旧:逸見エリカのヒーロー   作:逃げるレッド五号 5式

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第40夜 【ヒーローの重責】

 

 

 

 

 

――――ジュア……ッ!!!

 

 

 ビギニングストーム・レイジバースト。

 Rage(レイジ)…英語圏では怒りの感情を表す言葉である。

 カリュブディスの前に現れたナハトは、激情の名を冠する存在となっていた。

 何故、そのようなことになっているのか。簡潔に言うならば、それは当のウルトラマンの変身者であるハジメ本人の感情の発露が招いた結果である。

 ハジメの感情の爆発によってビギニングストームに一手間加わった形態が、レイジだ。さいたま市での戦いで見せた、周囲に纏う虹色の光の嵐は無く、そこには代わりに赤黒い塵…灰のようなオーラのみが漂う。

 感情のオーバーフロー…飽和状態に陥っているのだ。

 

《………》

 

 ハジメ___ナハトは、怒っている。救えたと思う命が、零れ落ちてしまったことを知ってしまったから。

 しかも、悪意ある敵によって仕組まれ、さらにはそれにまんまと翻弄されてしまったから。

 自分に、影法師に、そして目の前のカリュブディスに激しい怒りを覚えるのだ。

 

《………》

 

グォオオオウ……

 

 己よりも明らかに小さいはずの巨人に、形容できない違和感を覚え行進を止めて低く唸るカリュブディス。

 掛け声も発さない不動のナハトの出立ちに気押されたようである。

 両者共に一歩も退かず。距離を取ることも、縮めることもせず、動かない。

 

《………》

 

グゥゥ……!

 

 先に動いたのはナハトだった。

 微塵も揺れずジッと滞空していたナハトが海面近くまで降下し、"空を歩き出した"。足が向く先には、カリュブディスが存在する。

 真っ直ぐ距離を詰めるナハト。もう一度カリュブディスが低く唸る。

 最終警告らしい。これ以上近づいたら、後ろの巨大な鉄塊ごと大穴を空けてやるからな…と、そう言っているのだ。

 

ジャコン!! ____コォオオオオオオオーーッ!!

 

 ナハト相手に威嚇のみで応じていたカリュブディスが剛腕…空気圧縮砲を向け、充填を始めたようである。

 カリュブディスの剛腕を中心にして、目視できるまでになった急激な大気の流れの変化が発生する。

 海自・海保艦船を粉々にしたものよりも、さらに強力かつ機敏な砲撃を加えようとしているわけだ。

 

シュゥウウウ……ォォオオオ!!!

 

______ヒュボッ!!

 

フンッ!!

パキィン!!!

 

 カリュブディスの剛腕から放たれた空気圧縮砲。

 超高速かつ不可視の巨大な空気の塊がナハトの胸の真ん中を射抜かんとしていた。しかし、ナハトはそれを右手を横に振ることでかき消した。

 意図も容易く、真正面から敵の全力を無かったものにしたわけである。

 

……!! グォオオオオオ!!!!!!!

 

 自身の渾身の一撃を無に帰した目の前のナハトに、怒りを露わにするカリュブディス。

 自分より強い生物がいてたまるものか。カリュブディスは、向こう(並行世界)では"帝王"不在の地上の覇者であると本能で理解していた。覇者である者の攻撃を、細くて小さい者に効かないなどということはあってはならないないのだ。

 

 ___ジャコン!!

 

グォオオオオオオオオッッ!!!!!!

 

 故に、である。何かの間違いだと何かを振り払い、雄叫びを上げながらカリュブディスは再び攻撃動作に入った。

 しかも今度は片腕のみではない。両腕による二発同時発射である。

 

コォオオオオオオオ……‼︎

 

___ヒュボッ!! __ヒュボッ!! ヒュン!!!ヒュン!!ヒュバッ!!

 

 さらに驚くべきことは、そこからこれまでと比べてもあり得ないレベルでの速射を開始したことである。

 発射までのディレイ云々の話など消え去ってしまう…そんな恐ろしい攻撃が繰り出される。

 人類のみならず、同格の怪獣や異星人にとってですら重大な脅威レベルであろう空気圧縮砲の連打。

 しかし、それさえもナハトは次々と弾き飛ばし始めた。

 

パキィン!!パキンッ!! __パキィンッ!!

