水先案内録カイジ:ARIA×賭博黙示録カイジ   作:ゼリー

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よろしくお願いします。


第13話~秋日~

「クククッ・・・・・来たかっ・・・・・ついに・・・・」

 

 厳しい暑さの夏が過ぎ去り、見上げる空も高くなりはじめた今日この頃。街を行き交う人々の纏う衣は重なれど、足取り軽く頬ゆるみ、澄み切る空に胸湧き立つ。はやいもので季節はめぐり、天高く馬肥ゆる秋となっていた。

 久々に袖を通した黒い詰襟に満足しながら、カイジは2階のデッキで朝焼けの凪いだ海を見渡していた。口元には不敵な笑みが浮かんでいる。

 

「無様な姿を見せたあのときから・・・・・クククッ・・・・・やっと・・・」

 

 コーヒーを口につけては、気味の悪い呟きを虚空へと投げかけるカイジ。煙草に火をつけると、煙を吸い込みながら笑ったためか、激しく咳き込んだ。

 

「~~っ!・・・・・ふぅ・・・・・クククッ・・・・」

「おはようございますっ! なに笑ってるんですか?」

「ぷいにゅうっ!」

 

 そこへアリア社長を抱えた灯里が元気よく現れた。一人の世界に浸っていたカイジは、びくりと身体を震わせて振り返る。

 

「いきなり声かけんなよっ・・・・ビックリするだろ・・・・」

「す、すみません。なんだか楽しそうだったから」

「フっ・・・」

 

 カイジは口の端をゆがめて鼻で笑うと、再び目を大海原に移して煙草に口をつける。灯里はすこし首をかしげると、カイジの隣へ立って同じく海を眺めた。

 

「今日もいい天気になりそうですね」

「ああ・・・・」

「……あっ、そうだっ! どうですか?」

 

 灯里はカイジから少しはなれると、ロングワンピースのスカートの部分を持ち上げてそう問いかけた。

 

「あ・・・・?」

「ええ~~っ! うーーん、それじゃあ、これならどうですか?」

 

 疑問符を頭の上に浮かべているカイジに、今度は両腕を回すようにしてセーラージャケットをはためかせた。

 カイジは訝るような目つきでその動きを追った。

 

何だコイツ・・・・朝っぱらから奇怪な・・・・・

まあいつものことだが・・・・・・・いや待てよ・・・・・

・・・その動きは・・・・っ!

 

 

「・・・っ!!」

 

 

その時、駆け巡るっ・・・・! ピンっとはじき出されるっ・・・!

アハ体験・・・・っ! 快感にも似たひらめきの瞬間・・・・っ!

積年っ・・・・積年の勘が告げるっ・・・・!

荒涼とした砂漠から・・・一粒の砂金を握った感覚・・・・っ!

導き出されたものっ・・・・! それはっ・・・・!

 

「ああっ・・・・! ラジオ体操っ・・・・!」

 

これっ・・・・! その答えがこれっ・・・・!

万死っ・・・・万死に値する・・・っ!

 

 

 灯里は一瞬ぽかんとして固まったが、すぐに口をすぼめた。

 

「もーー、らじお体操って何ですかそれ! 違いますよ、これですこれ」

 

 灯里はこれが最後だと言わんばかりに、カイジの詰襟と自分の冬服を交互に指した。

 

「は・・・・・? 衣替えのこと・・・・・?」

「そうですよっ! 今日から変わったんです」

「なんだよ・・・・・それだけか・・・・」

「えーーっ、それだけって……初お披露目なのに……」

 

 首をがっくり落とす灯里。カイジはラジオ体操というひらめきが外れたことに少々気分を害していたのだが、極めて当たり前だが大人気ないと悟り、適当に言葉をかけた。

 

「似合ってる似合ってるっ・・・・なんていうか季節にピッタリ・・・・」

「そうですかっ。わーーいっ」

「ていうか初じゃないだろ・・・・・・」

 

 落ち込んでいたのが嘘のように両手を上げて喜ぶ灯里。カイジは苦笑すると、興味を失ったのか煙草を吹かしながら、いつの間にか頭の上に乗っていたアリア社長を引きはがしてまた沖合いに目を移した。浮かれているのか再びにやにやし始める。

 

「あーー、また笑ってる。何が可笑しいんですか?」

「え・・・? 笑ってたオレ・・・?」

「はい。良い事でもあったんですか?」

「フっ・・・・」

 

 カイジは煙草を灰皿に捨てると、ポケットに手をつっ込んで灯里に背を向けながら言った。

 

「ヴォガ・ロンガ・・・・っ! そういうことだ・・・・・っ」

 

 灯里はまたもやぽかんとして、キッチンへと去っていくカイジの後姿を見送った。

 

「どういうこと?」

「にゅ~~」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

「って感じでず~~っと笑ってたの、カイジさん」

「キモイわね」

「でっかい薄気味悪いです」

 

 少し冷たくなった風が雲をさらって、優しい日差しの降り注ぐ青空の下のテラス席。いつものメンバーでいつものように練習に励み、いつものごとくお馴染みの喫茶店でおしゃべりに耽る。

 

「それにしてもヴォガ・ロンガなんて言葉があいつの口から出るとはねえ……」

「ですね。カイジさんも参加するつもりなんでしょうか?」

 

 誰にともなくアリスが問いかけると、アイスティをストローでかき混ぜながら藍華は怪訝な表情を浮かべた。

 

