旧:逸見エリカのヒーロー   作:逃げるレッド五号 5式

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第39夜 【父の宝物】

 

 

 

海上

護衛艦"あらなみ"

 

 

 状況はさらに緊迫してゆく。

 

 

「!!、特殊生物が再び腕部を上げています!!先ほどの攻撃とほぼ同様の動きを見せて――」

 

コォオオオオオオオ……ヒュボッッ!!!!

 

ドガァアアアアーーーーーーン!!!!!!!!!

 

 カリュブディスの再攻撃は、先ほどよりも短いスパンで行われた。

 ミサイルや砲弾、魚雷の直撃によって水柱や爆発がカリュブディスの上半身を包み込んでいるのにも関わらず、先ほどと同じように艦隊の内の一隻に攻撃直撃。被弾によって爆発炎上する。

 デジャブを感じる。まるで"しろぎり"撃沈の光景を再生しているのかと思うほど、恐ろしく似ていた。

 

「海保巡視船"あおつき"、被弾っ!!!炎上中!!」

 

 次に的にされてしまった悲運な船は、巡視船"あおつき"であった。

 "しろぎり"と同様に横っ腹に大きな風穴を空け、そこから大量の海水が流れ込み、沈没がどんどん進んでいた。

 その間も各所で激しい火災、爆発が相次いでおり、艦内の全乗員の脱出はほぼ不可能だろう。遠目から見ても分かるほどだ、中は地獄と化しているに違いない。

 辛うじて攻撃を免れた海保艦艇の艦載機であるヘリのみが飛行を維持し続けている。

 

「"あおつき"、通信出来ません!」

「沈没が始まった…」

「ピューマが…っ!!」

 

「海保ヘリを学園艦に誘導するんだ!あれだけでも助ける!」

 

「早いぞ…!このペースで撃たれたら…!!」

 

 カリュブディスの攻撃には、何かしらのクールタイムが存在するものだと、薫達は勝手に思っていたわけだが、そのプラス寄りの予想は潰えた。

 こちら側は間髪入れずに火力をぶつけているはずであるのだが向こう側からは強力な一撃が返ってきたわけである。今のところ、海保艦艇二隻が沈んでいるわけであるが、救助活動の優先は恐らくできないだろう。

 学園艦前方を担当していた二隻の海保艦艇が攻撃を受け沈没、残っている戦闘艦と言えば海自の護衛艦が三隻。戦力が圧倒的に足りない。増援は喉から手が出るほど欲しい。

 

「せめて空から掻き乱してくれる奴がいれば…!」

 

 戦闘突入前に、自衛艦隊司令部に対して通達を行なっていたため、今頃は防衛省、統幕、首相官邸まで話が通っているだろう。

 日本本土からの応援部隊ならば空自の航空隊が恐らく一番早く駆けつけてくれるはずだ。

 

「…無いものねだりはここまでだな。……司令部から何か来てないのか!」

 

「っは!現在、西部航空方面隊の各基地よりスクランブル機、海保第五管区より救援部隊が急行中との連絡が!」

 

「戦力になりそうなのは空自の航空隊か。呉と佐世保からの護衛艦隊が来るとしても……。

さて、次の番は俺達か…どうだろうな…!弾薬の方はどうだ!」

 

「短魚雷、各種誘導弾、単装砲、CIWS、どれも残弾僅かです!間も無く給弾に入ります!!」

「徹甲誘導弾、残弾ゼロ!!撃ち切りました!!」

「対象の表皮貫通は目視では認められず!!」

「海保ピューマ、学園艦が収容中!」

 

「………」

 

「艦長!!蕪木二佐!!」

 

 副長からの怒号が、薫の決意を後押しした。

 次々と戦況の推移や情報が飛び交う中で、声が届くよう、今一度大きく深呼吸した後、薫はすべての声を叩き伏せる声量で叫んだ。

 

「――総員傾注ッ!!!」

 

「「「!!」」」

 

 艦橋内は静まり返った。

 全員の目が、"あらなみ"艦長である薫へと集まっていた。

 砲撃音が遠巻きに聞こえる。

 薫は無線機を持ち口を開いた。

 

