ポチエナのカルテを閉じて小さく息を吐く。
三日で挫折かと思っていたダイエットメニューも一週間目だ。やる気になっているポチエナはもう大丈夫だろう。運動メニューも少し増やそうかと考えているとバタバタと家に誰かが駆け込んできた。
またブラッキーかと座ったまま足音の主が来るのを待っていると扉を勢いよく開けたのは意外にもトゲキッスだった。意外過ぎてびっくりした。
「ど、どうした!?」
「シンヤ!!大変なんです!!リッキーさんが!!リッキーさんが大変なんです!!助けて下さい!!」
涙目のトゲキッスに腕を掴まれ慌てて立ち上がる。あ、カバン!!医療道具持って行かないと!!と走ってカバンを取りに部屋へ戻った。
「行くぞ!」
「こっち!!こっちの出入り口です!!」
なにごと?と寝ぼけているギラティナの前を通って反転世界の出入り口に飛び込んだ。
出た先はズイの近く。実家からそう遠くない見覚えのある場所だった。
「リッキーさんが苦しんでるんです!!」
誰だ、リッキーさん。
トゲキッスに連れられるまま走れば一軒の民家。え、人間?と一瞬不安が過ったが家の中へ入れば呻き声をあげるキリンリキが居た。
ああ、リッキーさん。と密かに思ったのは内緒だ。
「おじいちゃん!お医者様、連れて来ましたからね!!」
「わしのリッキーを助けてくれー!!急に、急に苦しみだしたんじゃぁぁ…」
キリンリキの傍らに居たトレーナーらしいお爺さん、号泣。
診るからキリンリキをこっちに、と言ってもキリンリキの傍から離れないお爺さん。苦しむキリンリキと同じように苦しむ動きをする尻尾になんか齧られてる。齧られてるぞ、お爺さん。
「ヴゥゥ…!!」
「声が籠もってるな…」
爺どけ、と禿頭をぺしんと叩いてお爺さんを退かせる。
「急に苦しみだしたのか?」
「はい、一緒にご飯食べてました!!」
「…詰まってるんじゃないか、これは…」
「リッキーさん、今日はカゴの実を食べてました」
「ちゃんと飲み込めないなら細かく切って与えるとかしろ!!」
「リッキーぃいいい!!しっかりするんじゃぁあああ!!」
両手を消毒して薄手のゴム手袋をバチンと右手に装着。
そのまま苦しむキリンリキの口に右手を突っ込む、指先が硬い実に触れた所でそれを奥へと押し込んだ。
ゴクン
と大きな音と共にキリンリキが喉を嚥下させる。
大きく息を吐いたキリンキリはパチパチと瞬きをしてからすっきりしたと鳴き声をあげた。
「リッキー!!良かった、良かったぁああ!!」
「良かったですー!!」
わんわんと泣くお爺さんとトゲキッス。
見た所、トレーナーのお爺さんと同じくキリンリキもなかなかの老体。爺同士だな。
「これからはちゃんと細かくして与えるように。老体は咀嚼して嚥下する力も低下するんだ、十分気を付けて」
「先生、ありがとうございますぅぅ…!!」
トレーナーのお爺さん、アンタにも言ってるんだからな…。
おじいちゃん良かったですね、これからは気を付けましょうねと笑うトゲキッスにお爺さんは頷いて返していた。
お礼にと木の実を分けて貰ったのでトゲキッスと二人で反転世界へと帰る道を歩く。
「リッキーさん、なんともなくて良かったです」
「そうだな」
というか、お前の友好関係はどうなってるんだ。とは思ったがそこはトゲキッスの自由なので聞かないでおこう。
どうせ朝の散歩で仲良くなったとか、休日のボランティアに参加してる時に知り合ったとかそんなのだろう。ブラッキーを見習えとは言わないがもうちょっと若々しい行動しても言いんだけどな…。私も人の事を言えないが…。
「シンヤ…、あそこにヨルさんが居ます」
「ん?」
トゲキッスの指差した先にサマヨールが居た。人の姿で出歩く事が少ないサマヨールは当然ポケモンの姿。若干、薄暗い森の方へと歩いて行った。
「最近、ヨルさんあんまり帰って来ませんよね」
「そういえば居ない時が多いな」
手伝ってもらおうかな、と思った時に居ない事に気付く事が度々あった。
