東アジア 日本国関東地方 静岡県御前崎市
航空自衛隊御前崎分屯基地
当基地は、航空自衛隊入間基地の分屯基地であり、第22警戒団が配置している、固定式の大型三次元レーダー〈J/FPS-2〉を運用する監視基地だ。
現在は南太平洋から北上してくる豪州連合軍に対する監視が主な任務である。
「豪州の連中、今日は来ませんね」
「なにも豪州の機体と艦艇だけを監視してるわけじゃない。まだ一日は終わってないし、当直交代はまだまだ先だぞ」
第22警戒団も全国のレーダー基地と同様に、以前、日本生類総合研究所が開発した、ワームホール___"
ワームホール監視要員の隊員の一人が、時刻が夜中の12時を周り掛けたあたりでデスクに置いていた生温いブラックコーヒーを啜りながらレーダー画面を睨んでいた。
ズズッ…
「ぁー……イマイチ夜型には慣れませんね〜」
「根を詰めさせるようなこと言ってアレだけどな、小さな光点も見逃すなよ。それを見過ごした瞬間、本土が被害を被り、俺たちの初動も遅れるんだからな」
「分かってますよ…でも、例の焼津市の植物型や石川沖でのオッドアイ、四国・山梨での異星人遭遇戦…これら全てがこちらの、地球の索敵・監視網を潜り抜けてきたわけじゃないですか。しかもワームホール発生からは数十分は猶予があるって例の学会の方でも…」
「相手さんらはこちらよりも遥かに高度な軍事技術を持ってるってことだ。ステルス技術のようなものでこちらの探知時間を大幅に遅らせてるって話を聞いたぞ」
「それも考慮して作られるはずじゃないんですか…?」
ビィイイーーー!!
「!!」
突然、けたたましい警告音が響く。
監視担当のレーダーへの不安はどうやら杞憂であったようだ。それは問題なくレーダーが作動したことを意味する。ワームホールを介して何者かが太平洋側本土周辺に現れたということである。
「東、静岡市沿岸部に非常に小さな反応が!サイズからして、小型ギャオスである可能性が高いです!!数は1!」
「ワームホールからギャオスか!? とにかく、追跡を続けろ、見逃すな! 横田と百里のF-2及びライトニングにスクランブル要請!!福岡と同じ手はやらせんぞ!! 静岡市には特災警報を出せ!!」
ピーーー…
「!! 反応ロスト!清水港付近で消えました!! 」
「なんだと!?」
レーダー画面上から極小の米粒のような反応が消えた。目標消失を示す電子音だけが監視所内に響き、一時の静寂が訪れる。
「………誤作動じゃないですよね?」
「清水港及び静岡市から通報などは一切ありません…」
「電子妨害か…?」
「相手の反応が消え、こちらはこれ以上の追跡が不可能になったことは確かです。」
「………スクランブルする部隊に通達。静岡市周辺空域にて、アンノウンをロスト。こちらからの誘導は出来ない。目視による捜索・確認を行なってほしいとな。陸自と特自からも地上部隊…戦偵を出動させるように言うんだ」
「はい!」
「くそ……!どうなっているんだ…!!」
監視レーダーによって静岡市沿岸部上空に確認された未知の反応は、清水港上空に侵入後、即ロスト。
また、その後に百里基地、横田基地からスクランブル発進し駆けつけた飛行隊が同空域での正体不明の反応らしきものを確認することは出来なかった。
特殊災害警報が静岡市一帯に出されたが、当の災害は姿を現さず、停泊していた2隻の学園艦も緊急出港は取り止めとなった。
飛行隊には帰投命令が出されたが、当地域には午前1時から陸上自衛隊東部方面隊第1師団隷下の駒門駐屯地所属第35普通科連隊並びに、"第12即応機動連隊"機動戦闘車中隊が出動。そして特生自衛隊からは駒門駐屯地に配置されていた普通科一個大隊が出動。静岡市沿岸並びに中心部に展開した。これは特殊防衛出動下令前の行動関連措置の一つにあたる。
静岡県 静岡市 清水港学園艦第三停泊地
アンツィオ高校学園艦
ソリチュラ事件の影響で、黒森峰学園は最終調整のための練習試合相手として呼んだアンツィオ高校との合流場所を静岡港から清水港に変更。ここに寄港することになった。
清水港には学園艦用の停泊区域の一つ___第一停泊地に黒森峰、間を空けて第三停泊地にアンツィオの学園艦が停泊している。
今日は、そんな試合開始前の数日間に渡る準備期間一日目のアンツィオ高校学園艦の夜だ。
