水先案内録カイジ:ARIA×賭博黙示録カイジ   作:ゼリー

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よろしくお願いします。


第2話~僥倖~

夜半に降った春雨も綺麗にあがり、朝もやの中陽はまた昇る・・・・っ!

浮世の有象無象を歯牙にも掛けずに、唯、陽は昇る・・・・っ!

それは、地球であろうと火星であろうと昇るのだ・・・ッ!

 

 

 

全身全霊で立ち向かった沼を、見事に攻略しこの世の春を謳歌していたカイジではあったが、遠藤の策略により素寒貧(すかんぴん)に。それはそれとて、ともに辛酸を舐め続けた仲間と再会し、大いに騒ぐ。喰う。飲む。しかし、何の因果か時間も空間も飛び越えて、水の都ネオ・ヴェネツィアに放り出されるという受難。

 

 

万事塞翁が馬・・・! 禍福は糾える縄の如し・・・!

 

 

 

 

 

しかし、それでも・・・寝た・・・・・・!

 

かの英雄、ナポレオンに絶賛されたこのサン・マルコ広場において・・・・・

そんなこと意に介さず・・・ただただ・・・・・・寝た・・・・・・・っ!

 

 

 だが、カイジは知らない。薄暮の中、彼を探してここまでやってきた女性と猫を。

 そして倒れるように熟睡しているカイジを、彼女たちがなんとか会社まで運んでくれたことを。

 

 

 

 

 

 

 

第2話~僥倖~

 

 

 

 

 

 

 

 けたたましい鳥の鳴き声を合図にカイジは目を覚ました。

 

「・・・・・・・・・・・」

 

 キョロキョロと周囲に目を移すカイジ。

 半日程眠ったからか、気分は良好、頭もしっかり働いている。

 

そして再確認・・・・! 昨日の出来事が夢ではない事を・・・・!

 

 しかし、昨日ほどの憤りや混乱はなりを潜めていた。もはやこの状況をどう打開していくのか、それしか己の取るべき道はないと認識するに至る。

 

ここはどこだ・・・? 確か、昨日サンなんちゃら広場で寝ちまったはずだが・・・・・

・・・・・普通の部屋だな・・・・だだっぴろいが・・・

っ・・・・! 眩しいな・・・・・

 

 斜め上を見上げれば大きな丸窓から光が差し込んでいる。青い空には雲ひとつない。カイジの置かれた状況とは真逆に、本日も長閑な泰平の一日である。

 

「にゅ!」

「うひゃあ・・・・っ!」

 

 少々おセンチになりかけたカイジだったが、突如、足元のシーツが盛り上がりアリア社長が顔を出した。

 

「な、なんだ・・・っ! なんだこの白豚っ・・・・!」

「ぷいにゅ~!」

「う、うわあ・・・・! やめろ・・・! 離せっ・・・!」

 

 顔に張り付いていたアリア社長を掴みそのまま投げる。アリア社長は空中で綺麗に一回転し、床に着地した。

 

・・・・・っ! そうだ・・・・こいつは確かあくあねこだったか・・・

このふざけた生物が・・・・確か社長だったな・・・・

 

「ぷいにゅう~!」

「・・・・・」

 

 カイジが黙ってみているとアリア社長は手招きをするように腕を動かして階段を下りていった。そういえば、どこからともなくいい匂いが漂ってきている。匂いを捉えたカイジは急激に空腹を感じ、導かれるようにアリア社長の後を追った。

 

「あら、おはようございます。カイジさん」

「・・・・・あぁ・・・どうもっス・・・――じゃなくて・・・っ! なんであなたがここに・・・・?」

「その話は朝食を食べてからにしましょう、ね?」

 

 笑顔でそう言ったのは、昨日カイジが出会ったやさしいお姉さん、つまりアリシアであった。

 アリシアは、テーブルのイスを引いてカイジを食卓へ促す。普段のカイジであれば意味不明な状況でのこのような開けっ広げな誘いは、卑屈な懐疑根性をいかんなく発揮して断っていたかもしれない。しかし、相手はアリシアである。昨日の恩からか、簡単に信用する。何より美人である。裏を読むようなことは無粋だと決めつける。

 

「はあ・・・じゃあ頂きます・・・っ!」

「ええ、召し上がれ」

 

 とびきりの笑顔を浮かべるアリシアに、顔を赤らめるカイジ。誰も見たくないだろう、やさぐれた無頼漢の頬を染めた姿など。

 カイジは顔を隠すように、食事にありつく。ただただ、喰らう。そのうち、喉をつまらせてせき込んだ。

 

