一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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「何ぃ!?子供が増えた!?」

 

体育会系であるのは見てとれる体格の良い男性はカナコさんの夫、イツキさん。

なにやら大きなカバンを背負って帰宅した夫にカナコさんは「新しい子供が増えましたー」と笑顔で私の背中を押したのだ。

20代のまだ若い夫婦、双子の子供……カズキとノリコの年齢からして同じ20代の息子なんてとんでもない事だと、私は思う。

 

のだけど……。

 

イツキさんは最初は驚きはしたものの、記憶が無く名前も思い出せないという事を聞いてすぐに私の名前を考え始めたのだ。

何処まで人の良い夫婦なんだろうか、この夫婦に育てられているのだから子供が他人に対してとても優しいのも頷ける。

もし、私が悪人で記憶喪失を語って家の金品を盗んで去って行く様な人間だったらどうするのだろうか。

 

「よし、シンヤと名付けよう!!」

「素敵な名前ね!!」

 

手と手を取り合って喜ぶカナコさんとイツキさん。

隣の席でパンを頬張っていたカズキに聞いてみた。

 

「カズキは何歳だ?」

「俺?6歳だよ」

「のんもー」

 

19歳で子供を産んでたとしたら私と同じ年になってしまうぞカナコさん……。

 

「兄ちゃんは何歳?」

「25歳」

「それは覚えてんだ」

 

コクリと頷けばカズキはふーんと相槌を打った。

 

 

イツキさんも席に座って家族団欒の席に他人の私が居るのが何やら申し訳ないが、黙々と食事を口に運ぶ事に専念した。

 

「シンヤ、そこの塩取ってくれ!!」

 

イツキさんが指差した先にあった塩を手渡す。

それを見てカナコさんが塩分の取りすぎよと少し頬を膨れさせて言った。

 

一日も経たずに何故、他人に違和感を感じないのか……。

名前も定着してしまったし……。いや、名前は有り難いし別に構わないのだけれど……。

 

「お兄ちゃんはさー、ポケモン持ってないの?」

「ポケモン……、とは何だ」

 

私がそう言えば、カズキが「それも忘れるか普通ー!!」と声をあげた。

忘れる以前に、知らないのだから仕方が無いだろう……。説明出来ないので口にはしないが……。

 

「ポケットモンスター、略してポケモン」

 

何処かで聞いた事のあるフレーズだった。

その後、ポケモンには種類や属性があるとか野生のポケモンはゲットして手持ちにする事が出来るとか色々と説明して貰ったがあまりピンとは来なかった。

どうにも、私の知っている世界でいうペット感覚……、野生なら身近なスズメとか……、そういう動物がこちらではポケモンとして存在しているという事。

それを小さなボールの中に収めてしまう技術は凄いとは思うが、体の大きなポケモンも小さなボールに入ってしまうかと思うとボールの中はどうなっているのか疑問だ。

 

「のんはね、10歳になったら可愛いポケモンをゲットして旅をするの!!」

「俺もポケモンマスターになるんだ!!」

 

「へえ」としか、返しようが無かった。決してわざと素っ気無い返事をしているわけでも、子供の夢を冷たく突き放したわけでもない。

 

「10歳にならないと駄目なのか」

「そうだよ、10歳にならなきゃポケモンは連れちゃ駄目だもん」

「10歳になったら旅をして良いのか?」

「うん」

 

頷くノリコの言葉にこの世界は本当に凄いと思った。

10歳になったら独り立ちさせて良いのか、放任だな……。私の居た世界じゃありえない事だ、10歳なんてまだ小学校も卒業していないのに親から離れて一人で旅をするなんて……。

 

「明日になったら、ポケモン見に行こうな!!」

「あら、森には入っちゃ駄目よ。野生ポケモンが居るから危ないわ」

「えー!!兄ちゃんが一緒なら良いじゃん!!」

「シンヤはポケモンを持ってないでしょ!!」

 

ぶーぶーと口を尖らせて文句を言うカズキの頭にカナコさんのゲンコツが落ちた。

ポケモンか……。

そういえば、とポケットに手を突っ込んで羽を取り出す、少し形が崩れていたので手で真っ直ぐに直してみた。

 

「これはポケモンの羽なのか……」

「おおっ!!それは!!」

「綺麗ねー、どうしたのそれ?」

 

ガタンと立ち上がって手を伸ばすイツキさんの手に羽を渡した。

食器を片付けながら笑うカナコさんに返事を返す。

 

「空を見上げていたら大きな虹色の鳥が飛んでいて」

「ホウオウだ!!」

 

羽に視線をやったままイツキさんが言った。

鳳凰、とはまた神々しい名前だ。まあ、あの虹色の美しい鳥には相応しい名前だと思う。

 

「この辺を飛んでいるとは……、よく見掛けられるのはもっと遠くの地方なんだ!!」

「詳しいんですね」

「俺はこれでもポケモンの研究をしているんだ、各地を探索したりしている」

 

それでその体付きか……。

キラキラとした目でホウオウの羽を眺めるイツキさんの頭をカナコさんがベシンと叩いた。

 

