一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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「腹減った」

 

そのギラティナの一言で街に出て昼食を食べることが決まった。健康診断をしていたせいでいつもより大分遅めの昼食だった。

カフェテラスで三人座って食事をする姿はもの凄く目立っていたが三人が他人の目など気にするわけもなく食事は進む。

もぐもぐと口一杯に咀嚼するギラティナが道行く人間の姿を眺める。ギラティナがこちらを見るものだから「あれシンヤじゃね!?」と思っても慌てて視線を逸らし通り過ぎるしかなくなる。

ぼんやり眺めているだけなら向こうも気にしないが、一人一人を確認するように見るものだから見られる方は視線を逸らすしかない。

人間を観察するのは彼の趣味なのである。まあ、よく見ているだけで彼の記憶には特に残りはしないのだが。

シンヤとミュウツーの倍の量を食べ終えたギラティナがジュースに口を付けた時、道行く人間の中に発見した。

 

「んん!」

「なんだ、飲み込んでから言え」

「…」

 

ミュウツーが読んでいた本から視線をあげる。シンヤは反応せずに本を読み続けている。

 

「ミュウ!」

「何処だ!」

「…」

 

ミュウツーが辺りを見渡すもミュウの姿はない。

さっき通り過ぎて…、と言いかけたギラティナがピタリと止まった。なんで途中で黙るんだとミュウツーがギラティナに視線をやる。

 

「ボク、ここだよー」

 

ぎゅ、と背後から抱きつかれたミュウツーがビシと固まった。

 

「やっほー」

「お前…!」

「気配無く近寄って来るとか、こえー…」

 

元々四人用のテーブルなので席は一つ空いている。その空いている席に座ったミュウは当然のようにミュウツーの飲みかけのレモンティーを飲んだ。

 

「私の…」

「こんなところで何してるの?」

「普通に出掛けたついでに飯食ってるだけ、お前こそなんでこんな所に居るんだよ」

「ボクはおもちゃ屋さんに行くんだよ」

「それはどんなおもちゃだ?大人のおもちゃという奴か?まだ見た事がないんだが」

「は?」

「ぶっ…!」

 

ギラティナが首を傾げたと同時に黙って本を読みながらコーヒーを啜ったシンヤがコーヒーを口から吹き出した。

そして一人、むせる。

 

「ごほっ!ごほごほ!」

「大丈夫ー?」

「大丈夫か!?」

「どうした!?」

 

大丈夫、と片手で示したシンヤがおしぼりで口元を拭った。

シンヤは黙ったまま本に付いたコーヒーを拭き始めたのでミュウツーは視線をミュウに戻す。

 

「で、どんなおもちゃだ?」

「普通の楽しいおもちゃだよ、大人のおもちゃは置いてないよ」

「は?」

 

ギラティナがシンヤからミュウへと視線をやる。だから、さっきからその大人のおもちゃってなんだよ。

 

「普通のおもちゃ屋か…」

「うん、普通のおもちゃ屋だよ」

 

なんだそうか、とつまらなさそうに返事をするミュウツーを見てミュウがクスクスと笑う。

 

「…」

「…」

「…」

「…」

 

沈黙。

興味が無くなったミュウツー、ニコニコと笑うミュウ、そんな二人を気味悪そうに見るギラティナ、読書へと戻ったシンヤ。

 

「ボク、大人のおもちゃ見たことあるけどね!」

「どんな感じだった!」

「その話はもうやめなさい!」

「え…!なに…!?」

 

*

 

「おもちゃ買って」とミュウにせがまれて渋々とミュウの目的とするおもちゃ屋へとやって来たシンヤ達。

おもちゃを買って帰ったとしても喜ぶ奴なんて居ないのだから彼らには無縁の場所だった。

 

「すっげぇ!これめっちゃ柔けぇ!」

「…難しいなこれは」

 

大きなぬいぐるみを抱きしめて喜ぶギラティナとパズルを手に首を傾げるミュウツー。

私は少し恥ずかしい、とシンヤはガクリと肩を落とした。

 

