一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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研究所にて。

自分の仕事も終わったので可愛い可愛いユキワラシを観察してみる。

色違いのユキワラシの可愛いこと……。ほぅ、と息を吐けばユキワラシは体を揺らした。

 

「可愛いなぁ、ユキワラシ……」

 

研究所に来て仕事を手伝ってくれていたシンヤのサマヨールが何か言いたげに僕を見たけど僕にはサッパリ分からない。何?と首を傾げてもサマヨールは何も言わない。

ユキワラシを抱き上げて膝の上に乗せる。チクタクと時計の秒針が音を立てる……。

暇だなぁ、と思っていた時にトントンと肩を叩かれた。

振り返れば顔を包帯で覆った男の人。誰か分からずその場で固まった僕に男の人は僕の前に書類を差し出した。

 

「……ここに判子を押せば終わりなのだが、判子を貰えるか?」

「え、え、え、どちら様?」

「サマヨール」

 

慌てて辺りを見れば確かにさっきまで居たサマヨールが居ない。

ポケモンが人の姿になれるというのはミロカロス達で確認済みだけど……、こんな突然なるものなんだ!?シンヤの言ってた、突然過ぎて頭での理解が追いつかん。の意味がやっと理解出来た気がする。

 

「判子は押すけど……、なんで人の姿に……?」

「……言葉が通じればな、と思っていたらこの有様だ」

「そんな理由?」

「深く追求されても自分にもよく分からない」

 

淡々と答えるサマヨールは判子の押された書類を束ねて机の上に置いた。

まあ、言葉が通じると意思疎通には便利だけど……。

チラリと膝の上に座るユキワラシに視線をやる。僕のユキワラシは人の姿にならないのかな……。

 

「……茶でも淹れるか?」

「あ、うん」

 

人の姿になれる基準ってなんだろ。

ポケモン自身の気持ちも勿論関わってくるんだろうけど。知能の高さとか気持ちの強さとかも影響されるのだろうか……。

シンヤは相変わらず別に良いんじゃないか?なんて言って興味無さそうだったし。

サマヨールがお茶を持って戻って来た。お礼を言ってお茶を受け取ればサマヨールは向かいの席に座る。

ふぅ、と一息つけばコンコンと扉がノックされた。僕が返事をする前に扉が開く。

 

「ヤマトー、ヨーギラス遊びに来たぜー」

「……どちら様ですか?」

 

ヨーギラスが遊びに来るのは別に良いんだけど……。

それを教えに来てくれたアナタは誰ですか……。イケメン過ぎて引くんですけど。

 

「え、オレ?オレ、ブラッキー?」

「私に聞かなくても貴方はブラッキーですよ」

 

クスクスと笑いながらまた見知らぬ人……、多分、声的に男の人。でも、女の人みたいに美人だ。薄い紫の髪の色がキラキラしてて綺麗……。

それで、えーっと……、ブラッキー?って言った?言ったよね?

 

「ヨギィー」

「あ、ヨーギラスいらっしゃい」

 

走り寄って来たヨーギラスが僕の足に抱きついてきた。凄く可愛い。すぐにでも一緒に遊んであげたいんだけど……。

 

「ブラッキー?じゃあ、隣にいる美人さんはエーフィ?」

「おや、美人さんとは嬉しい事を言ってくれますね」

「オレも美人さんだろー?」

「ブラッキーはカッコイイよ」

 

そう?と笑って上機嫌になるブラッキー。

向かいの席に座ってお茶を飲むサマヨールに視線を向ければ首を傾げられた。

え、何なの、人型進化ラッシュですか?

 

「シンヤに連絡しないと駄目なんじゃないのかこの状況!?」

 

シンヤの手持ち達が人の姿に!!

いや、でも、トゲチックがトゲキッスに進化した時の反応もやけに薄かったし……。多分、「そうか」とか素っ気ない言葉しか返ってこないんだろうなぁ……。

 

「とりあえず何で人の姿になったのか理由を言って!」

「しらね」

「分かりませんねぇ」

 

な・に・そ・れ!!