「なに考えてるのかしらね。ゴールする頃には日が暮れちゃうんじゃないの」

「でもカイジさん、最近はだいぶ上達してきましたよ?」

「そうかしら? まあ、少しはマトモになってきたかもしれないけど――」

「ねえ、藍華ちゃん」

 

 生クリームで汚れ放題のアリア社長の口を拭うと、灯里が口をはさんだ。

 

「そのヴォガ・ロンガってなあに?」

 

 藍華とアリスは同時に顔を見合わせた。アリスはやや間を置いて苦笑したが、藍華はため息をつくと呆れ顔で灯里に詰めよった。

 

「アンタねぇ……水先案内人(ウンディーネ)なんだからそれくらい知ってなさいよっ。だいたい灯里は行事にうと過ぎ! いつものほほぉんと生きてるからそんなことになるのよ、まったく。もうちっと世間に目を向けてシャキシャキ生きていきなさいっ、わかった?」

「は、はひっ」

「藍華先輩、しょうがないですよ。灯里先輩にとっては初めてなんですから」

「アリスちゃあん」

「ちょ、ちょっと灯里先輩っ、くっつきすぎですっ」

 

 アリスはほのかに顔を赤らめると、抱きついてきた灯里を引き離して居住まいを正した。そうして「いいですか」と人差し指を上げる。

 

「ヴォガ・ロンガというのはですね――」

 

 VOGARE(舟を漕ぐ)・LONGA(長く)は、その名の通りゴンドラを長く漕ぎ続ける市民総出のマラソン大会を意味する。約32kmという長距離のレースで、早い舟だと4時間、遅い舟だと丸一日かけてゴールを目指す長丁場である。老若男女プロアマ問わず希望者はみな参加でき、参加しない者も街中から歓声をあげてレースを盛り上げる。その様子は圧巻の一言で、運河を埋め尽くすゴンドラ、水路沿いの遊歩道や石橋や建物から大きな声援を送る人々、その周りで臨時の店を構える露天商たちと、水の都は凄絶な活気を帯びる。つまり、ヴォガ・ロンガは、秋のネオ・ヴェネツィア最大のお祭りなのである。

 

「――と、言うことでご覧の通り、こうして告知ポスターがたくさん貼られています」

 

 アリスは喫茶店の窓ガラスや扉を指して言った。ポスターには「第30回ネオ・ヴェネツィア市民舟マラソン‘‘VOGARE RONGA’’」と書かれている。

 

「もっとも、マラソンと銘打ってはいますが、勝敗はあまり関係なく街の人々みんなでゴンドラ漕ぎを楽しむのが目的のお祭りですね」

「ほへぇ~~、ってことは私も出られるのかな?」

「もちろんです」

「わぁーーっ! 楽しみだなあっ」

 

 灯里はにこにこしながら喜びの声をあげた。すると、頷きながらも黙って説明を聞いていた藍華が、突然テーブルを叩いて眉間に皺を寄せた。

 

「甘いわね、アンタたちっ! あまあまのあんまみーやよっ」

「はひっ? あんまみーや?」

 

 ポカンとした表情で口を半開きにしている灯里に、ぐいと身体を寄せる藍華。

 

「一般人にとってヴォガ・ロンガは確かにただの市民マラソンだけど、私たち水先案内人の卵にとっては一人前への昇格試験だというもっぱらの噂よ」

「ええーーーーっ!」

「ちょっと待ってくださいっ。アテナ先輩はそんなこと一言も口にしませんでしたよ? 純粋に楽しんでらっしゃいって」

「ふふんっ、ほんっとに甘いわね後輩ちゃん。シロップの入れすぎじゃないの?」

 

 少々鼻につく嫌味な笑いを浮かべた藍華は、立ち上がると先輩風を吹かせた。

 

「後輩ちゃんは知らないと思うけど、私たちが見習いから半人前に昇格した時のことを考えれば当然のことなのよ、ね? 灯里」

「ほへ?」

「あの時も抜き打ちで昇格試験だなんて一言も教えてもらえなかったじゃない」

「……確かに」

「ほらね、前例があるのよ。後輩ちゃんもシングルになれば、おのずとわかるわよ」

「でっかい余計なお世話です」

 

 そう言ってアリスは口を尖らせる。そんな様子に藍華は「まだまだお子様ねっ」と手を振っていたが、真面目な顔つきになると意気込んで続けた。

 

「ヴォガ・ロンガが昇格試験であるならば絶対に上位に入らねばならないのよっ、あわよくば優勝!」

「おおっ、藍華ちゃんすごい!」

「なに他人事みたいに……アンタも頑張らなきゃいけないのよ」

「はーーいっ」

「でも、ヴォガ・ロンガってもう少し先の話ですよね?」

「ええ、だけどそろそろ準備はしておかないと。これからはいつもより気合を入れていかないとダメねっ。それじゃあ後半の練習、レッツスタート!」

「おおーーーーっ! ……で、いつ開催されるの?」

 

 灯里と一緒に片手を突き上げた藍華はそのままがっくりとうな垂れる。

 

「灯里、アンタって子は出鼻をくじくようことを……」

「晩秋の頃ですよ。ヴォガ・ロンガは秋の終わりを告げる風物詩とも言われているんです」

「ほへぇ~~風物詩かあ」

「と、とにかく、後半いくわよ……」

 

 喫茶店を出た3人は、その後もいつも以上に意気込んで夜になるまで練習に励んだのであった。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