「ヤツの攻撃への対処方法を、現在の我が艦、並びに艦隊は残念ながら保有していない。こちらの攻撃も今ひとつなのは皆が承知の筈。増援も恐らく間に合わん。

…ならば我々が出来ることは何か!それは文字通り学園艦の盾になることだ!!ヤツの的になってやることだ!!」

 

「「「………」」」

 

「皆、俺の言いたいことは分かっただろう。ここで散っていい命は、一人もいない。

全乗員に告ぐ!総員退艦せよ!!これより本艦は自動操縦に切り替え、ヤツを引き付ける囮となる!!非戦闘用員から迅速に退艦を開始しろ!!」

 

 近年海上自衛隊は、米海軍が導入したAIによる自動航行・迎撃コントロールシステムの護衛艦搭載をスタートしていた。

 しかし、実用化された本システムであるが、未だに完全な無人行動が出来ないという懸念点があった。航空機ならばいざ知らず、巨大な精密機械たる現代軍艦のレベルでは最低でも一人、調整・管制を担当する人間が必須だったのである。

 そして、そのシステムを用いて、犠牲を最小限にした突撃を敢行するのだと、艦内の全員が理解する。

 

「本艦を使っての特攻ですか、艦長」

 

「違う。ここにいる皆が死ぬ必要は無い」

 

「貴方にも!!娘さんがいらっしゃるじゃないですか!!!」

 

「後続の"さわぎり"にも先ほどの内容を通達しろ!!それが終わり次第、お前たちも退艦するんだ!!」

 

「なっ……!!」

 

「「了……ッ!!」」

 

 先の薫の放った言葉の真意を、"あらなみ"の全クルーが知っている。同じ艦に乗り、同じ時を過ごしてきた彼らは馬鹿ではない。

 自分達が使う、実用化されたモノの情報は当然頭に入っている。自動化システムの欠点だって百も承知であろう。

 本来、システムを統括するのは船務科の役割である。艦長が彼らに当システムの制御を命令する文言が一切無かったことから導き出されるのは……

 

「聞いているんですか!艦長!!貴方は言いましたよね!?ここで散っていい命は一つも無いと!!そこに貴方も入ってるはずです!!!我々は日本軍じゃない!!自衛隊ですよ!!」

 

「システムは一人で操作できる!!お前も急げ!!!」

 

「私がやります!!!貴方はここで終わっちゃいけない人だ!!!"あらなみ"はまだやれる!!!」グイッ!!

 

 次々と艦橋にいる人員がきつく閉口しながら、退艦準備に入るべく駆け足で出て行く中で、副長のみ薫の側から離れようとせず、逆に胸ぐらを掴むや否や怒鳴りつける勢いであった。

 

「俺が!!…自分の家族を置いて死にたいと思っているのか!!自ら死を望んでいると思ってるのか、栗田!!!」グイッ!!

 

「それはっ!!それでも、無茶ってやつですよ!!!」

 

「隊と人命、どちらが大事だ!!」

 

「どちらもです!!!」

 

 負けじと副長栗田も張り合う。

 副長の胸ぐらを掴む薫。

 どちらも譲らない。

 薫の覚悟を知っているからこそ栗田は留まり続ける。

 だが刻一刻と敵は迫ってきている。

 悠長に叫び合い怒鳴り合いをしていても時間の無駄である。

 

「…頼む。副長、俺に任せてくれ。皆と共に先に脱出するんだ。これは艦長"命令"だ」

 

 剣幕剥き出しであった薫の顔が急に穏やかになった。

 自分は大丈夫だ、まだ死なんと言うようないつも通りの頼もしい顔つきに戻る。

 それでも、と食い下がろうとする副長であったが、上官からの命令には従わなければならないわけであり、込み上げてくる感情を押し殺しながら了承する。

 

「……ぐ…っ!! 了解……致しました……!!!」

 

「すまんな…。ギリギリまで引き付けれられたと判断したら、俺もすぐ逃げる。

俺は死にたいから残るんじゃない。一縷の奇跡ってやつをこっち側に持ってくるために残るんだ。さあ、行け!!」

 

「…っは!!!」

 

 副長が艦橋から脱出する際、薫は一度呼び止めて何かを投げ渡した。

 

「これは…?」

 

