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――――
―――
「なんでウィードがイセージンなのみんなに言っちゃだめなの?」
「それは今の地球人類には受け入れ難い事実だからだ。彼らは…まだ準備できていない。それに例え、周りに話したとしても彼らはミカを快くは思わないだろう…」
「?」
「ああ…すまない。少し難しかったか。……うむ。そうだな、これはミカと私の二人だけの大切な秘密だからだよ。だから秘密を守ってくれるかい?」
「そうなんだ!分かった!!ミカとウィードだけの秘密…えへへへ!」
「そうだよ。秘密なんだ。ミカ、キミは賢いね」
――――
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――――
「ねえねえ、なんでミカはウィードと同じ顔になれないの?」
「ミカはこの姿は嫌いじゃないのか?」
「ううん!いつもの顔も、その顔も、どっちも大好き!!」
「……ありがとう。ミカも大きくなったら…きっとなれるさ」
「そうなの!?やったー!!」
「ところでだミカ。棚から新しく仕入れていたはずの商品がいくつか消えていたのだが、心当たりはないかな?」
「……かみかくしにあったんだよ」
「どこでそんな誤魔化し方を覚えた!言いなさい!!」
――――
――――
――――
「私ね、学校で友達に言われたんだ。なんでお父さんを名前で呼ぶのって。変なのかな?」
「いいや。変じゃないさ。呼びやすいのなら、そのままでいいよ。他人の言うことは気にしすぎない方がいい」
「…そうだね。ふふ…そうするよウィード」
「ああ。そうしてくれ。どうにもそれ以外で呼ばれると調子が狂う」
――――
――――
――――
「……ねえ、ウィード」
「どうしたんだい?」
「私はウィードと同じじゃないの?メトロン星人じゃないの?」
「ミカはこの星…地球で生まれ育った地球人だよ」
「それならやっぱり…私はウィードに拾われた血の繋がりの無い他人なんだね…。他人に思えたから、今までずっと名前で呼んで――」
「――赤の他人なわけがない。紛れもなく、ミカは私の娘だよ。血縁、血統などは生物学上の区分だ。それ以上でもそれ以下でもない」
「本当にそうなのかな…そう思ってしまって、いいのかな…」
「…私はミカがそう考えてしまう原因だろう実の両親が許せない。どんな理由で赤子だったキミを街中に置いていったのかは分からないし、分かりたくもないが、感謝はしている。こうしてミカがすくすくと育ってゆくのもを見ていられるからね」
――――
――――
――――
「――戦車道をやりたい?」
「うん…その、駄目かな?」
「駄目なわけないさ。中等部には無かったからね、興味があるんだろう?やってみたいんだろう?ならやってみなさい」
「……怒らないのかい?」
「ん?何故私がミカを叱らねばならない?」
「だって、幼い頃には音楽が好きだって言ってカンテレを買ってもらった。我儘も沢山聞いてもらったし、小学校、中等部の頃だって……」
「いいんだよ、ミカ。やりたいこと、好きなことを見つけるのが人生さ。新たなモノを発見することは悪くない。それに、プレゼントのカンテレは今も大事にしてくれてるじゃないか。私は好きだよ?ミカの弾くカンテレの音色は」
「それでも……」
「珍しいなミカ。いつものキミらしくない。…気にしなくていい。風の赴くままに、自分だけの道を進んでいいんだよ。この店のことも、私のことも気にしないでくれ」
「それは…どう言う……」
「深い意味は無いさ。育ての親としての言葉だよ」
「……ウィードは捨てない?私のこと」
「…捨てないともさ」
――
―――
――――
「――いろいろあったものだ。ミカを迎え入れてから」
「ふふっ。そうだね」
湯呑みの茶をズズズと飲みつつ、ほっと一息吐くウィード。
「この通り、私はウィードに育ててもらってきたからキミ達二人の気持ちも理解できるつもりだよ。だから全ての異星人を嫌ったりはしないさ。それとは別に、こうしてウィード以外の……外の人と話すことができたのに驚いているよ」
ミカが途中で口籠った。ウィードのことを異星人として区別して見ることを引け目に感じている節がある。当然だろう。恐らくミカはそんな壁や隔たりと言ったモノを感じることなく、ウィードをちょっとばかり不思議な地球人として幼い頃から見て、接してきたのである。
長年暮らしてきた、たった一人の家族なのだ。異邦人と同義である"異星人"という言葉を簡単に使いたくないのだろう。自分とは遠く離れた存在として認識するのが怖かったからに違いない。
「……俺も、中々イルマ以外の異星人と話す機会は無いので、新鮮です。こうして話してると…なんていうんだろう――」
そのことには薄々ながらハジメも気づいていた。しかし、明らかにウィードは異星人――メトロン星人――なのだ。ハジメは異星人と同義かつ、当たり障りの無い別称を知り得ていなかった。そのため"異星人"という単語を使わざるを得なかった。ソーレの時とはまた違う違和感を覚えるハジメとイルマ。
ミカはそれを察していたらしく、嫌な顔はしていなかった。
「――そうか、佐世保のクモンガ・カマキラス襲撃時にキミらは出会ったのか。ならば地球滞在期間はまだ数ヶ月…フフフ、私の方が遥かに長い…か」
「何を張り合ってるのかな…」
10、15分ほどが経過した頃には、異星人同士での会話がなされていた。
彼らにも積もる話があるらしく、互いの地球に来るまで、そして来てからの苦労話笑い話を共有していた。
ウィードに肩を組まれて絡まれているイルマはほぼ聞き手に回っているが…。
「うん…やっぱり、キミからは私と似た匂いがするね」
「ち、近くないですか?ミカさん?」
「近いと何か悪いことでもあるのかな?」
一方で、ちゃぶ台を挟んだ反対側でもまた、人間同士での会話が弾んでいるようであった。……恐らくは。
「そ、それは……!」
「分かってるよ。大丈夫。キミには手を出さないさ。そんなことしたら、逸見さんに何されるか分かったもんじゃないからね…」
「そう…なんですか?」
「鈍感だね…キミは。逸見さんが可哀想だよ…」ボソッ
