一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

209 / 221
08

眠ろうとしても上手く寝つけず、浅い眠りに付いても嫌な夢を見てすぐ起きた。

時計を見れば日付は変わった真夜中。真っ暗の中、体を起し、隣のベッドに眠るユウキを起こさないように部屋を出た。

外はまだ暗い。

 

結局、昨日の夜…夕食の時間になってもコダックは戻って来なかった。

野生のポケモンで、いつでも何処かに行け、と思っていたが、悪い事をしてしまったな、と少しの後悔が過る。

考えれば考える程、眠れない。

少しでも寝ておかないと今日は朝から役所に行く、とユウキが言っていたのに。眠っていない頭では上手く回ってくれない…。

私は本当にこの場所で生活する事が正しいのだろうか…。

大きく溜息を吐けば、目の前を黒い何かが通り過ぎた。大きい虫かと、思わず立ち上がる。

黒い何かが私の周りを飛び回っている。

走り抜けようとした時、誰かに手を引かれた。

 

「!?」

 

*

 

手を強引に引っ張られ、視界が急に明るく真っ白になった。

私の手を掴んだ男が笑っていた。

 

「シンヤ、見ーっけ」

「だ、誰だ…」

 

後ろを振り返っても真っ白の空間に居る。

もしかすると私は外で寝たのかもしれない…。随分と現実感のある夢を見るものだと自分に感心した。

 

「オレはパルキア!空間を司る神だ」

「……へえ」

 

言ってる事はさっぱりだったが、相槌だけ返しておく。

そんな私の相槌に気付いてはいるがパルキアと名乗った男は説明を続けてくれた。

 

「自分が異世界に居ることは薄々気付いてるとは思うが、実はそれはオレのちょっとしたトラブルでな…。

説明すると、オレの管理する空間っつーものは毎日何処かで少しだけの歪みを起こす、その歪みは些細なものだからオレがちょちょいと直せば何も問題は起きないんだが、少しの歪みの起こった場所に偶然人間が居た。

普通の人間なら空間に干渉出来ないから本来なら何も起こらないが、その人間がたまたま肉体から精神が離れた状態の人間で、その人間の精神体だけが空間の歪みに飲み込まれてしまった…、歪みに飲み込まれたその精神体の人間に気付かず歪みを直してしまったオレのミスで人間は別の世界へ飛ばされてしまったってわけよ…」

 

分かる?とパルキアに首を傾げられて、小さく頷く。

何となくは理解した。

 

「精神体だけ…ということは、つまり、私は死にそこなって、体は元の世界で今も眠っていると」

「そう」

「変わった夢を見ているようなものだろうか…」

「まあ、お前からすれば夢みたいなものかもしれないな」

 

そうか。夢か。

夢ならば目覚めなければいけないのだろうな…。あの嫌いな世界で…。

 

「やけに落ち着いてるな?もっと騒ぐかと思ったのに」

「騒いだって仕方ないだろ。現実がそれなら、もう仕方がない……」

「元の世界に戻りたい?」

「……戻りたくない、と言ったら…戻らなくても良いのか?」

「じゃあ、この世界に居たいのか?」

「…いや、それも違う気がする。もしかするとここで生きていれば楽しいと思えるかもしれない、と思ったが…やっぱり私はここに居るべきではないとも思った。私にはとても、眩しすぎて苦しい……」

 

素直に喜べない自分が居た。

キラキラした世界は眩しくて、優しくて、私のような人間も包み込み大事にしてくれようとする人達…。

決して私を責めない、傷付けない、苦しめないようにと接してくれる人達が…。そう、例えるなら、真綿で首を絞められてるかのようで…。私にとっては苦痛でしか無い。

根本的に合わないのだ。私には。私は…やっぱり、人と関わるのが嫌いだ。

元の世界に唯一…友と呼べる奴も居た。親友だと言える奴が。こんな性格の私を咎める事もあった真面目な男だったから…、私はその親友からも関わりを避けて逃げてしまったのだ。

あいつさえも、私には眩しすぎた…。

 

「戻りたくない、ここにも居たくない、眠りたい…ずっと……眠っていたい…」

 

私の言葉にパルキアは笑った。

 