「こんにちはなのだ! 浪漫飛行社なのだっ」

「あっ・・・・お疲れっス・・・・!」

 

 秋晴れの心地よい朝のARIAカンパニー。本日は、予約の入っているアリシアを除いて、会社の所有する舟の定期整備を予定していた。舟はもちろんのことオールなどの仕事道具も一式念入りに掃除を行う。オールや舟に取り付けられた小物類は手軽に整備できるのだが、舟はそう簡単にはいかない。水に浮遊する状態ではしっかりとした手入れは出来ないし、第一舟底の汚れを落とせない。そこで、舟の陸揚げである。

 

「あの悪いんだが・・・陸揚げもう少し待ってもらえないっスかね・・・・?」

「全然大丈夫なのだっ! 私も早く到着してしまったから問題ないのだっ」

「あはは・・・・どうもっス・・・・」

 

なのだ・・・? 

 

 カイジは、今回陸揚げを担当してくれる風追配達人(シルフ)の奇妙な話し方に頭を捻りながらも、2階のデッキでオールを磨いている灯里に声をかけた。

 

「おい水無・・・・っ! ちゃんと時間は伝えた・・・・っ?」

「はい! もうじき来ると思いますよ!」

「もうじきったって・・・・」

 

来ちゃってるんだよっ・・・・担当の人っ・・・・!

だいたいなんでアイツらも一緒なんだ・・・・

 

 カイジは再度、風追配達人に向き直ると、軽く頭を下げてから準備が出来るまで中でお茶でもと誘ってみることにした。

 

「お気遣いありがとうなのだ! せっかくだけど結構なのだ、今日は日差しが気持ちいいからここで待たせてもらうのだ」

 

 風追配達人はそう言うと、欄干に背を預けてARIAカンパニーの外観をじっくりと眺めている。カイジは返事をすると、デッキの片隅に向かい懐からマルボロを取り出した。  

 煙草を吸っていると、隣からぶつくさと呟く声が聞こえる。

 

「ここがあかつきんの言っていたARIAカンパニーか……」

 

なんだなんだ・・・・話し方といい妙なサングラスといい独り言といい・・・・

大丈夫かコイツ・・・・・

 

「たしかアリシアさんだとかなんとか言ってたのだ……」

 

・・・っ! 

・・・・・まさかコイツっ・・・・!?

狙ってやがるのかっ・・・・?

あろうことか・・・・っ! アリシアさんを・・・・!

ダメダメっ・・・・不許可っ・・・・それは許可できない・・・・っ!

 

 カイジは煙草を灰皿に押し付けると風追配達人のそばへ寄っていった。

 

「アンタ・・・アリシアさんになんか用でも・・・・?」

「え? ああっ、いやいやそういうわけではないのだ」

「・・・?」

「実は私の幼馴染がよく話すのだ。ここの水先案内人のことを」

「へぇ~~・・・・どんな話・・・?」

「なんでも世界で一番美しい人だとか、火星に舞い降りた天使だとか、いずれ彫像になってピアツェッタに鎮座するだとか褒め称えていたのだ。それで丁度、仕事で来ることになったから私も気になったのだ」

「ふ~~ん・・・・」

 

誰だソイツ・・・・変態じゃねえかっ・・・・

・・・いや、言えないっ・・・・・一概には変態と・・・・そう片付けられない・・・っ!

合うっ・・・・・・認めたくないがその変態と・・・気が合うっ・・・・!

・・・・まてよ・・・・さっき、あかつきんだとかなんとか・・・・

 

「もしかしてその友達っていうの・・・・出雲暁・・・?」

「おおっ! どうして知っているのだ!? あっ! もしかしてあなたがカイジさん?」

「あ、ああ・・・伊藤カイジだが・・・なんで・・・?」

「やっぱり! あかつきんからあなたのことも聞いていたのだ。明らかに堅気じゃない危ない男だって」

「あのヤローっ・・・・言いたい放題じゃねえか・・・・」

「あはははっ! でも根はイイ奴だとも言っていたのだ!」

「・・・・・」

 

暁が言っていた浮き島出身の幼馴染ってのはコイツか・・・・・

それにしても暁の野郎・・・散々言って聞かせたのに・・・・

まだ諦めてないのか・・・・アリシアさんのこと・・・っ!

 

 カイジと暁が知り合ったのはの火送りを控えた前夜祭の浮き島であったが、本祭の火送りのあと、ささやかに催された内輪の集まりに参加した暁が、酒の勢いを借りてカイジに絡んでいったことによって二人はそれなりの知己となった。アリシアについて根掘り葉掘り、要らぬことまでまくし立てて尋ねまくる暁に、普段であれば呆れて無視をしていたところ、丁度そのとき、奇跡奇跡と感動していたカイジはえびす顔で話を合わせていたのだ。あとになって後悔してもすでに遅く、気がつけば浮き島から暁が下りてくるたびに何度なく酒を酌み交わす仲となっていた。酒場で顔を合わすたびに奢らされるハメになるカイジは、だいたいお前は酒が飲める年齢なのかと問うのだが、その都度、暁は適当にはぐらかして次々に杯を空にする。カイジはもう二度と奢らないと毎度誓うのだが、結局酔っ払うとなし崩しに奢ってしまうのであった。とはいえ実際は、このネオ・ヴェネツィアに来てからはじめて出来た同年代の男の友人ということもあって、暁に対するカイジの心情としては、まんざらでもないというのが正直なところであろう。余談だが、暁の兄である出雲新太とも知り合い、この兄からは何故か気に入られてよく酒や飯を奢ってもらっており、カイジは少なからず敬っていた。

 そして、暁の口からときたま聞いてたのがこの風追配達人のことであった。

 

「ええっとなんだっけ・・・・ウッドペッカーだっけ・・・・?」

「あはははっ惜しいのだ! 私は綾小路宇土51世、ぜひフレンドリーにウッディーと呼んで欲しいのだ」

「51世って・・・・伊藤カイジだ、よろしく頼む・・・・」

「こちらこそよろしくなのだ。今度私にも奢って欲しいのだ!」

「ハハハ・・・・・」

 

カモかよオレはっ・・・・!

