ルリリを抱えながら少女は言った。
「幻のパン屋さんって知ってます?」
え?と首を傾げたヤマトに対して、何それ!?とブラッキーが食い付いた。
「この前、友達から聞いたんです。幻のパン屋さんっていうのがあるって。でも、友達も見た事なくて噂だけなんですが。
ヤマトさんとツキさんなら見たことあるかなぁと思ったんですけど、その様子だと見たこと無さそうですね」
「幻のパン屋…!めっちゃ気になる…!」
「実在するんだよね?」
「一応、あるって噂です」
「レンジャー内で聞いてみるよ」
「見た事ある人が居たらまた教えて下さいね!」
では、また~!と手を振る少女と別れたヤマトとブラッキー。
手を振り返すヤマトの横でブラッキーが目を輝かせた。
「幻のパン屋!探そうぜ!」
「…うん、聞いてみようね」
*
ヘイヘーイと自分を呼んでいるであろう男にミミロップは舌打ちした。
まあ、休憩中だから良いけどな、と思いつつも舌打ちした。うざいから。
休憩室の椅子に座りながら返事をすれば、当然のように男はミミロップの隣に座った。
「なんだよ、うぜぇ」
「さっき、おれ出会っちゃったんす!」
「誰に?」
「幻のパン屋っすよ!」
「……幻のパン屋?なにそれ」
「知らないんすか!幻のパン屋は、パネェほど幻でめちゃくちゃ遭遇率低いんすよ!?」
「お前の言語難しい」
「超スーパーレアっす!伝説級っす!」
「はいはい、良かったね」
「おれ、ミミロー先生の分の昼パンも買っといたっす!幻のパンっすよ!」
「あー、まじ?何パン?ワタシ、昼に甘いやつ嫌なんだけど」
「なんとかサンドってやつっす」
「何挟んでんのか重要だろうがボケ。まあ、でもサンドイッチ系なら食う」
「なんか、パンの種類がクソほど少なくて。選択肢ほぼ無かったんす」
「まじかよ、パン屋なのに種類少ないとかクソだな」
「まじクソっす。サンド系がなんだっけなー…なんか野菜のやつとカツのやつ?二種類でー…。そんであとー、今日はあんぱんとカレーパンだけって言ってたっすねー」
「まさかの四種類かよ。クソだな」
「サンド系両方買って来たんすよ!おれ、カツサンドにしたんす!」
「うん、じゃあ、ワタシのこれは野菜系のやつな。分かった」
「なんかめっちゃ高かったっす」
「はいはい、金は払うよ。もう時間無いから食うわ」
「一個、1000円すよ?高すぎっす」
「高っ!?まじ!?これ、1000円!?お前、幻のパン屋の看板に騙されすぎだわ!」
「幻のパン屋って看板は出て無いっす。ただの車っす。飲み物もちょっとあったっす」
「最近、流行ってる移動式カフェ的な?」
「移動式パン屋っすね!!」
「何処をどう見たら幻になるんだよ」
「あ、それは、急に現れて、急に消えるんす!!っていうか、おれがパン買い終わったら消えたっす!」
「…ふーん、ただのテレポートじゃねぇの?」
「…!?ミミロー先生、頭良いー!!絶対ソレっすよー!!テレポートっすよ!だって、ネイティオ居たし!!」
「うん、テレポートだな。もう食って良い?1000円払うから」
「あ、どーぞどーぞ。おれも食うっす。休憩終わっちゃう」
これが1000円かー、まあ、具だくさんではあるが…、と思いながらミミロップはサンドイッチにかぶりついた。
「…ッ!?!?」
「んんんー!?!?ミミロー先生!!これ!!」
「超パネェ!!!」
「パネェっすー!!!」
「これ1000円だわ!!美味過ぎか!?」
「幻のパン屋、パネェ!」
*
カフェのカウンターに座った男は背広を脱ぎながら言った。
「俺、さっきここに来る途中で幻のパン屋を見つけちゃってびっくりしましたよー」
椅子に背広を掛けた男はニコニコ笑いながら言った。
「カフェオレ下さい」
「はーい」
「…幻のパン屋、とは…」
「あ、知りませんでした?噂になってるんですよ。幻のパン屋があるって。
でも、実際に見てみると普通のキッチンカーでしたよー。店長さんがネイティオ連れてて、テレポートで気まぐれにその辺を飛びまわって売ってるそうです」
「気まぐれな販売方法ですねー、はい、カフェオレです」
「ありがとうございます!ほんと、そんなんで商売になるのかって話ですよね!」
「…店主が趣味でやっているならそれもまた良いだろう…」
「まあ、そうなんですけど。せっかくなんで買ってみたら普通のパン屋より高かったです、多少は儲けようという意思を感じました」