そしてここはアンツィオ高校の生徒の一人でありアンツィオ高校戦車道チームの隊長、緑髪がトレードマークの安斎千代美___通称アンチョビが住んでいる一軒家である。
「あ"ー……練習メニューが決まらないぞぉ……」
清水港の位置する静岡市、及び停泊している学園艦には、撤回されたもののおよそ一時間前に特殊災害警報を含めた勧告が出ていたのだが、彼女の耳には入っていなかったらしい。向かっているテーブルの上に置いてある、通知がひっきりなしに来ているスマホにすら気づいていないのだから。
「あと数日で西住の黒森峰一軍と試合なのに"〜!限りある練習時間の中でやらなければならないことが多すぎるぞぉ!」
彼女は今、いつも他の生徒達の前にいる時の、特徴的なツインテールはしておらず、長い髪を下ろして丸眼鏡を掛けている。どこにでもいそうな、いかにも文系少女の姿で明日からの予定について考えていた。何度も言うが、外の様子というか状況に気づかずに、である。
「そろそろ寝なくちゃ…ふわぁ〜、あ?」
"それ"は、緑色に輝いており、いつの間にかアンチョビの部屋の真ん中で浮遊していた。
「な、なっ…!?」
手のひらに収まるほどのサイズの発光体は、明らかにアンチョビの所持しているものではなかった。一瞬の間は夜遅くまで起きていて見えてしまった幻か何かだとうっすら思ったがそれは発光体が話しかけてきたことによって、見事その考えは打ち砕かれた。
『はじめまして。自分の姿になっても、いいだろうか?』
「へ?」
『この姿は移動体なんだ。長くこの状態を保とうとすると、僕は大気に溶けてしまう…』
(ここで怒らせたら、どうなるかわからないぞ…!)
発光体が自分の前まで近づき、挨拶をしたかと思えば、姿を見せても良いかと聞いてきた。まさか話しかけてくるとは思っていなかったアンチョビは面食らったが、相手がどんな存在か分からない以上、下手に刺激してはいけないと思った。
「あ、あぁ…構わないぞ…楽にしてくれ……」
そこから導き出された答えは、無難に相手の要求を受け入れることであった。
心なしか発光体が喜んでいるように見える。微かに左右に揺れているからだ。
(……どうか、見た目がカワイイ系か癒し系であるように…。頼むから台所のGみたいな見た目だけはやめてくれぇ…)
なにか的外れな祈りをして発光体の変身を見守るアンチョビ。
目の前が黄緑色の閃光に包まれると、先程まで発光体があった場所には鎧のような物を着込んだ異星人が立っていた。
「あ…あ………あぅ…」
躓きながらも踵を返して寝室の扉のドアノブに手を掛けようとするアンチョビ。
そしてその肩を後ろから優しく掴む温かい手。
「驚かせてすまない」
異星人の声にエコーが掛かっていないことにアンチョビは気づく。恐るおそる異星人がいるだろう背後を振り向く。そこには___
「………え、人間の姿になれるのか?」
アンチョビが勉強机の上に置いていた、最近テレビドラマ化もした"恋愛小説の男主人公"とソックリの若い男性が立っていた。
「ああ。擬態だけれど」
思わず机の上の恋愛小説をすぐ手に取り、まじまじとドラマ版の主人公が写っている小説の表紙と、目の前の異星人の擬態を交互に見比べる。
「ホントに…おんなじだ…!」
「この人は有名な人なのかい?」
自分が擬態した恋愛小説の、ドラマ版主人公の俳優について異星人が訊ねてくる。
「有名も何も、とにかくセンスが良いんだ!どんな役でもしっかりこなすし、私が好きなこの小説のドラマ版では原作である小説遵守の最高の演技をしてくれたんだ」
「なるほど、素晴らしい人物なんだね」
「それでな それでな! この小説だと___」
アンチョビが主人公と小説のストーリーについて熱弁し出した。異星人との遭遇時の緊張はどこに捨てたのか、すっかり打ち解けていたのだった。
そこからは時間を忘れて、アンチョビ自身の話から次第に、ソーレと名乗った異星人___ネリル星人である彼の話へと変わっていく。
「___そうか、ソーレはネリルっていう星の宇宙探査員だったのか」
「僕達の母星、惑星ネリルは寿命が尽きかけていた。そこで僕ら探査員は同胞達が住める星を探して、宇宙探査に出たんだ。
しかし、ワープ航行するための短い時間でも、母星では遥かに時間が経ってしまっていた……」
