東アジア 日本国関東地方 茨城県大洗町
茨城港学園艦停泊地 大洗学園艦 学生寮
これは六月のとある日のお話。
「それじゃあピイ助、私学校に行ってくるからね。留守番お願い。行ってきます!」
「ピィ!」
少女が元気に玄関のドアを開けて、学び舎へと向かった。
少女の小さき同居人である、小亀のピイ助は、少女の登校前の言葉に返事を一つ返し見送る。
バタン!
「ピィ〜」
コォオオオオオオ…‥!!
同居人の靴音が聞こえなくなったあたりで、玄関前でピイ助は浮遊しながらここで一鳴き。
少し特別な血統を継いでいる小亀であるピイ助は、てくてくと歩きはせず、前脚後脚をホバー機構化させて滑るように部屋の廊下を移動する。
そして移動した先には小さなテーブルがあった。よく少女の友人達が訪れた際、輪になって話すスペースとして利用されているのは余談である。
「ピィイ……」
密室と言っても過言では無い空間で見た目小動物である寂しがり屋のピイ助は、少女と同じ人間という括りに当てはまる生物ではないため、日頃彼女が部屋にいる際に利用している娯楽の殆どは扱うことができない。
そのため、平日少女が学舎に通っている間のやることと言えば、置かれた野菜を頬張るか、寝床である段ボール住居若しくは少女のベッドで昼寝する、そして運良くテーブル付近にテレビのチャンネルがある場合は電源スイッチを前脚でプッシュし勝手にテレビを見ることである。
家の中で生活する愛玩動物たちの辛さがここに凝縮されているのが見て取れる。同居人がいない場合なら余計である。じゃれついたり、甘えたりもできないのだから。
今日は運が悪かったようで、最大の娯楽たるテレビのチャンネルはテーブル付近には無く、見当たらなかった。非常に残念であるとピイ助は思う。
「……ぴっ!」
さて、上記でも触れたと思われるが、このピイ助、ウサギに負けず劣らずの寂しがり屋である。
そのため、人肌にとてつもなく飢えることがあるわけであり、これが我慢ならなくなった場合は最終手段……最近の日課になりつつあるものに手をつけねばならなくなる。
ゴォオオオオオオ!!
「…ピイッ!」
カチャッ!
それは、街への冒険に繰り出すことである。同居人視点で悪く言えば脱走だ。
ピイ助は脚をジェット機構へと変えて空中をホバリングし、ベランダに続く大きな窓の留め具を文字通り頭を使って器用に開ける。
鍵を解錠したあとは床に着地し、家猫の如く前片足を扱って自身の体重の数十倍は優に超えるだろう窓枠に爪を引っ掛け自分がギリギリ通れるスペースが確保できるまで開放する。もちろん、ベランダに入ったら、防犯上の観点から___とは言っても、二、三階にこの同居人の部屋があるのだが___開けたら閉める。これは鉄則である。少女に余計な心配はさせないというピイ助なりの配慮である。
ここまでの動きで分かるように、ピイ助の潜在能力は伊達では無い。並の亀であったなら、仮に解錠できたとしても、窓の開閉はできないだろうからである。
……ゴォオオオオオオ!!――バヒュン!!
ベランダに出ることに成功したピイ助は、学園艦、そして本土の大洗町を見て回るために、VTOL機の如く垂直離陸を始め、ベランダの手すりの高度まで上昇した後、すぐさま発進した。そう、発進である。その小さな体からは考えられないぐらいの瞬間加速である。
亀が発進するなどあり得ないなどと言うのはもう遅い。
キィイイイイイイイイン!!