「娘にやるモノだ。戻るまで預かっていてくれ」

 

 その後は何も言葉を交わさずに、任せてくださいと言った顔をして頷くと副長は離脱した。

 艦橋内は遂に薫一人となった。

 

「……さて、やるか」

 

 艦橋窓から蒼海に臨む薫。

 眼下に広がるそんな蒼い海原には、黄と青の体色のおぞましくもあり忌々しくもある巨大な怪物が平然とこちらに向かって悠々と歩みを進めている。

 薫が自動化システムに指示を加え、艦首を怪物__カリュブディスへと向けさせる。

 

グウオオオオオオオオ……!!!

 

 カリュブディスも、距離を取って戦っていた灰色の鉄塊(護衛艦)達の一つが、自分に向かって来たことを察したのか、弱き者への威嚇と自身という強大な存在の告示の両方を含んだ咆哮を上げながら前進を続ける。

 

「タコ野郎…俺たちの意地ってもんを教えてやる」

 

 前進しつつ、休みなく残りの砲弾と誘導弾を吐き出す"あらなみ"。

 カリュブディスも最初はこちらに向かってきている"あらなみ"には咆哮を上げるだけで無視していたが、怖気付くこともなく逃げ出さずに依然としてこちらに向かってきており尚且つ鬱陶しい攻撃を加えてくるではないか。

 

ドォン! ドォン! ドォン!

ゴォオオオオーーーッ!! ドカァン!!ドカァン!!

 

グルルルルルゥ…!!

 

 カリュブディスの目的は、生物固有の闘争本能から来ている強者の打倒と力の誇示である。ここでは、己よりも巨大で、海上にて一際存在感を放っている鉄塊の親玉___学園艦を沈めることだ。

 しかし、追い払い見逃してやった鉄の塊がこちらの慈悲も汲み取らずなおもやってきたのならば、話は別である。

 

ズォオ……コォオオオオオオオ…ッッ!!!!

 

 カリュブディスは腹が立った。

 ならばアレの前にまずはコイツに撃ち込んでやろう、となる。

 距離を詰めてきたなら、外すことは無い。必中の間合いである。時折、海中からちょこちょことちょっかいを掛けてくる存在も確認できたが、海の底までこちらの攻撃は届かないとカリュブディスは理解していたため、潜水艦の雷撃に対しては完全に無視という姿勢を固持していた。

 薫の乗る"あらなみ"は真っ直ぐに突き進む。

 薫はカリュブディスを睨みつける。息を呑むほどの強烈ながんつけである。

 

「お前には分からんだろうがな、あれ(学園艦)にはな、俺の、俺達にとって大切な人間が大勢住んでるだよ…!」

 

 ダンッ!、と拳を叩きつけ、声が枯れんとするほどの全力の声量で語る薫。

 聞いてくれなかったって構わない。そもそも、理解などされたくもない。

 だが、相手に教えてやるのだ。これが恐れずにお前に向かって逝ける不退転の覚悟、決意の源であるのだと。そちらが咆哮を上げ存在を示すのであれば、負けじとやるまでである。声が通っているかどうかが重要ではない。大事なのは気迫なのである。

 

「レイラは俺の宝物だ。大切な大切な宝物なんだ。

…そんな俺にとっての宝物を、お前らなどに……奪われてたまるものかッ!!!!」

 

グゥゥウウウ…ッ!!!

 

ゴォオオオオオオオ!!!!

 

 退けと言っても退かぬ灰色の鉄塊に業を煮やしたらしいカリュブディスは、ここまで二度披露した技である腕部からの攻撃___空気圧縮砲を高出力で射出することを決めたらしい。

 

「……弾が切れたか」

 

 ……そして、"あらなみ"の全武装が沈黙した。持っていた火力の全てを出し切ったのだ。

 目の前には、海保艦船を沈めた砲撃でさえ、出力は五割ほどでしかなかったカリュブディスの最大出力の空気圧縮砲。

 海保艦船よりもいくらか装甲が厚い護衛艦とは言え、現代の軍用艦はそもそも"本体に直撃する前にその原因を潰す"設計になっているため、戦時中の旧海軍駆逐艦並びに巡洋艦の装甲と比べれば明らかに薄く、脆弱である。現代の軍艦の、時代に伴い進歩・変化する科学技術と国際情勢から生まれる欠点が露見した瞬間でもあった。そんな人間間の事情を怪獣や異星人は汲んではくれない。