混乱する僕にエーフィがそうそう、と付け足して言った。

 

「ヨーギラスが来たので、ヤマトに教えに行かないと……、と思ったら人の姿でした」

「あー、確かにそうだなー、うん」

「そ、それはどうもご親切に……」

「いえいえ」

 

クスクスと笑ったエーフィがサマヨールの隣に座った。ブラッキーはエーフィの足元にドカリと座りこむ。え、床で良いの?

どうにも理解が追いつかない僕はただただ三人の顔を見つめた。ホント、何で人の姿になっちゃったんだろ……、別に悪い事じゃないんだけど……。

とりあえずお茶を啜ってから膝の上に居たユキワラシを床におろす。ヨーギラスとユキワラシが僕を見上げていて凄く可愛かった。

 

「うん、シンヤに電話しよ……。ポケモンセンターに居るかなぁ」

 

まあ、居なかったら反転世界に行って直接伝えれば良いんだけど。

ポケモンセンターの電話番号を押そうとした時にバーンと部屋の扉が破壊されんばかりに開かれた。慌てて振り返れば今にも泣きそうな顔をしたミロカロス……。

 

「ヤマトォオ!!」

「は、はいぃいい!!」

「俺様の話を聞けぇええ!!」

 

え、えぇぇぇー……。

 

床に座り込んだミロカロスがボロボロと涙を零しながら叫ぶように泣き始めた。

どうすれば良いのか慌てる僕を余所にエーフィがクスクスと笑う。

 

「何、笑ってんだゴラァア!!つか、お前、誰だぁ!!」

「ミロカロス落ち着いて!そこに居るのはエーフィだよ!!」

「エーフィ!?お前も人の姿になったのかよ……、という事は横に座ってんのは、サマヨールにブラッキー?」

 

信じられないと目を見開いたミロカロス。

一応、泣きやんでくれたので僕的には一安心だ。

 

「貴方の言い方だと、私達以外にも人の姿になった方が?」

「あー……、ミミロップがぁ……」

「ミミロップゥ!?え、ミミロル進化したの!?ちょ、僕、見に行きたいんだけど!!」

 

シンヤ、そういう時はすぐに連絡してよ!!

三人が人の姿になったっていうのも伝えなきゃいけないし、やっぱり直接言いに行こう。ミミロップ見せてもらおう。

 

「ちょっと僕、反転世界に行っ……」

「俺様の話はまだ始まってもいねぇ…」

 

ミロカロスに腕を掴まれ……、そのうえ凄まれ、僕は返事をしつつ泣きたくなった。

僕が何をしたっ!!!

 

「ミロカロスー、どうしたよー、オレに話してみ?」

「シンヤが俺様に素っ気ないんだ!」

「いつもの事じゃん」

 

ブラッキーがケラケラと笑ってミロカロスに殴られた。ミロカロスは真剣に悩んでいるらしい……。

 

「いたぁああい!!!」

「何をするんですか!!」

「ブラッキーが悪いんだろ!!俺様は真面目な話をしてんだよ!!」

「言わせてもらいますけど、貴方の口から真面目な話なんて聞いた事がありませんよ!それにシンヤが貴方に素っ気ないのではなく貴方の態度がシンヤを呆れされる原因そのものなんです!」

 

う、ううん……、違うとも言い難いけど……。シンヤは大体、誰にでも素っ気ないけどね……。

ミロカロスとエーフィの壮絶な言い争いが始まった。バトルにならないのはエーフィもレベルの差が分かってるからなんだろけど、僕にこの状況をどうしろと……。

 

「サマヨール、なんとかして~」

「……」

 

サマヨールに助けを求めればサマヨールは椅子から立ち上がって二人の間に割って入る。

 

「ただの口喧嘩になっている。落ち着いて、とりあえず先にミロカロスの話を聞こう」

「……分かりました」

 

ふぅ、と息を吐いたエーフィがミロカロスから離れる。

ブラッキーの隣に座ったエーフィがどうぞとミロカロスの方に手を向けた。どうやら話を続けろという事らしい。

 