ハジメからほんの僅かに顔を逸らして呟くミカ。それを不思議そうに首を傾げるハジメ。
ふぅ…とミカが息を吐いた。
「…でも不思議なことが一つ」
「不思議なこと?」
「私と同じ、
「………」
妙に鼻の効くミカの質問に、ハジメは答えられず閉口したままだった。
ミカは
「キミ自身にも分からないのかな。でも、嫌いな匂いじゃないね。悪くない」
褒められているのだろうか。バレなかったという心持ちが半分、嬉しさが半分ほどの複雑な心境だった。
ミカは上記以上の追求はしてこなかった。この時、ハジメはただただ安堵したのである。
「ハジメ君には、ウィードがどう見える?本心が聞きたいんだ」
「ウィードさんをって……俺には――」
ハジメを見るミカの目が変わった。先ほどまでは穏やかだったものが、今度は怯えが見え隠れしていた。
異星人たるウィード、そしてミカのそれとの長年の交流を否定・拒絶するような言葉が発された際に備えて身構えたのだろう。
たしかにハジメもミカと同じ、異星人と交流を持つ地球人である。しかし交流相手が全く違う種族でもあり、相違ある点が無いとは言えない。異星人に対する価値観等が違う可能性も拭いきれないからだ。
それらを考慮しての、勇気を振り絞った問いかけであったのである。
「――ちょっと胡散臭いけど、穏やかで、優しい人だと思いますよ。……正直、
「…そうかい。そう言ってくれて、良かった…嬉しい。ありがとうハジメ君」
ハジメから飛んできた言葉は攻撃的なものではなかった。
ハジメの考える、定義する地球人の区分を用いても、本当に異星人なのかと疑うほどの、ウィードの地球への馴染みっぷりは、一重に滞在年月の恩恵だけではないと思えるのだ。もっと内側…心にあると思ったからなのだろう。
ハジメの答えを聞き、安堵し感謝を述べるミカ。
「ミカさんは分かりますか?地球人と異星人…外から来た人の違いとか」
「……私もハッキリ分からないんだ。幼い頃から…十数年前からずっと側にいてくれたウィードは私の日常の一つになってたからね」
そしてこうも取れる。果たして異星人に育てられた地球人は地球人と言えるのか、と。
そのような答えを今は誰も求めてはいないし、求める必要もない。そのため答えを出さない。
だから、分からないのである。
「人生に一つや二つ、分からないままのこと、曖昧なことがあってもいいんじゃないのかな?それらに救われたのが、私でもあるしね。もしかしたら、答えの無い物事もあるかもしれない」
「…俺、分からないことが怖いんです。何かを分からなかった、知らなかったのが発端で、俺自身だけじゃなくて、他の誰かが傷つくのが見たくないんです…怖くて辛いんです」
「……なら話す場所を移そうか」
ミカなりの気遣いだったと思われる。
同年代かつ似た境遇にある人間に問われたような話題であると認識したミカは、ハジメの手を引き二回の階段を上がっていく。勿論、居間に残っているウィードとイルマに一言断りを入れてから。
階段を上がり、二階廊下の中間あたりにある小さなベランダにベランダに繋がっている窓をミカが全開にする。海風が優しく二人を撫でる。
窓にミカがもたれ掛かるように座り、ハジメにもそうするよう促した。
彼が座るのを確認すると、話の続きをはじめた。
「さて……どうしてそう感じるようになったのかな」
ミカがハジメの表情、そして口述から汲み取ったモノは、文字通り"迷い"と"悩み"であった。
ミカはハジメを突き放すことなく、その理由を聞く。
ハジメはミカの顔を見ずに床の畳を見つめるだけだが、ミカはその態度に何一つ言わずにハジメの顔を見ていた。
「自分の取った行動が、たとえ本意じゃなくても巡り巡ってそれが誰かの不幸に繋がったことがあったんだと…思います。知らなかった、把握してなかった、不測の事態だったって言うのはただの言い訳で、実際に誰かが傷ついているのは、間接であれ直接であれきっと俺のせいなんです」
「…ふーん、なるほどね。じゃあ今、世界で、日本で起きてるマイナスな事柄が全部キミのせいだって言えるってことかい?」
「そうじゃなくって…!」
ミカの解釈を否定するために、畳を見て俯いていたハジメは顔を勢いよくミカの方に向ける。
否定しようとしたハジメの口をミカは人差し指を押し付けて喋らせなかった。取り敢えず、私の話を聞いて欲しいと言うように。
「自分の周りの人の不幸、目に見える範囲の人の不幸、だろう?でもそれなら、目に見える範囲の条件はどうなんだい?自身の目だけかな?それとも目にした映像…テレビとかスマホも含まれたりするのかな?それとも自分が得ている情報のすべて、なのかな?」
「………分かりません。その…言葉にできないっていうか…」
落ち着きを取り戻しただろうハジメはミカの自問自答とも取れる問いに弱々しく答えた。
素直に答えたからか、ミカはうんうんと頷いて理解を示しつつも別の解をハジメに与える。
「それでいいんだよ。言葉にし辛いのは間違いではないよ」
「え?」
「この世の全てを上手く表現できる人間なんていない。いたとしても、それは限りなく少ないだろうね。分からない…それでもいい。曖昧な線引きをしていることで、立ち直れる時もある。助けられる時もある」
ミカの人生観なのだろうか。並の大人よりも達観しているようにも受け取れる。
いままでハジメを見ていた瞳は、今は窓の外の景色を見ていた。
外には長年住んできた町と、どこまでも広がる青い空と海が見える。
「あらゆる物事を理解しようとしたりするのは悪いことじゃない。でも、全てを知ろうとしなくてもいい。それは一種の縛りだ。自身を縛って生き続けていくのは不可能なんだよ。それを続けたらきっとおかしくなってしまうからね。人間そこまでうまくデキてはいない。きっとそれは神様にだって難しいだろうさ」
万物への理解の先にあるのは、発狂である。
宇宙の一割も未だ解明できておらず、理解も進んでいない。
地球人の脳のキャパシティにも限度はある。宇宙のような無限に等しい膨大な情報は最早即効性の劇薬…猛毒と等しい。
いきなり大雑把な話を出してしまったが、要はキャパ以上の働きなどはしなくともよい……分からないこと自体に罪は無いと言うことである。
