破れた世界、または反転世界と呼ばれる場所。
その場所に住む事にした私は反転世界とシンオウ地方を行き来して生活を始める事にした。
私にはギラティナのようにその辺の空間を歪めて移動する手段は無いので、特定の場所にあらかじめ出入り口を作ってもらい行き来する事にした。
出入り口は、実家、イツキさんの働く研究所、そしてズイタウンに住む老夫婦の育て屋。この三箇所だ。
私の一人暮らしを反対していたカズキとノリコもいつでもすぐに帰って来れるという事で納得してくれたが、カズキとノリコは反転世界には入る事が出来ないらしい。
ギラティナの意思なのか入ろうとしてもすぐに外に押し出されてしまう。そして何故かギラティナはカズキとノリコの前には現れようとしなかった。
拗ねるカズキに大きくなれば会えると適当に言っておいたが、大きくなっても会えなかったら私が怒られそうだ……。頼むぞ、ギラティナ……。
そして、旅を終えた私は少ない知識を補う為に育て屋で老夫婦の手伝いをする事にした。
育て屋には色々なポケモンが預けられるので覚えるには最適だし、老夫婦にとっても力仕事の出来る私が居るのは丁度良いという事だ。
じじ様、ばば様。そう呼んでくれと言われた為、二人が見ていない時だけ人の姿になったミロカロスが仕事を手伝ってくれる。ブラッキーとエーフィは研究所でヤマトの言う可愛いポケモン達と遊んでいる。
トゲピーは育て屋の手伝いを始めた頃にトゲチックへと進化して育て屋に預けられたポケモンのバトル相手をしている。預けられたポケモン達が言うにはおだやかな性格をしているわりにはうたれづよくて良い相手になるらしい。
「シンヤ、今日はもう終わっても良いぞ」
「じゃあ、ポケモン達におやつをやってから終わる」
「頼んだぞー」
じじ様の言葉に頷いて大皿におやつを盛った。
群がって来たポケモン達の中に紛れてトゲチックがおやつを食べようとしたので羽を引っ掴んで持ち上げる。
「チィ……」
「お前のは無いぞ」
パタパタと飛び回るトゲチックをボールに戻してミロカロスを探す。水辺に居ると思っていたが姿が見えない。また人型になってウロウロしているのかもしれない。
帰る用意を終わらせて育て屋を出ればミロカロスが走って来た。
「シンヤー!!」
「お前、何処に行って……」
「大変だ!!!アンノーンが怪我したポケモンを連れて来たらしい!!」
「は?」
アンノーンってアルファベットの奴らだよな……。前にユクシーと話してる時にもふよふよと周りを飛んでいたし、何処にでも現れる奴らだ。
ミロカロスが私の腕を引っ張ったが私はミロカロスを制止する。
「待て、救急箱取って来る」
「早く!!」
育て屋から救急箱を拝借して走るミロカロスの後を追った。
ズイの遺跡の方にはあまり行った事が無かったが……、怪我をしたポケモンか。怪我の次第ではポケモンセンターに連れて行かないといけないかもしれない。
あそこ、と言ってミロカロスが指差した先を見ればアンノーンの群れが一箇所に集まっていた。不気味なくらい居るな、と思いつつ近づけばアンノーンが周りに散らばった。
「ん?見た事のあるポケモンだな」
「シンヤ、コイツ酷い怪我だ……」
荒い呼吸を繰り返すポケモンの傍に片膝を付けばポケモンは呻り声をあげて牙を剥き出しにした。
近寄るな人間、と制されている様だが近寄らないと手当ても出来ない。もっともここまで重傷だと応急処置に過ぎないが……。この大きなポケモンをどうやってポケモンセンターまで運ぶかが問題になってくるな……。
ポケモンの額にある大きな水晶を手で押さえて体を横に倒す。痛みを堪える呻き声が漏れた。
「傷が深い」
「治る?」
「ポケモンセンターまで連れて行ければ完治するだろうが……」
私がそう言葉を漏らせばポケモンが再び牙を剥いた。ポケモンセンターは嫌らしい。
