一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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大きな木の幹に背を預け、座り込めば、人の声が無くなって少しだけ落ち着いた。

なんなのだろうか…、この不快感、苛立ち。考えれば考える程、頭が痛くなる。

 

『シンヤ!』

 

そう、私の名前は"シンヤ"だ。

皮肉にもここで名付けられたのと同じ、深夜二時の意味ではない…。親が付けた名前…。

 

会社勤め、毎日同じ事の繰り返し、騒がしい周りの連中…。

酷く疲れていた。そうだ、私はもう疲れていた。

何が楽しくて会社に行かないといけないのかと思っていた、人付き合いも嫌いだった、疲れるほどに夜は眠れなくなって、毎日来る朝が煩わしくてたまらない…。

眠りたかった、眠って眠って…もう起きなくても良いと思った…。

 

「クワ~?」

「っ!?」

 

私の顔を覗き込んだのは間抜け面のコダックだった。

何を考えているのか分からない大きな目で私を見て、頭を抱えながら首を傾げた。

 

「どっかに行け…、私に構うな…」

「クワー!」

「うるさい!耳触りだ!」

「コパーッ!!」

 

コダックが怒ってぺちぺちと私を叩いて来る。

…痛い、痛い、痛い!

 

「やめろ!」

 

べしっ、とコダックを手で払い、突き飛ばす。

目の前で転がったコダックはキョトンと私を見つめた後に大きな鳴き声をあげてから走って何処かに行った。

 

*

 

暫くして、肩を叩かれた。

ぼーっとしていた自分の意識が一気に引き戻されて、顔を上げればユウキが居た。

 

「大丈夫?シンヤさん」

「……」

「ジョーイさんから話は聞いたよ。少し、記憶が戻ったの…?」

「…そう、だな。そうだと思う…」

「まあ、自殺したって自分で言ってたくらいだから…。あんまり良い記憶じゃ、なかったんだよね?」

「……」

「住んでた所とか思い出した?」

「…ああ、やっぱりポケモンなんて生き物は居ない場所だったよ」

「……」

 

黙り込むユウキ。

でも、その通りなのだから仕方が無い。自分の記憶が曖昧でハッキリと断言出来なかったが。やっぱり最初に説明した通り、ポケモンなんて生き物は存在しないんだ。

 

「最初にも言ったけど、ポケモンが存在しない場所なんて無いよ」

「そうだな。私はここに居るべき人間じゃないんだろうな」

 

素直に、眠らせてくれれば良かったのに…。

 

「あー…もう、なんかどうしたら良いのか分かんなくなって来た…!」

「放って置いてくれて良いぞ、むしろその方が助かる…」

「はぁ?放って置いたら死ぬでしょ!?」

「見ず知らずの他人が何処でどうなろうと他人のお前に関係無いだろ」

「知り合った時点でどうでもいい他人だなんて思えないんだからしょうがないじゃん!」

「そういうお節介は、もういい…」

「なんだよその言い方!混乱してるのかもしれないけど、そういう言い方は感じ悪いよ!?」

「……」

 

だから、何だって言うんだ。

なんで私にとってどうでも良い相手に、わざわざ感じの良い言い方とやらで話をしなければいけないのか。

そんな…、面倒なことを…。

 

「…ごめん、ちょっと言い過ぎちゃった」

「いや、言い過ぎた事は無いと思うが」

「今更、シンヤさんに言い方がどうのこうの言ってもしょうがないよね。とりあえず、部屋に戻ろう」

「……」

 

*

 

部屋に戻るとツバキがベッドの上でごろごろしながら片手をあげた。

 

「あ、シンヤさーん。記憶戻ったっぽいってほんと?」

「…お前、人のベッドでよくそこまでくつろげるな」

「ツバキちゃんに不可能は無い!」

「ボクのベッドなんだけど…」

「だから何!」

「とりあえず座ってくれる?ムカつくから」

 

舌打ちをしながらツバキが渋々と起きあがり、ベッドの縁に座った。

 

「で?シンヤさん、大丈夫なの?」

「…まあ」

「まあまあですか。それでどんな記憶を思い出したの!手掛かり!記憶の手掛かりを!」

 

