7月20日月曜日 早朝
東アジア 日本国九州地方 熊本県熊本市
熊本港 学園艦停泊地
「知波単学園…過去にベスト4まで上り詰めたことのある学校かぁ」
「まあ、その経験のせいで突撃戦法を取り続けて早三十余年…万年一回戦落ちが板についちゃったわけよ」
「だが戦車道に至っては古参に入る、私達黒森峰よりも歴史ある学校だ。実力そのものは高いのだろうが、戦術が今は足りていないと言ってしまえばいいものか…」
朝6時半。時折あくびをはさみながら、停泊地の埠頭で眼前に広がる海を眺めながら上のような会話をしているのは、黒森峰の戦車道機甲科と整備科の生徒たち…いつものメンバーである。
朝の散歩がてら、船を降りてここで朝の陽光を浴びながらゆっくりしている。
彼ら彼女らの話の内容は、戦車道大会の初戦相手、旧日本陸軍と深い関わりがある戦車道古豪である知波単学園についてである。
知波単学園は千葉県の__元は習志野にあった本土学校であった。本土学校時代に、当時の陸軍騎兵隊が戦車を導入してからはその恩恵などを受けて戦車道にも力を入れ始めたと言う。
「実力は決して低くは無い。かの学校が採用している一斉突撃ドクトリンによる瞬間制圧能力は目を見張るものがある。そこは参考にできるところがあると思っている」
戦後間もなく、敗戦による皇軍の解体に伴い多数の日本戦車が、占領統治機構として日本に設置された
戦後の日本戦車道黎明期には、黒森峰、サンダース、聖グロリアーナといった資金力のある学校が存在しなかったこと、そして戦車や競技人口自体がそもそも少なく、戦車道に参加している学校がそれに伴い僅かであったこともあり、当時の知波単学園は質・量共に高い水準にあったため大会では、現在の伝統に繋がる突撃ドクトリンによる後押しもあり旧軍の初戦の如き連戦連勝の快進撃を続け、ベスト4常連の強豪校として羨望の眼差しを向けられていた。
そう。実は日本戦車道を支える役割を担っていた学校の一角を知波単学園が担っていたのである。
しかし、上述の戦法による味を占めてしまったらしく、戦後戦車道に新参でありながら、強力なドイツ・連合軍戦車を有する黒森峰、サンダース、聖グロリアーナ、プラウダなどの新興チームが登場してからは、敗北に続く敗北を何度も経験することとなる。それが現在、学園艦化した知波単学園の戦車道チームにまで引き継がれてしまっているわけである。
「でもでも、西住隊長に、エリカちゃんと私達がいれば一騎当千!相手もイチコロだよ〜!」
「レイラ、慢心だけはやめなさいよ?」
そんな話を、出港時間前に学園艦から降りて海を眺めながらエリカとまほ、ハジメ、ヒカルにマモルのいつものメンバーと、珍しくレイラとユウ、そして小梅が混ざってしていたわけである。
「レイラさん、レギュラーメンバーなってからどんどん上手くなってますもんね」
「そうだよ!小梅ちゃん、もっと褒めて〜エリカちゃんの分まで!」
「ちょっと。私の分までって、どういうことよ!」
「わひゃ〜!!エリカちゃんが怒ったぁ〜〜!!」
年相応の少女達の戯れを見ている男子勢もまた別の話題で盛り上がっていた。
「それでな〜、ダイトが小島さんの前でいいとこ見せようとして、なぜか工具箱使ってジャグリングし始めたのよ」
「はぁ……、なぜそうなった?」
「ダイちゃん何やってんだ…」
「どういうことなの…」
「本人曰く、器用さと力強さをアピールしたかったとかなんとか。でも、当の小島さん、ただただ目の前の珍光景に感嘆してるだけ。惚れ込みとか全然無しっ!」
「「「あちゃ〜」」」
ヒカルの話すダイトの迷走の内容が終盤に差し掛かろうとした時、後ろから声を掛けられた。
張りのある、男性の声である。
「そこの…黒森峰のボウズ達」
「「「はい?」」」
黒森峰の男子生徒は埠頭には現在自分達しかいないだろうという確信と自負を持っていたハジメ達が一斉に声の主の方に振り向いた。
「向こうで銀髪の子に追いかけられてるのが、レイラか?」
そこに立っていたのは、白地の半袖開襟シャツとズボン___海上自衛官の制服である第3種夏服に身を包んだ壮年の男であった。半端ながらもミリタリーの知識を頭に入れてあるヒカルやユウは、肩に付いている階級章から、その男が二等海佐であることを割り出した。
二佐という階級と、ソフトモヒカンに鋭い目つきも相まって二人だけでなくハジメとマモルも、男から発せられている雰囲気を悟って自然に背筋を正していた。
「えっと…そうですね、奥に見えている茶髪のツインテールの子がレイラさんですね」
「あのぉ、あの子に何か用でもあるんですか?」
「ん?ああ…こいつは失敬した。俺は
見ての通り、船乗りをやっている」
「えっ!?レイラちゃんの、お父さん!?」
「なになに〜?……あっ!パパ!!」
ユウの驚きの声を聞きつけて、エリカとの追跡劇を演じていたレイラがやってきた。
そして開口一番に男…薫のことを父親としての呼び名を叫んで接したことから、これで身元がすぐに証明された。
レイラは父である薫を認めるなりすぐさま駆け寄り胸に勢いよく飛び込んだ。
「おっ…と。…相変わらずだな、無駄に元気なところは。まったく、誰に似たもんだかな」
「パパとママに似たんだよー」
「……そうか。で、どうだ学校は。イジメとか、何か嫌なことは無いか」
「全っ然!だって、エリカちゃん、ユウ君やみんながいるから、毎日楽しいよ!戦車道だって、私最近レギュラーメンバーになれたんだよ!」
「…そうか。そうなんだな。レイラがそう言ってるってことは、そうなんだろう。……安心した」
第三者の視点から、蕪木親子の会話を見た場合、第一に感じるものは父親である薫の口数が少ない…ということだろうか。
薫は良くも悪くも、見た目の通り少々口下手なのである。仕事になればいくらかはマシにはなるのだが、なぜか一番気を許せるはずの家族相手になると悪化するらしい。
「君らがレイラの友人か。娘がいつも世話になっている。コイツのお転婆振りに困っているかもしれないが、俺はこの通りいつも近くにいてやることはできない。だから、これからも娘を…レイラをよろしく頼む」
そう言って薫がメンバーに勢いよく、そして深々と頭を下げる。
慌ててエリカ達が頭を上げてほしいとあたふたし、両者のそんな様子を見ていたレイラが笑う。