この怪我の具合から見て、傷付けたのは人間だ。人間に対して敵対心を剥き出しにするのは当然といえば当然だろう。
「しょうがない、私が治すしかないな」
「キズ薬とかしかないけど大丈夫なのかよ?」
「一旦、反転世界の家に連れて行ってポケモンセンターと研究所から治療出来る道具を掻き集めてくる」
「分かった」
頷いたミロカロスにカバンを預けて、ポケモンの体を起こす。
痛みにポケモンが声をあげたのを聞いてアンノーンが私と同じようにポケモンの周りに集まり、ポケモンの体を支えてくれる。
「出入り口まで歩くのか?こっからだとちょっと遠いけど……」
「アンノーンに無理やり開けてもらうしかないな」
いつの間にかワラワラと増えていたアンノーンが集まって空間に歪みを作る。勝手にこじ開けて後でギラティナが怒りそうだがその時はその時だ。
「よし、このまま押し込めアンノーン!!」
反転世界へと入って行ったアンノーンの後にミロカロスが続く。
空間が閉じたのを確認してから私は踵を返してポケモンセンターまで走った。ポケモンセンターに入ればポケモンの血で汚れていたらしい私を見てジョーイさんが目を見開く。
「シンヤさん、どうしたんですか!?」
「ああ、ちょっと怪我をしたポケモンを拾ってな」
「ならこちらに連れて来て下さい!」
「人の居る所は嫌らしい」
「……」
育て屋の手伝いをしだしてから何かと話す事の多いジョーイさんに視線をやれば、ジョーイさんは小さく溜息を吐いてから、ありったけの治療器具を出してくれた。
「怪我の具合はどんな感じですか?」
「体中に切り傷、それも深くて出血も多い。あと電気タイプの攻撃をくらったのか全身もほぼ麻痺しているようだった」
「小型のポケモン?」
「いや、大型だな」
「なら大きめの包帯に止血剤、麻痺治しも入れて置きますね」
「悪いな。また何かあったら聞きに来る」
「何とか説得してこっちに連れて来てくれた方が良いんですけどね」
「私もそう思う」
ジョーイさんから大きなカバンを受け取ってポケモンセンターを出た。育て屋にある反転世界の出入り口に飛び込んで家へと走る。
家の周りにはアンノーンが飛び回っていて、騒ぎに気付いたギラティナも家の傍に居た。
「シンヤー!!血吐いたぁっ!!!」
「泣くな、鬱陶しい」
うろたえるミロカロスを押し退けてポケモンの治療へと取り掛かる。
このポケモンを見たのは本の中で、ジョウト地方の方に主に居るはずのコイツをアンノーンが何かしらの理由でシンオウまで連れて来たのかも知れない。理由はこの怪我もそうだろうが……。
「死ぬなよ、スイクン」
ポケモンの知識だけじゃなく、もっと医療の知識もジョーイさんから聞いて勉強しておくべきだったな……。
*
一通りスイクンの治療を終わらせて、一息つく、血で汚れた手を拭きつつ椅子に座ってミロカロスが淹れてくれたリンゴジュースを飲む。
「……う、なんでリンゴだ」
「俺様が今日買って来た」
別に良いが……、と思いつつリンゴジュースをテーブルに置いた。あいにくジュース類は全く飲まないのだ、口の中がベタベタする。
フルーツジュースを飲むなら私は贅沢ながら100%しか飲まない派だ。果汁15%はもうフルーツじゃない。
「飲まねぇならチョーダイ」
「ん」
隣の席に座ったギラティナにリンゴジュースを手渡す。
ガリゴリと氷を噛み砕くギラティナと視線が合った、あからさまに溜息を吐いてやればギラティナが眉間に皺を寄せる。
「お前らはまた人型で勝手にウロウロと……」
「オレが自分の世界で人型になろうとオレの勝手だろ」
「そうだな……」
文句は言えないが、ポケモンの姿同様に体も大きくて正直、邪魔なんだが……。文句は口に出来ないな。
人型になったギラティナとミロカロスが睨み合っているのを無視して冷蔵庫から水の入ったペットボトルを取り出した。
浅めの皿に水を入れてスイクンの口元まで持って行けばゆっくりと水を飲み始める。