"好き"という単語に含まれる意味を教えろと言われたら、いったい何人が完璧に答えられようか。
しかし、大多数の人間が共通認識で捉えている"好き"ならば簡単に答えられる。それに多少の差異はあれど、である。言うなれば完璧でなくたっていいのだ。
「根を詰めすぎなくてもバチは当たらないと思うな。分からないことがあったっていいじゃないか。…悩みの問いに答えるとしたら、どんな…誰の命でも大切しようと、守ろうとするハジメ君の志は立派だと思うよ。すこし黒森峰のみんなが羨ましいかな」
「……」
「だからこそ、すべてを背負い込もうとしなくていい。大切な人を守る…それだけでもいいと思う。納得がいかないのなら、自分の手が届く範囲の人を守る…とかにした方がいい。黒森峰は何度も特災に遭っているから…人が傷ついたり、命を落とす場面に居合わせたこともキミにはあるんだろうね……だからハジメ君はそういう風に、誰かを守りたいと考えるようになったのかな」
「そうなんだと…思います」
「守りたい気持ちは分かる…だけど、それならまず自分の命を大事にするべきだよ。キミの周りにいる人みんなキミが死ぬことなんて望んではいないと思うから。どこかキミは、急ぎすぎてる気がするんだ」
「あはは…エリさん達にも同じこと言われてました……」
ウルトラマンであるハジメには、周りからの心配からくる願いを聞き入れることは難しい。
やれることと言えば、極力ケガをせずにヒョロっと手を振って顔を出して叱られに行ってやるぐらいだ。ウルトラマンへとなっている、人としての空白の時間はどうしてやることも出来ないのだから。友人の異星人に頼めばその限りではないが…。
「分かる、分からない、正しい、間違い……とかは置いておいて、己の良心を信じてそれに従えばいいと私は思う。ハジメ君が成したいことを成せばいい。色々と長く語ったけれどこれは全て…第三者の戯言だから、あまり気にしないでおくれよ?」
「…いや、いいんですミカさん。ありがとうございます。俺、ここで話せたから背中を押してもらえた…助けられたんです……本当に」
似た境遇に置かれた人間同士で通じるもの、通じたものがあったらしい。
完全とはいかないが、ハジメは再び迷いなく前を見て進む気力をいくらか取り戻せたようだ。
彼の顔に差していた影が消えつつあった。
「それなら良かった…」
「俺、もっと頑張ります」
「そうかい。頑張ってね」
ミカは笑みをハジメに向ける。
一通り話の目処がついた。そんな時、一階からウィードの声が聞こえてきた。
二階に上がったミカを呼んでいる。ミカがそれに大きく伸ばした返事を返すと、ハジメを一瞥してから軽い足取りで階段を降りていった。
「そっちもそっちで盛り上がってたのかい?」
「イルマ…」
外の景色を眺め、それに浸っていると階段を上る音と共にイルマが声を掛けてきた。
イルマがこちらに来たということは、今下ではミカとウィード…家族同士で話でもしているのだろうか。
「隣、失礼するよ」と一言。イルマも窓際に座り、外の景色を鑑賞する仲間になった。
「どうだった?ウィードさんと話してみて」
「よく話す人だなあって思ったかな。あと、やっぱり親なんだなあって」
「?」
「ずっと娘さん…ミカさんの話ばっかするんだもん。良いお父さんだよね」
ウィードが饒舌に喋っている情景をハジメは容易に想像できた。
下で聞いた地球に来てからの話だけでも十分に分かるからだ。
「…でも気になるのは、あの人、本星の任務で地球に来訪云々って言ってたよね」
「ああ。たしかに言っていたけど…」
「帰っちゃったりしないのかな…メトロン星に…。いつになるかは僕らは分からないけどさ」
たしかにウィードは言っていた。政府機関の人間としてこの星(地球)に訪れたのだと。
昨今より日本でも浸透し始めているリモートワークのように、本星に帰還する必要がなかったりするのだろうか…?
仮に本星に戻るとして、それならミカはどうするのか…?
ウィードと接して彼がミカを蔑ろにすることは無いと分かっている。そういった人柄を彼は持ち合わせていない。
だがやはり、何か引っ掛かる。それを否定するようにハジメはウィードとの会話の内容を思い返してイルマに話す。
「で、でも、あの人来年にはあの美味しいお茶が全国展開させるって」
「生産は他店とその工場がもうやってくれているんだろう?販売だって委託すれば彼が直接やる必要もなくなる」
「帰るってのか?ウィードさんが?娘のミカさんを置いていくって?」
「そうは言ってないよ」
当人でもないイルマに問い続けて、ハジメはイルマから落ち着いてほしいと言われ止められた。
辛うじて続けようとした言葉を飲み込むハジメ。
友人に当たっても無意味だとは理解している。
ただ納得がいかなかった。
会って一日…半日も経っていないが、ウィード、そしてミカと接してきて彼が彼女を悲しませるだろうそのような行動を取る可能性は極めて低いとハジメは信じていたからである。
「だよな…そんなことしたら、ミカさんは……」
彼女の日常はこちらの非日常…彼女にとっては非日常がこちらでいう日常なのである。
日常の1ピースがある日突然欠けてしまったら…その耐え難い衝撃は、熊本のコッヴ襲来時前後の人々の混乱を振り返ってみればどれほどのダメージ__心身への負担となるのかは分かる。
それも、その渦中の中心に限りなく近づいていたハジメならば容易に想像はついた。
「ウィードさんはそんな冷たいことしない」
「うん。僕もそう思う」
イルマも同じ心持ちであった。
本人に聞こうにも今は下でミカと話しているし、仮に聞いたとして、自分達に何ができるのか。
ウィードが本星に戻ったとして、それは元々請け負っていた仕事・任務を遂行した結果に過ぎない。若しくは結果報告を直にしなければならないから地球を離れなければならないとも考えられる。
だがここまで考えてから難儀なものだが、実際にウィードの口から帰るという言葉を聞いてはいない。加えれば、いつまでに本星へ帰還するとさえ言ってはいない。
というより何故、ここまで危機感を短時間で感じたのか。
勘で片付けてはいけないと思ったのだろう。杞憂になればいいのだが。
ガラガラガラ…!
