「フィーさん!フィーさんってば!」
オーイ、とノリコに呼ばれてハッとエーフィが顔を上げた。
コンテスト衣装を身に纏ったノリコがキュウコンをブラッシングしつつエーフィの顔を覗き込む。
「どうしたんですか?」
「いえ、なんでもありませんよ」
「のんの二つ目のリボンが掛かってるんだからしっかり応援して下さいよね!」
「ええ、分かってますよ」
ニコリと笑ったエーフィにノリコが微笑み返す。
頑張ろうね、キュウコン!と柔らかな毛皮に顔を埋めたノリコをエーフィはぼんやりと眺めた。
*
沢山のカメラ、沢山の人間、眩しいライトに照らされてもミミロップは笑顔を崩さない。
ポケモンドクターとして、そして人間の治療も可能なドクターとしてミミロップはインタビューに来た女子アナウンサーにニコリと笑って答える。
「ミミロー先生はポケモンも人間も治療出来る素晴らしい腕をお持ちという事で、現在も指導希望者が続出しているそうですね!」
「ありがとうございます。とても光栄であり恐縮です」
「どちらも治療出来るという事ですが、ミミロー先生が治療を施す専門は主にポケモンというのは事実ですか?」
「ええ、その通りです。人間の治療を出来る者は数多く居ます、病院もたくさんありますし、ワタシが人間を治療出来るのはあくまで多くの命を救いたい為に修得したものに過ぎません。
専門である、ポケモンドクターという職種はポケモンセンターに来る事が出来ない野生ポケモンを主に対象にし治療を行っているものですので、基本的に一か所に留まって治療をするという事は無い存在です」
「野生ポケモンの治療という事ですが、不躾な質問になってしまうのは承知でお聞きします。野生ポケモンを治療してミミロー先生にメリットはあるのでしょうか?
野生ポケモンは感謝の気持ちも持たないでしょうし、収入を得る事も出来ません。
その治療は自ら出向いてまで本当に必要であるのか、そういうご意見にはどう思いますか?」
「そうですね。確かに野生ポケモンと向き合うという事は簡単な事ではありませんし、野生ポケモンが報酬を与えてくれるわけもありません。
ですが考えてみて下さい。自然災害で起きて怪我をした時、野生ポケモンは自己治癒でしか回復手段を持ちません。
ポケモントレーナーとのバトルで傷付き逃げ出したポケモンもです。
そして、現在では密猟や心無い人間からの暴力で傷付くポケモンも少なくありません。
トレーナー、コーディネーター、ブリーダー。全ての者達がポケモンを大事に思っているとは思いますが、現状、傷付き苦しむ野生ポケモンに手を差し伸べられる人間はとても少ないです。
共存すべき存在がそこで見捨てられても良い、と思う人間が多いのなら、ワタシはとても悲しく思います。
もし、ワタシのように野生ポケモンに歩み寄ろうと考える人間が増えれば、野生であろうともポケモン達に気持ちは伝わると思いませんか?
人間が敵意を持って近付かなければポケモンも鋭い爪も牙も人間に向ける必要が無くなる、そうは思いませんか?
人間に治療を必要とする者が居るように、ポケモンも傷付き苦しめば治療を必要とします。
ワタシはそういう野生ポケモン達を一匹でも多く救いたいと思っています」
「自分達を救ってくれる人間が増えれば、野生ポケモンであれども人間に感謝の気持ちを抱く、という事でしょうか?」
「当然です。あなたはポケモンが心を持たない機械が何かだと思っているんですか?」
「い、いえ、そういうわけではないのですが!やはり言葉が通じない、という壁がありますし」
「では、ポケモントレーナーがバトルをする時に会話で言葉を交わし作戦を立てるでしょうか?