「パパ、堅苦しすぎるよ〜。みんなも、私のパパなんだから、変に気を遣わなくたっていいんだよ?」
「……すまん。仕事柄、自分と歳が近いか、それより上の人間としか話さんくてな…努力はする」
「え、いやだって、いやまあ…レイラのお父さんが自衛官なのは聞いてたけど、実際に面と向かってこう話すと改まらないといけないと思うって言うか…」
「階級で判断するってのは失礼かもしれんけど、佐官さんだぜ?しかも、艦長やってる人なんだろ?」
「たしか…"あらなみ"の…」
「そうだ。佐世保の第13護衛隊旗艦、護衛艦"あらなみ"の艦長を務めている。自衛隊に入った者として、一人の父親として恥ずかしくない人間を目指してやってきたとは思っているが…どうだか」
薫は黒森峰が停泊している場所から一つ空けて港に投錨している数隻の護衛艦に顔を向けながら、自衛官としての自己紹介をする。
「そんなことないよ!パパは自慢のパパだよ!!」
父親が自身を謙遜しすぎていると感じたレイラの放った言葉に薫の顔が綻び、その感情を悟られたくないのか、大きな手でレイラの頭をわしゃわしゃと撫でる。相当嬉しかったに違いない。
今回の航海を含め、これから三週間は新たに策定されたローテーションと学園艦護衛部隊編成の関係上、薫が艦長をしている"あらなみ"が所属する護衛隊丸々一つが黒森峰の航行の安全を守ることとなっている。そのことについて、薫はついでだと言ってこの場のメンバーに説明してやった。
「一回戦、習志野のとことだろ。応援してるぞ、頑張れ」
「うん!頑張る!!」
笑顔で応えるレイラを見てから、それと…と薫は言いながら、突然エリカとユウの方に歩み寄り、声を掛けた。エリカの方は何を言われるのか…もしかして日頃の嫌味や愚痴が薫の耳にも入っていてそれを咎められるのだろうかと考えて、いつものエリカなら見ないだろう青い顔をして対面した。
「…君が、逸見…エリカか? で、そっちが佐々木ユウ…で合っているか?」
「「は、はい……」」
「娘の話によく君らが出てくる。いつもレイラの側にいてくれてるんだな。…本当に、ありがとう」
「え…あ、いえ!そんな…お礼を言われるようなことは…」
「自分なんて、レイラさんの乗る戦車の整備をしているだけで…」
「レイラは元気なやつだが、その分寂しがり屋なんだ。さっきも言ったが、俺はレイラの元にいつも一緒にいてやることはできん。……厚かましいかもしれんが、俺の分まで、側にいてやってほしい」
「………はい。分かりました。娘さんは…レイラは任せてください」
「りょ、了解しました!!」
「すまない。恩に着る」
中等部時代からの親友であるエリカ、そして整備担当の役柄でレイラと絡みが多いユウに頼みを快く受け入れてもらえた薫は心の底から安心したのか、謝罪と感謝両方の言葉が一気に出た。
一呼吸して、薫は何かを決心して踵を返し"あらなみ"の方へと歩き去っていく。
「時間も時間だ…俺は先に艦に戻る。みんな、搭乗時刻に遅れるなよ。今回の航海には、潜水艦隊と海保からも数隻が護衛に就く。
俺達が責任を持って君らを関東までしっかり送り届ける」
「ありがとうございます…!」
「はいっ、よろしくお願いします!」
「はい!」
元気のある返事を背に受けながら、薫は振り返らず手を振りながら遠ざかる。
「…ぶはーーっ!? レイラちゃんの父さん、すんごいかっこよかったけど、怖え…」
「ああ、こちらの身も引き締まるっていうか…」
「そんなに固くならなくてよかったのに〜」
「緊張するなと言われても無理だったろう。私達も似たようなものだが、軍服を着ている相手と話すこと自体なかなか無い経験だ。私だって、相手が大人と言う要素を抜きにしても蝶野教官たちとお会いして話すことに未だに慣れていないからな」
「私も分かります。いくらか繰り返しても、慣れないことってありますので…」
まほの言い分にエリカも同意する。他には小梅やハジメと、レイラ以外のメンバー全員が同意見であるらしく、言葉にこそしないものの、理解を示す顔をしながら首を縦に振っていた。
ここで、まほとハジメの提案により学園艦への乗艦をしつつ___歩きながら話を続けようと言うことになった。各自が腕時計やスマホに目を通すと学校側の連絡網で事前に伝えられていた、学園艦出港時刻が迫っていることが確認できたためである。
「ああいう人がいてくれるから、私達は戦車道ができるんですね」
「陰で頑張ってくれている人たちがいることに感謝ですね…。実際、僕らは何度も助けてもらってるから…」
マモルの頭には、これまで間近で見た自衛官たちの戦いが浮かんでいた。
思い返してみれば、黒森峰の高等部…それもあのプラウダ戦を経てから非日常が顔を出した。非日常が日常へと変化し、空想の産物と言われていた存在たちが襲来し続けている。
「パパ達と、ナハトのおかげだよね!」
「そうだな〜コッヴの時にナハトがいなかったら…植物人間の時にあの人達が駆けつけなかったら…そこで死んでたかもなぁ…」
「私もだけど………ハジメ!アンタは特に感謝しとかないとダメなんじゃないかしら?」
「わ、分かってるよ、そんな大きな声で言わなくてもさぁ…」
そんな中で日常の一部___学校に通い、何かに打ち込める時間___を謳歌できるのは、未知なる脅威に立ち向かう人々がいるからだ。自ら盾となり戦う人々がいるからだ。
残った一握りの日常を守ってくれている彼らのことを、ほんの少しだけ頭に入れておいてもバチは当たらないのでないだろうか。
「パパはね〜、ああ見えてね〜料理がすごく上手なんだぁ! チャーハンにオムライス、リゾットとか!」
「…全部お米料理ね」
「お米ですね」
「日本人らしいっちゃらしいよな」
一同は、伸縮可能な最高300mの"乗艦塔"___人員並びに物資コンテナを輸送するために建造された巨大なエレベーター施設である___を経由し、学園艦と塔を繋ぐタラップ内の歩道とエスカレーターを利用しながら学園艦へと向かう。
ちなみに補足すると、車両等のある程度サイズのあるものの搭載には、ゲートブリッジが使われている。普段は混雑・渋滞さえしていなければ、こちらの方をエリカ達は頻繁に利用している。
「とっても美味しいんだよ? 前に帰ってきた時なんか、毎日パパがご飯作ってくれたんだ〜!
