一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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のんびりと過ごす休日、ブラッキーに急かされ渋々ブラッシングをしていた時だった。

扉を蹴り開けてミミロルが部屋に入って来る、足癖の悪い奴だと視線をやればミミロルが声をあげた。

 

「ミー!!!ミミー、ミミロォル!!」

「は?」

 

ジョーイさんが呼んでるとかそんな感じの事を言われた。

ブラッキーの頭を撫でてブラッシングを終わらせる。隣でブラッキーのブラッシングが終わるのを待っていたエーフィが立ち上がった。

 

「私じゃないと駄目なのか?」

「ミーミ」

「……」

 

休みなのに、と思いつつカバンを肩に掛ける。

ブラッキーとエーフィがついて来るのを確認してズイの育て屋へと出る。育て屋に居たトゲチックとミロカロスがカバンを持った私を見て近づいて来た。

 

「チョケチー」

「ポケモンセンターに行くだけだ」

「俺様も行くぅぅ……」

「勝手について来い」

 

前を飛び跳ねて歩くミミロルの後を追ってポケモンセンターに来れば待ってましたと言わんばかりにジョーイさんが私の腕を掴んだ。

 

「シンヤさん、ちょっと良いですか?」

「……」

 

いつも笑顔だが今日はなんだか胡散臭い笑みを向けられているような気がしてならない……、私が小さく頷けばジョーイさんの笑みが更に深くなる。

 

「実は最近ジョーイの間で話し合いがあったんです」

「へえ」

 

同じ顔のジョーイさんが沢山居るのは凄く不気味だったが特にその辺には触れず返事をする。

 

「ポケモンセンターを利用するのはトレーナーです。野生ポケモンは勿論利用するわけがありません」

「だから何なんだ?」

「そこでジョーイが集まって話し合ったんですよ。ずばり、野生ポケモンを専門に治療する医者が存在すれば良いんだって」

 

ね、と返事を促され小さく頷く。

私が頷いたのを確認してジョーイさんが話を続ける。

 

「野生ポケモンが人に懐く事は非常に稀で怪我をしたのを見つけても治療するのは極めて困難な事です。でも、もしも……、ポケモンに凄く懐かれる体質でそのうえポケモンの言葉が大体分かる……。なーんて人が居たら、実現出来ると思いません?」

「は?」

「主に野生ポケモンの治療を行う、ポケモンドクターという存在を」

 

私が眉間に皺を寄せればジョーイさんはニッコリと素晴らしく綺麗な笑顔を私に向けた。

 

「シンヤさんならきっとなれますよ、記憶力も抜群に良いし育て屋さんで働いているからポケモンの知識もある、それに私が教えた治療方法なども完璧にこなしていますしね」

「……図ったな、医療の知識は持っていて損は無いですよーなんて言ってやけに難しい事ばかり教えると思っていたら!!」

「フフフフフ」

「ジョ、ジョーイめ……」

 

恐ろしいぞこの女……!!まさか、ジョーイ達発案のポケモンドクター誕生計画が私を主に実行されていたとは!!私がいつ医者になりたいなんて言ったんだ!!

 

「さ、シンヤさん。そうと決まればドンドン勉強しましょう!!実践経験も必要ですしね!!」

「いつ決まった!!」

「今です」

「予想以上にふてぶてしいなジョーイ!!」

 

ズイのジョーイはえげつい。

きっと違う街では優しいジョーイがいるはずだ。優しいジョーイが世界に増えれば良いのに……と私は心の中で願いつつ無理やり腕を引かれ診察室へと連れて行かれる。

通りがかったラッキーに助けを求めると笑顔で受け流された。

悪魔だ。可愛い顔してやる事が酷いぞ……。

まあ、ラッキーの攻撃技は結構えげつい事するからな……。ジョーイとラッキーは似た者同士だ……。

 

「シンヤさん、私は厳しいですよ!!」

「それは知ってる」

 

*

 