 

 カリュブディスの連続砲撃を掻き消しながら、ナハトは水上をずんずんと突き進み、カリュブディスへと向かう。

 カリュブディスはここでようやく、目前の存在が完全上位の…自身の手には負えない途方も無い脅威であると認識した。

 

グォオオオオアアアアーーーーーッッッ!!!!!

 

 カリュブディスの腕部砲撃の標準が乱れ出した。いや、こちらへの注意を少しでも散らすために、後ろにいる小さき巨人が守ろうとしている鉄塊達――船団――に対して砲撃を連発し出したのだ。

 これならば、この化け物(ナハト)も幾分か動きを止めざるを得ないだろう。それに、今まで空気圧縮砲を弾いてきた方法は拳や手刀による打ち消しである。手は無限には伸びないだろう、という算段だ。

 ――が、しかしである。

 

ヒュンッ!!!

 

 空を裂く音……ナハト本体に向けて放たれた空気圧縮砲を消し飛ばした際よりも、一回り大きく鋭い断裁の音が砲撃の回数分、海上に響き渡った。

 船団への被害は、()()

 これが意味することは何か?

 答えは簡単だ。空気砲を相手にナハトが空気の刀を使っただけある。

 超高速で振り抜いた手刀から繰り出された不可視の刃。全てナハトがやってみせたものである。

 

グォオオッ…………!!!

 

《………》

 

 そして到頭、ナハトはカリュブディスの真前に着いた。

 たじろぐカリュブディス。ナハトは先程まで邪智暴虐の限りを尽くしていた巨大な内弁慶を見上げる。

 光の巨人の顔は変わらない。しかし、今、何をどう感じているのか、なんとなく分かる。出立ち…風貌…そしてここまでの過程と周囲の環境から見出せる。

 ―――天の頂まで届かんほどの憤怒である。

 

 

――ガシッ!!

 

グゥゥッ!?

 

 見上げていたナハトが、カリュブディスの腰を掴んだ。さながら相撲の様相を呈した光景だ。

 これから一体なにをするのだろうか、掴み合い…取っ組み合いの大乱闘だろうか。恐らく違う。

 

《…お前は、お前は絶対許さない…!!》

 

――ジュァアアッ!!

 

 ナハトは沈黙を破り、カリュブディスを掴んだままの両腕を思い切り上に振り上げた。

 その動作が終わったと思えば、ナハトと向き合っていたカリュブディスが海上から姿を消していることに学園艦や護衛艦から見ていた者達は気づく。

 あのヒョウモンダコの化け物はどこへ行ったのか…と。

 

「……()か」

 

 誰かが言った。ナハトが上空に飛翔し視線を上へと向けた人々はカリュブディスの居場所が自然と分かった。先ほどまで空を覆っていた曇天の一部にポッカリと穴が空き、そこから陽光が差し出していたからだ。

 空を昇ってゆくナハトを目で追っていけば、高空に黒い粒のように見える物体――カリュブディスが視認できる。

 カリュブディスはナハトによって一瞬にして空高く飛ばされたのだ。極小の粒と見間違うほど、高い場所へと。

 飛翔しているナハトがカリュブディスへ向かう中で加速する。二、三回目視できるソニックブームが発生する。それは曇天を突き抜けながら突き進む。

 数段増速したナハトが、カリュブディスと一定距離まで詰めたかと思えば、急に体を翻した。上半身を下に、下半身を上にした、蹴りの体勢である。

 

ズォオオオオッ……!!!

 

《___明星キック…翔天……!!!》

 

 ナハトは足に金色のオーラ…エネルギーを纏い、カリュブディスの胴体の中心に突っ込んだ。

 肥大なカリュブディスの体に矢の如く突き刺さったナハトはそのままカリュブディスを貫通し、さらに空の上へとぐんぐん昇っていく。晴天と化した空に金色の光の矢が駆ける。

 カリュブディスは断末魔を上げることもできず、ナハトに体を貫かれた数寸後には無数の亀裂を体に刻まれバラバラになった。即死である。

 

 しかしながら、ハジメ――ナハトはそれでも許せないのか、そこからスペシウム光線を放ち、落下中の――元はカリュブディスであった――肉片を一つも残さずに抹消した。

 

《また、まただ……俺は何度も。繰り返すのか……》

 

 ……感じる。海の上からとても高く、離れている空の中にいるはずなのに。

 あの時(福岡)と、同じ…似た視線を、学園艦から感じた。

 悲壮…憎悪…憤怒…失望…、あらゆる負の感情が強く渦巻き絡み合った……レイラの感情がこちらに向けられていることにハジメは気づいていた。

 