ママの味に年々近づいてるのを、私は実感している!」ムフー!
「あ、ねぇエリさん、レイラさんのお母さんってどんな人なの?」
「あっ…それは――」
「ママはね、私が中等部の時に死んじゃったの」
「「「!!」」」
エリカ、まほ、小梅の機甲科女子メンバーは中等部からの付き合いであるために、レイラの両親の事情はある程度理解していた。しかし驚くのは共学化後に高等部から黒森峰に入ったハジメ達男子メンバーである。
「あっ……、ご、ごめん」
今の話題を振った張本人であるハジメは、話したくないようなことを聞いてしまったと苦い顔をし、謝ろうとする。しかし、当のレイラは大丈夫と言って母親についての話をしてくれた。
「――ママは、自衛官じゃなくって普通の会社員だったの。関東の、東京の方に新しいお仕事ができたらしくて、向かったんだ」
「まさか…その時に…?」
「……うん。亡くなっちゃった。交通事故だったらしいの」
「だった、らしい?」
「警察の人や消防の人が何か話してたけど、頭に入ってこなかったから、詳しいことはもう分かんない。ごめんね」
急報が届き、薫とレイラは東京へと向かったらしい。
そして遺体となってしまった母親の顔を見れなかったとのこと。遺体の損傷具合が酷く、とても直視できるようなものではなくなっていたからということだった。
結局、薫とレイラの二人は母親と顔を合わせることなく葬式を執った。
「ママがいなくなってから、叔父さんのお家にパパと一緒に行ったんだ。色々相談とかしてね、これからは実家はここになる〜とか。
あの時のパパ、大変だっと思う。私以上に辛かったと思う。泣きたかったと思う。でも私のことをずっと心配してくれた」
「そうだったんだ…俺達、全然知らなくって……」
「たしか……中学二、三年の頃って、関東で交通事故の発生が特に多かった時期だったよね」
「その被害者の一人が、レイラさんのお母さん…」
レイラは母親との別れは踏ん切りがもうついてはいるから大丈夫だと言い、言い出しっぺであるハジメ、そして心配しているユウ達に笑顔を向ける。
レイラは強い心を持った子だと、エリカは改めて思う。この話題を自身にも話してくれたのは、事故から僅か数ヶ月だった頃だったと、エリカ自身がよく記憶している。
(あの時にはもう、レイラは前を見ていた……。私のことを目標にしてるとかって、言ってくれてるけど、アンタの方がよっぽどすごい。そう、まるであの子(みほ)みたいで…私よりもずっと先を見て、歩いてる)
メンバーが会話を交わしながら移動していると、遂に学園艦側の連結タラップ内へと到着し、格納区画へと入った。
誘導員の指示が無くとも、区画内には地上__艦上への道順を示した標識や看板、LEDボードなどが設置されているのでそれらに従って動けば迷うことなく艦上へ出ることができる。そもそも、エリカ達はここの住民であるので丁寧な誘導や指示がなくとも自力で行けるのだが。
『こちらは黒森峰学園船舶科です。間もなく本艦は出港します。ゲート間を移動中の方はお急ぎください。誘導作業員が補助・協力を致します。繰り返します――』
ちょうど艦内アナウンスも流れ始めた。エリカ達はもう学園艦内のブロック区画に入り乗船しているため、急ぐ必要はない。
今日の日程を確認しながら艦上へと一同は向かう。
「エリさん?今日は、午後授業だっけ?」
「ええそうよ。お昼から3コマね」
「うへぇ……、普通に六校時じゃねぇか」
「午前の授業が無い日って中々無いよ? 頑張ろうよナギさん」
「マモル君の言う通りだ」
「そうですね。みんなで頑張っていきましょう!」
「やりますか!」
「よぉーし!今日も明るくれっつらごー、だね!」
レイラの号令の下、メンバーは晴れやかな顔をしてそれぞれが登校のために一度帰路に就く。
朝日が昇り出した。
ハジメ達が学校での商売道具を取りに戻る最中、街の人々からは爽やかな朝の挨拶が飛んでくる。今日は明るい一日であるようにと。
_______
二時間後 09:00頃
同国
太平洋 四国沖250km
日本国海上自衛隊 第13護衛隊旗艦
護衛艦"あらなみ"
「艦長、"
「了解した。引き続き哨戒活動を続けるよう伝えてくれ」
「はい。」
熊本港から出港後、黒森峰学園艦は海自・海保艦艇に護衛されながら、鹿児島県大隈海峡を通過して四国沖に到達していた。
一回戦相手である知波単学園との試合会場がある千葉県――東京湾内の千葉港へ向けての航行の最中だ。
護衛任務に就いている護衛艦からは定期的に対潜哨戒ヘリである〈SH-60K シーホーク〉や海自護衛艦に近年配備が進められている無人回転翼機___〈MQ-10 カモメ〉が飛び立っている。
「艦長、黒森峰の最初の相手は知波単学園でしたよね」
「らしいな。子供たちのことは俺も応援してる」
「ここのクルーの殆どは九州勢ですからね。母校ではないですけど、自分も応援しています。何かをしている子供達を見ていると、こっちも活力貰えるので」
「……そうだな」
護衛艦"あらなみ"の艦橋内では、副長が艦長である薫に話を振っているところであった。
戦車道の話題である。
薫はいつものように淡々と接する。しかし彼が内心では大喜びしているだろうことを、薫と長い付き合いである副長は思索していた。なぜなら、数日前に薫本人から、彼の娘の話を自分からしてきたのだから。
