一日千秋の思い   作:ささめ@m.gru

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早速、チルットのお手並みを拝見といこう。

チルットを家まで連れて行き部屋の様子を見せてみる、困ったように鳴いたチルットが辺りを見渡した。

 

「やり方はお前に全て任せる。ただ仕事で使う書類や本が多いから片付けた場所は把握しておいて欲しい」

「チル」

「後で必要になった時には必ずお前に聞く事になるからな。頼んだぞ」

「チル!」

 

頷いたチルットの頭を指で撫でてやる。

話を素直に聞き入れてくれる分には十分優秀、記憶力があるかは分からないが書類の文面を覗き込んでいる所から頭は悪くないのかもしれない。

分からない事があれば聞いてくれれば良いのだが言葉が通じない。ミミロップをヤマトに押し付けて来たのは失敗だったなと今更思った……。

いや、でもミミロップにはラルトスに仕事を教えるというのもあるし……。

 

「チルットがなんとか人の姿になってくれればな…」

 

普通は人の姿になる方が珍しいのだと思うが私の周りにはすでに人の姿になるポケモンが鬱陶しいほど居る。

頻繁に話しかけてくるからめんどくさい、くらいの認識しかなかったから人の姿になっても特に気にもとめなかったが……。

今はもの凄く人の姿になって欲しい。

言葉の壁が難い。おまけにチルットのこの小ささがあまりにも不便だ……。人の姿で五本指の両手があればどんなに便利か……。

口ばしと小さな足を器用に使って少しずつ片付けているチルットの姿を見ているとチクチクと胸が痛む。

こんな小さなポケモンに片付けを要求する私はなんて最低の男なんだ……、自分で片付けるべきなのか……、いや、でも……と心の中で自問自答……。

 

「……チルット」

「チル?」

「やっぱり片付けなくて良い。小さいお前には荷が重過ぎる……」

「……」

 

無理強いはしないがやってくれると言うなら何でも使う気でいたがさすがに良心が痛んだ。駄目だ、チルットの姿が健気過ぎてこき使うなんて……。

ああ、今日の苦労が水の泡だな……、と思いつつ床に置きっぱなしの本を拾った。

 

「ご主人様」

「……ん?」

 

ガシ、と本を拾った私の手を掴む誰かの手……。白い手袋を付けた手の持ち主に視線をやる。

水色の頭をした青年が私をキリリと睨みつけていた。

 

「片付けを命じられ納得した上で貴方様にゲットされました。全てはこの"チル"にお任せあれ」

「お、おお……」

 

驚きながらもチルットに頷いて返す。

お前……、良い仕事し過ぎだ!!そこで人の姿になるなんて素晴らしく空気の読めるポケモンだな!!

でも、オスか……。ゲットした時にちゃんと見ておけば良かったな。いや!この際文句は言わない!!またオスか、とか思ったけど掃除してくれるならオスでも良い!!

 

「ご主人様が望まれるのであればチルは人の姿にだってなれるのです!片付けは勿論、身の回りのお世話まで必要であれば何でもチルにお申し付け下さいませ」

 

オスでも良い。

もう結婚してくれ。

なんて出来たポケモンなんだ……、感動のあまり本気で泣きそうだ。

ニコリと笑ったチルットが丁寧に頭を下げる。綺麗好きの掃除好きどころかもの凄く世話好きな奴だった。

部屋の掃除をチルットに任せてポケモンセンターへと戻るとヤマトがぐったりとした様子でこちらを見た。

 

「ミミロップ……、説得したよ……」

 

壮絶な言い合いがあったのかもしれない。

ヤマトに礼を言ってから「聞いてくれ」と自分でも珍しく声を弾ませてみる。

 

「え、何!?ご機嫌なシンヤって不気味!!」

「うるさい。とりあえず聞け!チルットが世話好きな奴だったんだ!当たりも当たり、大当たりだ!!我が家に執事が来たぞ!」

「そんな馬鹿な!」

 

納得出来ないと言った表情を浮かべたヤマト。

何だかんだでコイツは私が最終的にそう物事は上手くいかないな……とガッカリするのを想像していたらしい。

 

「まあ、とりあえず」

「うん?何?」

「次はギラティナにも説明して来てくれヤマト」

「自分で行って!!」

「ヤマト……、私達、親友だろ?」

「え、ちょ、何その誘導……、心が凄く揺れるんですけど……」

「いざという時に頼れるのはお前だけだ、ヤマト」

「そんな事言われたら行かないわけにいかなくなるからやめて!!そういうの僕ホントに弱いから!!」

「頼んだ親友」

「畜生ぉおおお!!!誰っ!?シンヤに情で訴えかける方法教えたの!!誰だコノヤロォオ!!」

 

