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オリジムシがその食性によって変化できるのではないかと気がついてから数日。
気がついたからじゃあすぐに進化できるのかと言えばそんなことは無く、未だにこの身体はオリジムシから変わっていない。そもそも今までだって熊や犬といった野生動物の肉を取り込んでいるのである。そんな簡単に進化できていたら今頃オリジムシ全員がクマジムシやイヌジムシになっているはずだ。
『うーん…』
やはり他に何か要因が必要なのか。源石が進化の触媒である可能性は考えられないわけじゃない。
あるいは意志の問題なのか。熊や犬は確かに強い。強いがこの世界においてはボス級というほどじゃない。よってクマジムシやイヌジムシになりたいかと言われるとかなり微妙だ。どうせなるのならもっと別のものになりたい。例えば――――
「カァカァ」
そうそう例えばこんな風に鳴く鳥とか。
ゴミ山の頂上、展望台で物思いにふけっていた俺の前に気がつけばそいつは立っていた。黒い羽毛に覆われた瞳が興味深そうにこちらを見下ろしている。俺の身体より二倍ほど大きなカラス、いやカラス先輩がそこにいた。
『えっとその…初め…まして…?』
「カァ」
一応初対面であるため礼儀にのっとり挨拶をする。挨拶しながらあれ?カラスって何食べるっけ?ということだけをちっぽけな脳みそが思考していた。
半ば夢うつつで逃げる事も忘れ見上げることしか出来ない俺を、じっくりと観察し終えたカラス先輩はゆっくりと空を見上げ、そしてその鋭いくちばしを振り下ろした。
『いっだあ!?』
カラスのつつく攻撃!サクリと軽い音をたてた脳天に俺は思わず叫ぶ。
とはいえ叫んだほど痛くはなかった。実際カラスのくちばしが刺さったのは数ミリほどであり、かすり傷ほどのダメージしかない。
タイプ相性的に虐殺されるだけかと思ったが、向こうの攻撃がいまひとつで助かった。とはいえ地球投げとかされる前に追い払わなくてはならないが!
『くらえやっ!』
オリジムシの主な攻撃手段は身体に生えた棘による刺突、酸性の唾液によるほんのちょっとした遠距離攻撃。文明人としてつば飛ばしなんてできないので、棘でカラスを突くこ戸を選択する。
「カァッ!?」
『あっクソ!おまえ卑怯だぞ!』
全身全霊をこめたすっとろい突きにまさか反撃されるとも思っていなかったのだろうカラスは驚きの声をあげると、バサバサと翼をはためかせると空に逃げてしまった。まぁ当たるとも思っていなかったがかすりもしないとなると少し悔しい。
ともあれ空に逃げられてしまってはもう追撃のしようがない。そしてこれが鳥というか翼を持つものの強みである。もし飛ぶことができたなら逃げるという点において圧倒的アドバンテージを持つことができる。遠距離で狙い撃ちされることはともかく「鳥型」というのは進化候補としてはなかなか悪くない。
今度見かけたら絶対ひと齧りしてやる。俺は(出来るかはともかく)心を燃やしてそう誓うのだった。
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オリジムシ生活を始めて一か月ほどが経った。
ここ数日は活動圏を増やしてみたりして過ごしている。巣穴側は山なので反対のゴミ山から森に入って散策してみたりしたのだが、結局解ったことはこの森が深いということだけだった。それに日課のゴミ漁りもたいした成果はだせていない。この世界の事を少しでも知れたとはいえそのどれもが暇つぶしの域を出なかった。
いつもの定位置であるゴミ山の展望台の上で俺はうつらうつらと舟をこぐ。珍しく眠気を覚え、ひなたぼっこをしながらの昼寝だ。危機意識が足りないかもしれないがこの森は外敵が少なく襲われることはまずないのでほぼ大丈夫だ。クソカラス先輩は除く。
