一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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半分寝惚けながら電話番号を押した。

電話に出たヤマトが元気よく挨拶して来たが返事を返す元気が私にはなかったので無視した。

 

「イツキさんを呼べ」

<「イーツーキーさーん」>

 

遠くでなーにー?と返事を返すイツキさんの声が聞こえた。

朝早くから研究所に来て仕事とは大変だ。今、朝の9時だけどな……。

 

<「シンヤー!!シンヤ、シンヤー!!全然俺には連絡くれなかっただろー!!父さんすっごく寂しかったぞー!!」>

「タマゴが孵化した報告だけだから」

<「何!!孵化したか!!そうかそうか!!で、何が生まれたんだ!!」>

「コイツです」

「チョケ!!」

 

トゲピーを画面に映るように見せればイツキさんは顔に満面の笑みを浮かべた。イツキさんの横に映るヤマトの顔はもう凄い緩み様だ。

 

<「トゲピーか!!」>

<「超可愛いーー!!!抱っこしたい抱っこしたいー!!」>

 

ヤマト、お前はツバキと同レベルか。

 

「イーブイ二匹は進化してしまったからカズキとノリコに謝っといてくれ、ヤマト」

<「何で僕!?」>

<「何に進化させたんだ?」>

「いや、勝手にエーフィとブラッキーに進化した」

 

ハハハ、と画面の向こうでイツキさんとヤマトが笑う。

進化するパターンを知らないお前が悪いとでも言われているかのようだ。

 

<「進化させたくなかったんなら、変わらずの石を持たせておけば良かったのに」>

「何だそれは」

<「ポケモンがその石を持ってると不思議と進化しないんだよね」>

 

何でもっと早く言わないんだお前……。

進化した後にそんな事言われてもどうする事も出来ないじゃないか。

勉強不足だね、シンヤ。なんてヤマトに言われ腹も立つが返す言葉も無い。勉強不足は自分でも理解している、というかポケモンが持ち物を持つなんて事も初耳だ。

 

<「そういえば送ってくれたコリンク、ノリコちゃん喜んでたよー」>

「そうかなら良かった」

 

あの捕まえたポケモン、コリンクって言うのか……。という私の気持ちは言葉には出さなかった。

 

<「ヤマトのユキワラシもそうだが、色違いのポケモンを捕まえるのは難しいのに凄いなシンヤ!!」>

「は?」

<「だよね、僕もそう思うよ!!ホント珍しいもん!!」>

「色違いだったのか?そのコリンクとか言うの……」

<「「……シンヤ」」>

 

黄色くて丸いから捕まえたはずのコリンクは普通、青いのだと聞かされた。

そんなの私が知るか!!

何が珍しいのか何が違うのか未だによく分からない。私からしたら出会うポケモン全て珍しい生き物だし、初めて見るポケモンなんだから通常の体色を知っているはずもないだろ……。

 

<「まあ、珍しいポケモンほど研究者としては嬉しいものはないよ!!珍しいポケモン見つけたら教えてね!!」>

 

だから何が珍しいのかも分からないんだって。

 

「あ、そうだ」

<「なんだー?」>

「日暮れまでにはそっちに帰れると思う」

<「え、何で!?」>

「帰って来るなと?」

<「違う違う、帰って来るのは嬉しいけど!!どうやって移動するの?今、マサゴタウンでしょ?」>

「ツバキが空を飛ぶで送ってくれるから」

<「ツバキちゃんかー!!じゃあ、ツバキちゃんも遊びに来るんだ!!」>

 

ああ、そうか、送ってもらうとなるとツバキも滞在する事になるのか……。

ヤマトとツバキで二倍うるさいな……。

 

<「何でちょっと嫌な顔したの?」>

「してない」

<「母さんに言ってご馳走作ってもらわないとなー!!」>

 

 

