「お兄ちゃんは本当に…もぉ~…」
「ま、兄ちゃんじゃしょうがねぇよ」
連絡を取り合ったわけではないが、ポケモンセンターで会った双子の兄妹は雑誌を広げて苦笑いを浮かべる。
「ノリコ、最近どうなんだよ」
「え~、まあ前よりは良い感じよ?」
目を泳がせながら言ったノリコ。
「フィーさん付き合わせといて成果無しとかなぁ…」
「こ、これから!これからだから!」
「フィーさんかなりキレてるらしいけどな」
「え、嘘!?」
「ツキさん情報だけど、お前のセンスが無さすぎるって愚痴ってるらしい。ノリコ、ちょっとフィーさんに全部任せた方が良いんじゃねぇの?」
「えぇー…、まあ、その技の演出がおかしいとか考えてる事の意味が分からないとか、ドレスの趣味が悪いとは散々言われてるけど…」
「直接言われてんのかよっ」
愚痴じゃねぇじゃん、ツキさんへの報告じゃん。とカズキは溜息を吐く。
でも、譲れないもん~と口を尖らせたノリコを見てカズキは眉を寄せる。
「お前、元から嫌われてんのにそんなワガママばっか言ってたら更に嫌われるぞ。つーか、嫌ってる相手のワガママを受け入れるってそもそも有り得なくね?もうフィーさん限界だろ」
「いや、そこまで嫌われてないよ!なんだかんだ言っても付き合ってくれてるもん!」
「兄ちゃんの命令だからだろ…」
「……」
「………フィーさんの言う通りにした方が良いって」
「うう…、だって~」
頑固な妹だ。カズキは眉間に皺を寄せて考える。
「オレさ、女のワガママを聞いてやるのは男らしいことだと思うわけよ」
「…はあ?急になに?」
「女のワガママを聞いてやれる男らしさが男には必要だと思うけど、この女のワガママを聞いてやりたいなと男に思わせる女の努力も必要だと思うわけ」
「……」
「素直で可愛い女の言うたまにのワガママとかさ、なんでも叶えてやろうって思うのが男じゃん?でも、毎回毎回、可愛げもなくワガママばっか言う女なんて女として見れないし、ムカつくし鬱陶しいし、一緒になんて居たくないと思うんだよな。オレは」
「………」
「ノリコ、お前自分で自分のこと考えてみてさ。自分で可愛げのある女だと思う?」
「………いや、ちょっと、小憎たらしい感じは…」
「ちょっと…?」
「…………」
ぐぅ、と頭を抱えたノリコを見てカズキは満足げに笑った。
カズキは思っていたのだ。
自分が一番!ってプライドを持つのはコーディネーターには必要だと思うが、度が過ぎると可愛げがない。
フィーさんの理想が兄ちゃんじゃ、ハードルももともと凄く高い、ノリコはもっとフィーさんに媚びていかないと絶対に見捨てられる、と。
「でもさでもさ!のんを認めて欲しいのにさ!全部おまかせじゃ意味なくない!?」
「…オレは、アナタ色に染まります!とか言って健気に頑張ってる姿見る方がグッと来るけどな」
「そういう手もあったか…!」
「つーか、ポケモンって基本そういう習性みたいなのあるじゃん?健気っつーか、期待に応えようと努力する生き物だから。お前、指導してもらう側なんだし立場逆転させた方が良いよ」
「のんがポケモン側!?」
「だって、自分で育てたポケモンを嫌いになる奴なんていねぇじゃん」
「お、おお…っ!」
カズくん頭良い…!と目を輝かせるノリコ。
オレの妹、ちょっと頭悪いな。とカズキは苦笑いを浮かべた。
「よーし!頑張るー!」
まあ、馬鹿な子ほど可愛いって言うし、育てたら愛着持ってくれるかも…。
そんな風に思いつつカズキは雑誌をめくった。
「っていうか、カズくんこそ順調?」
「オレ……、ポケモン育てんのは得意なんだけどなぁ!」
涙目でそう言ったカズキを見てノリコは「ああ」と声をもらした。
ポケモンマスターへの道は険しいようだ。
*
「ほら、わしらも年じゃろ?だから、シンヤちゃんが引き継いでくれんかと思ってな~」
「……」
うんうん、と頷くばば様。な~?と念を押してくるじじ様。
子供の頃からの付き合いである育て屋のじじ様とばば様。そりゃ二人には世話になった、ヒンバスを引き取った時とは世界が違うが…トレーナーのシンヤがトレーナーとして活躍する前からの付き合いなのである。
私は、育て屋、やりたくない。
本音はそれだったがそうキッパリ言ってしまうには申し訳ないほど、この老夫婦には世話になっているのだ。特にトレーナーのシンヤが。
「シンヤちゃんなら安心して任せられるからの~」
「じじ様…、申し出は凄く嬉しいが…私も何かと忙しくて、育て屋にずっと居られるわけじゃないんだ」
そもそもポケモン育てるの向いてないし。
私の中でブリーダーのシンヤが「え!?」と驚きの声を出していた気がしたが、無視した。
私はそもそも放任だし、トレーナーはスパルタ思考で可愛がらないし、コーディネーターは美しさ優先だし。ブリーダーは可愛がりはするがそれでレベルを上げられるかというと無理。育て屋をやるには向いてない。
「そうか~…なら仕方がない。わしらも年が年じゃから、潔く店をたたむか…」