「パンは美味しかったですか?」
「あ、まだ食べてません。サンドイッチ系が売り切れてて、あんぱんとカレーパンしか無かったんですけど両方買ってみました。
これが一個800円もするんですよ!?詐欺ですよね!!」
「……お前が言うな、と言って良いのだろうか」
「それ言うの無しですよー!もー!せっかくの幻のパンなんで一緒に食べましょうよ~。これ切ってくれます?」
「わ~、良いんですか?」
「一個800円の高級あんぱんとカレーパンですよ!ヨルさん、食べたいでしょ!」
「相当なこだわりで作られてないと自分は800円に納得はしないぞ……」
「食べたいってことですね!今日、マスターさん居ないんですか?」
「夕方まで戻って来ない予定だそうです~」
「あー、せっかくの幻のパンなのに残念ですねぇ~。ささ!食べましょ食べましょ!」
「…切ったぞ」
「わーい、いただきまーす!」
「いただきます~」
「「「……」」」
もぐもぐと咀嚼しながら三人はお互いの目を見つめ合った。
「……こ・れ・は!!詐欺ってない!!」
「美味しいです…っ!」
「800円の価値…恐るべし……」
*
トゲキッスと二人で野生ポケモンの健診に回っていたシンヤは道に停車しているワゴンカーを見つけた。
「こんな所に車が停まってるなんて珍しいな」
「そうですね、…あ、故障とかじゃないですよね?」
「…一応、確認してみるか」
ワゴンカーに近付けば、エプロンを付けた男が車の中に居た。
近くで見るとどうやらキッチンカーだったらしく、男に「いらっしゃいませ」と声を掛けられた。
「なんだ店か」
「何屋さんですか?」
「パン屋です」
「お、ネイティオが居る」
よしよし、とシンヤはネイティオの頭を撫でた。
「パン屋さんですか!言われてみると確かにパンの香りですね!」
「こんな人通りの少ない場所では売れる物も売れんだろ」
「あ、僕、テレポートで色んな所を飛び回ってまして…、……っていうか、もしかして、シンヤさんですか?」
「そうだが」
パン屋の店主が目を輝かせた。
「うわー!シンヤさんに生で出会えるなんて!!ファンです!!握手して頂いても良いですか!?」
「ああ、ありがとう…」
「はぁぁ…飛び回ってパン屋してて良かった…!」
「せっかくだからパンを買わせてもらいましょう!」
「ああ、そうだな」
パンください、と微笑むトゲキッスに店主は申し訳なさそうに眉を下げた。
「すみません、パンは全部売り切れてしまって…」
「そうなんですか…、残念です」
「でも!実は今、食パンを焼いてまして!食パンならあります!!普段は食パンはサンドイッチでしか販売してないんですが…具がもう無いので…」
「食パン、売ってくださるんですか?」
「いえ!僕の焼いたパンをシンヤさんに食べて頂けるなら本当に本当に嬉しいので!貰ってください!!味には自信があります!」
「いや、買うぞ?」
「いやいや!貰ってください!」
どうぞ!と手渡された食パンはまだ温かかった。
「焼き立てだ…」
「良い香りですね~」
「一本まるまるとか多いですか?切ります?」
「いや、うちは人数が多いから一本が良い」
「本当ですか!何本でも持って行ってください!まだあります!」
「いや、一本だけで十分だ、ありがとう」
「ありがとうございます」
「こちらこそ!ありがとうございます!!本当にお会い出来て幸せです!!」
「今度会った時はちゃんと買うからな」
「えぇー!また来てくれるんですか!?…シンヤさん、何パンが好きですか?用意します、常に」
「気持ちだけで十分だ」
では、またいずれー!とブンブンと大きく手を振ってくれた店主と別れたシンヤは食パンを見下ろして呟いた。
「まだ回ろうと思ってたけど、帰るか…」
「そうですね…」
食パンは貰ってみると邪魔だった。
*
「幻のパン屋、見つからなかったぁぁ…」
ぐすぐす、と泣くブラッキーの背をヤマトが撫でる。
「何も泣かなくても良いじゃないですか」
エーフィが呆れたように言えばブラッキーは涙目でエーフィを睨んだ。
「オレは幻のパンが食べたかったのぉ!」
「はいはい」
「なんですの?その幻のパン屋って」
小さく首を傾げたサーナイトにヤマトが苦笑いを浮かべながら言った。
「噂でね、幻のパン屋があるって聞いたんだよ」
「噂は正直、信用なりませんわね」