「ギラティナ、お前マジ帰れ俺様の前から消えろ」
「ここはオレの世界だろーが!!」
喧嘩を始めた二人の声をぼんやりと聞く。
スイクンはあまり気にした様子などなく静かに水を飲んでいる。
「ここは俺様とシンヤの家だ!!」
ここは私の家で、お前はペットみたいなもんだぞ……。
「オレの世界の中ならこの家もオレのだ!!オレの世界に居るシンヤもオレのもの!!」
何処ぞのガキ大将か、お前は。
「シンヤは俺様の主人だぞ!?」
「じゃあ、オレもゲットしてもらう!!!」
しないけどな。
スイクンが少し鬱陶しげに眉間に皺を寄せたのでうるさい二匹の首根っこを引っ掴んで家の外に放り投げた。
ドアを叩いて居れてくれと喚くものだから、ドアに蹴りを入れて黙れと怒鳴ってやる。鼻を啜る音が聞こえたが聞かなかった事にした。
寝室から毛布を持って来てスイクンにかけてやればスイクンはゆっくりと目を瞑った。
暫くの間は動けそうにないだろうが、反転世界にやって来る人間なんてほとんど居ないしスイクンも安心して体を休める事が出来るだろう。
トゲチックをボールから出してスイクンの様子を見ててもらう事にした。スイクンの傍に寄り添ったトゲチックを確認してから玄関の扉を開ける。
地面に座り込んでいたギラティナがこちらに視線をやる。
「……ミロカロスは?」
「泣きながら外界に行った」
「アイツ、本当にめんどくさいな」
「オレにしとく!?なあなあ!!」
「お前も同類だ」
「ちぇ」
スイクンの様子を見てろよ、とギラティナに声をかけて外界へと出る。
育て屋の周りを探してみたがミロカロスの姿は無い。仕方なく再び反転世界に戻って次は研究所へと出る、出入り口から外へ出た。
「ヤマト」
「やー、シンヤ。どうかした?」
「ミロカロス見てないか?」
「見てないけど」
ここでもないなら何処行った。
私が溜息を吐けばヤマトが首を傾げる。
「っていうか、ミロカロスは移動してもそう遠くまで行けないでしょ。この辺は水辺も遠いし」
「……」
「え、何、何なの?」
人型にさえなってなければ私だってそう思う所だ……。
残念ながらミロカロスの行動範囲なんて知らないし、いつも勝手に歩き回っている……、そういえば買い物にも勝手に行ってみたいだしな。
「もう放っておいても良いかな……」
「それは可哀相でしょ。エーフィとブラッキーに探させれば?」
「エーフィだけで良い」
ブラッキーは野放しにするとまた探さなければいけない事になりそうだ。ブラッキーもめんどうな奴だしな。
「というわけで、探してきてくれ」
「フィィィ……」
「そう言うな。私はまた家に戻らないといけないんだ」
「エーフィ……」
「頼んだぞ」
「フィー」
渋々探しに行ったエーフィ、その後を勝手について行くブラッキー。お前には頼んでないんだが、まあエーフィについて行くのは構わないか。
小さく溜息を吐いてから研究所内にあったキズ薬と包帯を少し貰う事にした。ついでにポケモン医学の本も拝借。
「あれ、怪我したポケモンでも拾った?」
「ああ、大怪我でな……。暫く家に置いておく事にした」
「へえー……」
「お前には見せないぞ」
「何にも言ってないのに何で釘刺したの?珍しいポケモン!?うわ、僕も反転世界行きたい!!」
「見せないぞ」
「相変わらず言葉曲げないし!!」
肩を落としたヤマトを無視して研究所を後にする。反転世界に戻ろうとすればヤマトが私を押し退けて中に入ろうと空間に頭を突っ込んだ。
「あ、これどうしよう」
「知るか」
げし、とヤマトの背中を蹴ってやればヤマトと私は反転世界へと転がるように入った。
ヤマトまで入れてしまった。でも、まあ良いか。と呆けるヤマトをもう一度軽く蹴って家へと向かって歩き出した。
「はははは、入れた!!」
「……」
興奮するヤマト。家の前でまだ座り込んでいたらしいギラティナが目を見開いてこっちを見ていた。……不本意な侵入だったのか?