言葉は分からずとも心で通じ合っているものではないかと思うのですが、違いますか?」
「いえ、違いません…」
「ポケモンは強力な技を使います。それは確かに脅威ではありますが、強力な技で人間を助けて来た事も事実。
野生だからと見捨てる理由にはならない、そう思いませんか?」
「…はい、見捨てるという選択は間違っていますね」
「ポケモンドクターには医療知識は欠かせません。当然、救う為には技術が必要です。とても簡単になれるものではないと断言します。
ですが、考えてみて下さい。
アナタの大切なポケモンが傷付いた時、ポケモンセンターが近くに無かった時、アナタは大切なポケモンを抱えて遠くまで走る事でしょう。
その時に、一人のポケモンドクターと出会えたなら…、アナタ自身にポケモンドクターの知識があったなら、アナタのポケモンは救われます。
野生ポケモンを治療する事を専門にしている、と言ってもドクターは世界中のポケモンを愛する人間達の力になる事が出来ます。
たったの一分一秒でも、愛するポケモンを救うには一秒でも早い治療が必要なのです。
メリットデメリットで命の重さを計るものではないと、ワタシは思っています」
「た、大変失礼致しました…っ!!!」
頭を下げた記者にニコリとミミロップが微笑みかける。
「ご理解下さって、嬉しいです」そう言って笑ったミミロップの写真が映像が、記事が世界に飛び交った。
*
カフェでミミロップの生放送を見ていたマスターがパチパチと拍手をする。
「凄い!あのズケズケ言う子負かした!ミミローくんグッジョブ!!」
っていうか、あの女子アナよりミミローくんの方が可愛い!と大興奮なマスターにチルタリスがクスクスと笑う。
「笑顔の特訓をしただけあって、最後まで見事だったな…」
「ミミローさん、すっごく頑張ってましたね!」
「引き攣ってたのが分かったのは身内くらいだろう…」
「え?何処かで引き攣ってた?」
「「始終」」
「嘘ぉ!?」
ジョットくんもご主人とテレビ見るって言ってたけど、気付いたかなぁ…とマスターが腕を組んで考え込む。
「ミカはどうだった?わかった?」
「…ぇ?あー…ごめぇん、難しくて見てなかった」
「あははっ、確かに難しい話だったね」
しょうがないしょうがない、とマスターに頭を撫でられたミカルゲが苦笑いを浮かべる。
その様子にチルタリスが首を傾げた。
「ミカさん、どうしました…?」
「元気が無いな…」
「あー、ほらっ、難しい話されると頭がパーン!ってなるからさー!」
しょうがないんだもーん、と笑ったミカルゲ。
やれやれ、とサマヨールが溜息を吐いた。
「いやぁ…お話が難しかったので、おれはコーヒー淹れる練習でもしてこよーっと!」
「えー、まだミミローくん映るのにー!」
「ミミローさんはまた生で見れるしー!」
まあ、そうだねー、と笑ったマスターに笑顔を返してミカルゲは厨房へと戻った。
ゴリゴリゴリ、とミルで豆を挽くミカルゲ。
「……」
美味しいコーヒーを淹れたい、そう思って淹れたはずなのに、その時のコーヒーは少しだけ、しょっぱかった。
「おっかしいなぁ~、美味しくないなぁ~…」
*
うおおおお!!と雄叫びをあげてリボンをかかげたノリコ。
生放送のテレビに釘付けだったエーフィを見て、なんと!?とショックを受けたが、映っている人物がニコニコ笑顔のミミロップな事に気が付いてノリコもテレビを凝視した。
「ミミローさんがニッコニコ…!凄い!」
「引き攣ってますけどねぇ…」
「ええ!?めちゃくちゃ綺麗に笑ってますよ!?」
「いやいや、頑張ってますけど、ブチキレそうでハラハラしますよ」
そ、そうなのか…。とテレビを見ても綺麗に微笑むミミロップが映っている。
女子アナよりクッソ可愛いな。とノリコは心の中で思った。
「ああ、そういえば、二つ目ゲットおめでとうございます」
「おお!?思い出してもらえて良かったです!ありがとうございますー!」
「まあ、一度成功すれば度胸も自信も付いてくるものですからね。本番で強くなってくれて何よりですよ」
「えへへ!なんか前までは自分が!と思ってカチカチだったけど、みんな居てくれるし、フィーさんも居てくれるしでカチカチになる事はなくなりました~」
「調子に乗ってると落ちますけどね」
「おおうっ…!」
辛辣ぅ、とショックを受けるノリコ。
テレビにはいまだにミミロップが笑顔で映っているが、エーフィがノリコの肩を押した。
「出ましょうか」
「え?でも、まだテレビやってるのに…」
「見慣れた顔ですよ」
まあ、それもそうか。と頷いて先を歩くエーフィの後をノリコが追った。
会場を出た所で、近くにあったベンチにストンと座ってしまったエーフィ。
隣の空いてる席をぽんぽん、と叩かれたので素直に横に座る。
「どうしたんですか?」
「気分を害したら、殴ってもらって結構なので言わせて下さい」
「えぇ~…」
何言われるのよ~とノリコが顔を歪める。
俯きながら会話を続けるエーフィの表情が読めずにノリコはドキドキと続きの言葉を待つ。
「私は貴女を必ず、グランドフェスティバルに連れて行きます」
「は、はいっ!」
「そして、何度挑戦したとしても貴女を必ずトップコーディネーターにしてみせます」
「はい…」
「約束します」
「はい…」
「約束しますから、貴女を利用させて下さい…」
「り、よう?」
首を傾げたノリコ。
顔を上げてノリコの方へ向き直ったエーフィ。
そのエーフィを見て、ノリコは目を見開いた。
「私と結婚して下さい」
「……フィーさん、」
*