一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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※この連載は10年前に書き、完結させたものです。
ゲーム設定などが古いのはその為です。ご了承ください。


01

世界は腐っていると、私は思うのだ……。

 

そう思い出したのは高校入学間もない頃か卒業後だったか……。

ああ、卒業後だったと思う。

将来の夢を見出せぬまま高校を卒業した大学には行かなかった、こういうと行けたみたいな言い方をしているが事実、行けたのだからこう言うしかない。

私は頭は良い、教科書に書かれてる事ならお手の物。

ただ、利口に生きてはいなかった様だ。

なんて事ない高卒ながらそれなりの会社に就職してそれなりに生活していた。

 

腐ってると思った。

 

仕事に行く為にスーツを着た、溜息が出る。

休日に部屋の掃除をした、溜息が出る。

空腹を満たす為に料理を作った、我ながら良い出来だと腹を満たし終われば溜息が出る。

空っぽだった、世界は腐ってるなどとほざいたが腐ってるのは私であって世界は移り変わり存在している。

腐ってるのは私、動きながら止まっている、否、止めているのは私自身。

何をするわけでもない、何をしたいと思うわけでもない。

何もしないまま、ただ何か起これば良いのにと願う哀れな男だ。

 

何をすれば満たされる。

仕事で誰よりも優れた成績を出せば満たされたか、満たされなかった。

お金があれば満たされるのか、なら貯めてやるよと貯めに貯めたこの金は何に使えというのか、満たされる事などない。

満たそうと求めてみれば更に空っぽになる気がした。

何が間違ってる、根本的に間違ってる気がする、けれどその間違いを訂正して生きていけるほど私は利口じゃなかった。

 

溜息が出る。

 

周りの人々の目は輝いて見えた、同じ色の目とは思えない輝きを放っている気がした。

鏡に映るのは誰だ、穴が開いた様な真っ黒の目で何を見ている、お前は誰だ。

生きているのか死んでいるのか、否、生きながら死んでいるも同然だ。

私は何なんだ……、私はどうして生きている、何の為に、生まれて来たというのだろうか……。

 

 

世界は腐っていると、私は思う。

こんな私を産み落とした世界は腐ってる。

 

 

***

 

 

生まれて25年になる。

生まれてこの方このような光景を見た事が無ければ、こういう状況に陥った事も無い。

美しい世界だった、私がこう思える日が来るなんて……、やっぱり死んでみるもんだと関心した。

 

昨日の深夜2時。

私は大量の睡眠薬を飲んで眠った。

そして目が覚めると青々と茂った草原の上で眠っていたのだ。

これはもう死んでるだろ、少し想像していたあの世と呼ばれる場所とは少し違うがもうどうでも良い事。

裸足のまま草の上を歩いて小石を踏んだ、あまりの痛さに足の裏を見れば切れて血が出ている。

一度死んでもまだ苦痛を与えるのか。

意外と甘くない世界らしい、しかしだ、そんな痛みもどうでもよくなるほど空が綺麗で私はぼんやりと空を眺める。

 

大きな虹色の鳥が空を横切った。

 

空から虹色に輝く大きな羽が一枚降って来るのが見えて手を伸ばす。

風に吹かれながらもその羽はすんなりと私の手の中に納まった。

太陽の光を受けて輝く羽は何処までも美しい……。

 

私の知らない世界はこんなにも美しかった。

ああ、死んで良かったなぁ……。

 

 

少し離れた所から子供が二人走って来る。

天使かと思って眺めていると子供は私に近づいて来た。

 

「お兄ちゃんこんな所で何してるの?」

「森に行くのか?森にはポケモンを連れてないと入っちゃ駄目なんだからな!!」

 

その辺で摘んだらしい花を持った少女と日に焼けた健康そうな少年だった。

どうにも現実を帯びた世界だ、私は死んだはずなのに。

 

ポケモンという言葉を、聞いた事があるのは気のせいだろうか……。

 

「ポケモン……?」

「ポケモンはポケモンだよ!!その綺麗な羽どうしたの?それもポケモンの羽でしょ?」

「っていうか、兄ちゃん裸足じゃんか!!血出てるぞ!!!」

「え!!大変!!手当てしなきゃ!!」

 

少女と少年に手を引かれて私は裸足のまま早足に歩き出した。

砂を踏めば足の裏がちくちくと刺激される、握られた両手から二人の温かさが伝わってくる。

 

私は、死んだのか……?

