「私と結婚して下さい」
「……フィーさん、」
利用、という言葉の後に告げられた。
顔を上げたエーフィの目からは涙が溢れ流れている。
どういうことなのだろうか、どうして急にこんな事に、どうして彼が泣いているのか、
それでも、必ず連れて行ってくれると、
必ずトップコーディネーターにしてくれると、約束してくれている彼を、
「…はい、のんもフィーさんを利用して、グランドフェスティバルに行き、トップコーディネーターになります」
涙を流し俯いたエーフィの手に自分の手を重ねる。
理由は、聞かなかった。
+
私は彼女を利用しました。
彼女もまた私を利用しました。
敗れる時もありました。
それでもリボンを5つ集め、
大舞台に立ち、見事一度目の出場で優勝を得ました。
当然です、私が彼女のポケモンとして出たのですから。
トップコーディネーターに育てられた私が敗北などするはずもなく、彼女は栄光の階段を駆け上がりました。
彼女は兄の名は一度も口にせず、自身の名前だけで少しばかり名の知れたトップコーディネーターになったのです。
育てるのは下手です、演技構成も苦手です、バトルも得意ではありませんし、洋服のセンスもイマイチです。
でも、彼女は一度も私を責めませんでした。
何も文句も言いませんでした。
私のワガママを微笑み受け入れてくれました。
人間が大嫌いで愛想笑いも出来なかった仲間と、表舞台で出会いました。
引き攣った顔で笑う彼は主人の為に、身を削る道を選んだのです。
私は自分の好きな舞台で、自分の為だけに生きました。
大切なあの人は私を責めませんでした。
大切なあの人の妹を利用している私を、一度も責めませんでした。
トップコーディネーター夫婦として表舞台に立つ、私達を大切なあの人は祝福さえしてくれました。
彼女のお腹に命が宿った時、大切なあの人は一番に心配して、一番親身に傍に居てくれました。
表に映るわけにはいかないのでこっそりと、とても苦労をして会いに来てくれました…。
産まれて来た子は女の子でした。
私と同じライラックの髪色で、
私とも彼女とも違う、赤色の目を持って産まれて来た子でした。
我が子の目の中に、もう一人の自分を見ました。
名は『ツキコ』と名付けました。
彼女は何も言いませんでした。
トップコーディネーターとして、彼女は奇抜なデザインの洋服をデザインし、ブティックを経営する事にしました。
これが何故か大ヒット。遠い地方でも大人気のブランドとして数十店舗と幅広く、運営を続ける事に成功しました。
ツキコが10歳になった時、
ツキコはポケモンコーディネーターの道へ進む為に旅に出ました。
旅に出た娘を見送って、私達は夫婦で遠い地。カロス地方でブティックの運営を続けました。
そして、遠い地、カロス地方で、人間が大嫌いで愛想笑いも出来なかった仲間と二度目の再会をしました。
再会と言っても一方的に見掛けただけで、向こうは私に気付かなかった事でしょう。
彼はどの地方でも名を知られ、顔を知られる、ポケモンドクターとして沢山のカメラに引き攣った笑顔を向けていました。
彼の名を見ない日はありません。
彼の顔を見ない日はありません。
テレビで、雑誌で、新聞で、全て見る彼の顔は引き攣った笑顔でした。
涙が溢れて、
声など掛ける事は出来ませんでした。
*
遠いカロスの地にトロフィーを手にツキコがやって来ました。
成長した我が子は赤い目を細めて笑いました。
その時に、一度だけ、彼女が言いました。
「ツキさん、そっくり」と、
思わず涙が出そうになったのを必死に堪えました。
トロフィーを置いてツキコはまた旅に出ました。明るくて無邪気で自由な子です。
彼女があんなに苦労したトロフィーをあっさり手に入れてやって来る辺り、私の子ですね。と笑えば彼女はへらへらと笑いました。
数年後に、ツキコがまたトロフィーを手にやって来ました。
コーディネーターとして再度、別の地方で挑戦したそうです。
しかし、ツキコの姿はコーディネーターの格好ではありませんでした。興味を持って勉強して、トップコーディネーターから転向したそうです。
ツキコはポケモンレンジャーとしてそこに立っていました。
私も彼女も言葉が出ませんでした。
そして、一人の男性を紹介されました。
同じポケモンレンジャーとして働く同僚であり、恋人なのだと、
彼は、優しそうな男性でした。
フォレストグリーンの色の目をした優しそうな男性でした。
私と彼女は堪え切れずに涙を流しました。
*
自分勝手に生きてきました。
でも、
どうしても、ツキコと彼を、
大切なあの人に見せたかったのです。
私と彼女は二人に無理を言って、
遠い地、シンオウ地方へ共に行く事を頼みました。
ご両親に挨拶をしました。
お二人共まだまだお元気で温かく私達を迎えてくれました。
お兄さん夫婦もお元気で、凄い大家族なのだと笑っていました。
ご両親とお兄さん夫婦に成長したツキコをお見せするのは初めてのことです。