「……おぅ、そんでな……。シンヤが俺様には素っ気ないくせにミミロップには優しい気がするんだよ!!」

「まあ、ミミロップの彼とはまだ会ってませんが……。ミミロルの時から彼はシンヤの助手になると言って医学の勉強をしてましたからね。シンヤがミミロップを贔屓するのは仕方ないのでは?」

「んなっ!?そんなのただ仕事の時に使えるってだけだろ!!」

「使えないよりは当然マシでしょう」

「う……」

 

口籠るミロカロスは悔しげに顔を歪めた。

フォローする言葉が無いわけじゃない……、ミロカロスはレベルも高いしバトルでは他の子達よりも遥かに強くて役に立つ存在だ。

でも、それを言うとミロカロスがバトルをしたい!とシンヤに迫るのが目に見えている……。

バトル嫌いのシンヤにそんな事を言えば余計にミロカロスが落ち込む原因を作りかねない、下手に発言出来ないなコレは……。

 

「俺様よりミミロップの方がシンヤと居る時間長いし……、出掛ける時はいつも俺様じゃなくてトゲキッス連れて行くし……」

「ミロカロスとミミロップでは仕事の内容が違う。お前にはお前の出来る仕事があるから主(あるじ)はミロカロスに育て屋での仕事を任せているんだ。出掛ける時にしても空を飛んで移動する為の手段の一つに過ぎない。そう悩む事でも無いだろう」

 

サマヨールが的確にミロカロスにフォローの言葉を投げかける。さすが頭が良いだけあって説明上手!!

 

「でも、俺様はシンヤに他の奴らより頼りにされたいし!シンヤにずっと傍に居て欲しいって思われたいんだよ!!ヤマトがユキワラシを可愛がるみたいに俺様もシンヤに可愛がられたい!!!」

 

それは……。

 

「主にそれを求めるのは無理だ」

「なんでぇえ!!」

「主の性格上、ありえない」

「そんなの知るかぁああ!!!」

 

サマヨールの説明も聞く耳持たず。

僕もサマヨールと同意見。シンヤに可愛がるなんて事が出来るわけがない。それも優しく愛でるとか絶対にしない人だし……。

基本、放置。私の言う事を聞いていれば他は勝手にすれば良い、な感じで手持ちもバラバラに歩かせてるんだもんなぁ……。

 

「大丈夫だよ、ミロカロス!!ミロカロスは何だかんだでシンヤに一番大事にされてるって!シンヤはあんな性格だから分かり難いけどね!」

「……ホントか?」

「うん」

 

多分。

 

「えー、でも、オレはシンヤに一番大事にされてるのってトゲキッスだと思うけどなー」

「言われてみるとそうですねぇ。まあ、トゲキッスはシンヤがタマゴから孵したので一番大事にされているのも頷けます」

「……」

「進化する前は可愛らしくて、進化した後は空を飛べる飛行要員。大人しくて真面目な良い子ですし、シンヤが可愛がるのも当然ですかね」

「……タマゴの時に叩き割っておけば良かった…」

 

何か恐い事言いだした!!

 

「そういえば、トゲキッスだけまだ人の姿になれていないな……」

「そ、そうだよな!!アイツはシンヤと会話出来るわけじゃねぇし!!俺様の方が断然優位!!!」

 

ぐっと拳を握ったミロカロス。

何が優位なのか僕には分からないけど、シンヤの手持ちが更に賑やかになったのだけは分かった。

大変だなぁ……、シンヤ……。

 

「でも、シンヤに遊んでーとか言って近づいても鬱陶しがられるだけだよなー」

「シンヤはマメな人ですから。時間が出来ればブラッシングなり色々と構ってはくれますけどね。こちらから行くと大抵追い払われます」

「じゃあ、俺様どうすれば良いんだよ」

「あ、押しても駄目なら引いてみるとか?」

 

僕がそう言えばミロカロスが首を傾げた。

どうするの?と目で訴えられる。

 