それに薫は、あまり家族の話題を気の知れた部下達の前であっても口にすることは無かったためだ。
「どうでしたか、娘さんとはお会いになったり?」
「……行こうか行かまいか迷いながら埠頭周りをぐるぐると歩いていたら、偶然、バッタリと、な」
「艦長らしくないですね」
「どんな顔すればいいか、悩んだ。会う直前、娘の友人たちに会ってな、にこやかに行こうと考えてはいたが、顔が思い通りにいかなかった」
なお薫がレイラ達に言っていたように"あらなみ"を筆頭にした第13護衛隊の他には、海自佐世保基地、第3潜水隊群第8潜水隊から二隻、海上保安庁第10管区より巡視船・巡視艇合わせて二隻も学園艦護衛のために派遣されている
潜水隊の参加に関しては、日本のババルウ襲撃時に欧州で討伐されたマンダの存在が大きい。対潜能力を持った艦船及び航空機のみでは不安が残るからである。元から水の中に潜っている存在が欲しかったのだろう。
つまりは黒森峰学園艦の回航中、海の底で〈そうりゅう型潜水艦〉――"しんりゅう"、"こうりゅう"の二隻が目を光らせているということである。
「なるほど。……で、どうでしたか、子供達は」
「全員、いいツラだった。中継で見たことのある、西住流のご令嬢と、娘の親友である副隊長、そしてその二人の補佐役……目の色がそこらのやつらとは違う。
それに、骨のありそうなボウズ達もいた。ああいう若いのがいるなら、大丈夫だろう」
薫が朝のやりとりを思い出しながら、頬を緩めて副長にありのまま自身が感じたことを話す。
「艦長がそう仰るのなら、間違いありませんな!」
「あの場にいた子らは、何度も特殊生物、異星人を目の前で見て、命を脅かされてきたはずだ。
だが子供たちはそれでも戦車道のことを考えながら、あそこにいた。レイラも、楽しいと感じた思い出を真っ先に俺に話してくれた。最近怖いとか、辛いとか、そんなこと一切言わなかった。あれは絶対、痩せ我慢じゃない」
「最近の子供は〜とよく言いますが、そんな私たち大人よりも、しっかりしてるのかもしれませんなあ」
「そうだな。……だから、そういった次世代の芽を守ってやるのが、俺たちの仕事だろう」
艦長席から薫は立ち上がり、艦橋窓の向こうに広がる晴天の海を眺める。
この青い海の平穏を守ることが、未来ある子供達の笑顔を守ることに繋がるのだと、ここにいる自衛官、海上保安官___大人達はそう信じて為すべきことへ臨んでいる。
そんな矢先の出来事だった。
「艦長、戦務より報告です!」
「なんだ」
「本艦より2時の方角よりジャミングのようなものが発されています。対水上レーダーは麻痺。また原理は不明ですが、各種ソナーも使用不能になりつつあります!」
「何…、艦同士の通信の方は」
薫は右舷側の海上を睨みながら、頭に情報を一つでも多く叩き込むべく、通信員に尋ねる。
艦隊陣形は、護衛対象であり非武装艦である黒森峰を中心に、左右前方に先陣を切るように海上保安庁第十管区のヘリコプター搭載型巡視船"あおつき"、巡視艇"しろぎり"が配置されており、学園艦右舷には距離を開けつつ内側から護衛艦"あらなみ"、"さわぎり"が。左舷には"じんつう"が構えている。そして、艦隊外縁の海中に潜水艦__"しんりゅう"、"こうりゅう"…という構図になっている。
「通信状態は良好で問題はなく、現在各艦に現状の把握と情報の伝達を急がせています。学園艦にも警戒態勢に移るよう、こちらから指示を出しています」
「続けて報告します。特殊空間探知ソフトより、反応を検知したとのことです」
「……これは恐らく…戦闘に発展するぞ。各艦に通達!"
機関最大戦速、面舵15°!!」
「! 機関最大戦速!!面舵15°、了!!」
「総員!戦闘配置!!」
「カモメ並びにシーホーク、収容させます!」
ザァァアアアアーーッ!!!
「相手が現れたら、こちらに引き付ける!"じんつう"には黒森峰のカバーに入ってもらう!! 潜水艦隊は独自判断で攻撃を許可だ!!」
「黒森峰学園艦、指示に従い取舵をとりつつ速度を上げ当海域から離脱を開始!」
「海保艦艇、学園艦左舷に移動を開始!こちらの動きに追従するようです!」
「向こうも考えていることは同じってことか!」
「あっ!! "穴"発生予想空間、2時方向の天候に変化あり!凄まじい雷雨です!!」
「来るぞ……!!」
バチバチバチバチッ!!! ――ゴォオオオオ!!!
カッッッ!!!!!! ザバァアアアーーーーーン!!!!
「報告っ!レーダー、ソナー共に復帰を確認!同時に強力な反応を感知!!2時方向、距離9000!!」
「目視で特殊生物を確認!推定体長およそ120m、超大型カテゴリに該当!!」
「来やがったな…!しかし、あまりに近いぞ、これは……。おい!自衛艦隊司令部に現状を伝えろ!これより我々は戦闘態勢に入る!」
「突発性の高い事案だ、事後承認でも文句は言われん!行け!」
「っは!!」
未知のジャミングに紛れる形で荒天の中心にできたワームホールより現れたのは、青と黄の体表を持った二足歩行の頭足類の化け物___破壊獣…カリュブディスであった。
見る人が見たならば、それを宇宙的恐怖の象徴とされる邪神に当てはめるだろう。
グォオオオオオオオオ……!!