「そう言ってくれる"シンヤ"だと思ったから、お前の所に来たんだ」

「…?」

「お前は眠ってて良い…、ずっと…。その代わり"シンヤ"を譲ってやってほしい。"シンヤ"として生まれなかった…"シンヤ"として求められている男に」

「どういうことだ…?」

 

もうひとつの世界の話をしよう、そう言ってパルキアは微笑む。

 

ある男は人生に絶望し、睡眠薬を大量に飲み、眠った。

そして、見たこともない美しい世界で目覚める。

美しい世界に住む優しい人々、沢山の人と関わり男は自分自身を必要としてくれる者達と出会う。

男は生きる希望を見出した。

この美しくて、優しい人々の居る世界で生きていきたいと思ったが…、男はその世界には存在出来ない身だった。

 

元の世界に自分の体を置いて来た…、精神だけの存在だったからだ。

 

男は元の世界に戻らなければならなかった。

でも、男を必要とする者達はそれが許せなかった。どうしても男が必要だった、自分達の世界に存在させたくてたまらなかった。

 

でも、男は世界には存在しない身。名前も無い体も無い男。

どうすれば男を存在させる事が出来るか考えて、ある事を思い付いた。

存在しないのならば、男を自分達の世界に創ってしまえば良いのだと。

 

男は美しい世界で"シンヤ"という名前を貰ったが、元の世界では別の名前の付いた男で"シンヤ"ではなかった。

だから、まず、男を"シンヤ"にしなければならなかった。

美しい世界に似た…色々なパラレルワールドの世界に存在する"シンヤ"という名前の男を見つけて、世界を混ぜた。"シンヤ"という人間が成長して育ったようにする為に。

そして、美しい世界を模した世界に"シンヤ"という男が誕生したが…、中身は別人だった。

 

次は別の世界…ポケモンが存在しない世界から来ていた…必要とされている男を"シンヤ"にして、自分達の美しい世界に男を呼び戻そうとしている…。

 

「今が、その時だ」

「…ああ、私が元の世界でも"シンヤ"だから……」

「そう。ポケモンの居ない世界に生まれた"シンヤ"。男と同じように睡眠薬を飲んで眠ったお前が…男にとって、オレ達にとって一番都合の良い"シンヤ"なんだ」

「そうか…なるほど…」

 

皮肉にも"シンヤ"ではない男と私は同じ容姿なのだと言う。

同じ容姿で、同じように眠って、同じようにポケモンの居る世界に来て、こうも結果が違うとは。

私と違って…、"シンヤ"ではない男は随分と良い奴なのだろう。私はその男とどう違ったのだろうか…。

まあ、考えてみた所で分かりはしないが…。

眠らせてくれると言うのなら、私が断る理由など無かった。

男が"シンヤ"になる為に、私の体は使ってもらおう。私より上手く使えるに違いない。

 

私が急に居なくなれば関わった人達が大騒ぎする事になると思ったが、私が居た世界は全て別の世界と混ざって一つになるから考える必要は無いらしい。

世界が混ざり合わされてしまうなんて…、それもたった一人の男の為に行われるとは…、なんて自分勝手で頭の悪い行動…。

決して良い事とは思えないが、私には関係の無い事だ。どうでも良い。

勝手に、幸せにでも、不幸にでも、どうとでもなれば良い。

やっと、眠れる。

嫌な夢も見ず、静かに、ずっと、眠り続けられる。

 

*

 

最後に、

全て混ざってしまうと言っても、心残り無く眠りたいと思った私はパルキアにコダックの居場所まで連れて行ってもらった。

少しの罪悪感と後悔が残ったままだったから…。

コダックは森の中に居た、日が昇り始めていて明るくなっている。

 

「コダック」

 

そう声を掛ければコダックは驚いたらしく飛び上がって私を振り返った。

 

「コダ!?」

 

コダックは土に汚れて汚かった。

土を掘って虫でも食べるのかと一瞬思ったが、コダックの手には沢山のタンポポが抱えられていた。

 

「お前…、花まで食べるのか…」

「コパーッ!!」

 