 

 カイジは苦笑しながらもウッディーと握手を交わした。

 と、その時、ようやく待ち人が現れた。到着にいち早く気がついた灯里とアリア社長が声を上げる。

 

「あっ! 藍華ちゃんアリスちゃん! おーーい!」

「ぷいにゅう~~!」

 

 遅れてやってきた藍華とアリスはゴンドラを会社横につけて、カイジたちのいるデッキを見上げた。

 

「ごめんなさい。急いできたんですけど遅れてしまいました」

「いやぁ、遅れちゃった。ごめんごめん」

「ごめんごめんって・・・・10分前行動・・・! 常識だろうがっ・・・・」

「えっ? なんだって?」

「くそっ・・あいつ・・・・っ! ウッディー待たせたな・・・揚げてくれ・・・!」

「がってん承知なのだっ!」

 

 ウッディーは、エアバイクに乗り込み宙へ舞い上がると、大きな荷を搬出するための鎖をゆっくりと下ろした。

 

「陸揚げするからさっさと取り付けろよ・・・その鎖・・・・」

「えーーもう? 急いできたから喉が渇いちゃって」

「もういいからっ・・・・早くっ・・・・!」

「わ、わかったわよ」

 

 鎖がしっかりと固定されていることを確認すると、ウッディーはエアバイクの出力を上げた。緩んでいた鎖が張り詰めると同時に、ゴンドラは水面を離れてゆっくりと宙へ浮かんでいく。普段、水に浮かぶ姿しか見ていない面々は、空に浮かぶゴンドラを見上げると自然と驚嘆の声が口から漏れていた。しかし、ただ眺めているわけにはいかない。

 カイジたちはARIAカンパニーのすぐそばの舗装された岸にゴンドラを誘導する。

 

「オーライっ・・・! オーラ・・・アッ・・! おいっ・・! 潰れる潰れるっ・・・! 取り舵・・・っ! 左っ・・・もっと左っ・・・! クソッ・・殺す気かっ・・・・!」

 

 4艘のゴンドラを着地させるのにてんやわんやで、慌しい騒ぎが毎回のように起こったが、それでもなんとかすべてのゴンドラが予定通りの位置に収まった。自然と拍手が巻き起こる。

 カイジは額の汗を拭うと、空中で浮揚しているウッディーに大声で呼びかける。

 

「完了っ・・・・! なんとか無事完了だっ・・・・!」

「了解なのだっ! 私はこのまま失礼するのだ。カイジさん、あかつきんと一緒にまた会おうなのだ! それでは皆さんお疲れさまでした、以後も浪漫飛行社をご贔屓になのだ!」

「ありがとうございましたーーっ!」

 

一斉に声を張り上げる水先案内人たち。

 ウッディーは一度大きく旋回すると、手を振って飛び去っていった。

 

「ようしっ、そりでは~~気合入れていってみよーー!」

「おおっーーーーっ!」

 

 ブラシとホースを携えた藍華が音頭をとるように鼓舞すると、バケツを持った灯里が楽しそうに賛同した。

 二人の様子にカイジはため息をついて苦笑した。

 

遅れてきやがったくせに・・・・なあに張り切ってんだか・・・・・

 

「……っと、その前に、どう?」

 

 そのまま掃除に向かうと思われた藍華が、突然ブラシとホースを持ったままカイジの前に立ってそう尋ねた。カイジに対して微かに身体を斜めに向けており、何かのポーズをとっているようである。

 

「え・・・・?」

「似合うかって聞いてるのよ」

「なにが・・・・・? いや・・・・なるほどっ・・・・! 似合う似合うっ・・・水先案内人やめてもそっちで食っていけるほどっ・・・・!」

「えっ! う、うん」

「いるいるっ・・・・いるって・・・・・・そういう掃除婦っ・・・・!」

「……」

「・・・・?」

 

 

致命的っ・・・・! 致命的失言っ・・・・!

薄っすら頬を赤らめた藍華を・・・・っ! 期待させておいて、突如、地獄へ突き落とす失言っ・・・・! 

これには周囲も真っ青っ・・・・! 茫然といった呈っ・・・・!

しかしっ・・・カイジは棒立ちっ・・・! 何食わぬ顔で棒立ちっ・・・・!

理解していない・・・置かれた状況をまるで把握していないっ・・・!

間抜けも間抜けっ・・・・・これでは救えないっ・・・・! 誰もフォローできない・・・っ!

