一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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「ごりごり~♪」

「良い香りだな」

「良い香り~♪」

 

それで淹れたコーヒーが美味しいかは置いといて、と心の中で思いつつシンヤは本のページを捲った。

マスターの所からミルを貰って来たらしい、ミロカロスがご機嫌に豆を挽いている音に混ざって、電話が鳴る音。

 

「…電話か」

 

ヤマトかツバキかな、と思いつつ出たシンヤは映った顔にツバキか。と小さく息を吐いた。

 

「どうした?」

<「すぐ来てシンヤさぁぁあん!!!」>

「は?」

<「ミミローくんが瀕死!今、ポケモンセンターで治療中だけど!ちょっとヤバイ子が居て!ヤバイの!」>

 

ヤバイ子が居てヤバイ、って言葉的にもヤバくないか?と思いつつ、もシンヤは頷いて出掛ける為にカバンを肩に掛けた。

 

「出掛けるから、留守番しててくれ」

「えぇ~!!!なんで!?」

「ギラティナが出掛けてるみたいだから」

「最近、ツーとその辺遊びに行ってるよなー」

「留守番、任せたぞ。誰か帰って来たら急患で出掛けたって伝えてくれ」

「はぁい」

「ちゃんと豆、挽いとけよ」

「はーい♪」

 

*

 

まあ、お手伝いに来てくれたの?と反転世界を出てすぐにジョーイに捕まったシンヤはげんなりしつつ、ツバキの場所を聞く。

 

「ツバキ博士ならソファの所に居るわよ、ミミローくんはまだ治療中」

「なら、ミミローの方を頼んだ」

「ええ、任せて」

 

ソファに座るツバキの向かいにフレンドリィショップのエプロンを付けた店員が座っている。

 

「ツバキ、何があった」

「シンヤさぁん…!実はぁ!」

 

色々とあってぇ、と半泣きで話すツバキとショップ店員のリョウスケが自分の事情もシンヤに説明する。

 

「格闘タイプだって分かってたんだからカイリューも一緒に行かせておけば良かったのに、あたしの馬鹿ぁ!!」

「つまり、トレーナーに暴力をふるってしまうルカリオに話をしに行ったら、話も出来ぬまに攻撃されて潰された、と」

「そう」

「ミミローがルカリオを逆上させるような事を言ったんじゃないのか?」

「んー…?いや、ルカリオは特に返事をしなかったから、ミミローくんがルカリオが思ってるかもしれない候補を何個か上げてる途中で攻撃されちゃった感じ」

「候補って?」

「えーっと、元々のポケモン交換に不服だったのか。バトルをしない生活にストレスが溜まっているのか。トレーナーから嫌な事をされ、訴えたが気付いてもらえない苛立ちがあるのか。トレーナーが嫌いで解放されたいのか、の四つまで言ったらドーンと、はどうだんが飛んで来たね」

「……、リョウスケさん」

「は、はい!」

「ルカリオと話をしようとして、尋ねた事もある。と言っていた所で何を尋ねたんですか?」

「ぇっと、俺に何を求めてるんだ、って…」

「それを聞くとルカリオはどういう態度をとりましたか?」

「呻って、俺を睨みつけて、泣く事もありました…。その意味が分からなくて、どうしたら良いか迷ってたら、いつも飛び掛かってきたり、噛みついてきたり、それの繰り返し、ですかね…」

 

俯いたリョウスケを見てシンヤはなるほど、と呟いた。

 

「ルカリオが何を求めてるのか、私には分かりますよ」

「な、なんですか!?」

「愛情です」

「それ、は、ありますよ?俺、ルカリオの事、凄く大事にしよう、と思ってて…」

「思ってて…?」

「で、でも、ルカリオが、お客さんのポケモンに攻撃しかけたり、暴れたりするから…!」

「暴れたりするから、愛情を持って接してなかったかもしれない?」

「………」

「ルカリオが人の姿になったのを見た、と仰ってましたね」

「はい…」

「人の姿になれる子がその姿にならない今の状況をどう思いますか?」

「…どういう事ですか…?」

「人の姿になれば、貴方と話が出来るのにあえてその手段をとろうとしてないんですよ。ルカリオは」

「なんで、ですか…?」

「愛情を向けてくれないトレーナーと話をするのが怖いから」

「……話さえ、してくれれば、俺だって向き合えるのに…」

「なら、人の姿になって自分と話をして欲しいと何故言わない」

「…っ!?」

「一方的に何を求めてるんだと問い詰めても、ルカリオは自分の求めたものが手に入らないんだと分かってる。怯えて暴れるルカリオにかけてやるべき言葉が何なのかトレーナーのお前が考えろ」

