一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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大きなギラティナの背に寝転がって青い空を眺める。

まるで大きな地面が動いているかのような錯覚を覚えるほど、揺れも少なく広くて快適だ。

欠伸を噛み殺して、ギラティナの背の上に立ちギラティナの顔の傍で地上を見下ろした。

 

「もうそろそろだな、そのまま真っ直ぐだ」

 

見えて来たイツキさんの働く研究所の上空を通り過ぎて家の傍に降りる。グルグルと鳴いているのか喉を鳴らしているのか、大きなギラティナの頭を撫でてカバンを肩に掛けなおす。

 

「ありがとな」

「ギラァァアア!!!」

 

大きな鳴き声をあげたギラティナが空間を歪めて、空間の中に帰って行く。

ギラティナを見送っていると少し離れた所から私を呼ぶ声。振り向けば何故か全力疾走で走って来るヤマトとイツキさん……。

 

「兄ちゃーん!!」

「お兄ちゃん!!」

 

その後ろからカズキとノリコも走って来ている。

 

「今のギラティナじゃん、マジでぇぇええ!!!」

 

思いっきり私の体に体当たりをしたヤマトが私を押し倒した。

肩を掴まれ、ギラティナギラティナと連呼するヤマトが私の体を揺する。それも私の上に乗って……重たいし、背中は痛いし、揺すられて気分が悪い。

 

「シンヤ、凄い事だぞ今のは!!」

「「おかえりなさーい」」

 

ヤマトに乗られた状態の私の更に上にカズキとノリコが乗っかった。

その傍では凄い事だギラティナをこんな間近で見れるとは、と何やら独り言を呟くイツキさん。

 

「とりあえず、どけ、ヤマト」

「まずは、ギラティナの話を!!」

「どけ」

 

うるさい研究員二人にギラティナの話をしろと言われたので、その辺で会ったと教えてやる。納得はしなかったみたいだが、事実その辺で会ったのだし仕方が無い。

何で仲良くなってんの?とか聞かれても向こうが乗せて送ってくれるって言ったから乗せてもらったのだ。

 

「はいはい、ギラティナギラティナって……、まずは息子におかえりって言うのが筋でしょうが!!」

「おかえり、我が息子よー」

「……」

 

家に帰って来てカナコさんに抱擁され迎え入れられたまでは良い。私は。

ボールから出したポケモン達を抱きしめてぬいぐるみのように扱う三人を放置していても良いのだろうか……、あれどうすれば良いんだ?と傍に居たユキワラシに話しかければ放っておけば良いと返って来る。

 

「可愛いよ、トゲピー……」

「チョケー!!チョケチョケピィィイ!!」

 

ヤマトに抱きしめられて頬ずりされたトゲピーは凄く嫌そうだったので、ユキワラシを押し付けてトゲピーは返してもらう事にした。

 

「あー……」

「嫌がってるから」

「良いもーん、ユキワラシも可愛いもーん」

「ユキー」

 

ヤマトの頬ずりにも全く動じずユキワラシは大人しくしている。

ただ、冷たいんだよね。と呟いたヤマトの声は聞かなかった事にしよう。

 

「エーフィの毛並みサラサラのツヤツヤー、でも、のんはリーフィアが良かったなぁ……」

「何でブラッキーに進化させたんだよー!!俺、サンダースが良いのにー!!」

 

やっぱり文句を言われてしまった。

ブーブーと文句を言う二人にカナコさんが「じゃあ、自分たちでゲットしなさい」と叱り付ける。

 

「エーフィとブラッキーは要らないのか?」

「「要る!!」」

「フィ!!」

「ブラー」

 

嫌!!、同じくー、と傍で余計な事が聞こえた気がした。何だお前らそんなにカズキとノリコの手持ちになるのが嫌か。

 

「ハハハ、エーフィとブラッキーはお前たちに懐きそうもないな」

「「えー……」」

「シンヤのポケモンなんだからそりゃそう簡単には懐かないでしょ」

 

カズキとノリコの傍から逃げ出したエーフィとブラッキー。

私が小さく溜息を吐けばカナコさんがポンと私の肩に手を置いた。

 