画面の向こうで手を振った二人を見てから電話を切った。

出そうになった欠伸を噛み殺し部屋に戻る。部屋に戻るとベッドの上で寝転がって雑誌を読むツバキが居た。

私の部屋……。

 

「おかえりー」

「……私は鍵を閉めた」

「うん、閉まってた」

「どうやって開けた」

「中に居た子が開けてくれたよ」

 

チラリと床に視線を向ければ私を見て首を傾げたブラッキーと、顔を背けたエーフィ……、お前か。

 

「その手足でどうやって開けたんだお前、余計な事を」

 

ぐにっとエーフィの耳を引っ張ってやると自分にもやってくれとブラッキーが腕に擦り寄ってくる。遊んでるわけじゃないんだが……。

 

「ねー、何時に出発する?」

「ツバキの都合に合わせる」

「あ、そう?じゃあ、リゾートエリアにちょっと寄って良い?」

「出発の時間を合わせると言っただけで寄り道に付き合うとまでは言っ……」

「すぐに出発だー!!」

 

最後まで話聞け。

ベッドから飛び降りたツバキにもう何を言っても無駄らしい。まあ、日暮れまでには帰れれば良いし……。送ってもらう身なので文句は言えない。

コンコンと開けっ放しの扉がノックされる。無断で部屋には入らず会話の最中に話しかけないというマナーを持った相手らしい。

視線をやれば不満気に顔を歪めた男が腕を組んで扉にもたれかかっていた。

 

「ありゃま」

「ありゃま、じゃねぇーでしょ」

 

ツバキの知り合いらしい男はツバキに対して腹を立てているようだ。

 

「決して存在を忘れていたとかそういう訳ではない」

「当たり前、存在を忘れてたとか言ったらメタルクロー」

「死ぬわ!!」

「は?ボクの方が寂しくて死にそうだったんだけど、どうしてくれるの?このズタズタになったボクの心」

「ジョーイさんに預けて丸一日忘れてたからって死なないよ」

「今、忘れてたって言ったね。メタルクローだ、そこに立て」

「嘘嘘嘘!!エンペラーは、いーっぱい休んだ方が良いかな~と思って預けてました」

「窮屈なボールの中でいーっぱい休むとか冗談じゃないよ」

 

ツバキと男の会話を聞いて首を傾げる。

少々理解の追い付かない会話をしていると思うのは私だけか……。

ジョーイさんに預けられていた男、名前はエンペラーと言うらしい、エンペラーはボールの中に居て、メタルクローが出来る。

 

ポケモンみたいな事を言う人間だ、と思いたいが……。気付いてみれば人間とは違う雰囲気の男。

ツバキのエンペラーは確かエンペルト?だったか、ペンギンみたいなポケモンだったはず……。

 

「嘘だ」

「あ、シンヤさんが現実を否定した」

「何でポケモンが!!」

「よし、エンペラー説明してあげて」

「それは良いけど、何気に話逸らそうとしてるのボク分かってるから。後で覚えとけよ」

 

コホンと小さく咳払いをして私の前に立ったエンペラーがピッと人差し指を立てた。

 

「まず一つ。本来ポケモンは人と同じ姿だったからこの状況は至って普通の事なんだよ」

「ああ、昔話に書いてあったのを読んだな…」

「なら話は早い。ポケモンは昔こうして人の姿になれるのが普通だった、でも、時を重ねる事にポケモンも人間もそれを忘れていった。今じゃ人の姿になれる事を覚えているポケモンも少ない」

 

なるほど、忘れていったのか。

確かに忘れていく方が良い、昔話にも書いてあった通りなら人はポケモンを狩って食べていたのだから人と同じ姿の生き物を食べる事なんて出来ない。

ポケモンも自分達を狩って食らう相手と同じ姿で生きていくのが嫌になる者も居ただろう。

 

「至極、当然な流れだな」

「そうだね。昔より今の方がきっと良い関係で居られているとボクも思う。でも、ボクみたいに信頼する相手にこうして人の姿で接するポケモンも存在してるってだけ」

「エンペラーは人の姿になれる事を覚えていたのか?」

「どうかな」

 