 

「撃つなら撃ってこい」

 

 そう、耐えられるわけがないのだ。高出力の件の砲撃が当たれば、原型を止めることなく"あらなみ"は粉々に粉砕されるだろう。

 薫は死ぬためにここにいるわけではないが、死ぬことは分かっていた。こちらに狙いを引き付けて脱出するにしても、脱出までの数分をどうやって確保するのか。

 考えればすぐに辿り着くものだ。脱出は不可能、と。

 

「船と運命を共にしようとは思ってはいなかったが、しょうがない。……まあ思い入れが無いわけではなかった。すまんな"あらなみ"よ」

 

 自分はここで死ぬだろうと、薫は思う。

 だが、この行動が無駄にならないことを祈るのみである。あとは託すのだ。

 奇跡が起こることを信じて。その奇跡が自分達の宝物を守ってくれると。

 

――――ヒュボッッ!!!!

 

 "あらなみ"の艦橋正面に向けて構えられていた、カリュブディスの右腕から、確実なる死が放たれた。

 

「……ッ!!!」カッ!

 

 薫の視界が真っ白にゆっくりと塗りつぶされていく。

 周りの物体がひしゃげながらどんどん消滅していく。

 体感時間が極限まで引き伸ばされているようだった。

 

(声が…、口が開かんのか…。そうか、死ぬのか、俺も)

 

 人は死を目前にした際、あらゆる物事を悟ることがあると言う。

 そうか、これが俗に言う走馬灯というものか。と薫は瞬時に理解した。

 周りの白い空間に、幾つもの大きなスクリーンが現れ、その中に次々と自分のこれまでの人生が映りだす。

 

 

_______

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――“リナ”!!大丈夫か!?――

――ねえ、見てよあなた…元気な女の子だって――

――こ、この子が、俺たちの……――

――そうだよ。……ほら、あなたのお父さんよ〜――

 

(ああ…これは、レイラが生まれた日か…。出産に立ち会えなかったのが、唯一残念だった。この後、リナがレイラの名前を決めたな…)

 

 若い頃は、中高暴走族に入っており、そこでヤンチャして補導も何度か受けていた薫であったが、そのアツさを原動力に防衛大へ入学。指揮幕僚課程も一発で合格するなど優秀な成績で卒業し、海上自衛隊へ入隊。

 そして、とある休暇の時、ひったくり犯を捕まえた際、ひったくりをされた女性が、レイラの母親であり薫の妻であるリナとの出逢いの馴れ初めとなる。

 こうして交際をはじめ、薫は海上自衛隊からは離れず、数年後に結婚。そこから暫くして、レイラを家族に迎えることになったわけである。

 

――パパ〜?パパはどうしてたまにしか帰ってきてくれないの〜?――

――それはな…仕事があるからだ――

――どんなお仕事〜?――

――船に乗って、海で悪さしてる奴がいないか見張る仕事だ――

――お船に乗って、悪いやつやっつけるんだね!正義のヒーローなんだね!――

――……そうだな――

 

(あの頃はどんなものにもレイラは興味を持っていた…。側にいてやることが出来ずに寂しい思いをさせてしまっただろうか…?それに、リナも大変だったろう。育児と家事、両方を押し付ける形になってしまっていた)

 

 レイラが小学校に上がった頃も、薫は仕事柄__自衛隊でも海上自衛隊であり、他の陸空自衛隊よりも帰省日程は偏りがあるわけである。

 なかなか顔を見せることが出来なかったことを悔やんでいるらしい。この時期の子どもへの接し方を把握した現在故に余計そう思うのだろう。

 

――ママ〜――

――なに?どうしたのレイラ――

――パパは自衛隊さんなんでしょ?――

――そうね。海を守る自衛隊さんね――

――パパ…いつか死んじゃうの?――

 

(この二人の会話と、レイラの心配と疑問を耳にした時は、かなり動揺した覚えがある)

 

