一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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シンヤが風呂から上がってリビングへと行けばもう時間も遅く、床でギラティナがホエルオーのぬいぐるみを枕に突っ伏して眠っていた。

テーブルではサマヨールがノートを開き何か書き込んでいる。他の連中はニ階かボールの中だなとシンヤは濡れた髪を拭きながらソファに座った。

 

「主…、飲み物は…?」

「お茶」

 

シンヤの返事にサマヨールがキッチンへと向かう。

ソファに深く座り直したシンヤは見逃していた今日の新聞を広げざっと目を通す。新聞の内容はどうでもいいものばかりだった。

明日はどうするか、と頭の中で考える。

少し遅めに起きて、ポケモンセンターに連絡して、ああ、それとジラルダンに荷物のことで連絡しないと…。

あいつ何を送ってくるつもりなんだろう、とシンヤが考えているとサマヨールがテーブルに湯のみを置いた。

 

「どうぞ…」

「ああ、ありがとう」

 

温かいお茶を飲んだシンヤは小さく息を吐く。熱すぎず温すぎずの美味しいお茶だった。

 

「主、自分は明日からカフェの方に手伝いに行って参ります…」

「ああ」

「……もし、何かあった場合はすぐにお呼び下さい…」

「…そんなに心配しなくて大丈夫だ」

 

俯くサマヨールにシンヤが苦笑いを零す。

 

「今日、主が帰宅されるまで…考えていました…」

「ん?」

「自分は主の身が心配で心配で堪りません…、主の身に何かあったのではないかと考えるだけで、辛い…。

主に任された仕事を終えて…主が帰宅されるまで、自分には…自分がすべきことが…分からないのです…。主の為だけに、在りたい…。

でも…、主はそれを望まれていない…」

 

分かっているんです、分かっては、いるんです。とシンヤの傍に座り込んだサマヨール。

手に持っていた湯のみをテーブルに置いたシンヤは小さく息を吐く。

 

 

サマヨールの全てはシンヤだった。

何をするにしてもシンヤが関わっていなければ彼が行動に移すことはない。

自分の好きな洋服を買いに行くこともない、自分の好きな趣味に没頭することもない、自分の為だけに外出することもない。

シンヤの為に、こうしよう。シンヤの為に、あれをやっておこう。シンヤの為に…、

サマヨール自身はそれで良かった、それで幸せだった。シンヤの事だけを考えるサマヨールだからこそ気付く。

シンヤがその行動を望んでない、シンヤがそこまで自分を必要としていない、自分が居なくともシンヤは大丈夫なんだと…。

喜ばしいことだ、素晴らしい主人に恵まれている、立派なお人だ、それなのに…仕える自分の哀れなこと…。

考えて、覗き込んでみれば自分の中身は空っぽで、自分が今何をすれば良いのか分からずに立ち尽くす。

カフェの手伝いに行くのはトゲキッスがそうしましょうと言ったからだ、マスターの手伝いをすれば、シンヤも喜ぶから、美味しいコーヒーを淹れられるようになれば、シンヤが喜ぶから…。

何をしたら良いですか、主…?何を望まれますか、主…?

そう聞いて答えを貰わねば、自分には何も出来ない。

 

「…サマヨール、私の為なら何でもしてくれるのか…?」

 

目を瞑りそう言ったシンヤの言葉にサマヨールは俯かせていた顔をあげて大きく頷いた。

 

「勿論…っ」

「そうか…。じゃあ、難しいことをお願いしても良いだろうか?これからを前向きに考え始めて…欲しいなぁと思っていたんだ」

「主の望まれることなら、何でも…っ」

 

笑ってシンヤが言う。

そのシンヤのお願いにサマヨールは涙を流しながら何度も頷いた。

 

*

 

サマヨールがニ階へと戻り、ソファに座ったシンヤはすっかり冷たくなったお茶を飲み干した。

そんなシンヤにホエルオーのぬいぐるみに突っ伏したままのギラティナが声を掛ける。

 

「すっげぇワガママ言ったな…」

「言ってしまった」

 

苦笑いを浮かべたシンヤにギラティナもつられて困ったように笑った。

 