肩を竦めて笑ったエンペラーは覚えていたかどうかを答える気はないらしい。

覚えていた、のかもしれないし。何か理由があって思い出した、のかもしれない。

答えたくないのなら詮索する様な真似はしないが……。

 

「信頼する相手に人の姿で接するという事は信頼する相手だけにしか人の姿を見せないという意味も含まれているような気がするんだが?」

「まあね」

「私とこうして会話をするのはどうかと思うぞ」

「アナタは特別だから」

 

私が首を傾げれば黙って横で聞いていたツバキも首を傾げた。

 

「今の言い方は分かり難かったから訂正する。ボクは気にしないから、という事にしておくよ」

「そうか、なら別に良いが……」

 

エンペラーは「はい、終わり」と言って軽く手を叩いた。

よく見てみれば確かにポケモンの時の特徴が残っている、纏う雰囲気もやはり普通の人間ではないのもよく分かる。

じ、とエンペラーを見ているとコホンとエンペラーが咳払いをした。

 

「……?」

「うん、そんな真剣に見られるとボクも照れるから……」

「ああ、悪い」

 

じろじろと見過ぎてしまった。

隣に居たツバキに視線をやれば何故かニヤリと笑みを返される。

 

「あたしの手持ちじゃエンペラーとヨルノズクが人型になるんだよ」

「へぇ」

「まあ、ポケモンが人の姿になれるって知ってる人は多くないし、人型になっちゃえば街中歩いててもポケモンだって気付かれないからね~」

「そうか?どう見ても人間ではないと思うが……」

「何処からどう見ても人間でしょ。誰もエンペルトが人の姿になってるって分かんないよ」

 

そう、だろうか……。

何処からどう見ても人間とは違う生き物だと思うが……、ポケモンを知らなくてもコイツは本当に人間か?と疑いたくなる雰囲気を持っているし……全く気付かないというのはどうだろう…。

 

「ツバキ、シンヤさんは人間と人の姿になったポケモンの見分けがつく人だと思うよ」

「そーなの?」

「そーだよ。だってこの人ポケモンの言葉が分かる人だから」

「そーなの!?」

 

ぐりん、とツバキの視線がこちらに向いた。

 

「何となく、何を言ってるかが分かるだけだ」

「えー!!ねえ、エーフィ!!あたしの事どう思う!?」

 

足元で大人しく聞いていたエーフィに突然質問を投げかけるツバキ。

パチパチと瞬きをしてからエーフィは少し考えてから質問に答える。

 

「フィ」

 

エンペラーが肩を震わせて笑い出した。

 

「エーフィは何て言ったの!?」

「「うるさい」」

 

私とエンペラーが同時に発した言葉を聞いてツバキがエーフィを追い掛け回す。

それに便乗してブラッキーもエーフィを追いかけ始めた。床を歩いていたトゲピーが蹴られそうだったので慌てて抱きかかえる。

 

「シンヤさん」

 

小さな声でエンペラーが私に言った。

 

「アナタは違う世界から来た人なの?それとも人間じゃないとか?」

「何故そう思うんだ?」

「雰囲気。ポケモンじゃないみたいだけどボクらと近い雰囲気を持ってる」

「珍しい人間だって事か」

「色違い以上、伝説級に珍しいんじゃない?」

 

どうやら、私は異質らしい。

 

*

 

リゾートエリアという所に行くのは良いが……。

ヨルノズクの背に二人も乗れるのか……?それも私は成人している大人なわけだし。

ゲンのボーマンダは大きかったから気にしなかったが……。

 

「本当に乗れるんだな?」

「シンヤさん、しつこい。まあ、確かに狭いけど大丈夫なんじゃない?」

「お前には聞いてない」

 