説明しないといけないのだろうか、と思ったがツバキがピラピラと一枚の紙を揺らした。

 

「なんだそれは」

「シンヤという男の情報を集める為の指名手配風の張り紙」

「絶対にやめろ」

「情報が無いとこれを貼るしかないのですよぉおお!!!」

「脅しか!脅しだな!?」

「だって、言いたくなさそうな顔してるから」

「言いたくない。そもそも何で自分の身の上を子供に話さないといけないんだ。私はもう放って置いてほしい」

 

私の言葉にツバキは頷いた。

 

「まあ、確かに自分の身の上話をわざわざするのは嫌だね。でも、あたしはシンヤさんの事が知りたいから聞くのをやめなーい!」

「お前みたいな奴は大嫌いだ…!!」

「あたしは自分が好き!」

 

言うまで逃がさない。とツバキににじり寄られ部屋の扉まで追いやられた。

バン、とツバキが扉に手を付く。

 

「これがドアバンよ!」

「…は?」

「それやりたかっただけでしょ…。二人ともちゃんと座って」

 

ユウキに怒られてツバキがヘラヘラ笑いながら再びベッドの縁に座った。

シンヤさんはここ、とユウキに椅子を引かれ私も渋々席に座る。

 

「シンヤさんの記憶は良い記憶では無かったんだと思うから、あんまり深く聞きたくはないけど今後の為に重要な所はハッキリさせておきたいんだよね」

「……」

「出身地って言える?」

「…そこらへんは曖昧だが、日本の何処か」

「ニホンって何?」

「シンヤさん、ポケモンの居ない場所から来たんだって」

「え?じゃあ、ファンタジー的な!異世界から来た住人…!?やだ、ステキ…!」

「異世界か…」

 

それだったらこの世界でいくら私の事を探しても無駄だろうな。

 

「異世界ってどんな所?ステキな所?」

「……素敵な所と思う者も、居るだろうな」

「シンヤさん的にはどんな所?」

「…騒がしくて、ごちゃごちゃしていて、ビルばかりだ…。人が鬱陶しいほどに居る」

「ふーん?シンヤさんはそこが嫌いなのね?」

「ああ、嫌いだ」

「ま、それだけ聞ければ十分じゃん?」

 

ツバキがユウキに視線をやる。

ユウキは小さく頷いた。

 

「じゃあ、張り紙作戦はやめて。シンヤさんの住民登録しに行こうか」

「良いね!」

「は?」

「前に居た所が嫌いなら、今居る場所で生きて少しずつ好きになれば良いよ」

「そうだよ~。ここは静かだし、ごちゃごちゃしてないし、ビルなんて一部の町にしか無いし。田舎の方とか人少な過ぎだから、のんびり生活出来るよ~」

「……」

「そんなにピリピリしないでさ、気楽にしてて大丈夫だから」

「そうそう!シンヤさん、ずっと眉間に皺が寄ってる!考え過ぎ良くないよ!」

 

笑顔笑顔!とツバキが笑った。

こんな子供に気を遣われて、慰められるとはなんて情けない…。

勝手にイライラして周りに強く当たるなんて私は子供か。

 

「…はぁ……、すまん、少し冷静じゃなかった…」

「ずっと冷静で居る方が難しいよ」

「気にしない気にしない!」

 

何か飲み物買ってくるよ。と言ってユウキが立ち上がった。

 

「あたし、オレンジ!」

「オレンジジュースね…。…あれ?そういえば、コダックは?」

 

居ないけど。とユウキが辺りを見渡した。

 

「…私が、怒鳴って突き飛ばしたら、怒って何処かに走って行ったんだった…」

「えー!?可哀想!」

「ポケモン虐待はダメだよ、シンヤさん…」

「…すまん」

「戻って来るかなぁ…野生の子でしょ?」

「まあ、まだ近くには居るだろうからお腹が空いたら戻って来るんじゃない?」

「あ~、食いしん坊だったもんね~」

 

ユウキとツバキは笑っていたが、私がコダックの立場だったら…もう戻らないと思うが…。

もし、戻って来たら…ちゃんと謝ろう…。

 

*

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