 

 

 藍華は無言のままカイジの目の前まで近づくと、問答無用で力を溜めた拳をカイジの腹部に打ち込んだ。カイジは「うっ・・・」という呻きを残して地面に崩れ落ちる。すぐにお腹をさすりながら顔を上げて灯里やアリスに視線を走らせた。顔には青天の霹靂といったような表情が浮かんでいる。

 

「ナニナニっ・・・・? なんなの・・・っ!?」

「……カイジさん」

「それは駄目ですよ……」

「えっ・・・!? なんでっなにがっ・・・!」

 

 藍華はくるりと振り返ると自分のゴンドラへ向かっていく。灯里とアリスはカイジを労わりながらも、心配になったのか藍華の方へかけていった。

 カイジは痛みに顔をゆがめながら何度も疑問を口にしていたが、健気にも優しくお腹をさすっているアリア社長に気がつくと震える声で尋ねた。

 

「意味不明っ・・・どういうこと・・・・?」

「ぷいにゅう」

「だって似合うかって・・・・・っ!」

「にゅう~~っ!」

「はあ・・・?」

「ぷいにゅ!」

「っち・・・わかったわかった・・・・謝ればいいんでしょ謝れば・・・くそっ・・・なんでオレばかりいつもこんな役割・・・・・・」

 

 カイジはようやく治まりつつある腹の痛みを確認すると、立ち上がって藍華のそばまで歩いていった。カイジが近づいてきたことを感じつつも、藍華は黙々とゴンドラに水を噴射している。ゴンドラの陰からは灯里とアリスがじっとその様子を窺っていた。

 カイジは頭を軽く掻くとおそるおそる声をかけた。

 

「あ、藍華・・・・ねえ藍華ってば・・・・・無視するなよ・・・・」

 

 藍華はそのままゴンドラを水で流しながらカイジのほうは振り向かず反応した。

 

「あによ?」

「すみませんでしたっ・・・・悪かったよ・・・・オレが悪かった・・・」

 

何が原因かしらねえけどな・・・・・っ!

 

「ふぅん。じゃあどう?」

 

 藍華はそこでようやく振り返ると片足を上げてポーズをとった。カイジは水しぶきが若干足元にかかっていることを留意しながらも、必死で頭を回転させた。やはり何が、どう? なのかさっぱりである。それでも頭から足元までくまなく目を走らせていると、ゴンドラの陰の灯里の姿が視界の端に映った。灯里は一生懸命に自分の襟や袖などを指していた。

 

そうかっ・・・そういうことかよっ・・・・・!

 

 カイジは先日の朝の灯里との会話を思い出してようやくひらめいた。そして、機嫌を直してもらうためにわざと誇張してそれを伝えることにした。

 

「ああっ・・・・バッチリ似合ってるっ・・・! ていうか綺麗っ・・・・おそらくほかの水先案内人よりも綺麗・・・・っ!」

「そ、そうかしら?」

「マジマジっ・・・! 大マジだって・・・!」

「ふふん、そう。まあいいわ、許してあげる」

「ホッ・・・・」

「んもうっ、アンタはほんっとにニブイんだから……アリシアさんに冬服を披露する前に万全を期したい乙女心がわからないわけ?」

「・・・・・・・・・・・・」

 

わからねえよこの馬鹿っ・・・・! ざけんなっ・・・・そんなんで腹殴られる立場になってみろっ・・・・・・アホンダラっ・・・・!

 

 内心大激昂のカイジであったが、おとなしく耐え忍ぶ。ここで本心をぶちまければ厄介なことになるのは目に見えていた。

 事が穏便に収まったことに胸をなでおろした灯里とアリスはそっとゴンドラの陰から姿を現した。

 

「あははっ、藍華ちゃん本当によく似合ってるよ!」

「そうですね、とっても似合っています」

「あったりまえじゃないっ! そのために念入りに支度してきたんだからっ」

「もしかして藍華ちゃん、それで遅れたの?」

「え? い、いやあ、まあその。アハハハ……」

 

コイツっ・・・・そんな理由で・・・ふざけろっ・・・・

 

「そうですよ。藍華先輩に付き合わされて、それで私も遅れてしまったんです」

「あはは……そ、そうなんだ。あっ、でも藍華ちゃん。アリシアさん今日夜まで帰ってこないよ?」

「うそっ? そんなあ……」

 

へっ・・・ざまあみろっ・・・・・天罰だ馬鹿っ・・・・!

 

 灯里の言葉に意気消沈した藍華。がっくりとうな垂れた拍子に、おもわずホースを持つ指先に力がこめられてしまう。すると、弱まっていた水の勢いが強まって、大量の水が底意地の悪い笑みを浮かべていたカイジに襲い掛かった。

 

「オイっ・・・バカっやめろっ・・・・! ああああぁっ・・・・・・!」

「あ、藍華ちゃん水水っ!」

「えっ? ぎゃーーすっ! ご、ごめんカイジっ!」

 

あんまりだっ・・・・なんでオレばっかり・・・・

オレだけがこんな目に・・・・・くそおっ・・・・!

 

 盛大に水を被ったカイジは膝を突いてうずくまった。そして、年下の水先案内人たちに憚ることなく地面を叩きながら涙を流したのであった。

 

くそっ・・・・くそおっ・・・・・・!