「そ、それで…惑星ネリルはどうなったんだ?」
「移住に適した新しい惑星は見つからず、僕ら探査員第一陣が戻ってきた頃には、惑星ネリルは寿命を迎え消滅してしまっていた………。
脱出船がどこか遠くの星系に旅立ったことを、宙域に残されていたメッセージログから知った……」
「…ソーレは、その後はずっと一人で、宇宙を旅していたのか?」
「第一陣、第二陣の半分はまだ帰還していなかったけれど、僕らは散り散りになって宇宙を放浪することになった。使命も何もかも失って…僕は他の仲間達とは違う、別の並行宇宙…つまりは千代美達のいるこの宇宙にやってきた」
一拍置いて、アンチョビにソーレは真っ直ぐな瞳を向けて優しい声色で話す。それは遠く昔に失った何かを懐かしむようなものだ。
「千代美、この宇宙の地球は僕がようやく出会えた、命の星なんだ。
ヒトと話すなんて、いつぶりだろうか…とても嬉しいんだよ」
「………分かった。それならソーレ、私 アンチョビが明日…じゃなくて今日、地球の、アンツィオを案内しようじゃないか!」
「本当かい!? ありがとう千代美!」
「だから、私のことはアンチョビと呼べ!アンチョビと!」
ソーレはどれほど長く孤独な旅をしてきたのだろう。宇宙は暗く、寒く、何も無い空間が無限に広がっている場所であることは、アンチョビも知っている。怪獣などは別として、通常の生物の生存を絶対に許さない死の空間。
どれほど辛かっただろうか。行くあてもなく宇宙を旅して、話す相手もおらず、旅路の不安に苛まれながら、そしてようやくここまで来た。ソーレが経験した一人旅の時間とその内容は想像を絶するほど過酷なものだっただろう。道中、怪獣や、何らかのトラブルによって何度も命の危険に合ったかもしれない。何より、何十年、いや何百年もの間、一人だったはずだ。他者と話す機会は随分なかったに違いない。
そこでアンチョビは考えた。
今日は休日。戦車道の練習は午後からだ。朝一でソーレを外の世界に連れていき案内してあげよう、と思い至った。
善は急げである。
数時間後、アンチョビはソーレに少しばかり早いイタリア料理メインの朝食を振舞った。ソーレは朝食を摂ると、涙を流し喜んでいた。他人が作ってくれた料理、食事を久しく摂っていなかったためにとても嬉しかったようだ。
アンチョビもはじめは、いきなり涙を流し出して勢いよく料理にがっつくソーレを見てオロオロしていたが、改めて彼自身の話を思い出し、口に合って何よりだと言った以外は、ソーレが食事を終えるまで静かにその様子を見守ることにした。
余談であるが、ソーレが一番気に入ったものは、マルゲリータピザだったらしい。
_________
アンツィオ高校学園艦 街区公園
チュンチュンチュン!
「すごい…!鳥が飛んでいる!こんなに緑の木が!!」
「あの小鳥はスズメだぞ。公園に植えてある木は……分からん…」
「……大地に足をつけて、陽の光を浴びるなんて、もうないだろうと思っていたよ。ありがとう千代美!」
「アンチョビと呼べと言ってるだろう!!」
外に出てからと言うもの、ソーレはずっとこの調子であった。朝早くから公園にいる子供たちやお年寄りに自分から挨拶し、先に挨拶されたら元気よく返す……そんな彼の言動一つひとつを見守るアンチョビはそれを微笑ましく思っていた。
ソーレがここまではしゃげるのは、やはり草木や動物、大きく広がる空、大地、海、それらの全てに、アンチョビ達地球人のようにごく当たり前に触れ合える機会の多くを失っていたことが窺えた。
「うん?」
その時、ソーレの足元にゴムボールが転がってきた。ボールを拾うと、転がってきた方向から小さい背丈の子供が走ってきた。ボールの持ち主だろう。朝早くから元気に遊んでいるようだ。
「それを投げてあの子に返してあげてくれ」
「こうかい?」
「ありがとう、お兄さん!」
「……ありがとう…ありがとうか…」
男の子が礼儀正しくお辞儀をしてから、元気よく走っていく。その後ろ姿を見ながら、ソーレは少年から言われた感謝の言葉を何度も噛み締めるように口にしていた。
人から声をかけられるといった…地球人にとってどんなに当たり前のようなことでも、地球にやってきてからのソーレにとっては、すべてが新鮮なものとして感じられる。