《…目は、もう背けない。……だけど、…だけど…!!》

 

 足止めをされていたとはいえ、艦隊が半壊する前にカリュブディスをなんとかできたのではと、終わりのない自問自答をこれまでのように心の中でまた繰り返してしまう。

 しかしここで苦悩し続けても仕方がない。ハジメ――ナハトは溢れる感情をなんとか振り払い、実体を光の粒子に変換し姿を消したのだった。

 

 

_________

 

 

カリュブディス撃破からおよそ15〜30分後

 

黒森峰学園艦 高等部校舎多目的シェルター前

 

 

 ウルトラマン によって怪獣が撃破され、付近の海域の安全が取り敢えずは保証されたものの、レイラは艦内警察、消防の隊員や、エリカ、小梅、ユウに付き添われてシェルター前までやってきていた。

 ここまで人の手によってなんとか連れてこられたといっても差し支えないレイラは、憔悴しきった様子であった。

 

「避難指定区域に残っていたのはこの子たちだけだ」

「君たち、あんなとこにいるのは危険だったんだぞ? しかもあんな船の端っこにいたらもしかしたら海に落ちてたかもしれないんだ」

「おい、もうよそう…。お前だってあの子の気持ちは分かるだろう?」

「…そうだな。すまない」

 

「あの、迷惑をお掛けしました」

「ありがとうございます」

 

 警官や消防士に頭を下げて礼をするエリカとユウであったが、肝心のレイラはといえばエリカに促される形で力無く頭を少しぺこりと下げるだけである。

 その態度を何も知らぬ人間が見たならば、気力も誠意もない無神経な子供であると感じるのではないだろうか。それも無理もないことだ。

 彼女は自身の父親をここ一時間の間で失ってしまったのだから。いきなり、そしてあっさりと、その非情な現実は目の前に現れてしまったのだから。

 非現実を現実として処理しさっさと受け入れろなんて、誰も言えない。誰にも言う権利すらないのである。

 

「怪獣は消えはしたが、周辺海域の安全確認が終わるまでは今暫くシェルターに入っていてほしい」

 

 艦内警察官の一人が空を見上げながら、エリカ達にシェルターへ入るよう勧める。

 学園艦上空を見上げれば、スクランブルで発してきた中部航空方面隊隷下の第6航空団所属、F-3J(蒼天)と少数のF-15MJ(イーグル改)で構成された第303飛行隊――レイザー隊と、後述する艦隊に所属する航空護衛艦…空護"かさぎ"艦載機であるF-35JB(ライトニングⅡ)が。そして両舷後方の海上に目をやれば、横須賀より駆けつけた第2護衛隊群第6護衛隊と、各海自航空基地より飛び立ってきた過去最大規模のP-3C(オライオン)、P-1哨戒機群、対潜ヘリ群が。

 海自ヘリや護衛艦は撃沈されてしまった海保巡視艇と巡視船、そして同じ海自の"あらなみ"…レイラの父である薫が乗っていた護衛艦の生存者の救出に徹している。

 

「一瞬で消えるじゃん、そんなの……」ボソッ…

 

「?、レイラ何か言った?」

 

「………」

 

 レイラは警官の言葉を嘲る、若しくは蔑むような声色で小さくポツリと呟いた。

 その声色の理由が、今この海域に集結した航空機と艦船で安全を確保することなど不可能だと、再びカリュブディスと同等の怪獣が現れたらまた蹴散らされるだけだという考えからなのか、はたまた、父親を失ったことからの自棄が回ってきたからなのかは分からない。

 隣に立っていたエリカは、レイラの言葉を拾うことはできなかった。エリカはレイラに問いただそうか迷っていたが、そうこうしているとレイラはシェルターへ繋がるゲートへとすたすた歩き始めたため、中断せざるを得なくなった。

 

「……あ、ハジメはどこ!?」

 

 このままレイラに付き添いシェルターに入ろうとした瞬間、思い出したのだ。アイツ(ハジメ)はどこに行った、とエリカは歩みを止めて思考を巡らし始めた。

 先ほどまではレイラを追うことに意識がいっていたが、ここで改めてハジメの動きを思い返してみれば、レイラを追う前後で別ルートに走っていたことに気づく。前回…さいたま市での一件もあり、ハジメ本人にもう少し自身の命の大切さは理解してもらえたかとエリカは思っていたが、今のこの状況から推察するに無駄に終わった可能性が高いという考えに行き着いた。何かあったら、自分の命を第一に動けと言っていたはずなのにと苛立ってしまう。