 

 

少女と少年に連れられ、見知らぬ家へとあがり込んでしまった。

一軒家ながら家庭的な温かみを感じる家はどうにも私には居心地が悪い。

 

「あれー、お母さん買い物に行っちゃったのかなー」

「キューキューバコだ!!ノリコ、キューキューバコを持って来い!!」

「のん、キューキューバコ知らないよー!!」

「キズぐすりって人間に使って良かったっけ?」

「それは駄目って知ってる」

 

家の引き出しやら棚やらを片っ端から開けては閉めを繰り返す少女と少年を眺めながら私はぼんやりと椅子に座っていた。

私は死んでいないのかもしれない、もしくは、死んで別の世界に来てしまったのか、そんな馬鹿な話があるのか。

死んだ事自体は初めてなので絶対にありえないとも言い切れないが……、そんな事はあまりにも酷だ。

 

神なる存在が居るのなら聞いてみたい、私に何をしろと?

まだ生きろと?生き続けなければならない理由なんて無いだろうに……。

どうして、そう思った時に私の目からは涙が零れ落ちた。

トゲトゲした不思議な固形の固まりを持っていた少年が私を見てその固形物を床に落とした。

大きく口と目を開けている事から私が急に泣き出したものだから驚いたらしい、止まれと思ってはみたが涙は止まってくれそうになかった。

 

「そんなに痛いの!?ごめんなっ、ごめんな!!すぐ薬見つけるから!!のん!!早くしろって!!」

「さ、探してるもん!!」

「兄ちゃん、泣くなよー!!げんきのかたまりじゃ駄目ぇ!?」

 

はい、と手渡されたトゲトゲした固形物をどう使えというのだろうか。

服の袖で目を拭って、固形物を少年に返した。

 

「大丈夫だ」

「まだ我慢出来るんだな!!待ってろよ!!すぐ見つけるから!!」

 

そういう意味ではなかったのだけど……。

必死になって心配してくれる少年と私を見て泣き出しそうになりながら棚の中身を引っ張り出す少女があまりにも優しいから私は何も言えなくなった。

 

私の足元には小さな血溜まりが出来ていたが気付かれない様に足でそれとなく隠してみる。

 

*

 

ポツンとリビングに取り残された。

別の部屋へと行ってしまった少年と少女の声が扉を隔てた向こう側から聞こえる。

チラリと辺りを見渡してみれば見慣れない絵が飾られている。棚の上に置かれたフォトフレームには少年と少女と不思議な動物の写った写真が飾られていた。

 

ポケモン……。

 

何処かで聞いた事がある。

テレビか、街中でなのか、それとも雑誌か、誰かの会話で耳にしたのか……。

曖昧でハッキリしない頭でぼんやり考えていると玄関で小さな悲鳴、その後にこちらが悲鳴をあげたくなるくらいの怒鳴り声が響いた。

 

「カズキィイイイ!!!ノリコォオオオ!!!」

「「お母さん!!!」」

 

なにやってんのアンタ達はー!!!と怒りの篭った声が聞こえて、聞こえているだけの私まで怖くなってくる。

少しして静かになったと思えばドタバタと足音がこちらに向かって来た、勢いよく扉が開く。

 

「大丈夫ですか!?」

「「キューキューバコ!!!」」

「寝室のクローゼットの中なのよ!!」

 