仕事を終わらせ貰った木の実を持って帰宅する。

最初と比べると随分と元気になったスイクンが人の姿で木の実にフォークを突き刺した。

 

「シンヤが医者だと、確かに安心だと思う」

 

木の実を食べながら頷くスイクン、最近帰りが遅いと言われたのでポケモンドクターという、ジョーイに勝手に付けられた名称の仕事をさせられる事になったんだと説明した返事がこれだ。他人事だと思って言ってるなと思いつつ木の実の皮を剥いて種を取る。

一口サイズにしてスイクンの皿に木の実を追加した。

 

「シンヤは、優しいし……」

「ああ、私は怪我人と病人にはわりと優しいんだ」

「……」

 

ニコリと笑ったスイクンがまた木の実を口に入れる。何で男なんだお前、という言葉はまた飲み込んだ。

スイクンの皿にまた違う木の実を入れればその木の実は横から取られた。視線をやれば木の実が入っているのか片頬の膨らんだアグノムが口を動かしている。

 

「……」

 

頭を片手で鷲掴みにして持ち上げてやればアグノムは口を手で押さえた。そのまま片手に力を入れるとじたばたともがきだす。

 

「誰が食って良いと言った……」

< 出さない!!何をされてもこの口の中に入ったコレは出さない!!我、負けない!! >

 

必死に口を動かして口の中の木の実を飲み込んだらしいアグノムが得意気に口を開けて何も入ってないアピールをするものだから口の中に指を突っ込んでやった。

 

< ぅぐほぉお!!! >

「この木の実、小さくて剥くのめんどくさいんだぞ……」

< 我も木の実食べたかった…… >

「私が剥いたのは食うな、かじれ!!」

< なんだ食べて良かったのか、いただきまーす >

 

木の実を頬張るアグノムを見てスイクンが笑う。

次の木の実を剥き始めた時にコンコンと控えめにノックがされた。扉に視線をやれば「お邪魔します」と言って入って来たユクシー。

 

「ユクシー、お前の事は凄く好きだ」

< ふふ、我も好きですよ >

「だから、アグノム連れて帰ってくれ」

< またですか…… >

 

やれやれと言った様子でアグノムの隣に座ったユクシー。

スイクンが口の中に入った木の実を飲み込んでユクシーに話しかけた。

 

「シンヤが医者に、なるらしい」

< お医者様にですか >

「野生ポケモンを治療して回る旅をするって……」

< それは素晴らしいですね! >

「まて、勝手に話を膨らませるな!!何で私が治療の旅に出る事になってるんだ!!」

「野生ポケモン専門の医者、なんじゃないのか?」

「それはそうだが……」

「なら治療して回るんだろ?」

「何故そうなる!!」

「野生ポケモンは野生だから、医者の元に治療されに来るわけがない」

「……」

 

たまたま見つけたら治療するとかそんなんじゃ駄目なのか、駄目だろうな……。考えが甘かった。

 

< マジで?シンヤが医者とか世も末って奴じゃねぇの?だって超キョウボー >

「治してやる前提でボコボコにするぞ」

< イヤァアアア!!! >

 

アグノムが悲鳴をあげたのと同時にギラティナが部屋に入って来た。悲鳴をあげるアグノムを見て眉間に皺を寄せる。

 

「チビーズその2、うるせー」

< 待てやオイコラ、チビーズって我たちの事じゃねぇだろーなぁ!!!そんで何で我がその2だコラァア!!! >

 

うるさい自覚はあったのか……。

喚くアグノムを無視してギラティナが私の隣に座った。納得がいかないと怒るアグノムをなだめるユクシーに心の中でエールを送る。

 

「いつ旅に出んの?」

「は?」

「旅に出るんだろ?」

「誰が」

「お前、アナタ、ユーだよ、シンヤサン」

「はぁ?」

 

あれ?と言って首を傾げたギラティナ。

誰がいつ旅に出るなんて言った。一言も言った覚えなんて無いぞ。そして旅に出る気も無いぞ。

 

「でも、外界でほらお前のオトウトとイモウトが喚いていたし、オカアサン?とかいうのも旅支度してたぜ?」

「はぁ!?」

「ああ、まだ旅に出ないって事か」

「いや、出るとも言ってない!!」

 

おのれ、ジョーイ!!!私の居ぬ間に話を勝手に進めているな!!