泣きながらポケモンセンターを出て行ったヤマト。

この調子でミロカロスの時も頼めるだろうか……。

ちなみにこの方法はテレビドラマでやってたのをミロカロスと一緒に見たからだ。つまらないと思って見ていたが思わぬ所で役に立った。

青春と友情の暑苦しいドラマだった。

 

*

 

ヤマトには任せたが少し心配になったので様子を見に行く事にする。

反転世界に行けば家の前でヤマトとギラティナが向かい合って話をしていた、私の姿を見つけたギラティナがヒラヒラと手を振った。

 

「シンヤ」

「おぉ、素直に納得してくれたのか」

「チルットの事か?それなら納得したぜ、従順な奴隷としてゲットしたと思っておく。オレには掃除なんて細かい事は出来ないしな」

 

それにオレはゲットされなくてもシンヤとは特別な関係だと思っているし、と言ってギラティナがケラケラと笑った。

まあ、土地を管理する管理人とその土地に住む住人って関係は否定しないぞ私は。

 

「ついでにチルットに会って行くだろ?」

「人型でも可愛いんだろうなー……、ちっちゃいんだろうなー……」

 

いや、別に普通の男でもの凄く小さいというわけじゃなかったが……。まあ、童顔で小柄ではあったが。

部屋の扉を開ければチルットが私を見て恭しく頭を下げた。

 

「お帰りなさいませ、ご主人様」

 

部屋は凄く綺麗になっていた。床に散らばっていた本や書類は綺麗に棚に収納されている。

チルットの姿を見てヤマトが呟いた。

 

「髪の毛はチルットっぽいね……」

 

小さくなかったのが不満らしい。

部屋を見渡したギラティナがへぇと感心したように言葉を漏らした。

 

「チルット、コイツはギラティナだ」

「はじめまして、ギラティナ様。反転世界の主……、王とでも認識すれば良いでしょうか?」

「シンヤー、コイツ悪くねぇなー!」

 

チルットの頭を撫でたギラティナ。なんて調子の良い奴だと思いながらチルットに「好きに認識しろ」と返事をしておく。

 

「素直な良い子は悪くねぇよ!」

「トゲキッスもなんだかんだで可愛がってるもんねギラティナは」

 

ヤマトとケラケラと笑い合っているギラティナから離れてチルットが私の傍に立った。

 

「ご主人様、キッチンをお借りしても良いのでしたらお茶のご用意を致しますが?」

「ん?別に許可を得なくても家の中なら好きに使ってくれて良いぞ」

「ありがとうございます」

「というか……、茶の淹れ方なんて分かるのか?」

「お任せ下さい。街などで人間の仕事を見て覚えましたので知識はあります!」

「そうか……」

 

知識はあるがやった事はないと……。

まあ、任せよう。器用みたいだしやっていれば慣れるだろう。

静かなリビング。ソファに座れば向かいの席にヤマトが座った。そのヤマトの隣にギラティナが座る。

暫くすると紅茶の良い香りがしてチルットがトレー片手にリビングにやって来た。慣れていないはずなのに随分と器用らしく手慣れたように紅茶をテーブルに三人分、並べてくれた。

 

「私……、今までで一番良い仕事したと自分で自分を褒めたい」

「ぅおお、そこまで嬉しそうなシンヤを見たのは初めてだ……」

「……いっつも無表情か眉間に皺寄せてるかなのになー……、笑顔のシンヤ……、美人……」

 

じ、と私を見る二人がポカンと口を開けている。そんなに顔をまじまじと見られてもな……。別に恥ずかしいわけではないが、居心地が悪い。

隣にトレーを持ったまま立っているチルットに視線をやればチルットが小首を傾げながらニコリと笑った。

 

「お前も座って良いぞ?」

 

隣、開いてる。と手で示せばチルットは小さく首を横に振った。

 

「いえ、チルの事は気にしないで下さい」

「良いな!執事!」

 

私がチルットにそう言えば向かいの席でヤマトが呟く。

 

「僕はメイドさんが良かったな。チルットの女の子なら小さくてきっと凄く可愛いよ……、掃除出来なくても良い。癒される……」

 