「いや、でもレンジャー仲間に聞いたら見たことあるって人が居たんだよ。
幻のっていうより神出鬼没のパン屋らしくて、ネイティオのテレポートで飛び回っててなかなか出会えないらしいんだ」
「…面白い商売方法ですわね」
「味は美味しいんですか?」
「それが絶品らしいよ!普通のパン屋よりは値段は高いみたいなんだけど、その値段も納得の美味しさなんだって。レンジャー仲間はローストビーフサンドを食べたって言ってた」
「美味しいなら食べてみたいですわ!」
キラキラと目を輝かせたサーナイトの足元でブラッキーがうずくまって呻る。
「見つからないもん……」
「「……」」
ぐすぐす、と泣くブラッキーをヤマトが慰める。
そこに仕事を終えて帰って来たミミロップが部屋に入って来た。
「うわ…なに?ヤマト、お前何したんだよ…」
「えぇ!?濡れ衣…!!」
誤解だよー!とヤマトが慌てて幻のパン屋の事を説明するとミミロップが「え!」と驚きの声をあげた。
「ワタシ、今日食ったよ。幻のパン屋のサンドイッチ」
「はぁああ!?!?何処で!?」
「うちの清掃員が昼休憩の時に見付けたらしくて、ワタシの分も買ってきてくれた。サンドイッチ一個1000円でクソ高いクソパン屋だと思ったけど、めちゃくちゃ美味かったよ」
「え?ズイ?ズイで見つけたってこと?」
「そうだろうな。急に現れて、買ったらすぐ消えたって言ってた」
近くに居たんじゃぁん!とブラッキーが更に泣く。
「何のサンドイッチですの?」
「ローストビーフだった。美味過ぎてやばかった」
「ミミローがそこまで言うなんてよっぽどですね…」
「ワタクシも本気で探したくなってきましたわ…幻のパン屋…!」
「色んな所をテレポートで飛び回ってるんじゃ、出会えるかどうかは運だよねぇ。僕、色んなところ行ってるけど見たことないなぁ…」
「ヤマトぉ!見つかるまで探そぉ!!」
「う、うん、そうだね。頑張って探すから泣かないで…!」
*
地図を広げて、目撃場所と時間でなんとか次のテレポート地点を割り出せないものかと思考錯誤するサーナイトとエーフィのエスパー組。
仕事を終えて帰って来た、サマヨールとチルタリスが部屋の様子を見て目を丸くした。
「また何かやっているのか……」
「ただいま戻りました~」
はぁ、やれやれ、と溜息を吐いたサマヨールにサーナイトが詰め寄る。
「ヨルさん!ゴーストタイプ達の目撃情報はありませんの!?」
「何の、目撃情報なのか説明をしてくれなければ困るのだが……」
「幻のパン屋です」
キリと言い放ったエーフィの言葉に「あー、なるほどー」とチルタリスが頷いた。
「そんなに噂になっているんですね」
「まさか、家に帰ってまで聞くとはな……」
「え!?ヨルとチルも噂聞いてきたの!?」
「聞いたというか、お店に来たお客様が幻のパン屋さんで買ったパンをお裾分けして下さったので、ご一緒に頂きました」
「たまたま来店途中で見掛けたらしくてな……」
「まじかよ、食ったのか!!幻のパンを!!!」
ガシ!とサマヨールの肩を掴んだブラッキー。
表情を変えぬままサマヨールが頷いた。
「だから、食ったと言っている…」
「味は!どうだった!!!」
「美味かった」
「美味しかったです~!あんぱんは中のあんこが粒あんなのになめらかで、絶妙な甘さ加減で舌の上でとろけました。カレーパンは甘めのカレーでお肉がごろっと入ってて、外はカリカリ、中がもっちもちのパンで相性バツグンでした!」
「……そんな食べた感想は自分には出て来ないな……」
「え!だってあんなに中の具にこだわってるパンって珍しくてつい!!」
あわあわと焦るチルタリスの前でブラッキーが膝から崩れ落ちた。
「「!?」」
「チルが…、そこまで推すパンとか……まじ、食べたい……ツライ……」
ぐすぐす、とまた泣きだしたブラッキー。
「カフェの近くで目撃情報有り、と…」
「うーん、テレポート地点を割り出すのは難しそうですわね…」
ぶつぶつと地図を見下ろす本気の目のサーナイトとエーフィを見てから、サマヨールは小さく溜息を吐いた。
「ツキくん、大丈夫だよ、その内食べられるから」
「今食べたい~!すぐ食べたい~!」
聞けば聞く程、食べたくなるー!と叫ぶブラッキー。
部屋の扉を開けたシンヤは一度扉を閉めてから背後に居るトゲキッスへと視線をやった。
「なんか、喚いてる…どうする?外食するか?」