 この会話を聞いたあと、薫は泣く一歩手前のぐしゃぐしゃの顔をしたレイラに、自分がいる自衛隊とは何なのかを、どうしているのかを、丁寧に一つひとつ説明し優しく慰めた。

 

――レイラ、よく聞くんだ。俺は…パパはな、レイラとママ、そしてみんなの平和を守るために自衛隊をやってるんだ。レイラとママが大好きだから、やってるんだ――

――……でも、でも悪いやつのせいで死んじゃったら――

――パパは死なない。死なないようにいつも練習だって頑張ってる。だから、大丈夫だ。心配するな――

――でも、パパが自衛隊さんにならなくってもいいじゃん…――

――レイラ、誰かを守るってことには、すごい努力が必要なんだ。誰か一人じゃ、全然足りないものなんだ。だからパパはその手助けをしてるんだ――

――うぅ…ぐすっ……――

――分かってくれるか?レイラ…――

 

 また、薫は父親である自分を純粋に心配してくれることに、ほっと安堵したという。そして嬉しかった。

 ろくに遊んでやったり、接したりすることもできず、父親失格ではないのかと考えていた時期でもあったからだ。

 

――ねえパパ!――

――……なんだ?――

――私、戦車道やりたい!!――

――………そうか。戦車が好きなのか?――

――戦車もだけど、乗ってる娘たちがみんなカッコよくて!!私も、ああいう風になりたいんだ〜!!ねえ、駄目?――

――地元だと……黒森峰に入学したいのか?――

――うん!!――

――……本当にやりたいなら母さんにも、そう話すんだぞ――

――やったー!!ありがとうパパ!!――

 

(本人から、どこに進学してなにをやるつもりなのか教えてもらえていなかった時期にいきなりこれだった。レイラのやると言ったら譲らないところは、俺に似たのか、リナに似たのか…)

 

 小学校後半になると、レイラは頻繁に高校戦車道の試合映像を見るようになっていた。

 また、レイラは薫がいない時、都合が合わない時は、生で戦車道が見たいと母親のリナにせがみ、試合会場や練習会場に連れていってもらっていた。

 それほど夢中になれるものをレイラは見つけたのだと、薫は当時思った。これも娘の成長か…と一人感心していたのはいい思い出である。

 

――それじゃあ、行ってきます!!――

――なにかあったら、連絡寄越してね――

――うん。分かった!――

――レイラ、頑張ってこい――

――うんっ!!――

 

(もっとまともな言葉を送るべきだったかもしれん…後の祭りだが)

 

 心中で苦笑しながら薫は、黒森峰乗艦の日、リナと共に搭乗ゲート前でレイラを見送った光景を眺める。

 

(…そして、レイラが中学二年になった頃に……)

 

――歩道を歩いていた際に軽トラックが侵入したらしく…――

――即死だったとのことです…――

――その軽トラの運転手も数時間前に病院に搬送されましたが、先ほど死亡が確認されました。どうやら心臓発作由来のもので――

――…そう、ですか――

 

(あの時、頭の中が真っ白になった。辛うじて出た言葉さえも掠れていたんじゃないか)

 

 警官・刑事、そして医者と立ち会った際、呆然としていたことを薫は思い出す。

 隣にいたレイラの方がしっかりしていた印象が残っている。あの時、レイラに肩を揺すられて大丈夫か問われて正気に戻ったからだ。

 

(…そうだ。レイラなら、大丈夫だ。そう、きっと)

 

 父親である自分が、娘を残して死んでしまうことは、謝っても謝りきれないことであることは承知している。

 もしこの場にレイラがいたならば、頬を膨らませ涙を滲ませ怒りながら顔を引っ叩いてくるのではないかと思うのだ。

 しかし、今の薫の心の中は無念や後悔、不安よりも、期待と希望の方が大きく優っていた。

 なぜなら、レイラの周りには、頼もしい人間で溢れていることを知ったからだ。

 それに、自分は奇跡が起こると信じてこうなったのだ。こうしたのだ。レイラたちを助けるような奇跡が必ず起きると確信しているのだ。これも、彼女にとって必要な人生の過程となると信じて。

 薫も、無責任な父親だと、自身の命すら軽んじた人間だと、愚かな軍人だと、他者から後ろ指を指されるかもしれないことは重々承知している。

 それでも、大切な人間の未来を、そんな他者に信じて、あとは頼むと……託したのだ。

 

(……見えた…!)