 

「そ、そういえばハジメさん、見てませんね…」

 

「ハジメのことだから、ポカやらかしたなんてことはないだろうけども…」

 

 しかし、逆に言うならば、身体的な実力を行使してまでキツく言い聞かせたとして、ハジメが素直に従うかと聞かれれば、その答えはノーである。言わないよりはマシだったというぐらいの話だ。

 

「またアイツは…!!」

 

 物事に対して単格的にかみついてしまうのは、自分の悪い癖であることをエリカは分かっているが……分かっているが故になおさら苛立つのだ。身を案じているこちらの身にもなってみろと、一方的な物言いであることは百も承知で。

 もしかしたら戦闘に巻き込まれて、海に落ちたのか? それともまだレイラを探しているのか? また自分のことなど後回しにして誰かを助けているのか?   

 …分からない。本人から直接問い質すためにも、ハジメの所在を掴まなければ、とエリカは考えていた。

 

「…あっ。エリカさんエリカさん」

 

「なによ、小梅。今はアイツを探しに――」

 

 小梅とユウに、レイラの側にいてくれるよう頼み、ハジメを探すために踵を返して市街地区画に向かおうとした矢先、小梅に呼び止められた。

 

「ハジメ君、来ましたよ。ほらあそこに」

 

「えっ?」

 

 小梅が人差し指で差した方向を目で追っていくと、そこには艦内警察と消防隊の人間に囲まれている中でぺこぺこと何度も頭を下げているハジメの姿が確認できた。

 エリカはハジメの元へと足速に無言で向かう。

 

「坊主もあの嬢ちゃん追っかけてたのか」

 

「はい、そうなんです。俺は違う場所探してて、みんながシェルターに向かったことも分かんなくて…」

 

「とにかく無事でよかった」

「…今後はそういったことが無いようにするんだぞ。ほら、あっちだ」

 

「はい……分かりました。ありがとうございます……」ペコッ

 

 エリカは大人達に言ってやりたかった。ハジメはそんな優しい叱責如きでは懲りないことを。

 そうして、自分からしたらとても甘い注意を受け終わったハジメの前にエリカは正対する。

 

「ハジメ」

 

「あ…エリさん……」

 

「今回はどこで何してたの?」

 

「あ、……俺は…必死に動いてた。夢中になって、動いてたんだよ。関係ないこととか、やってない。本当に夢中で…それで……すぐに合流できなくってごめん」

 

 やけに素直に謝るじゃない、とエリカは思った。途切れとぎれになりながらの言い訳を断ち切ってスパッと謝罪へと切り出したハジメに違和感と新鮮さを感じた。

 

「え、えぇ……。分かってくれてるなら、いいのよ…」

 

 しかし、どこか変なのだ。今までとは違う何かへの違和感……なんと言えばいいのだろうか。会話の中には確かに謝罪の言葉が入っているのだが、謝っている相手が自分(エリカ)ではなく、まるで()()()()()()()()()()()()()のものであると錯覚するのだ。

 ハジメの俯き加減な顔を見るのは、これで何度目だろうか。また何か、自分に隠して一人で背負い込もうとしてるのだろうか。

 

「は、ハジメ?アンタ何かまた――」

 

「いや…俺は……俺は最善を…でも……最善だなんて、言えない……」

 

「なに言ってるの?ちょっと、大丈夫?」

 

 ハジメの様子が明らかにおかしかった。

 地面へ視線を落としながら、虚空に語り掛けるかのように話を続けているハジメ。なんらかのノイローゼなどに罹ってしまったのだろうか。

 だとしたら、いつ?どこで?なぜ?