「あえて、シンヤにベタベタせず。シンヤが声を掛けて来た時も素っ気なく返事をしてみるとか……」

「な、何でシンヤに素っ気なくしなきゃなんねーんだよ!」

「普段、全然そんな事ないのに急に素っ気なくされたら。シンヤも私はミロカロスに何かしたのか……?って不安になってミロカロスに構ってくれるかもよ?」

「……構ってもらえる?」

「ま、ちょっとずるい手だけどね」

 

*

 

「ミロカロスの奴、何処行ったんだ?」

「知らねぇー」

 

ソファに座って本を読むミミロップ。

二人を放置してトゲキッスと帰宅したら、ミミロップだけ帰って来た。

少し不機嫌なミミロップにあえて何も言わず私は自室に戻る。まあ、そのうちミロカロスも不機嫌なまま帰って来るだろう。

 

「シンヤ、コーヒー淹れて来ましたよ!」

「ああ、悪いな。トゲキッス」

 

コトン、とテーブルにトゲキッスがカップを置く。

ミロカロスとミミロップを放置して帰宅したらトゲキッスも人の姿になれるようになった。トゲキッスの人の姿の第一声が「やっぱり二人を迎えに行きましょう!」だった……。

何となくだが、ポケモンは誰か人間に何かを言葉で伝えたいと強く思った時に人の姿になるんじゃないだろうか。勿論、他に人の姿になれるポケモンが居るからというのもあるだろうが。

ミロカロスもミミロップもそうだったしな。勝手な私の憶測なのだがあながち間違ってはいないだろう。そんな気がする。

ギラティナやら伝説なんて呼ばれる連中はおそらく想像の範囲外。連中の能力からして他のポケモンと同じと考えるのは間違っているんだろう。

まあ、人の姿になれた所で別にどうも変わらないがな。

チラリとトゲキッスに視線をやればトゲキッスは首を傾げた。

ポケモンの時の可愛らしい容姿とは変わって、何処か強面……、飛行タイプだからなのか体格も良いし……。性格は穏やかで大人しいのだが見た目がなぁ……、なんか不良青年みたいな、私のイメージだけどな……。

 

「頭がツンツンしてるのはポケモン時の名残りか。この髪の色が部分的に違うのもそうだよな」

 

ワックスで固めたみたいだぞ、と言ってトゲキッスの頭に手を伸ばせばトゲキッスの髪の毛はふわふわしていた。猫っ毛だ。

 

「くすぐったいです」

「お前、髪質柔らかいな」

 

羽毛だからなのか分からないが、飛行タイプの特徴かもしれない。

ミロカロスは水タイプでやけにツヤツヤで潤いのある髪だった、それはスイクンもそうだったのでやはりタイプで共通している所があるのかもしれない。

 

「ミミロップはどうなんだ……」

「ミミロップさんならリビングで寝てましたよ」

 

アイツ、ノーマルだしな……。ちょっと触ってこよう。

トゲキッスと部屋を出てリビングに行けば本を開きっぱなしでミミロップが座ったまま船を漕いでいた。首を痛めそうな寝方だ。

トゲキッスが毛布を取りに行くと言って部屋を出て行ったのでトゲキッスを見送ってからミミロップの頭に手を伸ばす。

ノーマルだけど、ウサギだしな……。

 

「……ん、」

 

サラサラのフワフワ!!

おお、トゲキッスの髪質も気持ちいいがミミロップもなかなか……。でも、エーフィを撫でた時の方が気持ち良いかな、手触りは。エーフィが一番毛並みが良いし……。

 

「んん?え、あ?シンヤ……?」

「おっと悪い」

「え、いや、別に全然良いけど……」

 

頬を赤らめたミミロップが恥ずかしそうに髪の毛を整える。

部屋に戻って来たトゲキッスが「あ」と声をあげた。

 

「ミミロップさん起きちゃったんですか……、毛布持って来たのに……」

「ありがと、まだ眠いから一応貰う」

 

毛布を受け取ったミミロップが頭から毛布を被る。そのまま寝る気かコイツ……。

時計を確認すればそろそろ全員戻って来る頃だろう。夕食はどうするかな。ミミロップの隣に座って冷蔵庫の中身を考えてみる……。

 