「でも、それが分からないから…!俺はツバキ博士に手紙を出したんですよ!?」

「助けてほしい、って?」

「そうです!」

「それはルカリオも思ってるだろ」

「……」

 

ギリ、と奥歯を噛み締めて、拳を握ったリョウスケがドンとテーブルを叩いた。

シンヤの隣に座っていたツバキがビクリと肩を揺らす。

 

「全然分からない!!!アンタが何を言ってるのかも理解出来ない!俺は平和にポケモンとのんびり暮らしたかったのに!ルカリオがお客さんのポケモンに急に攻撃をしかけたんだ!急にだぞ!?そんなの理解出来るわけない!!

暴れないでくれ、って頼んでもアイツは暴れるし!!!俺にどうして欲しいのか聞いても暴れるし!!それ以上どうすれば良い!?

なあ!!!アンタなら!!どうするんだよ!?!?」

 

声を荒げ問いかけたリョウスケの言葉にシンヤは頷いた。

 

「私も色々と間違った選択をしてきたから、トレーナーのお前が悪いとは言えない。自分のポケモンが癇癪を起して暴れた事もある、その時は叱って反省させたし、癇癪を起こさせてしまった原因を作った私も悪かったから謝った事もある。

その癇癪を起して暴れたポケモンは色々あって人伝で私の手元に来たポケモンだ。ソイツはいつだって自分の代わりが居ると思ってる、私の手元に居るポケモンは自分じゃなくても大丈夫だと思ってるから不安で、その不安を伝えきれない事で抑えきれずに暴れる」

「……」

「うちの癇癪持ちも泣き虫でな。よく泣いてたよ。今も私に近付き過ぎる奴が居ると怒りはするが、暴れたりはしなくなった。何故か分かるか?」

「……」

「私が必要としている事がちゃんと伝わったからだ。代わりは居ないし、他と比べる事もしない、お前だから必要だと。私は他にもたくさんのポケモンを所持してるが分け隔てなく一個人として向き合ってきたつもりだ」

「……」

「だから、私から伝えるなら、そうだな…リョウスケさんにルカリオと向き合って欲しい。

今のリョウスケさんの気持ちだと、他の人のポケモンはこんな事はしない、どのルカリオでもこんな事はしない、前まで居たフシギダネはこうじゃなかった…。そんな感じじゃないか?」

「……、」

 

シンヤにそう問いかけられてリョウスケは小さく頷いた。

その通りだと、リョウスケは心の中で思った。何故、このルカリオだけこんな異常な行動をするのか恐怖すら抱いていた。

 

「向き合う、って言われても、どうすれば良いのか分からないです…。シンヤさんなら、シンヤさんならアイツの事を落ち着かせられるんじゃないですか…?先に、シンヤさんから…」

「駄目だ」

「な、なんで…!?」

「ルカリオが向き合いたいのは私じゃない、分かるだろ」

「……」

「怖がらなくて良い、向き合おうとしてる相手も同じくらい恐怖を抱いて向き合ってくれる。頑張れ」

 

ポン、と肩を叩かれたリョウスケはシンヤを見上げる。

そのまま腕を引かれて強引に立たされる。

 

「いってらっしゃい」

「………ぃってきます…」

 

ポケモンセンターを出て行ったリョウスケを見送ったシンヤとツバキ。

不安げにシンヤを見上げたツバキは、ねぇ、とシンヤの腕を突いた。

 

