……こんな技もクソも無い力任せな攻撃で死ぬほど俺は安くないぞ華扇!!」
脚を弾き、華扇へと詰め寄る。逃げても無駄だと先ほど理解した。ならば、徹底的に近づくしかない。本能で暴れる華扇の勢いに飲まれる事なく、俺の領域に持っていけ。やれるだろう?それくらいの死線は潜ってきた筈だ。
鳩尾に掌底を当てるが手応えは薄い。華扇の纏う妖力を突破出来ていないようだ。突き出したままの腕が掴まれ、鞭を振るうかの如く、俺を振り回し地面に叩きつける。
「ガッ…!」
一回毎に地面が砕ける勢いで叩きつけられた俺の意識は一瞬、途切れる。しかし、直後の痛みで再び戻される。こんなにも嫌な気絶からの戻り方があっただろうか。
「霊衝波!」
掴まれた方の掌を華扇に向け、放つ。叩きつけられるのが止まった瞬間になんとか腕を振り解き、逃れる。
「せぁぁ!」
痺れた腕を庇いながら、逆立ちし華扇の顎を蹴り上げる。のけぞった隙に、立ち上がりガラ空きの身体へ連続で拳を叩き込む。正中線を中心に拳を叩き込みながら、華扇の一挙手一投足に気を配る。腕が動きそうならその瞬間を見逃さずはたき落としたり、肘へ攻撃を加え徹底的に華扇の動きを封殺する。元より手数の多さには自信がある。が、しかしこの均衡はあっさりと崩れ去る。
「ふふっ」
「何をッッ!妖力が!!」
華扇が笑みを浮かべると同時に彼女から妖力で生み出された風が生み出され、最も簡単に吹き飛ばされる。連撃に意識を割く余り、耐える準備を怠った俺の失策だ。距離を取らされた俺に華扇は手を向ける。直後、真空の刃が放たれ飛んでくる。霊力を掌に集めそれを全て弾く。此処に来ての遠距離攻撃……一体何の意味がある?
「は?」
目の前の光景を信じたくなかった。しかし、それは純然たる事実だとその破壊力を持って知らせてくる。火、水、風、土、雷。本来、打ち消し合い共存しあえないものたちが全て纏められ、球体となり華扇の頭上に存在していた。ゆっくりと手を引き絞りながら華扇は腰を落としていく。その動きに連鎖するように球体はゆっくりと俺と華扇の間に降りる。華扇が腕を突き出すと同時に、それは光線の様に俺に向かってくる。防ぐ手段はない。雷の性質を有しているソレは驚くべき速度で俺を飲み込んだ。
俺に出来たことなど、ただ両手を前に突き出し僅かでも身を守る体勢になる事だけだった。
ゴォォォォン!!!!!
巨大な地震でも起きたんじゃないかという揺れと、噴火を思わせる轟音が響き渡る。爆心地の中央で俺は天を見上げるように倒れていた。元々、無理を押していた身体にこの天変地異を詰め込んだとでも言わんばかりの一撃だ。動けという意思の何と無力な事だろう。指の一つすらまともに動かせない。意識を失っていないのが不思議なくらいだ。
ゆっくりとだが確実に華扇が近づいてくる足音が聞こえる。身体を左右に揺らしているのだろうか、偉く重心が偏っている音だ。憎いほど綺麗な月が見下ろしている。動け、動けと身体に指示を送るが動けない。俺はこのまま殺されるのだろうか?華扇を傷付けたまま、彼女に鬼に戻るというどうしようもない絶望の道を歩かせるのか?
ふざけるな!!
俺はまだ、華扇に何も告げていない。
この想いも、夢も、何もかも俺はまだ!
そして何よりーーぽつりと顔に何か当たる。月が桃色の髪に隠されている。雨は降っていない。ならば、答えは一つだろう。華扇の涙だ。
あぁ、そうだ。華扇はまだ泣いているんだ。俺を殺せば彼女は永遠に泣いたままその命が何の意味もなく潰える。
それを俺は認めない。そうだろう?俺は死神、命の終わりを見届ける者。そして、後悔もなく輪廻に戻す者。
誰よりも命に触れてきた筈だ。死にかけてなお、俺に立ち向かってきた者達を俺は知っている。彼らの命を奪った俺が倒れたまま死ぬ?笑い話も良いところだ。例え、身体が動かなくても、血が足りず骨が砕かれていようとも。終わりたくないと思うのならば!