「今日、サマヨールさん達遅いですね」

「んー?そうだっけ?」

「そうですよ、いつもなら帰って来てる時間ですし」

「ん……?いや、帰って来たっぽい。何人かの足音が聞こえる……」

「……人の足音ですか?」

「うん、って……。ミロカロスとヤマトとギラティナ?いや、まだ足音の方が多いような……」

 

玄関の扉が開く音が聞こえた。

「ただいまー!」と聞き覚えのない男の声が聞こえて、バタバタと足音が近づいてくる。

 

「シンヤー!オレも人の姿になれたよー!!」

「ああ、ブラッキーか」

「やっぱり反応薄っ!!!」

 

ヤマトが私を見て眉を寄せた。

部屋にはミロカロスも入って来て、知らない顔が二人。だが、ポケモンの時の雰囲気が残っていてよく分かる。サマヨールとエーフィだな。

 

「今日で手持ちが全員、人の姿になったわけか」

「全員?ミミロップだけじゃ……って、そこに居るのはまさかトゲキッス!?」

「あ、はい」

「ワタシとトゲキッスだけじゃなかったのかよ……、今日は何かあったわけ?」

 

毛布にくるまってミミロップが言葉を零す。

本当に今日は何があったんだろうな……というか、こういう時に一番叫び散らすミロカロスがやけに大人しいな……。

放って帰ったからまだ拗ねてるのか?まあ、静かなのは良いから別に構わないが。

 

「エーフィ、お前ちょっとこっち来い」

「何です?」

「頭触らせろ」

「頭ですか?」

 

良いですけど、と言いつつ近寄って来たエーフィ。座らせる場所が無かったのでとりあえず膝の上に座らせる。

 

「ちょ、シンヤ!?何する気なの!?」

「いや、タイプでな、髪質が違うんだ」

「えっ、そうなの?」

 

ヤマトが隣に居たブラッキーの頭に手を伸ばす。サラサラだねーとブラッキーと笑い合っていた。

 

「んー……。エーフィの髪が一番気持ち良いな。他のエーフィ同士だとやはり毛並みの違いで手触りが違うのかもな」

「私の毛並みは良いですよ」

「当然だ。誰がブラッシングしてると思ってる」

「フフフ、そうでした」

 

サマヨールの髪の毛にも触ってみた。ツヤツヤしていて髪の毛が細いな。ブラッキーはサラサラだが少し髪質が硬め。

岩、地面、鋼やらのタイプも少し気になる所だな……。まあ、そうそう人の姿をしているポケモンは居ないだろうが……。

 

「シンヤの髪の毛は?」

「私は普通だな。少し癖はあるが……」

「僕、癖っ毛だよ~。髪の毛も硬めだしね」

 

ヤマトが私の髪の毛を触る。

あ、何か人に頭を触られるのは気持ち悪い…。凄く嫌だが、自分も触りたい放題触っていたのでここは我慢だ……。

 

「良い匂いするね」

「シャンプーだろ?」

「良いシャンプーなんだぁ」

 

自分の髪の毛を掴んで嗅いでみる。やっぱり普段使っているシャンプーの香りだ。

そういえば、匂いだったらダントツに良い奴が居るぞ、隣に座っているミミロップの頭を掴んで引き寄せる。

 

「ふおぉおお!?な、何ー!?」

「ミミロップが一番良い匂いがするぞ」

「え!?え、えぇ!?ちょ、シンヤ……、それはさすがにワタシでも恥ずかしぃ……」

「甘い匂いがするだろ?」

 

ミミロップが騒いでいるが無視。ヤマトがミミロップの髪を触りながら「おお」と納得したように頷いた。

 

「多分、特性じゃないかな」

「ミミロップの特性、逃げ足だろ?」

「え、シンヤのミミロップはメロメロボディだと思うけど?」

 

そういえばコイツ、個体によって特性変わってたか……。

逃げ足だとばかり思ってたな……。

 

「トゲキッスは、はりきりじゃなくて天の恵みだよな?」

「はい!」

 

コクンと頷いたトゲキッスが目をきゅっと瞑って笑った。

 