「え!?いや、ツキさんの話を聞いてあげましょうよ…」
「はぁ~…めんどくさいなぁ」
ただいま、と部屋へ入って来たシンヤとトゲキッスに視線が集まる。
「あ、シンヤおかえりー」
「何事なのか10文字以内に言え」
「え!?」
「パンが食べた過ぎる!」
「そうか、勝手に食べなさい」
ブラッキーの言葉に頷きながら返事をしたシンヤはソファに座った。
「パンならありますよ!食パンですが!」
「違うんだよ~!幻のパン屋のパンが食べたいのぉ~!」
「……そんな事言われても…」
これしかないし…、とトゲキッスがしょんぼりする。
「そんな事より今日の晩ご飯はどうする?」
「晩ご飯のご用意はこれからですが…」
「なんか外に食べに行くか」
「ご主人様、お腹空いてらっしゃるんですか?」
「うん」
すぐ食べたい気分、と頷く我らの主人。
じゃあ、外に出る用意でもするか…と動き出す面々。
「ミロカロスはどうした?」
「まだ帰って来てませんよ」
「……ちょっとギラティナに聞いてきてくれ」
「承知した」
サマヨールが部屋を出ようとした所で玄関から「ただいまー!」と大きな声。
「丁度、帰って来たようです…」
「晩ご飯、何食べたい?」
「主のお好きなように……」
再び、「ただいまー!」と部屋の扉を開けたミロカロス。
お出掛け準備完了で部屋に揃っている面々を見てミロカロスは首を傾げた。
「あれ?どっか行くの?」
「外食するぞ」
「わーい!外でご飯だー!!」
バンザーイと両手をあげて喜ぶ、ミロカロス。
あ、でも…と手に持っていた袋に視線を落とした。
「ジャム貰ったから冷蔵庫入れてくる」
「何ジャムですの?」
「りんごジャム」
また、りんごジャムか。とエーフィがぽそりと呟いた。
「パン屋やってるミツってやつが作ったりんごジャム、凄い美味しいんだ」
「食パンがあるので、明日の朝に食べられますよー」
トゲキッスが食パンを見せればミロカロスが目を輝かせた。
「おー!…ん?これミツの食パン?」
これ、袋が一緒だ。とミロカロスが自分のジャムが入った袋と食パンの袋を見比べる。
「パン屋の名前は知らん」
「ネイティオのテレポートで飛び回ってパンを販売してるパン屋さんです」
「ミツだ!」
ミツさんっていう方なんですね、とトゲキッスがミロカロスと話をしている背後でガタンとブラッキー、サーナイト、エーフィが立ち上がった。
「幻のパン屋ぁあああ!!!」
「ちょっと詳しくお話してくれませんこと?」
「詳細を下さい…!」
「お、落ち着いて三人とも…!」
健診の途中で車を見つけて~…とトゲキッスが説明するのを目をぎらつかせて見つめる三人。
その横でミロカロスが首を傾げた。
「ミツのパン屋探してるの?」
「そう!幻のパンが食べたい!」
「俺様、ミツの家知ってるけど?さっきまで遊びに行ってた」
「「「………は?」」」
「シンヤに付き纏うばばあ知ってる?無敵ばばあ。あのばばあの弟がミツ」
キョトンとする面々の中でシンヤが眉を寄せる。
「ばばあって言うと怒られるぞ」
え、待って、身近に幻が?とうろたえるブラッキー。
部屋の扉をバーンと勢いよく開けて入って来たギラティナが叫んだ。
「晩ご飯なに!?」
「今から外食に行くところだ」
「まじかよ!ツー呼んでくるわ!」
「さてと、出掛けるか」
「待って!パンは!?パンの話しよ!?」
「私がご飯食べたいのが優先だ!!」
ビシリと言い放ったシンヤの言葉にブラッキーは「はい」と大きく頷いた。
「シンヤがもうそういうんならしょうがないよな」
「僕、あんなに慰めてたのに…そんなあっさり…」
「シンヤがご飯食べたいんだからしょうがないだろ!!」
「………ソウデスネ」
【 幻のパン屋 】
「姉さんんん!!今日、シンヤさんに会っちゃったぁああ!!しかも、僕が作った食パン貰ってくれたのぉおお!!」
「まじでぇええ!?!?あ、さっきまで居たミロちゃんにアンタの作ったりんごジャムあげたから」
「ええええ!?ということは食パンとともに僕の作ったりんごジャムまでシンヤさんに食べてもらえるかもしれないってことぉお!?」
「やばぁああ!!アンタ、ちょっと早く食パン用意して!!同じ物を食べるわよ!!」
「オッケー!!!」
揃ってシンヤ信者。
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