がさがさと本屋の袋を手に持ちながらエーフィは小さく欠伸をした。
こうも天気が良いと眠くなる。このままその辺で昼寝も良いな、とエーフィは公園の方へと視線をやった。
買い物もしてしまったし、この姿のまま少し日向に当たってから帰ろうかと公園のベンチに向かって歩くエーフィの後頭部にスコーンと硬い物が当たった。
後頭部を押さえつつ後ろを振り返ればピンク色のフリスビーが転がっている…。
「すみませぇえええん!!」
「……」
げ、と内心で呟いた。
ごめんなさい、ごめんなさい、と涙目で謝ってくるのは見知った顔。他でもない敬愛する主人の妹、ノリコだ。
「だ、大丈夫ですか…?」
「ええ、まあ」
大丈夫ですよ、アナタが居なくなればもっとね、と心の中で吐き捨ててエーフィはそっぽを向く。
昔から嫌いだった。
昔と言ってもシンヤさんがまだ戻って来る前だけど、トップコーディネーターになるのが夢であるノリコが生理的に受け付けない。
兄にエーフィを譲ってくれとせがむ妹、魅せる事が下手でコーディネーターを名乗るのもおこがましい…。
「シンヤさんの妹なのに…」
「え?お兄ちゃんの知り合いなんですか?」
「ええ、まあ」
「そうなんだー!へー!」
お兄ちゃん顔広いなぁと笑うノリコに愛想笑いを返す。きっと引き攣っていることだろう。
「妹のノリコです!」
「存じています」
幼い頃から、嫌というほど。
「えーと、アナタは?」
「……フィーです」
「フィーさん!」
なんで自己紹介なんてしているのだろう、ぼんやりとそう思いつつエーフィは遠くの空を眺めた。
「フィーさん、フリスビーぶつけちゃってすみませんでした」
「もう結構ですよ、わざとだったら泣かしますが」
「わ、わざとじゃないです!演技の特訓してたんです!本当にたまたま!風に流されちゃって!」
本当に本当です!と慌てるノリコにエーフィはポカンと口を開けた。
「フリスビーで特訓って…そんな初歩的な…」
「新しい友達が増えたんです!ムウマージなんですけどー!その子と息の合った演技の特訓をですね!」
「そのムウマージが見当たりませんが」
「……はっ、また遊びに行かれた…!」
一緒に頑張るって言ったじゃないかぁああ!と嘆くノリコをエーフィは冷たい目で見下ろした。
こいつは相も変わらず阿呆だと…。
「はぁ…、何が駄目なのかなぁ…」
溜息を吐いたノリコに何を言うでもなくエーフィは黙ったまま視線を逸らした。
「フィーさん、コンテストに詳しいんですよね?」
「え、どうしてです?」
「だってフリスビーで特訓してることを初歩だって」
「…」
「どうしたら上手に魅せる演技が出来るようになると思います…?」
こいつ、馴れ馴れしい。エーフィは眉を寄せた。
「お兄ちゃんみたいになりたいのになぁ…」
「まあ、目標が高いことは良いことですね」
「そ、そんなに高いですかね…」
「シンヤさんは遥か高みですよ、そして貴女はマントルです」
「深っ!!あ、でも世界の中心に近いし、逆に凄くないですか!」
「マグマに焼かれて全身爛れれば良い」
「フィーさんって……、なんか凄い素敵キャラですね!何その返し!凄い!そんなこと言われたの初めて!酷いのを通り越して逆に凄い!」
「……」
面白い!と何故か喜ぶノリコを見てエーフィは更に深く眉を寄せた。
「いやぁ、でもお兄ちゃん遥か高みかぁ…。雲の上の人って奴なのかなぁ」
「宇宙です」
「大気圏越えてるんですか!?え、フィーさんちょっとお兄ちゃんリスペクトし過ぎですよ!あの人、意外と適当な所とかあるし!あんまり夢を見過ぎてるのもどうかと思いますよ!?」
「シンヤさんに勝るものなどありませんね」
「えぇぇぇ…」
どんだけですかぁ、とノリコが顔を歪める。
そのノリコを見てエーフィはフンとそっぽを向いた。
「まあ、これでもバッチリ血が繋がってるんで、私も後のスターですよ!トップコーディネーターとして華々しく舞台に立つんです!その時はお兄ちゃんも越えてみせます!」
「夢が大きくてとても素敵ですね」
「こっち見て言って欲しい!フィーさん!こっち見て!」
「…なんですか」
「トップに君臨する兄をも越えてみせると誓った少女に何か一言!応援の言葉を!」
「そうですね、その夢が叶うように…シンヤさんの爪の垢を貰ってきて差し上げますよ。私ってとっても優しいですね」