「命を燃やして……立ち上がれ!!」
「ッッ!?」
片手を地面に叩きつけ、その勢いで立ち上がる。ピクリとも動かなかった身体が動く。霞んでいた視界が元に戻る。
呼吸が乱れる。全身が死ぬほど痛い。それら全てを気合で捩じ伏せる。
「なに、驚いた顔をしてる?華扇。お前を殺すのはこの俺だ」
死にかけてみるのも案外良いかもしれない。お陰で一つ策を思いついた。安全性など全くない。上手くいけば俺も華扇も生き残る事が出来るが、最悪の場合どっちも死ぬ。
「あぁ?……いや、どっちの結果だろうと俺的には当たりか」
俺が死んだとしても華扇も一緒だ。なら、それも悪くはない。共に生き残るのが最上だが、こればっかりはやってみないと分からない。だが、どう転んでも悪くはないならやるだけやってみよう。ははっ、血の流しすぎで馬鹿になったか?破滅願望なんて抱いてない筈なんだがな。
「来いよ華扇。死にかけの死神一人、今なら簡単に殺せるぞ?」
驚いた表情の華扇を煽り、攻撃を促す。俺に詰め寄る余力はほとんどない。向こうから来てくれた方がありがたいのだ。まぁ、そんなに距離は離れていないのだが。走り出した華扇は俺の右胸目掛けて手刀を繰り出す。それを一切、防ぐ事なく俺も迎え撃つ形で手刀を放つ。結果、華扇の左手は俺の右胸を貫き、俺の右手は華扇の左胸を貫いた。守りを全て捨て霊力を集中させた手刀だ。今の華扇の妖力を見事突き抜けてくれた。逃がさないように自分の胸に突き刺さった華扇の左手を掴む。
「あぁ……賭けといこうか。俺かお前どちらが限界を迎えるか」
俺は死神だが、普通の死神と違って肉弾戦に秀でている。本来、死神は精神攻撃にて相手の命を刈り取る。俺は苦手だが使えない訳じゃない。とは言え、何年ぶりに使う力だろうか?加えて、俺もどれだけ意地で立っていられるか分からない。無謀無茶も良いところだ全く。
能力を使い、華扇の魂を見る。仙人として形成され始めていた器に無理やり鬼の魂が割り込もうとしているのがわかる。さて、精神攻撃を始めよう。あくまで、俺の能力『幽明をあやふやにする程度の能力』は今回、補助でしかない。視覚情報として魂を捉えていた方が不得手な精神攻撃を使うのにちょど良い。
「ッッ!」
グチュリと右胸を抉られる。精々、俺の肉を弄るのを楽しんでいろ、その方が都合が良い。精神攻撃を行なっているとバレれば弾かれるかもしれない。華扇も仙人、死神への対処法ぐらい知っているだろう。鬼と仙人の魂が見えているという事は、今の華扇は一つの器に二つの精神が入り込んでいるようなものだ。故にこれから行う事は実に単純。仙人の魂を傷つける事なく、鬼の魂を殺す若しくは自制できるほどまで削ぐ。鬼の魂へと触れる。続いて、この魂の中へと己の精神を侵入させる。……よし、成功した。時間はかけられない。華扇の器が壊れる前に鬼としての精神を見つけ出し、殺さなければ。
「……見つけた」
俺自身が死にかけ、存在が希薄になっているため同化が簡単だった事。鬼としての華扇はその性質ゆえか隠れることをしなかった事。そして何より、背中を押すような暖かいものが後押ししてくれた事。様々な要因が絡み合い、鬼としての華扇を見つけ出す。
「チッ、せっかくの好機を邪魔しにきたか。封印すら凌駕する歪みを利用して完全に復活したかったが」
「……させませんよ。華扇さんは既に仙人となった。貴女は不必要です」
「酷いことを言ってくれる。『こんな私』もお前は認めてくれるんじゃなかったのか?」
「えぇ。それが私の知る華扇さんの望みであるなら鬼となる貴女を認めましょう。ですが、妖怪の山に引き篭り、他者を傷付けまいと結界の中に自らを閉じ込めた華扇さんが貴女のようになると望んでいる筈がない。故に私は貴女を認めない」
黒い靄に覆われた鬼としての華扇は愉しげに嗤う。表情は見えないが声から感じ取れる感情は明らかに真っ当なものではなかった。
「はー……アッハハッ!なるほどなるほど。どうやら私はやり方を間違えたようだ。次の機会があれば、今度はもっと上手く狡猾にお前の努力などカケラも介入できないように、幸せも希望もへし折ってくれようか。死神、覚えておけ。『私』はどうあれ鬼だ。仙人への道を進もうが元が鬼である事に変わりはない。隙を見せるなよ?さもなくば、全て食ろうてやる」
「……そうですか。ご忠告感謝します」
黒い靄の華扇の心臓を貫く。消えゆく最期までそいつは笑みを浮かべていた。
「私も自分の不甲斐なさを再確認しましたよ。もし、貴女が再び来るのならその時は死神として、殺し尽くしてやる」
「……そいつぁ……楽しみだなぁ……ハハハハハハハハハハ!!」
華扇の中から感じる鬼の気配が霧散していく。一先ずの脅威は去ったとみて良いだろう。能力を解き、現実へと戻る。
「雫っ!」