「私はこれから時間に置いていかれて、外界に居場所が無くなっていくと思う。だから、私の居場所をサマヨールに作って欲しい。

どんなに時が経っても私が私で居られる場所を」

 

 

*

 

シンヤが自室に戻り部屋の電気を付ければシンヤのベッドでミロカロスが寝ていた。

えぇー、と思わず小さく声が漏れる。

ニ階で寝てるかと思ってたのに…と思いつつシンヤは部屋の電気を消し、ミロカロスをぐいーっと横に押し退けて自分もベッドに入った。

 

「(…温い)」

 

温められたベッドは意外にも心地いい、疲れていたこともあってシンヤはそのままウトウトと眠りにつこうとした。

 

「ねえ、シンヤ…」

「……ん…?」

「結婚式な、モモ綺麗だったよ」

「…そうか」

「俺様、ツキより先に準備出来たから先に行ってタモツと料理並べたりするの手伝ったんだ」

「…うん」

「ツキとヤマトは来るの遅かったんだ。ヤマトがシンヤのごしゅーぎ持って出るの忘れて取りに戻ったんだって!アホだよなっ」

 

そうだな、と返事をしつつもほとんど頭に入って来ない。

寝かせて欲しい。シンヤは目を瞑りながらミロカロスの声に相槌を打った。

 

「そんでなー、ブーケ投げたらヤマトの方に飛んで行ってさー。やったー!ってヤマトが言った途端、ジョーイさんがヤマト思いっきり蹴っ飛ばしてブーケ取ったんだ!」

「…」

「そん時にジョーイさんのパンツ見えてさー、まさかの黒だった」

「……そんな情報、要らん…」

 

*

 

朝、シンヤの家に止まったヤマトは大きな欠伸をしつつリビングへとやって来た。

昨日遅かったからかシンヤの姿が無いことに仕方ないなぁと思いつつ椅子に座る。

 

「シンヤ、起きてないみたいだねぇ…ユキワラシ進化するところ見せたかったのに」

「そうですねぇ、お昼前には起きて来られるかと思うんですけど」

 

チルタリスが時計を見つつヤマトにコーヒーを出した。

お礼を言ってコーヒーを飲んだヤマトは「仕方ない」と頷く。

 

「僕、もう次の任務に行かないとだから。また来るね」

「はい、お気を付けて!ご主人様が起きて来たら伝えておきます」

 

コーヒーご馳走様、と言って立ち上がったヤマトが玄関へ向かう。そのヤマトの背にチルタリスが「いってらっしゃいませ」と頭を下げた。

玄関で靴を履くヤマトの背に「もう行くの?」と声を掛けたのは寝起きのブラッキーだった。

 

「うん、任務入ってるからね」

「……」

「…?どうかした?」

 

靴を履き終わったヤマトがブラッキーの方を振り返れば大きめのTシャツを着て頭に寝癖を付けたブラッキーと目が合う。

寝癖付いてる、と言ってヤマトが笑えばブラッキーは口を尖らせて髪をくしゃくしゃと撫で付けた。

 

「ユキワラシ、進化させようと思ってるから進化させたらまた連れて来るよ。じゃ、またね」

 

笑って手を振ったヤマトに小さく頷いて片手をあげて返す。

玄関の扉が閉まって静かになった玄関でブラッキーは溜息を吐く。

 

「ツキさーん、朝食のご用意出来ましたけどー」

「おー、ありがとー」

 

テーブルには美味しそうなご飯が並べられていて、今日は洋食かとブラッキーはサクとトーストに齧り付いた。

リビングには誰も居ない。自分が一番起きるのが遅かったのかとチルタリスに聞けば首を横に振られる。

 

「ご主人様とミロさんがまだ起きて来られてませんよ」

「他の奴らは?」

「えーっと…、ミミローさんが昨日の仕事の残りを片付けるからと言って一番に起きて来て、サナさんを起こしてご一緒にポケモンセンターに行かれましたね。

その後、キッスさんとヨルさんがカフェの開店準備に行かれまして。ツーさんは散歩をしてくると言ってトーストを齧りながらお出掛けされました。バターもジャムも何も付けずでした!」

 