「素敵な笑顔やめてぇえええ!」
悲しくなる!爪の垢なんて嫌だ!と喚くノリコ。
善意で言ったのに、最大の譲歩だったのに。むしろシンヤさんの爪の垢を手に入れられる方が貴重だというのに。
「っていうか、家にお兄ちゃんのへその緒がある…。むしろそっちを煎じて飲んだ方が効く気がする」
「貴重過ぎるでしょう!厳重に保管するべきです!寄越しなさい!」
「必死!この人、必死だ!」
「シンヤさんがこの世界に生まれた証です、当然でしょう」
「私のもあります!」
「どうでも良いです」
「…」
「へその緒、時を止めて保管して貰いますので寄越しなさい」
「………、ガオーッ!」
「ッ!?」
大きな声を出したノリコはエーフィをびっくりさせて満足気に笑いながら走って行った。
びっくりしたまま一瞬固まったエーフィは我に返って走るノリコを追いかけた。
「絶対に泣かす…!」
「ぎゃあああああ!鬼の形相で追いかけて来たぁあああ!お兄ちゃぁああん!」
*
「ジョォオオオイさぁあああん!」
勇ましい呼ばれ方をしているわ…!と書類を広げていたジョーイは顔をあげた。
ポケモンセンターに駆け込んできたノリコを見て、あらと首を傾げる。
「ノリコちゃんですわ!」
「不審者でも出たのかしら…!どうしたのノリコちゃん!」
サーナイトとジョーイが息を切らせ半泣きのノリコの元へ駆け寄った。
シンヤの妹の癖にうるせぇなぁとペンを片手にミミロップは小さく溜息を吐いた。
「ちょっと、…ちょっと調子乗って驚かしたら…!すっげぇ恐ろしいことになった!」
「「……」」
この子は何を言っているのかしら。
サーナイトとジョーイは同じことを思った。
未だに息を切らせるノリコ、背後でバンと勢いよく扉が開いた時、ノリコはその場で飛び上がった。
「ひぃいいいっ!」
「ノリコさん…、ちょっと私とお話しましょう。二人きりで…」
あの人、全然息切れしてないぃいい!こわいこわいこわい!
ノリコは全力で首を横に振ったがそのノリコの頭を掴んだエーフィはにこりと口元だけで笑ってみせた。
「調子乗ってんじゃねぇよ…」
「ごめんなさぁああああいぃいいい!」
エーフィが…マジギレしている…!
なにあれ面白ぇ!とミミロップが笑う。慌ててサーナイトがエーフィを止めに掴みかかった。
「フィーさんストップですわ!ノリコちゃんを虐めては駄目ですのよ!」
「虐めてません。ちょっと夢に出るくらい泣かせるだけです」
「尚、悪い!」
駄目ですわ!とサーナイトに怒られてエーフィは眉間に皺を寄せる。
書類をトンと纏めたミュウツーが小さく笑った。
「あれは親しい者なのか?」
「あれ、ってノリコ?シンヤの妹だけど」
「……妹?」
「そこは触れてやるな!似てないのなんて本人がよく分かってる!」
そっとしといてやって!と芝居がかった口調でわざとらしくミミロップが言った。ミミロップも馬鹿にしているらしい。
「しかし、珍しいんじゃないのか」
「何がよ」
「フィーのあの様子」
そこまで長い付き合いじゃないが、他人とあまり関わらないだろう?と首を傾げたミュウツーにミミロップはああと声を漏らした。
「そういや、そうだな…」
まあ、でもノリコとは付き合い長いし(昔から超嫌ってるけど)、シンヤの妹だし(微塵も似てないけど)、身内みたいなもんなんじゃない?(ワタシは思ってねぇけど)。
自己完結したミミロップがうんうんと頷いた。
「?」
「ノリコも双子仲間だし、思う所があるんじゃねぇの」
「適当だな」
「どうでも良いもん」
「というか、ツキとフィーはどっちが上だ」
「え、そりゃツキの方が兄貴だろ」
「何故?」
「なんとなく」
「適当か…」
どうでも良いし、と同じような会話を続けたミミロップとミュウツー。
「っていうか、この書類どこにサイン?」
「そこの下だ」
「あ、ここか」
さーんきゅ、と言ってミミロップが書類にサインをした所で余計なことを言ったらしいノリコがエーフィにポケモンセンターから放り出された。
「ぎゃー!」
「その口、二度と開かないように縫い付けてやります…!」
「フィーさん!相手は女の子ですわ!心を広く!」
「誰がオカマさんだぁあああ!」
「気持ちは分かりますけどっ、落ち着いて下さいましぃいい!」
「すみません!すみません!女の人だと思ってt、ぅぎゃああああああ!」