でも、ミミロップもサーナイトも今はミュウツーも居るから基本、手は足りてる。というかミュウツーがマメに働いてくれるとアイツ一人で十分だ。
「帰って来た時、なんだか凄く疲れた感じなんですよね」
「そうか?」
「うーん、俺が気にし過ぎなだけなんでしょうか…?」
心配だなぁ、と呟いたトゲキッス。
しっかりしてる奴だから大丈夫だと思って特に気にしてなかったが、そう言われると私も気になってくる。
「追いかけてみるか?」
「え、珍しいですね」
「お前がそんな風に言うから気になった」
「ううーん、でもヨルさんが知られたくない事だったら…」
「その時はその時だ、見ても黙っておけば良い」
「えー!」
行くぞ、と私が歩き出せばトゲキッスも慌てて追いかけて来た。
サマヨールが歩いて行った森へ向かう。なんだか薄暗くて不気味だ。ゴーストタイプが好きそうな感じだな
「シンヤ、出掛けるって言ってないんですから遅くならないうちに帰りましょうね」
「お前は本当に良い子だな…」
*
サマヨールを見付けた。
その姿を見付けて、慌てて隠れた。
まさかの現場を目撃してしまった…と私はカバンを抱きかかえて溜息を吐いた。
「お友達ですかね?」
「……」
トゲキッスが首を傾げて見つめる先にはサマヨールとムウマージ。
離れていて声は聞こえないが二人は寄り添うように座って話し込んでいる様子だ。
「デート中なんじゃないのか…?」
「あ、そうなんですかね。でもそんな幸せな感じは伝わって来ませんけど…」
「どんな感じだ?」
「ちょっとヨルさんが困ってる、感じ?」
見ても全然分からん。
もう帰ろうかな、と思った所でムウマージが大きな声を出して怒っていた。
「あ!」
「…?」
「気付かれちゃいました…」
あーあー…。
すみません、とトゲキッスが素直に立ち上がりサマヨールに頭を下げた。
トゲキッスを見たサマヨールが人の姿になって苦笑いを浮かべる。
「ヨルさんを見掛けてつい、追いかけちゃいました…」
「いや、構わない…。変な所を見られてしまったな…」
「どうしたんですか?困ってるならお手伝いします」
「実は…ムウマージがコンテストに出たいそうでな…。しつこく、主であるシンヤに会わせろと言ってくるんだ」
私…?
トゲキッスの足元に座ったまま首を傾げた。
というか、トゲキッスに気付いても私の存在に気付いてないらしい。
「シンヤなら会ってくれますよ?」
「しかし、主は忙しい身だ。それにコンテストへの参加も好んでいない…。わざわざ主の手を煩わせるわけにはいかない…。それも野生のムウマージごときの為になんて」
「ムゥウ!!!」
「主の居る場所に連れて行かないと主の家族を苦しめてやると恐喝してきてな…、ここ最近は説得に悩んでいる…。もうそろそろ物理的に黙らせてやろうかとも思っているが…」
「ム!?」
「ぼ、暴力は良くないですよ!!」
慌てるトゲキッスの腕を掴んで私も立ち上がる。
サマヨールが驚いたのか目を見開いていた。
「あ、主…!?」
「ムウゥウ~!!」
「私はコンテストに出ないが私の妹を紹介してやろう。妹の手持ちにも余裕があったしな」
コクコクと頷いたムウマージ。上手くやれるかはムウマージとノリコ次第だがムウマージはコンテストに出れるし、ノリコも手持ちが増えることに反対はしないだろう。
「主…、手間を取らせてしまって申し訳ない…」
「些細な事だ、気にするな。何かあったらすぐに言ってくれて良いんだからな?」
よしよし、とサマヨールの頭を撫でる。
サマヨールは申し訳なさそうに小さく頷いた。
「頼ってくれる方が私は嬉しい」
「主がそう言ってくれるのなら…」
「困った時はみんなで協力して解決しましょう!!」
わーい、とトゲキッスがサマヨールの手を取ってハシャいでいた。こういう所はまだ子供っぽくて可愛いな。
一緒に嬉しそうにハシャいでいるムウマージを見て、ノリコは今何処に居るかと考える。
「ノリコちゃん、まだズイに居ましたよ」