二人はしばらくしてから空いたベンチを見つけてそこに座ることにした。
「風が心地良いね、千代美」
「だからぁ、アンチョビだって言ってるだろう…」
なお、こうしてベンチに腰掛けて会話に入るまでの途中で、先程の子供からお礼として渡された赤い風船をソーレは持っている。その型の風船は空に飛ばすのが醍醐味であることもアンチョビから教えてもらう。
それならと、プカプカと浮かぶ風船を手から離し、白雲が疎らに浮かぶ、鮮やかな青空に解き放つ。綺麗に、日光を反射して空高く飛んでいく赤い風船を見ながら、一言呟く。
「楽しい。まだこれが夢かなって思ってしまう…僕はまた命ある星でこうやって呼吸して、歩いて、座ってお喋りすることに感動してる」
「ここの公園は家で話したここ、学園艦の中で一番緑に溢れた、憩いの場なんだ。日本の学園艦の中でもなかなかなんだぞ?」
「へぇ〜、それじゃぁ千代美は、とても素晴らしい学校に入れたんだね」
「ソーレはどんな学校に入っていたんだ?やっぱり、宇宙関連の知識を蓄えるための大学施設とかか?」
「うん。そうだね。宇宙学や航空力学と言ったものを学ぶアカデミーに通ってた。だけど、あの子たちのような年頃の時は、元気いっぱいに走り回れるような緑でいっぱいの土地にある学校で友達と遊んだりしながら楽しく勉強してた……。
そうだ、友達…………キーフ…彼も宇宙のどこかでまだ旅をしてるんだろうか?」
「キーフって誰だ?」
「僕の小さい頃からの親友であり同僚…憧れでもあり慕っていた人物だよ。彼は博識でね、アカデミーではいつも分厚い本を持ち歩いて木の下で静かに読書をしていた。彼はとても優しくて、僕がこんな人格なのも、キーフのおかげかもしれない。元気だろうか……」
同僚と言っているからには、キーフという人物もソーレと同じ宇宙探査員として宇宙に旅だったのだろうか。微妙に最後を濁したソーレに、アンチョビは話の続きが気になり聞くことにした。
「そのキーフとは、同じ宇宙で調査とかしてたのか?」
「いいや…キーフは僕と同じ周期の探査隊だったけれど、彼は第二陣、僕は第一陣として出発した。僕らはかつての母星があった星系に帰ってきてすぐに旅立ってしまったから、会うこともなかった。
もしかしたら、僕らより先に帰ってきていて旅立ったのかもしれないし、今も僕らの後を追って果てしない道のりの真っ只中にいるかもしれない…」
「それは…すまなかった…」
「いいよ、僕は宇宙で一人 旅をしていた時、彼が死んでるなんて一度も思ったことはなかった。彼もまた、別の宇宙でこの地球、もしくはそれに近い環境の惑星にもう辿り着けてるかもしれない。そして、僕と千代美みたいに、今どこかで、誰かと出会って仲良く話してるかもしれないね」
アンチョビはここでもソーレと濃密な会話を交わした。それは時間を忘れるほどであり、朝一から公園にいたと言うのに、今では太陽は真上から照りつけていよいよ夏に近づいてきた暑さを感じる。本当にあっという間にであった。
「___あ"!」
アンチョビは、公園の野外時計が偶然目に入った途端に短い悲鳴を上げる。イレギュラーな遭遇さえなければ、忘れるはずのなかった今日の本来の予定を思い出したためだ。
「どうしたんだい?」
「戦車道の練習が午後からあったんだった…!」
時計は12時まで残り僅かであることを示している。本来の予定である戦車道の練習は三十分から……間に合いはするだろうがいつもよりも遅くの到着になると思われる。
「それなら急がないとね」
「そうだ、ソーレも一緒に来てみないか? 退屈させることはないと思う!」
「え?いいのかい?」
「もちろんだぞ!アンツィオはノリと勢いがウリなんだ。すぐにみんなとも打ち解けられるはずだ!……あ、でもソーレのこと、どうやって説明すれば……」
「僕が千代美としたように普通に挨拶を___」
「いや、それはダメだ」
ソーレの案を秒で蹴ったアンチョビは、急がなければいけないはずであるのに頭を抱えて唸り出した。しかし頭を抱え蹲ったかと思うと、すぐに飛び上がる。全く忙しい限りである。
「…?…どうして?」
「気にしなくていい。そんなことは着いてから考えても遅くはない!……はず。行くぞ!」
今度はアンチョビが振り回す番であった。ソーレの腕を掴んで引っ張り走る。
高校まで全力で走る。走る。