チルは止めたんですけど…!と何故か悔しげなチルタリスにブラッキーは苦笑いを零す。

 

「それで、さっきヤマトさんがお仕事に行かれまして。チルはご主人様とミロさんが起きて来ましたらお昼過ぎにはカフェにお手伝いに行く予定です!」

「そっか」

「はい!ツキさんのご予定は?」

「オレは、外に遊びに行って来る!晩飯までには帰るから!」

「はい!かしこまりました!」

 

チルタリスがキッチンに戻って行くのを見送ってからブラッキーは目玉焼きの黄身をフォークで突いた。

 

「……」

 

*

 

朝食を食べ終えてブラッキーはエーフィの泊まるポケモンセンターへと電話を掛ける。

数回のコールの後、ジョーイさんが出た。

 

「ジョーイさん、おはよ」

<「あら、ツキくん、おはよう。フィーくんね、ちょっと待ってて」>

 

笑顔で対応してくれたジョーイがエーフィを呼びに行く、暫くしてエーフィが画面の向こうにやって来た。

 

<「ツキ、どうしました?」>

 

画面の向こうに居るエーフィが笑う、それに笑みを返して口を開こうとした時、エーフィの横からノリコが顔を覗かせた。

 

<「ツキさーん!今日の朝刊とニュースはお兄ちゃん尽くしですよー!」>

 

見てこれー!と新聞の一面を画面に押し付けるノリコ。新聞には昨日あったという事故の様子が書かれていた。

一緒に載せられている写真は真剣な顔で治療をしている最中のシンヤとツーのようだった。

 

<「ちょ、ノリコ!退いて下さい!邪魔です!」>

<「いや!のんはまだツキさんに聞いて欲しいことが…!」>

<「私とツキの邪魔をしないでください!」>

<「のんも入れて~!」>

 

画面の向こうで言い争う二人を見てブラッキーは苦笑いを浮かべる。

 

「ヤマトがユキワラシ進化させるらしいから、ノリコまた見に来いよな~」

<「え!進化って、オニゴーリ?ユキメノコ?」>

「めざめいしでユキメノコ~!絶対、可愛い!いや、オニゴーリでも十分可愛いとは思うけど!」

<「あはは!色違いのユキメノコってどんな感じですかね!楽しみ~!」>

<「そもそも、ヤマトはオニゴーリに進化させるだけ育てるってことが出来ませんからねぇ…」>

<「レベル上げする必要無いんだから良いじゃないですか!それにのんはユキメノコ派~!」>

 

そんなこと聞いてません!と画面の向こうでノリコに怒るエーフィを見てブラッキーは目を細めて笑った。

 

*

 

昼過ぎ、チルタリスと共にカフェへとやって来たシンヤとミロカロス。

ここ美味しいの?と聞いてきたミロカロスにシンヤは初めて来たと返す。そう、自分の手持ちが世話になっているが来るのは初めてなのだ。

 

「おや?いらっしゃいませ」

 

店内に入れば出迎えてくれたのはピジョットだった。

チルタリスが店の奥へ行くのを見送ってシンヤとミロカロスはカウンターの席に座る。

 

「マスターは?」

「ヨルくんと出掛けてるんですよ」

 

ピジョットの言葉にシンヤが頷く。

店の奥からトゲキッスがケーキを持って出て来て、ケーキをミロカロスの前に置いた。

 

「これ今月のオススメケーキ、フルーツタルトです!」

「やったー!」

「シンヤも食べますか?」

「いや、朝昼兼で食べてきたからコーヒーだけで」

 

私は紅茶の方が得意です、と笑うピジョットに推されて注文を紅茶に変えたシンヤは紅茶を啜る。

 

「マスターはいつ頃戻ってくるんだ?話があったんだが…」

「閉店まで戻らないかもしれませんよ、用事が用事でしたし」

 

ピジョットがカップを拭きながら答える。

なんの用事だ?とシンヤが首を傾げればピジョットは笑みを浮かべる。

 

「朝に来た途端、自分の店を持ちたいってマスターに相談してたんですよ。ヨルくん」

「!」

「経営者になるには色々と勉強も必要ですからね、他のお店をマスターと見に行ってるんです」

 