「~~~~っ!」

「あらあら、ゆっくり食べないと駄目ですよ」

 

 そう言って紅茶を差し出すアリシア。無言でそれを受け取り、飲み干すカイジ。アリシアは面白そうにカイジを見つめている。

 すると突然、カイジは俯いて嗚咽を漏らし始めた。信じられないことに、この男、潸然(さんぜん)と泣いているではないか。

 

「ど、どうしたの?」

「ぐぐっ・・・・! すまねぇ・・・・! こんな美味い朝飯・・・・食べたことなくて・・・・っ!」

「!?」

「・・・・うまいっ・・・! ぐっ・・・! 本当にっ・・・うまい・・・・っ!」

 

 唖然とするアリシア。無理もない、大の大人がいきなり目の前で泣き始めたのだ、それも本気で。驚愕しない方がどうかしている。

 

「と、とりあえずこれで顔を拭いて!」

「すみません・・・・・っ!」

「そ、そんなに美味しかったかしら……普通のトーストと目玉焼きだけど」

「・・・・なんていうか・・・・あったかいんですよ・・・気持ちが伝わるというか・・・・やさしい味というか・・・・」

 

 泣き止んだカイジは訥々とそう述べた。

 

「あらあら、ふふふ。どうもありがとう。そう言ってもらえてうれしいです」

 

 アリシアは先程に勝るとも劣らない笑顔を浮かべてお礼を言った。カイジは泣きべそをかいたまま赤面する。

 しかしながら、アリシアのお人好しもなかなか異常である。こんな簡単に本心からお礼が言えるだろうか、いきなり泣き出すような気味が悪い無頼漢に。しかしながら、それこそが彼女の魅力なのであった。

 カイジは、「ホント・・・おいしかったです・・・ごちそうさま・・・」とぼそぼそ言っていたが、気を取り直して昨夕からの事を尋ねることにした。

 

「あの・・・オレはどうしてここに・・・・?」

「そうですね……まず、ここは私とアリア社長の会社でARIAカンパニーといいます」

「はあ・・・・」

「昨日、カイジさんがサン・マルコ広場で倒れているのを見つけてここまで運んで来たんです」

「ああ・・・そうなんですか・・すいません・・・ホント・・・・すいません・・・・」

「いえいえ、私一人だったら多分運べなかったけど、ちょうど晃ちゃんが通りかかったから一緒に運んでもらったんです」

「晃ちゃん・・・・?」

「私の幼馴染で同じウンディーネをしているんです。カイジさんを運んだら、何か用事があるとか言ってすぐ帰ってちゃったんですけどね。ですから、今度会ったらちゃんとお礼を言ってくださいね」

「はぁ・・・ホント申し訳ないです・・・ありがとうございます・・・」

 

 テーブルに顔を擦りつけるように頭を下げるカイジ。

 

「それじゃあ今度はカイジさんの事を訊かせてください」

「え・・・・?」

「どうしてあんな所で倒れるように寝ていたんですか?」

「・・・・・・・・」

 

 カイジは俯いて沈黙した。頭の中を猛スピードで思考が駆け巡る。

 

どうする・・・・? ・・・・本当の事を話すか・・・?

いや・・・・それはない・・・・っていうかできない・・・・!

頭のイカレた野郎だと思われるに決まってる・・・・・っ!

じゃあどうする・・・・適当にごまかすか・・・・?

おいおい、嘘をつくのか・・・・? こんなに誠実に接してくれたアリシアさんに・・・・!?

ねーだろっ・・・・! それだけはやっちゃだめだろっ・・・・!

しかしっ・・・・いくらなんでもっ・・・・300年前って・・・・っ

 

 

 

 結局カイジは、300年も前からわけも分からず来たというSFじみた部分だけ、つまりアリシアたちと出会う以前の記憶はほとんどないことにして、後は本当のことを語った。

 ネオ・ヴェネツィアについて何も知らない事。

 現在、天涯孤独である事。

 無一文である事。

 戸籍や住民票、パスポートなどあるわけがない事。

 それゆえ、もはやどうしようもない状況である事。

 それらを包み隠さず話した。

 

「・・・というわけなんです・・・」

「これ以上、深い事情は訊かない方がいいですよね」

「ええ・・・まあ・・・はい・・・」

「うーん、どうしましょうか」

「いや・・・っていうか・・・アリシアさんが悩む事じゃないっすよ・・・! これはオレの問題であって・・・アリシアさんを煩わせることはできないというか・・・・」

「そんな事ないですよ。袖振り合うも多生の縁って(ことわざ)があるんですよ。だから関係ないなんてことはないんです」

「・・・・・・」

 