最初は困惑していたソーレであったが、誰かに手を引っ張られながら、思い切り走るということに久しかった彼はこの一時すら、笑顔が溢れるほどに楽しんでいた。
「風が涼しいね、千代美!」
「も"〜、呑気に言うなよぉ〜…」
そしてようやくアンツィオ高校の正門に着き、いつも体育の授業や戦車道、その他の部活動で使われる屋外運動場___コロッセオに続く舗道をソーレと共に歩いていると、コロッセオ横に建てられた戦車道ガレージ前に二人の少女が立っていた。
イタリアの軍服をモチーフにしただろうジャケットを着ていることから、彼女たちがアンチョビの友人であり、同じ戦車道履修生であることが分かる。
二人はこちらに気付いたようで、駆け足で駆け寄ってくる。
片方は黒髪でショートヘアーのくせっ毛。左のもみあげを三つ編みにしているのが特徴的な少女。もう片方は、金髪ロングのおっとりとした少女だ。二人はアンツィオ高校の戦車道チームの副隊長として、隊長のアンチョビを補佐している人物らでもある。
「姐さん、遅いっすよぉー!!」
「こんにちは ドゥーチェ。もう少しで始礼が始まりますけど……その横にいらっしゃる方は?艦外のご友人ですか?」
「もしかして、彼氏さんっすかー?」
「か、か、彼氏だと!? 違うぞ、ソーレは彼氏じゃない!!」
頭をブンブンと横に振り、顔は紅潮しているアンチョビ。側から見たら図星を突かれたと思われても仕方がない。
「お名前はソーレさん…ですか。私はカルパッチョと申します。よろしくお願いします!」
「ペパロニっす!」
「ああ。僕はソーレ。よろしく。千代美の家に住まわせてもらっている身だよ」
「「え…!」」
「言い方ァッ!!」
事実を言っているのだが、捉えようによっては誤解される発言をしたソーレにツッコミを入れ、慌てるアンチョビだがもう遅い。
後ろを振り返ると、ニヤニヤしている二人の友人の姿が……。
「ドゥーチェはそこら辺もしっかりしていらっしゃいましたか、あらあら〜」
「そっすかそっすか〜♪これは今日の練習の後は大宴会で決まりっすね〜!黒森峰戦前の激励会も兼ねて!」
「お前らぁ〜!!だから違うと言ってるだろう!!」
しかしアンチョビはそう言われても嫌ではなかった。むしろ嬉しいまであった。だが敢えてそれは口には出さないし、なるべく顔に出ないように心掛けた。
なお、それが無意味であったことにアンチョビは気づかない…。
「と、とにかく!お前たち、早く戦車に乗り込め!今日はすぐに練習開始だ!」
「姐さんが怒ってるっすよ〜」
「うっさいペパロニ!……ソーレ、この通り私は今から戦車道の練習に入るから、コロッセオのギャラリーに上がってくれ。あそこに行けば全体の動きを観れると思う」
「うん、そうさせてもらうよ。この星のスポーツを見せてもらおうかな」
「?……この星…ですか?」
「ああ!いやいや、気にするなカルパッチョ!ソーレは不思議なこと言う奴なんだ!それじゃ、また後でな、ソーレ!」
「じゃあね」
カルパッチョの背中を押しながら、戦車ガレージへとアンチョビは歩いていく。それに手を小さく振ってソーレが返し、見送る。
彼は慌ただしく動きだしたガレージの様子を確認すると、ゆっくりとした足取りでコロッセオ上部、ギャラリー席へと向かう。休日の練習であるためか、それとも七月はじめにしては暑すぎる太陽の日差しによるものか、ガランとしている昼間のコロッセオの観客席に一人座る。
「戦車…兵器を使ったスポーツ、か……」
コロッセオ内では、巷では豆戦車と揶揄されている___超小型軽戦車〈C.V.33〉がグラウンドを思い切り駆け回っているところであった。それに続いてまたも旧イタリア陸軍の車輌が躍り出る。CVと似たような見た目をした〈セモベンテ M40〉突撃砲数輌と、二次大戦でのイタリア陸軍唯一の重戦車___〈P40〉一輌が見えてくる。アンチョビ達の練習が始まったようだ。
ソーレはあれらがどんな戦車であるかは分からないが、アンツィオの生徒達はみんな一生懸命頑張っていることは感じ取れた。
「やはり活気のある子達なんだね。たしかに、見てるだけの僕も、元気をもらえてる気がする」
一、二時間ほどが経過したあたりで、戦車隊はガレージへと戻っていく。練習が終わったらしい。