あの人、骨折中で暇だから丁度良い仕事が出来ましたよ、とピジョットが笑った。

ピジョットの話を聞いたシンヤは「そうか…」と頷いて紅茶を啜った。

ヨル、お店やるの!?と横で騒ぐミロカロスにトゲキッスが凄いですよねー、みんなでお手伝いしましょうね!と笑って返事をしていた。

 

「それで、シンヤさんのお話はなんでしょう?差し支えなければマスターには私が伝えておきますが」

「ああ、実はな。知り合いから荷物が届くんだが受け取り先の住所をここにして貰ったんだ。昨日、…あ、名前知らないな……まあ、訛りのある郵便屋に電話で依頼したんだが」

「彼、ここの担当ですからね。荷物を代わりに受け取っておけば良いんでしょう?それぐらいだったら問題ありませんよ」

「なら良かった。オレンジ諸島の何処だったか…、とりあえず、ジラルダンという奴からの荷物だ。よろしく頼む」

 

ピジョットが頷いた。

シンヤの横でケーキを食べていたミロカロスがシンヤへ視線をやる。

 

「ジラルダンって誰それ…」

「コレクター」

「え?」

「ん?」

 

俺様、知らないんだけど。と怒るミロカロスに別にそんな紹介するほどの大した奴じゃないからとシンヤが答える。

 

「じゃあ良いや!」

「(そのジラルダンという方、可哀想ですね…)」

 

紅茶を飲んだシンヤがチラリと時計を見る。

それに気付いたトゲキッスが首を傾げた。

 

「この後、予定があるんですか?」

「ん?いや、そろそろ来るかなぁと思って」

 

誰が、とミロカロスが口を開いた時、店に入って来た客にピジョット達が「いらっしゃいませ」と声を掛ける。

青い洋服と青い帽子、リオルを肩に乗せたゲンだった。

 

「や、お待たせしたかな?」

「別にそこまでワクワクと待ってたわけじゃないぞ…」

「ゲンだぁあああ!」

 

シンヤの隣に座ったゲンにシンヤを挟んでミロカロスが威嚇する。

 

「随分とご機嫌斜めだね…」

「シンヤはやらん…!」

「ぐるるるっ!」

「こらこら」

 

そのミロカロスにリオルが威嚇して返すのをゲンが制する。

 

「おかわりはコーヒーで」

「あ、私もコーヒーを」

「はい、かしこまりました」

 

カフェに行く用事があるからついでに一緒にどうだと電話で誘ってみたんだ、と笑うシンヤにミロカロスが怒る。

 

「なんで怒るんだ…」

「だって…!コイツ、シンヤのこと好きじゃん…!」

「お前がタモツと一緒に遊びに行く感覚と一緒だと思うが…」

「………じゃあ良いか!」

 

ふふん、と何故か自慢げな顔をミロカロスに向けられたゲンは眉を寄せる。

ミロカロスはタモツのことをなんとも思ってない、ただの友達。それと一緒ということはゲンも"ただの!友達"ということだ。

 

「シンヤ、その子はなんの、…いや、聞かない方が良いのか?」

「私のミロカロスだ、で、一応恋人でな」

「なに!?」

 

一応ってなんだ、と頬を膨らませるミロカロスをトゲキッスが宥める。

 

「というか、そもそもこの場に人間が私達しか居ないじゃないか…」

「うん、マスターが不在だからな」

 

波動で人間かそうじゃないかくらいは分かるゲンが前に居るピジョットを見つめる。

ニコリと笑ったピジョットがコーヒーを出した。それにゲンが笑顔でお礼を言う。

 

「ま、美味しいコーヒーが飲めるなら構わないけどね」

「私は紅茶の方が得意です」

「じゃあ、次に来た時は紅茶を注文するよ」

「ええ、是非」

 

談笑しながらお茶をして、途中、店に飾られていたシンヤのサインでゲンがお腹を抱えて笑った。

 

「私にも、サイン…っ、ください…!ぶふっ…!」

「絶対に書かない…っ」

「リオル、ぶどうやるよ。あーんしろ、あーん」

「がーう!」

 

*

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