 信じられないようなものと出会ったかのように、カイジは目を見開いた。ふいに緩くなっていた涙腺からいくつもの水滴が零れ落ちる。天使のようなアリシアが眩し過ぎて直視できなかった。そのまま、俯いて沈黙する。

 

「……よしっ。カイジさん、ここで働いてみたらどうですか? じつはちょうど人手が足りなくて、私一人だけでは大変だったんです」

 

 パチンッと手を合わせて、名案だとばかりにカイジの方を窺うアリシア。

 顔をあげたカイジはだらしなく阿呆のような様相であった。

 

「え・・・・? どういう事・・・ですか・・・? よく聞こえませんでした・・・」

「ですからね、この会社で働いてくれませんか? ARIAカンパニーは、いま私一人しか働き手がいなくて大変なんです。よければ是非来ていただきたいのですが、どうですか?」

「は・・・・? え・・・? っていうか・・・・」

 

 言葉がつかえて何を喋っているのか分からない状態のカイジ。こんな提案をされるとは努々(ゆめゆめ)思ってもみなかったのである。

 

「カイジさんは天涯孤独なんですよね? でしたらここで働きながらいろんな出会いを探したらいいじゃないですか! もしかしたら記憶も戻るかもしれませんよ?」

「・・・・」

「そのうち、お金が貯まったら……そうしたらそれからの事を考えていけばいいんじゃないですか?」

「・・・・・っ」

「ぷいにゅ~!ぷいにゅぷいにゅぷいい!」

 

 朝ごはんを食べ終えてどこかに行っていたアリア社長が戻ってきて、カイジに飛びつく。そして顔を優しく舐め回した。

 

「ほら、社長も喜んでますよ。是非働いてくれって」

「ぷいにゅ!」

「あ、あぁ・・・・・あの・・・えーっと・・・・」

 

 呆然とアリシアの提案を聞いていたカイジは、ゆっくりと俯いた。

 確かにアリシアの提案はカイジにとって渡りに船である。右も左もわからないこの地で、とりあえず身を落ち着ける場所があればこれからについてもじっくり考える事が出来るだろう。しかし、こんなにうまくいっていいものなのか? カイジはそんなことを考えていた。

 今までの人生、常にどん底へ落ちることが前提だった。そこからなんとか這い上がり、刹那的な幸福に浸る。そしてふたたびどん底に落ちる。そういう輪廻を繰り返してきたカイジにとって、手放しで魅力的な提案を受けることは躊躇(ためら)われた。

 もう搾取されないため、足元をすくわれないため、騙されないため、狡く賢く生きていくため、そして負けないために――現状を正しく理解し、リスクやリターンを計算しようと頭をひねってみるが、全然うまくいかなかった。

 そのうちにわけがわからなくなったカイジは、ふと顔を上げた。

 

「ね?」

 

 そこには、首を傾けてつぼみが綻ぶような笑顔を浮かべているアリシアの顔があった。

 

 その瞬間、カイジに電流が走る・・・・っ!

 

・・・・・・・・っ!

瑣末(さまつ)だ・・・っ! 今オレが考えたような事は全て・・・・・ゴミだ・・・!

()かすなっ・・・・! そんな屁みてぇなことを・・・っ!

目の前に・・・・・こんな素敵な笑顔が・・・・あるじゃねえか・・・・っ!

飛びこまない手はねぇだろっ・・・・!迷ったら・・・・望みだろっ・・・!

望みに進むのが気持ちのいい人生ってもんだろっ・・・・・!

 

 

 

カイジ決断・・・っ! 魅力的な提案に全てを放り投げてただ闇雲に没入・・・っ!

だが・・・それでいい・・・! それがいい・・・・っ!

火星(アクア)地球(マンホーム)を一兆回往復したってこんな出逢いはないのだ・・・・っ!

 

 

 

「アリシアさん・・・アリア社長・・・お願いしますっ・・・・・! ここで、働かせてくださいっ・・・・!」

 

 

「はい、よろしくお願いしますね! カイジくんっ」

「ぷいにゅ!」

 

 

 その時アリシアが魅せた笑顔は昨日からみた中で、いちばんの笑顔であった。

 

 無頼漢、伊藤カイジ、ARIAカンパニーに入社決定・・・・っ!

 

 

 

第2話 終・・・・・・・・・・・・

 

 


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