お兄ちゃんに言いつけてやるぅううと泣くノリコを無視してミミロップは書類をかかげた。
「ジョーイさん、書いたー」
「同じく」
「とりあえず、二人も手伝ってくれない…?ポケモンセンターで暴動はちょっと…」
「あー」
「私がまとめて反転世界に放り投げてやろう」
「え゙」
「反転世界…?」
ちょっと待て、とミミロップが止める前にミュウツーが力技でノリコとエーフィを歪みに放り投げた。後でギラティナに怒られる荒技である。
「おい、ノリコは駄目だろ!」
「ノリコちゃぁああん!」
「シンヤの身内だから良いだろ、どうでも」
「どうでも良くねぇええ!」
*
バリ、と三袋目の菓子袋を開けた所でギラティナが慌てて立ち上がった。
「どしたの?」
「ツーの野郎…っ、また勝手にこじ開けやがった!」
あのボケェ!とギラティナが叫んだと同時に歪みからエーフィが転がるように反転世界へと入ってきた。
慌てて大丈夫かとブラッキーが駆け寄ればエーフィは頭を押さえて「しまった…」と小さな声を漏らす。
「痛いっ!」
「……!?」
「……ノリコだ」
固まるギラティナ、ブラッキーが小さく名前を呼べばノリコは顔を上げた。
辺りを見渡して首を傾げる。
「え、ここ何処?」
あ、お兄ちゃんの知り合いの人…!とブラッキーを指差してノリコが笑みを浮かべる。イケメンさんだぁ!という言葉は飲み込んだ。
「ツー…、あのクソボケェエエエ!!」
怒鳴ったギラティナに驚いたノリコが小さく悲鳴を漏らす。
「あ、大丈夫大丈夫、お菓子食べる?」
「え、あの…」
「とりあえず落ち着いて、な?」
「は、はい」
ブラッキーに差し出されたお菓子をパリと口に入れるノリコ。
周りの景色はひっくり返ってるし、ポケモンセンターが何処かに消えてしまったし、自分は一体何処に居るの、とノリコはもぐもぐと口を動かしながら考える。
「ギラティナ、落ち着けって!オレ、とりあえずシンヤの所に言って来るから!フィー!ノリコの傍に居ろよ!良いな!」
「…はい」
落ち込んでいるらしいエーフィは返事をして小さく頷いた。
ノリコ、ちょっとここで待っててな?とブラッキーに声を掛けられてノリコも小さく頷いて返す。
なんか背の高いお兄さんはヤクザさんみたいに怖い顔で物凄くイライラした様子、そしてフィーさんは溜息を吐いて何故か項垂れているみたい。
イケメンのお兄さんは走って行っちゃった…、でもシンヤの所にって言ってたからお兄ちゃんを呼んで来てくれるのかもしれない。
あああああ、どうなってるの。ぐるぐると巡る思考にノリコはその場で頭を抱えた。
*
ツーがノリコを反転世界に入れた!とブラッキーに説明されて、驚く暇もなく手を引かれてやって来れば…
ギラティナはイライラしているし、エーフィは何故か落ち込んでいるし、ノリコは呆然としているし…。
「ノ、ノリコ…」
「…はっ、お兄ちゃん…!お兄ちゃーん!」
ここ何処ー!と泣きついて来たノリコの頭を撫でる。
「シンヤ、ちょっとオレ…ツーとガチバトルしてくるわ!」
「落ち着け」
「アイツ、ムカツクんだよぉおお!」
やめてってあんなに言ったのに!と怒るギラティナ。
とりあえず、宥めとけとブラッキーに言えば物凄く嫌な顔をされた。
「オレぇ!?無理だって!シンヤじゃないと無理!その内、あれツーも帰って来て修羅場になるもん!絶対!」
「じゃあ、家に連れて行ってノリコに説明しといてくれ」
「えぇ……、ヤマト呼べば良いじゃん…」
「じゃあ、ヤマトが来るまで相手してろ」
家にミロとヨルも居るから、と付け足してブラッキーにノリコを押し付ける。
「ノリコ、家で待ってろすぐにヤマトが来るから」
「家って…?」
「私の家だ」
怖い所じゃないからな、と言った所でミュウツーが戻ってきたのかギラティナが大きな声で怒鳴り散らす。
「てめぇえええええ!あれほど、こじ開けんなって言っただろうがよぉおおお!」
「あー、耳が痛い」
あれ止めてくるから、あとはよろしくとブラッキーにノリコの手を握らせて背を押した。
「フィーさん…っ」
「ああ、行きますよ…。一緒に」
はぁ、と溜息を吐いたエーフィを見てブラッキーは眉を寄せる。
「どうした?」
「自分の愚かさを嘆いているだけです…」
「いや、私も悪かったですから…すみません…」
「まあ、八割ほどノリコさんが悪いですもんね」
「八割も!?」