「誰だ!!」
「お前が入れたんじゃないのか」
「シンヤだと思った……ミスったぜ。クソ、たまに勝手に出入りされんだよなぁ……。これだからその辺に歪み作るの気を付けねぇと……」
ブツブツと愚痴るギラティナを見て、ヤマトが首を傾げながら私の腕を掴んだ。視線をやればヤマトがギラティナを控えめに指差す。
「人が居る」
「ギラティナだ」
「人ー!!人人人、めっちゃ人ー!!」
「人の姿になれるポケモンも居る」
「マママママ、マジでぇええ!?ちょ、体の隅々まで見せて貰って良いですか、ギラティナさーん!!」
「は?シャドーダイブして良い?なあ、シンヤ、アイツにシャドーダイブして良い?」
「え!?」
慌てるヤマトに苛立っているギラティナ。さすがにギラティナの攻撃をくらうとヤマト、死ぬな。
軽い技にしとけと言えばヤマトはギラティナから軽いドラゴンクローを貰っていた。痛そうだ。
「いてて。でも、手加減して貰った」
「後で木の実でも空間に放り投げて機嫌を取っておくんだな」
「そうする……」
本気のドラゴンクローは嫌だし……、と呟いたヤマトに頷いて私は家の扉に手を掛けた。開けようとした所で隣に立っているヤマトに視線をやる。
「お前、ギラティナとここに居ろ」
「えー……、ポケモン見せてよー!!」
「なら少し待て、お前が敵ではなく凄く馬鹿な人間なんだと言って説得してみるから」
「その説明要る?敵じゃないとかだけで良くない?」
「人間を敵だと認識してる相手には、ずる賢い事なんて微塵も考えられない馬鹿だと言った方が分かりやすい」
「……」
落ち込んだヤマトがギラティナの隣に座った。ケラケラと笑うギラティナがヤマトを指差して笑っているのを見てから家の中に入る。
トゲチックがスイクンの背を毛布越しに撫でていた。私が部屋に入ればスイクンがゆっくりと目を開ける。
「落ち着いたか?」
「……」
肯定なのかゆっくりと瞬きをしたスイクンに頷き返す。
持って来た荷物をテーブルに置いて、スイクンの傍に膝を付いた。
「私の……、一応、友人が来ているんだがここに居れても平気か?馬鹿な奴だが私より医療の知識がある」
「……」
少し視線を泳がせたスイクンがゆっくりと私を見上げ小さく頷いた。
私の言葉を信用してくれたらしい。スイクンの頭を撫でて立ち上がり玄関へと向かう。ギラティナの隣に座っていたヤマトを呼べばヤマトは顔に笑みを浮かべて立ち上がった。
家の中に居れてやればヤマトはまるで子供みたいに目を輝かせながら言う。
「どんなポケモン?」
「見れば分かる」
部屋に入れば笑顔だったヤマトの顔から笑みが消える。血の滲む包帯に覆われ、ぐったりと力無く横たわるスイクンを見て眉間に皺を寄せた。
「スイクン……、何でこんな怪我、酷い……」
「麻痺してて体を動かせないみたいだ。声も上手く出せないらしい」
「とりあえず包帯はマメに変えて怪我を治す事に専念して……。後は、綺麗な水を汲んで来てスイクンに飲ませてあげなきゃ」
「ミネラルウォーターじゃ駄目なのか?」
「もっと自然の物が良いよ、スイクンは水の化身だから。何も食べられないならもっともっと綺麗な水を飲ませてあげないと。体の中……、臓器も酷く弱ってるだろうし」
腕を組んで綺麗な水のあてを考えてみる。
ユクシーの居た所の湖は綺麗だったな、山頂で人の手にもあまり触れていないし雪に覆われて冷たくて綺麗だ。
「エイチ湖はどうだ?」
「……遠いよ」
まあ、遠いな。飛行手段も無いから尚更遠い……。
ギラティナに乗せて貰うと反転世界に出入り出来なくなるし。あまり出入口を作りたくないようだったギラティナにエイチ湖まで出入り口を作ってくれとも言えない。
かと言って、また山を登って雪道を歩くかと思うと気が滅入る。
「一番近いのはリッシ湖、トバリシティを抜けて行けば着くんだけど……」
「だけど、何だ」
「通り道の215番道路はいつも大雨で無鉄砲なトレーナーが集まってるんだよ……、トバリシティに着いても214番道路を通らなきゃ行けないんだけどあそこ荒れ放題の道で……」
「ようするにお前は通り抜けられないんだな?」
「……トバリまで買い物行くの大っ嫌い!!!」
まあ、ヤマトに行って来いなんて言うつもりは無かったから別に良いけどな。
「バトル嫌いか」
「違うよ!!嫌いじゃない、ただ、弱いだけ!!」
偉そうに言うな。
私が溜息を吐けばヤマトが肩を落とす。