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

 

 

キュッ・・・

     キュ・・・

 

 朝のARIAカンパニーにマジックペンの小気味良い音が響き渡る。

 

「カイジさ~~ん、こっち終わりましたっ!」

「よし・・・じゃあこっち手伝ってくれ・・・・・」

「はい」

 

 カイジはぱたぱたと走ってきた灯里にマジックペンを渡すと、時間や場所、名前の書かれたクリップボードを机の真ん中に置いた。

 

「予約表の写しですね」

「ああ・・・今、来月の分を調整してるから水無は再来月を写してくれ・・・」

「はいっ。カイジさん、さっきアリシアさんから電話があって今日はこっちに寄らないそうです」

「そうか・・・・了解・・・」

「……一人でよろしくお願いねって言ってたけど、なんだったのかなあ」

 

 灯里は、そうぶつぶつと独り言を言いながら棚から21月の予約表を取り出すと、机の上に広げる。そうして、マジックペンを握るとクリップボードに書かれた予約を表のほうへ順次写していった。この作業が、開店直前まで続く。

 21月の予約を半分ほど写し終えると、灯里は腰を伸ばして大きく息をついた。一緒に作業するカイジは頭をかきむしりながらクリップボードと予約表を確認している。

 

「ふぅ~~、それにしてもこの予約表、いつみても凄いですね」

「あ・・・? そうだな・・・・見てみろよ・・20月は丸一日の休みはなしだ・・・・」

「ほへぇ~~、大変だなあ。私も早くプリマになって役に立たないとっ」

「違いねえ・・・・といっても水無にそこまで期待はしてねえけどな・・・はははっ・・・!」

「ええーー! もーーっ、そんなこと言ってひどいですよう」

「ははははっ・・・! しかし・・・プリマってのはどこもこんなに忙しいものなのか・・・・?」

「う~~ん、そうだと思います。晃さんもほとんど休みが無いって藍華ちゃん言ってましたよ。きっとアテナさんも同じでしょうね」

「あらら・・・・そいつはひでえ・・・・」

「――呼んだかしら?」

「うわああっ・・・・・!」

 

 突然割り込んできた声に驚いたカイジは、盛大に椅子から転げ落ちた。そしてひっくり返ったままの体制から、ぶつけた腰を押さえて左右にごろごろ転がって悶えはじめる。ひどく気味が悪い光景である。

 

「だ、大丈夫ですかカイジさんっ!」

「ご、ごめんなさいっ。驚かすつもりはなかったの」

 

 カイジは痛む腰を撫でながら起き上がると、カウンターに視線を向けた。そこにはおろおろと狼狽するアテナの姿があった。

 

「お前なあ・・・・いきなり入ってくるなよ・・・会話に・・・っ!」

「ごめんなさい、呼ばれたと思ってつい……」

「ったくどうしてくれるんだよこの腰っ・・・! はい・・・慰謝料っ・・・・」

「うん、いくら?」

 

 アテナはそう言うと、懐から財布を取り出した。

 

「か、カイジさんっ」

「じょ、冗談だよ冗談っ・・・・オレもつい、ね・・・・・はははっ・・・」

「冗談でも駄目ですよっ!」

「そんなに怒るなよ・・・・どうもアテナを見るとからかいたくなるというかさ・・・・」

「……本当に大丈夫?」

 

 カウンターから入ってきたアテナは申し訳なさそうにそう心配すると、カイジの腰をさすり始めた。

 

「アアッ・・・! お、おいっ・・・・・大丈夫だから触るなよっ・・・・いま痛いんだからっ・・・!」

「あっ、ごめんなさい」

 

 咄嗟にカイジから離れたアテナは、倒れた椅子に足をすくわれて小さな悲鳴とともに転倒した。それは、転ぶ間際にどこかにつかまろうと伸ばした手がカイジの制服に引っかかり、見事にカイジを巻き込んでの転倒であった。

 

「わわわっ! だ、大丈夫ですか!?」

「え、ええ。私はなんとか。 ……あっ! カイジくんっ」

 

 軽くしりもちをついただけで済んだアテナは、目の前の惨状に驚愕の声を上げた。

 カイジは先ほどの患部を同じように強打して、再びごろごろ転がっていたのだ。

 

「うぐぐっ・・・おおおっ・・・・・・!」

 

痛いっ・・・痛すぎるっ・・・・・もうなんなんだこれ・・・・・っ!

 

 カイジは呻き声を漏らしながら、アテナのドジ振りに恐れ慄くのであった。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「で・・・・何の用だ・・・・?」

 

 うつ伏せの状態で、制服をたくし上げて背中を晒しているカイジは、テーブルに座っているアテナに顔だけ向けて尋ねた。カイジの横ではアリア社長が、2階から取ってきた湿布を一生懸命に貼りつけている。なんとも微笑ましい光景である。

 

「う、うん。ごめんなさいカイジくん……まだ痛い?」

「痛くないわけないだろ・・・・それはもういいから・・・・何の用・・・?」

「うん……。実は今日はね、買い物に誘いにきたの」

「はあ・・・?」

「買い物ですか? それはどうしてまた」

「もうすぐ誕生日だから、晃ちゃんの。それでプレゼントを買いにいこうと思って」

「わあ! いいですねっ。あれ、でも晃さんの誕生日って……」

「そう、7月なんだけど、今月は裏だから」

「あっそうか、裏誕生日ですね」

 

 一年が24ヶ月ある火星の暦では、地球の2年に一度しか誕生日を祝えない。そこで考案されたのが裏誕生日である。12ヵ月後の同じ日に祝うこの裏誕生日は、地球の数え年の場合だと半分になってしまう年齢を正しく認識する上でも重要な風習であった。