なんだよー!!と横で怒っているツバキを無視してヨルノズクに視線を合わせる。

ホー、と鳴いたヨルノズクの言葉を信じて乗ろう。

 

「リゾートエリアにはねー、あたしの別荘があるんだよ!!」

「ふぅん」

「あ、全然興味無いやこの人」

 

ヨルノズクの背に座って空を飛ぶ。ボーマンダの時ほど快適とは言えないが二度目の空を飛ぶには慣れたかもしれない。

ただ、一つ不満を言うならば……。

ヨルノズクの背が狭いとかではなく、乗り心地が不安定だとかでもなく……、これは仕方が無いので良い。

二人で乗ってる為、小さいツバキが私の前に座ったのも勿論構わないし抱きすくめるようになる体勢なのも仕方が無い。落ちるから。

ただ、この至近距離で延々と喋り続けるツバキの口がどうにかならないものか……。

 

「ジムリーダーはねー」

「……」

「でね、その時がー」

「……」

 

しかし、この至近距離で会話が全く頭に入って来ないのも不思議な感覚だな。

 

「って事だよ!!あれ、シンヤさん、ちゃんと聞いてるー?」

「……」

「聞いてないのー?」

「……」

「聞いてねーなー、こりゃー」

「……」

 

耳鳴りみたいに雑音が聞こえる。全部吹き飛ばしてくれ風の音……。

 

 

リゾートエリアに着くとツバキが私の手を引いて大きな家を指差した。

あれがツバキの別荘らしい、よく買えたなあんな家……、と思っていたら聞くと貰い物なのだそうだ……。

そんな簡単に貰って良いのか?

 

『ちょっとだけ すごいかもしれないべっそう』

 

「これはふざけてるのか?」

「あ、それ最初からあったの」

 

ふざけているとしか思えない看板を見ているとまた手を引かれた。

 

「ポケモンセンターで待ってて、あ、別荘で待ってても良いけど」

「何処に行くんだ?」

「ちょっとエステに……」

「エステ……」

「ミミロルに早く懐いて欲しいんだー、30分くらいだからー」

「ああ」

 

ツバキにエステなんて不要だろ、と思ったが。ポケモンにするエステか。

走って行ったツバキを見送ってポケモンセンターに視線をやる。別荘の中を見てみたい気もする……。

少し覗いてからポケモンセンターに行こうと別荘へと向かった。別荘の扉には鍵はかかっておらず誰でも入れるらしい。

扉を開ける。

 

「ん?」

 

変な頭の男と目が合った。

 

「ツバキが来たのか?」

「いや、何かめちゃくちゃ男前が来たぜデンジ!!」

「男前?」

 

視線をこっちにやったデンジと呼ばれた金髪の男がパチパチと瞬きをした。

 

「確かに綺麗な顔だ……」

 

綺麗な顔した男に綺麗だと言われてもどうにも納得しにくい。

とりあえず、中を見たので別荘の扉を閉めると中で慌てる声が聞こえた。ポケモンセンターに行こう。

 

「ちょーっと待てぇぇ!!って、すでに遠い!!待て待て待てー!!」

 

変な頭の男が追いかけて来て、私は再び別荘に戻って来た。そのうえ、ソファに座らされコーヒーまで出された。

 

「いただきます」

 

飲むけど。

 

「お前、ツバキの知り合いなのか?」

「ツバキならエステに行った」

 

頷いた変な頭の男、頷くと変な頭がふわふわと揺れていた。爆発してる。

 

「オレはデンジ、ナギサシティのジムリーダーだ」

「おーっと、俺はオーバ!!ポケモンリーグの四天王の一人だぜ!!」

「ふぅん」

 

ずず、とコーヒーを啜るとオーバがガクンとソファから落ちた。

 

「お前の名前ー……」

「ああ、シンヤだ」

「ポケモントレーナーか?」

「違う」

「ならコーディネーター?」

「違う」

「じゃあ、何?」

「何でも無い、ただポケモンを連れているだけの男だ」

 