「……、笑う時に目を瞑る奴って可愛いよな」

「唐突に何!?」

「いや、何かこうキュンとする」

「人それぞれのツボがあるんだね……」

 

僕はどんな仕草が好きかなぁ、と考え出したヤマトを放ってとりあえず可愛かったのでトゲキッスの頭を撫でてやる。

私は結婚するとしたら笑顔の可愛い女と結婚したいな、見てて癒されるくらいの……。まあ、そろそろ良い年でも結婚の予定は無いが……。

 

「はい!ワタシは今日から目を瞑って笑うことにする!」

 

目を瞑って笑うミミロップ。若干、ぎこちないぞ……。

ミミロップのぎこちない笑みに少しイラッとしたので頬を抓ってやる。みにょんと伸びたミミロップの頬で遊んでいるとサマヨールが申し訳なさそうに言った。

 

「……主、少し良いか?」

「主?私か?」

 

他に誰が居る。とヤマトが呆れたように言った。

別に主人だとかそんな風に思ってくれなくても良いんだが。言ったら、ご主人様とかマスターなんて呼んでくれるのだろうか……。

…………、想像しただけで気持ち悪いな。

 

「あの……」

「ん、ああ、何だ?」

「自分が言うのも何だと思うのだが……」

「?」

「ミロカロスを構ってやった方が……」

「は?」

 

サマヨールが申し訳なさそうに言った時にヤマトが顔を真っ青にさせる。

ミロカロスが何だと言うのだろうか……。アイツ、拗ねて大人しいんじゃなかったのか?

 

「ミ、ミロカロス!!ごめ、ごめんね、僕が!!」

 

部屋の隅の方に座って泣いていたらしいミロカロスにヤマトが駆け寄った。

 

「うぅぅ……、素っ気ない態度とかする以前の問題がぁあ!!俺様から話しかけないとシンヤが話しかけてくれないぃいい!!!」

「僕がフォローし損ねたからだよ!ごめんね!僕が悪かった!」

 

何の話だろう?

よく分からないがミロカロスに構ってやった方が良いんだよな?

 

「ミロカロス。床に座ってないでこっち来い、膝の上乗せてやるから」

「……………、嫌っ!!」

 

そっぽを向いたミロカロス。

ヤマトが私とミロカロスを見比べて口を一の字にした。

 

「そうか」

 

構ってほしいわけじゃないなら別に良いよな。

私がトゲキッスに「コーヒー」と言えばトゲキッスは返事をしてキッチンへと向かう。

コーヒーを飲んだら夕食の用意をするか……。

 

「今日の夕食は何にするかな……、ヤマトも食べていくだろ?」

「え、いや、あの」

「食べていかないのか?」

「あ、食べます」

 

うん、二人分だよな……。

トマトは絶対に使ってしまいたいな、と思った時にミロカロスが後ろで喚き出した。泣き喚くミロカロスにヤマトが必死に謝っている。

ヤマトの奴、何かしたのか?

 

「あれですよねぇ、シンヤの性格上。引いたら引いただけそのまま放置されますよねぇ……」

「主は全く追わない男だったか……、来るモノ拒んで去るモノ追わず……、何も得ないな……」

「ミロカロス!本当にごめん!僕が、僕がシンヤの性格を把握しきれてなかったからぁああ!!」

 

一緒になって喚きだしたヤマトを見ながらトゲキッスが淹れてくれたコーヒーを啜る。

……そうだ、今日はパスタにしよう。買い置きのパスタがあったし、トマトも使えるし。

 

「シンヤー!!僕からお願いします!ミロカロスに構ってあげてぇええ!!」

「今から夕食の用意をするから断る」

「後生です!僕が悪いんだよ!!全面的に僕が悪いの!本当に僕のせいなんだって!!」

「今から夕食の用意をするから断る」

「相も変わらず言葉曲げないよ!!この人ぉおお!!!」

 

土下座をするヤマトを跨いでキッチンへと向かう。トマトの皮が付いてるのは嫌だから湯剥きをしないとな……。

 