「い、いらっしゃいませ…!」

「悪いな騒がしくて」

「いえ!ごゆっくりどうぞ!」

 

子供でもないのにおもちゃ屋を占領してしまって申し訳ない。店員ももっと怒って良いのに、と思いつつシンヤは小さく頷いた。

 

「ボク、これ買って欲しいなー」

「ガラス製じゃないか、壊れるぞ?」

「これオルゴールなんだ、綺麗だからずっと欲しかったんだけど、これはタダじゃくれなくて…」

「?」

 

ミュウの言葉に店員がわたわたと手を動かす。

コイツは来る度にタダで物をせびって営業妨害を繰り返しているのだろうか、タチの悪い奴だな、とシンヤは眉を寄せた。

 

「じゃあ、壊れないように包んでもらえ」

「やった!ありがと、シンヤ!」

 

買ってくれるってー!とミュウが店員の所へと走って行く。

 

「お前…っ、なんでシンヤさんと知り合いなんだよ…!もっと前に言えよ…!」

「やだ、なんで?」

「なんでだと…!?オレが、研究者になりたいって言ってたのお前知ってるだろうが…!紹介してくれても良かったんじゃないの!?今からでも遅くなくない!?」

「もう諦めたんでしょ」

「お前はあの人の顔の広さを分かってねぇぇ…!どの地方行っても博士や研究員の口から名前出る人なのにぃぃい!」

「これ包んでよー」

「ばっ、お前っ!これ一番高い奴だって知ってるだろ…!」

 

店員がミュウに小声で怒りをぶつけている頃、シンヤは大きなぬいぐるみを抱きしめて「結構良い!」と思っていた。

 

「これは、なかなか…」

「オレもっとでっけぇのが良いなぁ」

「シンヤ、このパズル買ってくれ」

「ん?ああ、欲しいのはカウンターに置いて来い」

「これとこれと、これ…」

「アイツめっちゃ買うぞ!?良いの!?」

「ギラティナ…見ろ…!奥にホエルオーのぬいぐるみがあるじゃないか!」

「え?おお!でけぇ!!買ってこれ!」

 

非売品って書いてる。としょんぼりしたシンヤとギラティナを無視してミュウツーはレジカウンターにパズルを数個乗せた。

 

「これも会計一緒で」

「へ?あ、はい!…どれと一緒ですか?」

「そのミュウが持ってる奴と…、買うんだろう?」

「うん、買うよー」

「いや!ちょっとこれは相談した方が良いですよ!ちょっと値が張るんで!シンヤさんに確認してもらった方が…」

「大丈夫だろ」

「だいじょーぶだいじょーぶ」

 

いや、値段見たらびっくりするからダメだってマジで。と店員は口をへの字にした。

 

「あと、あそこの奥にあるホエルオーが欲しいらしいんだが」

「あー、あれデカすぎて持ち帰りに困るんで飾りにしてるんですよ」

「持ち帰れるなら購入しても良いと」

「…いやぁ、オーナーに確認してみない事には…」

「シンヤがサイン付けるって言ってもか」

「サイン貰えるんですか…っ!?」

「ボクのサインもあげようか?」

「いらない!」

 

ミュウのサインなのに、と頬を膨らませたミュウ。お前、自分のサインなんて持ってるのかとミュウツーが関心した様に言った。

 

「オーナーにはオレから上手く言っておくんで、サイン頂けるならもう全然!持って行ってくれて良いですよ…!」

「シンヤー、ホエルオーのぬいぐるみ、シンヤのサインと交換で良いそうだー」

「マジでか!?よっしゃぁ!」

「……え、なんでサイン…?」

 

ホエルオーのぬいぐるみを抱えたギラティナがご機嫌に店を出る。

レジカウンターまで戻って来たシンヤが「なんでサインだ」と納得いかなそうに眉を寄せた。

 

「あの、シンヤさん、こっちのオルゴールの金額がこれなんですけど…大丈夫ですか…?」

「ん?ああ、大丈夫だ」

「(大丈夫なんだ…!)」

「ホエルオーの金は良いのか?」

「あ、はい、多少年期入ってて新品じゃないんで。色紙!色紙取って来るんでちょっと待っててもらえますか!」

「ああ…」

 