なんじゃそりゃー!!とオーバが、大袈裟に声をあげる。

オーバはやけにオーバーリアクションだな、と思ってから少し恥ずかしくなった。決してダジャレとかそんな意味で思いついたわけではなかったのだけど……。

 

「オーバの名前が悪い」

「急に何!?」

「オーバが悪い」

「うわ、デンジお前便乗すんなよ!!」

 

仲が良いらしい二人を見ながらまたコーヒーを啜った。

コーヒーを飲み終わった所でオーバが「そうだ!!」と言って立ち上がる。

 

「今からここでポケモン勝負しようぜ!!」

「「それはありえない」」

 

発した言葉がデンジと被った。

しかし、オーバは引き下がらない。

 

「良いじゃん!!シンヤとはまだバトルした事ねーし!!」

「私はバトルはしないぞ」

「いーや、する」

 

何で勝手に決めるんだ。

 

「確かに、シンヤとのバトルはしてみたい」

 

お前もか。

 

「バトルはしない!!」

 

バンとテーブルを叩いて立ち上がればオーバとデンジも立ち上がった。

睨み付けて来る二人を睨み返せば、ポケットに入れっぱなしだったボールから勝手にブラッキーが飛び出した。

 

「ブラー!!」

「お、ブラッキーか!!」

 

何故か戦う気満々のブラッキーが勝手に戦闘態勢に……、ボールに戻そうとすればオーバがポケモンを出してしまった。

 

「なら、コイツだー!!行け!!俺の炎ポケモーン!!」

 

ボールから出て来たのは何処かイーブイと似た、赤いポケモンだった……。

 

「行くぜ!!ブースター!!」

「ブゥウウ!!!」

 

絶対にイーブイの進化した別バージョンだ。絶対にそう。何か雰囲気が似てる……。

 

「待て、ここは無難にタッグバトルで行こう。オレだけ見物なんて冗談じゃない」

「じゃあ、俺とデンジがタッグで。シンヤはポケモン二体な」

 

何で勝手に決めるんだ。

出してたまるかと思っていたらブラッキーが私の足元をくるくると走り回る。

 

「ブラァ?」

 

エーフィは?と言われても……、ここで出したらバトルになるじゃないか。もうすでに始まっているのか?

仕方ないのか、仕方ない事なのかこれは……!!と私が葛藤している間にエーフィの奴は勝手にボールから出てブラッキーと並んでブースターに向き合った。

 

お前らなんて嫌いだ。

 

「エーフィか、ならオレも合わせていかないとな!!」

「イーブイ進化形でバトルだぜ!!」

 

やっぱりイーブイ……。

デンジがボールから出したのはトゲトゲした黄色のポケモン、コイツもまた雰囲気が似ている。

 

「サンダース、今日はブースターとタッグだ!!」

「サーン!!」

 

似たような、とは言っても体色も恐らく能力も違うのだろうが、似たような雰囲気のポケモンが睨み合っている。

 

「ブースター!!オーバーヒートォオ!!」

「サンダース、チャージビーム!!」

 

燃え盛る炎とバチバチと爆ぜる電撃がこちらに向かってくる。

炎と電気のコラボレーション。

これは、爆は、つ……。

 

*

 

室内は散乱、窓は吹っ飛んだし壁には大きな穴。煙のあがるツバキの別荘をぼんやりと眺める。

 

「あたしの別荘がぁああ!!!」

「「ごめんなさい」」

 

ツバキに頭を下げるオーバとデンジ。

人の別荘で勝手にバトルしだすとか馬鹿じゃない!?とツバキに怒られているのを少し離れた所で見守った。

他人事のように足元でエーフィとじゃれて遊んでいるブラッキー、もとはと言えばお前が出て来たせいでバトルが始まったというのに……エーフィも同罪だ。

同じく、私の足元で自分達のトレーナーを見るブースターとサンダースは自分達の技で起こってしまった現状に落ち込んでいるようだが命令したトレーナーが悪いのだ。

 