「ウィードなんて…ウィードの嘘つきっ!!!」
下から…一階からミカの荒げた声が聞こえた。
声の前に恐らくだが店正面の玄関戸を開けたような音も聞こえたので、言葉との噛み合わせを考えると喧嘩して外に飛び出したと考えられた。
「話の矢先に何か一悶着あったね…」
「取り敢えず降りて状況をウィードさんから聞こう」
段差から足を踏み外さぬように慎重に、しかしそれでいてなるべく速く階段を降りる二人。
階段下のすぐ横にある居間の引き戸は人ひとり分空いていた。
空いたスペースから身体を捩じ込むようにして居間の様子を確認するハジメ。中を確認すれば、メトロン星人__異星人の姿のまま呆然と座り込んでいるウィードがいた。その目は宙を…天井より垂れ下がっている切れ掛かりの電球を無機質に見ていた。
「ウィードさん!ミカさんと何があったんですか?」
「…こうなることは、分かっていただろうに…」
ハジメの問いに反応を示したものの、ウィードの返答は呆れを含んだ説教だった。恐らくは自身に向けたものだろう。
「分かっていた?何を?」
「…私のメトロン星への帰還についての話だ」
ウィードは二人の方に顔を上げて茫然自失気味にそう返した。
どうにかして取り繕うとしていたが、どうみても大丈夫な様子ではなかった。本人はなんともないと小さく言っているが、そうではないのは一目見れば分かる。
「故郷の星へいつか帰ること、ミカさんに言ってなかったんですか」
「…言っていなかった。…と言うよりも、言いたくなかったのだろうな。言い出す勇気が私には無かったのだ」
「…いつメトロン本星に帰るんだい?」
「………今日だ。夕方になる頃には本星からの秘匿円盤で帰還しなければならない……」
沈痛な面持ちで、絞り出すように話すウィード。
まさか杞憂だと思っていた事案がここで来るとは思わなかった。
ミカが荒げた声色から怒りを滲ませたものが汲み取れたのも辻褄が合う。
「言えなかったんですか」
「ああ…。どうせ明日言える、明後日言える、明明後日に言える、週を明ければ言える…月を、年を…と未来の自分に押し付け逃げてきた分の、大きすぎるツケが今になって返ってきただけのことなんだろう…」
「何で…」
「彼女、ミカにはキミ達も知っている通り他に家族も親戚もいない。それなのに、ミカを拾った私さえもいつか離れると告げたら、彼女はどうなる?冗談でも本当のことでも言うのは辛かった…。情け無い限りだ…」
「このお店はどうするんですか」
「店自体は無期限の休業予定だ。商品は他店舗とその工場に委託生産・販売を依頼している。売上の一部は下町名義の口座に定期的に振り込んでもらうこととなっている。金銭関係の心配は無い。……ミカが継いでくれるのなら、休業ではなくなるかもしれないが…今の通りなら難しいかもしれないな。自業自得であるのが笑えない…本当に…情け無い……」
「……迎えを、いや…滞在の期間を延長することは叶わないのかい?」
「本星の意向は絶対だ。任務の変更要請も不可能…本星との不要な通信によって偶然地球側に探知されてしまうことを危惧してだ。それに…本星の同胞達からの期待を一身に背負って私は地球に降り立った。その彼らの想いを蔑ろにすることも、私には出来ない…!だが、これでは私も彼女を捨てた彼らと同じ人でなしだ…」
項垂れて肩を落としているウィードを二人は責めない。
ウィードの心情も理解できないわけではなかったからだ。
「どうしようかと悩んだ挙句、最後にはミカを本星へと連れていこうかとも考えたこともあった…。だがそれはミカに聞いての思案じゃなかった。彼女の幸せではなく、私にとっての苦痛ではない幸せだったのだ。」
「「……」」
「想像すれば難しいことではなかった。何もかもまったく別種の私の同胞達の中に彼女一人を放ったらどうなるか…少し考えれば分かることだ。…文明形態も違う惑星………戸惑いや望郷の念も湧いてくるに違いない。そしていつしか孤独に陥る…たった一人、見知らぬ惑星で別種の生命体に囲まれ生活する…どれほどの苦労を彼女に掛けることになるか…」
ウィードは疲れた笑みを浮かべ自嘲しながらハジメらに聞く。
「……笑うかな?こんな人間…いや、そもそもヒトではなかったが…」
ハジメは彼に渡す言葉をとっくに決めていた。
「それを俺達は笑いません。情け無くないですよ。人でなしなんかじゃないですよ、ウィードさんは。寧ろそこらの人よりもよっぽど
「!…キミらは私にそう言ってくれるのか…」
「あなたはミカさんの親なんです。たった一人の、かけがえのない人なんです。話して、仲直りしましょう。ミカさんも分かってくれるはず…このまま互いに傷ついたままさようならが、一番辛いから!!」
「僕は境遇が違うけれど、家族に一言も言えずに別れるなんてひどく後悔すると思う。死に別れも生き別れも関係ない…ただ一言でも残せれば変わると思うんだ」
「ハジメ君…イルマ君……」
「例え生まれた星が違って、血の繋がりが無くたって、姿形が異なっていたとしても、親は親だよ。ミカさんの父親は、ウィードさん一人だけなんだ。だから…!」
「ミカさんに会いに行こう」
二人の言葉に押され、座布団から立ち上がるウィード。
ウィードは黒スーツを着た地球人の姿になると、店内に繋がる引き戸の段に座って靴を履く。
いつもの調子を取り戻したように見える。
「行こうか。…ただ少し、回りたいところがある。暫し付き合ってくれないか」
ハジメとイルマは互いに顔を見合わせながらも頷くと、靴を履き出した。
――――
――――
――――
数分前…駄菓子屋シタマチ店先
「この駄菓子屋に、継続の隊長まで入っていった…」
店先の電柱の陰に隠れ窺うエリカがいた。
(どうする…?殴り込みに行って問い詰める?…だめね。どうせはぐらかされるに決まってるもの…)
駄菓子屋店内に乗り込むか否かをエリカは考えていた。
ハジメの謎行動を解き明かし、ハジメと先ほど店に入っていったミカとの関係を聞きたかった。
その矢先に予期せぬことが起こったのである。
「ウィードなんて…ウィードの嘘つきっ!!!」
(継続の隊長!?なんであんなに怒っ…て……)
ミカが駄菓子屋を飛び出して町へと走らんとするところを目撃したわけである。
走るミカが、泣いている。エリカには分かった。何か我慢ならなく、悲しい、辛いことがあったのだろう。
チューリップハットで隠れていた顔に薄らと光る筋が伝っているのをエリカは見ていた。
(ハジメも気になるけど…これは追いかけないといけない気がする…!ああもう!アイツの馬鹿が本格的に移ってきてる!!)
気づけばエリカは電柱から飛び出してミカを追いかけていた。
(あの娘の涙…私は知ってる。分かってる。……あれは、大切な人を想って流す涙…だから……!!)