ソファの上に置いていたカバンを引っ掴んで部屋から出る……、前に……。

 

「スイクン、木の実を食べ終わったら薬を飲んで寝てろ。もうそろそろポケモンセンターに戻ってるラッキーも帰って来るだろうしな」

「分かった」

 

スイクンが頷いたのを見てから外に出る。育て屋に出ればトゲチックがハシャぎながら近づいて来た。

なんだ、と聞こうとすれば後方から思いっきり体当たりをされ思わず前によろける。視線をやれば涙目のミロカロス……。

 

「俺様の事、置いて行かないよなぁ……?」

「何を言っているのか分からん。今はそれどころじゃないんだ、離れろ」

「重要な事だろ!!旅に出るなら出るって前もって教えてくれるもんだろ!!何だよっ、また置いて行くつもりだったから言わなかったのか!?」

「旅に出ないのに出るという事になってるこの状況をどうにかしたいんだ!!さっさと、は・な・れ・ろ!!!」

「旅、出ねぇの?」

 

首を傾げたミロカロスを無視してポケモンセンターへと走る。

自動ドアのポケモンセンターの出入り口が開けばそこには悪魔のジョーイが居る、はずだった……。

 

「おお、シンヤくん!!久しぶりじゃな!!」

「オーキド博士!?」

 

ジョーイの隣には上機嫌なオーキド博士の姿が……。

呆ける私の肩に手を置いたオーキド博士が笑って言う。

 

「野生ポケモンの為に医者になる決意をして、尚且つすぐにでも旅に出て怪我をして困っているであろうポケモン達の治療をして回りたいとは……、感動じゃ!!素晴らしいぞシンヤくん!!!」

「!?!?」

「そうなんです、オーキド博士!シンヤさんのポケモンドクターへの熱意といったらそりゃもう一日で医学書を完璧に記憶してしまうくらい凄まじいものだったんですもの!!」

 

脳みそに刻み込みなさい、って笑顔で強要したのはジョーイ!!お前だ!!

 

「それに毎日遅くまで勉強して私の分の仕事まで経験を得る為にやりたい……って率先してやってくれるんです!!」

 

実践経験は必要です、なんて言って帰りたい私を引き止めてやらせたくせに!!!

 

「隣で見ていて思うんですよ……、シンヤさんはもう治療を全て安心して任せられるくらい、腕のある素晴らしいドクターなんだって!!」

 

隣で見てた事ないだろ!!!

夕食時なら勝手に晩ご飯を食べに行くし、深夜の残業になったら眠たいから寝ますね、お先ですって先に寝る女が何をほざく!!!

 

「おお!!そうなのか!!わしも協力を惜しまんぞ!!シンヤくん、キミには期待している!!頑張りたまえ!!」

「シンヤさん!!光栄な事ですね!!オーキド博士がわざわざ激励に来て下さるなんて!!私達ジョーイも各地域で応援しますよ!!」

 

ニコニコと笑うオーキド博士に「ありがとうございます」とお礼を言って、ジョーイに向き直り、睨み付けながら礼を言った。お前、許さん。

 

「そんなお礼なんて良いんですよ。同じ命を救う立場として当然の事ですから」

 

腹据えて行って来いや。と笑顔で言われてる気がする。

完璧に嵌められた……、やられた、負けた、もう逃げられない……。オーキド博士に太鼓判を押されてしまっては何を言ってももう無駄だ。

なんて策略的な女なんだ、ジョーイ貴様……。

 

「……、一生恨んでやる」

「ん?何と言ったかね?」

「一生懸命頑張ります、だそうです!」

「うんうん、良い心掛けじゃな!!」

 

*


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