「そうなのか?」
「はい、公園でよく見掛けます」
演技の練習してるんですよ、とトゲキッスが笑った。私よりトゲキッス達の方が色々と詳しいな。
「カズキも出掛けては戻って来ているのを見掛ける…」
「双子が頻繁に実家に帰ってるのか…、私も顔を出さないと母さんが怒るな…」
ああ、それに私の事も家族にはちゃんと説明しないと…。あとツバキもな…。
何から説明しよう、と思った所でムウマージに早くしてよと急かされた。
「とりあえず、実家に顔出すか。ノリコに会いに」
*
人の姿のトゲキッスとポケモンの姿に戻ったサマヨール。そして野生のムウマージを連れてガチャリと家の扉を開けた。
「ノリコー、居るかー?」
「はぁーい!!って、お兄ちゃん!!どうしたの!?」
「実はお前にゲットして貰いたいポケモンを連れて来たんだ」
ムウマージなんだが、と傍に居たムウマージへ視線をやる。
ノリコと目が合ったらしいムウマージがにこにこと笑いながら体を揺らした。
「コンテストに興味があるらしくてな」
「えぇ!?そ、そうなの!?でも、のんで大丈夫かなぁ!?嬉しいけど、のんはお兄ちゃんみたいに上手じゃないし…!!」
「一緒に上達出来る方がムウマージも嬉しいと思うぞ?」
「ほ、ほんと?ムウマージ…、一緒に頑張ってくれる…?」
「ムウウー!!」
頷いたムウマージを見てノリコが笑みを浮かべる。
晴れてムウマージはノリコの手持ちとなった。いやぁ、良かった良かった。じゃあ帰ろうと家を出ようとしたら呼び止められた。
「シンヤ、ちょっと」
「…母さん…」
「今、時間あるんでしょ?」
「あー…」
目がこわい。どうしよう。
隣に居るトゲキッスに視線をやれば、困ったような表情を返された。私も困った。
私と母さんを交互に見ていたノリコが「ねえねえ」と声を掛けて来る。
「っていうか、お兄ちゃんどうしたの?」
「何がだ…」
「左目、赤いよ」
「ああ、赤くなる時だってある…」
「へぇー…って、無いよ!!普通無いよ!!どうしたの!?」
がし、とノリコが私の腕を掴んだ。
左目が潰れたから赤い目を移植して貰ったって言うと、なんで潰れたかも説明しなければいけない。そうなると…そもそもどうして倒れたのか、と…芋づる式に説明していかないといけなくなる。
「今度、説明する…」
「シンヤ!!めんどくさいからって説明しない気ね!?」
「今度する。今はしない。長くなるから今度、家族が揃った時に説明する」
「揃った時~…、お父さんとカズキのタイミング合うのいつかしら…」
「その時にミロの事もまあ…、言う」
「紹介しなさい!!まず、連れて来なさい!!」
「いずれ」
「いずれっていつ!!」
お母さんは楽しみで楽しみでならないのに!!と嘆かれた。
その母さんをノリコが宥める。
「お兄ちゃんが今度するって言ってるんだから、ちゃんとしてくれるよ。有言実行の男だからね」
「…そう、ね」
「うん、今はしないって言ったら何言っても無駄だよ。頑固で言葉曲げないもん」
「そうね、お父さんとカズキに連絡しときましょう!!」
「オッケー!!のんがカズくんに連絡しとく!!」
ビシと親指を立てたノリコに母さんが頷いて返した。
これは早々に説明することになりそうだ…。ミロカロスの奴も連れて来るのか…。ポケモンだって事は黙っておいても、男だって事はバレるだろうなぁ…。
「だ、大丈夫なんですか…?」
「分からん…」
ヤマトの時も予想外だったからな…。
どういう反応をされるか…。
また今度、ちゃんと話してよね。と念を押されたのでコクンと頷いて返しておいた。
さあ、話も終わったし帰ろうか。
トゲキッスとサマヨールにそう声を掛けた所でノリコに服を掴まれた。
「お兄ちゃん、のんに演技の特訓してくれない?」
「えぇぇぇぇー…」
「美しき新星でしょ!!」
「名乗った覚えなんて無い…」
「良いからー」
母さんに手を振られ、ノリコに引き摺られるように公園までやって来た。