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――――
――――
時系列は現在に戻る。ミカとエリカが店先から姿を消した数分後、三人が玄関から外へと出ていた。
「回りたいところって、寄り道ってことですか?」
「キミ達に問いたいことがまだあったからね」
「問いたいこと?」
時刻は17時半過ぎである。うかうかしていれば夕方になる時間だ。
いくら立ち直ったとはいえ、さすがに悠長すぎるのではないかというのがハジメとイルマの考えであった。
「歩きながら話そう。…ミカが行きそうな場所には心当たりがある。心配しないでほしい。本当に、少しの時間だけ、私に預けてほしいのだ…」
しかしながら断る理由は無かった。
上のやりとり以上はとやかく言わずに二人はウィードに添って歩くことにした。
歩いている道中、道行く人々…継続町の住民達がこちらに、明確に示すならばウィードに向けて手を振ったり、挨拶をしてくる。
彼は十数年前から継続町にいる古株の住民である。それに現在継続高校の戦車道チームを支援している商店団体の立役者であり代表だ。
「シタマチのおじさんだー!こんちは!!」
「子供達がいつもお世話になってます〜」
「おおウィードさん。今日もお元気そうで」
「戦車道、惜しかったですなぁ…」
「また将棋、付き合ってくださいな」
彼が余程慕われている証拠なのだろう。店の常連と思われる下校途中の小学生、中学生に高校生といった少年青年から、主婦や歳を召した老人達まで、老若男女問わず表に出ていた町の皆が声を掛けてくる。
それら一つ一つに律儀に応え、会釈を混ぜながら町中を進むウィード。
「温かいですね。町も、町に住む人も、みんなみんな」
「何年経とうと、ここに住む方々の心の温かみと、この美しい町並みに変わりは無い。任務に関係なく、この艦に乗ってよかったと何度思ったことか…」
ハジメとイルマを連れてのウィードの言う寄り道…回り道…問いというのは、恐らくこれのことだ。
十数年自分が住んできた町を連れて見せる……。
同じ異星人である少年と、光の力を持ちヒトから少し離れた位置に立つ少年に、自分の__地球人と比べれば恐ろしいほど短いが__十数年の間過ごし、愛着を持った海上の町を見せ、そこから何かを汲み取ってほしかったのかもしれない。
「…だが、この艦…第二の故郷とも言えるこの艦上都市が、ひいてはこの地球が明日無事である保証はどこにもない」
近年の特殊生物情勢と、敵対性異星人の連続した襲来。
ウィードの心残り…それは娘が安心して暮らせる世界。自分が発った後の地球と、そこに残される愛娘を心配しているのだ。
自身のいない、目の届かないところで人知れず
「どうか…私が一度この星を去り、また戻ってくるまでミカと
「ウィードさん…」
だからこれは願いなのだ。
「…俺は、これまでと、そしてこれから出会う人達の命を守りたい。ミカさんも、その一人です」
「そうか…………ありがとう」
一通り街中を巡ると、継続町だけでなく学園艦全体を見下ろすことのできる艦上市街地の中央に位置する高丘公園へと三人は歩みを進めていた。ウィードが心当たりのある場所と言っていた所である。
「ここだよ。このなが〜い階段の果てに広場となる公園がある。ミカはいつもこの階段を一気に上っては頂上で倒れてへたり込んでいた。危なっかしくてゆっくり上ることもできなかったよ」
「こ、これを一気に…ですか…!?」
「本当に継続の隊長さんは地球人なのかい…?」
「寝ながら私を毎度笑顔で待っていた。あそこの頂上で見る夕焼けが綺麗なのだ…どこの河川敷や町工場から見る夕焼けよりも、風情があり美しい。ああ…懐かしいなぁ、夕焼けを見るのは私に似たのかミカも好きでね。よく見に行ってはそこで彼女はカンテレの演奏を聴かせてくれた……」
高い丘の頂上にある公園まで続く、丸太で補強されている__所謂山階段と呼ばれる長大な回り階段を彼らは上っていく。時折ウィードの想い出話に耳を傾けながら。
頂上までの段数は、およそ300……。
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艦上市街地中央部 高丘公園最頂部
ポロロロ~~~~ン♪
「綺麗な音色ね」
「だろう?」
公園の景色を一望できるベンチに座っているのはエリカとミカであった。
今のミカの表情は穏やかなもので、店先で見せた激昂はどこかへと消えているようだった。
エリカはミカを追って公園に辿り着いた。その時ベンチにはミカが先客として座っており、一人でカンテレの演奏をしていた。そこでエリカが事情を訊ねて今に至る。
エリカはミカを追ってここに来た旨も明かしたし、それをミカは咎めることもしなかった。
「逸見さんも、彼と同じ匂いがするね」
「か、彼って、ハジメのこと?」
「うん。キミも太陽みたいな、暖かい匂いがするんだよ」
「…ねえ、あの…聞きたいことがあるんだけど…」
「もしかして、ハジメ君とはどんな仲なのかってことかい?」
「ええ…」
「今日初めてまともに話した仲だと言えば分かるかな?」
「あ、ああ…そう…そうなのね」
エリカの顔は少し赤くなっていた。変に誤解をしていたと分かったからである。
それと同時に安堵の感情も同じぐらいには湧いていた。ほっと息は吐かずに飲み込んだ。
心臓の心拍数は高いままだったが、今の自分の状態を誤魔化し、ミカの注意を他所に向けさせたかったために、続けて別の話題をミカに訊ねる。
「その楽器…カンテレって、どのくらい前から扱ってるのかしら?」
「物心ついた頃からずっとだね。私が初めて貰ったプレゼントだったから…」
戦車道の試合後にある交流会でかじった程度しか話したことのない間柄の二人であったが、今では昔からの親友のように打ち解けていた。
「そう。良い両親に恵まれたのね」
「…両親か。私にはいないよ。父親代わりの人はいるけれどね。私を拾ってくれた人なんだ」
「あっ…ご、ごめんなさい…気を悪くさせたのなら謝るわ…」
「いいや。いいんだ。そのことを苦痛に思ったことは無いからね」
演奏は止めずにミカはエリカをフォローする。
「……踏み入ったことをまた聞いてしまうけれど。…お店の前での出来事は先の話題と関係が?」
「…そうだね。その人と喧嘩…と言っても私がひたすら怒鳴り散らしただけだよ。それも一方的にね…理由も聞かずに飛び出して、ここにいる。逸見さんと一緒にね」
「店についてのお話とか…だったの?」
「彼が元いた故郷に帰るんだ。今日の…あともう少しでね」
「…いいの?こんなところにいて」
「故郷がね、国外なんだ。遠く、本当に途方もなく遠いところ。…次に戻れる日がいつになるかも分からない。それでね…」
「なら余計、会わなくちゃ…」
「突き放してしまったのは私の方だからね…。こちらから今更行っても、相手してくれるかどうか」
自身がとった行動にミカは負い目を感じているようだった。
普段の彼女の印象からは到底想像し得ない言葉と表情である。エリカも少し意外そうに__ただし顔には出さずに__していた。
「でも――」とエリカは優しく遮る。
「――その人はミカさん、あなたが父親として慕ってきた人なんでしょう?それなら向こうもあなたのことを実の娘のように想ってくれてる筈。つっぱねることなんてしない。会いに行きましょう、ミカさん」
「……いいのかな」
演奏が止まった。ミカはまだ揺れている。迷っていた。
自信が無いのかもしれない。自分の心情は知っていても、相手の心の中なぞ覗けないから。
だからエリカは発破を掛けてやるのだ。
「じゃあ顔も合わさないで、一言も交わさずに余所余所しくして送り出すって言うの?」
「っ…それはいやだ…!」
「今のが本心でしょ。ならここで座ってないで、ほら」
エリカに促され、遂にミカは決心したのか、カンテレを横に抱えてようやく立ち上がった。
エリカの方を向いて頷き、その目で自身の意思を伝える。
「よし。こっちもモヤモヤは消えたし、思い切り動ける。まずは……」
エリカはミカと共に、彼女の家族である男__ウィードを探そうと座っていたベンチ、そしてこの公園をあとにしようとした。