 加えて、出身地が様々である客を相手にした水先案内人などの業種になると、プロフィールは混乱を避けるために誕生日も地球暦での表示になっているのだが、そのため、多忙を極める業種の人間は、誕生日を覚えていても裏誕生日を忘れてしまうことがよくあったのはいうまでもない。

 

「そのことでアリシアちゃんからなにも聞いてない? あれ、そう言えばアリシアちゃんは?」

「ついさっきご予約のお客様の時間が早くなったって連絡がありましたよ。今日はここに寄らないで直行するみたいです」

「そうなんだ」

「それで裏はいいけど・・・・買い物ってなんだよ・・・?」

 

 カイジはアリア社長に礼を言うと、立ち上がってテーブルの席についた。そうして灯里が用意したコーヒーに口をつける。カイジの好きなビターなやつだ。

 

「行けばいいじゃん買い物・・・・なんでここに・・・?」

「誘いに来たの」

「誰を・・・・?」

「カイジくんを」

「あ・・・・・・・?」

「だからね、カイジくんを誘いに来たの。買い物に一緒に行こうって」

「あ・・・?」

「だからね、カイジくんを誘いに――」

「いやっ・・・・わかったわかったっ・・・・それはもうわかったからっ・・・・」

「?」

「な、なんで・・・? なんでオレ・・・?」

 

 カイジは怪訝な表情を浮かべた。頭の片隅では嫌な予感が警鐘を鳴らしている。なにかとてつもなく恥ずかしいことがこれから起こるのではないかと、艱難辛苦で培ってきた勘が告げていた。

 

「アリシアちゃんから聞いてない?」

「いや何も聞いてない・・・・よな・・・?」

「はい、私も特には聞いてないです」

「う~~ん。今朝、その話をする予定だったのかしら……あのね――」

 

 晃の誕生日当日までほとんど休みがなく、ましてや同じ3大妖精であるアテナとその休みが被ることはほぼあり得ないと考えていたアリシアは、一緒にプレゼントを選ぶことは断念していた。とはいえ、毎年楽しみにしていたことではあるが、プリマになってからはそう都合よく休みが合うわけではなく、予期していたことではあった。ゆえに、プレゼントは各々で用意するというのが多忙を極める彼女たちの恒例となっていた。

 

「そうなんですか……残念ですねえ」

「うん。今年は私、休みが取れたんだけどアリシアちゃんがね」

「で・・・・続きは・・・・?」

「あ、うん。それでね――」

 

 アテナに休日が出来たことを知ったアリシアは、もし自分に休みがあったら実行していた案をアテナに頼むことにした。それは晃の誕生日プレゼントをカイジと一緒に買いに行く、というものであった。

 藍華から後輩3人は一緒に選びに行く予定だと前もってきいていたアリシアは、カイジはどうするだろうかと考えていた。おそらく、出かけたはいいがどこで何をどう選んでいいか悩んでしまうだろう。それに、入ることに躊躇ってしまう店もあるだろうし、だいいちカイジ一人で女物のプレゼントを選んでいる光景を想像できない。だったらと、それらのことを打ち明けて、自分が行けなくなったいま、お願いできないかしらとアテナに頼んだのである。アリシアの心遣いを微笑ましく感じたアテナは、もちろん喜んで了承した。これが事のあらましである。

 ちなみに、なぜ今朝まで黙っていたのかというと、カイジが一人で買いに行ったあげくに、女性にはいささか無骨なものを贈ってしまうということを防ぐ意味もあったようである。

 アテナは話終えると、「どう?」とカイジの顔色を窺った。カイジは黙って下を向いている。

 

「いいじゃないですか! すっごくいいですよ、アテナさん!」

「うんっ。私もそう思ってちょっぴり早く来ちゃったの」

「へえ~~っ、いいなあーー! 私も行きたいけど藍華ちゃんが予定してるんですよね?」

「そう言ってたわ。たぶん、今日にでも話が出るんじゃないかしら?」

「わーーひっ、楽しみだなあ! だそうですよカイジさん! ……? どうして黙ってるんですか?」

 

 灯里は訝しむような顔をして隣に座るカイジにそう声をかける。カイジは少し震えながら黙ったままであった。灯里がかがんで顔を覗き込もうとすると、カイジはぎゅっと目をつむり、非常にか細い声で呟いた。それは心に迫る、おそるべき切ない声であった。

 

「くっ・・・・・アリシアさんとっ・・・・・・・アリシアさんとっ・・・・お買い物に行きたかった・・・・・・~~っ!」

「っ! だ、駄目ですよぉ、そんなこと言っちゃ……!」

 

 灯里はアテナに聞こえないように同じくか細い声でカイジを窘めた。アテナは不思議そうな顔で二人のやり取りを見ている。どうやら聞こえていないようで灯里は安堵した。

 もともと潰れてしまっているアリシアとの買い物の予定を、寝耳に水であったにもかかわらず、この一瞬間であたかも以前から胸を弾ませて待っていたXデーだと錯覚したカイジは、気の毒になるほど落ち込んでいたのであった。きっと頭の中ではめくるめく甘美な時間が展開され、そして台無しになったのであろう。圧倒的妄想力で、想像を絶する馬鹿である。

 悄然とするカイジの顎に、膝の上に座っていたアリア社長が頭突きをくらわせた。

 

「うっ・・・・! あれっ・・・・・なんだっけ・・・・?」

 

 錯覚からふいに帰ってきたカイジははっとする。

 