コダックが怒った。

花を食べるわけではないらしい。

怒るコダックを見て、ああ、怒らせに来たわけじゃなかったとコダックの前にしゃがみ頭を下げる。

 

「怒鳴って突き飛ばしたりして、悪かったな…。本当にすまない」

「クワ~…」

 

頭を下げた私をコダックがぺちぺちと叩く。

顔を上げればコダックが沢山のタンポポを私に差し出した。

 

「クワ!」

「…な、なんだ?」

「クワ!」

「私に、くれるのか?」

「コダ!」

 

コダックが大きく頷いた。

沢山のタンポポだが、萎れてるものもあった。

もしかして、昨日からずっとタンポポを集めていたのだろうか…。

 

私に、渡すために…?

 

「ありがとな…」

「コダー!」

 

お前、良い奴なんだな。と思うとまた少しの後悔が過った。

せっかくすっきりして眠りたかったのに、お前と別れるのが少しだけ惜しく感じてしまったじゃないか…。

 

「コダック…」

「クワ?」

「お前なんて、嫌いだ」

「……コパーッ!?!?」

「お前みたいな良い奴とは二度と関わるものか」

「クワ!?コパッー?!?!?クワッー!!!」

 

 

じゃあな、おやすみ

 

 

*

 

 

「ゔー!!出た!コダック!」

「シンヤさん…診察でコダックが来る度にそれ…やめてもらえます?」

「シンヤ、マジでコダック苦手だよな」

「ミミロー…後は頼む…」

「はいはい」

 

診察を変わってもらったシンヤが深く溜息を吐く。

それを見てジョーイも溜息を吐いた。

 

「なんでコダックだけいつも、ゔー!ってなるんですか!」

「なんか苦手なんだ…あの目とか…私を責めている気がして…」

「はぁ?」

「いつも目が合うと頭を抱えられるし…!」

「コダックが頭を抱えてる理由は判明されてるじゃないですか…、シンヤさんは関係ありません!」

「関わってはいけないと私の中で警報が鳴る」

「バカ言ってないで仕事して下さい」

「…くそぅ……ジョーイめ……」

 

*

 

美しい世界に必要とされた男…"シンヤ"が帰って来た。

心の奥に混ざり合った"シンヤ達"が"シンヤ"の行く末を見守り支えている。

 

ポケモンバトルが好きな"シンヤ"

美しいポケモンとコンテストを愛する"シンヤ"

ポケモン育成に情熱を注ぐ"シンヤ"

 

そして、必要とされた男。

ポケモンドクターの"シンヤ"

 

 

そのもっと、もっと心の奥底で、

ポケモンの存在しない世界で生まれた、人と関わるのが大嫌いな"シンヤ"が眠っている。

静かに眠り続けるという自分の願いを叶えた彼は、

外から自分を揺り起こそうとするコダックという存在が『嫌い』なのだ。

 

.





【挿絵表示】

彼の世界

最後まで読んで下さって、ありがとうございました。
もうひとつの『シンヤ』の物語でした。

彼が眠った後、シンヤさんは連載の一日千秋の思いのラストで"シンヤ"として目覚めたというお話。
その目覚めた時に親友のヤマトにでさえ、前のシンヤは人間としてどうかと思う…みたいな事を言われていたシンヤなので、同じような道を辿る事になっても決して同じ道は歩みませんでした。

連載自体のラストで世界が始まりに戻りますので、蒔かぬ種の世界でもギラティナは戻らないシンヤを覚えてはいないけれど一人で待ち続けています。
いつでも住めるように家も残して、誰も眠っていない墓標だった石碑を綺麗に拭いてたりしたわけです。
本来は入れないように守っている家へも"シンヤ"だから辿りついてしまって、"シンヤ"だからギラティナも無意識に彼に石碑を拭かせてやりたかったのかもしれません。

そういったギラティナの所も書きたかったというのもありますが、この物語を書こうと思った理由はコダックです。
連載でちらほら出て、シンヤさんを不快な思いにさせていたコダック。
何故、シンヤさんはコダックが苦手だったのか。それを書きたかっただけです。
ちなみに、タンポポの花言葉は「愛の神託」「神託」「真心の愛」そして「別離」です。

ありがとうございました。
おやすみなさい。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告