「ピィ〜♪」
学園艦上を亜音速で低空飛行するピイ助。ピイ助がこうして外出する際、航行中に発生する線状雲が艦上を歩く幼児、児童たちから目撃されている。
距離把握の錯覚からか、子供たちからは飛行する者のシルエットがシルエットなために、遥か彼方の空を飛ぶガメラが作り出している飛行機雲として認知されている。
「ママ〜、見てみて〜ガメラ!」
「そうだね〜ガメラね〜……うん?ガメラ?」
「わぁ〜飛行機!」
「違うよ、飛行機じゃないよぉ」
そんなことは知らないピイ助は、同居人の少女の通う学び舎や様々な建物、そして日常を過ごしている人々を空から眺めつつ、現在寄港している本土の大洗町に向かうべく進路を変更する。
なお、ここで記しておくが、過去に一度ピイ助が学園艦上空ではしゃいだ際、学園艦に駐在している海自空自の索敵・哨戒要員の方々に補足されたことがある。その時は自衛隊側が事態の把握であたふたしてる間に直感で―「なんかヤバいことしちゃってるな…」―と察したピイ助が動いたことで官民大事には至らなかったことがあった。それもピイ助は考慮しつつ、新たな散歩道開拓のために、最短最善の飛行ルートで大洗町へ向かう。
ゴオオオオォォォォーーー……!!
暫くして、海浜公園内の人目につかない場所でピイ助は着陸した。
ここからはホバー移動と時々徒歩を交えながら大洗の中を巡ることとなる。
一般的な人間の視点から見たらぶったまげるようなレベルの移動手段を取る小亀。なかなかにシュールである。そもそも、自然界に存在する既存の生き物は身体をジェット機構化等しないのだが…。
「ん? おや、いつぞやの亀助じゃないかい」
「ピイ!」
とある平家の民家の前を通ると、玄関周りを掃除していた老婆が話しかけてきた。
この老人とは、ピイ助は顔見知りである。何度かこの民家付近を周っていたことがあるためだ。
「アンタ、飼い主いるんじゃないのかい?そんなに飼い主が嫌いなのかい?」
「ピッ!!」ブンブン!
老人の問いに、首を高速で横に振るピイ助。否定の意である。
断じて同居人の少女が嫌いだから外に出ているわけではない。
これは冒険なのだ、家出ではない。
「そうかい。じゃあ飼い主が心配する前に帰ってやんな。アンタ見てるとウチの孫を見てるようで余計心配になるんだよ」
こちらの意図を老人は理解してくれたらしい。しかも、心配してもらっていたこと判明した。いやはや、こちらの身を案じてもらえるとは、ありがたい。
「気をつけて帰るんだよ。途中で料亭とかに首突っ込まないことだね」
「ピイ」
「まったく、返事だけは一丁前だね。……それにしても、前々から思ってたけども、最近のカメは車並みに速いんだねぇ」
違うのだ。このホバー移動している小亀、ピイ助だけが例外なのだ。
最近の電子機器や日用品と同じにしてもらっては困る。比較対象にされてるだろうその他大勢の一般的な亀に迷惑ですらある。
あれほど保護者的立ち位置である少女から、私たち以外の人前で特別な力を使っちゃダメだよと言われたのに、この始末…今のところこれまで会った人々が善良だったのがせめてもの幸運なのだろう。
そもそも、ピイ助には"私たち"が適用できる範囲を理解できなかったからという理由もある。他の亀よりも少し賢いぐらい……というよりも、ピイ助は人というグループで一括りにしているため、明確な境界線を引けていないからであるのだが。
なおこのピイ助、今では大洗学園艦や大洗町で知る人ぞ知る町を散歩している亀さんとしても認知され親しまれはじめている。
亀の子供が、一匹で街を歩いているのだ。物珍しいのは確かであるし、それが一日経ってからまた目撃できたら、もはや名物であり新しい隣人である。
本当、本当に町の人達が優しい方々で本当に良かった…と、一番に感じるのは、のちにこの事態を把握した保護者であり同居人の少女であるのだが。今のところ、散歩する小亀の噂が彼女の耳に入っていないのが奇跡みたいなものである。
「おっ、カメさん! カメさんに会えたってこたあ、今日は縁起が良いなぁ!」
「ああー!!かめーー!!」