「大丈夫なの?容赦なく"はどうだん"ぶっ放してくるルカリオだよ?」

「大丈夫だろ」

「えぇぇぇぇ!?テキトー!?」

「死なない死なない」

「そういう問題じゃねーし!」

 

さて、ミミロップの様子を見に行くか~、とシンヤがのんびりと歩き始めるのを見てツバキが、はぁ!?と不満気に声をもらした。

 

*

 

ルカリオと向き合う。

自分の家へと帰って来たリョウスケは家のドアを開ける事を躊躇っていた。

本当に話し合う事が出来るのか…、ミミロー先生の時みたいに攻撃されてしまんじゃないのか…。

震える手でドアノブを掴み、目を瞑る。

 

――頑張れ

 

叩かれた肩を思い出し、リョウスケはドアを開けた。

部屋は酷く散乱していた。はどうだんを部屋で放ったのだから当然だろう。

ルカリオは…?と視線を動かせば、ルカリオは部屋の隅でこちらに背を向けて座り込んでいた。

 

「……、」

 

声が上手く出なかった。

静かに息を吐いてリョウスケは縮こまる背中に声を掛ける。

 

「ルカ、リオ…」

「…」

「…ごめん、な」

「…、」

 

ぴく、とルカリオの背が動くのを見てリョウスケは言葉を続ける。

 

「俺、お前がどう思ってるのかとか分かんなくてさ…、さっき来た人達に相談したんだ…」

「…」

「それで、さっき…俺、怒られたんだ…。なんでルカリオと向き合ってあげないんだ。って」

 

ぴく、とルカリオの耳が動く。

リョウスケはルカリオの後ろに座り、その背に震える右手を添えた。

 

「…っ!」

「ルカリオ、お前が人の姿になれるなら、俺にお前と話をするチャンスをください。俺はお前の気持ちをちゃんと聞いて、受け止めたい」

 

これが俺の精一杯。

俯くリョウスケの右手に触れていた毛の感触が洋服の質感へと変わった事に、リョウスケは慌てて顔をあげた。

人の姿。青色の髪を揺らして、ルカリオが振り向いた。真っ赤な瞳が涙で揺れながらリョウスケを見つめる。

 

「リョースケ…、僕を、嫌いにならないで…っ」

「…ッ!!」

 

ぼろぼろ、と涙が零れた目はいつもリョウスケを見つめる悲しげな目だった。

 

「ルカリオ…」

「僕、リョースケに好きになってほしかった…っ、他のどんなポケモンよりっ、僕だけが好きって言って欲しかった…っ、僕、リョースケの、ポケモンに、なれない、の…?僕じゃ…、ダメ、なの…っ?」

「……っ!!!ダメじゃない、…っ、ダメなんかじゃねぇよ…!!!気付いてやれなくてごめんな…!そうだよな…っ、俺、お前に一回も言ってなかった…!!」

 

手元に来た時、ボールから出して、ペコリと小さくお辞儀をしたルカリオの頭を撫でた。

店の手伝いをするルカリオ、くっついてくるルカリオに、俺は…。俺は…っ!

 

「俺の、俺だけのポケモンになってくれて、ありがとなっ、ルカリオ…!不安にさせてごめんな…っ!手伝いしてくれたのもっ、甘えてくれたのもっ、嬉しかったよ…!!

俺、お前の事、他のどんなポケモンより、大好きだよ…!!!」

 

ぎゅっと抱きしめられたルカリオはポロポロと涙を零して笑った。

やっと、やっと、僕に首輪を付けてくれた。

 

「僕、ちゃんと、リョースケの、ポケモン…?」

「ああ…、俺のポケモンだ…!」

 

*

 

治療を終えたミミロップがソファに座り、がっくりと肩を落とす。

 

「どうした、しょぼくれて」

「ワタシ、一人でももっとちゃんと仕事出来ると思ってた…」

「ちゃんと出来てるじゃないか」

「はどうだん、食らって瀕死になっただけだし…」

「まあ、今日は仕方ない」

 