「向こうもやる気みたいだな……!!対水上戦闘用意!!」
_________
時は少し遡り…
黒森峰学園艦 高等部校庭
まだ時刻が午前であるため、午後授業であるが校舎は開放されている。が、しかしやることはあるのかとハジメ達に聞いたならば、よく分からないという答えが返ってくるはずである。
午後からの登校で、午前は殆ど休みに等しい。黒森峰のような戦車道強豪校であるなら、小さな休暇を返上してでも練習・訓練に励むのではないかと思われることが良くあるのだが、それは大きな誤解である。
「グラウンドで散歩って、なかなか呑気なこと考えるじゃない」
「そんな呑気なもんなのかなぁ…」
「……忙しなく動いてる時より、今みたいにのんびりしてる時の方がアンタらしいって言えばらしいけど」
戦車道チームの隊長であるまほも、厳しい練習と大変な授業の両立というのに理解はあるので、こういった午前のみ…午後のみの休みに戦車道を強引に捻じ込むといったことはしない。やるとしても、それはあくまでも希望者志願者のみである。
休日のリフレッシュによって"たるむ"ことも大事だと、彼女自身知っていた。身内にマイペースでほえ〜っとしたほっとけない妹がいればすぐに気づくものだ。
やる時はやって、だらける時はだらける…そういったスイッチの切り替え。まほ本人は苦手ではあるがその習慣自体は嫌いではないらしい。
さて、ここで場面を、今グラウンドをゆったりと周っている、"良い感じ"の雰囲気になりかけている男女の方に戻ろう。
「らしいって…根拠はどこにあるの?」
「ちっちゃい頃から、今まで、アンタを見てきた私からの主観よ」
「そっかぁ…」
エリカの言っていることは一理ある。
ハジメはこれまで___怪獣が現れる前までは、戦車の整備と学校の授業ではキリッとした態度で、それ以外の時間はのほほんとしており、ある意味エリカやごく一部の機甲科女子の癒しであった。
しかし、今はどうだろうか…? 気を緩められる時間、そしてその節目すら不明瞭になっている。
プライベートの、心体共に休ませる安らぎの時間にさえ、突然ヤツらはやってくるのだ。とれる疲れも苦しみも、辛さもとれたもんじゃない。
エリカはどうしても不安を拭いきれなかった。こんな世の中になってからも、ハジメは頑張っている…いや、頑張りすぎている。
「ハジメ?アンタ、本当に最近無理してない?」
「え…?あ、うん。無理はしてないよ」
エリカもハジメも、一般人である。危機への咄嗟の対応など、その場凌ぎ程度のものしかない。
それなのにハジメは、人の心配を他所に危険な場所に首を突っ込んでいくようになった。学校のイジメや、街中のひったくりといったそんなものではない。
"死"に直接繋がっているモノに、アイツは何度も飛び込んでいる……とエリカは感じる。
人助け…聞こえは良いが、下手をすれば助ける側すら助けられる側になり命を落とすこともあり得る行為。所謂ミイラ取りがミイラに…というものだ。
よくニュースでも見て、聞く話だろう。救助を待てずに、溺れる人がいる川の中に飛び込む勇敢で無知な無謀者の話を。
善良な意志に駆られて行なったから、という言い訳も通らない。
「ほんとうに?」
「ホントホント!ニセウルトラマンのこともあって、後輩や先輩方がすごい心配してくれて…」
だからこそ、何度も彼に訊ねるわけである。顔を合わせ、目を見て問うわけである。
返ってくるのはこちらへの気遣いも含めてであろう言葉のみ。
エリカにとっては不服な返答であったが、変に踏み込みすぎれば、また病院の時のよえに向こうが困るだろうと考え踏み留まる。
「そう…。ならいいの。良かった」
「うん、エリさん達が試合で100%の力を発揮できるように、俺達も体が故障しない程度に全力で頑張るからさ」
人に期待されるのは悪い感じはしない。それが、幼馴染からのものなら、しんどさよりもやる気が大きく勝る。
「大きく出たわね? なら、すごーく期待しとく」
「はは、どうぞどうぞ!」
お互いが微笑み返し、この雰囲気は悪くない、と感じていたエリカであったが、ここに来て予期せぬ…いやある程度予期できたはずの元気な乱入者が背後から現れる。付き添いを連れて。
「エーリーカーちゃ〜ん!!お昼ご飯、買いに行こっ?」ギュウウウ!!
「えっ?! れ、レイラぁ!!」
「あ、ユウも来たんだ」
「よっす。レイラちゃんと二人で話してたら、エリカさんを偶然見つけちゃって、ご覧の通り…」
ユウとハジメの視線の先には、エリカに背後から思いきり抱きついて離れようとしないレイラの姿があった。
戦車道ファンが見たのなら卒倒するようないちゃつきの度合いである。この場の光景が写真にされたなら、付近にいる
「ちょっ!レイラ、わかったから!くっつくのやめなさい!!買い物にも行けないでしょこの状態だと!!」
「このまま行くのぉ〜!!」
先ほどより少し距離を取って、エリカとレイラの様子を見ながらハジメ、ユウの二人は会話を交わす。
「…仲良いよなぁ、二人」
「そりゃそうだろうねぇ…俺らより数年付き合い長いから」
「やっぱり、エリカさんの方がレイラちゃんのこと、よく知ってるだろうなぁ…」
「比べたらそうなるだろうけど、ユウはユウじゃん。多分、レイラさんがユウにしか見せてない一面だってあるよ」
「!……そう言ってもらえると、助かる。ありがとなハジメ」
「お安い御用だって」
「ちょっと!アンタら見てるだけじゃなくて、このレイラ引っ剥がすの手伝って!!」
「「……はーい」」
「エリカちゃんひっどーい!!」
エリカからの救援要請を受け、渋々とした顔でレイラをなんとか引き離す二人。レイラからはブーイングが飛んできているが、二人にとってはどこ吹く風である。
愛しの親友__エリカからひっぺがされたレイラであったが、小さくボソボソと恨み節を男二人に言いつつ、またエリカに擦り寄りはじめていた。ある意味とんでもない執念である。
「お腹空いたなぁ」
「だね、ユウ君。ユウ君は何にするの?お弁当」
「唐揚げ弁当にしようかって思ってる」
「なるほどぉ。エリカちゃんの方は今日のお弁当、何にするの?」
「えーっと…ハンバーグ弁当ね。デミグラスのやつ」
「やっぱりハンバーグかぁ。エリさん、ほんとにすきだね」
「なによ、悪い?」
「そんなことないよ!」