「痛い」

「そのお皿の早く食べちゃって、片付けるから!!」

 

はい、と返事をしてイツキさんはお皿の上のおかずを口に流し込んだ。

 

「シンヤ、この羽を俺にくれないか?とても珍しくて貴重なものだ!!やりたくない気持ちは分かるが!!研究の為に」

「良いですよ、別に要らないんで」

「え、良いの?本当に本当に要らないんだな!?」

「要りません」

 

羽なんて何に使うわけでもないし。

イツキさんの研究に役立つならそれはそれで良い。

ありがとうー!!!と涙を流しながら何故か抱きついて来るイツキさんを片手で制しながら私は食べ終わったお皿を苦笑いするカナコさんに手渡した。

 

「シンヤ」

「はい?」

「それ」

「どれですか」

「それよそれ、その言葉遣い。家族なんだから敬語なんて要らないの」

「……分かり、分かった、気をつける」

「よろしい!!」

 

満足そうに笑ったカナコさん、上機嫌に羽を手にして鼻歌を歌うイツキさん。

テレビの前で笑うカズキとノリコ……。

 

この人達がここでの私の家族、らしい。

 

 

「家族、か……」

 

 

あ、とノリコが声を発した。

 

「隣町まで言って、育て屋さんに行けばポケモン見れるよ!!」

「あ!!そっかそっか!!その手があったか!!」

 

丁度、テレビで育て屋さんを連想させる何かが流れたのかノリコはニコニコと嬉しそうに笑っていた。

少し考えた後にカナコさんがうんと頷いた。

 

「バスに乗って行く事になるけど、そこはシンヤが一緒だから良いわ。許可します!!」

「「ヤッター!!」」

 

喜ぶカズキとノリコが私の周りをバタバタと走り回った。

カナコさんが淹れてくれたコーヒーを啜りながらテレビを見ていると今度はイツキさんが、あ!!と声を発した。

 

「そういえば、俺、ポケモンのタマゴ持って帰って来たんだった」

「「タマゴー!?!?」」

 

大きなカバンを漁ったイツキさんがこれまた大きなタマゴをカバンから出した。

ダチョウの卵もあれくらいだった気がする。

 

「すげぇ!!」

「どんなポケモンが生まれるの!?」

「何だろうなー」

 

タマゴの表面を撫でるカズキとノリコ。

興味津々とばかりにタマゴを覗き込んだカナコさんがイツキさんに話しかけた。

 

「これどうしたの?」

「知り合いの博士から頂いてな、旅に出るトレーナーに渡すのが一番何だがあいにく目ぼしい人材が居なかったらしく俺が貰ってきた」

「あらー、貴方じゃ無理よ」

「そこまでハッキリ言わなくても!!」

 

ズバッと斬られたイツキさんが肩を落とす。

どうやらポケモンのタマゴを孵化させて育てるのは難しい事らしい。

 

「だって、手持ちのピジョット。真面目な性格の子だからついて来てくれてるものの、ポケモン使いの荒いアナタにタマゴは無理!!」

「むぅ……、そんなに無理?」

「無理っていうか、駄目ね」

 

ガクンと俯いたイツキさんの肩をカズキがポンポンと叩いた。

 

「カズキ……」

「オレが育てる!!」

「10歳になるまでは駄目だ」

「ちくしょ!!」

 

頬を膨らませたカズキが再びタマゴの表面を撫でた。

タマゴなんてパックで売ってるタマゴしか見た事が無かったから知らなかったが、生命の生まれるタマゴは無条件に愛おしく感じるものなんだな。

 

こんな事、一度死んだ人間の思う事じゃないのかもしれないけど……。

 

「ね!!そうしましょ、シンヤ!!」

「え、ああ……」

「はい、決定ー!!」

「何だ、聞いてなかった」

 

カズキに視線をやれば口を尖らせた顔で視線を返された。

呆ける私にカナコさんがタマゴを抱えさせる。

腕の中にあるタマゴを見てからカナコさんに視線をやればカナコさんは笑って言った。

 

「そのタマゴはシンヤが面倒を見てあげて、生まれた子はきっとシンヤの大切なパートナーになるわ」

「え!?」

 

ポケモン自体よく理解してない私にそれは……。

混乱する私にイツキさんが頷いた。

 

「適任なのはお前だけだな」

 

私には命を預かる資格なんて無いのに……。

タマゴの表面に手を置けばほんのり温かくて余計に胸が締め付けられた。

 

*

 




---主人公の家族

* イツキ
主人公の父親代わりとなる
ポケモンの研究をしており家を出て探索に出掛ける事が多い
顔が広く博士等とも知り合いらしい

* カナコ
主人公の母親代わりとなる
楽観的な性格ではあるが心優しい良きお母さん

* カズキ
主人公の弟となる
日に焼けた小麦色の肌の元気な少年
10歳になればポケモンマスターを目指して旅に出るらしい
ノリコの双子の兄

* ノリコ
主人公の妹となる
可愛いポケモンをこよなく愛する少女
10歳になれば可愛いポケモンをゲットして旅をしたいらしい
カズキの双子の妹

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