 

「――うん、あぁ。大丈夫だよ、エリさん。行こう」

 

「え、ええ。そう…ね」

 

 どう見たって大丈夫なわけないでしょ、そう言いかけた口をエリカは噤んだ。

 一度エリカへ顔を上げ、弱々しい空笑いを見せた後、再び視線を下に落として俯きながらシェルターへ続くゲートを潜るハジメ。

 これ以上の追及、質問は不可能だろうと判断したエリカは何も言わずハジメの後ろをついていくのであった。

 

 

_________

______

___

 

 

「どう言うことですか!!」

 

「え、エリカさん落ち着いて!」

 

 怒気の帯びたエリカの声とそれをなんとか止めようとする小梅の声が、艦内シェルター内のとある一室で響き渡った。

 

「ど、どうといわれてもねぇ…、学園艦の航行方針については船舶課の生徒と上の先生方が決めることだから、私らも分からないんだ。

……今回は自衛隊や文科省から直に指示があったと聞く。シェルター内にいる自衛官や警察にでも聞いたら、少しは分かるんじゃないか…?」

 

 エリカに詰め寄られた教師が視線をあちこちに移しながらしどろもどろに答える。

 エリカの怒りの原因は、先程まで怪獣――カリュブディスによる襲撃があり、護衛の船も三隻沈められた状況であるのにも関わらず、黒森峰が最寄りの港に寄港せずに当初の予定通り東京湾内の千葉港へと向かうという話が大元である。

 なお教師本人は、本当に航行の事情をよく把握してはいないようだ。…その前にエリカの機嫌をこれ以上崩さないようにという心情があったわけだが。

 

「そうですか……っ!!」

 

「え、エリカさん!!」

 

 碌に情報を得ることができないと分かったエリカは足早に待機部屋の空間から出るのだった。

 この苛立ちを治めるため、そして、様子のおかしかったハジメを探すため。

 

 

――――――

――――

――

 

 

「………パパ…なんで、なんで"あらなみ"に一人で残ったの…?」

 

 シェルター内の女子トイレの洗面台の前で、レイラは呟いていた。鏡に映る自分を無気力に見つめながら。

 

「パパが死んだなんて、嘘だよね…? だって、パパは私を置いてかないって……」

 

 なぜここにいるか、それはレイラの精神状態が原因である。

 彼女はできなかったのだ。恐怖を感じたものの、何も失わず、怪獣が消え去ったことに安堵している人間たちが居座る待機所という空間にいることがたまらなく嫌だったのだ。

 

「なんで私だけなの…?周りのみんなは何も失ってない…エリカちゃんも、ユウ君も、小梅ちゃんも、みんな、みんな…!!」

 

 レイラは聞こえていた。

 いや、聞こえてしまったと言う方が正しいのか。

 数分前、シェルター内の通路を歩いていたレイラは、通路の広場の隅で白、若しくは青色の制服を着た男達――自衛官…海自の人間らが小さな声でやりとりしていた会話を偶然聞いてしまったのだ。

 

 __"あらなみ"艦長である蕪木薫二等海佐がKIA(戦死)判定となった__

 

 父親の死を再び叩きつけられたレイラは、何かの糸がプツンと切れいつの間にか化粧室に駆け込み今に至るわけである。

 軍事用語だって、戦車道に関係あるだろうから……と、少しは頭に入れておいて損は無いとしていた習慣が仇になった結果だった。

 無論、通路で会話していた自衛官らは、悪気があってレイラの近くで話したわけではない。狙ったわけではなかったのだ。

 ただ、本当に…タイミングが悪かったのだ。そうとしか言えない。

 

「パパぁ……なんで……なんで死んじゃうの……?置いてっちゃうの……?」

 

 体を支えていた両足から、力が不意に抜けたレイラは洗面台に体を預けるように顔を伏せて啜り泣く。

 

「どうして…!こうなっちゃったの…?」

 

「――知りたいか?

 

「えっ……ひっ!?」

 

 前から、声を掛けられた。そう、前からである。

 目の前は洗面台、そして鏡があるはず……正面から声が聞こえてくるのは異常であった。

 まさかと思い顔を上げたレイラが見たのは、上半身だけを眼前の空間に覗かせている黒紫色の羽織物を頭から被った者……それもなんと男だった。

 ここは女性化粧室、不気味かつ奇妙な男がいるという事実も相まって余計に異常さが掻き立てられる。

 レイラは悲鳴を上げることすらできず、へなへなとへたり込むも、すぐさま距離を取ろうと洗面台から反対の壁まで後ずさる。

 

「あなたは、誰…?何する気…?」

 

 レイラの体は小刻みに震えていた。感情を吐き出している最中に不可思議なものに遭遇してしまったのだから、訳もわからなくなりパニック手前になるのはごくごく当たり前といえば当たり前である。

 警戒を通り越して無防備で怪異――影法師に問いかけてしまうことは防ぎようもなかった。

 

ククク……我らは、お前が探している答えを持つ者。そして、手を貸す者でもある

 

「答え…?手を貸す……?」

 

「――ウルトラマンナハトが、あの時よりも数寸でも早く、あの場に現れていたら…お前の父親も死なずに済んだ。そうではないか?