グラウンド、校庭から出て、昼食の調達のため街中に繰り出した四人。
学園寮や、校内の食堂、そして売店は昼でも開いているが、買い出しは禁止されてはいない。
街に広がる家々の合間から、青い海を覗ける。ハジメがそんな風景を皆と歩きながら眺めていると、不意に違和感を感じた。
「………!!」
「ハジメ…?どうしたのよ、そんなとこで止まって」
「あっちの、奥の空が…ほら、あれだよ」
立ち止まって一人目を細めながら遠くを見ているハジメに気づいた三人。エリカが代表のようにハジメに聞いた。
するとハジメは素直に自分が見たものを共有させようと、遠くの空の一角を指差し教えようとする。
エリカ達も先程のハジメと同じように目を細めて風景の異常を確かめる。
「…、たしかに、黒い雨雲が渦巻いていて…雷も……あっ!!」
「エリカさん?」
「エリカちゃん?」
「私は、大洗で似たものを見たことあるのよ…」
「そうだね。俺とエリさんは、一度見てる」
あれはただの黒い雷雲のかたまりではないのか、とレイラとユウは思ったらしいが、その説明までエリカとハジメが聞く前にしてくれた。
「大洗ってことは…ニュースでやってたあの、熊本に出たやつらの合体怪獣の…」
「あの時はああいう風に雲が渦巻いて、人の闇…を利用して怪獣が現れたの。あの雲の中心から」
「人の…闇?」
「あの時はナギの心が使われた。今回もまったく同じというわけでは思うけど…」
「利用って…感情とかいう見えないもんを扱える人間とか、いるのか?」
「いいや違う。エリさんや西住隊長、俺は何度も見てる。不可思議な現象と人の心を利用して怪獣を呼び出している、影法師ってやつの仕業なんだ」
「「影法師…」」
これまで日本に現れた怪獣・異星人のすべてではないにしろ、そんな得体の知れない存在が六月から続く一連の騒動の原因の一つだとは、教えられなければ分からないだろう。
初めて聞く名前、現象…レイラとユウは上記の情報を飲み込むことに四苦八苦しているらしいが、なんとか理解しようと頑張っているようである。
まさか友人達が、自分達よりもさらに深く、恐ろしい事象に巻き込まれていたとは思わなかったからだ。
「それで、あそこの天気がその影法師ってやつがいた時とそっくりになってきてるから、ハジメも私も危機感持ってるってこと」
「そ、それじゃあ、とにかく避難しないと大変なことになるんじゃ…」
「俺の思い過ごしかもしれない。だけど、今二人にも言っておいた方が良いって思って話したんだ。もしかしたら、このまま向こうの天気は晴れに戻って何も起きずに――」
ウゥウウーーーーーーー!!!!!
『緊急連絡!緊急連絡です!!二時方向の海域に、特殊生物――怪獣が出現する可能性がある旨を、さきほど自衛隊より通達されました!!』
早とちり気味のユウに、あくまでも心配性の自分が立てた予想であると言いつつ、今のところ天候以外には異常は見られないから、落ち着いてほしいとハジメが話そうとした時、突然市街地全域に船舶科による艦内アナウンスが流れ出した。その前後でJアラートのサイレンも鳴り響く。
非常時と判明した故、その声色は強張っていることが容易に分かる。
『本艦は護衛艦の指示に従い、最寄りの港に避難するべく針路を変更、船速を最大にして当海域を離脱します!本艦の護衛部隊が現在対処行動に移りつつありますので、艦内住民のみなさんは冷静な判断と行動をするようにお願い致します!!
艦内警察、消防隊の誘導と指示に従い、艦底ブロック内の各多目的シェルターに避難を開始してください!シェルターへの避難が困難な方は黒森峰学園校舎敷地内に集まってください!!
また、自衛隊からの情報によれば、怪獣の出現まではまだ猶予があるとのことなので、パニックを起こさず、避難してください!!』
しかし、船舶科による避難指示の放送が繰り返しに入るあたりで、学園艦右舷に広がっていた雷雨の黒雲がひしめく暗い海に閃光が疾った。遅れて雷鳴がここまで轟く。
それは、件の特殊生物___カリュブディスが現れた合図でもあった。
「み、見ろよ!もう怪獣が出てきちまった!!」
「なんだよぉお!?出てくるのはまだ少し先だったんじゃないよお!!」
「早くシェルターに行こう!あんなデッカいんじゃ、学園艦でもお陀仏だ!!」
艦内放送を聞いていた屋内の住人達が、様子を伺うために外へ出た時に、ちょうどカリュブディスが現れたわけである。怪獣が現れる前に外に出ておこうと考えていた人々の前に、だ。
人々へ与える恐怖は奇異な姿と巨体が相まって、凄まじいものになった。カリュブディスが現れた方向…艦右舷に広がる海には、パッと見えているだけでも海上自衛隊の護衛艦が二隻いるのだが、化け物を目にして恐怖に慄く市民達を安心させるには役目不足であった。
「弁当はこの感じだと、無理だな」
「俺たちも避難しよう、エリさん!」
「ええ。そうしましょう!レイラ!!」
住宅街を歩いていたハジメ達は、来た道…黒森峰の高等部校舎へと戻るべく踵を返して走り出す。
逃げる人々は大通りの方に向かっているためか、ハジメ達が今通っている路地は人々でごった返しなどは起こっていなかった。
「……パパ…」
次第に学園艦から遠のいていく護衛艦"あらなみ"…と"さわぎり"を目で追いかけるレイラ。
カリュブディスをこちらから引き離す陽動として動いているのだろう。
"あらなみ"。あの船には、父の薫が乗っている。レイラは気掛かりだった。言いようのない不安が彼女の中を駆け巡っていた。
…その不安は、形を成して現実となる。
ズォオオオオオ――
グォオオオオオオオオ………!!!
――ジャキッ! コォオオオオオオオ……ッ!!!!
カリュブディスが一吠えしたと思えば、巨大な砲筒を思わせる凹凸に塗れた右腕を持ち上げ海上と垂直に立て――学園艦艦隊へと向けた。
カリュブディスの腕の凹凸…デコボコとしたできものにはすべて小さな穴が空いており、激しく外気を取り入れている。まるで何かを溜めているかのような動作として見てとれる。
「いったいなにを……」
「ハジメ、行くわよ!そこで止まらないで!!」
「行くぞ、ハジメ!レイラちゃん!」
「う、うん!!」
ハジメはカリュブディスの取ろうとしている行動への考察を中断し、エリカ達と共に黒森峰校舎にあるシェルターへと一旦向かおうとする。
………ヒュボッッ!!!!