「シンヤ、少しの間だったけど旅はどうだった?」

「……悪くはなかった」

「そう」

 

目的は達成出来なかったけど、と心の中で呟いて部屋の隅でこちらを見ているヒンバスに視線をやった。

私と視線が合えばヒンバスはプイと顔を逸らす。

ツバキと交換してからというもの、私の言う事はおろか、私の手から食事も食べない……。食事を床に置いて私が少し離れないと何も食べないのだ……。好物の渋い味のポロックも。

野生ポケモンが出て来た時にヒンバスを出してみたが言う事を聞かず仕方なくブラッキーに交代したり……、どうも自分を捨てた私を恨んでいるのではないかと思う。

 

「どうするかなぁ……」

 

恨んでいる相手と一緒に居ても楽しいはずがない、今も部屋の隅に居るし……。

誰かに譲るとしても、欲しいと貰い受けてくれる相手が居るか微妙だ……、もう一度、テンガン山に捨てに行くしかないのか……。

考えていると隣の席にヤマトが座った。カナコさんが「ご馳走よ!!」と言ってテーブルに沢山の料理を並べる。

 

「……ヤマト、お前なんで居るんだ?」

「え、僕も家族だから?」

「へえ」

「僕はシンヤの妻です、お義母さん!!」

「あらーそうなのー」

 

とんだ茶番だ

 

*

 

外の天気が良かったので木に背を預けペラペラと住宅物件雑誌を捲る。

やはり都市内だと何処も高い、もっと遠くで良い。静かで広くて……まあ、これはエーフィの要望だが、あとは安いのが条件なのだけど、それだと随分と贅沢になるな。

 

「フィーフィ」

「ここが良いのか?ソノオタウン、高いぞここ」

「フィー」

「条件は良いけどな……、金銭的に無理だ」

 

興味津々と雑誌を捲る私の周りに集まるエーフィ、ブラッキー、トゲピー。ヒンバスは相変わらず少し離れた所に居るが。

ブラッキーがここが良い、ここが良いと言う場所を見れば目から目玉が落ちそうな高額物件。コイツは私に喧嘩を売っているのか。

 

「チョケ」

「トゲピーはここか、ナギサシティだな……。確かデンジはここのジムリーダーだとか言ってたが」

 

ジムリーダーって何なのか、そういえば知らない。

 

「チョケェ?」

「ああ、却下」

「チョケチョケチョケー!!」

「却下なものは却下」

 

あ、この物件安い。とページを広げればエーフィが首を大きく横に振る。

 

「駄目なのか?」

「フィー!!」

「洋館だぞ?」

「フィ!!」

「森の中で静かだし、広いし。何故か激安」

「フィー!!!」

 

もの凄く拒否されたので仕方ない。別の所を探そう……。

良いと思ったんだけどな、ハクタイの森。

ペラペラと雑誌を捲ってみたが残念ながら条件を満たす物件は無かった。溜息を吐いて雑誌を閉じる。

そういえば、イツキさんとヤマトに聞いたギラティナの住む世界は破れた世界、もしくは反転世界と呼ばれる場所らしい。

人は居なさそうだが建物はあった。天地が逆になってるのは不便そうだが……広いし、そっちに住めたら、ギラティナの世界だし家賃とか要らないんじゃないだろうか。

いや、しかしポケモンの世界に人が住むというのはやっぱり駄目か、駄目だろうな……。

 

「チョケ」

「ん?ポロックか?」

 

手を出したトゲピーの手にポロックを乗せてやる。ちなみにトゲピーは苦い味が好きらしい。味覚は何処か大人びてる。

見た目が可愛らしい感じなので甘いポロックをやったら思いっきり吐いた。その時はさすがに私も声をあげて驚いた……。ポロックに毒でも入ってたのかと一瞬思ったくらいだ……。

 

「ブラァ」

「ん」

 

ブラッキーとエーフィにもポロックをやる。こうなるとヒンバスにもと思って視線をあげればヒンバスと視線が合う。しかし、また逸らされた。

小さく溜息を吐いてヒンバスに近づく、近づいてもヒンバスは私と視線を合わせようとしない。

 