そんなとこ見てねー!!と少年が声を荒げた。

母親である女性が部屋を出て行ったかと思えば白い箱を抱えて戻ってくる。

 

「大変、出血が酷いわ」

「うわっ!!血がいっぱい!!のんは見るな!!」

 

隠していた血溜まりを見て少年は泣きそうになりながら少女の目を手で覆い隠した。

足の手当てをしてくれた女性に「すみません」と謝罪の言葉を伝えれば、にこりと笑みを返される。

 

「謝る事ないのよ」

「見ず知らずの方にご迷惑をお掛けして申し訳ないです……」

「硬い硬い!!こういう時は笑顔でお礼を言ってくれた方が嬉しいわ」

 

笑顔でお礼……。

「ありがとうございます」と言葉にはしてみたが、私の口角は上がってくれなかった。

心配した様に私の顔を覗きこむ少年と少女に「ありがとう」と礼を述べて立ち上がった。

足を踏み出せば少し痛んだが歩けないほどでは無かった、少し頭がくらくらするのは血を流しすぎたせいだ。

 

「兄ちゃん!!」

 

服の袖を引っ張られて立ち止まる、視線をやれば眉を顰めた少年が居た。

 

「また裸足で歩いたら怪我する!!」

「そうだよ、お靴を履かなきゃ!!」

 

少年と少女の言葉はもっともな意見だが、靴はあいにく持ってはいないのだ。

どうして私がここに居るかも分かっていないのに……。

 

「貴方、裸足で歩いてたの?」

「はい」

「どうして?」

「分かりません、気付いたら裸足で……」

「何処から来たとか、分かる?」

「分かりません、ここが何処なのかすら」

「記憶喪失なのかしら……」

 

私の頬に手を添えた女性はそのままゆっくりと私の頭を撫でた。

温かい手……。

 

「きおくそうしつ、って何かな、カズくん」

「色んな事を忘れちゃう事」

「色んな事って?」

「んー、自分の家とか名前とか?」

 

女性がゆっくりと手を下ろして、私の両手を握った。

私よりも小さい女性が私を見上げて優しい声で言う。

 

「貴方の名前は?」

「私は…」

 

なんという名前だっただろうか……。

首を傾げれば女性は眉を下げて、それでも困った様に笑ってみせた。

 

「じゃあ、決まり」

「?」

「私はカナコ、でも、お母さんって呼んでね。貴方は今日からうちの子よ!!」

 

あまりにも突然のその言葉に私は返事を返せなかった。

キョトンとしていた少年と少女は顔を見合わせてから顔に笑みを浮かべた。

 

「本当の兄ちゃんになった!!」

「お兄ちゃん!!」

 

ぎゅっと抱きついて来た少年と少女を見下ろせば笑顔で見上げられる。

 

「オレ、カズキ!!」

「わたし、ノリコ!!」

 

温かい抱擁、温かい笑顔、無条件に優しすぎる言葉に思わず涙が出た。

ああ、泣いてばかりだ……、情けない……。

 

「あ、でも、ここは忘れないで、お母さんはまだ20代です!!」

「そこって大事なのか?」

「え、のん知らないよ」

 

*

 




--主人公:シンヤ

ネガティブ思考の持ち主であり自殺者。
自殺後、気が付くとポケットモンスターの世界に。
知識は無くポケモンという言葉を聞いた事がある程度で、ポケモン世界では記憶喪失だと思われる。
死んだのに生きているという状況に絶望したが美しく優しい新たな世界に少しの希望を見出し始める。

顔立ちは極めて美しく整った顔立ちをしており背も高く見た目に欠点は無い。
ただ表情があまり豊かではない為、無表情。
頭は良く記憶力も良いがあくまで本などから得られるものを記憶した知識であり社会的な賢さは持ち合わせておらず世渡り下手、相手を立てたりお世辞が言えないタイプである。
口調は上からモノを言う様で偉そう、敬語は使える。
頑張って前向きに生きて行ける様に更生中……。

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