カリュブディスから目を離した刹那、奴の腕から何かが放たれた。
「えっ……」
一瞬、四人は何が起きたのか分からなかった。
何が起きたのかは、すぐ後…数秒も掛からずに理解することになる。
ドガァアアアアーーーーーーン!!!!!!!!!
「っ!!」
「何?火災!?」
艦の右前方で、何かが爆発したのだ。
恐らくは…と言うよりも確実に、カリュブディスが起こした現象であることは明らかである。
学園艦自体が揺れていないことから、今の爆発は海上で起こったものと考えられる。
そこから導き出される答えは――
「あの位置と距離、多分海保の船だ…」
艦隊先鋒を担っていた二隻のうちの片方___海保巡視船"しろぎり"が被弾したと言うのが、船の配置を把握していたユウの考えであった。
四人は今学園艦の艦上…それも黒森峰校舎がある中央市街地内にいる。その場所からでは海保の巡視船がどうなっているのか、事の詳細は分かってはいない。
「この距離で目の前の船がやられたってことは、ここもいつ吹き飛ばされるか分からないってことでしょ!? 早くシェルターに急ぐわよ!!」
簡潔に言うのならば、ユウの答えは正しい。
彼らが知り得ることはないが、"しろぎり"は実際に被弾しており、無視できないダメージを被っていた。
"しろぎり"には反撃に転じる力も、航行を続ける力も残っておらず、爆発炎上中であった。なぜならば、艦中央に大きな穴を空けられてしまったからである。さきの爆発は、動力・火器系統が攻撃に巻き込まれ誘爆してしまったからだろう。
「くそっ!!一隻やられたってことか…!!」
「か、海保の船を狙えるってことは、黒森峰もアイツの攻撃範囲内なのかよ!!」
「だからシェルターまで急いでるんじゃない!!」
それぞれが必死に走って校舎へと急ぐ。その中で、レイラだけ再度立ち止まっていた。
「船を木っ端微塵にする奴なら、どこに逃げたって……、レイラちゃん?」
「パパ……あれじゃあ、パパが…。パパぁ!!」ダッ!
「レイラ!?」
「レイラちゃん!!」
護衛艦に乗る父親の身を案じてか、レイラは耐えきれなくなりシェルターとは逆……右舷側へ、海の様子が良く把握できる艦の端へ行くために駆け出したのである。
レイラの予想外の動きにエリカ、ユウ、ハジメは一瞬驚くが、レイラを連れてシェルターに避難するために、すぐに彼女を三人は追いかけはじめた。
「レイラ!シェルターは逆よ!!戻りなさい!!」
「次は学園艦に直撃が来るかもしれないんだ!レイラちゃん、そっちは危険だ!!」
(今が、タイミングか…)ダッ!!
一目散にレイラを追うエリカとユウ。二人の意識が完全にレイラへと向けられたことを確信したハジメは、別の路地へと一人走る。これ以上、被害が広がらないよう、ナハトに変身するためだ。
「ここで……、っ!?」バッ!
――ヒュン!! ガッ!!!
強烈な殺気が死角から放たれたことをハジメは察知し、横に飛び避ける。
ハジメが先程までいた場所の地面は、コンクリートが十数センチ抉られていた。
ハジメは自身に向けられている殺気が以前も受けたことがあると感じた。間違えるはずがない。
「お前は…影法師!!」
「今ではない。お前の出番はまだ先だウルトラマンナハト。暫しの間、相手をしてやろう。フフフフフ…」
「っ! そんな暇は無いってのに!!」
ハジメがアルファカプセルを用いて変身するのを阻止するために、影法師が手から紫色の竜巻や稲妻を次々と間髪を入れず放ち続ける。ハジメが懐からカプセルを取り出す余裕は無かった。
「やめろ!お前に構っている時間は無い!!」
「これ以上の覚醒は許し難い…今に見ていろ、お前が絶望に打ちひしがれる時は近いぞ」
住宅街の某所で知られざる小競り合いが勃発した。
_________
海上
時間は現在に戻り……
ドガァアアアアーーーーーーン!!!!!!!!!
「なっ!……状況知らせ!!」
「海保巡視艇、"しろぎり"通信途絶っ!!」
「撃沈されました!!」
「攻撃の詳細は不明です!!視認できず!!」
"あらなみ"艦橋内では慌ただしく報告と指示の声がひっきりなしに飛び交っていた。
自分らの前方を航行していた巡視艇が、カリュブディスの飛び道具の餌食にされたところを目の前で見ていたというところもある。
攻撃手段の解明より、敵の撃破が急務である。艦長の薫は矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「現時点より、敵性特殊生物に対し特殊防衛行動をとる!!! 戦闘開始!主砲、各種誘導弾、撃ち方始め!!」
「撃ち方、始め!!」
「
各護衛艦__"あらなみ"、"さわぎり"より、次々と対艦ミサイルが飛翔していき、単装砲による砲撃も始まった。学園艦左舷に展開している"じんつう"も、対艦ミサイルを発射し援護する。
着弾する度にカリュブディスの顔と胴体が爆炎の中に消える。されども、死に追いやることはできていない。
これが本格的な戦闘への突入の合図であった。
「主砲を連射にしろ、火線を絶やすな!!」
「海保巡視船"あおつき"!迎撃行動に入ります!!」
「40ミリの豆鉄砲じゃ、何も効かんぞ!」
「海保だって、引けないんだろうよ…」
「特殊生物、前進を開始!!」
「ミサイルも5インチ砲も効かんか!」
海保の巡視船…"あおつき"も、後部甲板より大急ぎで汎用ヘリ〈EC 225 スーパーピューマMk-Ⅱ+〉を発艦させながら、艦前後に装備している二基の"70口径40mm単装機銃"が右に旋回し発砲を開始した。
沈没しつつある"しろぎり"の救助をすると共に、戦闘に参加するつもりであるらしい。
「艦長、これは想像以上に難敵ですよ」
「分かってる。だが、ここで俺たちは引き下がれん…! 潜水艦隊も動き出す頃合いだ。ここからどこまで粘れるか、だぞ」
ドドドドォオオオオオオオーーーーーンッッッ!!!!