掃除が出来ないのは駄目だぞ……。

私がヤマトに視線をやれば紅茶を飲んでいたギラティナが「そういえば」と言葉を発した。

 

「ミロカロスは?」

「ん?ツバキの所だ、暫くミロカロスとツバキのハクリューを交換したんでな」

 

ハクリューはポケモンセンターに居るぞ、と言えばギラティナは相槌を打ってからチラリと私の方を見た。

 

「アイツ、怒んない?」

「……」

 

ヤマトが口を尖らせた。

まあ、怒るというか……。凄くうるさいだろうな……と思いながら紅茶を啜ればギラティナがゆっくりとカップをテーブルに置いた。

 

「そのチルットさぁ……」

「何だ」

「傍に置いとくんだよな?」

「ばっちり働いてもらうつもりだ」

「かなりキレると思うんだよ……、シンヤがわざわざ自分から欲しくてゲットしに行ったっつーのもさ……」

 

向かいの席に座っていたヤマトが眉を寄せた。

 

「僕、恐くなって来た……」

「シンヤに一番必要とされるのは俺様だ!って思ってるだろうしな……」

 

溜息を吐いたギラティナとヤマトが肩を落とした。

 

そして、チルットをゲットした三日後にミロカロスが帰って来た……。

画面の向こうで満足気に笑うツバキ。手元に戻って来たミロカロスのボールに視線を落としてから電話を切った。

 

「……」

 

*

 

自宅に戻ってテーブルにミロカロスのボールを置く。

チルットとラルトスを抱きかかえたヤマトが体を震わせながらテーブルから距離をとり「さあ、来い」と意気込んだ。

ソファに座ったミミロップは不満気に頬杖を付き小さく溜息を吐く。

他人事のようにブラッキーとエーフィが離れた所でこちらを眺めていた。暴れたらどうするの!?というヤマトの言葉にサマヨールとトゲキッスがボールの傍で待機している。

隣に立っていたギラティナに視線をやればコクンと小さく頷かれ私はボールの開閉ボタンを押した。

ボールから出て来たミロカロスがすぐに人の姿になって私に飛びついて来た

 

「シンヤー!!ただいまー!!」

「おかえり」

 

寂しかった、会いたかった、と擦り寄って来るミロカロスの頭を撫でてからミロカロスに声を掛けた。

 

「お前の居ない間にな、新しいポケモンをゲットしたんだ」

「……」

 

ヤマトの方を指させばミロカロスの視線がヤマトへ向く。体をビクリと揺らしたヤマトはいつでも逃げる準備万端だ。

 

「ミミロップに弟子入りしたラルトスと」

「……」

「家の掃除をしてもらう事になったチルットだ」

「……」

 

ミロカロスの返事はまだない。

ミロカロスと向き合ったヤマトが今にも泣き出しそうな顔をしている……。

 

「……なんで、ゲットしたの」

「ラルトスはポケモンセンターで働かせる為にゲットしたんだ、野生ポケモンを働かせるのにミミロップが反対したからな」

「……」

「チルットは、綺麗好きなポケモンだと聞いていたから部屋の掃除をしてもらおうとゲットした」

「……」

 

目を細めたミロカロスが私に視線をやる。

何か言いたそうだったが口をへの字にして抱き付いて来た。

渋々とだが、納得してくれたのか……?ツバキの所で少し精神的に成長したのか、と少し感動していると。

 

「嫌だぁああああああ!!!」

 

耳元で叫び出した。

ミロカロスを引き離そうとしたが頑なに私の服を掴んで離さない。そのうえ泣き叫ぶ。

サマヨールとトゲキッスがミロカロスに飛びついて何とか私から引き剥がしてくれたが……、泣くし、叫ぶし、駄々をこねるし……。

精神的に成長したとか思った私は馬鹿か。

 

「ラルトスは良いよ!ミミロップにずっとくっ付いてれば良い!でも、チルットはヤだ!何で!!何で何で何で!シンヤに必要とされるとかお前ぜってぇ許さねぇ!!嫌だ!お前が居たら俺様の居場所が無くなる!絶対に嫌だッ!!」

「チルゥ……」

「離せよ!離せ!!あの鳥、追い出せよ!」

 

暴れるミロカロスをギラティナが殴った。

口を切ったのかミロカロスの口元から血が流れる。

 