出入り口…というか、丘陵上の公園に繋がる唯一の階段。あの段数を上るよりはマシとは言え、再び通るのは億劫だなとエリカが内心チラッと思っていた。
「ウィード…」
小さな声が横から聞こえた。
勘で見やった階段には、話に出てきたミカのただ一人の家族…ウィードが立っていた。
「…ミカ、すまなかった」
向こう__ウィードから開口一番に出た言葉はミカに対する謝罪であった。
それもどこかぎこちなく、慣れていない所作でのもので、見る者が見ればよそよそしさがあるとも見てとれた。だが誠心誠意の謝罪であることには変わりなかった。
さて、エリカ達が階段前で目にした人物がウィードのみである。
なぜならば頂上の一つ下の踊り場でハジメとイルマが待機しているからだ。
家族の話に自分達が同席するのは憚られると二人が思った故の行動だった。これが偶然にも、ハジメとエリカのエンカウントを阻止する形となった。
「すまなかった。ミカ…。臆病になっていた私を許してくれ。もっと…もっと早く言おうとしていれば…」
「ウィード、こっちこそ…ごめん。何も理由とか話も聞こうとしないで拒絶して、飛び出していって…。それにヒドイことも言った…」
「それは気にしなくていい。私の配慮とその他何もかもが足りなかったのだ…。飲み込めなかったのも無理は無い。離れる当日、今日になってにようやく言えたのだから…」
「何も言わなかったよりはマシさ…」
ミカとウィードが互いの距離を歩いて詰めていく。その度に懺悔に近い言葉が飛び交う。
エリカは一歩退き、二人の様子を見守る。
「いくら詫びても足りないのは分かってる…!」
「だから、もう良いんだよウィード」
ミカの両肩を掴み詫び続けるウィードの顔は涙でぐちゃぐちゃで、掛けているサングラスの先にある目は開けることすら堪えない状態になっていた。
「いいのか……?」
「お互い様さ。私も踏ん切りはついたから。何も言わず会わずのさようならは嫌だろうって、逸見さんが教えてくれたからね」
そう言ってくるりとエリカの方へ視線を向けるミカ。
会話の内容こそ聞こえてはいないようだが、エリカの方も小さく会釈していた。
「ああ、ハジメ君の…」
戦車道関連の月刊誌や、ハジメ本人との会話もあり今目の前にいる彼女が何者なのかすぐに察したウィード。
今日の流れを運命的な何かが絡んでいると感じたようである。
「…これは偶然か…いや…そうか……」
光の戦士__ウルトラマンであるハジメと、その傍らにいるエリカが自分達親子に偶然として片付けるには大きすぎるプラスの影響を与えたのは確実であった。
運命的な何かに心の中で感謝しつつ、ウィードはミカへと向き直り別れの言葉を掛ける。
いつの間にか、空は茜色になりつつあった。
「ミカ、聞いてくれ。次に会える時がいつになるのかは、私にも計算できない。未だに並行世界間の時間のズレは把握できてないからだ……。この地球に戻ってこれるのが、明日なのか、一月後なのか、一年後か…はたまたミカが老人となってからか、それとも……。私は怖いのだ…」
「大丈夫…このさよならは、最後のさよならじゃない。きっと。私はいつまでも待つから…うん、待ってるから」
「……私は…この星が好きだ。この継続町も、そこに住む人々も。そして何より無病息災で今日まで元気にいてくれたミカ、私のたった一人の家族が大好きだ…!」
「うん…分かってる。…私も大好きだから」
ミカは笑顔をウィードに返す。
ウィードも最後の決心がついたようだった。
顔を濡らしてい涙をスーツの黒袖で拭う。傾きつつある橙色の陽の光を浴びて、拭き取れなかった僅かに残る顔の涙の水滴が光る。
フロロロロロロロロ…!
「来たか」
「ウィードの星の…お迎えだね…」
メトロン星の特務用宇宙船__秘匿円盤が夕焼けを背景にやってきた。楕円球を二つ組み合わせたようなデザインの赤い宇宙船である。
独特の飛行音を発しながら、丘陵公園より少し離れた、継続町の市街地中心部上空にて静止する。
「え、え!?宇宙船!?でも、なんでこのタイミングで、こんなとこに!!」
唐突な円盤の出現にエリカはというと、戸惑っていた。二人を連れて逃げるべきか否かであたふたしているようだった。
また、学園艦からの警報発令は不思議なことに無かった。
「…なんで町の皆んなは逃げようともしないの…!?」
エリカが町の違和感に気づいていた。
公園から町を見渡して確認すれども、人の動きが急激に増加することも、パニックに陥っている集団も見当たらなかった。
至って普通の日常が継続町で再生されている。上空の円盤に誰も見向きもしていなかった。
「あれは秘匿円盤。ああ見えて一部の者以外にはあらゆる手段を用いても姿は見えず、発する音も耳には届かない。勿論既存の探知技術等にも引っかからない。どうやら、キミは条件を満たしている人間のようだ。…やはり偶然ではなかったか」
「っ!?」
「あ、ああ。驚かせてしまって申し訳ない、逸見エリカ君」
「…へっ!?え、え!?異星人…?いつからそこに…ウィードさんは!?」
「私がウィードだよ。私はメトロン星人、ウィード。この星の者ではない…。あの上空の円盤は私の迎えに来た同胞のものだ。この町は傷つけやしない。約束するとも」
ビクッと肩を震わせて声の主の方へとすぐに振り向いた。先程までウィードのいた場所に、代わって未知の異星人が立っていたのである。まるでその場で入れ替わった…というよりも見てない間に一瞬で変身したようにも思えた。
にわかに信じられない案件ではあった。メトロン星人を名乗ったウィードの横に落ち着いた顔でいるミカにエリカは訊ねた。
「ミカさんは、知っていたの?」
ミカは頷き肯定した。
「てことは、故郷に帰るって…地球からいなくなるって意味?」
二人が肯定する。先ほどまではせいぜい日本の反対側…地理的に一番遠い地点である南米あたりへの帰郷であると考えてエリカは、頭に強烈な殴打をくらったようなショックを受ける。
異星人が、地球人の赤ん坊を育て、共に生活し、そして今別れの時が来ている。自分はその場に居合わせているという情報の濁流が一気に彼女を襲ったのである。
ミカから聞いたミカ自身の身の上話がすべて繋がった。親代わりをしてくれた人物が、星も文化も、価値観でさえ違う異星人だったと知れば、嫌でも二人の苦労、苦悩は分かるのだ。地球上の、国と国でさえ未だに違いというものに慣れてはいないのだから。
「そんなの…あまりに辛すぎるじゃない…ミカさんも、あなたも…」
そして、"別れ"。
地球上で毎日どこかで交わされているだろうもの。
そんな"別れ"の数々とは比べられないほど辛く苦しく、重い"別れ"をエリカは知った。これまで経験してきたものとはまったく別のものだった。
永遠の別れ…死別とはまた違う、別の酷なもの。
「私は、必ずこの星に、いつか必ず地球に戻ってくる。キミはミカの友人なんだろう…。ならばどうか、彼女とこれからも仲良くやってほしい…彼女はこう見えても結構な寂しがり屋でね」
今生の別れ…そんな言葉が頭に浮かんだ。
ウィードから発される言葉すべてが、まるで遺言のように聞こえてくるのだ。
ミカとウィード、どちらかの命が終わってしまえば、逢えなくなる。だからそう思うのかもしれない。
「キミは優しいのだね、エリカ君。こんな私とミカを想って泣いてくれている。やはり…この星も捨てたもんじゃない。地球人の思い遣りと、地球の夕焼け以上に美しいものを私は知らない」
ミカは儚げな笑みを浮かべて何も言わない。
平気なわけがない。
エリカはそのミカの笑顔を見るのが辛かった。
言え、言って良いんだ。覚悟を決めた後でも言って良い。
やっぱり行かないでくれと。我儘を言っても良いのだ。その人は貴女のお父さんなのだからと。ここで言えば、恐らくウィードも応える。
エリカはずっと心の中でミカに引き留めろと促していた。
「……さて。それでは、私は行くよ」
別れの時が遂に来てしまった。
ウィードは地面を蹴り、公園から飛んだ。そして付近の空き地を目指して着地準備に…入ると同時に巨大化。
ズズゥウウン…………!!