『…?』
ぼんやりしていた俺だったがどこかから聞こえてきた声にゆっくりと意識を覚醒させる。
『アツマレ!アツマレ!』
『タベモノ!タベモノ!』
見ればゴミ山の中心で何十匹かのオリジムシたちが騒いでいる。ざわざわとした声は聞き取りづらいが何やら集まれと言っていることだけはかろうじて解った。
ちなみにオリジムシの会話のほとんどは『タベモノ!』や『コウビ!』といった単純なものだ。一応俺が普通に喋りかけても聞いてはくれるのだが、理解はされないようですぐに「何言ってんだこいつ」という感じで立ち去ってしまう。いくら彼らの知能では単純な言葉しか理解できないものとはいえつらいものはつらい。
寝ぼけまなこで見下ろしたオリジムシたちの集まりをいっそ微笑ましく思っていた俺だったがやがて違和感に気がつく。
まず一つに彼らの叫びは「定期的」すぎるということに気がつく。それはまるで録音した短いテープを繰り返し繰り返し再生しているかのような声であり、気がつけばゾッとするほど不気味に感じた。次に、彼らはタベモノと叫んでいるがこんなゴミ山の中心に食べ物なんてあるはずがない。現に彼らの周りには食べ物があるようには見えない。
それでも集まれという声に周囲にいたかなりの数のオリジムシたちが集まってきてしまっている。俺も展望台から降りると集団に混じり、叫んでいたうちの一匹に声をかけた。
『おい!大丈夫か!?』
『アツマレ!…アツマレ!…タベモノ!…』
声をかけるものの虚ろな表情をしたオリジムシたちは壊れたロボットのように同じ言葉を叫び続けるだけであり、明確な意識は感じられない。
とにかくここにいるのはマズい。本能的にそう悟り、立ち去ろうとした俺の行き先をヌッと現れた細い影が阻む。
「グルル…」
その獣は白い毛並みを持ち、唸り声をあげる口には鋭い牙が生えそろっている。
そこにいたのは狂暴そうな犬だった。大柄で筋肉質な身体はオリジムシとはそもそも生物としての次元が違うように思えた。もし俺があと少しでも前に進んでいたらあの牙で噛みつかれ、数秒ともたずに殺されていただろう。しかし犬は集まったオリジムシが逃げ出さないように立ちふさがるだけで自分からは襲いかかってこない。どうしてか、その理由はすぐに解ることになった。
「おーおー大漁大漁!やっぱ手つかずなだけあってクソほどいやがるな!」
そこにいたのは二人の人間。いかにもガラの悪そうなハンドアックスを手にした男と顔色の悪いローブ姿の顔色の悪い女の二人組。
集まったオリジムシたちはここで初めて外敵の存在に気がつくとざわざわと騒ぎ始める。
『ガイテキ!ガイテキ!』
『タベモノ!タベモノ!』
『コロセ!コロセ!』
口々に叫ぶオリジムシたちは二人の外敵を排除するために動き始める。
数の有利はこちらにあった。何十、下手をすれば何百匹というオリジムシは波のように人間に襲いかかっていく。無防備な人間ならすぐに食いつくされ、屍を晒すことだろう。
だが俺は知っていた。この世界には数だけではどうしようもない相手がいる事を。
「やれ」
男の指示に合わせ、顔色の悪い女がオリジムシの群れに手を突き出すとその掌に紫色の雷炎が浮かび上がる。アーツ能力。人それぞれが保有するこの世界固有の特殊能力。そしてアーツ耐性を持たないオリジムシは為すすべなくやられることしかできない。
そもそもどうして野生生物であるオリジムシが何故人々に群れを成して敵対するのか。その答えは簡単で、テロリストの術師に操られているからだ。
悲鳴をあげて少しでも距離を取ろうとした俺の背中を女術師の掌から放たれた支配のアーツが数十匹以上のオリジムシごと包み込む。こうして僅か一秒という時間もかからず、俺の意識は奪われたのだった。
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