確かオーナーが置いてたはず!と店の奥に走って行った店員を見送ったシンヤ。

まだ未購入のパズルで遊ぶミュウツーとミュウを見てシンヤは苦笑いを浮かべる。

 

*

 

店の扉が開く、出て行ったギラティナが戻って来たのかと思ったがどうやらお客さんのようでシンヤは大丈夫かなと店の奥へと視線をやった。

 

「あれ…?」

「すぐに戻って来るよー」

 

客の声にミュウが視線も向けずに言葉を返す。

客である男二人組、一人は人間、一人はライチュウだなとシンヤはぼんやりと思った。

 

「ミュウ、何遊んでんだ?」

「パズルー、どっちが早く解けるか競争してるんだよ。ライチもやる?」

「やる!」

 

ミュウとミュウツーの間にライチュウが座った。ライチとはまた可愛い呼ばれ方だと眺めていればライチュウを連れて来た男が「すみません…」とシンヤに頭を下げる。

 

「俺のツレが…」

「いえいえ、大丈夫ですよ」

「…」

「…」

「あの…、もしかして、シンヤさんですか…?」

「…そうですけど」

「で、ですよね…!こんな所で会えると思わなくて似た人かと…!握手して貰って良いですか!俺、コーディネーターの時からのファンで!」

「ああ、どうも」

「ありがとうございます!これからもご活躍応援してますんで!」

 

ぎゅ、とシンヤの手を握った男は嬉しそうに笑う。それを見たライチュウがパズルを放り捨てて男の背中にタックルをかました。

 

「ぐはぁっ!!!!!」

「おおっ!」

 

握手をしていたのだから男は当然、シンヤに向かって倒れ込んでくる。ガシ、と男を支えたシンヤはその場で倒れそうになるもギリギリで踏みとどまった。

 

「すみません!」

「いや、大丈夫だ…」

「ライチ!バカ!お前何すんだ!危ねぇだろうが!」

「浮気ダメー!」

「何がぁぁ!?」

 

男に抱きついて叫ぶライチュウ。

何処も苦労してるなぁとシンヤは心の中で密かに思った。

 

「ライチ、知り合いになった挨拶をしてただけだ。ライチも私と握手をしてくれ」

「…え、挨拶?そうだったのか!ドーンしてごめんな!」

 

あくしゅ!とシンヤとライチュウが握手をする。ライチュウから解放された男は「すげぇ、一瞬で納得させた…!」と感動し目を輝かせた。

シンヤと握手をしたライチは思い出したかのようにパズルをするミュウツーにも「あくしゅ!」と手を差し出しに行く。それを見てから男はシンヤへ視線を戻した。

 

「ツレが本当にすみませんでした…!」

「元気なのは良いことだ。ああ、でも少し体内に溜まってるみたいだから月に一度は発散させてやると良い」

「溜まってる…?え、な、なにをですか!?月一で発散させるって!?え?え!?」

「…?電気だが?」

「ああ!そっちか!…って、え、ライチの事、気付…」

「お待たせしましたぁあああ!」

 

店の奥に色紙を取りに行っていた店員が戻って来た。探すのに手間取っちゃってと謝りながらシンヤに色紙を渡した。

 

「これペンです、お願いします!」

 

シンヤが色紙にサインを書く。

傍に居た客の男が「え、サインずるいな」と小さく声を漏らし、「なんだ来てたのか」と店員が男へそっけない言葉を発する。

サインを書き終えたシンヤが店員へサインを手渡し、サイフを取り出す。

 

「会計を」

「あ、はい!ありがとうございます!」

 

普段じゃ見られない金額をあっさりと払ったシンヤはパズルで遊ぶミュウツーへ声を掛ける。

 

「ツー、行くぞ。買ったのは袋に入れろ、ミュウにはこれな」

「ありがとー」

 

店員が包んだオルゴールを受け取ったミュウはにっこりと笑う。

 

「じゃあね、ツー」

「ああ、面白いことがあったら教えてくれ」

「気が向いたらね~、シンヤもまたね~」

「またな」

 