「お前たちが気にする事じゃないぞ」

「「…」」

「オーバとデンジが悪いんだからな」

 

ブースターとサンダースの頭を撫でてやれば、自分も撫でろとブラッキーが飛びついて来た。

暫くイーブイ進化形の四匹の相手をしているとツバキが溜息を吐きながらこちらに歩いてきた。どうやら怒りは吐くだけ吐き出したようで後は呆れしか残っていないらしい。

何処かやつれた様に見えるオーバとデンジは放って置こう。

 

「別荘の修理費が……」

「二人に請求すれば良いだろ」

「えー……、うーん……」

 

考えるように腕を組んだツバキが「そうだ」と言って顔をあげる。

 

「オーバ!!四天王狩りするから覚えてろ!!」

「おま、巻き上げる気かよ!!」

「お金必要になったからねー……」

「ま、まあ、バトルで勝てたらの話だからな!!」

「最強パーティーで行ってやる」

「……」

 

負けないもん、頑張るもん、と何故か体育座りをしながら呟くオーバ。

自分の財布を開けて中身を睨み付けるツバキには何も言えない。払ってやれるほど金は持ち合わせていない。

前の世界なら捨てるほど貯金あったんだけどな……、今の私は財産どころか居候の身だ。

やっぱり、何処か一人で暮らせる所を見つけて自分で生活をしていきたい。親だと思ってくれていいというイツキさんとカナコさんには有り難いが25歳の男が親のすねをかじって生きて行くわけにはいかない。

 

「物件、探さないとな……」

「エーフィィ」

「は?広くて静かな場所?お前、贅沢だぞ。八畳一間くらいでも人間生活出来る」

「フィーフィー」

「……まあ、確かにそれだと狭いがボールに入ってれば良いだろ」

「フィ」

「蹴り飛ばすぞ」

「フィ」

 

エーフィと睨み合っているとツバキが駆け寄って来た。

煙のあがる別荘の消火活動に追われるエンペラーの背が何処か切なく見えるのは私だけか……、アイツ苦労性だな。

 

「待たせてごめんねー、エンペラーが火消し終わったら送ってくね」

「色々と忙しくなったなら別に良いぞ、ここから一人で帰るし」

「そんな!!あたしまだシンヤさんのご両親に挨拶してないのに!!」

「しなくて良い」

 

頬を膨らませたツバキを後ろから押し退けてオーバが私の腕を掴んだ。

何だ、と言う前に体が引っ張られる。

 

「ちょ、オーバァアア!!あたしのシンヤさんを何処に連れて行く気だゴラァア!!」

 

お前の所有物になった覚えは無い。

 

「うるせー!!こうなったらオレも勝負所に殴り込みだ!!」

「そうなると俺も行かないとな」

「よし、ついて来いデンジ!!」

「偉そうに言うな」

 

何で私まで。

私の意見など聞く気は無いらしいオーバに引っ張られ、その勝負所とやらに連れて行かれる。名前からして行きたくない所だ。

 

「オレの弟のバクに言えばシンヤもいつでも入れるようになるぜ!!」

「遠慮する」

 

*

 

一見、普通の家のような建物の中は薄暗く視界にはまさにポケモンバトルをしている姿も映る。凄く帰りたい。

いそいそと席に座って飲み物を頼むデンジ。結局ついて来たツバキもデンジと同じように席に座った。

 

「ツバキちゃん対戦受付中ー」

「なら、ジム戦以来だが俺とするか?」

「良いねー」

 

デンジとツバキがボールを取り出した。

観戦だー、なんて言ってオーバは二人について行った。私が小さく溜息を吐いて席に座れば隣の席に誰かが座る。

他にも席は空いているのに、と思いつつ視線をやれば見知った顔。

 