「まあ、私が水を汲んでくれば良いんだろ。トゲチックはスイクンの様子を見てもらうのに置いて行くとして、エーフィとブラッキーはミロカロスを探しに行ってて……」
「あらら」
手持ちが居ない。
これは参ったと腕を組めばいつの間にか部屋に入って来ていたらしいギラティナが笑顔で手をあげる。
勿論、却下した。ギラティナなんてデカイ奴連れて行けるか。
「何だよ!!オレなら戦えるのに!!飛んで連れてってやっても良いのに!!」
「お前がここに残って無いとヤマトが出入り出来ないだろ。スイクンの手当てをしてもらわないと困るんだ」
「残るか出るか、どっちかにしろよテメェ。行ったり来たりすんのオレ居ないと出入り口開かねぇんだよ……。」
「そんなの僕に言われても……」
とりあえずギラティナはここに居てもらわないと困る。かと言ってトゲチックを連れて行くとなるとヤマトが居ない時はギラティナとスイクンだけになる。それは不安だ。
ブラッキー、引き止めれば良かったな……。
「仕方ない」
「手持ちゼロで行く気!?危ないよ!?」
「そんな事は言ってない。お前のユキワラシを貸せ」
「それは勿論良いけど……、ユキワラシだけで平気?」
「……」
確かにユキワラシだけだと代えがきかない。原っぱの真ん中で瀕死にでもなられたら行く事も戻る事も出来なくなる。道具は多めに持っては行くつもりだが……。
これも仕方ない、とヤマトからユキワラシのボールを受け取って研究所へと戻ろうと踵を返す。
「どうすんのー?」
「借りるしかないだろ…」
嫌だけどな。
「というわけで、不本意ながら手持ちが居ないので貸してくれ」
<「勿論勿論!!全然オッケー!!どの子にするー?」>
画面の向こうでボールを広げたツバキ。
不本意ながら気軽にポケモンを借してもらえる相手と考えて思いつくのがツバキしか居なかった。ツバキのポケモンならバトル慣れしているという理由もあるが。
<「あたしの今の手持ちはねー、エンペラーでしょ、ヨルノズク、ミミロル、ミニリュウ、エルレイドにヨマワル。あ、ミミロルは駄目だけど、他の子なら良いよ」>
「誰でも良い。少し急いでるから私の方に来ても良いって奴を送ってくれ」
<「了解、ちょっと待ってね。今から会議するから」>
画面からツバキの姿が消える。
数分後に画面の前に戻って来たツバキ。同時にボールが二つ送られて来た。
<「エンペラーとヨマワルを送りました。エンペラーがシンヤさんになら協力してやっても良いって言ってて、ヨマワルが凄く行きたいみたいだったから」>
「ああ、ありがとう。用事が済んだらすぐに返すからな」
<「気にしないでー、あたしとシンヤさんの仲じゃないですか!!ちょーっとライバルだけどー……」>
「ライバル?」
<「いやいや、こっちの話!!それでは!!」>
ブツンと電話が切れて画面も真っ暗になる。
よく分からなかったが。まあ、良いか。
*
急な旅になったが長くてもニ、三日。出来れば日帰りで用事を済ませたいとカナコさんに告げてトバリシティを目指す事にした。
スイクンはトゲチックとヤマトに任せて、ミロカロスが見付かってエーフィとブラッキーが帰って来ても頼むとヤマトに言っておいたので大丈夫だろう。
「で、何処に行くの?」
「リッシ湖だ」
「ふぅん、急用で人手ならぬポケ手が要るって言うから何かと思えば……。水を汲みに行くだけなんて……」
何だポケ手って、とは口に出さず鬱陶しい草を掻き分けて歩く。
飛び出して来たポニータをユキワラシが追い払い。バトルを挑んできた相手にはヨマワルを主体にユキワラシと交代しながら戦った。
「エンペラー、お前手伝う気あるのか」
「何かやる気が削がれた。だって水汲みごときに何でボクが」
じゃあ、何で来たお前。
ワガママな皇帝様だ。お偉い名前なだけある態度だな……。
「ヨマワルは頑張ってるぞ」
「そうだね。ツバキと一緒の時には見た事の無い活躍っぷりだよ」
「ヨマァ」
私の傍をくるりくるりと回転しながら上機嫌に飛び回るヨマワル。なかなか懐っこくて言う事もちゃんと聞いてくれる良い奴だ。
ユキワラシが前を歩いて野生ポケモンが飛び出て来ないか見張ってくれているし……、わりと早くトバリシティに着きそうだな。
そう思った時にポツポツと雨が降り始めた。傘を差して歩き出せば雨は強さを増して行く……。ここがヤマトの言っていた215番道路なんだろう。