「プレゼントですよっ。是非行ってきてください!」

「そうだった・・・・い、いや・・・オレは別に・・・・」

「なに言ってるんですかっ。たぶん一人じゃ選べないと思いますよっ?」

「そ、そうじゃなくて・・・・・プレゼントとか・・・柄じゃないだろ・・・・や、ヤダよカッコ悪い・・・」

 

 カイジはもじもじと指先をいじりはじめ、ブツブツと続ける。半笑いで目の焦点はちょろちょろブレながらも指先に当たっていた。

 

「だいたい・・・・晃がオレから貰って喜ぶかわからないじゃん・・・・勇んで買いに行って・・・渡して落胆されたら・・・・要するにオレがただ恥かくわけで・・・・・・何しろこんな男でしょう・・・・・そういうのちょっとオレには向かない・・・っていうか・・・・無理・・・たぶん無理・・・・・不可能・・・・」

 

 普通の神経の持ち主が聞けばあまりの気色の悪さに耳を塞ぎたくなるようなカイジの弱音にも、灯里とアテナはめげずに言った。

 

「そんなことないですよっ。きっと喜びますって」

「うん。晃ちゃんは絶対喜ぶと思うよ」

「確証あるのそれ・・・? ・・・・ないよね・・・・? 確証ないのに()つっての・・・そういうのオレの性に合わないっていうか・・・・・やっぱり無理・・・絵空事・・・・それに・・・・仕事だってあるし・・・・オレがいないと・・・・・」

「心配しないでください! 今日は私ひとりで頑張りますからっ」

 

 灯里は健気にもそう言ってカイジに笑いかけた。カイジは灯里の笑顔に目もくれず、指先をいじっている。

 するとアテナが思い出したように言った。

 

「それなんだけど、今日の来店営業は午前中までで後は予約だけ受け付けてって、そう言ってたわアリシアちゃんが。大変だけど一人でお願いねって」

「あっ、だからさっき電話で……はいっわかりました! ですってカイジさん、よかったですね!」

「うっ・・・・で、でも・・・・客だって水無ひとりじゃ・・・・・さばけないかも・・・」

「もーーっ、いつも私がやってるじゃないですか!」

「い、いや・・・そ、そうだけど・・・・ほら今日に限って団体が来るかも・・・・」

 

 カイジの愚にもつかない世迷い言にも全く嫌な顔をみせない灯里であったが、ここまで難癖をつけて断るにはなにか理由があるのかもしれないと不安になってきていた。だからといって、それを尋ねてもきっと答えてはくれないだろうと思い口には出さない。アテナはアテナで、行く気がないカイジの様子にしょんぼりとしてしまっていた。

 場が煮詰まり始めたそのとき、カイジがふと申し出た。

 

「あ、あの・・・・オレ煙草吸ってきていい・・・・?」

「えっ?」

「時間をちょうだいよ・・・・・・ちょっと考えたいっていうか・・・・」

「は、はい……」

「うん、行ってきて」

 

 二人が了承すると、カイジは膝の上のアリア社長を弾き飛ばすようにして立ち上がり2階へ駆け上がっていく。財布と煙草を取るとそっと階段を下りてドアを開けた。無論、カイジはこのままフケてしまうつもりであった。

 

冗談じゃない・・・・・ネットだ・・・・! プレゼントなんてネットで注文っ・・・!

常識だろうがっ・・・・! 未来なんだからっ・・・! ネットだろそこはっ・・・!

 

 さきほど予想していた恥ずかしい展開が訪れてしまったことに戦慄していたカイジは、そのように考えながら早くここを離れようとデッキをしのび足で歩いた。その足がふと止まる。

 

うっ・・・・! 社長っ・・・・!

 

「ぷいにゅう?」

 

 桟橋の手前に咎めるような顔つきをしたアリア社長が仁王立ちしていた。

 

「にゅうっ……?」

「やだな~~・・・・に、逃げませんよ・・・煙草を吸うだけですよ・・・」

「ぷいにゅ」

 

 カイジは方向転換をしてしかめ面でデッキ端の灰皿へと向かった。

 

まずったっ・・・・・くそっ・・・・走るか・・・? いやそれはできない・・・っ!

 

 ここで走って逃げることは簡単であったが、そんなことをすればアリア社長は鳴き喚くだろう。すると間違いなく二人が何事かと出てくる。出てくれば追いかけてくるだろうし、待ってと嘆願されるだろう。そんな彼女たちを振り切って逃げるほどカイジは鬼ではなかった。

 足にしがみつくアリア社長を無視しながら、カイジは煙草を吹かして考える。

 

くそっ・・・・逃げるのは不可能っ・・・・だったら・・・?

だったらどうする・・・っ! この絶体絶命の状況を切り抜ける・・・・その妙案っ・・・!

くぐってきただろっ・・・・こんな修羅場をいくつもっ・・・・! 捻り出せっ・・・!

 

 と、そのとき、ドアが開いて灯里が顔を出した。

 

「カイジさん」

 

な、なんでっ・・・・? 何で出てきた・・・っ! くそっ・・・時間がないっ・・・!

早く・・・・早く考えろっ・・・・!

 

 一歩一歩と迫ってくる灯里にへらへらと笑いかけながらも頭をフル回転して思考するカイジ。

 

どうするっ・・・・? 打開するにはどうする・・・・っ!

 

 

 

どうするんだカイジ・・・・・・っ!?

 

 

第13話 終・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


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