そこからまたしばらくすると、アンチョビがソーレの座るギャラリーの席までやってきた。自信ありげな顔つきから、自分たちの練習風景を見た感想について聞きたいのだろう。
「とても見ていて活気があるなって、たしかにあんな風に練習できたら、みんなが明るい顔になるのも頷ける。いいチームなんだね。千代美が代表を務めているのも分かる気がするよ」
「ふふーん♪そうだろうそうだろう!もっと褒めてくれてもいいんだぞ!」
自慢げな笑顔を見せるアンチョビ。心の底から嬉しいに違いない。ソーレは続ける。
「戦争の象徴である、兵器を…この星の平和の象徴である、スポーツに……素晴らしいことだと思うよ。僕らの星では考えつけなかったものだから」
その言葉にアンチョビは顔を曇らせる。なにか気に障るような言葉を発してしまっだろうかと、ソーレは思慮する。
「それは、どうだろうな…。戦車道は、主に80年近く前の戦争で使われた戦車を使ってる。戦争に使う兵器をスポーツに使ってはいるが、今も世界中で新しい、強力な戦車たちや様々な兵器が作られ続けてる……」
「仕方のないことだと思うよ。それと同時に、宇宙に上がる前の文明にとって、必然の過程だと思う。自分たちの住む星の内外に脅威を抱えているのなら、武器を持つことは間違いじゃあない。
千代美たち地球の人達も、未来には宇宙に上がると思う。僕らのように、未知の可能性や住める場所を探すために…。どんな技術も、必ず軍事が絡んでくる。兵器技術の発展は、必ずしも悪じゃないんじゃないかな」
「でも、私たちは、同じ人間同士で争って、それに兵器を使ってる……ソーレたちのように一つになれていない…」
「…僕らの星でも、ネリルでも、1世紀半に及ぶ長い期間の間、惑星規模の統合が進まず同族同士の地域国家間での紛争が絶えない時代があったと幼い頃学んだ。
僕らの先人達も、多くの犠牲を払って、長い時間を掛けて一つになり、ようやく宇宙へ行く切符を手に入れた。」
___そして、その切符は故郷へ戻ることの出来ない片道切符という形見に変わった…。
だけどね…とソーレは続ける。
「今の地球の人々は、注意しないといけない。たとえそれが同族に向ける武器であっても、それは地球の人々を守るための力になる。人々に歩み寄ってくるのは、善意を持った存在だけじゃない…」
「ソーレは、違うだろう?」
「僕らは、だけどね。でもこの広い宇宙には、色んな生命体がいる。彼らの、悪意を持った一部がやってきた時に、手も足も出なかったら、そこに住まう人々は苦しむ。
千代美は教えてくれたよね、この星にはウルトラマンや、優しい怪獣たちがいるって。その彼らと力を合わせて戦うためにも、地力を付けて備えなければダメなんだ。例えその過程がどんなものであろうとね……だから、千代美の考えも分かるけど、深く考え過ぎない方がいい」
「そ、そうか……それは、胸にしまっておく。……あ、そうだ、あいつらが宴会やるんだぁ〜っ!って聞かなくてな、この後すぐに宴会準備に入るんだが、来てほしいんだ。アンツィオ流歓迎会ってやつだな、うん。………どうだ?」
「ああ!もちろん行くよ!もっと色んな人達とお話ししたいんだ!」
「なら決まりだな!いこう!」
そこから時は一時間弱流れる。
アンツィオとソーレが打ち解けるのに半日も掛からなかった。様々な生徒とソーレは触れ合い、時々アンチョビがハラハラするシーンもあったものの、良い関係作りが出来つつあるのはたしかであった。
「へぇ、ソーレさんって宇宙についての勉強をしてるんですね〜。だから星空も好きだと…」
「宇宙は神秘そのものなんだ。無限に広がる宇宙の中に浮かぶ星々は、とても綺麗なんだよ」
「そうなんですね……まるで、本当にそれを見てきたみたいな感覚になります」
「いや、本当も何も___」
「ストーップ!!ソーレもカルパッチョも、そこまでだ!」
突然、ソーレとカルパッチョの会話を間に入って割り込んできたのはアンチョビだ。ソーレに目で何かを語りかける。それを見たカルパッチョはアンチョビが、ソーレと自分が話していたことに妬いていると思ったのか、気を利かせて何も言わずにそそくさと退散していく。
「もう!だから話す時は注意しろって言っただろ、それは秘密にしておいてくれ」
「どうしてだい?」
「どうしてもだ!」
ブォオオオン…!