「文句ばっかり言うな!オレだって納得したんだぞ!!」

「なんで納得すんだよ!!」

「こっちが聞き返してやらぁ!お前なんで納得しねぇんだよ!お前はシンヤが求める掃除なんて出来ねぇだろーが!」

「……で、できる」

「出来ねぇだろうが!」

「うぅ……」

 

ミロカロスの胸倉を引っ掴んだギラティナが眉間に皺を寄せてミロカロスを睨みつけた。

 

「お前、ワガママ過ぎてうぜぇよ」

「……んな事、」

「あるだろ……。手持ちとして連れてもらえるだけオレは羨ましいと思ってる、それなのにお前は文句ばっかり言うくせにシンヤにベタベタ甘えやがって……」

「……」

「シンヤに一番必要とされたいだの言ってるけどなぁ……、それ相応の事はお前はしてんのか?オレの見てる限りじゃお前よりミミロップの方が必要とされる為に頑張ってるように見えるぜ、泣き喚いて頭撫でて貰ってるお前よりなぁ……」

「……ぅ、ぁう……」

 

呆然と眺めてしまっていた自分に気づき、慌ててミロカロスの胸倉を掴むギラティナの腕を掴んだ。

 

「ギラティナ!」

「……チッ」

 

ミロカロスを離したギラティナが溜息を吐いて不満気に腕を組んだ。

震えながら泣くミロカロスの背に手を置けばミロカロスの体が大きく揺れた。

 

「ミロカロス……、大丈夫か?」

「ぅ……うぐ、ッ……」

 

どう言葉を掛けて良いのか分からない……。

私はそこまでお前達に必要とされる人間じゃないと言ってしまえば全てを否定しているようで。

ミロカロスにはミミロップのようになって欲しいとも思っていないし、ミロカロスにそこまで万能であれだなんて求めていない。

 

お前が居たら俺様の居場所が無くなる!

 

私も、分からないわけじゃない。

他の連中は何だかんだと自分達の居場所がある。

ミロカロスは……、ミミロップやラルトスほど医療に興味は無いし、サマヨールほど賢くもないし、エーフィやブラッキーみたいに他に仲の良いポケモンが居るわけじゃない。

育て屋はレベルの高すぎるミロカロスにとってトゲキッスのように居心地の良い場所でない事くらい分かってる。

ギラティナに反転世界があるように、ミロカロスの居場所が私というちっぽけな存在である事などよく考えずとも分かる。

ただ、私がミロカロスを求めない。

求められない……。

バトルをするわけじゃない私にはミロカロスは身に余る存在だ。

ミロカロスを必要とするトレーナーは多いだろう。でも私は必要としてやれない。

ギラティナはミロカロスに対して必要とされる努力をしていないと言った、ミミロップは頑張っていると言った……。

 

それはミミロップに頑張れる場所があるからだ。

素質があった、興味があった、私の為にと努力してくれるのはとても有難い事だ。

でも、ミロカロスにはその場所がない。

分かってる。ミロカロスの素質も興味がある事も……、私の為にと努力してくれるであろう事も……。でも、私はそれを必要としていない……。

旅に出て、沢山のトレーナーと戦って強さを極める事は……、私には難しい……。

だからミロカロスは自分の事を役に立たないと罵る。要らない、邪魔な存在だと思っていて、自分に何が出来るか分からなくて泣き喚く……。

 

分かってないわけじゃない。でも、私は何もしてやれない。

ミロカロスが気付かないならそのままで良いと思ってた。忙しい時は確かに煩わしいと思っていたが、私を慕って話しかけてくれるのならこのままで良いと思ってた。

好きな事をすれば良い、私はお前達にああしろこうしろと指図はしない……。そう言ってボールから出されたミロカロスはどう思ったのか私には分からない。

 

「……ミロカロス」

「ッ……、ごめ、ごめんなさ……」

「謝らなくて良い……、お前は悪くないから……」

 

必要としてやれない私が悪いんだ。

ツバキならミロカロスを必要としてやれるだろう。力を貸してくれと一緒に戦おうと言ってやれるような存在であれば……。

お前を必要としてくれるトレーナーの所へ行くか?

そう問えば、私はまたミロカロスを泣かせる事になる。泣き喚かせてるのは他でもない私だ。

 

「チルットが居ても、お前はここに居て良い」

「……シンヤ、」

「お前は、居て良いんだ」

 

ごめんな……、ミロカロス。

私が居なければ良かったんだ……。そしたら、お前はもっと相応しい別の人間の傍に……。

 

*


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