 

「ぅ……そ、それは……」

 

 レイラはすぐに否定できなかった。言葉が喉元で詰まってしまった。

 何故か?それはレイラ自身、最愛の父である薫の死の原因と責任の一部がナハトではないのかと言う考えが僅かではあったが頭の中に存在していたからである。

 

何を我慢している?言ってしまえばいいではないないか……お前が本当は言いたいこと、それは正しいのだから……ククク

 

 黒い感情を抑えようと、理性を辛うじて保たんとしているレイラに追い討ちを容赦無く掛ける影法師。

 

「で、でも、ナハトだって、一生懸命戦って――」

 

事実は変わらない。お前の父親が死に、ナハトはその命を救えず、お前の苦痛の根源そのものとなっている。何をためらう?苦しみを己に与えてくる輩を恨んで何が悪いのだ

 

 影法師はレイラにゆっくりとにじり寄り、彼女の肩に手を掛け諭すように言葉巧みに負の側面へと誘う。

 肩を経由して、影法師からマイナスエネルギーを注入されていることをレイラは知らない。先ほどまで恐怖でへたり込んでいたはずであるのに、レイラは立ち上がっていた。

 

「……確かに。そうだね。何で私、そんな当たり前のこと、してないんだろ。当然の権利なのに」

 

 自分の意識が改変されていっていることにレイラは気づけない。刷り込まれた意識が、平常であると錯覚している。

 影法師の言葉に乗せられ出したレイラはウルトラマンへの……ナハトへの敵意に心を染めてしまう。

 レイラの瞳孔は大きく開き、光を見せぬ暗い瞳が現す。体からは目に見えるほどの黒いオーラを発しており、大洗でのヒカルと同じような状態となるのに時間は掛からなかった。しかし、ヒカルと違う点は誑かされたかそうでないか、用意された感情を受けとってしまった点である。

 

ククク…。そうだ、己に正直になるのだ。隠さず振り撒く方が楽だ、自由だ。そしてそんなお前に、我らから遣わすものがある。これを手元に持っているのだ」ズイッ…

 

 レイラに押し付けるように、影法師は手の平に収まるほどの大きさの、禍々しい気を放つ黒紫の水晶玉を渡した。

 サイズはかわいらしいが、中に秘めている力は並大抵のものではないだろう。

 

「これは?」

 

 レイラが水晶玉についてを問うと、影法師はフードから覗く口元でほくそ笑みながら答える。

 

それはお前の父親の無念を解き放つことができるモノだ。次にウルトラマンが現れ、怪獣と戦い倒した後、すぐにそれを割れ。さすれば、お前とお前の父親も救われよう……クククク

 

「分かった」

 

 影法師に頷いたレイラ。それを見た影法師は満足げに空間から霧散して姿を消したことで、化粧室内はレイラ一人となった。

 レイラが水晶玉を制服のポケットにしまう頃には、本人から発されていたドス黒いオーラはどこかへと仕舞われていた。

 そして目の前の鏡に映る自身の暗い顔つきをレイラは見る。短い瞬きを間に入れた後、再び鏡を見つめれば、天真爛漫な笑顔のいつもの自分が立っていた。

 

「……ふぅ。よし!いこっか!!」

 

 レイラは自分を元気づけるような声を掛けて化粧室をあとにした。

 仮面のような冷たい笑顔を貼り付けながら。

 

「早くみんなとこに戻らなくちゃね」

 

 軽快な足取りで待機所へと歩むレイラ。そんな折、ハジメとばったりと邂逅する。

 

「あ、ハジメ君!」

 

「レイラちゃん…。その、具合の方は――」

 

「なんのこと?」

 

「えっ…?」

 

「だから、なんのこと?」

 

 父親を失ったレイラから返ってきた反応は、笑顔を向けながらの疑問だった。その笑顔はひどく不気味であった。

 まるで、これ以上詮索するな、そう言っているようだった。口で言われたわけではないが、ハジメの第六感は訴えかけていた。

 そしてハジメが反応に戸惑っていると、たたみかけるようにレイラは問い出す。先ほどまでは、ハジメが質問する側であったのに。

 

「んー、ハジメ君の言ってること、いまいち分かんないな〜」

 

「分かんないって……、お父さんのこと…」

 

「ずっと暗いままじゃみんな心配しちゃうかな〜って!だから、私切り替えたんだ〜!」

 

 無邪気な笑顔、なのだろうか?