アンチョビへの追及を何回か試そうとしたソーレだったが、その時学園敷地内であるはずのここ___コロッセオ___の車輌ゲート前に、黒色に塗装された四輪駆動車…"疾風"の愛称で親しまれている、特生自衛隊の〈高機動車〉が一台停車したのが見えた。話は途切れ、他の生徒たちも静まりかえった。
「なにあれ…? なんで自衛隊が?」
「分かんない…」
「昨日の夜の警報とか?」
「千代美、あの人たちは?」
アンチョビはソーレの質問にすぐには答えず、一度彼の方を見て視線を車輌から降りて宴会会場である戦車道ガレージへ向かってくる、黒い戦闘服を着込んだ二人の自衛官に移す。
「……自衛隊だ」
「自衛隊?」
「私たちの住んでいるこの国、日本を守る専守防衛の実力組織……事実上の軍隊だ。」
「なるほど、国防軍っていった方がいいのかな」
「……ソーレ、絶対に余計なことを話したりしないでくれ」
「え、どうして」
「しないでくれ、頼む」
「分かった」
アンチョビから強く念を押されて言われたソーレは、彼女に少なからず恩義を感じていたため素直にその指示に従うことにした。
ちょうどその時、アンチョビとソーレの前に、件の特生自衛官二人がやってきた。一人は冴えないオッサン、もう一人は気力に満ち溢れた顔をした若い男性、という印象をアンチョビは持つ。やや失礼だと思われるが…。
「どーもどーも、特生自衛隊のもんです。パーティ中に申し訳ない。俺は伊丹、伊丹耀司二尉です」
「同じく特自の倉田武雄三曹っす!」
アンチョビは怪訝そうな目つきで、なんとなく彼らが来た理由を予想出来ているが、意地悪くも問い訊ねる。それはアンツィオに来た者に対して、いつも暖かく迎え入れる姿勢の彼女からは到底想像できない対応であった。
「いったい、アンツィオに何しにきたんだ」
「そんな睨まなくてもいいと思うけどなぁ……。でもまあ、心当たりはあるでしょ、昨日の夜遅くに静岡市で特災警報出たのと関係あるやつだよ」
「聞き込みをして今のところ、緑色の発光体の目撃例が多数あってっすね、それでここに集まってた生徒の皆さんにも協力してもらいたく…」
「私は見ていない。そこの、学園艦外から来てくれた友人であるソーレも、だ。すまないが他のやつらを当たってくれ」
「分かったよ、他の子たちにも聞いてみるか。……この時世に艦外からのトモダチねぇ…そんくらいキミを大切に想ってくれてるんだな」
「え"?」
先ほどまでのムスッとした顔はどこへやら。アンチョビの顔から余裕が消え、赤面しだした。
「ありゃ?二人っきりなもんだったから、てっきり…」
「伊丹隊長ぉ!変なこと言わないでくださいよぉ!」
「ち、違う!ソーレとはそんな仲じゃない!」
慌てはじめるアンチョビを見て伊丹は小さく笑みを溢す。彼女の虚勢が剥がれたと感じたからである。きっと自分らのことを特段警戒しているのだろう。
少年___ソーレの方を見る。とても穏やかで、無垢な瞳をしている…まるで、別の世界の住人であるような錯覚が起こる。彼から不思議なモノを感じ取った伊丹は、踵を返して他の生徒たちの方へと向かう。最後に、と一言アンチョビにお節介な一言を口にして。
「大切にしろよ、そのお兄さんを。…それじゃ、夜間の火の取り扱いには注意して楽しむように」
「あ、ああ…」
「倉田ぁ、ここと艦警のとこ回ったら、次、隣の隣にある黒森峰にいくぞ〜。編入後だからってへばったりするなよ、笑われるぞ〜」
「ハイッ!了解です!……あ、時間取って申し訳なかったっす。今後、何かあったりしたら遠慮なく連絡お願いします。それでは!」
そう言ってきっちりした敬礼を二人の自衛官はアンチョビ達の下から去っていく。遠ざかっていく自衛官を見ながら、アンチョビは顔を緊張を解き、大きく息を吐き出した。
「うはーっ…緊張したぞ…」
「ねえ千代美、あの人達…自衛隊の人達は、きっと僕のことを探してるんだろう? さっきは黙っていたけれど、本当は僕が話した方が良かったんじゃないかな…?」
「それは……自衛隊は、きっとソーレのことをし…敵だと思って探してる…。
なあソーレ、そのまま人間の姿で過ごさないか?」
「どうしてそんなことを言うんだい?それなら僕が彼らに伝えて、誤解を解けば…」
「とにかく、今はやめてくれ。ほら、まだマルゲリータも、クワトロチーズあるから、取りにいくぞ?」
「………うん、分かった。行こうか」
少なからず、ソーレの中には一つの疑念…疑問が渦巻いていたが、今は胸の奥底にしまっておくことにしたのだった。