 

 周りに映っていた人生の映像は遂にすべて途切れ、また真っ白な空間へと戻る。その際、薫は誰にも感知できないものを見た。

 穏やかで、晴れやかで、探究心と好奇心をくすぐる、どこまでも広がる蒼い未知の海が、一瞬だけ見えた。

 

(!!、リナ…すまん。そっちに行く。レイラ――)

 

 そして、愛娘への惜別の言葉が頭に浮かぶ前に、薫の意識は白い空間を塗りつぶすように現れた、さらに真っ白な眩い閃光に遮られて消え去った。

 

 

_______

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学園艦 右舷艦上

 

 

――ドォゴォオオオオオオン!!!!!!!

 

 

「あ、ああ…っ!!パパ、パパァアーーー!!!!」

 

 

 レイラは見た。学園艦上から、父親の乗っている船である"あらなみ"の最期を。

 瞬きする間もなく、一瞬で"あらなみ"がぐしゃっと、言葉の通りのスクラップへと変貌したかと思えば、その後すぐに爆散する光景だった。

 

「キミ!ここにいたら危ない!!シェルターに退避するんだ!!」

 

 学園艦右舷側艦上への立ち入りを規制し、身を挺して警備の任に就いていた艦内警察官らが、右舷区画ギリギリに身を乗り出して今にも海に飛び込まんとしていたレイラを確認し大急ぎで止めに入った。

 

「いや!!だって、パパが!!」

 

「護衛艦だってやられたんだぞ!!」

「暴れないで!早く避難を!!」

「ここにもいつ攻撃が飛んでくるか分からないんだから!」

 

 大の大人が数人掛かりでレイラを抑えに入ったが、それでもレイラを止めるにはいささかマンパワーが不足しているように感じられた。普段のレイラからは想像がつかないほどの気の動転のしようである。

 

「レイラ!!アンタ何やってるの!?」

 

「れ、レイラちゃん!ここは下まで百メートル以上もあるんだよ!そこから落ちたりしたら…!!それに今は!!」

 

 シェルターとは反対方向に走り出したレイラを追いかけてきていたエリカとユウもようやく追いつき、艦内警察と悶着しているレイラを落ち着かせるために動く。

 

「だって…、パパの船が!"あらなみ"が!!」

 

 "あらなみ"が轟沈した周囲の海面には、護衛艦の燃料である軽油に爆発の炎が着火し、火の海となっていた。

 見るだけでも堪える光景である。仮にあのど真ん中に生存者がいたとしても、周囲の劇的な環境の中ではすぐに生命活動を停止せざるを得ないだろう。

 なお、"あらなみ"轟沈の前にすべての"あらなみ"クルーは、内火艇や救命ボートで退避を終えており、爆発や艦の沈没による引き込みなどに巻き込まれずに済んでいた。彼らは学園艦右舷に展開していたもう一隻の護衛艦__"さわぎり"により回収されている最中である。勿論、今も戦闘中であるため緊迫した状況であることに変わりはなく、悠長にやっているわけではない。

 

オオオオオオオーーッ……!!

 

 邪魔者たちからの妨害も、鳴りを潜めだしたためにカリュブディスの進撃スピードは上昇する。

 目前に迫らんとする巨大な怪異。

 溜めに溜めた鬱憤を晴らせるのだと、そう言っているように唸るカリュブディス。

 潜水艦二隻による雷撃のみでは足止めにならないようだ。護衛艦もほぼ全ての弾薬を使い切った、若しくは給弾に入ったらしく、反撃の動きに陰りが見え始める。

 

「く…っ!今度は護衛艦が…!!」

 

 一方で右舷艦上市街地の一角で影法師と白兵戦を演じていたハジメは歯噛みしていた。

 自分がこうして変身できない間にも命を落としてしまう人がどんどん増えていく。

 ハジメは焦燥感に駆られていた。

 

フフフフフ……そろそろ頃合いか。ウルトラマンナハト、それではカリュブディスの相手をしてくるがよい。もうお前を止める理由もないのだから。クククク……呪え、震えろ、憎め、己の無力を!」フッ………