町の人々は、ピイ助を見かければ、子供が撫でてくれたり、老人からは拝んでもらえ、八百屋であれば胡瓜など、魚屋であれば小魚をと、色々と恵んでもらえるのだ。少女は知らない。これが原因で夕飯のキャベツを半分残していることを。無用な心配であったと判明するのははてさて、いつになることやら。
また、街に住んでいる猫や犬、スズメ、カラスなどとも友人の間柄である。今では―あそこ、いい日向ぼっこ場所だよ―などと教えてもらえたりもする。
ピイ助は、知らぬところで様々な者に見守られているのである。
「ピ……!」
商店街を巡り巡って、ある場所ある場所を転々と歩いていたら、気づけば陽が傾く時刻となっていた。
今日の散歩は趣向を変えようとしたものの、結局いつも通りのルートを歩いてしまったピイ助。
今回の散歩は比較的穏やかであったと感じる。
さて、ではここで今日の散歩内容を振り返ってみようか。
まず、ウキウキ気分で学園艦から飛び、大洗町へと着陸。
住宅街で通勤通学のために歩いたり走ったりしている人々の後ろ姿を見ながら散策。途中で顔見知りのおばあちゃんと会う。世間話をして散策再開。
道中カラスとじゃれ合い、猫と塀の上でのんびりし、犬の背に乗せてもらい商店街まで送ってもらう。
商店街でご飯を貰ったり触れ合ったりしてもらった。
戦車道の試合で壊れてしまったある旅館の前を通った際、修復用の資材が重機の操縦手のミスで、ピイ助のギリギリ横に落下したり、歩いている真上にコンクリートを垂れ流されかけた。ジェット加速でギリギリ回避した。
海岸に面する道路を横断しようとした時、巡回パトロール中の陸自装甲車に轢かれかけた。なんとかホバー移動で間一髪回避した。
………これで比較的穏やかな散歩なのである。前回や前々回なんて、学校へと自転車で登校する子供達の群れに轢かれかけたし、ダンプカーに面制圧されかけたこともあった。そして極め付けは公園等で遊んでいた子供たちのサッカーボールや軟式球が高速飛来したこともあった。これにはピイ助はとても驚いたようで、咄嗟に回避しながら反射反応を起こして火炎放射をしてしまったこともあった。
上に挙げたような、数々の災難を考えれば、今回はマシな散歩の日であったのだと納得してもらえると思う。
生命の危機を感じながらの散歩とはまた斬新なものである。
今日もまた刺激的な1日であったと、ピイ助は思いながらまた人目につかない場所まで移動し、離陸。帰る場所である大洗学園艦へと飛ぶ。
カァーカァー
「ピイ〜」
夕焼けの空を飛んでいると、カラスの一団と出会う。彼らから、お気をつけてと言う旨を受け取り、一声返しつつゆっくりと帰る。
眼下に広がる学園艦の様子を見れば、人々がそれぞれの家に帰る光景があった。何事もなく、平和に一日が終わり、心安らぐ場所へと戻るというのは、とても幸せなことだろう。
これからも当たり前のことが当たり前の毎日を過ごせるかは誰にも分からない。しかし、努力して最善を尽くすことはできる。
「ただいま〜!ピイ助、良い子にしてた?」
「ピイッ!」
「そっかそっか!なら良かったよ!」
今のピイ助に難しいことは分からない。ただ、帰る家があり、大好きな同居人がいる、それを守れるような存在に___ガメラのような強い存在に早くなりたい…ただそれだけを願い考えるのみである。
誰かを守りたい、誰かの支えになりたい、誰かを救いたい。そんな想いを抱くのは人だけではないのだ。
ピイ助の体が、ほんのりと紅く光っていた。
どうも、スパロボ30をなんとか一周した投稿者の逃げるレッドです。
DLCでダイナゼノン出ないかなぁと思ったり思わなかったり。想像以上に各作品のキャラと交流してくれていたので、投稿者は嬉しかった。
さて、今回は冒頭でも触れたように、でっかくなっちゃった時期よりも前の時系列のお話でした。
今まで書こうかこうと思っていたのですが、アイディアがまとまらず、それに加えて本編の筆の進みが加速してしまい、今日ようやく投下させていただきました。
思いやりは思っても見ない形で突然返ってくるもんです。良くも悪くも。
これからもよろしくお願いします。質問感想、ありましたらどうぞ。
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