いつもの見慣れた華扇さんが私を抱きしめる。急な事に驚くが身体はピクリとも動かない。華扇さん、一人を連れ戻すのに大量の霊力と血を失った。なんなら塞がれていない右胸からは今もなお血が流れている。華扇さんの胸の傷は既に塞がっている様だが、跡が残ってしまいそうだ。
「……すみません……胸の傷……跡になってしまいそうですね……」
掠れた声で謝罪する。ギュッと抱きしめられる力が強くなる。
「馬鹿……馬鹿馬鹿!無茶し過ぎですよ……貴方がこんなになる必要なんて無かったじゃないですか。まだ約束の時じゃないんですよ?」
「私が出来る……のは殺す事ぐらいですから……元はと言えば私の不徳が原因。寧ろ……この程度で済んで良かったというもの。下手を打てば……私も貴女も死んでいましたから、ね」
「雫は悪くない!私が、自分の感情を抑えられない未熟者だったから……」
やはり彼女は真面目だ。自分を責めすぎている。頭を少しだけ動かし真横にある華扇さんの頭と触れ合わせる。本当は頭でも撫でてあげたいが、今は腕が動かない。
「では……こうしましょう……お互いに悪かったと。次から気をつければ良いと……それで今回の件は終わりです」
「……狡い。そんな優しい声で言われたら否定できないじゃない……」
華扇さんと正面から向き合う。血で汚れた酷い顔/泣き腫らした酷い顔だ。でも、綺麗だ。
「そうだ。雫、これ飲んで」
どこからかお酒と一升枡を取り出した華扇さん。行動の意味が分からず首を傾げると華扇さんが説明してくれる。
「本当は余り飲んで欲しくないものなんだけど……この枡にお酒を入れるとねどんな傷も治るの。でも、その代わり鬼に近づく事になる。
仙術で癒してあげられたら良いんだけど、貴方のお陰で今は全く力が出せないのです。だからこれを使うしかないの。自分の状態は分かるでしょう?」
「えぇまぁ……ですが飲む力も…今の私には」
そう言うと華扇さんは視線を私の顔と枡を行ったり来たりさせる。なんだ?何か私の顔に付いてるのだろうか。そして暫くすると意を決した表情になり手元にある枡に酒を注ぎ、自分の口へと含む。
そして、そのまま私へと口付けした。
「!?」
混乱する私を他所に華扇の口に含まれた酒が流し込まれる。どうやら華扇さんは口移しで酒を飲ませてくれてる様だ。た、たしかに力が無いとは言ったがこうきますか。流し込まれた酒を無理やり飲み込む。口付けと共に僅かに霊力が譲渡され力が少し戻る。
「ぷはっ……つ、次行きますよ」
「わ、分かりました」
枡の中全てを飲ませたいらしい。一気に流し込んでは私の呼吸が潰される可能性を踏まえて華扇さんは少量ずつ口移ししてくる。
一回ごとの会話がどんどん減っていく。10数回に分けて行われた口移しのお陰で右胸の傷は塞がる。とは言え、跡にはなる様だ。
「「…………」」
口移しが終わった私達は互いに黙ってしまう。まさか口移しされるとは思っていなかった。気恥ずかしいが、これは私から沈黙を破った方が良いだろう。女性である華扇さんに何度も負担をかけるのは申し訳ない。
「華扇さん」
「雫」
「「あっ」」
互いを呼ぶ言葉が完全に重なった。顔を真っ赤にしながら固まる華扇。それがなんだかとても面白く思えて私は思わず笑ってしまった。
「人の名前呼んで笑うなんて酷いですよ雫」
「すみません。顔を真っ赤にして固まる華扇さんが面白くて……ありがとうございます。恥ずかしい思いをしながら私の傷を治してくれて。鬼化の影響は今のところ特には感じませんね。死に体だったからそっちに効果が偏ったのでしょうか」
「お礼は私の言葉ですよ。貴方のお陰で鬼に戻らずに済みました。ありがとうございます。私以外がこの枡でお酒を飲むと、凶暴化するんですが雫には効果ありませんね。もしかして、元々凶暴な性格を抱えているからでしょうか」
「うっ……確かに戦闘時の私は凶暴かもしれませんが。それにそれは華扇さんに言われたくありません」
「私のこういう一面を認めてくれたのは貴方でしょう?なら、なんとも思いませーん」
「人里でお団子でもご馳走しようかと思いましたが、辞めておきましょうか」
「え!?嘘嘘、雫はいつも優しい死神ですよー!」
「この仙人、食欲に素直すぎる」
「「ふふっ、はははは!」」
顔を見合わせ共に笑いあう。なんと幸せな事だろうか。やはり、華扇さん共にこうして話すのはとても楽しい。
「雫」
「はー!?!?」
名を呼ばれ返事する前に私の言葉は途絶える。言葉を紡ぐ口が唇が、華扇の唇によって塞がれたからだ。俗に言う接吻を私は今、されている。
「……雫。こんな時にううん……こんな時だから言います。私、茨木華扇は死神、終雪雫の事が好きです。
他の誰よりも、貴方が私じゃない異性と一緒にいるだけで鬼になりそうなほど掻き乱されるぐらい、私は私の心は貴方を欲しています」
上り始めた朝日を背に、華扇は私に告白した。
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