 ハジメは自分に向けられている表情と内面に抱えているレイラの感情は同じだとは到底思えなかった。

 

「そんな!親しい人が…家族の死は、そんな……」

 

 ――簡単に割り切れるものじゃない…、だが口には出せなかった。こんなこと、自分が言えるわけないのだ。言ってはいけないのだ。

 

「いーい?なにもハジメ君が悪いわけじゃないじゃん。逆に、ハジメ君はエリカちゃん、小梅ちゃん、ユウ君と一緒に無茶しようしてた私を探してくれてたんでしょ?私は責めないよ!」

 

「違う…違うよ、レイラちゃん。俺は――」

 

「パパが死んじゃったのは、ハジメ君のせいじゃないよ?なにそんなに思い詰めてるの?」

 

「それは……」

 

「ハジメ君は悪いことしてないよ。悪者じゃないよ、悪いのは……」

 

――ウルトラマンだから――

 

 後に続いた言葉が、ハジメを無情にも突き刺した。

 ハジメの聴覚がレイラから放たれた言葉を無意識にぼやかした。それでも、ハジメは世界がぐわんぐわんと揺れ出したかのような錯覚を覚える。

 何者かに頭部を鈍器でおもいっきし殴られたような感覚であった。それと同時に、猛烈な吐き気がハジメを襲う。

 

「うっ……!!あ、ぅ……ぐっ!!」

 

「大丈夫?ハジメ君、顔色悪そうだよ?暗い話ばっかりしちゃってたからかな…?それとも、船酔い?」

 

「ご、ごめ……ん」

 

 ハジメはレイラの顔を直視することができなかった。

 目を閉じてあからさまな拒絶を見せるわけにもいかず、こちらを覗き込むために首を傾げるレイラの顔を…瞳を見ざるを得なかった。黒だった。ドス黒い瞳がこちらを見つめて横たわっていた。

 しかし、どうやらハジメを本心から心配しているような様子であった。危惧していた敵対的な態度をレイラは見せなかったことに、ほんの僅かながらハジメは安堵し吐き気は収まり始めたものの、依然として動悸は激しい。さらにはストレス性だろう頭痛に襲われる。

 その場に立っているのがやっとの状態である。

 

「ハジメ君、また無理しちゃったんだね…ごめんね、私のせいだよね」

 

「ちが…う、よ…!これは……」

 

「ここにいたのレイラ!……と、それにハジメまで!」

 

「あ!!エリカちゃーん!!」ダッ!ギュウッ!!

 

「ぅぇっ!?ちょ、いきなりどうしたのよレイラ!?」

 

 ハジメを気遣う姿勢を見せていたレイラはどこへやら。恐ろしいぐらい迅速な切り替え………ここにまだハジメがいるのに、である。

 先まで顔に滲ませていた涙も飛ばして親友(エリカ)が来た瞬間には笑顔を振りまきながら彼女を抱擁するレイラに対して、ハジメはより一層重く激しい頭痛に苛まれる。あまりの痛みに声が漏れそうになるが、すんでのところで踏みとどまりなんとか持ち堪えようと耐える。

 

「レイラ?……その、もう大丈夫なの?」

 

「うん!いつまでもグズグズしてても、しょうがないから!!」

 

「そ、そう…ならいいのだけれど……。ハジメ、さっきからどうしたの?具合でも悪いの?」

 

 レイラの予想以上の明るい様子に戸惑うエリカではあったが、すぐに通路の壁に身を預けて立ったままのハジメの方に気を回した。

 ハジメは苦しくて答えられないだろうと、レイラが本人に代わってエリカにことの次第を伝える。

 

「ハジメ君、さっき私とばったり会った後からちょっと体調崩しちゃったらしくて…。多分、私のせいだと思う…私がシェルターにすぐに行かなかったから、無理に体動かしちゃって…それできっと」

 

「たしかに…まだまだ病み上がりの時期だけど、そうなの?ハジメ?」

 

「いや……違うよ。多分、偏頭痛とかだと思う。……俺、トイレ行ってくるよ…そのあと一応医務室に行くから……」

 

「そ、そう……本当にマズイって思ったら、すぐに連絡寄越すのよ」

 

「うん。分かった」

 