「ほら、ここに置くぞ?」

「……」

 

返事もしない。

やっぱり……。

 

「もう一度、テンガン山に行くしかないか……」

 

私がそう呟けばヒンバスが私を見上げた。

やっぱりテンガン山に帰りたいのかと思えばヒンバスはまるで絶望的だと言わんばかりの目で私を見てくる。

 

「何だ?」

「チョケ?」

 

ついて来たらしいトゲピーがヒンバスの顔を覗きこむ、ブラッキーとエーフィが私の隣に座って尻尾を揺らす。

 

「テンガン山に帰りたいわけじゃないのか?なら、育て屋か?」

「!!」

 

ヒンバスが地面に置いていた渋い味のポロックを頬張った。話を聞きたくないのか、それとも私と話をしたくないのか……。

トレーナーなら態度を見ただけで分かってやれるのだろうか……、私にはさっぱり分からない、それならもういっそ……。

 

「ツバキに返すしかない、か……」

 

ツバキの電話番号を何処にやったかと考えた時に目の前でヒンバスが光りだした。

トゲピーが驚いて後方に転がったのをエーフィが受け止めるのを視界の隅に入れて、目の前のヒンバスに視線をやる。

ヒンバスの体が大きくなって、形もみるみる変わっていく。光が消えたかと思えば目の前には美しい姿のポケモンが……。

ヒンバスが進化した……。

あいにく私にはこのポケモンがなんという名前なのか分からないが、何処か人魚のようなイメージ、不思議な色で美しく輝くウロコには目を奪われる。

見事に姿形が変わったヒンバス。

 

「この姿なら貰い手なんていくらでも……」

「ミロォオオ!!!」

 

大きな体で体当たりをして来た元ヒンバス。

押し倒されるのは今日で二度目だと思いつつ背中の激痛に耐えていると頬にポタリと温かい何かが降って来た。

目を開ければ始めて見る男だ、いや、人間ではない。私の上に乗っかっているなら元ヒンバスが人の姿になったと考えるのが妥当か……。

思案を巡らせている間にも元ヒンバスの男が顔を歪ませてボロボロと涙を流す、その度に私の顔には温かい涙が降って来る。

 

「なんでだよ……、なんでだよぉっ!!!」

「何がだ」

 

重たい、とは言えずその体勢のまま返事をする。

 

「シンヤまで置いて行った!!!もう捨てられたくなかったのに!!また捨てるって言うから!!」

「……」

「醜いから弱いからって捨てられたから!!頑張って強くなったし、もう醜くないはずなのに!!シンヤはまた捨てるのかよ!!!」

「……」

「他の奴なんて嫌だ!!!何でも言う事聞くから!!置いて行くなよ!!!もう捨てるなぁああ!!!」

 

嗚咽を漏らして私に縋り付いて泣く男。

何と呼べば良いのかは分からなかったが、背中をゆっくりと擦ってやれば男はゆっくりと顔をあげた。綺麗な顔は泣き顔で崩れていても綺麗なままだ。

上半身を起こせば男は私に抱きついてそのまま肩に顔をうずめた。

傍に居て様子を見守っていたブラッキー、エーフィ、トゲピーが私を見て首を傾げる。

 

少し、反省した。

 

ポケモンにも感情があるのは理解していたけど、私が考える事が最善ではないのだと今理解した。

良かれと思ってヒンバスをテンガン山に捨てたのはヒンバスには裏切り行為だったのだろう……、私なんかより他の人間の方が良いと思って、譲る約束をしたりするのは良い事ではなかったのか……。

 

「私は、良い人間では無いんだ……。だからお前たちは私ではない誰かと一緒に居た方が良いと思っている。他のトレーナーや、それこそ野生に帰る方が良いと……」

「フィー」

「ブラァ」

「チョケ!!」

「それでもシンヤが良い……」

 

シンヤが良いんだ、と言って男は私を抱きしめた。

 

「……ありがとう」

 

*

 