その後は何事もなく、伊丹達による戦車道履修者たちへの簡易的な聴取も終わり、宴会は続いた。
ここ数日の、国内外の騒がしさを忘れらるような、そんな穏やかな時間だった。そしてそれはアンチョビとソーレの仲を深めるには十分なものでもあった。
この日から、四日間___アンツィオ高校対黒森峰学園の戦車道練習試合当日まで、日本国内での異星人・特殊生物絡みの重大案件は発生しなかった。
『周辺住民への聞き込み調査は進展無し。』
『現在、潜伏予想範囲内の地下施設、危険物取扱区画、特別区域内の捜索を継続中。該当すると思われる目標は未だ発見できず。』
また、依然として、静岡県内の全自衛隊は臨戦態勢を崩しておらず、静岡市に展開している陸自・特自部隊も撤収はせずに警戒活動を続けていた。
「それじゃあ、行ってくるね千代美」
「ああ。朝食までには帰ってくるんだぞ」
今日は、上述のアンツィオ対黒森峰の戦車道練習試合当日であった。今はその早朝、雲一つない爽やかな朝だ。
「うん。行ってきます」
あの日からソーレは最近___というよりここ数日間、地球にやってきた僅かの期間で、彼にも朝の日課なるものができていた。
「おお、安斎さんのお兄さん、おはようさん」
「おはようございます!」
早朝の散歩である。
人との交流、挨拶は彼にとって快いものとなっていた。それは学園艦に住む人々からも、"安斎さん家の優しいお兄さん"として認知されつつある状況だ。
彼が来てから、さらにアンツィオの住民や戦車道や、彼と交流した生徒達は明るくなったのは事実であり、活気が溢れはじめていた。
「今日は、これくらいでいいかなぁ」
朝の散歩を終えたソーレはアンチョビ宅へと帰宅するところである。
「朝ごはんはなんだろう?楽しみだ」
そして家の前まで着き正門に入り、玄関のドアにソーレは手を掛けようとした時、ポストに新聞の朝刊が投函されていることに気づいた。
「そういえば、千代美は新聞をあまり見せてくれなかったな…。……ん?」
アンチョビが取り入れ忘れたのだろう。ポストから朝刊を手に取る。
その時、図らずも新聞の一面をソーレは見てしまった。そこに記されていた内容は、数日間のアンチョビの自分への対応と繋がるものであった。あの言葉の意味がわかったのだ。
記事にでかでかと書かれていたのは___
"侵略者・異星人の度重なる攻撃!"
「宇宙人を排除せよ…日本への連続襲来は偶然か……この世界にも星間同盟が…」
朝の新聞のメイン記事はそれで始まっていた。
見出しのすぐ下には画質は粗いが映像からの切り抜きと思われる画像___ソーレの近似宇宙にも存在していた、サーペント星人やファンタス星人、エイダシク星人に、さらにはネオフロンティアのレギュラン星人など、これまでアンチョビ達の住む地球に現れた宇宙人…民間が認知している種族のみが貼られていた。
尊い命を奪った、人殺しの集団として、地球人は宇宙人を敵視している……。ソーレは薄々気づいていた。アンチョビの過剰なまでの反応と秘匿、ニュース番組の切り替え、書物の整理…彼女は自分に、地球人の負の側面を見せないようにしていたという事実を。
ガチャッ!
「お帰りソーレ!今日の朝はリゾットだぞ!……どうしたソーレ、元気ないぞ?」
「千代美、僕は決めたよ」
「えっ?」
はい。どうもです、現在マニュアル車の免許を取るために教習所に通っている逃げるレッドです。
暑い日が続きますね…
本編については、元は投稿者の世代であったウルトラマンマックスの遥かなる友人のオマージュ回の前半となります。マックスは神回が多いからね、大好き。
今更でありますが、若干ネリル星の話を盛ったり改ざんしてます。ご理解ください。
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次回
予告
戦車道の練習試合を最後まで観戦したソーレは、己の導き出した答えを実行に移すべく、自衛隊の伊丹に接触し身柄を預ける。
ソーレを止められずアンチョビが途方にくれる中、夜間の宴会が始まった。
宴会は盛り上がり、なんとか心のバランスを仲間たちによって取り戻すところであったアンチョビと戦車道少女達の前に、星間同盟の次なる刺客、ネオゴドレイ星人が現れる!
"サ・ヌーシュ"。
涙を流し終えた後、見上げる空には何が掛かっているだろう…
次回!ウルトラマンナハト、
【たくさん泣いたら】!
サイドストーリー アンケート(基本ほのぼの)
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