「お大事にねハジメ君」

 

「……あぁ、ありがとう」

 

 エリカはハジメの弱々しい後ろ姿を見送る。本当ならば、付き添ってやりたいのは山々だが、横のレイラが気掛かりだった。

 いつもと同じテンションに戻っていることに違和感をエリカは覚えたのだ。もしかしなくとも、無理をしてるのではないかと。シェルターに入る前後に共にいた自分の考えることである。間違いではないと確信できる。

 数十分前までの意気消沈具合が、こんな短時間で改善されることなど有り得ない…そう思った。いつもと同じような顔をしてみせているレイラからは、最近のハジメと同じ"匂い"が、雰囲気がしたのだ。表面上は大事ない体を取り繕っているが、コレは、いつ壊れるか分からないと。

 ハジメも気掛かりではあるが、目先のレイラを支えることを、エリカは最優先にしたのだった。

 

「ハァ…ハァ……う"っ ……な、なんだったんだ、アレ……」

 

 エリカと共に待機所へとレイラが向かい、距離が開いたあたりで、周囲を見回し一人の状態だと判断したハジメは口を開いた。

 その声色からは疲労感が滲んでいる。

 

「すごい……プレッシャーと邪気だった……。なにか、嫌な力に纏わりつかれたような……。レイラちゃんに何か良くないものが取り憑いているのか?」

 

 しかしこれから踵を返してエリカとレイラを追える状態でもなかった。

 仮に今、二人に追いつけたとしても、よくて待機所前の通路。それにエリカが件のレイラの側についている。レイラへの問い掛けや説得を目の前でやるわけにもいかない。しかもレイラはハジメ以外には若干違った対応をしていることも分かっているため、逆にハジメ側が変人…若しくは肉親を喪ったばかりの友人にとんでもない言動をとった非常識人として認知されて終わってしまうだろう。

 

(これが、ヒーローの……ヒーローになる者の責任…?)

 

 さらに言えば、ここでレイラに接触することに成功したとしても、自分がウルトラマンとバレてしまう危険性もある。先ほどのやりとりから、ウルトラマンはレイラにとってNGワードである可能性が高い。逆上されて何か事を起こされたら目も当てられない惨状になるだろう。

 

(だけど、今の状態で…ウルトラマンだとバレるバレないを気にしてる場合なのか…?)

 

 自分が為すべきことに曇りが生じたとように感じるハジメ。

 しかしながらレイラがウルトラマン…ウルトラマンナハトに対してマイナスの感情を向けていることは明らかである。

 

(なんで、なんでこんな……悲しいことが、何度も……!!)

 

 ハジメは薄暗いシェルターの通路の壁に、力無くもたれることしか、今はできなかった。

 

「俺は…やっぱり無力だ……」

 

 

 

 

 

 




 はい。お久しぶりです。就活に四苦八苦している投稿者の逃げるレッドでございます。
 第一志望、第二志望の企業さんからは残念ながら内定が貰えなかったため、秋前後まで就活が続くかもしれません。それに伴い、去年レベルの投稿ペースに復帰するまでは今暫く掛かりそうです。
 ちなみに期末テストの方は大丈夫でした。

 投稿時間に関してなのですが、今後の投稿時間は土曜日の午後六時にします。よろしくお願いします。

 さて、本編ではまたしてもハジメ君が曇りはじめて参りました。しかし人は大きなストレスに直面した時、それを乗り越えるほどの成長と変化を見せることがあります。
 ハジメ君はレイラちゃんを戻すことができるのか?ここが焦点になりそうです。


_________

 次回
 予告

 これまで一切の被害を出してこなかった日本の海上自衛隊がカリュブディスとの戦闘にて損害を出したタイミングを待っていたかのように、より一層の軍拡競争へ影を落とす世界各国。

 欧州、南米、アフリカ、豪州、…各地の"怪獣戦線"では特殊生物たちが猛威を振るう中、それでも戦い続ける人々。

 過去の遺物であり、ヒトを守る存在であり、語り部でもある機人__衛人から語られる超古代先史文明の口承。

 混迷する世界に生きる者たちは、まだその玄関先にすら立っていない。

 次回!ウルトラマンナハト、
【光芒と混沌の天変】!

サイドストーリー アンケート(基本ほのぼの)

  • 紗希のトモダチ
  • ミチビキさん サンダース編
  • ミライVSマホ カレー対決
  • ハジメ、迷い家にて
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