ですが、ご両親もお兄さん夫婦もツキコの事を知っていました。
トップコーディネーターとして舞台に立っている姿を見た時に一目見て分かったと笑っていました。
そして、ツキコの恋人である彼も紹介しました。
ツキコと並ぶその姿を見て、兄嫁のユキコさんが泣き崩れました。
ツキコはとても不思議がっていました。勿論、彼も。
そして、
大切なあの人と再会します。
ツキコを取り上げてもらってから、会っていません。
ツキコの目が赤色である事さえもあの人は知りません。
私も彼女も、
ツキコが成長した分の年を重ねました。
表舞台から消えて生きるあの人はフードを深く深く被ってやって来ました。
身内の前でしかフードは取らないのだそうです。
フードを外した大切なこの人は、
何も変わっていませんでした。
彼女が泣いて抱き付きました。
妹であるはずの彼女の方が年を取っていました。
私と、視線が合います。
変わらない真っ直ぐな目で私を見て、
大切な人…シンヤさんは、微笑んでくれました。
「元気そうだな」
シンヤさんは一度も私を責めませんでした。
シンヤさんに、ツキコと彼を紹介しました。
シンヤさんは少し驚いたように目を見開いてから、微笑みました。
初めまして、
遠路遥々、よく来てくれたな。と言って二人と握手を交わし笑いました。
私は、自分を殴りつけてやりたくなりました。
そうです、当然です、
ツキコはツキではありません。
彼も、ヤマトではないのです。
ツキコはツキコ、彼は彼。
私はわざわざシンヤさんに何を見せに来たというのでしょうか、
また自分勝手な事です。
似たような二人を見せられて、シンヤさんがどう思ったかは聞けませんでした。
シンヤさんは一度も私を責めません…。
*
彼女の要望でシンオウ地方に定住する事にしました。
ご両親とお兄さん夫婦を見て離れ難くなったのだと思います。
育て屋で今も働くお兄さんの傍にトゲキッスが居ました。彼もシンヤさんと同じようにあまり変化は見られませんでした。
懐かしい顔触れがシンオウに、このズイにまだ居たのです。
私は自分勝手に彼女を連れて、シンオウを離れた事を恥ずかしく思いました。
ここに残る者達がどれだけシンヤさんを想っているか、そして、遠い地で笑みを絶やさず苦しんでいたミミロップがどれだけシンヤさんを想っているか…。
私は自分の為だけに、彼女を利用して、幸せにのうのうと生きていたのです。
シンヤさんも彼女も、私を責めませんでした。
数年後にツキコが彼と結婚して、子供を産みました。
黒い髪で赤い目の男の子でした。
とても、ツキコに似ていました…。
ツキコによく似ているけど、男の子だから逆の名前を付けようと彼が提案したそうです。
名は『サン』と名付けられました。
*
孫のサンの旅立ちを見送った数年後に、
彼女が病に臥せました。
シンヤさんが治療に専念してくれましたが、病は進行するばかりでした。
床に臥せる彼女の手を握りました。
もう、お互いの手は若々しいものではありませんでした。
「すみませんでした…」
「…なんで、謝るんですか」
「私の自分勝手な行動に付き合わせてしまって…」
「…なに、それ」
弱々しい声の彼女が私の手を握り返します。
「のんは、フィーさんを利用して来たんですよ…?」
「……」
「自分勝手なんて、お互い様…」
ふ、と彼女の手から力が抜けました。
涙が、止まりませんでした。
最後の最後まで、私を責めなかった彼女。
私は最後の最後まで彼女を利用して生きてきたのです。
*
彼女が先にいってしまって、二十年。
私はのうのうと二十年も生きました。ツキコが毎日、私の世話をしてくれます。
孫のサンが子供を連れて来ました。
私のひ孫だそうです。
栗色の髪に黒色の目の女の子でした。
彼女に、…ノリコによく似ていました…。
嬉しくて、涙が出ました。
私はノリコを愛していたようです。
自分の為に利用出来るのはノリコだけだと思っていたから
一緒になったつもりだったのに。
私はノリコを愛していました。幸せでした。
ツキコとサンが、シンヤさんを連れて来てくれました。
シンヤさんは変わらない姿で私の頭を撫でました。
「後悔、しています…」
「…何故だ?」
「皆がシンヤさんの為に尽くして来た人生を、私は、ただ、自分が幸せに生きる為だけに…」
シンヤさんの妹であるノリコだって、幸せに出来たかどうか…。
「ノリコは幸せだったみたいだぞ?お前はどうだ、エーフィ」
「幸せ、でしたよ…。でも、シンヤさんに…何も、」
ぽんぽん、と頭を軽く叩かれた。
「お前達が幸せなら、私も幸せだ」
「…、…!!」
ああ、思い出した。
そうだ、約束してたじゃないか。
次、直接会えたら、どっちの方が幸せ体験したか自慢な。
「ツキに、今までの自慢話をしないと…」
*
微笑んで眠ったエーフィ。
泣く、ツキコとサンを抱きしめたシンヤは二人の頭をよしよしと撫でた。
*