海上自衛隊、海上保安庁の艦艇からの苛烈な砲火を歯牙にも掛けず、黒森峰学園艦に向かって真っ直ぐに進撃していたカリュブディスの周囲の海面が大きく盛り上がり、破裂とも形容できる大きな爆発と共に無数の大きな水柱を生成した。
潜水艦隊__"しんりゅう"、"こうりゅう"の二隻による雷撃である。
「なにやってる!90式を撃ち尽くしたら、次は短魚雷、それにシースパロー、アスロックも使え!!」
_________
海底
第3潜水隊群第8潜水隊
潜水艦"こうりゅう"
「爆発音多数。魚雷、目標に命中!!」
「"しんりゅう"、本艦と同様に魚雷戦に突入!四発の魚雷発射をソナーで確認!!」
「艦長、奴は以前のものと同種…でしょうか、それとも…」
「区別種別はあとでいくらでも出来る。それは専門家の仕事だ。……おそらくだが、中国や豪州に出現した海洋性の奴らと関連はありそうだな」
潜水艦"こうりゅう"艦長__深町は、副官の推測について応えると、魚雷攻撃の成果をソナー運用を担当する水測員に尋ねる。
「魚雷の効果と特殊生物の反応は?
「っは!敵反応は健在。移動速度に変化無し!」
「まあ、効いてくれてりゃあこちらとしては万々歳なんだが…」
深町はラッキーパンチが炸裂しないものかという考えはすぐに頭から捨てざるを得なくなった。
だが元より、それに全幅の期待を寄せていたわけではない。容易に切り捨てることができる予想であった。
二隻の潜水艦から放たれている89式魚雷や、水上艦からの全力攻撃を受けてもなお、攻撃対象__カリュブディスは何ら変化を起こすことなく悠々と学園艦にゆっくりではあるが着実に接近し続けていた。ソナーの反応を見る限りは。
「…ガメラやナハトとの共同戦線を――」
「馬鹿野郎、いつ来るのか分からんヤツに縋るな。自分の国は自分らで守るんだ。いつまでもヒーローに頼ってちゃいけねぇんだよ。普段の気合いはどうした!」
とあるクルーの呟きを拾った深町がハッパを掛ける。
そう吐露してしまう心境になるのも分からなくはない。
ここは海中、暗く冷たい空間。
潜水艦に乗っている人間が外の様子……それも海上の様子を知る方法と言えば、音__水中通信装置を用いるか、超長波通信と言う電波通信の二つのみである。
海上の護衛艦からの指示通り、雷撃をカリュブディスに加えはしたが、水測員のソナー反応の報告と攻撃の効果に関する護衛艦からの返信を聞く限り、カリュブディスには全く通常兵器が通用していないことは明白だ。
その事実に怖気付きかけてしまうのも無理は無いと思われる。それが例え、大の大人であっても、国を守る軍人であっても。
「ケンカして、堪忍袋の尾が切れた時に、相手が自分よりデカくて殴るのやめたことあるのか?向こうが強いからってやめたことあるのか?」
部下達に言う深町の持論はある意味的外れである。
しかし、真に彼が言いたいことを部下たるクルー達は皆理解している。
その持論は人間とはどんな生物であるかを指している。時には理屈では分かっているのに感情を優先して行動し、またある時は感情を押し殺して冷酷に行動することもある生き物だ。
「人守る以外に何をやれってんだ」
だからこそ、なのだろう。ここは引き下がらないという決意が芽生えるのは。相手が自分の何十倍、自分の乗る船の何倍も巨大であったとしても、それがどうした、である。
「弾もまだある。敵もぶっ倒れていない。後ろには大勢の人間がいる。そして戦えという命が俺たちに下っている。この状況で、この場で出来ることなんて一つしかないだろ。なあ、そうだよな」
「「「はい!!」」」
「俺達が諦めちまったらお終いだ。これ以上、上にいる仲間と、子供達、死なせるな!!」
深町の号令の下、"こうりゅう"は冷たい海の底で、姉妹艦と共に持ち得る限りの手を使いカリュブディス撃破に全力を注ぐ。
誰にも見られることの無い、運命の道筋を決める羅針盤は、これからの展望を簡単には示してはくれない。
………だが例え見えたとしても、目を背けたくなるような未来が鎮座しているのである。
それを予期、察知できる存在は、この世界にはいない。
……はい、お久しぶりです。投稿者の逃げるレッドです。
およそ三ヶ月の間、音沙汰なしで申し訳ありませんでした。
言い訳になってしまいますが、今回から続くレイラちゃんメインの回の構成で悩みに悩んだ末、スランプに陥り筆が進まなくなっていたのが主な原因となります…。台本脚本は原作最終章までとっくに作っておりましたが中身の繋げ方がまだまだということですね…。
また、投稿者のリアルでは志望企業の一次選考、学校の定期テストが近づいてきているため、そちらの方に意識を向けていました。連絡の一つも出さなかったので、失踪判定されても何も言えない…。
レイラちゃんの家族構成や出来事等も毎度のことながら捏造しております。ご容赦ください。
ちなみに、カリュブディスの元となったクリーチャーは、漫画ハカイジュウ6巻の表紙に写っているお台場トール型ですね。
また、以前のような、1、2週間のペースでの投稿は七月以降になるかと思われます。今溜めている分の話は定期的に吐き出していきたいと思っています。
………シン・ウルトラマン、早く観に行きたい。
これからもよろしくお願いします。
_________
次回
予告
破壊獣カリュブディスの行進は止まらない。
砲撃、雷撃も有効打とはならず、黒森峰学園艦沈没の危機は刻一刻と迫る。
大切な宝物と感じるものは、人それぞれでまったく違う。
渦中の中、自衛官であり、父親でもある薫のとる選択とは?
キミは何のために立ち向かい戦うのだろう?
ヒーローは戦い続けなければならない。たとえ非情な運命が待ち構えていても……。
次回!ウルトラマンナハト、
【父の宝物】!
サイドストーリー アンケート(基本ほのぼの)
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