「ヤマトのせいで、ものっすごいチャンス逃した!!シンヤの膝の上に座れる権利がぁああ!!!多分、今回逃したらもう無いだろ!?」

「ごめ、本当にごめん……。もの凄くミロカロスが自分自身との格闘のすえ嫌って言ってたのが分かっただけに居たたまれない。本当に申し訳ない、僕が余計な入れ知恵をしたばっかりに……」

 

*

 

夕食後、またも懲りずにミロカロスに構って下さいとヤマトが土下座をしだした。

ミロカロスに構ってる時間なんて無いんだが……。

この食べ終わった後の片付けに、まだ残ってるジョーイに押し付けられた今日の分のカルテの整理は誰がいつやるというんだ……。

 

「まだやる事があるから構ってられん」

「代わって僕がやりますので、どうかミロカロスとゆっくりしていて下さい」

「お前、カルテの整理なんて出来ないだろ」

「ミミロップとサマヨールに手伝ってもらうから!」

「このテーブルの上の後の片付けは?」

「トゲキッスとエーフィに手伝ってもらうから!」

 

チラリと後ろに居る連中に視線をやればミミロップが不満気にダンと足踏みをした。

 

「な・ん・で、ワタシが低能の為に働いてやらないと駄目なんだよ!!!」

「自分は構わない……」

 

サマヨールは手伝うと言っているが、カルテの整理はミミロップぐらいしか出来ない。まあ、教えれば良いんだが教えるのも私かミミロップじゃないと駄目だな……。

それだと余計に時間が掛って面倒だ。

 

「俺は全然手伝うのは構わないんですけど……、後片付けってどうすれば良いんですかね……?」

「この皿を洗うって事ですよねぇ?」

「俺、今日……コーヒーの淹れ方はシンヤに教わったんですけど。お皿の洗い方はまだ教わってないです……」

「皿洗いなんて私はごめんですよ、私の手が荒れたらどうしてくれるんですか……」

「ねえ、オレは?オレは何するの?ねえねえ、オレはー?」

 

ヤマトが頭を抱えた。

別にお前に任せる気は最初から無いから別に良いんだけどな……。テーブルの上の皿を重ねればヤマトが口をパクパクと開閉させた。

 

「いい、自分の事は自分でするから。ミロカロスにはお前が構ってやれば良いだろ」

「僕じゃ意味ないんだってー……」

「私である必要もないだろう」

「なーッ!?!?」

 

何か言いたげなヤマトを放ってキッチンへと向かう。さっさと片付けてカルテの整理に取り掛からないと寝る時間が無くなる。

リビングの方でヤマトが「集合ー!!緊急会議ー!!」なんて声を荒げていて、ミミロップとエーフィが文句を言ってるのが聞こえてくる。

アイツは何がしたいんだろうか……。

皿を洗っていると扉の影に隠れてミロカロスがこちらを覗いている……。何をやってるんだと思いつつ皿洗いをしているとミロカロスが近づいて来た。

 

「シンヤ……」

「何だ」

「手伝う」

「ああ、じゃあ洗ったの流していってくれ」

 

隣に立って水で洗剤を洗い流すミロカロス。

皿を洗い終わってタオルで皿を拭いて完全に乾くまで並べて置いておく。

今は違うが前は唯一、人の姿になれたので皿洗いや部屋の掃除を手伝ってくれていたのはミロカロスだった為か、手慣れた手付きで黙々と皿やコップを拭いて並べるミロカロス……。

静か過ぎて逆に不気味だ。いつも鬱陶しいくらい話しかけてくるくせに……。

 

「……」

「……」

「……ミロカロス、どうかしたのか?」

「え……?別に……」

 

明らかにどうかしてるだろう……。

しかし、本人が言いたくないなら私が深く追求するのもな、気にはなるが……。

私が小さく溜息を吐けば、ミロカロスは小さな声で私を呼んだ。

 

「シンヤ……」

「ん?」

「俺様はシンヤに必要ないかな……」

「……」

「要らない、かな……。邪魔な、だけ、かな……」

 