ここの育て屋が無くなったらトレーナー連中が困るんじゃないだろうか…。
まあ、他の街に育て屋が無いわけじゃないけど…。
「面倒見の良いやつに育て屋をやってみないか聞いてみる」
「シンヤちゃん推薦なら誰でもオッケーじゃぞ!」
「待ってるわねぇ」
*
そして、家に帰って来たシンヤは"面倒見の良いやつ"を手招きで呼ぶ。
ちょっとちょっと、と手を振れば素直に寄って来る良い子。
「なんですか?」
「トゲキッス、お前、育て屋で働かないか?」
「え?」
「じじ様とばば様が後継者を探しててな、私に声が掛かったんだが私はそもそも向いてないし断ったんだが。面倒見の良いお前がやってみたいならどうかと思って」
「そ、それは俺が育て屋のこと全部任されるってことですよね!?育て屋の手伝いなら何度か行ってますけど…、俺、一人で出来るでしょうか…」
何度か手伝いに行ってたのか。知らなかった。
まあ、ボランティア活動もしてるトゲキッスは顔が広いから、知り合いかもしれないとは予想してたが…。
「お前なら大丈夫だと思うがな」
「シンヤにそう言ってもらえるのは凄く嬉しいですけど、やっぱり不安です…!」
「人の姿になって働けそうな奴を何処からか引っ張って来るか、知り合いで誰か誘ってみるか…。ああ、ヤマトなんてどうだ?アイツ、レンジャー向いてないし」
苦笑いを浮かべたトゲキッス。
ヤマトはやっぱり怒るか…。アイツ、下手なりにレンジャーの仕事が好きらしいからな。
「で、どうする?お前がやるなら、相棒はどうにかして用意してくるぞ」
いざとなったら暇している伝説ポケモン連中を引っ張って来るし。と心の中で付け足した。湖でフラフラしてるのなんてすぐ捕まる。
「俺、出来ますか…?」
「出来ない奴には言わない」
照れたによう笑ったトゲキッスが頷いた。
「やりたいです!」
*
「というわけで、お前、レンジャー辞めて育て屋やらないか?」
<「凄く良い話だけど!僕、ポケモンレンジャーになるの凄く苦労したんだからね!?定年まで辞めないよ僕は!」>
やっぱり駄目か。
でも、育て屋も良いよねぇ。と少し心が揺れているらしいヤマトが画面の向こうで腕を組んだ。
<「キッスくんの他に手が空いてそうな子は居ないの?」>
「んー…、色々とやりたいことやってるからなぁ。最近は家に居ないことが多いし」
<「ミロちゃんずっと居るじゃん」>
「あれは私用だから」
<「ああ…、シンヤの都合ね。はいはい…」>
最近、コーヒーメーカーの使い方を覚えてくれたからコーヒーがまあまあ美味しくなった。と言えば、どうでも良いと笑顔で返された。
<「うーん、でもシンヤの所の子達はほんとに独立して行くよね。さすが出来た子達…。あ、でもほら、フィーくんとツキくん居るじゃん!」>
「エーフィはノリコに付き合っててほとんど居ないぞ。たまに帰って来るくらいだ」
<「あー…そういえばそんな事をカズキくんが言ってたな…。じゃあ、ツキくんは?」>
「…ブラッキーも面倒見が良いからな、向いてないことは無いが…、良いのか?」
<「………いや、……あんまり」>
「私はわりと親友のことも考えてやってるんだからな」
<「……すみません」>
画面の向こうで俯いたヤマト。
落ち込むくらいなら何処へなりとも誘えば良いのに、ヘタレか。
<「あ…!そういえば!」>
「なんだ」
<「カズキくん、ポケモン育てるの上手だよ!僕のユキメノコのレベルも上げてくれたんだ~♪」>
「カズキ…?でも、アイツは……。いや、聞いてみるか…」
<「カズキくんっていつポケモンリーグ挑戦するのかな?応援行く時はミッション外してもらわないとだし…」>
「……アイツ、ジム戦でいまだに苦戦してるんだ…」
<「…え!?」>
カズキのポケモン達は決して弱くないのにな…。育て方も悪くないんだけどな…。
<「でも、カズキくんのポケモン達って強いでしょ?なんで勝てないの?」>
「熱く、なりすぎるんだそうだ…。途中から冷静さを失って勢いで突っ切ろうとする」
<「…わあ~」>
「カズキの途中からのめちゃくちゃな指示で押し通せるくらいポケモンのレベルが高かったら、ジム制覇くらいなら出来るんじゃないかと…思ってる」
<「………」>
興奮すると暴走するのは…、母さん似かな…。
普段はそんなこと無いんだけどな、細かいことも気にしないし、気さくな奴で父さん似だと思ってるんだが…。
「母親が結構、破天荒なのが原因だろうか…」
<「…カナコさん、色んな意味で大物だもんね。シンヤもそっくりだと思うよ」>
「母親の遺伝子が強すぎる」
*
「カズキくーん!」
「ヤマトさん、ちーっす!」
ミッション終わりに会う約束してるから一緒に行こうよ、とヤマトに誘われてヨスガのふれあい広場へとやって来た。
「あれ?兄ちゃんも一緒に来たの?」
「ああ」
何その帽子とメガネ?と首を傾げたカズキを無視する。
うるさい、そっとしておけ、今、雑誌で変な特集されてるんだ…!