「やあ」

「何だ、ゲンか。何処にでも居るなお前」

「それはこっちのセリフ」

 

バトルを始めたツバキとデンジにゲンが視線をやったので釣られて私も視線をやる。

 

「今、バトルフィールドに居る二人知ってる?」

「ああ、一緒に来たからな」

「そうなの?シンヤは以外と顔が広いな」

 

面倒な縁ばかりだ。

バトルフィールドというらしい所で戦うツバキが「ああ!!」と声をあげた。どうやら負けそうになっているらしい。

 

「エレキブル、とどめの雷パンチ!!」

「ヨルノズクゥウウ、飛べ飛ぶんだヨルノズクゥウウ!!」

「やっちまえデンジー!!!」

 

ツバキが負けそうだ。

ペラペラとナナカマド博士の所で貰った本を捲る、ヨルノズクは飛行タイプだから電気タイプの攻撃をくらえば効果抜群の大ダメージ……。

 

「何で、ヨルノズク出したんだアイツ」

「そういう気分だったんじゃない?ツバキは気分で押し切る戦い方をするし」

 

ゲンはツバキとわりと親しいらしい。

まあ、いつ知り合ったとか全く微塵も興味はないのだけど。

 

「ヨルノズクー!!回復の薬だぞー!!」

「ホー!!」

 

もうちょっと早く渡してくれ、とかそんな感じの事を愚痴りながらヨルノズクが薬を受け取った。

その後、ツバキはおそらく気合と根性と多少の無茶をヨルノズクに押し付けデンジに勝った。アイツ、凄いな。

 

「レベルで押し切った感じだったね」

「ヨルノズクが傷だらけで不満気な所が痛々しいけどな」

 

バトルを終えたツバキが私の方へと駆け寄って来た、その顔は満面の笑みだ。

 

「シンヤさーん!!……って!!ゲゲゲ、ゲンさん!!」

 

ゲゲゲ?

 

「やあ、久しぶり」

「お、お久しぶりですぅ」

 

薄暗い室内でも分かるほど、頬を赤らめたツバキが恥ずかしそうに俯いた。

いつもの声とは違って何処か女の子らしいというか……、違い過ぎないか?

 

「いつも大人しいのに戦ってる時は元気だよね、ツバキって」

「やだ、恥ずかしい……、私ってそんな変わりますか?」

「バトルが好きなのが伝わって来て良いと思うよ」

「あ、ありがとうございます……」

 

現在進行形で変わってるぞ。

というか、私はお前のそんな大人しい姿を見た事がないのだが……。

まあ、この状況とツバキの態度からして私には無縁であったあの症状……、恋の病という奴か、これは治らないんだよ、とアイツが言っていたっけ……。

 

「…アイツって誰だ」

「「え?」」

「いや、悪い、独り言だ」

 

首を傾げたツバキとゲンには悪いが私の中で大きな疑問が出来た。

私に恋の病やらうんたらかんたらと教えたアイツは誰だったか……、顔も出て来ない。今更ながら考えてみれば前の世界の記憶が曖昧にしか残っていない。

本当に私は記憶喪失に近いんじゃないだろうか……、それともすでに前の世界の記憶は必要なくなって忘れていっているのか。どちらにしろ覚えていないんだからこの事は考えても分からないか……。

 

「あ、シンヤさん、そろそろお帰りになられますよね?」

 

何だその喋り方。ゾワゾワする。

 

「ああ、帰りたい」

「帰る途中だったのかい?なら私が送って行こうか?」

「うーん、ボーマンダは乗り心地良いからなぁ……」

「じゃあ、ツバキ。シンヤは私が送って行くから。それじゃ」

 

片手を上げたゲン。ツバキがうろたえる。

何となく邪魔した感じか……?いや、よく分からないが、ボーマンダだけ貸して欲しい雰囲気だ。後でツバキに嫌味言われそうだし。

 

「ゲンにも予定があるだろ」

「無いよ」

 