拭いた傍から皿が濡れていく……。

鼻を啜ったミロカロスが腕で目元を拭った。

 

「でもッ、……す、捨て、られ、……たくな、いっ……!」

 

声を震わせてミロカロスが腕で顔を覆った。

 

「お前の言ってる意味が分からん」

「……ッ、だ、って……俺様は、役に、立たないん、だろっ……?」

「私がいつそんな事を言ったんだ」

「言っ、て……ない、けど……、俺様はッ……」

 

頭も良くないからシンヤの役に立てない、でも、他の誰よりもシンヤに必要として欲しいって思ってるから、ただ鬱陶しくてシンヤにも呆れられて……とミロカロスが嗚咽混じりにそんな事をぐだぐだと言いだした。

多分だが、ミミロップかエーフィ辺りが絡んでいるんだろう。ミミロップの奴はミロカロスを馬鹿にするし、エーフィは性格自体がキツイからズバズバと何かとミロカロスに言ったんだろう……。

で、これも多分だが……、その慰めにまわったヤマトとサマヨールが何か言って。どういう理由かは分からないがミロカロスを慰める為に私に構ってもらえるようにと差し向けた……が、失敗に終わったと……。

ようするにミロカロスが落ち込んでるから私に構え……というより慰めろと、そういう事なんじゃないだろうか。多分。

皿をテーブルに置いてミロカロスの頭を撫でる。あいにく誰かを慰める、という事をした事がないのでどうすれば良いのか分からないが……。

泣く子供をあやすようにミロカロスを抱きしめて背を叩いてやる。

 

「捨てないから安心しろ」

「……ッ、」

「全く、二度も同じ事を言わせるな……」

「う、んッ……」

 

目に涙を溜めたままミロカロスが嬉しそうに笑った。

 

「あ……、俺様も目、瞑って笑おうと思ってたのにッ……!!」

 

無理して目を瞑って笑われてもな……。

 

「そのままで良いだろ」

「でもさぁ!!」

「お前の笑った顔は好きだぞ」

「……~~ッ!!!?」

 

ミロカロスの頭を撫でて後片付けに取り掛かる。

 

「こ、これ、もう一回洗う!!」

「ああ」

 

ミロカロスは涙の付いた皿を持ってシンクへの向かう。その顔はトマトみたいに真っ赤で、珍しいものを見たと思った。

 

 

「というわけで、後片付けをみんなでしてからカルテ整理もみんなでするという結論に……」

 

「後片付けは終わった」

 

不機嫌なミミロップとエーフィがヤマトを恨めしげに睨みつけている……。一体、どういう話し合いをしたのか……。

 

「カルテ整理も私がやるからいい」

「いや、でも……」

「ミロカロス、そんなに難しい作業じゃないから手伝ってくれるか?」

「!」

 

コクコクと頷いたミロカロスが笑顔になる、それを見てヤマトが安堵の息を吐いた。

 

「良かっ、た……」

 

私的にはあまり良くないんだけどな……。

ミロカロスに整理の仕方を教えつつの作業、時間が掛ってまた寝る時間が遅くなる……。

 

「待てぃっ!!!そんな低能にやらせるよりワタシが手伝った方が速い!!!」

「……じゃあ、もう全員手伝え」

 

ついでに教えるからお前らも覚えろ。

ミミロップも居るから教える時間も短縮出来そうだ。

 

「自分も手伝える事を覚えるのに良い機会だ……」

「そうですね!俺もお手伝いします!」

「私もですか!?」

「エーフィはやらないの?オレはやるよ?」

「え!?……まあ、ブラッキーがやるんでしたら……、私もやります」

 

キョロキョロと辺りを見渡したヤマトが自分の顔を指差して首を傾げた。

 

「え、僕も?」

「分かってる事を聞くな」

「あは、はははは……」

 

真夜中に騒がしかったせいかギラティナが怒鳴りこんで来た。

もの凄く、近所迷惑だったらしい……。

 

「シンヤー!俺様これ出来た!!褒めて!頭撫でて!!」

「……」

 

美人は黙っている方が良い……。

 

*


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