継続町に巨大な異星人が突如出現した。
メトロン星人__ウィード本人は秘匿円盤に匹敵するような諸能力は持ち合わせていない。
当然、学園艦に住む人々の注目は集まるはずである。下手をすれば、パニックが起きる可能性もあった。
彼が何故巨大化して姿を晒したのかは分からないが、ここで不幸な行き違いが起きてしまえば取り返しのつかないことになる。人々から死傷者が発生、自衛隊による攻撃でウィードが斃れるといった事態に発展するのは防ぎたい。ハジメは急ぎ、アルファ・カプセルを取り出しウルトラマンナハトへと変身した。
――シュアッ!!
夕焼けに照らされる継続町。そこに向き合って静かに立つ異星人と光の巨人。
ナハト出現後も、考えていた事態は発生しなかった。
円盤は見えなくとも継続町の人々にもメトロン星人は見えているはずなのに、誰も叫んだり逃げたりもしない。その場から動くことなく、メトロン星人__ウィードを見上げている。
治安組織が行動する様子も見受けられない。
『いやはや…やはりこの黄昏は美しい……。メトロン星でも、中々お目にかかれない景色だよ。これが暫く見れなくなるのは惜しい限りだ』
《………》
『…一応、秘匿円盤から継続町全体を包むように認識阻害フィールドを展開させている。外からのリアクションが無いのはそのためだ』
《じゃあ、内側…継続町の人々の、この反応は何なんですか?》
『我々は何も細工していないよ』
《えっ?》
継続町に住まう人々も何となく分かっていたのだろうか。
巨大な姿をした異星人が、紛れもなくこの町の一部…一人の住民であると、心のどこかで確信していたからなのだろうか。
かの異星人が何者なのか、それが明確に分からなくとも、心に刻まれたモノがあるのだろうか。
あの
町の人々は、揃ってウィードに手を振っていた。子供から老人まで、皆が皆これが"別れ"の見送りであると分かっているかのように。
静かに、それでいて優しく…送り出すように手を振っている。
《そうか、分かってるんだ…みんな、あなたが誰なのか、分かってるんだ。町…継続町がウィードさんを覚えているんだ》
町を見回しながら、ナハト__ハジメは言う。
惜別の時。
一人の異星人が、地球を去る。その瞬間がやってきた。
誰も止めはしない。できない。
「ウィードッ!!」
『…っ!ミカ…?』
だが最後にミカは、丸太で出来た柵を乗り越えんばかりに身を乗り出してウィードに届くように大声で叫んだ。
「今日までッ!!私を育ててくれて、見守ってくれてありがとうっ!!!これからも、私頑張ってくからねっ!!!お父さんっ!!!」
『!!』
ウィードには見えた。涙を流しながらも必死に笑顔で大きく両手を振っているミカを捉えた。
今まで、泣いた事すらなかったろうに。
ひどい泣き顔だった。いつものどこか遠くを見ている…彼女の澄ました表情は面影すらなかった。
そして何より衝撃的であったのは、ミカの発したウィードの呼称だった。
『…私を……そう呼んでくれるのか、ミカ……』
メトロン星人の両目からは涙が溢れ出していた。
ウルトラマンも、泣いている。
メトロン星人は少女と、町の人々にその巨大な腕の片方を横に振ることで応えた。
『…この
ナハトは一言も発さず、ただ黙って頷いた。また一人、ナハトに託した者が増えた。
メトロン星人はそれを確認すると、町に背を向けて円盤へ吸い込まれるように消えていった。
フロロロロロロロロ…
彼を乗せた円盤が、夕焼けの空に向かって飛んでいく。徐々に特異な飛行音が遠ざかる。
そして円盤が茜色の空へと消え、見えなくなった。
ナハトもまた光の粒子となって姿を消していった。その光の粒子が、奇しくもひらひらと舞う__別れを象徴する花__桜の花びらに見えた。
「あはは………行っちゃったね」
「…そうね」
見送り終えたミカはエリカに笑ってみせた。
たった一人の家族は
だが、ミカの顔には悲壮の陰りは無かった。
「…もう、思い切り泣いたから。ここからは前を向く番。逸見さん、付き合ってくれてありがとう」
「ええ。……また会えると良いわね」
「うん。私は決めた。私があのお店を継ぐ。色んな想いでが詰まった大切な場所だから。帰ってきた時に温かく迎えてあげたいから」
「いいことだと思う」
公園の階段までミカとエリカは歩みを進める。
「あ…エリさんとミカさん!」
「ハジメ!アンタ、今までどこに…?」
「少し前までウィードさんと一緒にいたよ……ウィードさんは、行ったんだね…」
「うん。逸見さんにもキミにも迷惑を掛けたね…」
ハジメが息を切らして階段から上がってきた。
それに目を丸くして驚いたエリカ。これから探すかと思っていた相手がひょっこり顔を出したものだから、このような反応をするのも無理はない。
ミカはミカでここにいるハジメとエリカに謝意を示していた。
「私は何も…」
「俺だって…」
「ありがとう」
謙遜する二人に深く礼をしたミカ。
こればかりは受け取らないと無粋というものだ。真摯にミカの謝意を二人は受け取り、挨拶を交わすと帰路につく。
ミカはエリカと共に歩くハジメの背中に、ふと大きな背中が重なったように見えた。だから、父との別れを見守ってくれた存在に重ねてその背中に小さく礼を言うのだ。
「ありがとう。ウルトラマン」
これより下記の会話は、夕焼けに染まる継続町の町中を歩いている最中のハジメとエリカのものである。
「今日はいろいろあったね」
「ええ。…まさか継続の隊長のお父さんにあたる人が異星人だったなんて、普通は思わないわよ」
「だね。俺もビックリしたもん」
「…もしかして、駄菓子屋にいたのってそういうこと?」
「あー、そうだね。相談乗ってたんだよ」
「…なるほど?嘘はついてないみたいね。…私たちあれだものね…怪獣とか異星人とか、普通の人と比べて何度も遭遇してるしね…良くも悪くも…。向こうも分かるものなのかしら?遭遇者特有の匂いみたいなのとか」
「実際どうなんだろうね…?」
「………あの、今思い出したんだけど、イルマと一緒じゃなかった?どこかにアンタ置いてけぼりにとかしてない?」
「あ……いや、現地解散したから大丈夫…だよ?」