「で、お前達なんで待ち合わせなんかしてたんだ?」
「カズキくんがタマゴ孵したって言ってたから見せてもらいに」
「じゃじゃーん!キノココだぜ!」
どうだ!と見せて来たカズキに「ああ、キノココだな」と返事を返す。他に返す言葉なんて無い。
「なんかオレのキノガッサがいつの間にか持ってた」
「へー!そういう事ってあるんだぁ!」
いや、無いだろ。
いまだに謎の多いポケモンのタマゴ、人目の無い自然に近い環境で稀に見つかるとしか聞いた事がない。
トレーナーの身近で発見されるなんて珍しいだろ…!しかも孵化させてるし…!
「ツバキに言おうかなぁと思ってたんだけど、暫く経ったら孵ってたっていうね」
可愛いなー!キノココ可愛いー!と言いながらキノココに頬ずりしたヤマトがなんか痺れてたが放って置いた。
「カズキ、今日はお前に相談があってな」
「…特性は胞子か…、え?相談?なに?」
「実は育て屋のじじ様ばば様に育て屋の引き継ぎを頼まれてな。うちのキッスに一任したいと思ってるんだが、一人だと不安らしくて一緒に育て屋をやってくれる奴を探してるんだ。
カズキ、お前、育て屋やらないか?」
「ええええ!?オレ!?」
「うちのキッスは優秀だから経営云々は任せて大丈夫だ、お前は育てる担当で、どうだ?」
「どうだって言われても、いや…育てるのは好きだけどさ~…。オレにはポケモンマスターになる夢が……」
ううーん…!と考え込むカズキ。
まあ、私はお前が夢を諦めるつもりが無いから嫌だと言うのなら諦めるぞ。お前なら叶えられるとは言えないから黙ってるけど。
「はあ、やっと痺れとれた…!」
「毒じゃなくて良かったな」
「…助けてくれないんだもんなぁ…」
「自業自得だ」
フンとシンヤがそっぽを向いた時、カズキがシンヤの腕を掴んだ。
ほったらかしにされていたカズキはシンヤを睨む。
「兄ちゃん!なんかもっと言ってくれない!?」
「決めるのはお前だろ」
「なんか言ってくれないとこう!オレの気持ちが!なんかスッキリしない!決め手になるような言葉を!くれ!」
「えー…、決め手になるような言葉…」
「うん」
カズキの言葉にシンヤが考える。
少し考えたシンヤはカズキの目を見つめ口を開いた。
「カズキ、トレーナーの傍でタマゴが発見されるなんて稀なことだ。お前のポケモン達を見ればお前が愛情を持って接し育てていることも分かる。お前にはポケモンを育てる才能がある」
「…!」
「お前が育て屋として働くことになればキッスも頼もしく思うだろうし。お前は優しい子だから、元々ポケモン達にも好かれる。必ず良い育て屋になると私は確信してる」
「兄ちゃん…!」
兄からの言葉にカズキは目に涙を溜めた。
まさかそこまで言ってくれるなんて…!と、感激したカズキの方をポンとシンヤが叩く。
「カズキ…」
「…!」
「お前、ポケモントレーナー向いてないからもう辞めろ」
「うわあああああ!!!!」
「まさかそこまで言うとは思わなかったよ!?可愛い弟になんて事を!シンヤの鬼!!」
「決め手になるような言葉を言ったんだ」
「決め手過ぎるからっ!!!」
いや、言うつもりは無かったけど、言ってくれって言うから…。
不満げなシンヤにヤマトが怒る。
その場でガクリと膝をついて蹲ったカズキは深い溜息を吐いた。
「(とうとう言われた…)」
「シンヤー!カズキくんに何か!何か言ってあげて!」
「…え、……バトルが下手過ぎる」
「お口チャックしなさい!!!」
「お前が言えって…」
「お口チャーック!!!」
その日、シンヤは可愛い弟の夢を木っ端微塵にしたのだった。
「ごめんな、カズキ…。素直に言ってしまって…」
「シンヤ…!謝ってないよそれ…!」
*