相性も悪かった。と言ってコーヒーを啜ったシンヤを見てミミロップは溜息を吐く。

相性以前の問題だった。とミミロップは心の中で呟く。

回復して起きてみれば、自分の主人に顔を覗き込まれ頭を撫でられるとは思いもしなかった。しかも、ツバキから話を聞けば「シンヤさんがリョウスケさんを叱って、リョウスケさん自身に話し合いに行かせちゃったの!」と言われる始末。

まさかのルカリオはノータッチ…。ワタシはトレーナーに質問なんて特にしなかった。暴れるルカリオに問題があると決めつけて、火に油を注いだだけだった。

 

「ミミローくん、そんな落ち込まなくても良いよ!シンヤさんはリョウスケさんにお前が行って来い!って言って行かせちゃったけど、どうせ解決しないよ!リョウスケさん、絶対に戻って来るから!!」

「……」

「お。本当に戻って来たな」

「ほーら!見たことか!」

 

シンヤの視線の先にはエプロンを外したリョウスケが立っていた。

やっぱりな!と立ち上がったツバキにリョウスケは照れたように笑い、頭を下げた。

 

「お騒がせしました…!」

「……うそん…」

 

リョウスケの後ろに立っていた男も自身の青色の髪の毛を揺らして頭を下げる。

 

「攻撃して、ごめんなさい…」

「ちゃんと謝れる良い子じゃないか」

「シンヤさんの言う通り向き合って話してみたら、俺が、ちゃんとルカリオに言葉で伝えてなかった事がいっぱいあって…。ルカリオを不安にさせてしまってたのが原因でした」

 

本当にすみませんでした!と頭を下げたリョウスケに合わせて、ルカリオも頭を下げる。

お世話になりました。本当にありがとうございました。と何度も頭を下げてポケモンセンターを後にしたリョウスケを見送ったツバキは静かにソファに座った。

 

「………、まあ、ああいうのはシンヤさんくらい上級者じゃないと分からないもんだよね!」

 

ツバキの言葉にミミロップが更に落ち込む。

カップをテーブルに置いたシンヤがカバンを肩に掛ける。

 

「さて、一仕事終えたし、帰って不味いコーヒーでも飲むか」

「え?なんで不味いの?」

 

フ、と小さく笑ったシンヤを見てツバキが眉を寄せる。

 

「っていうか、シンヤさん、コーヒー飲みすぎじゃない?」

「コーヒーだけで生きていける」

「中毒で死ぬよ?」

「ディアルガの加護で生きてるから問題無い」

「健康に気を遣わなくて良い生活で生きられるって羨ましいわ~」

 

羨め羨め、と笑ったシンヤは落ち込むミミロップの頭を撫でて、ひらりと手を振った。

 

「次からは人間の話も親身になって聞ければ尚良しだ。頑張れ」

 

反転世界の出入り口である鏡の中へ消えて行ったシンヤを見送ってツバキは眉間に皺を寄せる。

 

「人間の話も親身にって…シンヤさんも親身に聞いてくれない時あるじゃん!!あたしとか!あたしとか!あたし!」

「……相手によるだろ」

 

ボソリと呟いたミミロップのツッコミに「どゆこと!?」とツバキの叫び声が響いた。

 

*

 

おかえりなさい!と笑顔で迎えられたシンヤは引き攣った笑みを返す。

差し出された、真っ黒の液体を受け取って、お礼を言う。

 

「シンヤ、それやめとけ…」

 

震えるギラティナがシンヤに手を伸ばすがシンヤは覚悟を決めたように目を瞑った。

テーブルの上にすでに置いてある真っ黒の液体の入ったカップは飲みかけのもので、それを飲んだであろうミュウツーがソファに突っ伏して動かない。

全てを察した。

察したが、これで死ぬわけでもない…、愛情たっぷりの"液体"をここで飲まない選択は無かった。

カップを傾けたら、何故か時間差で唇に当たったソレは…、

……ほぼ、泥状。

 

「…、げぇ」

「うわああああ!!!シンヤが吐いたー!!!」

「シンヤー!!だからやめとけって言ったのにぃいいい!!!!」

 

不味くても良いから…、せめて飲みやすい、液体にして欲しかった…。

 

*

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