「なんで疑問系なのよ…それに現地解散ってなによそれ…」
「ははは……」
今回の出来事に関わったことで、ハジメはまた心の中で一つ選択を迫られた気がした。
それは、周囲の人間に自身の正体を明かすべきか否か、である。
みんなならばきっと…と思う反面、そんな簡単にはできない…上手くいくハズがないだろと一蹴してくる自分もいた。
沈む夕陽を見やりながら、今は出そうに無い問いの答えをあれこれ模索するのである。
――――
――――
――――
太陽系第三番惑星 地球
日本上空 衛星軌道上
メトロン星間軍所属船 双玉型秘匿円盤内部
「地球の
「そうか。本星までの道のり、世話になる」
「っは!光栄であります!!」
「……"室長"。周期凡そ20年弱の任務、お疲れ様でした」
円盤…メトロンの宇宙船では、同胞のメトロン星人達から"室長'"と呼ばれ、最高敬礼で迎えられたウィードがいる。
彼は自身の部下にあたる同胞らに楽にするよう促してから、艦橋へ向かう。
「短周期とはいえ、室長自らが任務に赴くと仰られた時は驚きましたよ…。こうして無事にご帰還なされて、どれだけ我々が安堵したことか…」
「心配を掛けさせてすまなかったと思う。だが、上で物を言っているだけでは下の者はついてはこまい。故に動くに至ったわけだ」
同胞の様子から察するに、ウィードは自分の所属している機関__"多次元戦略情報室"の最高責任者だ。そして周りからは大変慕われているようである。
「――私不在の間で、本星絡みのイベントなどは?」
ウィードが空白期間内の出来事を、後ろに控える部下に尋ねた。
「いいえ。室長が任務遂行期間中に特筆すべき星間問題や宇宙災害等はありませんでした。現在、本星は至って平穏そのものです」
「…今のところは、か」
含みを持たせた言い方をしたウィードに、「残念ながら…」と言いたげな顔で部下が説明に入った。
「はい…。新たに脅威度5に匹敵する4.5の地球を擁する次元と我々の次元が繋がる可能性が…上昇しました。また、3.5レベルと目される次元が三つ、新規に発見されたとのことで」
「……なんとかなる…いや、なんとかするさ。それが我々の仕事なのだから。さて…ならばやることは山ほどある。本星へ戻るまでの間に、現在コンタクトの取れている並行宇宙のすべてのメトロン星関係人員に招集を掛けてほしい」
「了解。通信要員!行け!!」
「っは!!」
「やるべきをことを成して、早く娘に会いたいのでね」
そうポツリと言う。ウィードの呟きを拾った部下の一人が聞いた。
「室長、失礼を承知でお聞きしたいのですが、御息女がいらっしゃったのですか?」
ウィードは職場ではプライベートの話はあまりするタイプではなかった。そのため、つい溢れた呟きを拾い訊ねた部下の声色は純粋な疑問と驚き、そして関心の入り混じったものだった。
ウィードの言う娘は、本星に置いてきた家族のことを指していると思っているのだろう。
「ああ…。大事な、大事な私の一人娘だよ」
ウィードは敢えて詳しくは言わなかった。
そして、ふと艦橋後部の艦窓へ体を向ける。そこに映っているのはウィードの第二の故郷…地球である。
【♪ED BGM】海援隊『さよならにさよなら』
地球を見れば、愛娘であるミカとの懐かしい想い出が走馬灯のように浮かんでくる。
…彼が瞳を閉じれば、瞼の裏には幼い娘と共に茜色の空に揺らめく夕陽見ながらついた帰路の情景が映るのである。
自身の緩む涙腺から溢れそうになる涙を堪え、心の中で約束を立てる。
(いつか必ず…私は戻ってくるよ)
このさよならが、最後のさよならじゃない。
だから。別れ告げるさよならに、サヨナラ。
大変お待たせしました。投稿者の逃げるレッドです。
メトロン星人…私が二番目に好きな異星人です(メフィラス構文)
初めて家族に買ってもらった特撮DVDが、ウルトラセブンで、メトロン星人登場話が入っているものでした。幼い頃に無心で何度も観ていたのを覚えております。
そして物心ついた頃にマックスでまたメトロン星人が再登場して、当時は内容があまり分からなかったのですが、高校生の時に改めて二作品を視聴して比べてみると気付かされるものが多々あり、懐かしさなども相まって涙を流した想い出が。
言葉では言い表せないものがメトロン星人には詰まっていると思います。
海援隊のさよならにさよなら…投稿者のドラえもん挿入歌ランキングの中でもかなり上位に食い込むベストソングです。よければ、あとで聴いてみてください。
また、メトロン星人や、ミカさんに合いそうな曲に、the Blue Heartsの『夕暮れ』も良いかもしれません…。
予定よりも話の内容がここまで膨らむとは思わなかった…。
さて、次からいよいよ準決勝に突入します。最終話に向けて物語はさらに動く……。
これからもどうかよろしくお願いします。
※12/17現在 追記
誤字脱字が凄まじい数あったことを確認、修正しました。お粗末な文章のまま投稿してしまい申し訳ありません。
________
次回
予告
戦車道準決勝、第一戦…大洗女子学園とプラウダ高校の試合が開幕する。試合会場となった青森には、みほの戦いを観るべくまほとエリカ、そして黒森峰戦車道の顧問であり彼女の実の母でもあるしほの姿もあった。
そしてそれに呼応するかの如く、星間同盟ヒッポリトが新たな計画を発動させる。
南極で、青森で、オホーツクで、暗躍の影が蠢く…!
次回!ウルトラマンナハト、
【地獄の陰謀】!
サイドストーリー アンケート(基本ほのぼの)
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紗希のトモダチ
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ミチビキさん サンダース編
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ミライVSマホ カレー対決
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ハジメ、迷い家にて