雨に濡れても気にする事なくエンペラーが横を歩きユキワラシが先頭を歩く。ヨマワルは私の肩の傍で大人しくしている。
エンペラーが人の姿のまま戦う様子が無いので仕方ない。ユキワラシとヨマワルに頑張ってもらおう……。
トバリシティに着けばユキワラシは傷だらけ、ヨマワルは私の頭の上で休んでいる。隣を歩く人型のエンペラーだけは疲れた様子が無かった。
「ポケモンセンターはあっちだよ」
「よく知ってるな」
「ツバキと何度も来てるからね」
道案内にはなるな、と思いながらエンペラーの後に続く。
ユキワラシとヨマワルをジョーイさんに預けて借りた部屋で休む。すぐにベッドに倒れこんでしまったのは仕方ない。まさか他人のポケモンを使うのがこんなに難しいとは……。
技のタイミングとか、性格によっての戦い方が違うせいか何故か指示を出しているだけの私まで疲れた。
仰向けになって腕で視界を覆う。真っ暗になった世界の中で溜息を吐けばギシとベッドが揺れた。
腕を退けて見れば寝転がっている私の真上にエンペラー。お前、私が起き上がれないじゃないか……。
「邪魔だぞ」
「この状況で冷静なシンヤさんって頭のネジ、何処か外れてるんじゃない?」
「頭には脳みそしか無い」
「例えだよ」
首筋に噛み付かれた。痛くは無いと思っていたが吸い付かれてチクっとした。
絶対に鬱血した。キスマークというものを付けた事がないわけじゃないが、付けられたのは初めてかもしれない……。
「名前を書くみたいな行為だよな。見える所に付けると尚更」
「……何、ボクが手を出しましたって跡を残しちゃ駄目なの?」
「物扱いされるのは、不快だ」
エンペラーの胸倉を引っ掴んで勢いよく起き上がる。自分より背の低い相手から立場を逆転させる事なんて造作も無かった。
痛いのか顔を歪めたエンペラーを押し倒して見下ろしてやればエンペラーの顔が蒼くなる。
「お前、女を押し倒した事が無いな……?」
「!!」
「ふん、青二才め」
エンペラーが顔を赤くして悔しげに顔を歪ませるのが愉快だった。
「こんの……、鬼畜っ!!!ボクの上から退け馬鹿っ!!」
主導権を握るか握られるかと選択肢があるなら勿論、握る。
私は歪んでいるのだ、性格上これは仕方が無い。人の幸せを喜べるようには最近なって来た気がするけれど。私は本来、人の不幸を楽しむ側の人間だった。
何故だろうな……、表情を歪めた相手は全てを否定している気がしたんだ、一瞬でも世界に絶望してくれる同志が存在するのだと嬉しかったのかもしれない。
まあ、私は全てを否定するどころか拒絶して……、命を絶ったのだけど……。
「ねぇ、急に黙り込まないでくれる?不気味だから」
「……疲れた。少し寝る」
「う、うん」
「暫くしたらジョーイさんからユキワラシとヨマワル、受け取ってきてくれ」
「何でボクが!!」
「……文句があるのか?」
「無いよ!!無い!!引き取りに行けば良いんでしょ!!さっさと寝なよ!!」
いちいちうるさい奴だ……。
でも、主従の立場ははっきりさせる事が出来たようなので次からは使えそうだな。
噛み付かれたら噛み付け。どちらの立場が上か教えてやる事が大事……。なんだと、子犬を躾ける方法で何かあった気がする。
小さく欠伸をしてゆっくりと瞼を閉じた……。
起きて
なあ
起きてくれよ……。
頼むよ……、シンヤ……。
何でなんだ……。
何で……、こんな事したんだよ……。
何で……、
自殺なんて…っ!!
「っ!?」
勢いよく起き上がればエンペラーが目を見開いてこちらを見ていた。私は荒い呼吸を落ち着かせようと深呼吸をする。
何だ、今の夢……。
本当に喋りかけられているみたいだった……、今のは夢、か?
口元を手で押さえれば小刻みに手が震えていた。何だ何だ何だっ、今のはっ!!
「凄い汗だけど……、大丈夫なの……?」
「あ、ああ…、問題無い……」
「……」
ヨマワルとユキワラシがそっと私の傍に寄り添った。今の私は大丈夫ではなさそうなのだろう、きっと顔色は最悪だ……。
顔を横に振って立ち上がる。カバンを肩に掛ければエンペラーが眉を寄せた。
「ちょっと!!今日はもう休んだ方が良いんじゃないの!?」
「大丈夫だ、早く水を汲みに行くぞ」
「……知らないからね」
溜息を吐いてエンペラーが立ち上がった。
シンヤ……。
私の名前をそう呼んだ。
ソイツの声には聞き覚えがあったんだ……。
「どういう事だ……」
「ユキィ?」
「……いや、なんでもない」
*