無いのか、断れる理由が無くなったな。

 

「勝負所に来たんだからバトルはしていかないのか」

「うん、なんとなく来てみたんだけどシンヤに会えたから。バトルよりシンヤ優先だよ」

 

そうか、その厚意は有り難いんだけどな……。

 

「いえ、ゲンさん!!ここは私がお送りしますから!!」

「うーん、私に送らせてくれないかな?」

「で、でも……」

「本音を言うと送るのは建て前で、シンヤと二人っきりになりたいかなぁ……って思うんだけど」

 

どうかな?とゲンに視線を向けられた。

どうかと聞かれても、そうですか、としか言えないわけだし。別に楽して帰れるならツバキでもゲンでもどっちでも良いしなぁ……。

 

「それは……どういう意味で、ですか……。年頃の近い男同士の友情とかで男同士でしか出来ない話をしたいとか実は熱い"友情"で結ばれているとか」

「友情……じゃないよ、私はね」

「シンヤさんは!?」

「友情というほど親しくないという事だな。確かに会ったばっかりの知り合い程度の関係だし」

「「…」」

 

ツバキとゲンがお互い何やら各々の考えがあってが顔を顰めた。私、何か変な事言ったか?

 

「シンヤは……、私に送られるのは嫌かい?」

「いや、嬉しいぞ」

 

楽できるし。

 

「なら、送らせてくれないか?」

 

ぎゅ、と両手を握られた。

送ってくれと私が頼むのは分かるが送らせてくれと頼まれるとは思わなかった。そして何故、手を握った。

 

「……ああ、うん、私は送ってくれるならツバキでもゲンでもどっちでも」

「ツバキ、譲ってくれるよね!!この権利!!」

 

どんな権利?私を送る権利か?

 

「譲れません!!!」

「そうか、なら正々堂々とバトルで決めよう」

「勝った方がシンヤさんを送るんですね……、分かりました。私が勝ったらシンヤさんにヨルノズクを貸してゲンさんと鋼鉄島で特訓します!!」

 

貸してくれるなら、ツバキで良いぞ。

ヨルノズクに二人で乗るのがキツイからボーマンダが良いなぁと思ったわけだし……。一人なら別にヨルノズクでも……。

 

「私が勝ったらボーマンダで少し遠回りしてシンヤのご実家に帰ってご両親に挨拶してから二人っきりの時間を作ってこれからもの凄く親しくなる!!」

 

何で、遠回りする必要があるんだ。

送ったならすぐに帰れば良いじゃないか、挨拶も要らないしもの凄く親しくなる必要も無いだろ……。

 

私を放ってバトルフィールドに立った二人。溜息を吐いて外を見ればやりの柱で見た歪みが……。

バトルを始めた二人をチラリと見てから私はこっそりと外に出て歪みに近づいた、中を覗けば相変わらず天と地が反転している空間。よく見れば建物などもあってまた一つの世界として成り立っているようだ。人の気配は無さそうだが……。

 

「!!」

 

また大きな影が現れた。

今度は私の方を見ている。怪しげに光る目と視線が合えばその目が私を興味の対象として見ているのだと何となく分かった。

仲良くなれる奴かもしれない。

 

「お前、名前はあるのか?」

 

私がそう聞けば歪みを隔てた向こうでソイツは鳴き声をあげた。

”ギラティナ”

その名を聞くとギラティナの姿も目に映る。大きな体に大きな翼。珍しいポケモンなんだろうな……。

 

「暇なら私を家まで送ってくれないか?」

 

ギラティナの一鳴き、了承の返事を得た。

 

 

 

「というわけで、送ってくれる奴が居たので私は先に帰る」

「「え!?」」

 

ツバキとゲンのバトルは時間が掛かりそうだったし。

私がそう言えばゲンは顔を青ざめさせていたが、ツバキは嬉しそうに手を振ってくれた。

 

さて、帰ろうか。

 

*


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