君たち仲良いね、とブラッキーは苦笑いを浮かべた。
「とりあえず、避難しようぜ…」
*
「「……」」
「フォローミー…」
俺様は嫌、とミロカロスが首を横に振る。
サマヨールが深く溜息を吐いたのを見て、ブラッキーも溜息を吐いた。
「あ、もしもし、ヤマトですか?ちょっとすぐに来てもらえます?ノリコさんが反転世界に入って来てしまって顔見知りの貴方の方から説明をお願いしたいんですけど」
ツーが放り投げたんです、とヤマトに電話報告しているエーフィを見てからブラッキーはちらりとノリコの様子を見た。
ミロカロスを見つめてポカンと呆けるノリコ。
「お姉さんって、キッスさんとよく公園に居ません?」
「うん、キッスと公園行くよ」
「ですよね!」
「うん、俺様はお姉さんじゃないけどな」
「え、私より年下なんですか!?」
「いや、だいぶ年上だけど…」
「実はおばあさ…」
「お兄さんだ!」
まだ違う!違うはず!とミロカロスがわたわたと慌てる。
「俺様、まだ若い方だよ…ね…?」
「素直に言うならば…若くはないな…」
「ジジイなの…?」
「どうだろう…」
一番の年長だしな…、とサマヨールが呟けばミロカロスは両手で頬を押さえた。
「まだ綺麗で居たい!」
「絶対にお姉さんじゃん」
この人、お姉さんですよね。とノリコに問われたブラッキーは苦笑いを浮かべる。
うーん、えーっと、とブラッキーが考えているとヤマトが部屋へと駆け込んできた。
「ノリコちゃん大丈夫!?」
「あ、ヤマトさん」
息を切らせてやって来たヤマト。
意外にもケロリとしているノリコを見てあれと首を傾げた。
「そ、そんなに動揺してないね…」
「え、いや、動揺してる、よ?」
僕は発狂したうえに気絶したけど…と思いつつヤマトは笑った。
「あのね、ここは…」
*
「お願いシンヤ!一発だけ!一発だけ本気で殴らせて!」
「コワイヨー」
「アイツ、マジでムカツク!」
喧嘩をするんじゃない…。
ギラティナの腕を掴みながらシンヤは深く溜息を吐いた。
「この若白髪!死ね!」
「一番、年寄りの癖に何を言うのやら。そして私が一番若い」
「…っ、大人としてテメェを躾てやる…!このクソガキィ!」
「ボク、コドモダカラワカラナイヨー。エーンエーン」
「真顔やめろやぁああ!!」
慌ててミュウツーとギラティナの間に割って入り、ミュウツーを背にギラティナの肩を押さえた。
「落ち着け!」
「シンヤ!頼む!本当に!一発だけ!本気の一発だけ!」
「ミュウツーまでキレて暴れられたら手が付けられなくなる!大人の対応が出来る子だろ!我慢だ!」
「うぐぐぐぐ…っ」
ガクンとその場で膝を付いたギラティナが大きく溜息を吐いた。よし、我慢した!良い子だ!
私の後ろでその様子を眺めていたミュウツーを振り返ればミュウツーはこてんと首を傾げる。悪い事をした気がさらさら無いらしい。
「ミュウツー、駄目だろ…」
「…ごめんなさい、反省します」
眉を下げながら再びこてんと首を傾げたミュウツー。
「そんなあざとい技術を何処で覚えて来たんだ…」
「可愛いだろう」
ふふん、と自慢げに笑ったミュウツー。
誰だこの幼児に変な技を教えた奴。なんでも覚えるんだから勘弁してほしい。
「ギラティナにちゃんと謝りなさい…」
「…」
口を尖らせたミュウツーがギラティナの前に立つ。
「ごめんね?ギラタン」
「ッ…、ブチ殺す…ッ!」
「油を注ぐな!」
「可愛いだろう」
「なんで可愛さを追求しだした!」
どやぁ、と笑うミュウツー。
殴りかかろうとするギラティナを押さえつけて本気でミュウツーを叱った。
「ちゃんと謝る!」
「ちゃんと、」
「ちゃんとしっかり!」
「この度は私の軽率な判断でギラティナ様に大変なご迷惑をおかけして誠に申し訳御座いませんでした。また先程の私の対応についてご無礼がありました件、重ねて謹んでお詫び申し上げます」
「「……」」
どやぁ。
「ぐおおおおお!むかつくぅうううう!」
「ギラティナ、やめろ!」
「…、シンヤ…でもっ…!」
「お前は手を出すな!私が殴る」
「おっと、遊び過ぎたか。逃げよう」
「逃がすか!お前、変なことばっかり覚えてくるんじゃない!待て!」
「シンヤ、頑張れー!」
その後、30分くらい反転世界で本気の追いかけっこした。
「…っ、はぁ…!し、しまった…ノリコ…! 、…っ、」
「たんこぶ…」
「ざまぁ!」
*