よしよし、とミュウの薄ピンク色の頭を撫でてからシンヤはミュウの隣に座っていたライチュウの頭も撫でた。

 

「あまり溜め込むなよ、じゃあな」

「…?うん、ばいばい!シンヤ!ツーもばいばーい!」

 

シンヤとミュウツーが店を出て行く。

それを見送った店員は「はぁ~」と深く息を吐いた。

 

「ミュウ!お前!シンヤさんと知り合いだったって教えてくれなかったの恨むからな!」

「なんで?」

「なんでも!!」

 

今回はサイン貰えたから良いけど!と口を尖らせて言った店員を見てから男は口元に手を当ててチラリとミュウへ視線をやる。

 

「(え、待って、アイツ…ミュウって名前なんじゃなくて、マジにミュウなの?え?どっちなんだろ…。そういう名前なんだと思ってたんですが。つーか、あのシンヤさんの知り合いって…。そもそも俺のライチがポケモンのライチュウだってなんか一発でバレてたんだけど…!シンヤさん、マジですげぇ…!)」

「どうした?」

「なんでもない!うん、ちょっとシンヤさんに会えた感動でぼーっとしてた!」

「マジ感動だよな!オレも今日という日を絶対に忘れない…!あの人、オーキド博士にも一目置かれててさー、博士の論文とか見ても大体シンヤさんの名前出て来るんだぜ?」

「え、お前、論文とかまだ見てんの?」

「見てるけど?最近のだとツバキ博士!あの人の論文、伝説ポケモンのこと書いててめっちゃ面白いよ!前々から着目点が他の博士と違ってて面白いんだよな~、知り合いのポケモンレンジャーからの実話を元に書いてるらしくって、ジラーチのは良かったなぁ。千年に一度だもんな~。つーか、あのジラーチの論文にもシンヤさんの名前出てたな…。あの人、やっぱ顔広ぇ…」

「(コイツにはやっぱりミュウがポケモンなんじゃ?とか聞けない。マジにポケモンだった日には解剖コースまっしぐら…。ミュウが黙ってるんなら俺も黙っておくべきだよなぁ。ライチが人の姿になるライチュウなんだよ、なんて言えない。そもそもコイツが知らないって事は博士達も発表してないってことだろ?え、まさか人の姿になってるのライチだけなのか?ライチ、他のポケモンのこと言わないもんな。ポケモン同士の暗黙のルールとか…)」

「ポケモンセンターに行ってジョーイさんの手伝いしてる時もシンヤさんの名前よく出るんだよー、あの人、今はポケモンドクターやってるからジョーイさんに聞いたら"うちにも手伝いに来て欲しいわ~"ってやっぱり有能な人って何処でも求められるんだよなぁ。オレにも才能があったらな~…」

「…は!?ドクターって、医者?」

「そーだよ?確か、トレーナーやってコーディネーターやってブリーダーやって、今、ドクターだよ」

「え~、すげぇ…。オレ、コーディネーター引退してのんびり暮らしてんのかと思ってた。前にコンテストのことで雑誌出てたからコーディネーター評論家みたいな感じでテレビ出るのかと思って待ってたのに…」

「今は全然、公に出てないもんな~。お前みたいな"にわかファン"はドクターやってるって知らない奴多いと思う」

「にわか、で悪かったな!」

「シンヤさん見掛けてさ、今は何をやってらっしゃるんですかー!またコンテストでのご活躍期待してますー!待ってますー!とか言っちゃう派だな」

「そんな感じのこと言っちまったぁああ!」

 

頭を抱えた男を見て店員がケラケラと笑った。

なんか楽しそうだな、とライチュウが口を尖らせた横でミュウが目を細めて笑う。

 

「どれくらい経てば消えて行くのかな~」

「?」

 

ミュウツーは面白いことがあったら教えてくれって言ってたけど、ミュウツーはずっと面白い存在の傍にいるじゃないか。

ああ、楽しみ。

彼が人間から忘れられていく日は一体いつなんだろう…。

 

「退屈しなくて良いね」

 

*

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