公園と言ってもベンチ、花壇、滑り台付きのオブジェがあるだけでブランコとかがあるわけじゃない。ほぼ広場、だ。
ベンチにはポケモンとのんびり日向ぼっこをするお年寄り、ポケモンを連れて遊びに来た近所の子供がちらほら…。
「キッス兄ちゃんだー!!」
「あーそぼ!!」
「ルリー!!」
男の子と女の子とマリル。
知り合いらしいトゲキッスが手を引かれて連れて行かれた。アイツ、顔広いな。私は何処の子供がさっぱり分からん。
「そういえばあのキッスって人、お兄ちゃんの知り合いだったんだね」
「ん?ああ、まあな」
ノリコが眉を寄せながら子供に連れられて行ったトゲキッスを見た。
「話したことないけどここでよく見掛けるもん。良い人なんだろうけど、なんかねぇ…」
「なんか、って何だ。キッスは良い子だぞ?」
「だって、あの人…。日替わりで美人連れて歩いてるし」
「…え?」
ポケモンの姿のまま隣に居たサマヨールに視線をやれば、首を横に振られた。知らないらしい。
「まあ、よく一緒に居る赤い髪の人はキッスさんだっけ?あの人と一緒に掃除手伝ったりお爺ちゃんお婆ちゃんとお話したりしてるけど」
「ああ…なんだ…」
ミロカロスか…。そういえばよく一緒に出掛けてるな…。
そうなると他の美人はサーナイトとかだな…。
「お兄ちゃんの知り合い?」
「まあな」
「どの女の人がキッスさんの彼女なの?」
「いや、別にどれも彼女じゃないぞ…。キッスは凄く面倒見が良くて付き合いが良いだけだ…」
どいつもオスだしな。
「そうなの?緑色の髪の人が本命かなーって思ってたんだけど。腕組んで歩いてたし」
「それは癖みたいなもんだ」
「緑色の髪の人の?」
「そう」
サマヨールがうんうんと頷いた。歩く時、すぐ腕掴んでくるからな…。
でも、トゲキッス以外には鬱陶しがられてるから…基本トゲキッスの腕掴んで歩いてるな…。そういえば。
「そっかー。じゃあ、変な誤解しちゃってたなー。今度から会ったら挨拶しよー」
「そうしてやれ」
私が頷けば、ノリコが何か思い出したのか口をパカと大きく開けた
「?」
「あのキッスさんとね!!たまに喋ってるカッコイイ人居るんだけど!!お兄ちゃんの知り合いかなぁ?」
「誰だろう…」
「イケメンなんだよ~!!カッコイイなぁって思ってたんだー、ちょっとチャライ感じするけど」
ブラッキーだな。
アイツも公園によく行くって言ってたから。
「あの人、紹介して欲しいな!!」
「ノリコ…お兄ちゃんはな。お前にはもっと相応しい堅実な男が居ると思う…、よく考えろ」
「え!?そんな言われるくらいダメなの!?」
「いや、悪い奴では無いぞ。良い奴だ」
「じゃあ良いじゃん」
「可愛い女の子と友達になるのが趣味だ」
「うん、やめておこう」
サマヨールがうんうんと頷いた。
まあ、仲良くなる分には何も言わないが…、可愛い妹が自分の手持ちのブラッキーに恋愛感情抱きかけてるなんて…。
人の姿禁止令を出す所だ。
「お兄ちゃんみたいにカッコイイ人、紹介してよ」
「人かー…」
難しいな。
私の知り合い、ほとんど人じゃない。
「この前、家に来た人でも良いよ!!白い髪の」
「この先、良い出会いがある。まずはコンテスト演技を極めようじゃないか…妹よ」
「紹介したくないのね」
「難があり過ぎて…」
「お兄ちゃんがそう言うなんてよっぽどなんだね…」
ごめんな、力になってやれなくて、と謝ればノリコは良いよ良いよと苦笑いを浮かべた。
とりあえず可愛い妹の力になれる事をしてやりたいと思う。
「演技の特訓、するか」
「うん!!すっごい演技したいもん!!一次審査トップで抜けられるくらいになりたい!!」
「じゃあ、代わるか…」
「何をかわるって?」
「コーディネーターモードに」
「は?」
じゃあ、あとよろしく。と頭の中でそう言えば「任せなさい」とコーディネーターのシンヤが不敵に笑った。
「私が教えるからには、恥じぬ演技をしてもらいますからね」
「なんで敬語!?」
*