落ち着いたらしい男が口をへの字にして私の向かいにあぐらをかいて座る。

 

「お前はヒンバスだったが進化すると何というポケモンになるんだ?」

「ミロカロス」

 

ミロカロスは自分の長く赤い髪を指で弄りながら答えた。

自分を捨てた私に対して凄く怒っていた為、視線も合わせないし返事もしなかったと……。

私の中のヒンバスのイメージは、性格だと何かとうっかりしていてちょっと間の抜けた感じでのんびりする事が好きな奴だと思っていた。

今も根本的な部分は変わってはいないのだと思うが……。

 

「次、俺様の事を捨てようなんて思っても俺様は絶対に何があってもシンヤについて行くからな!!」

 

何処か傲慢だ。私のせいで変にやさぐれてしまったらしい。

懐いてはくれているみたいだけどな。

 

「捨てないから安心しろ」

 

コクンと頷いたミロカロスの顔に笑みが浮かぶ。

眩しい笑みだ、無駄にキラキラし過ぎてて目に刺さりそう。

それにしても……、何故、ミロカロスだけ人の姿になれるようになったのか……。

 

「エンペラーにでも聞いたのか?」

「何が?」

「人の姿になる方法」

「何となく、なってた」

 

あまり意識しないでなれるものらしい。

まあ、深く考えても無駄だろう、と考えるのをやめた。

ポケモンの姿に戻ったミロカロスの大きなウロコを観察していると誰かが私の名前を呼んだ。

 

「エーフィか?」

 

エーフィが首を横に振る。エーフィじゃなかったら誰だ。

落ち着いた静かな声で呼ばれた気がして、ついエーフィだと思ったのだが……。

 

< シンヤさん >

「ユクシー?」

 

半透明な姿で目の前に現れたユクシーが空中でくるりと一回転した。

遊びに来たのかトゲピーの顔を尻尾でゆるりと撫でたかと思うとエーフィの横にちょこんと座った。

 

「遊びに来たのか?」

< ええ、少し貴方の様子を見に >

 

ポケモンに心配されるほど私は人間として不安定なのか。まあ、否定出来るほど出来た人間ではないが……。

 

「そういえば、ユクシーは知識の神と呼ばれているらしいな。本に書いてあったぞ」

< アルセウスから受けた命に従ったまでですよ >

「少し私にお前の知恵を貸してくれないか?」

< お役に立てるなら構いませんが……? >

 

首を傾げたユクシーに考えを一つ言ってみた。

 

「私は、破れた世界に住めるだろうか?」

< ギラティナさえ受け入れればシンヤさんなら可能かと思います、でも、彼はあまり人を…… >

「ギラティナとは知り合いだ」

< なら、彼に聞いてみましょう >

 

出来るのか、と聞く前にユクシーは空間に歪みを作りその中へと入って行く。空間の中を覗けばギラティナに近づくユクシーの姿があった。

このまま中に入れそうだと思った私はそのまま空間の中に飛び込む。

 

「ミロォ!?」

 

大慌ててで空間の中を覗き込んだミロカロスを私は見下ろす事になった。

飛び込んだはずなのに地面が上にあって、ぐるりと反転したのだ。歩き難い事はない、むしろ体が軽いな……。

 

< シンヤさん、ギラティナが良いそうですよ >

「そうか、これで物件探しをしなくてすむ」

< ? >

 

ギラティナに手を振れば、背に乗せて貰った時とは少し体の造りの違うギラティナが居た。

場所によって体の構造を変えるのだろうか……。

 

「一人暮らしをしたくてな、家を探していたんだ」

< それで破れた世界に住むなんて言う人間は貴方くらいですよ……。まあ、住めるのも貴方くらいでしょうが…… >

「住人はギラティナぐらいだろ?」

< ええ >

「近所付き合いも良好に行きそうだ」

 

私を追いかけて来たらしいブラッキー達がふらふらと動く足場で遊んでいる。

とりあえず、住める建物を探すとするか。

 

「おーい、ギラティナ、乗せてくれ」

 

私はお前の背が気に入ってしまったらしい、寝転がった感じも良いんだよな。

 

*


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