 

「なっ!?待てっ!!」

 

 影法師がハジメに対する妨害を止めて、空へと消えて退散する。

 散々こちらを掻き乱しておいて目的は達したから自分だけは帰らせてもらうと言われたに等しいハジメは憤りを隠せなかった。

 しかし、もう追いかけることもできない相手に怒りを燃やしたところで何か変わるわけでもない。

 

 「俺を邪魔して、何を……。っ!!」

 

 その時、ハジメの頭に電流が走った。第六感や直感というやつである。

 さいたま市でティガとの会遇を果たしてから、覚醒したハジメの潜在能力は目を見張るものがあった。

 超人的な聴力、視力、危機察知能力等が主だったものであるが、ハジメはその内の一つの危機察知能力__ある種の感知・予知能力が合わさったものが機能したことで、自分の周りで今何が起こったのか、影法師の仕掛けたものが何であったのかを直感的に理解するに至った。

 

「そうか…そういう、ことかよ!!」

 

 そして並外れた聴覚と視覚を併用・発揮させ、学園艦上での出来事と海上のカリュブディスの行動を繋ぎ合わせる。

 そこから導き出される答えは一つ。友達(レイラ)父親()の死である。

 聞こえる。声が聞こえる。

 大切なものを失って泣き叫ぶ人の声が。

 福岡。小さな女の子。涙。重なる。

 嗚呼…また、繰り返している。繰り返してしまっている。もう、繰り返さないと誓っていたはずなのに。

 ハジメの心の中は、激昂一色に染まっていた。

 

「やったな…やったなぁああああ!!!!!」バッ!!

 

 アレを、倒せ。完膚無きまでに。

 激情に背中を押されるかのようにハジメは乱暴に、そして猛々しく、アルファカプセルを掲げる。

 ボタンをこれまでで一番の力を込めて潰すかのように押す。

 刹那、学園艦上に眩い閃光が走る。

 一本の強靭な光の柱が海原にそびえ立つ。

 

――――ジュア……ッ!!!

 

 赤黒いオーラを纏った黒き巨人____ウルトラマンナハト ビギニングストームが威圧感を漂わせながら空中に立っていた。

 

 

 

 





 はい。皆さん、お世話になっております。投稿者の逃げるレッドです。

 この回は何度も書き直し、悩みに悩んだ話でもあります。主要キャラの肉親の死や、その元キャラ…蕪木薫艦長は原作たる空母いぶきでは依然死亡していないのに二次創作とはいえ死なせて良いのか、といったものでかなりの期間苦悩しましたが、こうして投稿させていただきました。
 この作戦よりもっといいやり方はあっただろうにと思われる方はいらっしゃると思いますが、そういった点はどうかご容赦ください。
 しかし、このレイラちゃんの回が過ぎれば悩む箇所も大分減ると思うので、頑張ります。

 話は飛びますが、自分も遂にシン・ウルトラマン、観てきました。オマージュや小ネタ等、楽しめる、ニヤつけるシーンが至る所にありました。
 あれは一度劇場で見るべき作品だと思います! ブルーレイは絶対買う。

 ……さて、ハジメ君もババルウ戦以降、人外側に足を踏み込み始めてきました。彼にブレーキたるストッパーが必要なのか、それとも横にいてやる理解者が必要なのか、それ以外が必要なのかは、まだ分かりません。
 今後もよろしくお願いします。

_________

 次回
 予告

 _____残された者が縋りつくのは、一筋の光が差す小さな扉。
 その扉が間もなく閉じられることを知らずに、小さくか弱い手を精一杯伸ばす。

 そんな者の近くに、黒紫の影がにじり寄る。

「また、まただ……俺は何度も。繰り返すのか…」

 これまで何度も大きな壁を乗り切ってきたハジメだったが、またしても彼の前に狡猾な悪意が立ち塞がる。

 次回!ウルトラマンナハト、
【ヒーローの重責】!


サイドストーリー アンケート(基本ほのぼの)

  • 紗希のトモダチ
  • ミチビキさん サンダース編
  • ミライVSマホ カレー対決
  • ハジメ、迷い家にて
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